No.796881

人形戦争奇譚 第二話

少しだけ時間を巻き戻しましょう。
なんの起伏もない過去話。
せっせと蒔くよ、伏線を。

第一話→ http://www.tinami.com/view/793158

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2015-08-17 22:00:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:430   閲覧ユーザー数:430

 

 それは、ほんの一年も時を置かぬほど最近の話。

 とある一国主義の超大国が、極東の島国に戦争を吹っかけた。いや、それはもはや戦争と呼べるような生易しいものではなく、侵略と呼んでもなんらおかしいことはなかったけれど。

 その超大国が欲したのは、島国が持っていた特殊な技術。アスファルトであろうが、鉄であろうが、問答無用で溶かす者。視線だけで、相手に痛みを与える者。そんな、人間を超えた超人を、人為的に生み出す技術。

 それは当時、圧倒的物量を誇っていた、とある超大国との軍事バランスを、引っくり返してしまいかねないものだった。

 小さなその芽は生まれ、次の誕生日を迎える前に摘み取られた。超大国が開発した、人を殺す為の兵器に悉く。

 そして、それだけでは戦争は終わらなかった。今度はその島国が持っていた、とある機械工学の技術を欲したのだ。

 今日も街では、日が暮れると共に一斉に灯りが消え、工場は零細工場に至るまで、休日返上で動いている。

 この国は今、戦時中、ということだ。

 

φ

 

 近場にあった、赤い屋根の家から出る。

 市街地に点在する公衆電話などの通信機は全て、原因不明の不具合で使い物にならなかった。いや、それどころではなく、テレビやコンピュータ、エスカレーターのような大型のものまで、機械と名のつくものが軒並み故障していた。

 最後の電話ボックスから出て、ため息を吐く。これ以上探索を続けるとなると、舞台は必然的に人家の少ない森の中になる。それは体力的にも、是非避けたい所だ。

 ぐるりと街を見回す。見落とした物が無いか確認するために。

 皮肉にも、町は日常を保っていた。半分だけ物干し竿に掛けられた洗濯物。持ち手を失って、宙ぶらりんに垂れ下がっている電話の受話器。

 いつも通りの毎日から、そのまま人だけを抜き取ってしまったような、どこまでも当たり前な非日常がそこにはあった。

「攻撃を受けたのか?」

 僕と同じように。

 そう考えても、この町は破壊された痕跡が少なすぎた。町の中心である工場以外は、物理的な被害がゼロと言ってもいい。こんな攻撃方法は、見たことも、聞いたこともなかった。

「何か、情報は」

 港から、船で脱出することはできない。恐らく、あれが居る。

 ため息を一つ。僕は隣の家の窓ガラスに向かって、躊躇なく石を投げつけた。

 一日かけて町中の家をくまなく調べたが、やはり町には人どころか猫の子一匹居ないようだった。

 しかし、医療機器は問題なく動いている。と言っても、町の診療所レベルの施設だが、あるとないとでは大違いだ。

 通信機は工場まで運んで直すことができたが、電波が弱かったのか妨害されているのか、使い物にならなかった。

 西の空に、太陽が沈みかけていた。昼はコバルトブルーだった海が、今は真っ赤に染まっている。

 きゅう、と。腹の虫が自己主張をはじめる。どうにも自分でも気づかないうちに、相当お腹が減っていたようだ。

 この町に一つしかないスーパーから、適当に食べられそうなものを見繕う。野菜は若干しなびていた程度だったが、鮮魚・精肉はダメだった。

 人類が生んだ偉大な保存食カップラーメンを持って、最初に探索した赤い屋根の家に入った。水道は当たり前のように出ない。しかし、スーパーからミネラルウォーターを拝借しておいたので、その水を湯に変える。もちろん庭で焚き火だ。これで魚を獲ってサバイバル、という状況でもあれば少しは様になっただろうが、右手を占領しているのはジャンクフードの代表選手。煙が胸に詰まったような、何とも言えない侘しさが胸に充満した。

 それでも醤油バター味は、相も変わらず美味しかったけれど。

 

φ

 

 夢を見ていた。

 ここに来るまでの夢だ。その日は朝からツイていなかった。たまには釣りでもしようと船を出したら、昼を過ぎても釣果ゼロ。丸坊主にはさせまいと、躍起になってポイントを探すも、そもそも魚の気配すらない。だからついつい遠海まで出てしまったのが間違いだったのだろう。

 青い空、青い海、景色は基本青い。何の音沙汰もない浮きをぼんやり眺めながら、半ば諦め気味に当たりを待つ。

「……ふぁあ」

 時刻は二時を少し回った辺り。昼食もとって、人が一番眠たくなる刻限だった。

「本日も晴天なり、っと」

 欠伸をした拍子に、太陽の光がモロに目を射した。反射的に顔を背ける。

 だから僕は、轟音と共に水柱が上がるまで、それに気づくことができなかった。

「――なっ!」

 今しがたできた津波に姿勢を崩す。船が、四十五度は確実に傾いた。煽られた波が、僕を船からたたき落とそうとする。びしょ濡れになりながらも、船の縁にしがみついて何とか凌ごうとするが。

 遠くからしゅるしゅると、打ち上げ花火に似た音が聞こえる。それは砲撃だった。次から次へと、四方に水柱が上がる。

「なんだよ、これっ!」

 水しぶきが生み出す虹の先、砲撃が飛んできた方角に目を凝らす。

 海に、山が浮かんでいた。

 いや、正確には山なんて可愛げのあるものじゃない。十字架のように出張った鋼鉄の山は管制塔だ。その土台となる三百メートルはあろう滑走路。「……戦艦……いや、空母か」

 航空母艦。航空機などを搭載、運用することを目的とした、大型の海上基地だ。空母を護衛するように、周囲をヴァルキリーが飛んでいた。ハリアーのようにジェット噴射で空中に静止しているのだろうが、その姿は蝶を思わせるほど美しい。ただ、その煙を上げる腕が、こちらへ向けられて居なければ。

「どういうことだ……ここはまだ自国の海のはず。完璧な領海侵犯じゃないか!」

 領海侵犯、とは正確には間違いだった。そもそも、その概念は犯せば『戦争になる』から有用なのだ。戦時中にそれを言い出すのは『もう遅すぎる』。しかし、そんなことを考える余裕なんてあるはずもなく……。

 転がるように操縦室に駆け込む。

 ――しゅるしゅるしゅる

「ぎ――っ!」

 今度の砲撃は、さっきよりも近くに落ちた。危うく船が転覆しかける。しかし、まだこれは威嚇射撃だ。あれが本気なら、目視で確認できる距離を外すわけがない。

 今のうちに退散しろ、と相手は暗に言っていた。しかし、

「舵が――」

 二度に渡る砲撃のせいで、船の舵が完全にいかれてしまっていた。

「……あ」

 ――しゅるしゅるしゅるしゅる

 すぐ近く。二十メートルも離れていない海面に、着弾した。

 光と音の波が、来る。

 僕の意識はそこで途切れた。

 

 
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