No.784054 IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜2015-06-16 21:17:42 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:955 閲覧ユーザー数:928 |
瑛斗と箒による試合が行われることになった朝の第一アリーナ。
話が決まったその日の夜のうちに情報が新聞部の耳に入り、大々的に告知され、アリーナの観客席は授業が始まるよりも早い時間にもかかわらず大勢の生徒たちで埋まっている。
専用機持ち達が観戦に来ているのも、当然のことと言えよう。
「経緯はわかったけど、なんでこのタイミングで箒と瑛斗がバトんのよ」
まだ静かなアリーナを見ながら膝の上で頬杖をつく鈴。その隣には一夏がいた。
「瑛斗が瑛斗なりに箒と束さんのこを思ってやったことだとは思うけど……」
「お兄ちゃんは、どう思うの?」
一夏の横に座るマドカは、昨夜から表情の浮かない兄を案じている。
「俺も箒は束さんとちゃんと面と向かって話をしたほうがいいとは思ってる。そのためには瑛斗には勝ってもらわないと。でも………」
「?」
「きっとこれは、俺の役目なはずなんだ。正直それが悔しいっていうか、歯がゆい気持ちになる」
「お兄ちゃん……」
一夏の暗い顔を見て、鈴は仕方ないなといったふうに肩を竦める。
「なに辛気臭い顔してんのよ! 瑛斗が負けたら話にならないんでしょう? なら瑛斗を応援してやんなさい!」
「………ああ。そうだな。箒には悪いが、今回は瑛斗を応援しよう!」
「うんうん。にしても、いい雰囲気になってきたわね。ここんとこ学園全体どんよりムードだったけど、それを考えると瑛斗も気が利いてるわ」
「…学園の空気も少し落ち込んでいた。気晴らしには、いい機会」
「梢さんの言う通りですわ」
鈴の上の座席に座っていた梢の言葉に、その左隣のセシリアが同意する。
「あの放送でも薄々感じてはいましたが、クラウン・リーパー……彼からは何か危険なものを感じますわ」
「セシリアさん、あの人と会ったことがあるんですか?」
梢の右に座る蘭が尋ねるとセシリアの縦ロールは横に揺れた。
「いえ、昨日の夜にチェルシーからオルコット家の傘下のいくつかのグループがクラウン・リーパーに接触されたと報告がありましたの」
「セシリアのところにも来たの?」
セシリアの言葉に、近くに座っていたシャルロットが反応した。
「ええ。というと、シャルロットさんのところ………デュノア社にも?」
「うん。お父さんとお義兄さんがさから昨日教えてもらったんだ。クラウンがIOSを買わないかって商談を持ちかけてきたんだって」
「何よそれ。手当たり次第ってわけ? それでどうなったの?」
「商談には応じなかったらしいんだ。お義兄さんが決めたみたい」
「良い判断だと思いますわ。IOSなんていう未知のものに投資するほどの愚行はありませんもの」
「私はシャルロットの父親と義理の兄が連絡を取ってきたことの方が驚きだ」
腕を組むラウラは憮然とした様子で鼻から息を吐いた。
「シャルロットにあれだけのことをしておきながら、よくもぬけぬけと!」
「ラウラ、あの時のことはもういいんだって。お父さんたちと話してる時、ラウラが割り込んで来るかと思って僕ヒヤヒヤしたよ」
「わ、私はシャルロットのことを考えてだな!」
「わかってるわかってる。心配してくれてたんだよね? ありがとう、ラウラ」
シャルロットがラウラに笑いかけると、ラウラは照れ隠しのように何度も頷いた。
「う……うむ。わかっているならばいい」
「ごめんごめん! 遅れちゃった!」
そこに急ぎ足で楯無とフォルテがやって来る。
「お姉ちゃん………遅い」
座った座席の横の簪に言われ、楯無は苦笑した。
「ギリギリまでクラウンのことを調べてて」
「そうなんだ……。成果は?」
「ダメだわ。彼の情報は不気味なくらい隠されてるの。まるでそんな人間は存在しないみたいにね」
「フォルテ先輩も、お手作い?」
「まさかっす。ちょっと寝不足なだけっすよ」
楯無の前に立つフォルテは目をこすった。
「心配、ですよね。その…ダリル先輩のこと………」
「気にすることないっす! きっと先輩は大丈夫っすよ。遅くまでテレビ見てただけっすから」
フォルテは嘘をついていた。
ダリルのことを誰よりも案じているフォルテは、それを周囲に悟られまいと普段と同じように振る舞っていたのだ。
(ニュース番組を片っ端から見たっすけど、先輩の情報は何もなかった………。先輩、本当に無事っすよね? 大丈夫なんすよね?)
ダリルへの不安でフォルテの心はすり減っていく一方だ。だが、それを悟られないようにフォルテはのん気な大あくびをしてみせておいた。
「おかげで……ふあぁ。まだ眠いっす」
フォルテなりの演技が、通用しない者もいる。
「………瑛斗くんたちの試合を見たら目が覚めるわよ。ほら、フォルテちゃんも座って座って」
「わかってるっすよぅ」
フォルテが楯無の隣に座った瞬間、歓声が沸き起こった。
「あっ! 瑛斗が出て来たよ!」
マドカが言う通り、ゲートから《G-soul》を展開した瑛斗が飛び出す。
「箒も出てきたわね」
反対側のゲートから、《紅椿》を纏う箒も姿を現した。
(瑛斗……箒を頼む)
一夏は固く拳を握り、瑛斗へ静かにエールを送った。
◆
「この時を待ってたぜ、箒」
対峙する箒に気圧されまいと、俺はつとめて余裕ぶった顔をした。
「形はどうあれ、お前と戦えるのは嬉しいぜ。いつぞやのリベンジだ」
「………………」
む、やけに無言だな。少しくらい反応してほしい。
「博士のデバイスは俺が今持ってる。知ってたか? あのデバイス、ISの中に入れられる━━━━」
「そこまでだ」
箒は手を前に出して俺の続く言葉を遮った。
「瑛斗、私はここにお前と談話をしに来たわけではない」
「あ……そ。準備万端ってわけだ」
もう一度説得しようとも考えてたんだが、俺がバカだったな。
「俺が勝ったら、博士と話をしてもらうぞ」
「だが私が勝てば………」
「博士のデバイスは壊す。お前の目の前でだ。それでいいな?」
「………ああ」
箒の両手に二本の刀が握られる。始まるようだ。
俺もビームガンとBRFシールドを構えた。
「昨日お前も言ってたけど、手加減はしないぜ?」
「…………いくぞっ!!」
その言葉を合図に箒が地面を蹴り、一気に距離を縮めてくる。
「よっと!」
俺は後ろに飛び退いて箒の初撃を躱した。
「なにっ!?」
「お前の戦い方は知ってる! 接近戦には持ち込ませないぜ!」
「くっ…!」
「今日は勝たせてもうぞ、箒っ!!」
ビームガンの銃口を箒に向け、俺はトリガーを引く。
大出力の光弾が箒に向かって飛び出した。
「始まったな」
観客席の最上席のさらにもう一段上の通路。イーリスはそこからエリナ、エリスとともに瑛斗と箒との開戦を見届けた。
「桐野さんと第四世代型ISを使う篠ノ之さんの勝負………ワクワクっすね!」
「そうね。でもイーリ、あなた用務員の仕事はいいの?」
「大丈夫大丈夫! そんなのはあとだあと!」
「おやおや、困りますな」
「ん? うげっ……!」
イーリスたちの後ろに立っていたのは学園を裏から取り仕切る真の学園長、轡木十蔵だった。
「仕事はちゃんとやってもらわなくては」
「こ、このあとやろうと思ってたんだって…」
「頼みますよ? 私はこれからIS委員会の方に顔を出さなくてはならないのですから、私の分もやっていただかないと」
「委員会というと……やはり、IOSの件ですか」
「その通りですよスワンさん。あれがもし本当にISを凌駕する代物だとすれば、世界はまた混乱に陥る。それは何としても避けなくてはなりません」
壮年の十蔵の顔には、確固たる意志が感じられた。
「イーリスさんは大丈夫なんすか? アメリカのお偉いさんたちから何か言われたり……」
「ないない。あたしをどうにかしようってのは諦めてくれたようだ。けどまあ、いざとなったら動いてやらないこともないかな」
「尊大っすねぇ」
「おうよ。だから爺さん、学園のことはどーんと任せてくんな!」
そう言ってイーリスは十蔵の肩をバシバシと叩いた。
「い、いたた! あ、アメリカ代表にそう言われると頼もしい限りですな………」
「任せろ任せろ。……このバトルを見たあとはな!」
にししっ! とイーリスは笑い、目の前で繰り広げられる戦いに視線を戻す。
「あなたねぇ………まあいいわ。で、あなたはどう見るのかしら? この勝負」
「篠ノ之箒のISは第四世代型。そこだけ考えりゃ桐野瑛斗が不利だ。圧倒的にな。性能が違う」
だがよと言ってイーリスは飛び交う瑛斗と箒を目で追いながら続ける。
「すぐにわかったぜ。篠ノ之箒の戦い方は中身がねぇ」
「中身がない………すか? そんなふうには見えないっすけど」
「まあ無理もねえよ。エリーはわかるだろ?」
「…ええ、そうね。今の箒ちゃんはなんと言うか、精彩を欠いてるわね」
「ほぇ〜、自分にはわからない世界っす………」
二人の戦いをエリスはじぃっと見つめたがあまりの目まぐるしさに目を回しそうになった。
「あうぅ、やっぱりわかんないっす……」
「私にはわかりますな」
その横で十蔵がニヤリと笑う。
「マジっすか!?」
横の話し声を聞き流すイーリスの意識は、すでに繰り広げられる若い才能達のぶつかり合いに集中していた。
(さて桐野瑛斗、これにゃあ負けらんねえぞ?)
イーリスたちとは別の場所から、瑛斗と箒の戦いを見る者がいた。
「…………………」
千冬だ。地下特別区画に潜っていた千冬は、投影型キーボードを操作する真耶の横にあるモニターで戦いの様子を見ていた。
「桐野くんと篠ノ之さんの試合と聞いてましたけど…織斑先生、一夏くんも見てるんでしょうか?」
「だろうな。あいつのことだ。本当なら自分が、などと考えているだろうよ」
「織斑先生には、一夏くんのことはなんでもお見通しですね」
「フン……無駄口もほどほどにな。どうだ、クラウンのことは何か掴めたか?」
「今のところは何も…。公開されている情報で使えそうなものはありません」
「そうか。引き続き調査を進めてくれ」
真耶に指示を出してから、千冬はまた視線をアリーナの中継映像に向ける。
(クラウンに合わせるかのような束の動き………。やはり束は………)
千冬の思考に、ノイズのような過去の光景が浮かんでは消える。
全ての始まり。
何も知らなかった二人の少女が犯してしまった過ち。
今となっては取り返しがつかないかもしれない。
(それでも私は足掻く。足掻かなければならない……
組んでいた腕に、わずかながら力が入る。
(千冬さん……またあの顔をしてる)
気づかれぬように、ちらと視線を向けた真耶は千冬の張り詰めたような表情を見た。
第二の白騎士事件があってから、時おり垣間見るようになった、悲哀と後悔が混ざり合ったその顔つきに、真耶は言いようのない不安感を抱いていた。
(もう少し、周りを頼ってもいいんですよ?)
不意に、電子音が鳴った。
「え?」
メッセージの着信だ。真耶の携帯電話にではない。無論千冬のものにでもない。
(この学園のサーバーに直接……? いったい誰が………)
「っ!?」
差出人の名前を見て、真耶は息を飲んだ。
「どうした? 何があった?」
真耶の異変に千冬も気づいて視線を戻した。
「い、今、メッセージが来ました。ここ、これ見てください!」
差出人の名前を読み、千冬は眉をピクリと動かした。
「これは……!」
モニターの中の戦いは、なおも続いている……………。
決闘が始まってから時間が経つにつれて、俺は違和感を感じるようになっていた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!! 」
「……………………」
俺は箒と距離を取っているはずなのに、箒は紅椿の第四世代型の性能を使って追いすがってきやがる。
「ふっ! はっ! でやあぁぁっ!!」
突き、薙ぎ払い、面打ち、様々な型の斬撃が飛んでくる。
まさに猛攻。
一撃でも受ければ大ダメージ必須の攻撃。
(だけど…………)
だけど不思議だ。攻撃はどれも簡単に避けることができる。見切ることができる。
箒もそれをわかっているのか、その顔には焦りとも戸惑いとも言えない複雑な表情が見え隠れしていた。
「どうした箒!? そんなんじゃいつまで経っても俺を倒せないぞ!」
「……っ! まだまだぁっ!」
紅椿の肩の装甲がせり上がり、中からビームの刃がついた小型ビットが無数に飛び出してくる。
「行けっ!
号令の直後、ビットが押し寄せてきた。
「ちっ!」
俺は上昇してビットたちを誘い込んだ。箒の放った全てのビットが群れをなして俺を追いかけてくる。
(そう簡単に━━━━!)
「食らうかよっ!!」
ビームウイングから光の雨が降り注ぎ、ビットはそのほとんどが光の奔流に飲み込まれて爆破消滅した。
「だあぁぁぁぁぁっ!」
「ぐあっ!?」
箒の気合の叫びと縦一文字の斬撃が上から降って来た。
凄まじい衝撃に俺は地面に激突。
「ちぃっ!」
体勢を立て直して箒を振り仰いだ瞬間━━━━
「………!?」
連続発射された雨月のレーザーが、俺めがけて降り注いでいた。
ドドドドドドドドドドッ!!
「うあぁぁぁぁぁっ!」
レーザーがG-soulの装甲を削り、シールドエネルギーも削られていく。
「くそっ!」
視界を閉ざす土煙を、右腕を振って吹き飛ばす。
その瞬間、俺は後悔した。
そうしなければ、箒が穿千の砲口を俺に向けてるのが見えなかったんだから。
「━━━━っ!!」
G-soulのビームガンのフルパワーなんて敵わないくらいの超威力のエネルギーの塊が、飛来する。
(間に合うか……!?)
「ぼ、防御っ!」
BRFシールドを作動させ足を踏ん張って迫り来るエネルギー弾に備えた。
…………………が。
ゴォォォォォッッ!!
「な、なんだと…!?」
俺には当たらなかった。放たれたエネルギー弾は、俺から数メートル横の地面を抉り取っただけだった。
(外した……?)
不可解に思えたが、見上げた箒が逸らした目を見て、一瞬でその理由がわかった。
(いや……あいつ、わざと━━━━!)
「…………っ!」
あんのバカ野郎……!
「ほ・う・きぃぃぃぃぃぃっ!!」
G-soulをG-spiritへ姿を変え、ビームウイングの加速で箒に肉薄する。接近戦は不利だとか言ったが、そんなことも言ってられなくなった!
「お前はっ! まだ迷ってるのかよっ!!」
顕現したビームブレードが、交差された二振りの刀に受け止められる。
「私は、迷ってなど……!」
「じゃあ今のはなんだ! 明らかに外しただろ!」
「て、手元が狂っただけだ!」
「嘘をつくなぁっ!!」
振り下ろした勢いのまま縦回転して、光の翼で紅椿の装甲へ切りつける。
「くぅっ……!」
「おらあっ!!」
連続してかかと落としを紅椿の肩に叩き込み、追い討ちをかけた。
「あの攻撃が決まれば、お前の勝ちだったはずだろうが!」
「ぐっ……うるさい!!」
空裂が二度、その軌跡がクロスするように振られ、帯状の攻性エネルギーがX字になって襲いかかってくる。
「なにが………っ!」
俺はビームブレードを前に突き出して前進。空裂の攻撃を突き抜けた。
「うるさいだぁっ!!」
ぶつかるみたいにして箒と斬り結び、斬撃と一緒に言葉を叩きつける。
「バカなことを……!」
「バカはお前だ! いつまでも不貞腐れやがって! 『私が悪いんじゃない』? ふざけんじゃねえ!」
「な、なぜそれを……!?」
「昨日あのあと簪から聞いた! 今のお前は昔のあいつと同じだ! 博士の……お姉さんの顔を見ようともしない! 話を聞こうともしない!」
「…………うる……さい……!」
箒は奥歯を噛み締め、唸るようにして否定した。
「一夏の言う通りだ! お前はそんなんで悲しくないのかよ! 」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!! 黙れ黙れ黙れぇっ!!」
そして声を張り、俺を押しのけて刀を振り上げた。
「ぐっ………!」
「みんな姉さんが悪いんだ! 姉さんがISなんてものを作らなければ、こんなことにはならなかった!」
「全部博士のせいにするのかよっ!」
「そうとでも思わなければ、私はとうの昔に潰れていた!」
「ぐっ!」
剣撃が重くなる。ずしり、ずしりと、箒の言葉のたびに、重くなる。
「お前にっ! お前になんぞわかってたまるか! 目の前で家族がバラバラになっていく様を見ていることしかできなかった私の気持ちが、お前になんぞわかってたまるものかぁっ!!」
怒りに任せて振るわれる剣撃は、さっきよりも何倍も重い。受け止めるので精一杯だ。反撃することができない。
「何も……何も変わらなければよかったんだ………!」
何度目かのつばぜり合いで、ふいに箒の声が小さくなった。
「箒………?」
「あの道場で、一夏と日が暮れるまで剣の稽古をして、千冬さんと姉さんが迎えに来て、明日の約束をして……そんな日がずっと、ずっと続けば、それでよかったんだ………!!」
箒の頬を、涙がつたう。
「名前を呼べば笑顔で振り返ってくれる姉さんがいてくれればそれでよかった。私の手を引いてくれる姉さんがいてくれれば、それで……それで……っ!」
声を詰まらせた箒は、刀を下ろして両目から涙を溢れさせた。
「箒……お前………」
「苦しかった……。『篠ノ之束の妹』と…ただそれだけで世間から好奇の目で見られ、何をするにもその言葉が付いて回る………もはや呪いだ……!」
「……………………」
俺もビームブレードを停止させ、箒と向き合った。
はるか下方の観客席から、何があったのかとどよめきが起こっている。
それに構うことなく、俺は箒の話を聞く。
「はじめは何度も連絡をとって、その度に理由を聞いた。ISを作った理由、いなくなった理由……。でも姉さんは何も教えてはくれなかった。ずっと……何も………!!」
「…………………」
「悲しくないわけないじゃないか……! 私だって、本当は姉さんを信じたい。信じたいけど……信じ、たいのに………!」
涙する箒の姿に、俺は昨晩した簪との会話の中で聞いた言葉を思い出した。
『箒はお姉さんのことを拒絶してるわけじゃない。ただ、自分の心に素直になれていないだけ』
確かに、博士のことを本当に拒絶しているのなら、今現在たった一つの博士とのつながりを壊そうとするような決闘の中で、勝てるタイミングを逸するような行為はしないはずだ。
(じゃあ、箒はやっぱり…………)
肩を震わせてうつむく箒。
俺は、確信した。
(………『頃合い』だな)
俺は息を吸って、少しだけ大仰な声を発した。
「ですってよ、博士!」
「………………え?」
目を丸くしている箒に、左手を手の平を上にして向ける。
デバイスから送られてきた立体映像のデータが手の上で構築されて、俺の手の上に篠ノ之博士の姿が現れた。
《………………》
「ねえ…さん……?」
「聞きました?」
《うん、聞こえたよ。箒ちゃんの心の声が聞こえた………》
博士の声は、普段のように明るくはない。真剣で、真面目だ。
《私は箒ちゃんにずっと、ずっと辛い思いをさせてきた。ううん、今もさせてる……》
「わかっていたなら、どうしてこんなことを……!」
箒の怒りが声に乗って伝わってくる。
「私には姉さんの考えていることがわからない! 自分から離れていったのに、いつも突然現れる! 姉さんは……いつも私の心をかき乱すんだ!」
《謝っても、謝りきれない。でもね、物事にはかならず理由があるんだよ》
「理由……?」
《考えてみて。本物の篠ノ之束がどうして私を箒ちゃんたちのところに送り込んだのか》
「そ……そんなのはどうせ、気まぐれに決まっている!」
《違う。気まぐれなんかじゃないんだよ、箒ちゃん》
博士の声は、箒を言い聞かせるように、強い口調で言った。
《私のデータ開示のロックは時限式で、今さっき解除された。全てを話すよ。ちーちゃんと私しか知らない、ISの真実を》
「ISの真実……」
《篠ノ之束がなぜISを作ったのか、なぜ行方をくらましたのか……。その全てを話すために、私はここに来たんだ》
「…………どうして、本物の姉さんは来れないのです?」
《今の篠ノ之束に、それはできない》
「どうして!」
《命が……消えようとしてるんだ》
「!?」
「そんなっ!?」
これには俺も驚く。命が消えるって……!?
「博士が……!」
「姉さんが………死ぬ……?」
漏れた言葉にホログラムの博士は嘆願する。
《箒ちゃん、お願い。残された時間は少ないんだ。こんなことを言えた義理じゃないことは痛いほどわかってる。だけどもう一度……もう一度だけ私を━━━━お姉ちゃんを信じて?》
「……………………」
「……………………」
《……………………》
長い沈黙のあと、箒は口を開いた。
「……私が信じれば、姉さんがいなくなった理由が、わかると?」
《そう、だよ…》
「……全てを話すと?」
《約束する》
「…………………」
箒は揺れている。ここは俺も加勢しようか。
「ほうき━━━━」
「私は……」
俺が言う前に箒は声を出した。
「私は、姉さんのことを何も知らないのかもしれない」
「………………」
「瑛斗の言う通りだ。私はいつの間にか、姉さんの顔をまっすぐに見ることができなくなっていた」
《箒ちゃん……》
「今この時が、一夏の言っていた『向き合うとき』だというのなら、私はそれに従うべきなのかもしれない………………」
「それは、博士の話を聞くってことでいいんだな?」
問いかけると、箒はゆっくり静かに頷いた。
《箒ちゃん、ありがとう…》
「データ体とはいえ、姉さんにそんなことを言われる日が来ようとはな……」
箒の苦笑は、見ていて安心できるものだった。よかった、なんとかなったみたいだ。
(あとは……)
俺は左手の博士に顔を向けた。
「博士、ここからはまた俺が」
《うん。えっくん、箒ちゃん、またあとでね…》
理解してくれた博士の立体映像は俺と箒に笑いかけてから、風に飛ばされる砂のようになって消えた。
アリーナ上空は、俺と箒の二人だけになる。いや、G-soulの中の博士も入れれば三人か。
「箒、博士に引っ込んでもらった理由は、わかるな?」
「ああ。不甲斐ない戦いをしてしまった。雑念が頭の中に渦巻いて…剣の道を行く者として恥ずべきことだ。これでは、心残りになる」
目の縁に残っていた涙を拭った箒は、もう一度刀を構えた。その瞳は、透き通っている。
「下で見ている一夏たちのためにも、仕切り直すぞ。どちらかの勝敗など関係ない、真剣勝負だ!」
「よく言ったぁっ!!」
G-spiritのビームウイングが大きく展開し、その先端を四方八方へと伸ばしていく。
「G-soulのワンオフ・アビリティー……!」
G-soulのワンオフ・アビリティー、《G-entrusted》。
周辺の他のISからシールドエネルギーを吸収する能力。今の所確定してわかっているのはそれだけ。
ISそのものを吸収したことが一度だけあるけど、今回はそれは起こりそうにはない。
「シールドエネルギーの差が大きいからな。お前の紅椿からもいただくぞ?」
最後に出た光の帯は紅椿に伸び、そのシールドエネルギーを吸収していく。
(瑛斗━━━━)
「ん?」
頭の中に聞き覚えのある声が響いた。
(一夏……?)
間違いない。一夏の声だ。
ハイパーセンサーで遥か下方の観客席にいる一夏の顔ははっきり見える。ガントレットになっている《白式》とG-soulが光の帯で繋がっているのも確認できた。
(ありがとう瑛斗。うまくやってくれたみたいだな)
とても不思議な現象のはずなのに、できて当然と思えてしまう自分がいるのはなぜだろう。
(まあな。話はそれだけか? 今から忙しくなる)
(はは……お手柔らかにやってやってくれよ?)
(約束はできないな)
そしてG-entrastedの発動が終了し、エネルギーがフルチャージになったG-soulの装甲が光に包まれる。
「次はこちらの番だ。やるぞ紅椿っ!」
箒の言葉に紅椿はワンオフ・アビリティー《絢爛舞踏》を発動させて応える。
紅椿の紅色の装甲が、金色のオーラを纏った。
「さあ、ここからが本番だ。いくぞ箒!」
「来いっ!」
暴発しそうなほどのエネルギーが二つ、激しく迸る。
そして━━━━━━━━!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「でやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
激突。
アリーナは閃光に塗りつぶされた。
「…………………」
「…………………」
《…………………》
学園地下特別区画。
そのフロアの一つで、瑛斗と一夏とホログラムの束は、無機質な鉄製のテーブルの右側に並んでいた。
結論だけを言えば、瑛斗は箒との対決の結果に勝利した。
だが、その勝敗はすでに意味をそれだけにとどめ、篠ノ之姉妹の会話の場を作り上げることにもしっかりと成功している。
(なんだ…? なんなんだこれ……?)
しかし、瑛斗の顔は浮かばない。
(なんで誰も喋らないんだよ…!)
そう。
この場に漂う重苦しい沈黙に、瑛斗のメンタルは参っていたのだ。
(百歩譲って一夏はわかる。緊張もするだろうよ。でもさ、博士はなんなの? 緊張してるの? データ体なのに!?)
一夏は、ここに来るまでに瑛斗から、束が束と千冬しか知らないというISの真実について話すと聞き、いったいどのようなことが話されるのかと心を引き締めている。
そしてデバイスの上に浮遊する束のホログラムは、どこか神妙な面持ちで、箒が入ってくるであろうスライドドアを見つめていた。
(うう、何やってんだよ箒! どんだけシャワー浴びてんだ!)
瑛斗も焦りの見える目で今は固く閉じている扉を見た。
その扉の向こうでは、すでに汗を流し終えた箒がモジモジとまごついていた。
「ねえ、箒まだなの? 中でお兄ちゃんたちが待ってるよ?」
マドカが後ろから催促する。
「こ、心の準備がだな…」
「あんたねぇ、それ言うの四回目よ?」
さすがの鈴も呆れ顔であった。
「まったく、こんなことになるなら中で瑛斗と待っていたほうがよかったではないか」
「まあまあ、ラウラ。みんなで箒を後押しするって決めたでしょ?」
口を尖らせるラウラをシャルロットがなだめる。
「もう。往生際が悪いですわよ箒さん!いつもの潔さはどこに行ったのですか? しっかりなさってくださいな」
しびれを切らしたセシリアが箒の背中を押した。
「そうは言うがな……いざとなると…………」
なおも逡巡する箒にセシリアは苦笑する。
「まったく、箒さんの悩みは贅沢です。話ができる家族が近くにいるというのは、とても幸せなことですのよ?」
皮肉めいているが、セシリアの口調に棘はない。心から箒を後押ししている。
「箒………がんばれ」
簪も箒を応援する。その隣で楯無も頷いた。
「箒ちゃん、きっとわかり合えるわ」
「みんな……………」
ここまで来て逃げ出すことは、箒にはできなかった。
大きく、深呼吸。
「よし、行くぞ」
「なんだ、まだ始まってすらいなかったのか」
扉を開けようとした矢先、真耶を連れた千冬が現れた。
「きょ、教官?」
「やれやれ、変なところでよく似た姉妹だ」
「あっ、ちょ、ちょっと!?」
箒のことなどお構いなしにズンズンと進み、ドアを開ける。
「やっと来た!」
待ってましたと言わんばかりに瑛斗の顔がはなやぐ。が、千冬の姿にすぐにその顔は疑問顔になった。
「って、織斑先生?」
「安心しろ。ちゃんとこいつもいる」
千冬の後ろから、呆気にとられていた箒が一度咳払いをして部屋の中へ入った。
「千冬姉も来たってことは…」
「そういうことだ一夏。事の子細は聞いている」
《ちーちゃん……》
「束、お前だけにこの役割をやらせるわけにはいかないからな」
《うん………》
視線を交わす千冬とホログラムの束。ぞろぞろと入ってくる専用機持ちたち。
「役者は揃ったかな。じゃあ始めましょうか」
進行しようとした瑛斗は、千冬に止められてしまった。
「待て。話はまだ終わっとらん」
「え、な、なんです?」
待ち遠しい瑛斗は、若干迷惑そうな顔をする。
「……桐野、残念だがお前は束の話を聞くことはできん」
突然の宣告に、瑛斗は愕然とした。
「えっ!? な、なんで!?」
「奴が、お前とまた話をしたいと言ってきた」
「また? 奴って……?」
数秒考えると答えはすぐに導き出せた。
「まさか━━━━!?」
「そのまさかさ。クラウン・リーパーだ。……真耶、桐野に詳細を」
千冬に目配せされ、横にいた真耶は一歩前に出た。
「桐野くん、クラウン・リーパーは先ほどメッセージを送ってきました。学園のサーバーへ直接にです」
「サーバーに直接? どこから?」
「ご、ごめんなさい。残念ながら特定は……」
「そうですか…。それで、クラウンはなんて?」
「メッセージは短いものでした。読みますね。『親愛なる瑛斗くんへ。僕の行動にさぞ驚いてることだろう。さっそくだがその件で君と話がしたい。僕は日本にいる。今日の午後1時ぴったりに、桐野第一研究所で待っているよ』…………」
「研究所!?」
「そこって、瑛斗の……!」
シャルロットと簪の視線を感じ、瑛斗は拳を握った。
「『追伸。今回は正真正銘二人きりで話がしたい。あのかわいいボディガードは連れて来ないでね』……以上です」
「よかったな、ラウラ。クラウンがお前のことかわいいってさ」
「言ってる場合か。瑛斗、これは明らかに罠だ」
「やっぱりそう考えるべきだよな」
「急過ぎない? 午後1時って、あの場所に行くならもう出ないと間に合わないわよ?」
「だから千冬姉は瑛斗が束さんの話は聞けないって………」
「だが、それは桐野が行けばの話だ」
千冬は瑛斗に尋ねた。
「桐野、お前が決めろ。行くか? 行かないか? 行かないというなら代わりの者を立てるが……」
瑛斗はうつむき、思案すること数瞬。決意を固め、顔をあげた。
「いや、行きます。クラウンに会いに」
「……………危険だぞ?」
「百も承知です」
瑛斗は確固とした意思でそう告げた。
「俺が、行かなくちゃ」
「…………………いいだろう。行け。時間はあまり無いぞ」
「はい」
瑛斗は歩き出す。
「瑛斗……」
シャルロットが不安そうな瞳を揺らすのを見て、瑛斗は穏やかに笑った。
「心配するなよ。戻って来たら、博士の話を俺にも聞かせてくれ」
部屋から出て、通路を進む瑛斗の歩調は早くなっていく。
『ISの真実』という言葉は、瑛斗の━━━━若くしてISの研究に携わってきた、一人の少年の心を掴んで放さない。
だが、クラウンのメッセージを無視してはいけないと、心が叫んでいる。
(そうだ……! 俺が行かなくちゃいけないんだ!)
瑛斗の歩くスピードは、もはや走ると言って差し支えないものになっていた。
瑛「IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜ラジオ!」
一「略して!」
瑛&一「「ラジオISG!」」
瑛「読者のみなさんこんばどやぁー!」
一「こんばどやぁ」
瑛「いやぁ、箒とのバトルにはなんとか勝利したぜ」
一「結構ギリギリの勝負っぽかったな」
瑛「ばっかオメー、あんなの余裕ですよ。はい」
一「本当かよ。俺の知る限りじゃ箒とお前の試合の勝率って箒の方が少し上だろ?」
瑛「ぐぬっ…。ふ、ふーんだ! 別にいいし! すぐ追い抜いてやるし!」
一「はははっ。まあ、何にしても助かったよ。ありがとな」
瑛「いいってことよ。さ、今日の質問にいこうか!」
一「グラムサイト2さんからの質問! セシリアに質問です。チェルシーにもISの適性があったら一緒に入学してましたか?」
瑛「セシリアへの質問だな。というわけで、今日のゲスト!」
セ「ごきげんよう。セシリア・オルコットですわ」
瑛「チェルシーさんってあの人だろ? セシリアのメイドさん」
セ「その通りですわ」
一「セシリアの幼馴染みで、年齢もそんなに離れてないんだよな? じゃあIS学園にもいれたんじゃないか?」
セ「かもしれませんが、チェルシーにはわたくしが本国を離れている間に溜まっていく仕事のスケジューリングや屋敷での役目もありますし……」
瑛「ああ、なるほど。セシリアの家の仕事の手伝いがあるのか」
セ「そういうことですわ。本音さんたちのようにはいきませんの」
一「仕事の方向性が違うもんなぁ」
セ「………実は、昔チェルシーをIS学園に編入させる話がありましたの」
瑛「え? そうなの?」
セ「質問のお便りにあった通り、チェルシーもIS適性は学園に入るには十分なものでした」
一「それじゃあ、なんで行かなかったんだ?」
セ「簡単な理由でした。わたくしの側を離れたくなかったんですって。ふふ、流石はわたくしのメイドですわ。忠誠心も一級です!」
一「へえ。セシリアのことをよく考えてくれてるんだな」
セ「はい!」
瑛「…………………」
セ「あら? 瑛斗さん? どうかしまして?」
瑛「……もしかして、セシリアが『寂しいから行かないでー』ってチェルシーさんにお願いしたりして」
セ「え……!?」
瑛「なーんつってな。なははは。ないよな。うん。ないない」
セ「………………」
一「セシリア?」
瑛「…………え? セシリアお前、今のリアクション……」
セ「な、なななな何を言ってるんですか瑛斗さん! そそそそそんなことあるわけないじゃないですか! おほほほ……」
瑛&一((図星だ!))
セ「そ、そうですわっ! チェルシーが自分で決めたんですのよ! ええ!」
一「ふーん?」
瑛「ほーん?」
セ「なんですのその目はっ! お二人ともニヤニヤして!」
一「いやぁ?」
瑛「別にぃ?」
セ「むぅ〜……!」
一「ぷっ、あはは。悪い悪い。面白かったからちょっとからかいたくなった」
瑛「セシリアは見栄っ張りだなぁ」
セ「まあ! ひどいですわ!」
瑛「ごめんごめん。……おや? そろそろ時間みたいだな」
一「なんか最近短いな」
瑛「大人の事情ってやつだ。それじゃあ!」
一&セ「「みなさん!」」
瑛&一&セ「「「さようならー!」」」
後書き
お待たせしました! 更新です!
ISの秘密が語られると思いきや、またしてもおあずけ。おのれクラウン。
安心してください。アイディアはまとまってますので。
次回は瑛斗とクラウンの二度目の邂逅。クラウンの口から何が語られるのか。
そして、IS学園についにあの女が………!
次回もお楽しみに!
更新ペース、上げて、頑張ります!
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VS箒! そして……