No.794817

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第八十二話

ムカミさん

第八十二話の投稿です。


今回はちょっとした休憩的なお話。

2015-08-08 08:15:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:5083   閲覧ユーザー数:4073

 

とある朝、許昌にある調練場の一つにて。

 

一定の距離を取って対峙する二つの人影があった。

 

一方は目に眩いほどに光り輝く白き衣を纏った男、今やその名を知らぬ者は大陸にはまずいないと思われる”天の御遣い”北郷一刀。

 

他方は白黒のへそ出しトップスにスカートの女、これまた大陸にその名を轟かす”天下無双””飛将軍”呂布。

 

対峙しているとは言っても、勿論仲違いなどが起きたわけでは無い。

 

これは純粋に、仕合。そのはずなのである。

 

だが。

 

両者の間に流れる空気は、実際の戦場にあるかのような真剣さそのもの。

 

その空気の堅さに当てられたのか、見物の者達も誰もが固唾を飲んで仕合の行く末を見守っていた。

 

では何故このような事態になっているのか。

 

それはつい半刻前に遡る。

 

 

 

 

―――

―――――

 

 

「うわぁ、凄い……あ、兄上、お疲れ様です」

 

感嘆の声と共に調練場に足を踏み入れて来たのは劉協その人。

 

そしてその後ろにはいつも通り劉弁もいた。

 

弁はペコリと頭を下げると十分に近づいてから挨拶を述べる。

 

「おはようございます、一刀さん。

 

 突然訪ねてきてしまい、申し訳ありません。お邪魔では無かったでしょうか?」

 

「いや、大丈夫だ。今は丁度仕合の合間だったしな」

 

言って一刀はチラと視線を仕合っている最中の梅と霞に向ける。

 

視線の先では霞の激烈な攻めを梅がよく捌いている様子が見て取れた。

 

が、武のことをよく分からない協は、それを捉え間違った発言をする。

 

「あれは梅さんと霞さん、ですね。梅さんが押されっぱなしのようですけど、大丈夫なのですか?」

 

「ん?ああ、はは、そう見えるか。

 

 梅のあれは俺が教えた型だ。あの型はあれでいいんだ。

 

 押されてるのではなく、機を窺っている。忍耐力を要するけど、嵌まれば強い」

 

「へぇ~、兄上の……」

 

「でもまぁ、今回の霞はやけに気合入ってるし、機を見つけられないまま押し負けるかもな」

 

「え?でもそれじゃあ意味が無いんじゃ?」

 

「いや、もしそうなったらそれは単に梅の力不足というだけさ」

 

「……兄上は見かけによらず厳しいのですね」

 

協の中で何やら一刀の評価が改められたようだが、そんなことは関係ないとばかりに鍛錬は進む。

 

その後に弁と話したところによれば、協が魏での鍛錬風景を一度見てみたいと希望したらしい。

 

急遽、一刀が手空きの時に二人の案内役となったのだった。

 

ちなみに一刀以外の者は各々の鍛錬に一区切りがついたところで簡単ながら協達に挨拶に訪れていた。

 

皆の態度は殊更に堅いわけでは無いものの、やはりまだまだ現皇帝と前皇帝との意識が抜けきらない様子。

 

二人の希望するような待遇は上方向への推移で叶っていないのだが、それは追々、時間が解決してくれると信ずる他無い。

 

 

 

それから鍛錬が終わるまでの僅かな間なれど、協と、それから弁も、調練場内で目にして気になったことを一刀に問う。

 

一刀もそれに嫌な顔一つせず全て答えていた。

 

その極め付けが最後、鍛錬の終わり間近に飛び出してきた。

 

「兄上。兄上はどれ程の武をお持ちなのですか?

 

 今日は見ることが出来なかったですけど」

 

「ん?そうだな、どう言えばいいのか……」

 

一刀が答え方に悩んでいると、思わぬところから提案が持ち上がる。

 

「せや!一刀、呂布っちと今ここで仕合したらええんとちゃう?」

 

「恋と仕合を?何故?」

 

「それが多分、いっちゃん手っ取り早いと思うで?

 

 それに、一刀、例のアレ、会得してからまだ呂布っちと一篇も仕合っとらんやろ?

 

 一刀がアレでどう戦うんか、ウチも見てみたいしな!」

 

「なるほど。だが、今日は俺と霞が稽古を付けていて、恋はここには――」

 

「んなもん、呼びに行ったらええだけやん。ほれ、梅!」

 

「はいっ!すぐに呼んでまいります!!」

 

霞の振りに即座に対応した梅。

 

それは霞がそうすることを予期していたのだろうか。

 

どちらにしても、一刀が見た限りでは霞の提案を聞いた梅の顔には興味がありありと浮かんでいた。

 

例え即座に応じてなくとも、断ることは無かっただろう。

 

そして、こうして恋を呼びに行ったとまでなれば、一刀にも断る理由は無くなったのであるから。

 

「分かった。それじゃあ、恋が来て準備運動が終わり次第、仕合をするとしようか」

 

一刀が諾を示し、久々の一刀対恋のカードが決定したのであった。

 

 

 

 

その後、梅に連れられて恋が調練場に到着。

 

霞から話を聞いた恋は考える間もなく即決で首肯した。

 

恋が簡単なウォーミングアップを終えると、そのまま空気は仕合の流れへ。

 

こうして冒頭へと戻るのである。

 

―――――

―――

 

 

 

仕合の邪魔にならぬよう、離れたところで見守るは、調練に出ていた梅、凪、そして協と弁。

 

更にどこから話を聞きつけたか、菖蒲、春蘭、秋蘭、季衣、流琉に斗詩、猪々子……

 

魏の将官ほとんどの面々が揃ってしまっていた。

 

そして両者が対峙するその中央、そこから少し下がったところで霞が審判を務めるべく立っていた。

 

「一刀、恋。準備はええか?」

 

「ああ。いつでも」

 

「……ん」

 

二人の返答を聞き、霞は一つ頷く。

 

そして片手を高く振り上げた。

 

「ほな…………始めぃ!!」

 

振り下ろされた手と共に霞の掛け声が調練場に響く。

 

合図と同時に両者が駆け出す――――ようなことはこの二人の場合、無い。

 

いつもの如く、互いに間合いを測る静寂の立ち上がり。

 

どちらかが動くまでにはまだ時を要するはず。

 

多くがそう思った時だった。

 

「はぁっ!」

 

「っ!?んっ!」

 

一刀が瞬時にトップスピードでの踏み込み。

 

その速さは今までの一刀には無かったもの。

 

いくつも想定していた予想を外された恋は瞬時驚きを見せるも、さすがの反応速度で一刀の刀を捌いた。

 

一刀も対応されることは想定済みだったのだろう、そこから怒涛の猛攻を開始する。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

「んっ!ふっ!」

 

無数の剣戟を打ち鳴らし、目まぐるしい攻防が展開する中、早くも霞を含めた観戦者は沸き立ち始めていた。

 

「なんや、一刀の初撃、速かったなぁ!びっくりしたわ!」

 

「兄ちゃんってあんな速く動けたんだ!」

 

「あれは……どうやら一刀殿は足に瞬間だけ氣を用いたようです。

 

 局所的に瞬間だけ。そうすることで氣を練る時間の短縮を図ったようなのですが……

 

 さすが一刀殿です。いつの間にそれ程の応用を……」

 

「凪さん、私は氣というものをよく存じていないのですが、やはりそれは難しいことなのですか?」

 

「はい、個人的にはそう感じています。氣を満たす部位を絞れなかった場合、不発に終わり兼ねない使い方ですので」

 

「ぐぬぬ……一刀だけどんどん強くなっていくではないか……!」

 

「姉者、そういきり立つな。

 

 確かに一刀も強くなっているが、それは我等にも言えることだ。

 

 一刀に負けぬよう、より精進すれば良い」

 

「む……そうだな……」

 

「な、なあなあ、斗詩。アニキってこんな強かったんだな……」

 

「あの恋さんとここまで互角に……しかも部隊の指揮能力まであるなんて、一刀さんはどれ程の……」

 

「あっはは~、あたいにはもう凄さが分かんなくなってきちまった」

 

「うん……文ちゃんに同感かな……」

 

「兄上、凄い……あの恋さんと渡り合ってる……」

 

「ええ……いえ、互角以上のようですね」

 

「はい!本日の一刀様はいつも以上に恋様を押しておられます!」

 

「あ……でも兄様、恋さんより先に息が……!」

 

三々五々、様々な会話を交わす観客たちをよそに、一刀は恋と斬り結ぶ。

 

激しい動から一転、互いに刃を打ち合わせたまま、膠着状態に陥った。

 

「……一刀、また新しい技?」

 

「ん……技と言うか……ちょっと、凪にな」

 

これを機に一刀と恋が短い言葉を交わす。

 

理論でなく感覚で戦闘を行っている恋にも、一刀の言葉で大体を察することが出来た。

 

凪のあの特殊な闘法。それを一刀も会得しつつあるということを。

 

刹那の後、まるで打ち合わせていたかのようにキィンと甲高い音を残して両者は開始時のように距離を取って対峙する形に収まった。

 

「…………一刀、まだ隠してる……?」

 

「む……さすがは恋、ってところか。

 

 と言ってもなぁ……恋、直感的に分かってるんじゃないか?どうやって封じるか」

 

「……ん」

 

コクンと縦に振られた恋の首。

 

それは霞を初めとした一刀の”新技”を知っている者達を驚かせるに十分だった。

 

しかも、その驚きは続く恋の言葉により更に大きなものとなる。

 

「……でも、これは仕合、だから」

 

準備が必要なのならばその時間をくれてやる。恋の言葉はそんな意味を含んだものだった。

 

それは同時に一刀がどのような技を使おうと、正面から受け切ってみせるという恋の宣言でもあった。

 

「なるほど。それじゃあ折角だし、お言葉に甘えて……」

 

一刀は恋の行動に気分を害したりなどはしない。

 

どころか、その行動はむしろ恋の気遣いだとすら感じていた。

 

いくら一刀とて、こうして時間が与えられたからと言って、到底実戦で使えないような技を繰り出そうとは思わない。

 

今後の鍛錬次第で、戦闘中の自然な流れの中でも使用出来る技。それを用いるつもりなのだ。

 

恋もそんな一刀の性格を理解しており、協力しているに過ぎない。

 

が、その技は現段階ではそうそう用いることが出来ないもの。

 

だからこそ、こうやって試し、計る機会を恋が与えてくれたことに内心で感謝していた。

 

そうこうしている内に20秒ほどが経過、一刀が氣を練り終える。

 

「……よし。待たせたな、恋」

 

「……ん」

 

一声掛けて、準備が整ったことを宣言する。

 

ここで観戦者の内既に前知識のある者は、一刀が蜻蛉の構えを取るものと思い込んでいた。が。

 

(…………これは参ったな……雲耀の太刀でも勝てるイメージが湧いてこない……

 

 氣でスピードと力を上げた初撃決殺の太刀と言えど、霞も反応は間に合ってたんだ。

 

 恋の反応速度が霞に劣るとは思えない。しかも、恋の力は魏随一……博打にしても分が悪すぎる、か)

 

氣の練度の問題かはたまた恋が凄まじいのか、一刀には対霞戦でのようには行動出来なかった。

 

ならばどうするか。

 

現状、一刀が用いる氣に関する最大の問題点は、効果時間が短いこと。

 

つまり、技一つ、あるいは間隔の短い二連技。それが一刀の為し得る最大の攻撃となる。

 

「ふぅ……仕方ないか……」

 

短く溜め息を吐くと、一刀は納刀してしまった。

 

観衆は二種類のどよめきに包まれる。

 

一刀のその行動の意味を知っている者は期待に胸を膨らませ、知らぬ者は勝負を諦めたのかと訝しみ。

 

恋もまた一刀のその行動の意味を理解していた。

 

「……それ、久しぶりに見る」

 

「確か……連合戦、そして陳留への道中の二回か……

 

 どっちも防がれてはいるが……今回はどうかな……?」

 

「……また、止める」

 

「望むところ」

 

恋の意気込みに答えるや、一刀は自然な脱力を試みる。腰もやや落とし、体勢は万全。

 

一方で恋の方もまた、油断なく方天画戟を両手で構えて一刀を待ち受けている。

 

訪れる静寂。

 

空気に当てられた観衆も声を出すどころか息すらも忘れ、勝負の行方を身動ぎすら無く見守る。

 

刹那の後、一刀、動く。

 

突如、一刀の全身を包むように淡い光が現れる。

 

氣による身体強化。その発動の兆候。そして。

 

「疾っ!!」

 

一刀の声が聞こえたかと思うと。

 

ガギィン!と大音量の金属音が鳴り響いた。

 

何の前触れも無い突然の大きな音に思わず目を瞑った者もいた。

 

その者達が目を開く頃には…………既に勝負は決していた。

 

「……む……恋の、負け。

 

 ……三回?」

 

「残念、四回だ。いや、それでも三回までも……本当に紙一重だったみたいだな……」

 

観衆の目に映るは、片手を外された方天画戟を高く跳ね上げられた恋と、踏み込んだ姿勢をそのままに恋の喉元に刀の切っ先を突き付けている一刀の姿だった。

 

「………………はっ!しょ、勝負ありや!勝者、一刀!」

 

呆然としていた霞が我に返り、仕合終了を宣言する。

 

それが合図となり、観衆皆が皆寄り集まってきた。

 

そして口々に今の仕合の感想を述べ始める。

 

季衣や流琉、春蘭を初め、秋蘭や菖蒲までも色々と話す。

 

出てくる言葉の多くは、凄かった、疾かったといったもの。

 

それぞれが色々と口を開いている中、協の発した感想と問いが一時的に場を静めることとなった。

 

「あの、兄上?あまりにも速すぎで、私には何が起こったのかよく分かりませんでした。

 

 もしよろしければ、先ほどの一瞬の間に何が起こったのか、教えて頂けませんか?」

 

「ああ、そうか、そうだな。朱も聞きたそうだし、な」

 

「あ……はい、お願い致します」

 

協の背後で静かに付き従う形を取っていた弁は、それでも顔に浮かべてしまった興味の色を悟られて顔を赤らめる。

 

それでも興味の程が大きいのだろう、直後には一刀に説明を頼んでいた。

 

一刀は一つ頷くと自身の行動、そして恋との間にあったやり取りの説明を始める。

 

「恋が時間を取ってくれたところまでは分かるよな?

 

 あの時間を使って俺は氣を練った。勿論、以前の霞との仕合で使ったように、膂力の強化の為だ」

 

「せや!それ聞きたかってん!なんで前ん時の技使わんかったんや?」

 

「そうだな……あれを使っても、霞の時みたいに恋の防御が間に合ったら、きっとそこからどうしようも無かっただろう。

 

 恋の膂力は魏の中で群を抜いている。それは紛う事なき事実だ。

 

 俺が現状練れる氣で鍛錬していた技は二つ。だったら同じ博打でも、少しは可能性の高い方に賭けようと思ってな」

 

「それで居合、だったのですね。

 

 ですが一刀さん?あの速度は……あの、お恥ずかしい話ですが、あまりにも速く、私の目では全てを捉えることが……」

 

霞の問いに対する一刀の答えを受けて菖蒲が納得を示すと同時に、次の問いを展開する。

 

その問いに付随させた感想には幾人もが首を縦に振って同意を示していた。

 

その菖蒲の問いに対しても、一刀は淀みなく答える。

 

「居合を扱うための身体の使い方は既に完成していたからな。だから氣で膂力を強化しても扱うことが出来た。

 

 力も速度も必要となる雲耀の太刀とは違って、居合は力よりも速度。そして速度が増せば増すほど威力は上がる。

 

 そこに以前から鍛錬していた居合の技を落とし込んだ。

 

 生身では二連撃が限界だったが……どうやら氣での強化をもっと効率化すればまだ上がありそうだ。

 

 なぁ、凪?氣ってのは奥が深いな」

 

「は、はい。私もまだまだ修行中の身ですので、氣のことは分かっていないことの方が多いと思っています」

 

振られた話題に凪も同意を示す。

 

氣を扱うことの出来ない他の者は、そうなのか、と納得するしか無い会話。

 

それを遮るようにして菖蒲が問いを重ねる。それは彼女にしては珍しい光景で、それだけ技の詳細を知りたがっているだろうことが伺えた。

 

「いくら身体の使い方が分かっているかと言っても、それ程までに速度が増すものなのでしょうか?」

 

「あ~、そうだな……

 

 これは凪にしか分からないんだろうけど、氣で膂力を強化した時の感覚の話になる。

 

 氣で強化している状態だと、身体を動かすのに必要な力がかなり小さくなるんだよ。

 

 それが居合の初動の速度が格段に増すことに繋がった。初動以降も全体的に膂力が増しているおかげで速度と威力が増している。

 

 それらが合わさって、結果、あんな感じになったんだ」

 

説明をしながらも、一刀は心の片隅で自身に対して疑念が浮かんでくる。

 

それは氣を習得してから、否、それ以前から薄々感じていたことでもあった。

 

(これだけの回数、連続して居合で抜き打つなんて、考えたとしても出来るのだろうかと思っていたんだがな……

 

 氣の効果?いや、少なからず俺も外史の影響とやらをこの身で受けている……そう考える方が自然なのかも知れないな……)

 

実はこの技、一刀は当初思いつきだけで試してみたもの。

 

別に本気で出来るようになるとは思ってもいなかった。ただ、まだ現代にいた頃に漫画等で見たその技にどこまで迫れるかを試しただけ……

 

それがどういうことか、今や氣を用いてではあるが習得しつつある。

 

最近の一刀は切っ掛けがある度にそのことを考えるようになっていた。が。

 

「あ、あの、一刀様?先程の恋様とのぶつかり合い、一撃の割には衝突音が大きすぎる気がしたのですが……それ程までに威力があったということなのですか?」

 

梅から掛けられた新たな問いに一刀の意識は沈思に至る前に引き戻された。

 

いつもの事だが、これはきっと一刀がいくら考えても解決を見ることは無い疑問。

 

それを薄々は分かっていても考えてしまう辺り、理論派、思考派の一刀らしいと言えるのだが。

 

一刀は意識を切り替えるために軽く咳払いをすると、梅に答えようとした。

 

ところが、梅への答えは意外にも恋から齎される。

 

「……一撃じゃ、無い。四撃」

 

「え……?……へ?!よ、四回も?!あの一瞬でですか?!ほ、本当なのですか、一刀様?!」

 

「ああ、そうだ。ちなみに、恋は俺のあの居合技の弱点も見抜いているよな?

 

 だから俺はあの技で決めきれず、恋の戟を跳ね上げるに留まってしまった。

 

 直後に刀を突き付けることで決着を付けるしか無かったんだ」

 

「……ん。でも、もう意味が無い?」

 

「さあ……それはどうだろうな?正直、俺にも分からん」

 

梅はその返答とやり取りに目を極限まで見開かんばかりに驚いている。

 

それは他の面々も少なからず同様であった。

 

誰もが何かが起こると感じ、目を凝らして勝負の行く末を見つめていた。

 

にも関わらず、誰一人として一刀の攻撃を正確に見て取れていなかったのであった。

 

更に驚くことに、恋は未だ他の者にとっては謎に包まれた技、”居合”の弱点を知っているときている。

 

魏における武官の二大巨頭、その戦闘力の高さを改めて思い知らされていたのだった。

 

「っと。他の皆の質問に答えていく形にはなっちゃったけど、これで分かったかな、白、朱?」

 

質問が途切れ、一通りの説明も終えたとあり、一刀は向き直って協と弁に確認を取る。

 

二人とも顔を驚きに染めてはいたが、しっかりと首肯と返事にて理解したことを示していた。

 

そして、協が思いついたように尋ねる。

 

「そう言えば兄上、先程の技、名などはあるのですか?」

 

「技名か……まだ修行中ってこともあって、特に考えてなかったんだよな……」

 

答えの詰まる一刀に秋蘭が口を挟む。

 

それは以前のことを引き合いに出したものであった。

 

「一刀。お前が既に習得していた二連撃の居合技、あれは”飛燕”と名付けていただろう?

 

 ならば、そこに掛けて名を考えてみてはどうだ?」

 

「……一度しか、それも何気ない会話の中でしか言ってなく無かったか?よく覚えてるな……」

 

「ふふ、まあな。それで、どうだ?」

 

「そうだな、その路線はいいかも知れない。だったら……ん~……」

 

同系統、どころか進化系とも言える今回の技。

 

それならば秋蘭の言う通り、既にある技から連想した名を付けるのは良い考えだと感じ、一刀は悩む。

 

どう掛けるか。それはやはり”燕”しか無いだろう。

 

一刀が以前の技にこの一字を入れたのは他でも無い。身近な生き物の中で最速を誇るからである。

 

そうして暫し悩んだ後、一刀は顔を上げるとこう宣言した。

 

「驟雨の如く敵を襲う燕の如き疾き刃。

 

 故に、”驟燕(しゅうえん)”。これでどうだろう?」

 

「ふむ。いいんじゃないか?陛下、いかがでしょう?」

 

「はい、兄上に相応しい、素晴らしい名前だと思います」

 

提案者たる秋蘭、質問者たる協。その二人のお墨付きを持って、ここに一刀の新たなる技が誕生したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても兄上。あの恋さんに勝ってしまわれるなんて、それ程までにお強かったのですね!」

 

当初の目的を果たし、ホクホク顔の協だったが、一刀はそれに苦笑で答えた。

 

「白、残念だが勝ったって実感はちょっと薄いんだ。

 

 正確には”勝たせてもらった”、だな」

 

そう、一刀は今回のこと、仕合であったが故、更に恋が一刀をよく理解し、協力してくれた上で偶然生まれたものだと考えている。

 

だが、一刀のその考えに他の者も同意するとは限らない。

 

実際、口に出して異を唱える者も出て来た。

 

「何を言っているのだ、一刀?

 

 お前は恋を正面から打ち負かしたでは無いか?」

 

「せやせや、惇ちゃんの言う通りやで、一刀~。それに、それはちと謙遜しすぎとちゃうん?

 

 実戦と仕合は別もんっちゅうんは皆承知の上や。そんでも、あの呂布っちに勝った。それは事実なんやで?」

 

「霞さんの仰る通りだと思います、一刀さん。

 

 それに、例えば私などでは、恋さんに技を繰り出す機会を与えて頂いたところでまだまだ敵うとは思えませんですし」

 

「ふむ、皆に言いたいことは先に言われてしまったわけだが……一刀、まだ例の癖、抜けきっていないのだな。

 

 誰もがお前のように結果のみならず過程までも分析し、気にしているわけでは無いのだからな」

 

武官筆頭格四人を皮切りに他の面々も同様のことを口にする。

 

何より、恋も素直に負けたと認めていることからも、一刀はそれ以上はそのことを言わないことにしたのだった。

 

 

 

 

 

「それにしても、兄上に恋さんが居て、その上霞さんや月さん、それに洛陽にいた時に幾度もその名を耳にした春蘭さんや秋蘭さん。

 

 菖蒲さんも春蘭さんに匹敵するそうですし、梅ちゃんを始めとして若い武官も実力を伸ばしてきていて……

 

 これならば魏による天下泰平の時も近そうですね、兄上!

 

 兄上の目的、そして私たち姉妹の悲願……大陸に平穏を……それがもうすぐ……」

 

一部始終が終わった後、協が顔を輝かせて一刀にこう言った。

 

出来得る限界の努力をし、それでも自身では遂げられなかった願い。それが間近に迫っていると感じ、協の声が僅かに震える。

 

が、一刀はそんな協に申し訳なさそうに答えることしか出来なかった。

 

「いや、正直なところ、今のままでは苦しいと思っている。

 

 華琳が協の立場を残した意図の一つに、今後の覇道を切り拓きやすくする目的もあるんだろうが……

 

 場合によっては逆に火種になり兼ねないしなぁ。

 

 そしてそうなった場合、現状の戦力では心許ない。それ程までに大きく高い壁が存在しているからな……」

 

一刀が思い浮かべるは例の御仁。

 

直接剣を交えたわけでは無いものの、きっと一刀には勝ち目を見出しづらい、いや、下手をすれば見出すことも出来ないと感じさせられた武人。

 

それはつい先日、一刀が間近でその強さの片鱗を見た三国志三大国家の一つ、呉の孫家の始祖、孫堅。

 

その壁を思うと、自然、一刀の表情は冴えないものとなるのであった。

 

そんな一刀の様子から何かを察し、動いたのは意外にも協。

 

「戦力……」

 

ポソリと呟く協。

 

暫し顎に指を当てて考えた後、弁とアイコンタクトを取る。

 

弁の頷きは許可だろうか。これを受けてから、協は一刀にとある提案を申し出た。

 

「兄上。もしかすると、私の伝手で強力な戦力を味方に出来るかも知れません」

 

この一言が、大陸平定前、最後の大きな勢力図変化に繋がるとは、まだ誰も予想が出来ていない。

 


 
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