No.786747

すみません、こいつの兄です。97

まだ読んでくれている人いますか?
すごく久しぶりの投稿です。ポメラを手に入れて、ちょびちょび寸暇を惜しんで書いていましたが、なかなか進まず遅れてしまいました。すみません。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

続きを表示

2015-06-30 21:03:39 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1201   閲覧ユーザー数:1074

「あ・・・」

湿った寒さだと思っていたら雪が舞い始めた。ひらひらと降りながらに溶けて消えていくような雪は、積もる気配もない。美沙ちゃんの家庭教師をバイト代わりに続けて買った九千八百円の自転車をこぎながら、自宅への道を急ぐ。いつか自転車でダイブした川を越えて、少し静かな畑と住宅街の入り交じった道路を走る。

 妹と美沙ちゃんの大学受験まで一ヶ月くらいだ。来週はクリスマスだが、今年はクリスマスどころではないだろう。

 美沙ちゃんの成績は、俺の家庭教師のおかげではなくて本人の頑張りで驚くほどに改善した。それでも美沙ちゃんの言っていた、うちの妹と同じ大学に行くというのは叶いそうにない。妹の方は、下手すれば東大に合格しそうな勢いの高得点を模試の度に出してくる。記憶力だけであそこまで行くとは思わなかった。記憶力、おそるべし。

「ただいまー。ちょっと雑巾借りるよ」

 自宅に戻って、洗面所の下から雑巾とクレ556を取り出す。雪で濡れた自転車をそのままにしておくと錆びるからな。

 長らく自転車ナシ生活を送ってきた後に自転車を手に入れると、九千八百円のママチャリでも愛情ひとしおである。水滴を雑巾で拭って、チェーンやギア。それと車軸にクレ556を軽く挿しておく。本当は556じゃなくて、もっと特別な何かがあるそうだけど、わざわざ買うほどでもない。

「にーくん、おかえりっすー」

洗面所で屈みこんで下の戸棚に雑巾と556を戻していると、妹が背中にのしかかってくる。

「お前さ・・・・・・」

「なんすか?」

「なんか、最近スキンシップ多くね?」

 そうなのだ。

 最近、こいつはじわじわと甘えん坊になってきている。

 最初は受験が近づいてナーバスになっているのかと思っていたが、あの模試の成績でナーバスになるのもおかしい。超一流でなければ、どこの大学を受けても無双できる成績だし、六大学でも互角以上だ。一度、東大A判定という模試の結果を見たときは気絶しそうだった。あれで「同じ兄妹で・・・」的なことを言い出して、地元の三流大学に通う俺をズタボロにしなかった両親には感謝するしかない。

「サービスっすー」

背中に当たる感触に少しもサービスを感じない。サービスというなら、せめてBカップまで成長させてこい。成長どころか、むしろ性徴が危ぶまれるまである。

「お前、(信じがたいことだが)けっこうモテるんだろ。他にサービスしてやる彼氏的ななにかいないの?」

そういえば、例の心身共にイイ男である九条くんはどうなったのだろう。

「最近、卒業が近くなったから、また告白数が増えてきてウザさ満点っす」

「俺の母校、ロリコンだらけだな。今の日本男児が心配になってきたぞ」

卒業して一年ですでに俺は最近の若者はあれやこれやの境地に達している。

「美沙っちはすでに三人に土下座されたっす」

「土下座?」

なんだそれは、美沙ちゃんが告白されてごめんなさいって返すのならわかるが、なんで美沙ちゃんが土下座されるのだ。

「三人が土下座して、『おねがいですから、一度やらせてください!』って言ったっす」

「みっともないな!おい!」

想像を絶するみっともなさだ。いや、そりゃあ、卒業したら完全に縁が切れちゃう立ち位置にいて、卒業まであと三ヶ月となったら九十九・九九九パーセント美沙ちゃんと仲良くなる確率はない。それなら、一億分の一以下の可能性に賭けてお願いしてみても、勝率としては失うものはないだろうが、確実に人間として失ってはいけないものを失っている。

「その三人、にーくんに殺意をもっているから気をつけるっすよ」

「なんで?」

意味がわからない。

「美沙っちが『お兄さん以外には絶対に指一本触れさせません。死んでください』って断ったからっす」

意味が分かった。だが、なんてみっともない連中なんだ。今度は嫉妬かよ。

「本当にみっともない連中だな」

「九条くんは、見下げ果てた連中だって言ってたっす」

「見事な表現力だ。まさに見下げ果てたと言っていい。お前も気をつけろよ」

「そいつらの一人は、私にも土下座したっす」

「すぐ殺す。やられる前に殺す」

「殺人はいかんす」

「ゴキブリは殺しても殺人にならないんだ。真菜」

「人の形してるからだめっす」

だめか。

 そこでフト恐ろしいことに気がつく。

「まさか、そいつらもう卒業までにフラグを立てる望みがなくなって、一か八かの土下座を繰り返してないか?ほぼ無差別に」

「なんで、私が土下座されたって言ったとたんにそうなるっすか。心外っすー」

「気の弱い、断るのが苦手な女の子が土下座されたらマズいだろ」

「あー」

妹が、いかにもマズいという声音で、あーと言う。

「しかも、その子がそこそこビッチだったらマズいだろ」

「あー」

土下座が成功してしまう。それはダメだ。人の世にあってはならないことだ。愛と純潔と誇りへの冒涜だ。

「どうするっすか?」

「殺す」

「殺人はダメっす」

「戻ったな」

「にーくんの発想がアメリカンマッチョすぎるっす。だれの悪影響っすか?」

たしかにそうだ。ひねりもなにもなく真っ直ぐに極端な結論に突撃している。なんか最近、こういう人とよく会話している気がする。

「…みちる先輩だな」

「この間、にーくんと合同デートキメてたビッチっすか?」

「それで思い出した。お前、俺に彼女ができそうになる度に妨害してるだろ」

そうだ。思い出したのだ。妹が暗躍して、俺に彼女ができそうになる度に妨害されているのだ。妹はこういう性格だから油断していたが、なにげに美沙ちゃんの暗黒面とか上手に使われている。

「にーくん。私とつきあえばいいっすよ」

アホか、こいつ。

「貴様に二つ大事なことを思い出させてやる。ひとつ、貴様は妹だ。ふたつ、俺はロリコンじゃない」

「にーくん、美沙っちならいいくせに、同い年の私はだめっすか?」

「年齢の問題じゃない」

どちらかと言えば色気の問題だ。具体的にはカップサイズの問題だし、デスメタル娘は好みじゃない。なによりときめかない。遺伝子ってよくできている。妹にはときめかない。

「だめっすか?」

ぎゅう。

 背中に乗ったまま、腕に力をこめてくる。やせっぽちのAカップボディが押しつけられて、ちっともときめかない。少し体温高いなと思うくらいだ。

「だめに決まってるだろう。ってか、お前はそれでいいのか?つーか、貴様エロゲのやりすぎで兄が恋愛対象に入ってんじゃないだろうな。そういえば、実は俺もエロゲのやりすぎで一時期、英国のメイドさんの話をしている人を見かけても『こいつやべえぞ。メイドが本当にいると思ってやがる』って反射的に思ったものだが、メイドはエルフと違って本当にいるんだよな。いいか?メイドと妹はいる。エルフはいない。だが、メイドも妹も現実の方はエロ対象じゃない。OKか?兄も同じだ」

「私とつきあう話をしているのに、なんでエロシーンの有無って話になってるっすか?」

「……まじすんません」

さっきの土下座ゴキブリたちのことを言えないほど汚い俺がいた。

 でもほら、思うでしょ。つきあうならエロいことも視野に入るでしょ。というか、エロいことがまったく視野に入らないと普通に仲のいい友達でしょ。同意を強要したいが、ここでそんなことを考えすぎると妹にエロスを感じそうで危なすぎるので、俺は考えるのをやめた。

「とりあえず、つきあってみるっすよー。妹と思わなければイケるかもしれないっすよー」

しかし、妹と兄は不妊治療用語で『仲良くする』をしてはイケナイのだ。……と言いそうになったが、男女交際=エロ対象を禁じ手にすると、今一つ反論のカードがない。「ときめかない」は、「妹だから」ときめくわけがないということであり、妹と思わなければイケるかもしれないと言われた時点で塞がれてしまった。

 たしかに、ツルペタロリ体型で、ほぼ中学生みたいな妹だが、顔立ちは俺の妹とは思えないくらいには整っている。一緒に遊びに行って楽しいのは楽しい。というか楽しすぎて困る。たまに抱きしめたり、放っておけなかったりするのは「妹だから」だとしても、それをさておいても「気になる」レベルではある。

「じゃあ、とりあえずお前の受験終わったら……えと……で、デートしてみる?」

「約束っすー」

むぎゅ。

 背中に背中が当たっているような感触だが、なんと胸である。

 

 そんなことがあったのも日常の中に埋もれていく。日に日に寒さは増していき、年末に向かう街は慌ただしさとリア充祭(クリスマス)色に染まっていく。

 俺は家庭教師として、市瀬家に通いつめるようになった。美沙ちゃん受験ラストスパートだ。夏まえからの美沙ちゃんの地道な努力が実を結んで、もはや美沙ちゃんの成績に赤点はない。むしろ、標準偏差中央値よりもやや上。偏差値六十近辺まで上がっている。そろそろ、俺の通う地元の私立大学なら十分安全圏内だ。つまり、俺が教えられるようなこともない。家庭教師になっていない。そう言うと、

「お兄さんがいないと、私勉強しませんから」

美沙ちゃんがにっこりと笑って、そんなことを言う。

「じゃあせめて、もうバイト代はナシにしよう」

勉強を教えられないのに、家庭教師としてのバイト代を受け取るわけにはいかない。美沙ちゃんのやる気スイッチをオンにしておく役目に対価を受け取りたくない。

 ということで、バイト失職である。また収入がなくなった。美沙ちゃんにクリスマスプレゼントを買いたいのだだ。なにかバイトをしなくてはいけない。だが、大学と市瀬家と自宅の三カ所で時間はほぼ全部消費してしまっている。

 ぐぬぬ。

 時は金なりとよく言ったものだ。売る労働時間のない労働者は収入を得る方法がないのだ。

 今や、見た目に近い成績になってきた美沙ちゃんが真剣な顔で問題集に向かう横顔を眺めながら、そんなことを考える。

 美沙ちゃん、かわいすぎ。

 この美沙ちゃんにクリスマスプレゼントを贈らないなんて考えられない。

 こういうとき美少女は得だ。首にリボン一つ巻いて、かわいい格好をして「私がプレゼント♪」ってやればいいのだ。しかし、残念ながら俺は美少女ではないので、なんとかクリスマスプレゼントを買う対価を手に入れねばならない。

 うーむ。どうしよう……。

 

 どうしようどうしようと悩みながら、冬の夜長にすっかり暗くなった帰り道を歩く。俺は、歩きながらの方が頭が回るたちなので、歩いていればいいアイデアが沸いてくるだろうと思い電車を使わずに市瀬家から自宅まで徒歩で行こうと決める。

 とことことことことこ。

 ぼんやり考えながら歩く。なんとか現金もバイトもバイトをする時間もない状態から、美沙ちゃんにプレゼントできないものだろうか?

 俺が真奈美さんなら腕によりをかけてクリスマスのご馳走とクリスマスケーキを焼けばいいのだが、そんな腕はない。別の手作りのものと考えても、男の手作りで女の子に喜ばれるものなんてない。女の子の手作りは、セーターだったり、ケーキだったりいろいろあるのに男はなにもない。まぁ、そもそもバイトする時間がないのに手作りする時間なんかあるか……。

 と、そこまで考えて気付く。

 なるほど。ある意味、男のプレゼントbyカネも手作りなのだな。バイトは時間を金に換える。買い物は金をプレゼントに換える。つまり時間をプレゼントに換えているのだ。コンビニでバイトしているリア充は、コンビニのバックヤードで品出しをしているように見えるが、実は彼女へのプレゼントを手作りしているのだ。コンビニバイトしているエロゲオタは、本当に品出しをしているのだ。

 なるほど。

 道の向こう側から、少しケバい女性が歩いてくる。独り言を言いながら歩いてくる。

 やばいやつだ……と思ったらイヤフォンみたいのをしている。どうやらスマホで通話中らしい。

「ってかさー。クリスマスプレゼントって、面倒くさいんだよねー。オークション出すとバレっから質屋持っていくしかねーしさー。最初から現金よこせってのー」

コンビニでバイトしているリア充も場合によっては、本当に品出ししているだけなので気をつけた方がいい。

 美沙ちゃんは大丈夫だよな……。

 美沙ちゃんに一方的にクリスマスプレゼントを貢ぎたがる連中は多そうだ。

 

 結局、妙案も思いつかないまま二時間近く歩いて自宅にたどり着く。

「ただいまー」

「ほーい」

市瀬家におじゃましたときは、高確率で夕食をご馳走になっている。母もなれたもので、居間で本から顔もあげずに挨拶を返してくるだけだ。俺もそのまま二階に上がることにする。

「あ、直人……ちょっとちょっと」

スルーかと思われた母親が俺を手招きする。

「なに?」

居間のソファに座る。なにか説教を受けるようなことをしただろうか?もしくはバレただろうか?なにがバレたのだ?

 思い当たることがない。

「クリスマスに真菜とどっか行くならお小遣いあげるわ」

「行かないよ」

ノータイム返答である。

 美沙ちゃんとなら行く。

 真奈美さんでも行く。

 つばめちゃんとは、クリスマスより若干後で行く。お台場あたりに。

 みちる先輩ともクリスマスより若干後に行くかもしれない。お台場あたりに。

 三島(姉)とも行くかもしれない。

 だが、妹はないな。

「行きなさいよ。あんたら、最近仲いいじゃない?」

『最近、膣内がいいの』という先日買ったエロゲのボイスが脳内再生されたが、そういう最低のダジャレではない。そもそも実母の前である。俺の脳も自重すべきである。

「まー。仲が悪いよりいいじゃんか」

 妹の『私と付き合ってみるっすー』発言からこっち、たまに妹と二人で出かけている。行き先はわりと日用品の買い出しだったり、受験勉強の参考書を書いに行ったりだが、なんといってもつきあってみるっすーなので、手をつないでみるっすーだったり、たまには腕にしがみついてみるっすーだったり、一緒にプリクラ撮るっすーだったりする。だが妹である。さすがにクリスマスにお出かけっすーは、ないなと思った次第である。

「仲がよくてけっこうだから、もっと仲良くしたら?」

妹と仲良く(婉曲表現)をするのは神に禁じられていると思うが、もちろんそう言う意味ではない。

「んー。まぁ検討してみる」

なぜ妹どころか、母親にまでそんなプレッシャーをかけられなければいけないのかが分からないが、とりあえずお茶を濁す。

 

「なんと……」

妹とクリスマスに出かけることを前向きに検討し善処すると言ったら、三万円も小遣いをもらってしまった。援交レベルの収入である。

 妹とデートして三万円もらった。

 非常にアウトレベルの高いセンテンスである。

 というか、これが三千円なら前向きに検討するだけで、結局行かないのもアリだったが、三万円ももらってしまうとナシになってしまう。大人はしたたかである。貧乏学生には思いもつかない追いつめ方でもある。

 追いつめられた俺は、しかたなく妹の部屋のドアをノックした。し、しかなくなんだからねっ!ではない。本当だ。

「なんすかー」

文字にすると今までと同じ妹の反応だが、楽譜にするとスタッカートがついたようなリズムで、なおかつばふっとばかりに俺の胸あたりに抱きついて気ながらのお出迎えである。

 ぶっちゃけウザい。

 ぐいぐいと引き剥がしながら用事を済ませることにする。

「お前、二十五日、どっか行きたいところとかあるか?」

「二十四日じゃないっすか?」

俺は、『クリスマスに』と言われたからな。クリスマスは二十五日だ。二十四日ではない。世界の常識。

「ちがうな。二十五日だ」

「ラブホ行きたグハァッ」

アルゼンチンバックブリーカーからのボディスラムが美しく決まった。ベッドの上で妹が身悶えしている。よし、妹をベッドの上で悶えさせるとは、俺もかなりエロゲ主人公に近づいた気がする。ロビンマスクにも近づいた気がする。

「にーくん」

「なんだ?今のは、お前がアホすぎるから修正したんだぞ」

「何度もやってると、このベッド壊れるっすよ?」

妹をベッドめがけて投げ飛ばしてベッドが真っ二つに折れたら、少年マンガのバトルシーンみたいで瞬間的に大層愉快であろう。ただし、そのあとが困りそうである。

「次からは床に投げることにする」

床にクレーターみたいな穴が開いたらもっと愉快であろう。

「いや、死ぬっすから」

「じゃあ、行きたいところ考えておけよ。二人で一万円くらいの予算で遊べるとこで」

二万円ネコババしたい俺がいた。

 

 二十五日の予定は埋まった。だが二十四日は埋まってない。

「お兄さん。クリスマスって空いてますよね」

「もちろん。二十四日だよね」

「はい」

美沙ちゃんが勉強を続けるようにたまにやる気スイッチをなでながら、美沙ちゃんの美少女っぷりを眺めていると、不意に美沙ちゃんが振り向いてそんなことを言い出した。

「直人くん、クリスマスも来てくれるの?真奈美もよろこぶわー」

「お母さん、なに言っているの?お兄さんと私はおでかけだよ」

「あら、そうなの?」

「そうだよ。お泊まりだよ」

そう言って、美沙ちゃんが俺の左腕をむぎゅっと握る。冷静に無表情を装うが心拍数は大変な上がりようである。「美沙、抜け駆けはお姉ちゃんに悪いわよ」

「抜け駆けじゃないよ。出し抜くんだよ」

心拍数がますます上がって『出し抜く』という熟語はエロい意味だとゴーストがささやく。『出し』であり『抜く』である。これはエロい。美沙ちゃんに出し抜いて欲しい。

「んー」

由里子お母様が、少し困ったように眉をひそめるとキッチンを出ていく。

 美沙ちゃんに勉強に戻るように促す。心拍数は三桁で、軽く美沙ちゃんと触れている左肩に意識が向いてしまうが、そこはなるべく平静を装う。

 しばらく、そのまま勉強を続けていると居間の入り口から由利子お母様に手招きされた。

「直人くん、ちょっとちょっと……」

「はい」

手招きに応じて、居間を出る。

「こっちこっち」

居間を出ると、由利子お母様が俺の手をつかんで二階へと招く。美人のお母様に手を掴まれて、少しどきどきしてしまう。いや、本当にきれいなんだよ。市瀬美人遺伝子オリジン。

「真奈美~。直人くんがクリスマスパーティーの料理、リクエストあるってー」

は?

「ふごっ?」

 変な声出た。

 二階の真奈美さんの部屋のドアの向こうには、髪をきれいにまとめて、フェミニンなブラウスに膝丈のフレアスカートを合わせて、襟元に上品なスカーフでアクセントを添えた真奈美さんがいた。耳にきらきらとルビーのイヤリングが光っている。

 おわかりいただけるだろうか?

 市瀬美人遺伝子頂点の人間とCGの境界面にいる真奈美さんが、お母様からの借り物かもしれないが、完全武装のおしゃれだ。

 現実のものとは思えない。

 なに、このファンタジー。

「あ……、な、なにがいい?な、なんでも……がんばる」

 ファンタジーでエルフィンな真奈美さんがスカートの裾を握って、非現実じみた世界から歩み寄って来る。おどおどと上目遣いで言う。頬が、ほんのりと桜色に染まっている。

 ひ、卑怯すぎる!

「真奈美、そういう時は手はここであと二十センチ前よ」

 由里子お母様、なにをするんですか?真奈美さんがお母様のアドバイスに素直に従って、両手は俺の背中に。身体のポジションは二十センチ前にする。むぎゅ。二十センチ前ということは、お母様のアドバイス通り当てているということである。

「なんでも……がんばる……よ」

 ちょっと待て。

 真奈美さん、当たっているよ。つーか、当ててんのよなんだろうけど、それ以上この状態が続くと、俺の方は正真正銘当たってるよになってしまいそうだ。ってか、いい匂いするな。いつもの真奈美さんの匂いに混じって、ふんわりと花のような香りが混じる。由里子さんの香水だ。ひ、卑怯な。

「このくらいしないと、真奈美ってば遠慮しちゃうからねー。真奈美。あと一押しだから、こうやって押すといいわよ」

 ふおっ。

 由利子さんが、真奈美さんの腰を背後からぐいっと押しつけてくる。

 完全に当たってるよ!俺のふっくら(婉曲表現)が!

「直人くん、クリスマスパーティーうちでするでしょ?そしたら美沙もいるし、真奈美もいるわよ」

むにゅむにゅ。

 もう一度言う。真奈美さんは素直なのだ。つまりお母様のアドバイスに素直なのだ。なので、さっきからむにゅむにゅ胸やら腰やらなんだよ。視線を下に向ければ、究極美人顔の真奈美さんが頬を染めて上目遣いだし、ほんのりいい匂いはするし、背中には意外な力強さで腕が回されているし、お母様の前でなかったら抱き返してキスしちゃいそうだ。

「そ、そうですね。ク、クリスマスは家族で過ごすのが一番ですね!。真奈美さんがごちそう作ってくれるとうれしいなぁ……」

 

「お兄さんは、優柔不断すぎます」

 

 帰り際に恨みがましく睨まれながら言われたが、優柔不断じゃなくてもヘタれると思うんだよね。あれ。

 

(つづく)


 
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