No.79159

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」03

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の03

2009-06-15 03:02:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:417   閲覧ユーザー数:386

「はい、みなさん。それでは順番にくじを引いてください」

 クラン会長が何やら箱のようなものを掲げて見せた。

(くじ引き? 一体、何なんだろ?)

 浮かぶ疑問と、最近進んできた近眼も合わさってエディは眉を潜める。

〔我に聞かれても知らぬわ〕

(いや、別にあんたに聞いたわけじゃないから)

 ユーシーズはふわりと浮かぶと、クラン会長が手に持つ、くじが入っているらしい箱に頭を丸ごと突っ込んだ。幽体であるユーシーズには箱もすり抜けてしまう。その様子は、まるでユーシーズの体が箱から逆さに生えているようだった。

 幽体の魔女が作り出す滑稽な光景に笑いを堪えるエディは、騒がしい寮生達から少し離れたところで、食堂の片隅にマリーナの姿を見付けた。彼女は壁に背を預けてことの成り行きを傍観しているようだった。

「マリーナ。ただいま」

「エディ? こんな時間まで図書館に残ってたの?」

「あ、うん。これ何の騒ぎ?」

「掲示板に張り紙あったでしょ。寮生が一人減ったから、一人部屋が出来るのよ。その抽選」

 そういえばそんな話を聞いた覚えがある。ただ、興味がなかったエディは寮の掲示板で詳細までは把握していなかった。

 学内序列で上位に列席し第一女子寮にでも移らない限り、バストロ魔法学園の寮は基本的に二人部屋と決まっている。ただ人数が奇数となったとき、たった一人だけ序列下位でも二人部屋を一人で使える者が出来てしまう。そんな時は、不公平をなくす為にこうして抽選が行われるのだ。

 食堂で繰り広げられる抽選会も佳境のようで、クラン会長が作ったであろうくじを皆で引いていっている。引く前に術念を込める者や、魔法を施行して当たりを引こうとする者もいるが、それを止めるようなことは誰もしない。

 ここは魔法学園。魔法を使って当たりを引けるなら、誉められこそすれ責められることない。

 しかしである。まだ学生の身とはいえ、序列五位のクラン会長が作ったくじが、ただのくじであるはずがない。生半可な魔法は通じないどころか、逆に痛い目に遭わないとも限らない。安易な気持ちで魔法を使うのは身の程知らずのやることだ。

 それでもあえて自らの魔道に頼ろうとする気概は魔法学園独特のもの。場所は寮の食堂であるが、さながら模擬戦の様な緊張感が漂っている。実際、エディの『霊視』には食堂内に妙な魔力が渦巻いて視えていた。幾人かが本気で魔法を使っているのだ。そこまでして一人部屋というものが欲しいものなのだろうかと、エディは首を傾げた。

〔くくく、無駄よのぅ。あの程度では、あの箱の耐魔術を破れわせんて〕

 エディの元に戻ってきたユーシーズが小気味よさそうに笑っていた。

(やっぱりそうなの? 箱の中どうだった?)

〔魔法の介入を防ぐ為に、外見と中身を魔道的に隔てる二重箱かえ。あの結界術を破らん限り、くじを引く瞬間まで、くじ自体があの箱の中に入っておらん。手を入れた瞬間だけくじのある空間の口を開く。よく出来た仕掛けじゃて〕

 どうやら、クラン会長側は抜かりないようだ。『霊視』が出来るエディにも、空回りしているらしい魔法が行き場を失っている滞留しているのはわかった。

(というよりも、指向性を失った魔力が留まってるのって、すごく危険なような……)

「マリーナは参加しないの?」

 エディはマリーナに倣い、彼女の隣で壁にもたれかけた。

「当たったら部屋を引っ越さないといけないじゃない。わざわざ寮内で引っ越しなんて面倒よ。……今の二人部屋に不満もないし」

 少し含みのある言い様だった。エディの方を振り向いたマリーナは明るい苦笑をしていた。

〔何じゃ主、同居人に出て行って欲しいのかえ?〕

(そんなわけないじゃん! 単に聞いただけだよ)

 と、ユーシーズに声に出して返そうになるのをぐっと我慢した。エディが向きになって反論するのを、幽体の魔女はいつもの、喉を鳴らすような笑いを漏らす。

 もう慣れたエディだが、そのユーシーズの笑い方は、本気で馬鹿にされているみたいで好きになれなかった。

(そういえばローズはいないんだ。なんだかルームメイトと仲がよくないみたいな感じだったけど、抽選に来ないのかな? 折角一人部屋が出来たみたいなのに)

 と思い、ふとエディはあることが気に掛かった。

「あれ? そういえば、部屋が空いたって、誰が寮から出て行ったの?」

「さぁ、私は聞いてないけど」

 エディの疑問にマリーナも首を傾げる。今までなかった一人部屋が発生したということは、寮生が一人減ったか増えたかしたはずだ。

 実力主義の魔法学園だ。学園生活に限界を感じて退学する者も珍しくはない。しかし、エディは最近誰かが退学したなどという話は耳にしていなかった。

〔ほんに、主の『霊視』も、人は見えんということかの〕

(ユーシーズ、何言ってるの? 何か知っているの?)

 聞き返しても話す気はないらしく、幽体の魔女は返事をしなかった。

「やった~。一人部屋ゲット! これで夜中に気持ち悪い呪文聞かなくて済む~」

 何やら怨念がましい喜びの声があがった。抽選で当たりを引き当てた女生徒は本当に嬉しいのだろう、何度も跳びはねる。

〔そんなに嬉しいものかのぅ〕

(どうなんだろうね。私は別にマリーナと一緒でいいからなぁ)

 率直にそう思ったエディ。それにユーシーズはまたにやけた笑みを漏らす。

〔主は毎朝起こしてもらわんとならんからのぅ。ほんに主らは仲がよい〕

(うっさいなあ。あんた、幽体のくせにいつも一言多んだから)

 と、エディが文句を思うと、不意にマリーナと目が合った。

「ん? どうかした?」

「な、なんでもないよ……」

 話題の当人を目の前にしてエディは戸惑いを隠せない。自然と頬が赤らむのが自分でもわかった。

(いっつもユーシーズは……。何なのよ、この魔女は。全然、戦争を起こしたっていう、凶悪な魔女っぽくない……)

 エディは出会ってからずっと腑に落ちないものを感じている。ユーシーズ・ファルキンが本当に魔女なのか、ずっと疑問を抱いて燻(くすぶ)っている。本人は肯定し、エディ自身も初対面でそう確信したはずなのに、彼女と共に過ごせば過ごすほどわからなくなる。

 目の前に浮かぶ自分と同じ顔をした彼女は、一体何なのだろうか、と。


 
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