No.788803

艦これファンジンSS vol.44「われら第六駆逐隊」

Ticoさん

しすしすして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで艦これファンジンSS vol.44をお届けします。
今回も前二作に引き続き、二次創作小説道場グループでの
企画お題「キス」をテーマにしたものとなります。

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2015-07-11 08:41:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1426   閲覧ユーザー数:1419

 すん、すん、と少女は息をひそめて泣いていた。

 何度も目じりをぬぐってはあふれそうな涙をすくいとる。

 ともすれば漏れそうな嗚咽を必死に押し殺して身を縮こまらせている。

「レディはこんなことじゃ泣かないんだもの……」

 自分に言い聞かせる声は、か細くて、頼りなくて。

 それでも決意を口に出すことで堤防が決壊するのを防いでいるようであった。

 日陰に座り込んだ彼女は小柄で、一見ローティーンの普通の女の子に見える。さらさらした長い黒髪と整った面立ちは将来の美女を約束されたようだ。

 ただ、彼女の着ている服はセーラー服に似ながら、微妙に異なっている。

 少女は見かけどおりの普通の女の子ではない。海にあっては無類の戦士なのだ。ひとたび艤装を身につけて海を駆ければ、危険な死地に身を投じるのが役目。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 だが――泣いている彼女はまた、ただの女の子にしか見えないのも事実であった。

 駆逐艦、「暁(あかつき)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 艦娘は人の心を持つ。それゆえに仲の良い友人がいて、つるむこともある。だが、普通の少女と同じように、艦娘とて気安い間柄でも衝突とは無縁ではいられないのだ。

 

 そもそもはささいなことだった。

「くっださいなー!」

 鎮守府の甘味処に元気一杯な声が四重奏で響き渡る。いずれも小柄な彼女たちは駆逐艦娘。お揃いの制服から姉妹艦であることがみてとれる。

 彼女たちを見かけた他の艦娘が「げっ」と声をあげて、そそくさと離れていった。

 悪名高い「戦艦泣かせ」の第六駆逐隊。錬度の高さと仲の良さではよく知られ、そして物怖じしないことから来る数々のいたずらに悩まされた者は多い。

「あら、いらっしゃい。今日は何をお求めですか?」

 甘味処の主人である間宮(まみや)が笑顔で応える。母性的な風貌にエプロン姿が実によく似合う、艦娘たちにとっては癒しの人物だ。

「特大最中を買いに来たのよ。これから遠征に出るから持って行こうと思って」

 四人組の先頭に立った暁がリーダー然として言うと、間宮はうなずいて、

「ちょっと待ってね。在庫があったかしら」

 と、店の奥へ引っ込む。

「最中、楽しみなのです」

 そう声をあげたのは明るい茶色の髪の艦娘。駆逐艦娘の電(いなずま)だ。名前とは裏腹に、自信なさげにも見えるほど優しい顔立ちが印象的である。。

「遠足じゃなくて遠征なんだから一人一個までよ」

 電に言ってみせたのは濃い赤茶色の髪に、勝気そうな顔つきの駆逐艦娘――雷(いかずち)だ。こちらは名前通り、元気のはじける表情が雷鳴のイメージに良く合う。

「ピロージナエ・カルトーシカはないのかな」

 ロシアのお菓子の名前を出したのは、長い白髪に醒めた表情の艦娘。四人組では一番落ち着いていて物静かに見える――駆逐艦娘の響(ひびき)だ。

「あら、だめよ。わたしたちが遠征にもっていけるのはせいぜい最中なんだから」

 暁がたしなめると、電がガラスケースを覗きこみながら言った。

「戦艦の人は羊羹を持っていけると聞いたのです。羨ましいのです」

「いいじゃない。特大で買っていけば、おなかは満足できるもの」

 雷が電の肩に手を置きながら笑顔で言うと、響がうなずいてみせた。

「そうだね。食べ応えはある。荷物になるのが厄介だけど」

 四人がさえずっていると、間宮が再び顔をみせた。申し訳なさそうな顔をしている。

「おまちどうさま――ごめんなさい。お目当ての最中なんだけど、在庫がちょっとしかなくて。今日は残り三つなのよ」

 間宮の言葉を聞いて、第六駆逐隊は揃ってぽかんと口を開けた。

 四人組に最中三つ。一人あぶれる計算だ。

「――じゃんけんで決めるのはどうなのですか?」

 まっさきに口を開いたのは電だ。それを聞いて雷がすぐに応える。

「仕方がないわね。ここは勝負しましょうよ」

「別に勝負しなくても解決できる気がするんだが……」

「なによ、響。おじけづいたの? 暁もそれでいいかしら?」

 雷の言葉に、暁は少しためらってから、「いいわよ」と言ってうなずいた。

「グーパーで決めるのです。グーパーなのです」

「いっせーのせで行くわよ――はい、いっせーのせ!」

 電と雷が音頭を取って、四人が手を出す。

 パーが三つにグーが一つ。

 その結果に――グーを出した当の暁は、あははと笑ってみせた。

「負けちゃった。仕方ないわね。三人が持っていきなさいよ」

「だいじょうぶなのです、暁ちゃん。少し分けてあげるのです」

「そうだね、一人でまるまるひとつ食べるのもなんだし」

「ちょっと待って。いまのはだめよ」

 電と響が声をかけるところに、眉をひそめて言いさしたのは雷である。

「だって、後出ししたじゃないの。暁ってば」

 言われて暁はかすかにたじろぎ、次いで言い返した。

「何を言ってるのよ。後出しするなら普通勝つように出すじゃないの。わたしは負けたんだから最中はなくてもいいのよ」

「でも勝負は公平でなくっちゃ。ほら、もう一回やるわよ」

 雷がちゃきちゃきした声で言うのに、電が情けない声をあげる。

「ええっ、せっかく決まったのにですか?」

「だってこのままじゃ不公平じゃない」

 雷が口をとがらせて言うのに、暁はきっと表情を険しくして答えた。

「いいのっ。ちゃんとじゃんけんして決まったんだから。これでいいの」

「だって、あなた……」

「だ、だいたい、レディは最中なんてもので喜ばないんだから」

 胸を張ってみせる暁に、雷が「えっ?」といぶかしげに眉をつりあげた。

「……そんなこと言って、最中を買いに行こうって言い出したの暁じゃないのよ」

「いいの、これでいいの。最中は三つしかないからこれでいいのっ」

「はわわ、二人とも落ち着いてほしいのです」

 電が仲裁に入ろうとしたものの、雷は我慢ならないと言った様子で声をあげた。

「なによ、自分で買いに行きたいって言って、自分で勝負に負けて、それでいらないだなんて暁はいったいどうしたいわけなの?」

 雷の言葉に暁がぐっと声をつまらせる。

 ややあって出てきた声は、かすかに涙まじりだった。

「それならみんな食べられるじゃないのよ……最中なんて本当は嫌いなんだから!」

 わあっと叫んで、暁は回れ右して駆けていった。彼女の後姿を雷と電は呆気に取られた様子で、響は肩をすくめながら見送る形となった。

 

 

 暁に去られた三人の中で最初に動いたのは響であった。

「ていっ」

 小さなかけ声と共に雷の頭を軽くはたく。

「ひゃあっ……何をするのよ!」

「雷、言いすぎだ。暁は最中をゆずってくれたんだよ」

「わかってるわよ、そんなことは」

 雷は口をへの字に結んで言った。

「でも後出ししてまで譲るなんておかしいじゃないの」

「じゃあ聞くけど暁がみんなにあげるって最初に言ったら君は納得したかい?」

「それは……」

 響に指摘されて雷が口ごもる。もしそうなったら、お互いに譲り合いになって収拾がつかなかったろう。その意味では暁の行動はベストでないにしてもベターではあった。

「でもね、暁が譲る必要もないんだ――だって最中三つは四人で分けられるんだから」

 響の言葉に、雷と電はそろって目を丸くした。

「三を四で割っても割り切れないじゃない」

「そうなのです、だからじゃんけんを提案したのです」

「最中を増やせばいいんだ。それぞれを四等分にしたら十二個のかけらになるだろう。かけらを一人三つずつとれば――ほら、四人で分け合える」

 さらりと答えた響に、電が指折り数えてから、ぱっと顔を輝かせた。

「本当なのです! 響ちゃんすごいのです!」

「……そんなアイデアあるなら先に言いなさいよ」

 雷がじとりとした目で言うのに、響はふうとため息をついた。

「提案する前に君たちがじゃんけんで盛り上がってしまったからじゃないか」

 響の指摘に雷と電がしゅんとしおれたように肩を落とす。

「それはそうなのです。みんなのアイデアを聞くべきだったのです」

「わるいことしちゃったわね……」

「二人はさっきの分け方で問題ないかい?」

 響が訊ねるのに、雷も電もうなずいてみせる。

 それを見て、響が二人の肩をぽんぽんとたたいて請けあった。

「じゃあ、強がりのレディを迎えに行ってくるよ」

 

 建物の影で暁が涙をこすりつつ、ようやく気分が落ち着いてきた頃。

「ああ、ここにいたね。探したよ」

 凪のように穏やかな声が暁にかけられた。

 暁が振り返ると、影の向こう、日差しを浴びて響が立っている。やわらかな白髪に日の光をまばゆくはらんで、彼女はかすかに微笑んでみせた。

「落ち着いたかい?」

「な、なによっ、レディはこれぐらいで泣いたりしないんだから」

「皆の前では我慢して、こっそり泣くのは暁の悪い癖だ」

 響が言いながら歩み寄り、暁の手をそっと取る。

「それと、お姉さんぶって、すぐに譲っちゃうところもね」

「……だってお姉さんだもの。わたしが譲るのは当たり前じゃない……」

 第六駆逐隊は同じ姉妹艦である。暁は一番艦。長女であった。

 傍から見ればフラットな関係に見えるこの四人が、その実、暁の気配りがあってこそうまく回っていることを響はよく知っていた。響だけではない。雷と電も知っている。

 だからこそ、三人は彼女を第六駆逐隊のリーダーと認めているのだ。

 響が暁の手を引こうとする。だが、暁はわずかに抵抗した。

「いまさら戻っても、なんだか恥ずかしいじゃない……」

 消え入りそうな声で暁が言うのに、響はくすりと笑んでみせた。

「それじゃあ、これなら来てくれるかい?」

 響はそう言うと、握った暁の手をそっと持ち上げて――手の甲に軽く口づけた。

「お迎えにあがりましたよ、レディ……皆、お待ちかねです」

 うやうやしく言ってみせる響に、暁は頬を朱に染め、次いで吹き出した。

「ちょっ、なんなのよっ。それ、本当は男の人がやるものよ?」

「男役ってことで勘弁してほしいな」

 すまして答える響に、暁はくすくすと笑ってみせた。

「もう、しょうがない。そんなにするなら戻ってあげるわよ」

 暁の言葉に、響が彼女の手を引く。

 手をつないで、二人は日なたの道を戻っていった。

 

 われら、第六駆逐隊。

 いつも仲良し、ときどき喧嘩。でもすぐ仲直り。

 姉妹だから。仲間だから。そして、戦友だから。

 時にすれちがっても、道はすぐにひとつに戻る。

 それが、われら第六駆逐隊なのだ。

 

〔了〕


 
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