「今、蛍丸が泣いて出て行きましたけれど、何か……?」
入れ違いに本丸に入ってきた宗三左文字が問う。
「ああ、えっと……皆に均等に接している積りなのですが難しいですね」
女審神者が顰(しか)め面で答える。彼女は畳の上に庭を向いて正座していた。
「貴方は余程均等に接しているように思えます」
慰める訳ではないけれど、つい口に出て、しかも咎めるような自分の声色に宗三左文字は苦く笑った。
そうなのだ、この人は誰に対しても平等であれと、確かに審神者としては遖(あっぱれ)な考えだが、しかし、宗三左文字としては、あまり嬉しくない感覚である。
「ところで、何か用事ですか?」
女審神者が敢えて明るい笑顔を作って訊いた。
宗三左文字は、真っ直ぐに女審神者を見据えて座った。
「ええ……」
そう濁してから、宗三左文字は、ゆっくり口を開いた。
「何故最近、僕を近侍にしてくれないんです?」
宗三左文字思った以上に恨みがましい声だと、自分に嗤った。
女審神者は明らかに困った顔で、口を噤んだ。
しかし、宗三左文字の雰囲気から何かを察したのか、
「答えなければいけませんか?」
とだけ、言った。
「ええ、以前は僕を侍らせていたじゃないですか。それなのに最近はずっと近侍が蛍丸……」
宗三左文字は、先程泣いて出て行った蛍丸の事を想い出した。
粗方、察しは付いていた。どうせ似たような悩みだろう、と。
「それは……次の戦いに備えて実践経験を……」
女審神者の回答は大変ご立派で生真面目で、(この人はいつもそうだ)と宗三左文字は彼女らしい答えに少し口元が緩んだ。
「でも、近侍と審神者の関係はもっと深いものだと皆思っていますよ。僕はあなたの所に帰ってくるしかないのに、遠征にだけ行かせるなんて……以前はあんなに可愛がってくれていたのに」
と、意味ありげに宗三左文字は自身の体を触る。
元々彼の服装は、胸元が開(はだ)けているので、矢鱈卑猥に女審神者の眼に映った。
「規程では審神者はそのような事はしませんし、私もしていなかった筈ですが」
女審神者が間髪入れずに応えた。
「怒ってるんですか?」
からかうように宗三左文字が聞き返す。
「……はい。とても。審神者である私を侮辱されたので。ただでさえ女審神者は侮られ易いのに」
女審神者は口惜しそうな顔で続けた。
「しかも、そういう事を貴方が言うとは思いませんでした」
「でも、余所ではそういう事もあると聞きました」
何食わぬ顔で、宗三左文字は追い打ちを掛ける。
「余所様は余所様、うちはうちです」
そう女審神者が言った後、ふと、思いついたように、彼女にしては迚(とて)
も珍しく、ニヤッと人の悪い笑顔を浮かべた。
こんな顔を彼女から引き出せたのは、自分だけだろうと、宗三左文字は事情はどうあれ、少しだけ嬉しくなった。
「そんなに、うちが嫌なら、余所にやりましょうか? 宗三左文字、あなたを侍らせたい人は今も変わらず多いとおもいますよ」
そんな女審神者の言葉も、今更何とも思わない宗三左文字は、表情を変えずに言い放った。
「嫌みですか」
「そうです」
そう言った後、女審神者は少しだけ悲しい色を瞳に浮かべて、俯いた。
「大体なんで私が貴方を近侍から外したか、本当に解らないのですか?」
と。
「わかりませんね」
サラッと宗三左文字は流す。
女審神者は、付喪神である刀剣男士と話す時、いつもキチンと目線を合わせて話していたが、彼女は彼女にしては珍しく、ずっと俯いたままで、宗三左文字の方を見なかった。
「それはとても……私情を挟んでいるからですよ……」
「わかりませんね」
宗三左文字の言葉に観念したように、女審神者は面を上げた。
そして、彼女らしく、しっかり宗三左文字を見て、
「あなたを、もう傷つけたくないからです」
一語一語ハッキリと応えた。しかし、そこから先は、
「……貴方を一番大切に思っているから……」
語尾がフェードアウトした。
「顔が赤いですよ、審神者どの」
宗三左文字が愉快そうに笑った。
「だから、言いたくなかったのです。――誰にも平等であれと思っていた私が、こんなこと言える訳ないじゃないですか。あと、からかわないでください」
女審神者は朱く染まった顔の儘、一気に言い終えた。
「ごめんなさい、つい。――貴方が可愛くて」
長い指で口元を隠して、でも、矢張り気持ち良く笑っている宗三左文字は、彼にしては珍しく明るい声で願いを言葉にした。
「だったら、僕に触れてください」
と。
――今後の二人の事は、また別のお話。
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