-警備隊仮設本部・明朝-
「なぁ沙和、昨日の女の子って……」
「昨日のって、隊長の彼女? 真桜ちゃんは誰か知ってるの?」
「なんや、沙和は気づいとらんかったんか。あれは孫策の妹、孫権やで」
「嘘~!?」
「まぁ、隊長も気づいとらんかったみたいやけどな」
この二人の会話は思ったよりも響いていたらしい。
「真桜、沙和。ちゃんと仕事を……」
やってきた凪がそう言いかけたところで、真桜に引き寄せられる。
「凪か。ちょうどええところに……」
3人はひそひそ話をするように肩を寄せ合った。
「ええか凪。今奥の部屋で寝とる女の子。実は孫権様なんや」
「真桜、この時期の冗談としてはタチが悪いぞ」
「冗談ちゃうで。昨日、呉の連中を屋敷まで案内したのがウチや。その時に孫権様の顔も見とる。そのウチが言うんや。間違いないで」
「それならすぐに華琳様に報告をっ」
「ちょっ、待ちぃや凪」
「そうなの、待つの凪ちゃん」
「だがこれは我が国の外交に関わる……」
「そりゃそうや。ウチかてそないなことはわかっとる。だから、や」
「凪ちゃん、ここからが大切な話なの。もし華琳様の耳に入れば事が大きくなっちゃうの。だからここは、沙和たちで内密に処理しちゃうべきなの」
「沙和の言うとおりやで」
「……なるほど」
「そこで、や。じゃじゃ~ん!」
そう言って真桜は、宝石箱くらいの大きさの黒い箱を取り出して見せた。
「何だ、その箱は?」
「よくぞ聞いてくれました。これは《かめら》言う絡繰りや」
「かめら?」
「そや。前に隊長から聞いた話を元にウチが作ったんや」
「ねぇねぇ真桜ちゃん、それ何する絡繰りなの?」
「簡単に言えば、自動写し絵機やな」
難しく言えば、針穴・レンズ・反射鏡などの光学系を用いて、被写体の映像を暗箱内のす・りガラス・紙・感光材料・撮像素子などの面上に結ばせる装置(『広辞苑(第五版)』岩波書店より引用)、となる。
つまりは通常カタカナで書く「カメラ」のことだ。
「……その絡繰りと、今回の孫権様とどう関わりがあるんだ……?」
「何言うとるんや凪。ありもあり、大ありやで。ええか、孫権様がウチらに無断で許昌の街中を歩いてたらどうなる?」
「はいはい、真桜ちゃん!」
「はい、沙和」
「大問題なの」
「正解!」
それはそうだ。確かに今、両国は表面上もめてはいない。
しかし呉は、魏にとっての仮想敵国。いずれは衝突するかもしれない国なのだ。
その使者である孫権が無断で街中を徘徊していれば、何らかの工作をしていると疑われても仕方がない。
「ええか、だから内密に処理しつつも、何かあったらこの《かめら》で証拠を押えて大将に報告するんや。これがウチら警備隊の仕事やで」
「そうなの、真桜ちゃんの言う通りなの」
確かに筋は通っている。
しかし。
凪は二人のことのほか楽しそうな表情が気になった。
だが、次の沙和と真桜の会話を聞き、二人を見張りつつも、孫権の行動を監視するというところに妥協点を見いだすことになる。
「隊長、今日は孫権様を家の人のところに送るって言ってたの」
「沙和、それやばいで。何せ隊長は魏の種馬や」
「送り届けるふりをして、孫権様にいやらしいことをするかもなの」
「そうなったら大問題どころやないなぁ。間違いなく戦争や」
どこか凪を何とか味方に引き入れようとする気配を感じさせるわざとらしさもあったが、一刀は魏の種馬の異名を持つ男。
信じてはいるものの、凪も完全にないとは言い切れなかったのもまた事実。
こうして3人は、一刀と孫権の様子を尾行して探ることに決まった。
-許昌・同時刻-
「へっくょんっ!」
誰か噂でもしているのだろうか。
寒くもないのにくしゃみが出た。
「……もしかして昨日の女の子か……?」
いやいやいや、それはないな。
何せ最後は完璧に白い目で見られてたし……。
でも、可愛い娘だったよな。
褐色の肌に薄い桃色の髪。
桃つながりで、あの桃尻も……。
ってオヤジか、俺は。
こんなんだから魏の種馬なんて言われるのかもしれないしな。
改めなければ……。
だがあの腰のラインを強調するような服は反則だろ。
同じ男ならわかってもらいたい。
正直、性欲持て余す。
そんな事を考えていたら、いつの間にか警備隊仮設本部の前に着いていた。
俺は弛緩した顔を引き締めるように、中にいる3人娘に声をかけようとした。
しかしその前に。
「ほんなら隊長、後のことはウチらにまかしとき」
「隊長はしっかり送り届けてくるの。あっ、それと、変なことはしちゃだめなの」
と、言われてしまった。
だいたい、変なことって何だ変なことって。えぇ?
おかげで冷たい視線が突き刺さってるじゃないか!
俺はこの二人の、あまりに素直すぎる態度に不自然なものを覚えたが、まじめな凪も一緒にいるのだ。
特に疑いもせず、早くこの娘を送り届けて3人のもとに戻って仕事を手伝おうと思った。
何せ明日は、呉の使者と華琳が謁見する日である。
人手はいくらあっても足りないくらいなのだ。
-許昌・朝方-
が、この娘。
名前を聞いても「それがおまえと何の関係がある」。
おうちを聞いても「それがおまえと何の関係がある」。
この一点張り。
俺は徐々に、犬のお巡りさんかって気分になりつつあった。
【あとがき】
さっそくですが、すみません!
ペース配分を間違えました。
ここまでを「その1」に収めればよかったのですが、「その2」になってしまいました。
ですので、ここまでが冒頭にあたる部分になっております。
ゆえに、蓮華さんがデレるのは次回以降ということでお許しください。
ところで、これを書き始めた理由の一つに、蓮華さんがデレる過程が見たい! という私の切なる欲求がありました。
いちおう『ローマの休日』を下敷きにはしていますが、けっこう(ほとんど?)いいかげんです。
あくまで私は、蓮華さんのデレが見たい!
それ以上は何も望みません。
さて、『蓮華の休日』はもう少しだけ続きます。
いつも最後になってしまい恐縮ですが、ここまで読んでくださったすべての皆様。
本当にありがとうございました!
よろしければ、次回もお付き合いいただければ望外の幸せです。
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設定としては、魏ルート「赤壁前」となっております。
続き物です。
最後に「あとがき」を付けさせていただきました。
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