No.790579

天馬†行空 四十五話目 解け、また結ぶ

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2015-07-19 23:35:31 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:5400   閲覧ユーザー数:4067

 

 

 江夏の東。

 そこには長江を西へと進む船団がいる。

 

「まさかおばさまが出て来るなんてねー」

 

「ワシもお声が掛かるとは思わなんだがな」

 

 先頭を行く船の舳先に居並ぶ二人の武人は、水平線を見詰めながらどちらともなく呟いた。

 

 

 ◆――

 

 

 ――寿春にて袁術を討った(と公言した)雪蓮達の前に現れた朱儁率いる官軍。

 皇帝からの使者を伴った朱儁は、驚く雪蓮達に二つの勅を示した。

 一つは、孫策を寿春、汝南、秣陵、呉の四郡の統治を委任するとの令。

 そして今ひとつは董卓の劉表討伐に朱儁と共に当たるようにとの命令だった。

 

(……まあ、冥琳の読み通り、江夏を獲っても結局は董卓の領地になるんだけどね)

 

 流石にこれ以上の領地の加増は認められなかったようで、その部分に関してはしっかりと釘を刺されていた。

 これが頭ごなしに命令する偉そうな使者なら雪蓮達も反感を持ったのだが、皇帝は使者の人選も確りと考えていたのだ。

 使者の名は桓階(かんかい)、字は伯諸(はくしょ)

 眉筋がすっと通っており、涼やかな目元が印象的なこの少女は、以前孫堅が存命だった頃は短い間ではあったものの孫家に仕えていたことがある。

 しかしながら桓階はまもなく父を病で亡くし、喪に服する為職を辞した。

 その後、劉表との戦で孫堅が戦死すると亡き孫堅への恩を返すために命を賭して劉表の元へと赴き、遺体を貰い受けたのだ。

 流石の劉表も桓階の肝とその誠実さに打たれて、彼女を「義の人」と評した。

 雪蓮もまた、母の遺体を持ち帰った桓階に感謝し、是非自身の元に留まってくれるよう頼んだが彼女はあくまで故人への恩を返しただけ、と言い礼を辞したのだった。

 そんな彼女が使者として赴き、また母の盟友だった朱儁が派遣された意味を解らない雪蓮ではない。

 

(ホント……敵わないわね。御遣い君といい新しい天子といい、どうしてここまで人の心を掴むのが上手いんだか)

 

 漢が定めた太守であった袁術を独断で討った咎を赦し、それだけでなく母の仇討ちのお膳立てまでしてくれるというのだ。

 ここまで状況を整えてくれた幼き皇帝の配慮を無碍にするほど雪蓮は――孫家は恩知らずではなかった。

 

「もう少しで見えて来るわね」

 

「まずは夏口(かこう)か……黄祖と闘るのは久方振りじゃの」

 

 目を細め、水平線の彼方に朧気に姿を見せ始めた影を見詰め雪蓮と祭が呟く。

 

「夏口の防備は以前より格段に増したと聞きます。油断は禁物かと」

 

 数年前、長沙太守だった先代頭首孫堅が攻め、激戦の末に黄祖を敗退させたものの追撃途中で伏兵に遭い命を落とした。

 派手さは無いが堅実、且つしぶとい将軍。その将が親の敵を虎視眈々と狙うこちらに備えていない訳が無い。

 守備する兵の練度、こちらの船団への対策、更には万一敗走した時の備え……黄祖はそのいずれも万全に備えているのだろうと推測し、冥琳はするどい視線を影に向ける。

 

「黄祖さん以外に目立った将は文聘さんくらいですかね~」

 

「その文聘、文武に優れた将と聞き及んでおりますが」

 

 緊迫した雰囲気に在っても、穏はあくまでペースを崩さない。

 その彼女の横で、桓階が静かに言葉を継いだ。

 

(黄祖に劉表……ここで仇敵を討つ。そして、その先に進むことが出来れば)

 

 楼船が江の流れに沿って進む中、空を見上げていた蓮華は碧眼に蒼を映したまま思案する。

 

(そうしたら、あの方に会えるのかな――――あ、い、今は目の前の戦いに集中しないと!)

 

 脳裏に浮かんできた少年の姿に頬が熱くなってくるのを感じた蓮華は、目を閉じて頭を振った。

 

「明命、我等は前曲に先駆けて上陸するぞ。準備は出来ているな?」

 

「はいっ!」

 

 船の舳先に立ち、漆黒のマフラーを風に靡かせる思春の言葉に、明命が刀の鞘に手を添え、真剣な目で応じる。

 彼女達直属の部隊もまた、開戦前から意気は天を衝かんばかりだった。

 

「小蓮様! そ、そんなに身を乗り出されては危ないですっ!?」

 

「だーいじょーぶだって!! もう、亞莎は心配性なんだから!」

 

 かと思えば、船の舳先に両手を突いて体半分ほど身を乗り出す小蓮を慌てて引きとめようとする亞莎を見て和んでいる部隊もいる。

 

「さーってと! じゃ、そろそろ――」

 

「――砦が見えたぞ! 皆の者、気合を入れよっ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 

「っておばさまそれわたしの台詞ー!?」

 

 船団を揺るがす鬨の声。

 ここに、孫策、朱儁連合軍対黄祖の戦が始まった。

 

 

 

 

 

 時を少し遡り――

 

「劉表が?」

 

「はいー。正確には蒯良さんか蒯越さんだと思いますがー」

 

 翠率いる軍が呂公の軍と相対する二日前。

 早朝、成都の政庁に集まった一刀達は軍議を開いていた。

 劉璋を降して幾日も経っていないが、生き残った東州兵ら残党への対処と荊州で開かれている劉表と月の戦に少しでも早く駆けつける為、誰もが文句一つ言わず、朝靄も晴れぬうちから集まっている。

 益州での戦の最中、風は荊州から定期的に送られてくる情報を元に向こうでの戦への策を練っていた(対劉璋戦において稟が表の軍師として動いていた理由の一つである)。

 鍛錬を始めたとは言え未だ日の浅い董卓軍が水軍に関しては一日の長がある劉表軍とまともにやり合えば不利。

 となれば詠のこと、そういった状況を作らないよう慎重に戦を運ぶだろう。

 そう踏んだ風は、荊州での戦が益州のものよりは長くなると予測していた。

 

「偵察か…………風は蒯良ちゅう奴が同じ考え方する言うんやな?」

 

「劉表さんにとって劉璋さんは仮想同盟の相手ですからねー。こちらの戦線を窺おうとするのは自然な事かとー」

 

 腕組みしながら頷く霞を見て、風がいつも通りのほほんとした口調で返す。

 

「それで、風ちゃんはどうするつもりなのかしら?」

 

「そのまま、こちらに目を向けてもらうつもりですー」

 

 眠そうなその表情から少しでも真意を読み取るべく紫苑が問い掛けると、風はやはりそのままの調子で返事をした。

 

「目を向けるって……。桔梗様、その……どういうことなのでしょうか?」

 

「ふ、む……そうじゃな。――軍師殿、斥候を益州と荊州の境より内に引き込ませ、劉璋がすでに敗れた事実を劉表に伝えさせるおつもりか?」

 

「成る程な。劉表が董卓殿だけに兵を向けさせないようにするって訳か」

 

「幸い、荊州より以西には劉表に同調する勢力は有りません。この報が伝われば董卓殿は劉表との戦を有利に進められます、良い手かと」

 

 風の考えが読めず、難しい顔をして尋ねる焔耶に桔梗は顎に手を当てて眉根を寄せた後、暫く考えた後に推測を述べると、桔梗の言葉に獅炎が頷き、夕が追従する。

 

「……ふふっ」

 

 その様子を見て、風が微かに笑った。

 

「――まだ何か考えてるでしょ、風? 多分、韓遂さんあたりと」

 

「!? おお、お兄さんもどんどん鋭くなってきますねー」

 

 誰にも見抜かれないもう一つの策があったらしく含み笑いを漏らした風に一刀がこっそり耳打ちすると、小さな軍師は珍しく目を見開いて主に振り返る。

 

「まあ、ね。だって風、諜報だけしてたってわりにはあちこちに人を使ってたみたいだったし」

 

「あー…………お兄さん、良く見てますねー」

 

「ふ、娘っ子よ、一本取られたの。――しかし、よもやワシが絡んでいることまで見抜かれるとは思いませなんだぞ御遣い殿」

 

「あ、多分ですけど馬騰さんもだよね。でないと涼州の主力が揃ってこっちに来るなんてことは無さそうだし」

 

「「――――」」

 

 戦の表舞台に立っていた稟の影で誰にも露見する事無く隠密裏に事を運んでいた筈の風、そして義姉妹経由で風の策を『実行しながら』益州へとやって来た韓遂は続け様に一刀から発せられた言葉に沈黙した。

 

「…………お兄さん、一体”どこまで”判ったんですかー」

 

「ん……そうだね、まず考えたのは俺達に力を貸してくれそうな勢力かな。真っ先に上がるのは陛下……だけど向こうは洛陽の復興と”一手”打つのに忙しそうだから違う」

 

 静まり返った玉座の間。風はいつになく真剣な声色で己が主君へと問い掛ける。

 

「次に白蓮さんと桃香さん――地理的な問題もあるし、それに袁紹が近くに居るからこちらも当然違う」

 

 その問いに、一刀は一本ずつ指を折りながら答えていく。

 

「で、ここで一つ思い出したのは劉焉が羌族に恨みを買っていたことと、連合の時に馬超さんがこちらに協力してくれたこと。この二点を加味したんだけど――どうも、陛下が馬騰さんに働きかけてくれたみたいだね」

 

 誰もが一言も発さず、玉座に座る少年に視線を集める中、注目を浴びる主は残っていた小指に視線を落とす。

 

「で、そっちの動きを察した風が”次”の仕込みを韓遂さんに頼んだんじゃないかな~、ってね。――あ」

 

 最後の指を折りながら一刀はふと思い出したように、

 

「――そっか、風、ひょっとして張魯さんにも協力を取り付けたんじゃない?」

 

「――――!」

 

 付け加えた言葉を聞いて、風は大きく目を見開いた。

 

「――御遣い殿、貴殿は、そこまで」

 

「韓遂さん、俺は風がやった事の道筋を後から辿って推測しただけですよ。俺が今から始まるであろう策を考えた訳じゃないです。それに――」

 

「――それに?」

 

 神妙な顔つきで掠れ気味の声を絞り出す韓遂に、玉座の少年は苦笑しながら固まっている風を見る。

 

「劉表の斥候、内側まで引き込ませるつもりなんて無いんでしょ? だから、風と韓遂さんは涼州から益州、漢中までを通る”道”を作ったんじゃない?」

 

『――――――――』

 

 風の手から棒つき飴が落ち、韓遂は我知らず一歩後ろに退いた。

 獅炎をはじめとした南中軍、そして霞や華雄、桔梗や紫苑、焔耶と鷹らもその言葉を聞き、驚きの表情を浮かべる。

 

「俺が気付いたのは成都を落とした直後。涼州から馬超さん達の後ろについて来た馬商人の人達から気になる話を聞いてね――なんでも韓遂さん達の出陣した時に馬が沢山売れたんだって」

 

「あ~、お館様? 涼州軍は騎兵が主力だし、別におかしな話でもないんじゃない?」

 

「ああゴメン鷹さん。正確には”韓遂さんや馬超さんの軍が出立した後”だね」

 

 話の意図が読めず、張任こと鷹が小首を傾げて訊ねると一刀はばつが悪そうに片目を瞑って手を合わせた。

 

「”後”ですか?」

 

「それはまた妙な話だな。戦の前になら解るが」

 

「一刀さん、その売れた馬ってもしかして”ここ”には来てなかったりするの?」

 

「うん、多分……いや確実にそうだね」

 

 輝森、竜胆は揃って首を傾げる中、蓬命が何かに気付いたらしく疑問を口にし、一刀がそれに答える。

 

「ここに居ない――恐らくは数百、いや数千匹の馬。それが涼州から武都、梓潼、漢中を――っ!?」

 

「蛍?」

 

「――そう、か」

 

 眼鏡に指を当てて思索していた朱褒こと蛍は身震いすると、固まったまま立ち尽くす風に目を遣った。

 

「西涼軍の本当の相手は劉表か――――しかも、始めから」

 

「ん、じゃあこっちは益州の平定に取り組もうか。馬超さん達が帰ってくるまでに少しでも進めないとね」

 

 呆然とそう呟いた朱褒。

 沈黙の帳が下りた玉座の間に、一刀の穏やかな声が響いた。

 

 

 

 

 

「良し。弓兵隊、射撃開始!」

 

 鍾会の号令の元、兵達は一斉に弦を引き、弩を構える。

 壺関前には大型の盾を構える重装歩兵と、その後ろに主力の弓兵を擁した鍾会隊が展開していた。

 

「ふん、たかだかその程度の兵力でこの壺関を落とそうってか。――かまわん! あの愚か者どもに矢の雨を降らせてやれ!」

 

 対する壺関の守将、高幹(こうかん)は金の髪を風に靡かせ、関に居並ぶ兵に号令をかける。

 鍾会が五千、高幹が一万。

 倍の兵力差に加え、強固な防壁が味方している高幹は小勢で城攻めに掛かった洛陽の軍を汚物でも見るような目で見下していた。

 

(司馬の旗は後方で動かぬか。ふん、所詮は若造、戦の常道も知らぬと見える)

 

 鍾会の部隊の後ろ、牙門旗を掲げる司馬懿の隊は円陣を組んで微動だにしない。

 見た所、雲梯などの背が高い攻城兵器は備えているようには見えず、また、門を突破する為の衝車も用意していないようだ。

 傷だらけの鎧に身を包み、頬に走る一筋の傷を歪ませて高幹は笑みを浮かべる。

 

(五千ほど援軍を寄越すと麗羽姉は言っていたが……ふ、これでは後で来る者達に手柄を残しておくことも出来ぬな)

 

「手を休めるな! 間断なく矢の雨を降らせよ!」

 

 姪と同様の短いスカートが捲れ上がるのも気に留めず、高幹は自らも弓を引きながら兵に檄を飛ばし続けた。

 

 

 ◆――

 

 

「敵さん、上手くこちらの前衛に喰い付いてるね。……準備は?」

 

「は! いつでもいけます、司馬将軍!」

 

 鍾会隊に降り注ぐ矢の雨を遠目に眺めながら、仲達は傍らの兵に声を掛ける。

 

「よーし。んじゃ、手筈通りに行きますよっと……填壕車(てんごうしゃ)隊、前進!」

 

 含み笑いを浮かべる仲達の号令で円陣が二つに割れ、前面に盾代わりの板を付けたL字型の車がざっと二十台ほど、ガラガラと音を立ててゆっくりと鍾会隊の後方へと進んで行く。

 

 

 ◆――

 

 

「は? …………何故今頃になって盾付きを出して来る? あの程度の高さではこちらの矢を防ぎきれまいに」

 

「おまけに弓を射ている兵たちの前に展開しようともあの足の遅さでは逆に邪魔となりますな」

 

 高幹は後方より出でた填壕車を見て訝しみ、参軍として付き添っている辛評(しんぴょう)もまた敵の意図が読めずにいた。

 

「敵の意図は解らんが……こちらのやることは変わらん。ただ敵軍を打ち払うのみよ」

 

「ですな。弓兵隊、撃ち方を止めるな! 歩兵隊、岩と熱湯の用意をせよ!」

 

 

 ◆――

 

 

「填壕車が来たか。よし、手筈通りに行くぞ! 三射目が放たれた後合図を出す! それまで皆手を休めるな!」

 

『はっ!!』

 

 自軍後方より現れた車を一瞥すると、鍾会は絹糸のような藍色の髪を靡かせ、降り掛かる矢を剣で斬り払いながら檄を飛ばす。

 鍾会の命を受け、弓兵隊は城壁からの射撃に負けんとばかりに弓を引き絞り、歩兵隊は後方の弓兵隊を守るべく大盾や丸盾を掲げた。

 

 

 

 

 

 ――上庸にて。

 

「――ぐうっ!?」

 

「呂公様っ!?」

 

 待ち受けていた馬超の突撃を受け、混戦状態となった最中に呂公は肩口に矢を受けて落馬した。

 周りを固めていた兵達もまた、身体のどこかしらに傷を負いながらも呂公を庇わんと前に出る、が。

 

「私に構わずともよい! それよりお前達は襄陽の蒯良殿の下に走れ! この戦況を伝えるのだ!」

 

「し、しかし!!?」

 

「行け! 私を無駄死にさせるつもりか!?」

 

 利き腕をやられながらも剣を握る手を離さず、よろめきつつも立ち上がった呂公は近侍する兵達に怒鳴りつけた。

 

「――っ! ご免っ!!」

 

 呂公が浮かべた決死の表情を見た兵士達は一瞬逡巡するも、唇をぐっとかみ締めて馬を反転させる。

 遠ざかって行く兵を見つめ、呂公はふう、と溜め息を漏らすと改めて視線を前に戻した。

 前線にて戦っている部隊は馬超と、その一族らしきもう一人の将によって今にも突き崩されそうだ。

 

(軍師殿、貴女の危惧は当たっていましたな)

 

 さながら激流の如く馬を繰る西涼の軍を前に、呂公の心中は焦りや恐怖よりも感心が占めていた。

 

(流石は涼州の兵。噂に違わぬ馬術よ……まるで空でも駆けているかのようだ)

 

 先程宣言した言葉に偽りはなく、

 

(天下に名高い錦馬超と戦って死ねるとは本望)

 

「馬超! 我こそは劉表が将、呂公なり! いざ尋常に勝負!!」

 

 呂公は既に自身の死を受け容れていた。

 

「はっ、いい度胸じゃねーか! なら、馬孟起が槍を受けて見やがれ!!」

 

 名乗りを上げると、白銀の槍を携えた敵将はすぐにこちらを捉える。

 

「勝負っ!」

 

「――せあっ!!!」

 

 自軍の将を討たせまいと打ちかかる兵士の群れを恐るべき手綱捌きで掻い潜り、肉薄する馬超に呂公は剣を振るい、

 

(軍師殿、おさらばです)

 

『りょ、呂公様ぁぁぁぁああああっ!!!!????』

 

 その首が音もなく宙を舞った。

 

 

 ◆――

 

 

 ――夏口、長江に面する水塞にて。

 

「――来るべき時が来たか」

 

「黄祖様っ!」

 

「何故ここに居る文聘。儂の命を違えるか」

 

 砦の上から江を見下ろす黄祖は、背後に立つ文聘に振り返ることなく言葉を放つ。

 

「しかし、これでは――!」

 

「解っているはずだぞ文聘。――此度の戦は負ける。必ずだ」

 

 食い下がろうとする少女に、黄祖は重々しく告げた。

 

「だが、このような戦でむざむざと能吏を死なすわけにはいかぬ。それがこの老いぼれに出来る最後の務めよ」

 

「こ――」

 

「生きよ文聘。そして新たな時代を支える力となるのだ」

 

 それでも尚、食い下がろうとした文聘に振り返った黄祖の顔は、

 

「黄祖、さま――――ぅ、ぎょ、御意っ!」

 

 それまで文聘が見たこともない程、晴れやかな表情だったのだ。

 長沙への奸計から始まった今回の戦に疑問を抱いていた文聘。

 そして、主劉表より、董卓と御遣いの治世に惹かれていた彼女の秘めた心情を黄祖は察していた。

 儒教を妄信するあまり、他の価値観を排除していった劉表の治世。

 いずれ崩壊する砂上の楼閣。

 故にこそ、黄祖は珠玉の如き才を持つこの少女をここで死なせるつもりは更々無かったのだ。

 

(生きろ文聘。次代に蒔かれた才有る種よ)

 

 悄然として城壁を下りる少女の背を一瞥し、黄祖は長江にその姿を浮かばせ始めた船団を見つめた。

 

 

 

 

 

 ――戦場は再び、壺関へと戻る。

 

「司馬将軍! 填壕車隊、指定の位置に着きました!」

 

「ほい了解」

 

 物見の報告を受けた仲達は、即座に左手に持っていた赤龍旗を揚げた。

 

 そして――

 

 

 

 

 

「――――なっ!!!??」

 

 

 

 

 

 高幹が眼を剥く。

 関の前、辛評の言通り弓兵の邪魔にならない――つまりは意味の無い――位置に止まった填壕車に付いている前面の盾が前に倒れ、

 

「しょ、床子弩(しょうしど)だとっ!!? ――――い、いかんっ!」

 

 鈍く輝く大型の矢を装填した床子弩が姿を現した。

 高幹はそれを見るや驚き、そしてすぐに次に起こる最悪の展開を予想して命を下そうとする。

 

「はい発射~!」

 

 が、一瞬早く司馬懿の声が響き、唸りを上げて矢が空を切った。

 放たれた二十数本の鏃は関へと迫り、

 

『ぅおおおおっ!???』

 

 堅牢な城壁に深々と突き立つ。

 

踏蹶箭(とうけつせん)、か…………おのれ!」

 

「お、落ち着かれませ高幹様! 確かに奇手ではありますが矢が射ち込まれたのは敵前曲からは離れております。今からでも――」

 

 

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

「――な、ああ……っ」

 

 鍾会の部隊から大きく右に外れた位置に突き立った矢。

 高幹は関に射ち込まれた踏蹶箭を見て柳眉を吊り上げる。

 辛評は高幹の剣幕に怯えつつも戦況は不利になったわけではないと声を上げようとして果たせなかった。

 

「さて、出番ですかね。皆の者! 名族サマに本当の戦を教えて差し上げなさい!!」

 

 壺関を挟む険しい崖を駆け下りる騎馬の大群。

 掲げるは黒い「張」の旗。

 

「こ、こ、黒山賊!?」

 

 張燕が率いる精兵、その数十万が疾風のような勢いで壺関に殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふっ!」

 

 振りは大きく。

 横薙ぎのそれを身を屈めてやり過した斗詩は懐に潜り込まんとし、

 

「――!」

 

 刹那、斜め下から跳ね上がるように戻って来た一閃を剣で受け流した。

 

「――せいやっ!」

 

 連撃は止まず、振り上げた大剣を猪々子は再び斬り下ろす。

 

「つっ……!」

 

 斗詩が右の槍で大剣の腹を突いていなすが、腕を伝う衝撃までは殺せない。

 

「――ぉおおおおおっ!!!」

 

 その隙を逃すまいと猪々子は突進し、肩当てを斗詩へとぶつけた。

 

「――させない」

 

 だが、斗詩もその行動を読んでおり、直前で猪々子の肩当てを踏み台にして跳躍し、彼女の背後に降り立つ。

 

「――はっ!」

 

 即座に槍を繰り出す斗詩、

 

「――よ、っとぉ!」

 

 突進の勢いのまま、背後へと身を捩って大剣を振るう猪々子。

 

 ――ぎんっ!!!!!!

 

 鋼の打ち合う甲高い音が響き、それを合図としてか両雄は再び開戦の位置へと戻っていた。

 

「――」

 

「――」

 

 互いに言葉は無い。

 

 

 

 

 

(おかえり、文ちゃん)

 

(ああ。……ごめんな待たせちまって)

 

 

 

 

 

 ただ、互いを見据える眼差しがその心情を語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 またも間が空き申し訳ありません。

 未だ私の調子も万全とはいえませんが、少しずつ落ち着いてきてはいます。

 この調子で少しずつペースを取り戻していきたいですね。

 

 さて、今回は各方面の戦況でした。

 うん……あんまり進んでいませんね(苦笑)。

 ですが次とその次あたりで決着までもって行きたいな、とは考えています。

 

 では、次回四十六話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:手

(時間軸的には阿蘇阿蘇特別号発刊から数日後あたり)

 

 

「うーーん。…………終わったぁ!」

 

 机の上にあった書簡(報告書、陳情書、感謝状等々)に目を通し、必要なものには印を押すこと数時間。

 決裁を終えて書簡を分類ごとにまとめて置いて、っと。

 ふう、ようやっと一段落が付いたと思ったらもうお昼か。

 さて、どこに食べに行こうかなっと。

 

 …………あれ? あの柱の所に居るのって……。

 

「鷹さん?」

 

「あれ? お館様じゃない」

 

「一刀でいいですって。……鷹さんも今からお昼ですか?」

 

「さんはいらないわよ。……そうよ、練兵も一段落付いたし」

 

 やっぱり鷹さんか。

 彼女も一仕事終えた様で、暑いのかいつも着ている灰色のコートを肩に引っ掛けていた。

 

「俺もこれからですけど、一緒に食べに行きます?」

 

「え?」

 

 一人で食べる食事は味気ないから誘ってみると、鷹さんはポカンとする。

 ? ん? 俺、何かおかしなこと言ったかな?

 

「あ、先約があるんだったら――」

 

「ぅえ? な、ななな無いわよ! だ、だだ大丈夫」

 

「? それじゃ、どこ行きましょうか? この時間だと…………そうだな、西通りのラーメン屋か中通りにある点心のお店がお勧めですけど」

 

「じゃ、じゃあ点心が良い、な」

 

「?? は、はい。じゃあ行きましょうか」

 

 なぜか急にしどろもどろになった鷹さんに首を傾げながらも成都の中央にある大通りに向かう。

 うわ、当然と言うかなんと言うか、混み合ってるなぁ。

 あれかな、劉焉や劉璋が搾取してた通行税を撤廃したんでやっぱり商人さん達の数が半端なく増えてるや。

 ん~、でもこれもある程度なんとかしないとスリとか横行しそうでやだなぁ……後で夕や李厳さん達と協議してみよう。

 なんて考えてると、きゅっ、と袖を誰かが掴んできた。

 振り返ると、なんか俺から目線を逸らす様にして袖を掴んでる鷹さんが。

 しかもほんのり頬が赤かったりするし。

 

「――」

 

 う、こ、これはちょっと予想外の展開。

 つられて頬が熱くなり、思わず鷹さんから目線を逸らすと見えたのは向かっているお店。

 あ、不味いな、あんまり時間をかけると列が出来ちゃうんだよあそこは。

 …………むぅ、鷹さんには悪いがここは。

 

「鷹さん、ちょっとゴメン」

 

「え? か、かず――――ひゃっ!?」

 

 鷹さんに一声掛けて袖を掴んでた手を握る。

 そのままお店まで一直線。

 上手いこと人の波も掻き分けて無事到着した。

 

 満席直前の店内になんとか入って鷹さんとお昼御飯を食べたんだけど、なぜか鷹さんは真っ赤になったままであんまり箸が進んでなかったみたい。

 うーん、ここの点心はお気に召さなかったのかなぁ?

 よし、次に誘う時はもっといろんなお店を探しとかないとな。

 

 

 

 


 
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