命が燃え尽きた街の廃墟に
ひとりの少年が立っていた。
憑かれたかのような虚ろな瞳。
痩せ細った白い腕。
服の隙間から見える肩には黒い模様が描かれていた。
黒い羽根に囲まれた十字架と
狂気じみた目玉。すぐ下に彫られた謎の文字。
普通の人が見たなら意味がわからないだろう。しかし少年はそれが何を意味するのかを理解していた。
呪われた一族。
街の人々はこの絵が描かれた人間をそう呼ぶ。
この街ではごく稀に通常ならあり得ない力をもつ人間が産まれる。
空間を操り歪めることができる者。
時間を操り時を止め、巻き戻すことができる者。
人々はその力を畏怖し、神殿と称した建物に閉じ込めて戦闘兵器としての教育を施した。
彼らは教えられたとおり無力な人々を守るため戦いに出向き敵ともども命を落としていった。
少年もその仲間だった。
彼は自然界の様々なものを操ることができる。
炎、水、闇、光…
これほどの能力をもつ者はかつて現れたことがなかった。
通常なら戦闘用として残しておくのが決まりだが
そのあまりの戦闘力に人々は恐れをなし隙あれば少年を抹殺しようとした。
そして先程のことである。
少年はいつものように神殿の中を歩いていた。
勉強が終わり自分の部屋に戻れると思うと少し嬉しい。
部屋といっても鉄格子の窓がひとつだけの粗末な部屋だったが少年は気にしなかった。
途中で綺麗な石を見つけてポケットにしまうと小走りで自分の部屋へ向かう。
「ただいまっ!ルリィ、あのね、今日きれいな石をね…」
拾ったんだ、とは続かなかった。
「ルリィ…?どうしたの?」
嫌な予感がしながらも床に倒れたままの妹に近づく。
冷たい体。濁った瞳。もしかしてこれは…
「ルリィ!ねえ、嘘でしょ?寝たふりしたってダメだよ?」
現実を認めたくなくて肩を強く揺さぶる。
「ほら、お兄ちゃんだよ?ねえ、無視しないで。いつもみたいに呼んでよ」
少年の手が小刻みに震え、ぽつりと言葉が零れた。
「お兄ちゃんって呼んでよ…お帰りって…言ってよ…」
少年の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
妹の屍を抱いて神の無慈悲さを呪った。
なぜ、妹なのか。なぜ、僕じゃないのか。
妹にだけは生きて欲しかった。いつか誰かと結ばれて幸せになって欲しかった
。
物言わぬ塊となってもなお
可愛らしい顔の造作は変わることがない。
少年が少女の髪をかきあげる
最期の別れにと額に口づけようとしたそのとき。
「あーはっはっは!こりゃ傑作だぜ!化物にも心があったとはなあ!」
「おいおい、そんなこといってると痛い目見るぞ?なんたって相手は化物なんだからな」
「しっかし、妹が死んだくらいであのザマか。情けねえな」
「殺した本人がなにいってんだ」
「最高だったなあ…お兄ちゃんだけは殺さないでって。素敵な兄弟愛だな」
え…?なに今の会話。
殺した?妹?
能力を発動させて相手の位置を読み取る。
あそこにいるのか…
物陰まで歩き、ねえ君たち、と人影に呼び掛ければ彼らの顔がひきつるのが見えた。
「ルリィを殺したの…?」
「あ、いや…」
「僕の妹を、ルリィを殺したんだよね?」
「そんなわけ…」
ぐたぐだと言い訳を並べるその口が疎ましい。
「…もういいよ。死んだものは仕方がないしね…」
教育係。こいつらは所詮そんなやつだったのか。
「その代わり…死んで?」
手をかざし闇の力を呼び寄せる。
夜の闇よりもさらに暗い絶望の色。
君たちの存在を抹消してあげるよ…
さようなら。教育係さん…
「ついでにこの街も焼いちゃおうか。こんな腐ったゴミみたいな街、なくなったって誰も困らないでデショ?」
教育係のリーダーの顔が絶望に歪むのをみてクツクツとと喉を鳴らす。
「ま、まて、街には俺の娘がいるんだ!娘を殺さないでくれ…!」
そんなの知らない。
だって君たちは僕の一番大切なものを奪ったでしょ?
そろそろ時間切れだね。
「さようなら」
少年の手から巻き起こった炎の竜巻が
教育係と呼ばれた男を飲み込み、黒い塊へと変化していくその様を嗤いながら見つめる。
炎は部屋を飲み込み、神殿を飲み込み、ついに街へと向かっていく。
一時は騒然となった街もそのうち声が聞こえなくなった。
能力を解除した少年がその場にしゃがみこむ。
人殺し、と罵る声が聞こえたような気がした。
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人に忌み嫌われる能力をもつ少年と
人間の世界の話。
長いので分けて書きます
もし良ければアドバイスとかもらえると嬉しいです