真剣な面持ちで対面する二人の少女。 彼女らを割く盤上では熱戦が繰り広げられている。
王を護り、王を討つ。 平たく言ってしまえば単純明快だろうが、彼女らの頭脳では幾多の思考が飛び交う。 将兵を自在に操り、護り抜き、討つ算段を紡ぐべく心血を知略に注ぐ。
盤上の熱戦とは裏腹に、彼女らが佇む木陰の下は小鳥達のさえずりに涼風快く、外ではカンカンと照りつける陽光も交錯する木々に応じて木の葉に遮られ、節々からポツポツと射すばかり。 誠に穏やかで過ごしやすいスポットだが、いささか似つかわしくないと言ったら変であろうか。
「キャロもチェス上手くなったよね〜……けど、まだまだエシリアの方がつよいもんね!」
「ふふん、不敗神話を誇るとは言え日々精進……ってそこのナイト取っちゃダメだってエシリア〜〜!!」
……しばらくして対局は終わった模様である。
「それにしても、エシリアからチェスの誘いなんて珍しいわね。 まあ、あなたの事だから気まぐれなんだろうけど」
「まあね。 いつもはキャロに付き合わされてばっかだったし、気分が乗った日にやってみたかったんだよね〜」
いつになくやぶさかではないエシリアの腹を探ってみるも、特に腹に一物あるわけではなく、いつものエシリアのように見える。 ただ今日はチェスの気分という以外は。
「ふうん…… なら今日はとことんチェス尽くしってわけね? なら、早くもう一回! あたしだって負けたまんまで終われないから!」
大方予想通りの反応を示されるが、チェスに対してやる気ならば無条件で嬉しい。ただそれ以上に意味は無く、少しつまらない気もするがさして気にしようともせず目先の再戦を催促する。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん〜、エシリアの負けかぁ、しっかしキャロつよくなったね〜!」
「……違うわ」
自分が認めた一番のライバルから悲願の勝利をもぎ取った。
だがそれをかき消す程に、腑に落ちない物をキャロは感じ取っていた。
「えっ?」
心外そうな声を出し、キョトンとキャロを見つめる。
「勝つ気で指してなかったよね」
冷ややかに言い放たれ、エシリアは俯く。
向こうから何も言い分は無く、対局の間に燻っていた疑念はほぼ確信へと昇華しつつあり、眉をひそめる。
「こんな形でエシリアに勝っても意味ないの。 手加減されて勝ったゲームに価値なんかないわ」
「……」
苦い面持ちのまま無言を貫く。
気の済まないキャロの方はエシリアからの言葉を引っ張り出すべくさらに追い討ちを仕掛ける。
「それにこんな惨めな勝ち方はあたしにふさわしくない! まさか、今日あたしを誘ったのはこんな事のために……」
「ち、ちがうよキャロ!」
無遠慮に放たれる心ない言葉に、割って入るようにようやくエシリアが否めた。
「だってほら、いつもエシリアが勝っちゃうからさ、キャロは負けず嫌いだし何だかかわいそうになっちゃーー」
「バカにしないでよ!!」
盤を叩き、身を乗り出しながら怒声で食って掛かる。 プライドを傷つけられてはじっと対話などしていられなかったのだ。
そんな怒ったキャロにびくりとするが、エシリアは話を続けようとする。
「でも聞いてよ、キャロ! 今日誘ったのはさっきの事もあるけどほんとは……」
「何なの? 早く言いなさいよ」
しかめっ面でそう応えるが、正直なところ何も期待は寄せていない。 さっさとエシリアの言い分を突っぱねて、自分の理を通そうと思っていた矢先に、
「キャロが勝った時ってどんな顔するんだろうなぁ~って」
予想もし得なかった言葉が耳に届いた。
「エシリアはほんとはキャロを喜ばせたかっただけだったもん……でも、キャロ怒ってるから……」
「あのねぇ、エシリアーー」
「ごめんね、キャロ」
そっと素直に謝られた。 自分を喜ばせようとして裏目に出たようだが、こうもあっさり謝られては釈然とせず、不思議な感覚である。
そして、心なしかエシリアの目が潤んでように、キャロにはそう見えた。
「な、何泣きそうになってるのよ……」
剥き出しにしていた矛もいつの間にか収まっていた。
「エシリア、泣きそうになんかなってないもんっ!」
「まったく、素直に涙拭いちゃえばいいのにね…… っと、それよりもホントに何が悪かったのか分かってるの?」
「それぐらい分かってるって! 怒ったキャロは嫌だしこれからはず~~っと本気でやっちゃうから……ぐすっ」
「ちょっと何泣いてるの! これじゃこっちもバツが悪いわよ……」
仕方無しに席を立ち、向かい側に座っているエシリアの背面に寄り、包むように首に手を回す。
「あたしを喜ばせたいっていう気持ちは受け取っておくから!」
「キャロ……」
エシリアがそう呟いた時に、ポツっと腕に雫が落ちたのを感じた。
ああ、この分じゃしばらく泣き止まないだろうなとぼうっと考えていたら、自分の腕は解かれていて、席を立って目の前には自分を見上げるエシリアがいた。
「キャロは優しいね」
そう言いながら首に手を回され、小さな体躯なりに頑張って下から唇を自分の唇に重ね……
「ってちょっと待ってよ!?」
流石に危機感を感じたのか、重ねられる前に即座にエシリアの肩を掴んで引き離す。
「エシリア…… これはどういうーー」
「エシリアはキャロとしてもいいんだけどなぁ〜……」
涙目のまま躊躇することなくそう告げられ、キャロの方も顔が紅潮し始めた。
「いっ、あなたねぇ…… 遠慮もなくそんな告白みたいな言い方しないでよ」
「キャロはどうなのか、エシリアは気になる!」
「ちょっともう! あたしの話を聞いてよね!」
正直、自分もエシリアの事が好きなのは自覚している。 けど、それは友達としてで、今みたいな状況となるとまた別で。 こういう行為は遊びでやるものじゃない事を重々承知しているが故にエシリアの思いを無下にし難かった。
そんな事を考えていると余計に友達としてではなく、意識してしまいどうしようもなかった。
エシリアの一言一言にどぎまぎさせられてしっかりとした返答がなかなか見つからなかったが、やっと思い立つ。
「……今日のところはこれでいいかしら」
エシリアの紅くなった頬にそっと、口付けた。
ちょっぴり長めで、何とも言えない充足感が胸に広がった。
ライバルでもあるこの友達にこんな事をするなんてちょっと前の自分に考えられただろうか。 本当の口付けでなくても、キャロにとって刺激は十分すぎた。
「ありがとう、キャロ」
そう呟かれ、そして紅潮してるエシリアを見て、ハッとして自分が今やった事を再認識した途端ものすごい気恥ずかしさに見舞われた。
「こ、これは仕方なかったのよ! 流石にホントのキスする勇気は無くて……」
精一杯ごまかしてみるが言い訳にもならず。
「じゃあエシリアも仕方なく……キャロにお返ししていいかな?」
「いやいやあなたのは仕方なくじゃなくて故意的にでしょ!?」
「コイテキってなに~? まあそんな事よりも、それじゃあお返しするね~」
キャロの顔はさらに紅くなって、収拾がつかないまま自分がした事をそっくりそのまま返されてしまった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
キャロエシが足りなさすぎて自家製してみた結果……
拙い文ではありますが満足して頂けたならば幸いです。