(弐拾)
雪蓮にとって自分の心が壊れていくのがわかった。
目の前には横たわる一刀。
小覇王なんていう異名がこれほど役に立たないと思い知らされた。
事態を知った蓮華達はすぐに国中の医者を呼んだ。
華琳や桃香も自分達の国から腕利きの医者を呼んで一刀を診察したが誰もが申し訳ない表情を浮かべるだけだった。
一刀の傍には憔悴しきった雪蓮と泣き疲れて寝台に身体を預けて眠っている月、そんな彼女を心配する詠。
それに恋と音々音が悲痛な表情を浮かべていた。
「お姉様……」
すでに七日ほど睡眠どころか食事すらまともにとっていない雪連を心配する蓮華の声も彼女には届いていなかった。
凛とした瞳は虚空を漂わせ、ほんの少し触れるだけで崩れ落ちてもおかしくない状態だった。
「少しはお休みになってください。一刀は私達が交代で見ていますから」
このままでは姉まで病に臥せってしまうことを気にしていた蓮華だが、雪蓮は聞こうともしない。
「詠も月と一緒に別室で休ませましょう?」
詠の方にそう言ったが、詠は顔を横に振った。
「ボクが何を言っても月はここから動かないって。だからボクもここにいる」
詠も月のように泣きたかった。
だがここで自分まで泣いてしまえば誰が月を支えるのか。
そう思うとせめて一緒にいてあげなければならないと思っていた。
「恋、ねね」
「……いや。……ここにいる」
「恋殿がそう言われるのにねねがどこかに行くわけにはいかないのです」
恋もいつもの元気などどこにもなく、大好きな食事すら一口も口にしていなかった。
音々音も恋と一緒にいると言いながらも眠り続ける一刀を心配そうに見ていた。
全員の説得に失敗した蓮華は仕方なく部屋の外に出た。
空は青空が広がり雲ひとつない快晴なのに城下はまるで正反対だった。
民も天の御遣いが倒れたと聞くと薬草や精のつくものなどを我先と献上したり、天に祈ったりしていた。
蓮華も冥琳に言われて初めて気づいたことだが、民のことを考えた政策をいくつも作りそれを実行させていた。
税のありかたや街の産業の活性化、また魏より取り入れた屯田政策をもっと効率よくするなど、天の知恵をフル活用した政策によって民の暮らしが豊かになっていた。
だがその影では身体が病に蝕まれていることを冥琳にだけ知らせていた。
そのことを聞いたとき、雪蓮は初めて冥琳を本気で頬を叩いた。
冥琳はただ謝るだけだった。
何度も叩き、そして泣き崩れた盟友を冥琳は泣くことを必死に我慢して雪蓮を抱きしめた。
「蓮華様」
疲れた表情をした冥琳が蓮華の前に現れた。
「ダメでしたか?」
「私では今のお姉様に何を言っても聞いてくれないわ」
実の妹や盟友の言葉すら届かない。
このままでは最悪の事態になりかねなかったが二人にはどうすることも出来なかった。
「孫権、周瑜」
そこに魏王、華琳がやってきた。
「曹操……」
「その様子だと説得失敗ね」
「我らではどうすることも出来ない」
出来ないからこそ自分の非力を恨む。
「そんなに考え込んでいると貴女達まで倒れるわよ」
「分かっている……。分かっているが……」
「ならしっかり食べてしっかり寝なさい。貴女達だってろくに食事も睡眠も取っていないのでしょう?」
華琳の指摘したとおり、二人とも目の下にはクマを作り心なしか身体もやつれていた。
雪蓮達があんな状態なのに自分達だけが食事や睡眠を取るわけにはいかなかった。
「まったく、男一人のためにここまで呉の国が崩れるなんて、負けた私が惨めね」
「な、なんだと!」
「本当のことでしょう?」
「き、貴様!?」
蓮華は抑えようにない怒りをぶつけてくる。
「それだけ怒る元気があるのなら大丈夫ね」
「曹操殿?」
わざと華琳は蓮華を怒らせたと気づいた冥琳。
「貴女達で支えてあげなさい。もちろん私や桃香達も出来るだけのことはするつもりよ」
「……すまぬ」
「お礼だったらあの男が元気になったときに言いなさい」
それだけを言い残して華琳は道を戻っていった。
「曹操の言うとおりね」
「そうですね。我らがしっかりしておかないとダメですね」
蓮華と冥琳は互いの顔を見て頷きあった。
そして今、自分達が出来ることを全力でする。
そう胸に秘めて廊下を歩いていった。
黄昏時。
雪蓮はただ椅子に座ったままいた。
月は眠ったままで詠や音々音も疲れ肩を寄せ合って眠っていた。
ただ一人、恋はどこかに行っていた。
部屋の内外は静けさで染まったまま。
涙すら枯れてしまった雪蓮。
「ん……にぃ……ま……」
月の寝言にも反応しない。
「お姉様」
そこへ蓮華が入ってきた。
反応がないことは承知したうえで蓮華は姉に近寄っていく。
「お姉様、さきほど街の者がこのようなものを」
差し出された手には小さな箱だった。
「一刀がなんでも頼んでいたそうです」
一刀の名前に僅かな反応を見せる雪蓮。
「その者の話では一刀がお姉様のために作ってほしいと言われたそうです」
虚ろな瞳をしたまま雪蓮は蓮華の持つ小箱に視線を向けた。
それを受け取り、中を開けると二つの指輪が入っていた。
「か……ず……と……」
枯れていたはずの涙が一粒、また一粒と零れ落ちていく。
「お姉様が一刀を愛しているのと同じように一刀もお姉様のことを愛しているのです」
妹としてではなく一刀に好意を抱く一人の女性として蓮華は自分では勝てないと思いながらそれを口にした。
「その指輪は一刀がこっそり作らせていたものです。お姉様に渡すために」
自分ではなく姉に送るものを見つめながら蓮華は言わなければならないことがあった。
「お姉様。私は一刀のことを愛しています。きっと冥琳や祭やほかの者もみな、一刀を愛しています」
「……」
「それでも私達はお姉様が幸せになるのであれば影ながら見守ろうと決めました。一刀がお姉様だけを見ていてくれてもかまわない。ただ子を宿すだけでも満足でした。でも……」
これ以上言えば引き返せないのは分かっていた。
分かっていただけに今の姉の姿を見るたびにどうしようもない気持ちに包まれていく。
「でも、今のお姉様を見ていたら情けなく思います。だからこのままお姉様が何もしないのであれば私達……私が一刀をもらいます」
宣戦布告のようなものだった。
何もせずただ絶望に身を委ねているようにしか見えない雪蓮に蓮華は遠慮をするつもりはなくなっていた。
出来る限りのことをして一刀を救いたい。
その気持ちが蓮華を動かしていた。
「お姉様が何もしないのであれば私がします。私が一刀を助けます」
そう言って指輪を見つめる雪蓮を一度は戸惑ったが意を決して、思いっきり突き飛ばした。
激しい音を立てて椅子と一緒に倒れる雪蓮。
「な、なに?」
それに気づいて目を覚ました詠と音々音。
「……にぃさま……?」
月までも目を覚ました。
そしてそんな三人が見た光景は床に転がっている雪蓮とそれを見下ろしている蓮華の姿だった。
「ち、ちょっと蓮華、何があったの?」
「し、雪蓮さん……大丈夫ですか?」
床に倒れている雪連を心配して月が近寄っていく。
「月、詠、ねね。一刀を助けたい?」
「「「えっ?」」」
「助けたいかと言っているの」
そんなことは言われるまでもなかった。
「にぃさまを……お義兄様を助けたいです……。元気になってほしいです……」
月はいつになく力強く答える。
「ボクだって……一刀……義兄さんを助けたいわよ」
「ねねは……ねねは恋殿が悲しむ姿をこれ以上見たくないのです」
三人の意志は強く、それは蓮華を安心させるには十分だった。
だからこそ姉に対しては冷たい態度を取る必要があった。
「お姉様。何もしないのであればここから出て行ってください」
「「「れ、蓮華(さん)」」」
非常ともいえるその言い方に驚く三人。
「私達は出来る限りのことをするつもりです。だから何もしないお姉様はいてもらっては迷惑です」
それだけを言うと外に向かって声をかけた。
「誰か、お姉様を外に引きずり出しなさい」
中に入ってきたのは祭と穏だった。
「権殿、これはいったい?」
「雪蓮様?」
「二人とも、お姉様を外に出しなさい。ここにいられては迷惑だから」
あまりにも高圧的な態度に何かを言いかけた祭だが、それを穏が止めた。
「分かりました~。さぁ雪蓮様、外にいきますよ~」
雪蓮の腕を掴んで引きずる穏に祭ももう片方の腕を掴んで引きずっていく。
「それから本日よりこの孫仲謀が呉の王になる。皆の者もそう心得るように」
外に出された雪連を祭と穏は心配そうに見守る。
呉の王としての地位も一刀という存在が今まさに消えかけている中で、雪蓮を支えるものはほとんどなかった。
ただひとつ、握られた小箱だけが辛うじて彼女を支えていた。
「策殿、気をしっかり持たれよ」
「そうですよ~。一刀さんだって心配しますよ~」
どんなに慰めの言葉をかけても膝を曲げて俯いている雪蓮には届かなかった。
こればかりはどうすることも出来ない祭達。
蓮華や冥琳の言葉すら届かなかっただけに二人はどうしたものかと悩む。
(策殿も今ではただの女子(おなご)になってしもうたの)
このまま一刀が死んでしまえばもはや復活はありえない。
それだけならまだしも後を追って命を絶ちかねない。
「しかし一刀も罪深い男じゃの」
「祭さま?」
「儂らのような女の遺して逝こうとするなぞ、とても天の御遣いとは思えぬ」
祭が何を言いたいのか察した穏もそれにあわせる。
「そうですよね~。元気になったらたくさん恩返しをしてもらわないといけませんね~」
「とりあえずは子が宿るまではか?」
面白そうに笑みを浮かべる祭に穏は大きく頷く。
「そうですね~。まずはそこからです~」
祭以上に面白そうにいう穏。
そんな二人に雪蓮はやはり何も反応を示さない。
「こんな老体にまで情けをかけてくれるような男じゃ。儂としては婿になってほしいがの」
「え~~~~~。穏もなってほしいですよ~。内政に関してもすごく勉強になりますし、何よりも一緒にいるとこう胸が」
何を想像しているのか身体を悶えさせる穏に苦笑する祭は横目で雪蓮を見る。
「儂らだけではないぞ。冥琳とて一刀の前では女になっておるそうじゃからの」
「それをいうなら小蓮様に思春ちゃん、明命ちゃんに亞莎ちゃんもですよ~」
「まこと呉の種馬じゃの」
そう言って二人は笑う。
だがそれも長くは続かなかった。
やがて訪れた静寂に祭達は言葉を作り出せなかった。
「策殿」
真面目な表情に戻った祭は雪蓮に語る。
「策殿がいつまでもそうしておると、本当に一刀は儂らを遺して逝くぞ?それでもよろしいのか?」
「……」
「惚れた男が死ぬことを恐れるのは誰とて同じこと。権殿とて同じじゃ。それでもああやって気丈に振舞っているのは、本心から生きてほしいと願っておるからじゃ」
医術の心得がなくてもできることはある。
それすら投げ出している雪蓮をどうしても許せない蓮華の気持ちが祭達にも痛いほど分かっていた。
「一刀とて同じのはずじゃ。策殿に生きてほしい、自分と共に最後まで生きてほしいと望んでおるはずじゃ」
生の始まりがあれば終わりもある。
それはどれほどの英雄でも回避できないもの。
限られた命だからこそ精一杯生きようとする。
祭にはそれがよく分かっていた。
天命と一言で済ませるにはあまりにも残酷だが、天命があるからこそ人は何かを遺していける。
そしてそれを受け継ぐ者もまた天命によって導かれる。
「一刀が儂らの前に現れたのが天命ならば、これもまた天命なのじゃ」
「……よ」
「うん?」
祭は聞き違いをしたように雪蓮の方を見る。
「……いやよ」
「何がじゃ?」
「かずとが死ぬことが天命なんて嫌って言っているのよ!」
顔を上げたそこには涙で頬を濡らしている雪蓮だった。
「ようやく応えてくれたの」
安堵の表情を浮かべる祭と穏。
「ならその天命に背いてみればどうかの?」
「背く?」
「そうじゃ。蓮華様のように最後まで諦めてはならぬ」
自分に冷たい言葉をぶつけた蓮華を雪蓮は羨ましく思えた。
思えたからこそ自分の不甲斐なさに逆らうことが出来なかった。
「常々、一刀は策殿のことばかり話しておった」
「私の……こと?」
「聞くほうははっきりいって困っておりましたぞ。こんなに自分達が想うておるのに何かといえば雪蓮、雪蓮と。しまいには恥ずかしくなってきましたぞ」
「あ~~~~~。穏もその気持ち分かります~」
二人の呆れて言う様子に雪蓮はまた俯いてしまった。
「策殿、人はいずれ死ぬ。じゃが、その想いは決して消えることはない」
北郷一刀が与えた影響は計り知れないものだったということを感じさせられたのは雪蓮だけではなかった。
赤壁の戦いの時、祭は自分を想ってくれている一刀のことが愛しく感じていた。
だからこそなんとしてでも生き残ると誓い、こうして今を生きている。
たとえあの時に死んだとしてもそれも天命と思い、受け入れる覚悟は出来ていた。
「だから今は精一杯のことをしてはどうかの。一刀が後悔するぐらいに」
祭の言葉は雪蓮の中に入っていき、そしてゆっくりと形を変えながら広がっていく。
「なあに。赤壁のようなことが起こるかも知れぬ。だから最後まで諦めめさるな」
「あんなこと、二度とごめんよ」
祭の言葉に文句をつけたのは華琳だった。
「まったくたかが男一人に腑抜けにされるなんて情けないわ」
「曹操殿、今は冗談を言う時ではないぞ?」
「そうね。でも、今の孫伯符にはお似合いの言葉だわ」
華琳の容赦ない言葉に祭は表情を硬くする。
穏はどうしたらいいのか困惑していた。
「まぁこれも天命なのかもね。我ながら二度も負けるなんて思いもしなかったわ」
「それはどういう意味じゃ?」
「こういう意味よ」
そう言って華琳が避けると後ろから若い男が立っていた。
「よくよく考えたらこれの存在を忘れていたわ」
「これとはなんだ、これとは」
不満げに言い返す男。
「彼の名は華陀。私が知る限りでは当代随一の名医よ」
「だそうだ」
華琳に紹介された男、華陀。
「当代随一かどうか知らないが、それなりの腕はあるとは思っているけどな」
「大した自信ね。ならこれから見る患者も救いなさい」
「命令か?」
華陀は別に嫌そうにではなかった。
「いえ、これは魏王としてではなく、一人の生きる者としてのお願いよ」
「あの曹操がそんなこというとはな」
「お褒めの言葉として受け取っておくわ」
二人のやり取りに祭と穏は呆然としていた。
「とりあえず、患者はどこだ?」
華陀は雪蓮達の方を見る。
「華陀……あの華陀か?」
祭はもはや驚きを隠そうともしなかった。
穏も驚き、華陀を観察するかのように見る。
雪蓮は顔を上げて華陀を見る。
「華琳……」
「嘘じゃないわよ。見た目はどう見ても信じられないでしょうけど、私の専門医で今も頭痛の治療をしてくれているから信じていいわ」
「あれはお前さんが神経質だからなっただけであって俺の腕のおかげではないと思うけどな」
「……そのことについてはあとでたっぷりと聞かせてもらうとして、今は一刻を争うの。見てあげなさい」
「いいぜ。で、患者はどこだ?」
「こちらです~」
いち早く反応した穏は華陀を連れて部屋の中に入っていく。
残された二人は華琳の方を見た。
「私がしてあげられるのはここまでよ」
「華琳……」
「お礼ならまだ早いわよ」
完全に一刀が助かったわけではない。
あくまでも助かる可能性が増えただけであってまだ油断できなかった。
「一刀には借りもあるしね。それを返したまでよ」
赤壁の戦いの時、死ぬことから救ったのが一刀であり、そのことをずっと華琳は恩を感じていた。
だからこそ今回、華陀を連れてきたことでその借りを返した。
「雪蓮、大丈夫よ。あの華陀なら一刀を助けられるわ」
「本当に……?」
「私は嘘を言わないわ。特に友人の前ではね」
そこには魏の王としてではなく、共に平和な世の中を生きる友としての華琳がいた。
雪蓮は涙を指で拭う。
「我が友に感謝するわ、華琳」
壊れた心は少しずつその破片が集まっていき修復していく。
「とりあえず、その顔で一刀のところに戻るのはお勧めしないわ」
「……そうね」
少しだが元の雪蓮に戻ったことに祭は安堵した。
「祭、華琳にもてなしの準備を」
「無用よ。今はそんなことよりも大切なことがあるでしょう?」
華琳の言葉に雪蓮は頷く。
「そうね。少しだけ待っててもらえるかしら?」
「いいわよ。その間、黄蓋将軍と話でもしているわ」
「そうじゃの」
二人に見送られ雪蓮は廊下を歩いていった。
それからしばらくして顔を引き締めて戻ってきた雪蓮を見た二人はやれやれと思った。
そして部屋の中に入っていく。
「お姉様……」
さっきまでとは様子が違う雪蓮に蓮華は気づき、そして安堵した。
「どう、華陀?」
一刀の衣服を脱がし、診察する華陀が振り向いたがその表情はほとんど呆れていた。
「よくもまぁここまでひどい状態で置いていたものだな」
「助かるの?」
華琳の厳しい口調にも臆することなく華陀は答えた。
「あと数日、俺が来るのが遅ければ死んでいたさ」
「じゃあ」
「まだ間に合うってことだ」
華陀がそう言うと部屋に張り詰められた空気が緩やかになっていく。
そして何よりも雪蓮が我慢できずに涙を零していく。
「それじゃあ、さっそくするかな。お嬢さん、すまないがここに書かれているものを準備してくれるか?」
月に紙を渡す華陀に、それを受け取った月はすぐに頷き走っていく。
「ゆ、月!?」
慌てて追いかける詠。
「さて、汚れていない布と敷物を用意してくれ」
「わかった」
祭は穏と音々音を連れて出て行く。
「あと手伝ってほしいから、曹操と孫策さんだったかな?二人はここに残ってくれ」
「「いいわよ」」」
華琳と雪蓮は迷うことなく答える。
「しかし、こいつが天下の騒乱を収めたとはね」
「おかげでこうして雪蓮と仲良くしているんだけどね」
ついこの間まで考えられなかったことを目の前で眠る一刀は実現させた。
「たいしいた男だな」
「あら、医術でのあなたの才能も大したものだと思うわよ」
「おだてても治療費は負けんぞ」
和やかな空気が流れる。
さっきまでの絶望感はどこにも感じられなかった。
「華陀」
「うん?」
「一刀をお願いね」
「おう。任せておけ」
そう言って安心させるかのように笑みを浮かべる華陀に雪蓮達は感謝した。
麻酔を使った手術が始まった。
華陀、雪蓮、華琳、そして月と詠が部屋の中にいた。
月には想像を絶する光景を見せてしまうからと全員が外で待つようにと言ったが、彼女は頑として顔を縦に振らなかった。
「お義兄様の近くにいさせてください。決してお邪魔はしませんから」
一刀のことになると普段の穏やかな性格は鳴りを潜めていたために、華陀が、
「手を握っておいてくれるか?」
そう願うと月は力強く頷いた。
そんな彼女を心配してか、それとも自分もいたかったのか、詠も彼女の隣で一緒に手を握っていた。
切開を始めると月と詠は華陀に目を閉じるようにと言われ、その通りにした。
「やはりな」
華陀は独り言のように一刀の切開された身体の中を見て納得した。
「少し厄介だが何とかなるだろう」
「どういうこと?」
「黙っていろ」
一方的に会話を遮断して華陀は手術を続ける。
一切の雑念と捨てて行うために二人の覇王は黙って華陀のしていることを見ることにした。
医療用の小刀を器用に動かしていく。
おそらく一刀がそれを見れば現代医学にも負けずとも劣らない腕だと賞賛しているだろうというほど、華陀の医学は進んでいた。
「曹操、そこの箱から療と書かれた小箱を取り出してくれ」
言われるままに華陀が持ってきた大箱の中から手のひらサイズの小箱を取り出してそれを彼に渡した。
時間だけが静かに、そしてゆっくりと流れていく。
外で待つ蓮華達はただひたすら無事に終わることを祈った。
普段から元気の塊の小蓮も彼女の姉と共に一刀が元気になることを祈っていた。
「大丈夫でしょうか」
亞莎が不安を口にしたが誰もそれを咎めなかった。
「大丈夫よ、亞莎。一刀が私達を遺して逝くものですか」
「そうじゃ。だから儂らは待つだけじゃ」
「はい……」
不安な気持ちは誰にでもある。
そんな亞莎の手を明命は握り勇気付ける。
呉だけではなく蜀の、桃香達や魏の者達も同じ気持ちだった。
もはや互いに争うことなどない世の中を作った天の御遣いを生かしてほしい。
それがその場にいた者達の共通の願いだった。
「よしっ」
そう華陀が言ったの部屋を灯していた明かりが消え朝を迎えた頃だった。
縫合も終わり、医療用の小刀も全て使っての大きな手術は終わった。
一刀はまだ麻酔が効いているのが目覚めない。
月と詠は寄り添うように一刀の手を握ったままうつ伏せになって眠っていた。
「華陀?」
「無事に終わったぞ。悪いものは全て取り除いた」
「それじゃあ」
「あとはこやつの気力次第だ」
水桶に手を入れて洗い、身に着けていたものを丸めていく。
「しかし、本当に慕われているな」
一刀の手を最後まで離すことなく眠っている月と詠を見て優しく微笑む。
「だからこそ平和な世の中になったのよ」
すでに力尽きて椅子に座っている雪蓮の言葉に華琳も頷く。
「そうね。だからせいぜい、生きてもらわないと困るわ」
負け惜しみでもなく、ただ素直にそう思った華琳も椅子に座る。
「それで原因はなんだったの?」
「まぁ一種の腫瘍だ」
「しゅよう?」
「放っておけば死に至るものというべきだな。おそらくこんなものに気づくのは俺ぐらいだろうと思う」
「大した自信ね」
「誰かさんがいう当代随一の名医だからな」
面白おかしく言う華陀。
「しばらくは俺が様子を見るから安心していいぞ」
体力の限界をすでに超えている雪蓮は頷くことも出来ず机の上にうつ伏せになった。
それを見届けて華琳は椅子から立ち上がり外に出る。
そこには徹夜で待っていたのだろう、ほとんどのものが肩を寄せ合い眠っていた。
起きていたのは祭と華雄、それに蓮華と冥琳だけだった。
「曹操……」
「安心しなさい。貴女達の一刀は無事よ」
その言葉に安堵の表情を浮かべる蓮華達。
「今はまだ術後だから静かにしていなさい」
「ああ」
華琳はそう言って自分に用意されている部屋に戻り、寝台に着くと倒れこんで死んだように眠りに着いた。
ようやく呉に光りが戻ってきた。
それから半月。
眠りから醒めた一刀は華陀の術後の診断と薬によってほとんど回復していた。
その間、華琳と蓮華達は何度か見舞いに来ていたが雪蓮だけは一度もこなかった。
散々心配させたのだから嫌われたかと思っていた。
「もう大丈夫だ。あとは安静にして体力を付けていけば俺の役目も終わりだ」
華陀はそう言うと一刀は頭を下げて礼を言った。
「おいおい、礼を言う相手は間違っているぞ」
「え?」
華陀の指摘に一刀は顔を上げると彼の後ろには久しぶりに会うが、なぜか怒った顔をしている雪蓮と困った表情を浮かべている蓮華達がいた。
「さて、俺は曹操の頭痛を治しに行くから後は好きにしてくれ」
それだけを言い残して華陀はその場から「逃げた」。
華陀を見送って、雪蓮は一歩ずつゆっくりと寝台の一刀に近づいていく。
それも怒りを込めた表情で。
「一刀」
「雪蓮……」
自分のせいで散々心配させたということを華琳から聞いていただけに弁解の余地はないと思っていた。
「私は言ったわよね」
「うん……」
一人残してどこにもいかない。
その約束を破りかけた一刀は叩かれることを覚悟していた。
雪蓮は寝台の前に立つと一刀に何も言わずに抱きついた。
「し、雪蓮?」
何とか支えることはでき、肩に手を当てると彼女が震えていることに気づいた。
「ごめんな……」
病を黙っていたこと。
心配させたこと。
謝っても許されるとは思わなかった一刀だがそれしか言葉が出てこない。
顔をゆっくりと上げ雪蓮はこう言った。
「この私を二度も泣かせたのはあなただけよ。もちろん責任は取ってくれるのでしょう?」
「……」
一刀は即答しなかった。
蓮華達の方を見ると、全員が何かを納得しているかのようだった。
「いいよ。責任を取るよ」
「もう嘘は嫌よ」
そう言って雪蓮は一刀と唇を重ねた。
蓮華達は視線を逸らすことなく二人を見守る。
長い唇同士の触れ合い。
そしてゆっくりと名残惜しむように離れていく。
「一刀」
「なに?」
「あの時の言葉、覚えているのならば今度こそきちんと言って」
あの夜、一刀が言いかけて倒れてしまい、途中で終わってしまった言葉。
だが、周りに蓮華達がいるので恥ずかしくなる一刀。
「なら私から言ってあげる」
なかなか言わないことに業を煮やした雪蓮は腕を一刀の首にまわしたまま、蓮華達にも聞こえるようにこう言った。
「孫伯符は北郷一刀を誰よりも愛しています」
その言葉に蓮華達は自分達の気持ちを整理させていく。
一刀はまっすぐに自分を見る雪蓮に覚悟を決めて答えた。
「北郷一刀は孫伯符を誰よりも愛しているよ」
一字も詰まることなく言うと、雪蓮に押し倒された。
「いたっ……」
「我慢しなさい。私の苦しみに比べたらこんなもの大した傷じゃあなわよ」
無茶苦茶なことを言っていると分かっていたが、雪蓮はもはや遠慮をするつもりはなかった。
ようやく一刀の口からきちんと告白された喜びに身を委ねる雪蓮。
「お義兄様!」
月が一刀達の元に来ると、二人は起き上がり大切な義妹を優しく抱きしめた。
「ごめんな、月」
「お義兄様……」
自分の命を救ってくれたばかりか、不自由なく暮らしていけるように心がけてくれた一刀の存在は月にとってもかけがえのないものだった。
「ち、ちょっとアンタ!」
そんな彼らの前に両腕を組んで立っている詠。
もはや怒っているのか泣いているのか喜んでいるのかわからない表情だった。
「月を泣かせないでよね!まったくこれだから……」
そう言いつつ涙を流す詠。
「心配かけたな、詠」
「ふ、ふん。誰もアンタなんか心配していないわよ、…………さん」
最後の方は声が小さくなったが何を言ったのかは一刀は分かっていた。
「ありがとう」
「ふん……」
詠だけではなかった。
蓮華や祭、穏に亞莎、明命までもがそれぞれに心配をしたことを言うと一刀は彼女達一人一人に謝っていく。
思春には散々、文句を言われたが最後には、
「もう心配させないでくれ」
そう言って背を向けた。
冥琳は優しく一刀を見ていた。
「一刀、もうこれ以上、私に苦労をかけないでもらえるかしら。雪蓮に叩かれるのも嫌だし」
「うん、そうするよ」
一番、苦労を背負わせてしまったと心から冥琳に謝る一刀。
「ご主人さま……」
「一刀様」
恋は泣くのを我慢したまま抱きついてきて、その後ろには華雄が喜びの表情を浮かべてたっていた。
「恋……華雄……心配かけてごめんな」
「フルフル」
「まだ恩返しできていないのだから勝手に死なれては困る。だからこれからも生きてくれ」
「ああ」
恋の頭を撫でながら華雄の言葉をしっかりと受け取った。
「まったく、恋殿を泣かすとはいい度胸をしているのです」
「ねね……」
「今度、恋殿を泣かせたらちんきゅうきっくをお見舞いするです!」
音々音も涙を浮かべながら言う。
「気をつけるよ」
そして残っていた美羽と七乃も一通りの文句とよかったという言葉を言ってきた。
「一刀よ、妾をあまり悲しませるでないぞ」
「そうですよ~。一刀さんのせいで美羽様は大好きな蜂蜜を我慢なさったのですからね~」
「美羽……」
それほどまでに自分のことを心配してくれていたのかと思うといくら感謝をしてもし足りなかった。
「今度、蜂蜜のたくさん買うというのならば許してやらなくも無いぞ」
小さい身体を精一杯使って胸を張る美羽が微笑ましく思えた一刀は、
「好きなだけ買ってあげるよ」
と、後に後悔することを言った。
「うむ。なら良いのじゃ♪」
「よかったですね~美羽様♪これで蜂蜜がなくなることはありませんよ~♪」
七乃も嬉しそうに美羽に言う。
「だから一刀さんも無理だけはしてはいけませんよ~」
「分かっている」
七乃も七乃なりに一刀を心配していたことを知って感謝する一刀。
一刀は今日ほど彼女達と出会えてよかったと思ったことはない。
こんな自分のために必死になってくれた。
それだけでどれだけの恩を受けたことか。
一生をかけて返さなければならないなと思った。
「一刀」
「なに?」
「これを付けてくれる?」
そう言って一度離れた雪蓮はあの小箱を取り出して蓋を開けた。
そこにある二つの指輪。
「そ、それって……」
「蓮華が街の者から預かったって」
「れ、蓮華!?」
さすがにこれが一番恥ずかしかったようで蓮華の方を見る。
「あら、私は何も知らないわ。一刀が勝手にしたことだし」
嬉しそうな笑顔を浮かべるが、とても目が笑っているようには見えなかった。
(私にも同じものをくれないと許さないわよ)
そんなことを思っていることを知ってか知らずか、一刀は視線を雪蓮に戻した。
「一刀……」
ばれてしまったものは仕方ないと思い、指輪のひとつを手にして雪蓮の左手を持ち上げてその薬指にはめた。
「よかった。ピッタリだ」
眠っている間に計ったおかげでほんの少しだけ余裕を持たせて作らせた指輪。
それが雪蓮の左手の薬指に輝く。
「もうひとつはどうするの?」
「これは雪蓮が俺につけてくれる?」
一刀にそう言われて残りのひとつを手にした雪蓮。
そして一刀の左手の薬指に同じようにはめていく。
「ねぇ、これってどういう意味なの?」
雪蓮だけではなく蓮華達も興味があった。
「えっと……その……」
その意味を言えば間違いなくこの後の展開がよめる一刀。
拒否権など初めから存在していなかった。
「その……なんだ。愛する人と生涯を共にする印みたいなものだ」
(ほら言わんこっちゃじゃない……)
その場にいた全員がなぜか左手の薬指を右手でさすっている。
「一刀」
「はいはい、なんですか?」
「私をずっと一人にしないなら別にかまわないわよ♪」
本人は簡単に言うがそれが現実になると、少なくとも一刀の身が持たなくなるのは確実だった。
だが、反対できるほど今の一刀の立場が強いわけでもなかった。
「仰せのままに」
雪蓮は満面の笑みを浮かべ、もう一度、一刀を抱きしめた。
天はこの日を祝福するかのように穏やかで気持ちの良い青空を広げていた。
江陵城の手前を流れる長江海岸には多くの者達が集まっていた。
魏、蜀、呉の主だった者が集まり話をしていた。
「ほら、一刀しっかりしなさい」
いつもの制服になぜか白い外套を羽織っている一刀に蓮華は呆れたように言う。
「今日はあなたとお姉様が主役なのよ?」
「わ、わかっているよ」
しっかり者の妹に怒られている情けない兄という光景だった。
三国共存から二年。
一刀の病が癒えてからちょうど一年が過ぎて、ようやく一刀と雪蓮は結婚することになった。
病も華陀のおかげでよくなり、婚儀を進められた。
順調ならば半年で準備が終わるはずだったがなぜか一年かかってしまった。
その理由はいたって簡単。
雪蓮が一刀に天の国での婚儀はどうするのかと聞いたことが原因だった。
一刀は自分の知りうる限りのことを話した。
興味を示したのは花嫁衣裳だった。
どんなものかと手書きで書いてみせると、気に入ってしまったために一刀が意匠家に頼んだ。
初めはどんなものなのか分からなかったため、難色を示していた意匠家だが一刀が一から説明をしたおかげで半年ほど待って欲しいといわれた。
そしてそれが数日前に出来上がった。
どのように着るか教えるために一刀も実際に見てみたが、顔が真っ赤にするほど似合っていたため、意匠家に大感謝をした。
月と詠も手伝いながらも身に纏っていく雪蓮に見とれてしまうほどだった。
そして急な日程を申し訳ないと思いつつも魏、蜀にも伝えるとすぐに駆けつけてきた。
式場も三国の新しい時代を築き上げた初めの場所だったということで江陵が選ばれた。
「一刀、そんなに雪蓮に早く会いたいわけ?」
蓮華の隣にいる華琳は不敵の笑みを浮かべて一刀を見る。
「そ、そりゃあそうだろう?」
本来ならここに雪蓮がいていいはずなのだが、嗜好を凝らしてみるのも一興と華琳が言ったために、それに冥琳と美羽が賛成した。
そして船で長江を下ってくることになっていた。
月と詠も付き添いで一緒に船に乗っていたためここにはいなかった。
「天の国の花嫁衣裳ねぇ~。興味あるわね」
「そうですね~。どんなものなんでしょう」
桃香も待ち遠しいようでさっきから来る方角ばかりを見ている。
「みなさ~~~~~ん、きましたよ~~~~~~」
穏の声に全員が一斉に上流を見る。
遠くから楽器の音色が聞こえてきた。
孫の旗と十文字の旗を左右に靡かせながら船がゆっくりとやってくる。
近づいてくるにつれて楽器の音色はよりいっそう優雅に聞こえてきた。
そして船首には美羽が立ち、傍には琴を優雅な手さばきで奏でる冥琳とそれに合わせてニ胡を引く七乃がいた。
その二つの音色に乗せて美羽は小さい身体からは想像も出来ないほど美しい歌声を披露した。
「あの子も役に立つのね」
「うん。美羽の歌は聞いていると心が落ち着くんだよ」
婚儀が決まった日から何かと冥琳と七乃と一緒にいることが多いとは知っていたが、まさか祝福するためのものだとは一刀は思いもしなかった。
「今度のりっしょくぱーてぃーの時にでも歌ってもらおうかしら」
華琳も美羽の歌声を気に入ったようだった。
船は美羽達の音色にあわせてゆっくりとやってきて、そして一刀達の前に接岸した。
「美羽、凄いじゃないか」
船から下りてくる美羽を迎える一刀達。
「本当ね。貴女、なかなかの才能よ」
才能がある者を好む華琳らしい言葉だった。
「当たり前じゃ。妾にとってこれぐらい出来て当たり前なのじゃ」
上機嫌の美羽に誰もが笑みを浮かべる。
「じゃが一刀」
「なんだよ?」
「今日、褒めるのは妾ではないぞ。それぐらい妾でもわかっておるわ」
珍しくまともなことを言う美羽に驚く一刀。
(あの子、何か悪いものでも食べたの?)
(蜂蜜のなめすぎでおかしくなったんじゃあ?)
(まぁ美羽だし……)
などと影ではとんでもない事を言われているが当の本人はまったく気にしていなかった。
「ほれ、今日の主役の登場じゃ」
美羽が指差す方向には左側には赤の外套を羽織った恋が、右には白の外套を羽織った華雄がそれぞれの武器を天高く交差させていた。
そしてその中を真紅に染まったウェディングドレスに身を包み、いつもの長い髪を一つに纏め上げてそれを真紅の紐で括っている花嫁が通ってくる。
口にも紅をつけ、両耳にも一刀がデザインしたイヤリングを付け、両手でブーケにと花の束を持つ雪蓮。
ドレスの後ろをいつものメイド服を着た月と詠が恭しく持って後に続く。
誰もが彼女を見ていた。
その間にも冥琳と七乃は演奏を続けていた。
「お姉様……綺麗……」
「いいな~」
船から下りて一刀の前にやってきた雪蓮。
「ほら、一刀、何か言ってあげて」
蓮華にそう言われるまで見とれていた一刀。
「あ、ああ……」
改めて雪連を見る。
少し俯いた雪蓮は今まで見た中で一番美しかった。
「き、綺麗だよ、雪蓮」
「一刀……」
目を細め穏やかで幸せに満ちた笑顔の雪蓮。
「さあ、主役もそろったことだし、中に入るわよ」
華琳がそう言うと色鮮やかに飾られた馬車がやってきた。
一刀は手を差し出して雪蓮をその上に導き、そして二人は寄り添うようにして座る。
その後ろを月と詠が続いて座って馬車がゆっくりと動き出す。
恋と華雄はその馬車を守るように左右に分かれてゆっくりと歩いていく。
城門をくぐり、城下に入ると多くの民が祝福した。
「おめでとうございます、天の御遣い様」
「おめでとうございます、孫策様」
民の祝福に手を振って答える一刀。
誰もが喜び、笑顔なのをみて改めて平和というものがどれほど素晴らしいか実感していた。
「なんだか恥ずかしいわね」
後ろに座っている詠は顔を紅くしていた。
まるで自分も祝福されているような気になっていたためだった。
そんな彼女を月は優しい笑みを浮かべて見ていた。
「月も詠もありがとうな」
一刀が後ろに振り向いて二人に感謝した。
「……へぅ。お義兄様と雪蓮……お義姉様のためですから……」
いつも以上に顔を紅くしている月。
一刀だけではなく雪蓮を義姉に迎えることがこの上なく嬉しかった。
「ボ、ボクはただ手伝っただけだから」
そう言いつつも内心では喜んでいることを三人は見抜いている。
「それでもありがとう」
笑顔で感謝する一刀に詠は視線をずらした。
「ほ、ほら、主役は前を向くの」
精一杯の照れ隠しにやはり笑顔になる一刀。
馬車はやがて式場である屋敷についた。
そしてその入り口には桃香が台に乗って立っていた。
馬車からゆっくりと降りていき、桃香の前に行く。
その間も月と詠は二人の後を付いていった。
「うんと、えっと……」
なぜか急に慌て始める桃香。
「桃香様、しっかりしてください!」
客席からは関羽こと愛紗が桃香に声をかける。
「は、はい!」
「桃香、一度深呼吸だ」
「え、あ、すー……はー……、だ、大丈夫です!」
本当に大丈夫なのだろうかと不安に思った。
「え~~~~~。これより北郷一刀と孫伯符の婚儀を行います」
ぎこちない口調だが、これもなるべく天の国の婚儀らしくしようという意見だった。
「え~~~~~っと、なんだったけ?」
いきなりかと誰もが頭を抑えた。
「あ、そうだった……コホン。北郷一刀。あなたは孫伯符を妻とし生涯愛し続けることを誓いますか?」
一刀は隣の雪蓮を見た。
彼女もそれに気づき一刀を見返す。
「誓います」
桃香の方を見て力強く答える。
「で、では、孫伯符。貴女は北郷一刀を夫とし生涯愛し続けること誓いますか?」
「誓います」
雪蓮は力強く即答した。
「で、では誓いのく、く、く、口付けを」
なぜか真っ赤になる桃香。
自分から神父の役をかって出たため、最後まで務めようとしているが少々、色んな意味で危なくなってきていた。
そんな彼女を他所に、一刀と雪蓮は向き合い、一刀が肩に手を添えるとその距離は縮んでいく。
そしてお互いの唇同士が触れ合った。
周りの参列者からは様々な歓声が上がった。
唇を離すと、最後の力を振り絞ってか桃香が高々と宣言した。
「こ、ここに北郷一刀と孫伯符を夫婦と認める!」
そう言いきると後ろに用意してあった緊急用の椅子に座り込んだ。
「「「「「おめでとう(ございます)~」」」」」
それぞれが拍手をして二人を祝福した。
そして一通りの祝福を受けた二人が次にすることは、雪蓮のブーケを投げることだった。
「天の国では花嫁の投げた花束を受け取ると次に花嫁になれるらしい」
そんな噂が流せたせいで目の色を変える参列者。
月や詠、恋に華雄も混ざっていた。
「いくわよ♪」
参列者に背を向けてブーケを天高々に放り投げた。
歓声と共に手を伸ばす魏、蜀、呉の武将達。
そして次の花嫁になるであろうその資格を得たのは蓮華だった。
「いいなぁ~蓮華様」
「お姉ちゃん、シャオに頂戴♪」
「な、何を言うか。こ、これは私が手にしたのだ」
「次は蓮華様か……」
「儂もはようしたいわ」
口々にとんでもないことを言い始める。
「蓮華」
ブーケを手にした妹に雪蓮は幸せそうな笑みを浮かべて近寄った。
「次は蓮華の番よ」
「お、お姉様……」
顔を真っ赤にする蓮華。
「あ~でも、一刀とは義理の妹になっちゃったし。困ったわね」
わざとらしく言う雪蓮に蓮華はショックを受けた。
「うそよ、うそ♪」
絶対冗談で言ってないなと見抜いた者が多くいた。
「蓮華も一刀義兄さんと結婚したいものね♪」
「お、お、お義兄様!?」
自分で口にしておきながら恥ずかしがる蓮華に一刀と雪蓮は笑う。
だが今日の蓮華はいつもと違っていた。
大きく息を吸い込んで吐くと、頬を紅く染めたまま一刀を見る。
「末永くよろしくお願いします、お義兄様」
それを聞いて再び歓声が上がった。
「蓮華様、ずる~~~~~い」
「わ、私も一刀さまの花嫁になりたいです」
「わ、私も……」
「……まぁ命令ならばしてやらなくもないぞ」
「「「「思春~……」」」」
真っ赤になっている思春に蓮華達は思わず突っ込んだ。
「一刀」
「な、なに?」
「私が一番だってこと忘れないでね♪」
そう言って雪蓮は幸せな笑顔を見せつつ一刀の頬に口付けをした。
そんな二人に乱世を戦い抜いた仲間達が温かく祝福した。
「愛しているわ、私の旦那様♪」
姓は孫、名は策、字は伯符。
そして真名は雪蓮。
呉王、孫策伯符はこの時を持って歴史上から消え、新しく北郷雪蓮として世に名を刻んでいくことになる。
(座談)
水無月:42.195kmをようやく半分!というところまで着まして、とりあえずタイトルの「江東の花嫁」の意味がようやく生きてきました~♪
思春 :まだ半分なのか?
水無月:YES。しかも次回からはこの後のお話なので貴女も一刀の・・・・・・!
思春 :それ以上言うと、どうなるか分かっているな?
水無月:ヒィィィィィ(泣)
亞莎 :ところでこの後のお話は私達も主役になれるのですか?
明命 :それはいいヒラメキです。
穏 :私達も雪蓮様のようなどれす着たいですよ~。
小蓮 :まったくよ~。シャオなんかぜんぜん活躍してないし、次回はシャオが主役ね!
水無月:う~~~~~ん。まぁ一応みなさんがそれぞれ主人公になるお話は作ろうと思っていますのでご安心を。
祭 :ほう。つまり儂もか?
冥琳 :ぜひ私も書いて欲しいわね。
蓮華 :私もお姉様と同じようにどれすを着て一刀義兄様と・・・・・・(ポッ)
水無月:と、とりあえず、可能な限り書かせていただきます。(><)
雪蓮 :もちろん、私と一刀の甘い生活も書いてね♪
雪以外:「「「「「「「「もう満足でしょう(じゃろう)!!」」」」」」」」
雪蓮 :え~~~~~~。
水無月:というわけで次回から「江東の花嫁」第二期をお送りいたします。
月 :私もお義兄様の・・・・・・へぅ・・・・・・。(真っ赤)
詠 :べ、別に羨ましくなんて・・・・・・。(どれすを着たら喜ぶかしら)
華雄 :一刀さまの妃か・・・・・・。(いいかもしれんな)
恋 :もぐもぐもぐもぐ。
音久音:恋殿のどれす姿・・・・・・お似合いです~~~~~~!
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ようやくここまできました。
雪蓮と一刀のたどり着いたゴール。
二人の天命が一つになるときがやってきました。
今回はかなり長くなってしまいましたが、最後までお付き合いよろしくお願いいたします。