No.788852

司馬日記外伝 稟ちゃんの華麗なる一日

hujisaiさん

お久しぶりになってしまい申し訳ありません。
その後の、ある日の稟ちゃんです。

2015-07-11 14:47:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9371   閲覧ユーザー数:6179

瞳を開け、体を起こすとしばらくぼーっとする。

 

私の朝は遅い。

事務方は定時に出勤しているが、部内では私だけが半刻遅れの出勤が許されている。

もちろん華琳様や部長級同士の会議が設定されている時は間に合うように出勤するし、遅れて出勤する分夜は長く…と言うかまともな時間に退勤する方がまれだ。

枕元の眼鏡を手で探し、視界がはっきりすると多少目が覚めてくる。

 

いつから私はこんなに朝が苦手になってしまったのだろう?戦乱の頃はいつでも寝ていつでも起きられていた筈だ。明日をも知れぬ身から、仕事の配分を考えられる立場になったからだろうか。深くは考え込まず、着替え始める。

今日の予定は何だっただろうか。予算要望の各部の集計に目を通してから事務方会議、その後華琳様に報告して問題無ければ三国共益費の割り振りの協議を詠と。その後――――

その後の予定を思い出して、ふと身に着けようとした下着に目を落とすと無地の白の上下が目に入った。…これはない。

慌てて下着を脱ぎ、箪笥をかき回す。そうそうこれこれ、黒の脇が透けた花柄。肩に通して背中の金具を留めようとして今一度思い直し、大浴場へと向かった。私の定時にはまだ間がある。それに念には念を、黒の方はあとで着替えよう。

 

「ああ、やっと来たのです」

私の机の隣の椅子を揺らしていた音々音が今日の一番の客だった。

「この洛陽司隷の商業地域に設ける税の設定なのですが、」

「ちょっと待って下さい、前回資料を出しますから」

彼女は非常に優秀だが、挨拶も碌に無く話を始めるところは面倒が無くていい反面時に唐突過ぎて話についていけない事がある。

「稟なら覚えているだろうと思ったのですが、必要でしたらお茶でも飲んで待ってますぞ?」

「…いいでしょう。話を続けて下さい」

にやにやする彼女に小さくため息をつく。大丈夫、大体は頭に入ってる。

 

「…なのでこのように率と徴収方法を変えたほうが一手間かけても納得性も高く繁盛すると思うのです」

「そうですね。その案で実施の方向に動いて下さい」

「決裁を取ってからでなくてよいのですか?」

「はい。私の方でやっておきますから、進めてしまって構いません」

広げた資料をトントンと整理し、決裁用のものだけ抜き出す。下の子に決裁手続きをさせて私は予算集計に早く目を通さないといけない、それとなく退室を促すように音々音を見たがその気配が無い。

 

「ところでですな」

「はい?」

「あのボンクラについてなのですが」

貴女も暇ではないと思うが私も暇ではない、痴話喧嘩なら家でやってほしい。と言うか直にやれ。

「あれは本当にどうしようもない種馬ですな」

「はあ…」

何を今更。彼女はたまに私に何の関係も無い愚痴をぶつけてくることがある。

「ねねが大事に!大っ事に育ててきた柳花(荀諶)にまで粉をかけてきてるようなのです!」

「…一刀殿の女性関係は今更言っても仕方ないではないですか」

「柳花は将来を嘱望された娘ですぞ」

「それはそうだとは思いますが」

なら隣の部屋にいるその姉に言ってはどうですか、と言いそうになるのを堪えて眼鏡を拭く。風に『稟ちゃんは話に興味がない時にすぐ眼鏡に手を伸ばすのはやめたほうがいいですよ』といわれたのを思い出したが、正直今は悟ってほしい。

「先日だってあの種馬が経産部に決裁書類を持ってきたのを見るや、真名を交換しているねねにも見せたことのない笑顔で近づいて!触れそうなくらい近づいて!乙女の微笑で有難う御座いますなどと言って、あともう少しで妊娠させられるところだったのですぞ!あんなにねねに懐いていたのに!」

書類の受け渡しくらいで妊娠してたら庁内は妊婦で溢れ返っている。というか面倒臭い、多少ふざけた対応でお引取り願おう。

「おや、嫉妬ですか」

「そんなことはないのです!一昨晩はあの全身精液男に『蕩けきるまで可愛がる』などと難癖をつけられえらい目に遭わされて、あいつの寝床は暫く見るのも怖い位なのです!」

「そっちですか!?しかも惚気だったら帰って下さい!」

噂には聞いていたが彼女の桂花化傾向は真実だったのか。

「ねねの話はいいのです、それよりも重大な問題があるのです」

「なんですか」

早く帰って欲しい。

「柳花はあの姉や叔母の性癖を毛嫌いしているようなのでねねは安心していたのです。しかしあるとき柳花が外出している時に彼女の机の袖引き出しがちゃんと閉まっておらず、ねねは閉めておいてやろうとしたのです」

「部下といえど他人の机に触れるのは感心しませんよ」

「エロ下着見本帳の間に隠すように明らかに読み込まれた被虐官能小説がぎっしり仕舞われていたのです!」

「矯正しましょう、手伝います」

…血は怖い。それと派遣研修でうちに来ている蒯姉妹がそろってさりげなく袖机の引き出しの鍵をかけたのが物凄く気になった。

幸か不幸か荀諶は出張で不在であったので指導は後日ということでねねとは別れ、予算会議に出席した。

会議を終え予算要求書をまとめて、華琳様の居室へ向かう。

おおよそは予定通りの各部要求だったけれど諸葛誕が土木枠の要求でごねていたのが記憶に残る。土木事業は彼女の手腕にかかるところが大きいのは自他共に認めるところだ、要求枠について増額するか…それとも彼女自身の『ガス抜き』を一刀殿に依頼してごまかすか。

以前同様の依頼をしてお尻ペンペンされたって自慢話を聞かされた凪が微妙な表情で俺を見てくるのがちょっと辛いんだけど、という一刀殿の渋面を思い出す。そういった小手先の誤魔化しよりも投資自体は良い事なのだからいっそ大幅な増額を―――

 

「あああんっ!かじゅとぉ、すっごいのぉ!かじゅとのおっきいのでっ、かりんちゃんこわれちゃうっ、こわれちゃうよぅ!!!」

(!?)

踏み込みかかった足を慌てて翻し、廊下の壁にへばりつく。

心臓がばくばく音を立てる。

後一歩で見てはいけないものを見てしまうところだった。

 

「も、もうだめぇっ、なかにびゅーして!びゅーってしてぇ!!」

 

…最近の華琳様は脇が甘い。昔のピリピリされていた頃を思えば臣下として主君の幸せを喜ぶべきところだろうが、少し箍がはずれ過ぎている気がしないでもない。

庁内の奥まったほうへ執務室を移されたので多少油断されているのか、既に知らない話ではない私だったから良かったようなものの他の者だったら洒落にならない。付き合う一刀殿も一刀殿だ、華琳様のお好みとは言えあまりああいったプレイに溺れるのは―――

 

「(羨ましいのか?)」

「(っ!…突然声を掛けないで下さい、心臓が飛び出します)」

いつの間にか音も無く隣に立っていた秋蘭に驚かされた。これが他人だったらと思うとぞっとする。

 

 

「(…警戒していたのなら私が通り過ぎる前に止めて下さい)」

「(稟なら知らぬ仲でもない、華琳様達の『気配』を察した時点で引き返してくれると思ったのだがな)」

「(考え事をしていたのです。今少しで抹殺されるところでしたよ)」

華琳様は私が知っている事は知らないはずだ。この隣に控える優秀な部下が喋ってさえいなければ。

 

「(出直したほうが良いのではないか?事後の睦言を邪魔されると華琳様は御機嫌を損ねるぞ)」

「(そうします、華琳様の身支度が整われたら私の執務室の方へ声を掛けて下さい。ここに長居していると中てられそうです)」

「(意外だな。稟もああいうプレイに興味があるのか)」

「(…いえ、私は柄ではありませんよ)」

今更私にははっちゃけた夜の個性とかは無理がありすぎる。一刀殿が『しろ』とか『着ろ』と言うのに従う分には彼に責任を転嫁できるので何とか出来るが、自分からはまるでできそうもないつまらない女だ。

「(秋蘭はああいうプレイはしないのですか)」

照れ隠しに無駄な事を聞いてみた。彼女のゆるぎない姉属性は魏中、いや三国中に知れ渡っており冥琳とは角突き合わす仲だと言うのは有名すぎる話だ。

 

「(してみようとしたが、結局『積極的な妹』どまりだったな)」

したのか。と言うか、普段の落ち着き振りをもかなぐり捨てて彼の為に(或いは自分の為なのかも知れないが)照れも衒いもなく素直にそういった行動に出られる彼女に多少の羨望を覚える。

「(それに追い詰められた姉者の方がずっと真に迫っていて一刀にはそそるものがあるようだ、私は諦める事にしたよ)」

…それ(性的に)追い詰めたのは貴女と一刀殿ですよね?

 

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次は詠と打ち合わせだ。

――――実は私は個人的に詠は好きだ。おそらく自分と似ているところを感じるからだろう。

真面目で悲観的、苦労性。そして彼に正面切って甘えられない性格。

しかしいつだったか飲みに行った時ひどく酔った彼女に稟は可愛くていいわよね、と何度も言われた事がある。貴女こそと思ったし言ったけれど力強く首を振っていやあんたが一番可愛い、三国で一番可愛いと言われた。月はいいのですか、と聞くと

『あの娘はなんか達観しちゃってるって言うか、突き抜けちゃってる感じがあんまり女の子っぽくないのよね。稟はその、迷いがあって一歩引いた感じっていうの?そこが可愛くて羨ましいのよ』

と言う。羨ましいで言えば私は詠の方が遥かに羨ましい。彼に会える日数だけでなく、信頼の中で軽口も言い合える間柄というのが嫉妬するほどにあるのだがそれは無いもの強請りなのだろう。

 

「失礼します、詠はいますか」

「はいー?あっ稟さんだ!」

「ほんとだ稟さんだー!詠様今会議中でーす」

――――地雷を踏んでしまった。

この二人は苦手だ。というかこの近親上等☆姉妹を得意にしている女なんて居るのだろうか。

「…そうですか」

ちょっとなら待つか、引き返すか。

「まぁまぁお茶入れますから待ってて下さいよ!藤香、お菓子出してー」

「はいはーい」

「…では少し待たせて頂きます」

少し待てば来るだろうという結果的に甘すぎた希望的観測のもとお茶に手を出してしまった。前に研修に来た時にゴネにゴネて真名交換させられた後、蜀に帰ったと聞いていたがまだいたのか。再び派遣研修か、親のコネか。

 

「ねーねー稟様ぁ」

「…なんですか」

間が持たないのでお茶に手を伸ばす。自席に戻らず、私が座っている打ち合わせ机の向かいに背もたれを前にして跨ぐ様にして座る二人は仕事はいいのだろうか。

「荀彧様と程昱様ってガチで仲悪いですよね?」

「間入るの辛くない?」

今口の中に収めたばかりのお茶を強制的に空中に返却させられた。

 

「ごほっごほっっ!…い、いぎなり何を聞くんですか!?」

「やだ稟様お行儀悪い、そんなんじゃ一刀様も幻滅ですよ?」

「あ、口から出る緑色の鼻血。稟様新技」

「貴女達の所為でしょう!?あとこれお茶ですから!」

しかもかろうじて下着は隠れているとは言え大股開きで座っている貴女達が言うな。

「ね、実際仲悪いですよね?」

「特に荀彧様露骨っぽいよね」

「そんなことはありませんよ、言いがかりは止めなさい」

「えー?でも一枚板って感じじゃないですよねー」

「二人とも胸は一枚板だけどねっ!ねえ藤香今あたしうまいこと言った!」

「すごい玲紗、軍師なれるよ軍師!」

「…貴女達刺されますよ?」

この娘達は蜀でも日常的にこんな口の利き方をしているのだろうか。そういえば以前仲達が指導員をしていた筈だが一体何を教えていたのだ。

「戻りますけどぉ、だってあの二人一緒のときのお互いの牽制感凄いじゃないですかぁ」

「そうそう!そんで別々で一刀様と一緒の時はもんの凄く正妻ぶるの!」

「『もうっ、しっかりしなさいよね!ほんと私が見てやらなきゃ駄目駄目なんだからっ!』」

「『おお、寝てしまってました。おにーさんのお膝は昼寝がはかどってしまって困ったもんですー』って、じゃあ自分の布団で寝なよって!」

「…失礼ですよ」

いけない、似てる。にやっと笑ってしまいそうなのを堪えて嗜める。

「あでも、全身から噴き出す正妻感って言ったら詠様も負けないよね?」

「うん特に機嫌いい時なんかノリノリ!『その書類ならここよ?碌に読んじゃいなかったんでしょ、ボクが要約版作っといたからこっち見ときなさい?(ドヤァ)』」

「違う違う、月様居なくて身の回りも御手伝いしてる時の方が凄いから!『ほら、襟曲がってるじゃないの。…これでいいわ、も少し身だしなみ気をつけなさいよね。ボク達が恥ずかしいんだから』」

「似ってっるー!あはははははははは!」

 

「その辺にしておきなさい」

会議室から出てきて彼女等の背後に立った人物を見ながら、思わず口元が緩んでしまう。

「まあまあ稟様、で詠様ね、一刀様が他の女と寝てて朝起きてこないと凄い機嫌悪いの!」

「うんそれ一刀様と午前中打ち合わせしなきゃいけないときとか眉間の皺超やばい!一緒に寝てた女が出て行くと即お玉と鍋抱えて一刀様の部屋行ってカーンカーンカーンッて!『別に怒ってない』とか言ってその顔どう見たって、」

 

「どう見たって何かしら?」

 

どう見たって、こめかみに青筋を立てた詠の笑顔でした。

 

----------------

 

「ほんっと、懲りるという事を覚えないのよねぇあの二人」

「詠も大変ですね」

タンコブを頭にこさえ、仲達に両脇に抱えられて春蘭との強制稽古に連行される近親上等☆姉妹を見送りながらため息をつく詠に苦笑いする。

共益費の打ち合わせは特段問題はない。華琳様が今度建てられる別荘『銅雀台』は魏持ちというか華琳様の私財で建設することを確認された程度だ。次の予算会議の予定と一次要求の算定方法の統一について少し話してお茶を飲み干すと、そうだ今夜一杯どう、と聞かれた。

 

「あ…いえ、今日はちょっと…」

「…ああ」

軽く笑われ、そういうことね、と言われた様にさえ見えた。

…そんなに私は分かり易いだろうか。

 

「稟は可愛いわよねェ」

「またそんなことを…」

また言われた。

「そのウジウジ感が」

褒めるのか罵倒するのかどっちかにしてもらえませんか?

 

「冗談よ、でも可愛いってのは本当。元々美人だし角も取れて、でも自分が一番じゃないって事を分かってて二三歩引きながらも諦め切れずにうじうじっとして言い寄られたらなんでも言いなりみたいな、」

 

「「駄目女」」

先日飲んだ時にボク達ってまさにこれだよねと言っていた言葉が重なり、二人で一頻り笑う。

「でも違うわよね!?ボク達がまともなのよ、あいつらがおかしいの!」

「そうですよね」

「世の中、吹っ切れてる女ばっかじゃないの!尻尾振ってりゃ幸せな犬ばっかでもないのよ、ねえ!?」

「ええ」

ケラケラと笑った彼女と別れ、執務室に戻る。

午後の執務は比較的穏やかだった。部下の決裁書類の精査を終えて予定していた時間休暇を取り、引き出しに忍ばせていた取って置きの下着をそっと鞄にしまって浴場へと行こうとした所で来客があった。

 

「ちわー、総務室の逢紀って言いますけど戯志才さんっていらっしゃいますかぁ?」

「………戯志才はこちらの者ではありませんが、用件なら私の方で承りますが」

思わず表情が固まってしまう。後ろでぷふっと伯寧(満寵)が噴き出したが気にしてはいけない。

戯志才。

それは私がちょっとアレな会合に出るときや、生協の通信販売でちょっとアレな買い物をする時の偽名であるところは仲間内ではアレなことだったりする。

「あのですねー、戯志才さんの名前で今日夕方五時から明日のお昼まで三国塾の教室(二)と隣の保健室が予約されてるんですけど分かりますー?」

「…はあ」

私が予約したので勿論知っている。

「出来れば清掃入りたいんでー、会議室とかに移ってもらいたいんですけども」

「いえそれは困ります」

梁道(賈逵)も机から顔を上げずに笑った気配を感じる。いいから大人しくしてて欲しい。

「えー、困ったなぁ…研修かなんかです?」

「…まあ、そのようなものです」

「何人くらいで使われるんですかぁ?」

「……二人くらい、かもしれません」

「えぇー!?それじゃあ別の小部屋でって訳には行かないんですかねぇ…?」

「ええ、そのちょっと…どうしても教室と保健室でないと」

折角生協の通販で買った新作の『女教師制服(中)』を無駄にするわけにはいかない。あと後ろ、笑うな。頼むから笑わないで下さいお願いします。

「じゃ分かりました、清掃やめて塗装だけ五時までに業者にやらせちゃいますから、窓は開けっ放しにして使ってもらえます?」

「それでは外に声が丸聞こえじゃないですか!?」

「えええー!?」

後ろで部下達の爆笑が聞こえるが気にしたら負けだ。この業界照れたら負け、引いたら負けだ。

「と、とにかく!戯志才の予約なので勝手には変えられませんから清掃はまた別の日にお願いします、いいですね!?」

「わ、分かりましたよう…じゃ、あと郭嘉さんて方いらっしゃいます?」

「それは私ですが」

「あの、程昱さんて方からお届け物で…」

「風から…?なんでしょうか?」

「えーっとこの包み全部で品名が…うわぁ」

「何ですか?」

「あの、宜しいです?」

「?構いませんが」

「えっと…こちら書籍で『一刃と女教師(七)~爛れた関係、止まらない情欲~』と、鼈飲料二人前。あとこのスケスケの紫の下着、上下と…お手紙です、あのここに認め印お願いします」

「」

 

風の手紙を見た。

『久々の教室借りきり、ねーちゃんの本気(マジ)を期待してるぜ 宝慧』

すぐにたたんで自分の机に投げつけた。

 

後ろの部下達の『りーんちゃーんがんばれっ♪りーんちゃーんがんばれっ♪』の合唱が心底うざい。貴女達いつか地方に飛ばしてやると心に誓いながら、判子を逢紀に投げ渡して小包をひったくり浴場へ走った。

 

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とまあ、夜を迎えるまでは私は羞恥で激怒かなにかしていた筈だった。

「…のにまあ、どうでもよくなっちゃうんですよね…」

「?何が」

 

貴方の腕に抱かれているとです、と凪なら照れながらも言うのだろう。言わないから私はチョロくはない。いや、チョロいか。

「いえ、独り言です。それより、もう朝ですしそろそろいい加減に起きなくてはいけませんよ」

「えー…稟非番だって言ってたじゃない、もう少しこうしてたいんだけど」

「もう…」

抱き寄せる彼の胸元に顔を押し付けながら、口元がにへらっと緩んでしまう。

「…あ」

「何ですか」

「稟の下着が」

「…いいです、もう一着ありますから。私もう起きますよ」

確かにちゃんと脱がされずに事に及ばれたので着用していった黒の方はとんでもないことになってしまっているので、身体を起こし小包を開けて風から貰った方のを彼に背を向けるように寝台に座って着けはじめる。

 

見えないけれど背中に彼の視線を感じる。無言がその証拠だ。背筋がちりちりとする。

背中の留め金をとめ、そのまま洗面台へ向かう。いや、向かおうと思ったが、体が反対を向いた。

「ほら、貴方も起きませんと…」

我ながらその声と、両手を寝台について顔を寄せた仕草には媚びを覚えた。

「きゃっ…」

彼の視線が全身を巡ったと思うや、再び抱き寄せられた。――――私の、内心の期待通りに。

「いいねぇコレも、稟は上品な黒とか紫似合うよね。これ絹?」

「あん…そうだと思いますが…駄目ですよ、これ汚しちゃうとっ、代えはもう無いんですから」

胸の上半分が大きく開いた下着の内側に侵入しようとする彼の指に抗って見せても、理由がいい加減になっている。

「大丈夫、堪能したら脱がすから」

「もう…しょうがないですね」

まるで桂花のような論破待ちだと思いながら身体を重ねると、唇を合わせたまま髪を撫で、背をなぞってお尻から下着の間に彼の指が忍び込んでこようとした所で違和感に気づく。

「ちょっと待って下さい、下は脱ぎますから」

「え、折角だから脱がせたい」

「いいんです」

彼の手を待たず、慌てて自分のそれを剥ぎ取って布団の外に放り出す。

「お待たせしました」

再び彼の上に身体を預けると、彼に密着する。どうせ分かる事だ。

「ん。そーゆーことか」

「…そういうことです」

「稟も期待して、あいたっ」

「言わないものです」

「…じゃ、いい?」

「…時間も余りありませんし…んっ……んふぅ…」

 

腰を上げてゆっくりと降ろすと、言いようの無い充足感に蕩けそうになる。声を抑える為再び彼と唇を合わせようとしたときに、ふとお玉と鍋を抱えて渋面を浮かべる詠が心に浮かんだが速やかに退場頂いた。

 

 

 

弱く小さい女の少ない逢瀬。今だけは、私にも――――ね?

 

 

 

 


 
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