No.791741

現(うつつ)の庭の本物川 【起】

山畑槐さん

見知らぬ街まで逃げ出した家出少女ハルは、不思議な男"本物川"と出会う。

※登場する人物、団体は本物川さん以外は実在しません。
 「小村 咲」は胡紫さんとは何も関係ありません。
 本物川は本物川さんです。

2015-07-25 03:09:26 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:881   閲覧ユーザー数:879

 

―行く当てが、無い。

 

家族との些細な衝突で家を飛び出し、何も考えずに電車を乗り継ぎ、

よく知らない私鉄の小さな駅で最終電車を降りた私は、駅前のベンチに座り込んだ。

 

上を向けばきれいな星空が見える。

普通に考えれば、夜を明かす場所が必要だ。

現金の持ち合わせは無くはないが、女子中学生、それも小柄な方の私が一人で宿を取れる気がしない。

 

幸い、季節は初夏に差し掛かり、暑くも寒くも無い。

もうこのベンチで朝を待とう、何も考えたくはないんだ。

そう決めてベンチに横になり、目を瞑る。

 

警察の人に見つかって家に強制送還されるだろうか?

怪しい人に見つかって酷い目に逢うだろうか?

それとも夜露に体力を奪われて、二度と目覚めることが無くなるだろうか?

 

もうどうなってもいい。

そんな投げやり感があった。

「おい、お前!」

誰かに声をかけられた。

「こんな所で寝てるんじゃない!」

重い瞼を開けて見ると、目の前に男の人が立っていた。

紺のスーツにベストを着込み、中折れ帽子を被って上着は肩に担いでいる。

 

「……怪しい人ですか?」

「怪しいのは他人ん家の庭で寝てるお前だよ」

それはごもっともかもしれない。

いや、ここは誰かの家の庭先ではなかったはずだが……?

「この街は僕の庭なの、だから寝ないで。」

怪しい人じゃなくて痛い人だった。

 

「お前は……小学生?中学生?家はどこ?」

痛くて怪しい人だが、どうやら私のことを家出少女と認識したらしい。

このまま家に連れ戻されるパターンだろうか。

……家には帰りたくない。

ささやかな抵抗として、私はそのまま黙っていることにした。

 

おうちを聞いても分からない

名前を聞いてもわからない

犬のおまわりさんだったら困って鳴き始めるところだ。

「よし、分かった。」

……なんか分かったらしい。

 

突然腕を引かれて、思わず立ち上がる。

彼はそのまま私を引っ張り、近くのアパートの階段を上り始めた。

「あっ、あのっ!?」

さすがに身の危険を感じて声を上げるが、全く気にも留めず、ある部屋の呼び鈴を押す。

「はーい……あら、本物川さん?どうしたの?」

「家出少女なんだけど、面倒くさそうだから咲に任せたい」

本物川と呼ばれた男はそう言って、出迎えた女性に私を突き出した。

 

「あらあら……うん、わかりました、任せて。」

突き飛ばされた形になった私をキャッチして、その女性は私を一通り観察し、無茶振りとも思えるその申し出を快諾した。

 

咲と呼ばれたその女性は20代前半くらいで、髪を後ろに束ね、眼鏡にTシャツジーンズといった格好だが、メリハリのついた体に栗色の髪、整った目鼻立ちから、美人と呼んでも差し支えない容姿だ。

一方の本物川とかいう男も咲と同年代くらい、明るい場所で見れば彫りの深い顔立ちに青い瞳、帽子の下は刈り込んだ金髪でどうやら外国の人に見える。

 

イケメンと美女のカップルとかなんだかむかついてきた。

 

「じゃあ僕はもう寝ます、あとよろしく。」

そう言って本物川は奥の部屋に消えていった。

「さて……私の名前は、小村 咲といいます。あなたは?」

「…………」

なにぶん、見知らぬ人の部屋に連れ込まれた形である。

警戒感マックスで沈黙を続ける。

 

「そうねぇ……」

咲はひと思案すると、脇のクローゼットから小箱を取り出し、その中から針の刺さった布の玉を取り出した。どうやら裁縫箱だったようだ。

「答えてくれないと、この針を一本ずつ手の甲に刺していきます。」

 

なにそれ怖い

 

「お名前は?」

「……ハル……です……」

「そんなに怖がらなくてもいいのよ?」

無茶言うな。

 

「家出してきたの?」

「はい。」

「帰りたくないのね?」

「はい。」

「……うん、じゃあしばらくここに住んでなさい。」

 

「……えっ!?」

とても意外な申し出に戸惑う。

自分の状況を省みるに、それはとても助かる申し出ではあるのだが、いかんせん初対面の人間だ、

何かあるのではと勘ぐってしまう。

……ふと、ついさっきまで自棄になっていた自分を思い出して苦笑いする。

そうだ、"私はどうなってもいい"んだった。

 

「ありがとうございます、お世話になります。」

「うん!よろしくねハルちゃん!」

 

差し出された手を掴むと、ブンブンと激しい握手を交わす。

 

「それじゃあえっとね、今日はベッドが本物川さんに使われてるから、寝るのはソファーかな。変形する奴だから狭くないよ。」

「あと・・・そっか、お風呂だね、お風呂はここ。洗濯するものはここに出しといて」

 

てきぱきと生活の説明をする咲。

しかしハルは、ひとつだけ聞かねばならなかった。

 

「あの……なんで助けてくれるんですか?」

「ん?えっとねぇ……」

 

咲はしばし空中に視線を泳がせて……

おもむろに自分の手の甲にマチ針を突き刺した!

 

「えええええええええっ!?」

あまりに突然な行為に面食らってしまう。

 

「それは秘密、かな。」

 

咲のカラっとした笑顔にそれ以上聞くことはできず、

かくして、家出少女ハルの新しい生活は、一抹どころじゃない不安を抱えて始まったのである。

 

 
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