No.782653

帰りたい話

01_yumiyaさん

クロム中心。独自解釈、独自世界観。新4章話。捏造耐性ある人向け

2015-06-09 22:17:50 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:3147   閲覧ユーザー数:3109

いやまあぶっちゃけ、

「いっくぞー!」とかニコニコしながら笑ってたヤツが、

いきなり「すべて…熔かす」とか重低音で言い始めたら、

誰だって驚き戸惑うだろう?

 

 

木陰に座り込みながら青い空を見上げ、クロムはふうと息を吐き出した。

今日も暑いなと首元の布を引っ張り風を送り込む。

あっちいなー、と漏らした言葉は熱風に攫われていった。

 

アレスのことは前々から知っていた。熱血を絵に描いたような性格だった。

だからガラリと変貌したアレスと対峙した時、思わずある言葉を漏らしたら、ほぼ全員に冷たい目を向けられた。

そりゃもう凄まじく冷たい目を。

それに驚いて飛び出して以来、王国には帰っていない。

 

くすんと小さく音を漏らしつつ、クロムは縮こまるように体を丸めた。

なんか他の人と顔合わせにくくて帰れないし、他に行く場所知らないし。

アレスともう一度話をしようと煉獄に行ったらヴァルカンに「ここは通さねえぞ!」ってめっちゃ敵対されたし。

なんかもう四面楚歌全部敵。

 

再度くすんと漏らしクロムは体育座りで頭を埋める。

そろそろおうちに帰りたい。

 

 

そもそもの発端は王国に所属していたアレスには魔界の血が入ってて、覚醒して煉獄の皇になって。

それだけでもびっくりしたのに、次会ったときには煉獄帝になっていて。

早すぎる展開に全くもってついていけてなかったクロムはアレスに対して「目をさませ」とか言っちゃって。

 

魔に負けて人格完全変貌したんだと思った。

はじめ煉獄皇は「思い出した」とか言ったから。

だから魔に飲み込まれて今までの「熱剣士だったときの記憶」が全部吹っ飛んだんだって思った。

自分を助けてくれたこととか、王国での思い出とか、一緒に遊んだこととか、一緒に鍛錬したこととか、一緒に怒られたこととか、

全部忘れたんだと思ったんだ。

 

だから思い出してもらいたくて、

「森勤務の魔導騎士は光だか闇だか聖だか邪だか全部モノにして中身が全く変わらない」

「だからアンタも魔に負けんな、全部モノにしろ」

「そんで全部思い出せ」

 

そう言いたかったのに、

自分は元より考えるよりも先に手が出る性格で、

早すぎる展開についていけなかったのもあり言葉が足らず、

若干アレな台詞になってしまった。

それに、

 

「全部思い出してて、全部受け入れてて、そんで全部納得して煉獄帝になってたなんてわかるかー!!」

 

大きな声でクロムは叫ぶ。

彼はアレスの変貌に混乱しあちこち走り回っていたので情報が入ってこず、2度目に対峙したときもそのあたりの事情を知らなかった。

知ったのは2度目に対峙したあと。全部終わったあと。

アレスの居場所を探して煉獄関係者のところに通い詰め、なんか絆され一緒に同行してくれたマーリンに教えてもらった。

ちなみにそれを知った際、マーリンと一悶着あり軽く喧嘩別れしたので、気まずくて彼のとこにも行けない。

 

「腹減った…」

 

自業自得で帰る場所を失ったクロムは涙声でそう呟いて、再度小さくうずくまった。

どんなに燃やされても自分の心は硬くなる大丈夫とは言ったが、味方に冷たくされるとは想定していない。

どうしよう。

 

ぐすぐすと涙ぐむクロムをこの地では珍しく柔らかい風が撫でる。

若干ほくほくしたような満足げな風だった。

 

 

「あの暑苦しい馬鹿はやはり馬鹿だったキングオブ馬鹿、阿呆で愚鈍で愚劣で莫迦で低脳で愚か者でぼんくらなおたんこなすだ」

 

「つまり馬鹿ですねわかります」

 

ところ変わって別の場所。持てる語彙を盛大に使いクダをまいているのはマーリン。

マーリンに「先生に会いたくないからお前が私のとこに来い5分以内だ」と突然無茶な呼び出しをくらい、愚痴の捌け口とされているのはリフレク。

師弟そろって無茶振りするのは同じかよ、と呆れながらマーリンの愚痴を聞き流す。

 

「そもそも煉獄帝の件で話す暇を与えなかったのはあいつの方だ。それなのに『先に言えよ!』と逆ギレて言い返してきたものだから私も言い返したらあの馬鹿は更に言い返してきてなんだあの馬鹿は馬鹿か」

 

リフレクは更に続くマーリンの愚痴を右から左に聞き流し、適当に相槌を打ちながら終わるのを待つ。

が、

 

「というかとても堂々としていたから彼奴は事情を知って王国側の命で討伐しに来たのかと判断した私もほんの少しだけ非はあるがだから煉獄帝と対峙した時によくわからん事を叫んだあいつに『覚悟しろ』と言ったんだがよもや全く全然これっぽっちも事情を知らず騒いでるなんざ誰が気付くというのかそれに煉獄帝が倒されれば先生にも一泡吹かせられるしいやそれはいい、」

 

終わる気配がない。

それどころか徐々に愚痴の内容がガープに対するものに変わっている。

これは更に延びるなと軽くため息をついて、リフレクはマーリンの顔に視線を向けた。

まあ厳密には彼の額についている宝石に、だが。

 

(やっぱ宝石に映ってもオレの顔は素晴らしいな)

 

うんうんと嬉しそうに頷きながらリフレクはじっとマーリンの宝石に映った己の顔を見つめた。

鏡に映る自分も美しいが宝石にも映える。

ああ宝石でもこれだけ美しいのだから、他人の瞳の中に映ったオレはこれ以上にとんでもなく素晴らしいのだろうな。

瞳というものは人によって輝き方も色も形も違うのだから、きっと各々違う映り方をしているのだろう。

いつか至近距離で確認したいものだ。流石に男はノーサンキューだけど。

 

ぽやんとそんなことを考えていたが、リフレクの頷きを肯定と解釈したマーリンによってかなりの長時間拘束されてしまった。

おうち帰りたい。

 

 

止まる事を知らないマーリンの愚痴にリフレクが根負けしつつある頃、熱の大陸から海を渡った場所にある森のなかのある家からは抹茶の香りが漂っていた。

族長がしゃかしゃか茶筅を回せばその度に暖かい香りが広がる。

ここは風隠の族長が住む庵。茶を点てつつオロシは、ちょこんと座るロビンに声をかけた。

 

「で、隣にいる暑苦しい奴はなんだ」

 

「落ちてたから拾った」

 

ケロっと答えたロビンにオロシは『こいつは何を言っているんだ』という目を向け、ロビンの隣に座るクロムに視線を送る。

来たばかりのときは戸惑いきっていたが、今は目を白黒させながらモゾモゾと体を動かしていた。

そんなクロムにオロシは声をかける。

 

「……足崩していいぞ。作法だのなんだの気にするな」

 

お前みたいな粗雑な人間には作法を期待していない、と余計なひと言を言い放ちつつオロシはトンと茶碗を差し出した。

粗雑で悪かったな!とクロムは立ち上がろうと勢いよく体を動すが、正座で痺れた己の足がそれを許さずバタンとその場に倒れこんだ。

派手に顔面を叩きつけられ、思わず涙目になる。なんなんだよもう。

帰りたい。帰る場所なんかないけれど。

 

 

熱の大陸で行き場がなくなり途方に暮れていたクロムを、その地に遊びに来ていたロビンが捕獲し、オロシの所に連れてきている不思議な状態。

クロム自身も『なんでこんなとこに』状態だが、族長の庵に顔を出した際、オロシの『お前ら何しに来やがった』という冷たい表情が、あの時自分が多数に向けられた表情と一致し異常なまでに萎縮した。

こわい。

 

倒れたまま動かないクロムを尻目に「あんな私たちには過ごしにくい場所でお前は何をしていたんだ」とオロシが問えば、ロビンは目を逸らしながら「散歩」と答える。

たかが散歩でわざわざ居住区からかなり離れた土地、しかも自分たちにとって過ごしにくい暑い場所、に行くわけないだろうとオロシは厳しい目を送ったが知らんぷりされた。

まあロビンから滲み出る満足げな雰囲気と、傍にある袋から覗く大きなツノを見れば『こいつレアなアイテム回収しに行ったな』と把握できるのだが。

獲物を見つけたら狙わずにはいられないとは、腐っても狩人か。

 

黙ってひとりで行くとは、尚且つそれを隠すとは薄情な奴だと少しばかり不機嫌になりながら、オロシは点てた茶を指し「私がせっかく点ててやったのだから早く飲め」と命を飛ばす。

オロシからの不機嫌オーラを知ってか知らずか、ロビンは碗を受け取りひとくち口に含んだ。

抹茶が喉を通ると美味しそうな表情を浮かべ、ほぅと穏やかな息を吐く。

私が点ててやったのだから当然だとオロシはふふんと得意げな表情を浮かべた。返ってきた碗をすすぎ、もう一服茶を点て始める。

 

2服めとして点てた茶を床に置き、オロシは胡座をかいて座り直しているクロムに視線を送った。

クロムがキョトンと視線を返せば「私の茶が飲めんのか」と睨まれ、ずいと碗を押し出される。

飲み方なんか知らねーしとクロムはおずおずと碗を受け取り、普段水を飲むのと同じように腰にを当て抹茶を一気に流し込んだ。

この飲み方は間違っていたらしい。

「テメェ喧嘩売ってんのか」と言いたげなオロシからの怒りのオーラを受けつつ、クロムは口元に付いた泡を拭き取る。

顔と口調に似合わず、まろやかで穏やかな茶だったなとクロムは軽く首を傾げた。

それとも誰が点てても同じようになるのだろうか。

経験がないからわからないと頭を掻いたクロムにロビンが「美味しいでしょう?」と笑いながら話しかけてくる。

 

「オロシさん、お茶点てるの上手いですよね。口触り良いから好きなんですよ」

 

それを聞いたオロシはぷいとそっぽを向いたが、褒められ多少機嫌は良くなったらしい。嬉しそうな気配が漏れ出ている。

直接的な褒め言葉に弱いのだろうか。マーリンと気質が似ているようだ。

あいつも普段あまり褒められなかったからなのか、実力を素直に賞賛したら態度が一気に軟化した。

わかりやすいといえばわかりやすい性格か。面倒臭いといえば凄まじく面倒臭いが。

 

 

 

「そういやお前ら仲良いのか?接点ないよな?」

 

茶を飲みひと息ついて、まったりとした空気に馴染んだクロムが不思議そうに問う。

先ほどのロビンの口ぶり的に頻繁に茶会に呼ばれているようだし、1度や2度ではなさそうだ。

クロムの問いかけに首を傾げながらロビンが答える。

 

「仲良い…のかなあ?たまに森の見回りに付き合うんですよ。で、オロシさんは混乱すると必ずボクを攻撃してきて」

 

「この阿呆も混乱すると毎回私を攻撃してきやがる」

 

混乱すればお互いに攻撃しあって同士討ちが止まらないものだから、お互い堪忍袋の尾が切れ、じゃあいっそのことと本気で喧嘩してみれば何故だかお互い全く攻撃しあわない。

「ボク、敵対したときのEX技に当たったことないんですよね」とさらに首を捻りつつロビンは言う。

味方でいれば攻撃しあい、敵対すれば攻撃しない。

そんな奇妙な関係がズルズル続き、立場も生活も違うため変に気を使わない分他の人間より楽だとお互い気付き、こういうのもアリかとお互い納得したようだ。

その後、あまり風隠の森を離れられないオロシのところにちょくちょくロビンが顔を出し、適度に息抜きをしているらしい。

 

「こいつ、私はあまり森を離れられないと言ってるのに頻繁に外に誘いやがる」

 

「はじめは文句言うくせに最終的にはついてくるじゃない」

 

ぷうとロビンが頬を膨らませれば、オロシはぷいと顔を逸らす。

本当に、仲が良いのか悪いのかよくわからない間柄だ。

とはいえ外に出るうんねんはなんとなく理解できる。

なんだかんだでこの族長も風の気質が強い。広いとはいえ森の中だけでは物足りないのだろう。

風とは、広い世界全てを駆け抜けるものなのだから。

 

「次は超寒い大陸行ってみない?最近暑いし」

 

「お前多分行ったら行ったらで『寒いから暖かいところ行きたい』とかホザくだろ」

 

次の息抜きの計画を立て始めたふたりを呆れたように眺めながら、クロムも「寒い大陸か、あいつも『ここは私の肌に合わない』とか言ってたし仲直りの口実に誘ってみっか」と頭を掻く。

誘うまでが一苦労しそうだが。

とはいえどうやって誘おうかと軽く悩んだが、目の前で繰り広げられている会話を聞き「なんかこのまんま言えば誘える気がする」と思い直した。

そうかプライドが高めの相手を誘う場合はああ言えばいいのか勉強になる。

 

 

ふたりの会話を聞き流しつつ、クロムは小さな砂糖菓子をひょいと摘む。

「あんな小せえ菓子ひとつじゃ足らねぇ」と腹を鳴らしつつ訴えたら、オロシが渋々と戸棚から新しい菓子を出してくれた。

小さいが可愛らしい形をした砂糖菓子の山。試しにひとつ口に含めば一瞬でほろりと蕩け、優しい甘みが口中に広がった。

未知の食感に興味を惹かれ、クロムは砂糖菓子を次々と口に運ぶ。なんだこれ面白い。カタチ可愛いし。

そんなクロムを眺めながらオロシは再度ロビンに問う。

 

「で。…こいつはなんだ」

 

「だから、落ちてたから拾った」

 

「お前は落ちてるイケメンを拾う趣味でもあるのか」

 

「……。仔犬が捨てられてたら拾うでしょ?」

 

ロビンはオロシの耳に口を寄せ、クロムに聞こえないように小さな声で言った。

オロシは「仔犬?」と不可解そうな表情を浮かべたが、夢中になって干菓子と戯れているクロムに視線を向けると微妙に納得したような目になった。

茶を飲む前と比べて落ち着いたような風情となったクロムを見て、餌付けした気分になったらしい。

事実、先ほどクロムから感じた警戒心や緊張感は薄れている。

 

事情としてはかくかくしかじか、とロビンがさらに耳打ちすれば「半分は把握してたが、更にややこしくなったのか」とオロシは腕を組み軽く息を吐いた。

ロビンがキョトンとすれば、オロシは「私がどれだけ草を抱えてると思ってるんだ」と憤慨したように吐き捨てる。

つまりは子飼いの忍者が多数おり、大半の情報は把握出来ていると言いたいらしい。風隠の族長の名は伊達ではないようだ。

 

「粗方把握してはいるが簡単にだ。詳しい事情は知らん」

 

「…意外と人望あったんだね」

 

ぽつりとロビンが言った瞬間、その顔面を扇が強襲した。バァンという痛そうな音が響き、ロビンが呻き声を漏らしながら叩かれた顔を抑える。

「喧嘩売ってんなら買うぞ」と手でぺしぺし扇を叩きながらオロシはロビンを睨みつけつつ見下ろし、「売ってない売ってない売ってない!」と片手で顔を抑えながら逆の手をぶんぶん振りロビンが慌てて否定する。

「人間、事実を指摘されると異様に怒るよね」と言わない方が多分賢い。

 

 

ふたりがいきなりイザコザを始めたのに驚き、目を丸くしながら「どした…?」とクロムが声をかければ、ふたりは「なんでもない」と声を揃える。

なんでもないようには見えないが詳しく問う気も起きず、首を傾げるに止まった。

しかしオロシの方はまだイライラがおさまらないのか、座り込むや否やふんと小さく呟いてそっぽを向く。

こちらの方を見やしない。

少しばかり困った表情を浮かべながらロビンは頭を掻いて、クロムの横へ移動した。

 

「…すぐ機嫌悪くなるんだから…」

 

「お前が原因じゃねえ?」

 

ぽつりと不満を漏らしたロビンにクロムがド正論で返すと、痛いとこ突かれたとばかりに目を逸らす。

軽口のつもりだったんだけどな、とちらりとオロシに目をやるが、オロシは変わらずそっぽを向いたままだ。

当人たちがどう思ってるから知らないが、軽口言い合える仲ならやっぱ仲良いんじゃねえかとクロムは呆れ、自分にはそういうヤツいたかなとふと考える。

 

クロムにとってのそういう相手はアレスだった。

それがいなくなってしまって。

探したら、豹変してしまっていて。

…王国の他のヤツらはどうだったかな。

自分はずっとアレスにくっ付いていたから、他のヤツらは軽口言い合えるほどではなかったかな。

みんな自分より先輩みたいな感じだったし。

マーリンは小難しいし。

軽口言ったらマジレスされるし。

 

ぐるりぐるりと考えて、もしや自分にはアレス以外に軽口言い合える相手なんかいなかったんじゃないかと思わずしょんぼり顔を伏せる。

クロムが急に暗くなったのを見て、ロビンは小首を傾げ「どうかしましたか?」と問うが「なんでもない」と誤魔化した。

なんでもないようには見えないけれどと苦笑しながら、ロビンは「そういえば」と思い出したように語り出す。

 

「アレスさんはムウスさんと仲良かったですけど、」

 

突然アレスの名を出され、クロムはバッと反応しロビンの方に顔を向けた。

この後に続く言葉はなんだろう。

『魔界の血が入ってたから魔王と馴染めた』だろうか?『だから魔王に惹かれた』だろうか?『無意識に魔を求めていた』だろうか?

事情を知らなかったときは「懐っこい性格だったから魔王すら絆された」と思っていたが、事情を知った今ではそちらのほうが納得できる。

そもそも魔王とともに魔皇や邪帝に会いに行ったのも、無意識下で帰ろうとしていたのではないだろうか。

自分の居場所に。

 

ぐるぐる考えじわじわ暗くなるクロムとは裏腹に、ロビンは笑いながら斜め上のことを言い出した。

 

「クロムさんも別派閥だったマーリンさんと仲良くなりましたし、おふたりはなんか似てますね」

 

「………。…は?」

 

 

 

 

惚けた声と呆けた顔を晒しながら、クロムはもう一度「は?」と聞き返す。

予想外の事を言われると思考って本当に止まるんだなと実感した。アレスの話だと思ったら俺の話だった。

不可解そうな声で聞き返され「ボクそんな変なこと言ったかな」と戸惑いながらロビンは言葉を続ける。

曰く、技名言いながら斬りかかってくるのも似てるし、熱血な言動も似てるし、懐っこい性格も似てるし、…

 

「熱属性攻撃してきて一気にこっちの体力の8割持ってくのも似てます」

 

「そこかよ」

 

その辺は相性だからどうとも言えないだろと突っ込めば「いちばんだいじ」と真顔で返された。熱属性攻撃に本気で苦しめられていたようだ。

熱いの嫌い…と頭を抱えるロビンにじゃあなんで苦手な土地・苦手な相手がいる場所に頻繁に遊びに来るんだとクロムは頬を掻く。

こいつドMか。

クロムのなかでロビンの印象が駄目な方向へ行きかけたが、それは当人の言葉で引き戻された。

 

「あと、…まっすぐ顔見て話してくれるところ、とか」

 

そう言われ、クロムは「当たり前だろ?」キョトンとしながら言葉を返す。

だってあいつもそうしてた。

にっこり笑ってこっちの目を見て話しかけてきた。

だから俺もそうしてた。

 

意外と顔見ずに話す人多いんですよねと、苦笑いしながらロビンは頭を掻く。ボクも人のこと言えないけれどと少し目を濁らせながら。

アレスさんは熱剣士でも煉獄皇でも煉獄帝でもその気質は変わっていないから根本は同じままみたいだしとロビンは続け、クロムの方に顔を向け「良い人をお手本にしてたんですね」と頭をぽんと撫でた。

 

 

良い人?うんそれは納得できる。いいヤツだった。

でも「根本が変わらない」?

違うだろ変わっただろ

変わってるだろ

 

 

ロビンの言葉に引っ掛かりを覚え、クロムは己の頭に置かれた手を乱暴に払う。

ロクに事情を知らないヤツがしたり顔で偉そうに講釈垂れるのが非常に気に障った。

「どこ見てんだ」「変わっただろ」「別人と言ってもいいくらいに」「何も知らないお前に何がわかるんだ」

あいつは、

 

「あいつは!俺と一緒に王国で!騎士になって他のヤツらみたく仲間を人を守って!一緒に…!」

 

そうなるもんだと思ってて。

ずっと一緒にいられるもんだと思ってたのに。

あんなにガラッと変わってどっか行っちまうなんて予想すらしてなくて。

あの時からずっと、俺を助けてくれたときからずっと、あいつは俺の目標で。

強くて明るくてまっすぐで。

「堅っ苦しいのもメンドくせーし、呼び捨てでいいぞ。友達だろ?」って言ってくれて。

変わった変わった変わった。

違うあいつは違う。

 

クロムが感情のままに怒鳴り散らす。目の前にいるヤツの襟元を掴み大声で。

襟元を掴まれ驚いたような表情を作るロビンは戸惑いながらも、小さく笑った、気がした。

なおも声を荒らげるクロムを止めたのは凛と響く族長の声。

 

「なるほど。己の理想と違ったから喚いてるだけか」

 

「あん?」

 

ロビンを掴んだまま顔だけオロシの方に向け、クロムは厳しい視線を送る。

そんな目線に怯みもせず、オロシは淡々と言葉を紡いだ。

 

「いつぞやの書物で読んだが、なるほど、よもや体現している奴が存在するとはな」

 

「だからなんだよゴチャゴチャと!」

 

ガープといいマーリンといい頭のイイやつはむやみやたらと回りくどい言い回しをする。それはクロムの肌に合わず、ただイライラが募るばかり。

ストレートに言ってしまえば楽なのに。常々そう思う。

あいつみたく。

 

あからさまに機嫌の悪いクロムに輪をかけて機嫌の悪い表情で、オロシは口元を隠していた扇をついと動かして、クロムを指す。

そのもま冷たい目を向け、よく通る涼やかな声でたったひとこと口にした。

 

「憧れは理解から最も遠い感情だ」

 

 

どさっと室内に物が落ちた音が響く。

クロムが手を離し、襟元を掴まれて半ば宙に浮いていたロビンが畳の上に落下した音だった。

解放されたロビンが軽く咳き込む音だけが静かな室内に響く。

静寂を破るのは目を見開いたクロムの声。

 

「な、…に」

 

「言葉通りだ。憧れるあまり勝手に理想を創り上げ、それから外れれば文句を垂れる。相手の事を考えもせず理想を押し付ける。…理解から遠かろう?間違っているか?」

 

「違、」

 

違うと否定しようとするクロムの言葉は小さく消えていく。

だって違うから違う、違う。

だって、あいつは、姿形も変わった、し、

 

「姿が変わったくらいならば同じ人間だろう?」

 

現に今と昔で姿が変わった奴は大勢いるだろうとオロシはクロムから目を離さず語り「例えば私が支配者になったとしたらそれは私ではなくなるのか?」と突き刺すような声を吐いた。

そういえばこの族長も多少姿が変わるが、誰も「別人だ」とは言わなかった。全員が「オロシ」だと認識していた。

族長の場合差異が少なかったのもあるだろう。ならば王国の重装騎士。クランの場合は?

姿形も目の色も口調も一人称も変わったのにも関わらす、誰もが魔装騎士を「クラン」だと認識した。

 

「立場と財産、そして周囲の人間の態度。これら全てが変われば別人だろうな」

 

「じゃあ!なら、アレスは…!」

 

立場も変わった、財産も多分変わった。だったら別人と言ってもいい。

クロムがそう言うと、オロシは「頭も硬いのかこいつは」と言いたげな目を向け、パァンと小気味よく扇を弾く。

 

「『周囲の人間の態度』だ。一番大事なのは」

 

その人間を形作るのは周囲の人間がどう認識するかだと、オロシは少しばかりイラついたような口調で語った。

言われてもピンとこないクロムは眉を下げつつ言葉を紡ぐ。

 

「だから、」

 

「お前じゃない他の奴だ他の奴!」

 

オロシはクロムの察しの悪さにイライラしながら大声をあげた。

クロムのように「煉獄帝の後ろにいる熱剣士に語りかけた」のか、「煉獄帝そのものに語りかけた」のか。

 

「お前は熱剣士の姿ばかり追って、初めから微塵も煉獄帝を見ていないだろうが!んな阿呆者の意見なんざ聞く価値もない!」

 

ピシャリと叩き斬って、オロシはロビンに顔を向けた。王国サイドと魔王の「アレス」に対する認識を問う。

問われロビンは軽く己の頭を叩き、「変わらないよ」と静かに語った。

 

「ムウスさんなんか『粋がっていられるのもここまでだ!』って、ちびだったころアレスさんによく言ってたし。態度は全く変わらない」

 

ちなみにムウスはチビだったころ、その台詞とともにアレスにピヨピヨと殴りかかっていた。

『キサマ、粋がっていられるのもここまでだ!』

『はははっ!相手してやるぜ、ムウス!』

そうしてにこにこ笑いながら始まる喧嘩ごっこ。

チビムウスとしては本気だったのかもしれないが、アレスは完全に遊びと認識していた。

まあたとえチビムウスが負けてムクれても、アレスが「楽しかったな!」と菓子を渡せばコロッと機嫌が良くなったあたり、チビムウスとしても戯れの域だったのかもしれないが。

 

 

「王国騎士の人たちも変わらないよ」

 

「だそうだ。アレスに関してギャーギャー大騒ぎしてんのはお前だけらしいぞ?」

 

オロシがクロムに向き直り、ぽんと軽く扇を叩く。

ぽとんと畳に水の粒が落ちた。

 

 

見てなかったのは俺だけ。

認めてなかったのも俺だけ。

一番近くにいたのに一番よく見てたのに。

それなのに一番あいつを理解出来なかったのは俺。

 

自分の不甲斐なさに涙が溢れ、ただぽとぽとと畳を濡らす。

それを見てオロシは言い過ぎたのかと狼狽し、目を泳がせる。

それに気付いたロビンは少し笑い、気にしなくていいとオロシに手で合図を送った。

 

「ぶっちゃけ王国の人たちはアレスさんより『クロムが帰ってこない』って心配してましたよ」

 

居場所も事情も把握出来ているアレスより、行方不明となったクロムの方に心配のベクトルが回ったらしい。

「…おれ?」と涙声で己を指差すクロム。

 

「…お前、行方不明だって心配されてる奴をここに拉致してきたのか」

 

「拉致って」

 

人聞きの悪いとロビンは憤慨したが「クロム行方不明」の情報を握っておきながら、スルーして当人を別の場所に連れ込んでいるのだからタチが悪い。

自由ってレベルじゃねーぞとオロシは呆れたが、ロビンはクロムに向き直りへらっと表情を崩す。

ぽふぽふとクロムの頭を撫で、ロビンは言った。

 

「クロムさんの気持ちもわからなくはないですし」

 

オロシさんもわかるでしょ?と笑顔を向け、首を傾げる。

問われたものの、言葉を濁らせ曖昧な反応を示すオロシに苦笑しながらロビンは言葉を続けた。

 

「ただ単に、だいすきだからだいきらいってだけでしょう?」

 

 

大好きだったから、離れて行ってしまうのが嫌だっただけ。

大好きだったからよく見てたから、いなくなってしまうのがわかって嫌だっただけ。

大好きだったから自分から離れてしまうのがわかったから、嫌いになってしまえば楽になれると自分を騙しただけ。

 

自分の元に帰ってきて欲しくて言葉を紡いだだけ。

 

本人がその感情を自覚していなかったから、大好きだったアレスも、大嫌いになったもうひとりのアレスもちゃんと見れなかっただけの話。

 

 

「オロシさんもそうでしょ?」

そうロビンが問えば、

「私は出て行ってくれて清々している」

とオロシは返す。

別にハヤテさんのことだとはボク言っていないけどと口には出さず、代わりにロビンは笑顔を返した。

 

 

ぽんやりしているクロムを座るように促してロビンは問う。

「アレスさんってどんな人だった?」と。

 

「王国行っても大抵外に居て、あまり話したことなかったんですよね」

 

毎回あの辺にいるなってのはわかったんですが、とロビンは苦笑する。

城内で訓練していても、庭で遊んでいても、城下町にいたとしても郊外にいたとしても、賑やかだったから位置の把握は出来ていたと思い出しながら語った。

オロシも傍に腰を下ろし「なんというか台風みたいな奴」と話題に混ざる。

 

「や、いや、そう、だったけど!あいつはそれだけじゃなくて…」

 

ふたりがアレスの印象を語っていると、待ったをかけるようにクロムが割り込んだ。

ぐいと己の顔を拭い、濡れた頬を弾くようにぷるぷると左右に振る。

最後にぺしんと頬を叩き、キリッと表情を整えた。

キラキラしながら言葉を紡ぐ。

 

「あいつはな、」

 

そうしてはじまる思い出話。

アレスとの出会いから始まり、知っている人物の名が出ればオロシとロビンが誘導し、あれやこれやと話は広がる。

話をするごとにクロムは気付く。

自分には仲間がたくさんいたことを。

 

 

 

「…何か鳴ってないか」

 

話の途中でオロシが不思議な物音に気付いた。

どうにもクロムから音が鳴っている。

疑問符を飛ばしながらクロムがパタパタと己の身体を探れば、通信機が震えていた。

ディスプレイを確認すれば着信はマーリン。

「悪い」とふたりに断ってクロムは通話ボタンを押す。

と、

 

『何処に居るんだこの馬鹿者!私が何回連絡したと思ってるんだ!』

 

キーンと特大の怒鳴り声がクロムの耳を襲った。

特大すぎて離れているふたりにも聞こえたくらいだから声量が半端ない。

 

「マーリンお前鼓膜潰す気、」

 

『五月蝿い!なんだ貴様は携帯を携帯しない系の馬鹿か!?私がどれだけ、』

 

クロムの台詞に被るように再度怒鳴り声が響き、クロムの台詞は掻き消された。思わず通信機から耳を離したため、後半の声は聞き取れなかったが。

とはいえひと通り怒鳴って気が済んだのか、マーリンの声量は通常に戻っておりなんとか会話することは出来た。

 

「わかったって、直接聞くから!お前いまドコ?」

 

まだマーリンは怒っているらしい。慌てたようなクロムの声が室内に流れる。

その後数回会話をし、ため息をつきつつクロムが通話を切った。

一瞬で疲れ切ったような風貌に変わっている。

通信履歴を確認すればずらりとマーリンの名が並び、中には王国騎士たちの名も混ざっていた。

予想以上の履歴を眺め、クロムは少し嬉しそうに微笑んで通信機を仕舞い、ふたりに顔を向けてこう言った。

 

「…俺、帰るわ」

 

「ああ、…ほら」

 

クロムが帰宅を宣言すると、オロシが紙袋をほいと差し出した。

クロムが首を傾げつつ紙袋を受け取り、中身を覗く。

 

「菓子だ。…私に言われてしばらく滞在していたという体にしておけ」

 

族長直々に呼び出され拘束されていたと言えば大概の奴らは黙るとオロシは笑った。

パニクって家出してましたと言うよりは良いだろうと手をヒラヒラさせる。

クロムは呆気にとられながら「それじゃお前が悪役になんぞ?」と困ったような声を出した。

つまりはオロシが末端とはいえ王国騎士を不当に拘束したことになってしまう。

 

「気にならん」

 

眉一つ動かずオロシはピシッと扇を向け、「煩わしいが体裁というものがある」と言い放った。

クロムは腑に落ちない表情となるが説明してもらえそうにない空気を読み取ると、諦めてロビンに顔を向ける。

ロビンはクロムが行方不明だの煉獄だのの事情に詳しすぎる。王国と煉獄両方を行き来しなければ入手出来ない情報が多い。

その旨を問うと頭を掻きながら疲れたような表情でロビンは語る。

 

「ああ…。両方行きましたよ、届け物しに」

 

「届け物?」

 

元々はアイテム回収しに行っただけなんですけどね、とロビンは続けた。

来たついでに王国に顔を出したらバタバタしている真っ最中。煉獄がどうとか噂になっていたからそれ関連だと思いきや、オロオロしているクフリンから問われた台詞は「クロムを見かけなかったか?」で。

事情を聞けばクロムが帰ってこない見つけたら連れてきてくれと言われ、了解したら今度はバルトに捕まって。

クロム探すついでにアレスの私物を煉獄まで届けてくれと言われ…。

 

「あの熱い地方を右往左往してきました」

 

「お前本業はなんだ。郵便局員か運送員か探偵か」

 

たしか狩人とかだった気がすると遠い目をしてロビンが言う。自信がなくなってきているようだ。

王国の人間が今の煉獄に行くのは双方に利がなく、間違いが起これば全面戦争が勃発する。王国所属ではないロビンは丁度良い人材だったらしい。

 

「アレスの私物って…、」

 

「王国の人たち的には『アレスは煉獄に引っ越した』程度みたいですよ」

 

私物といっても必要そうなものだけをコンパクトにまとめたもので、大半はまだ王国に残っている。部屋もそのままだ。

戻ってきたぜと言われればちゃんとすぐ受け入れられるよう対応はしてあった。

それを聞きクロムは少しほっとしたような表情を浮かべた。

アレスの痕跡を全て消されてしまったのかと不安だったようだ。

 

「よく煉獄に入れたな。ヴァルカンがいただろ?」

 

「アレスさんにお届け物ですって言ったら気前よく通してくれましたよ?」

 

ヴァルカン曰く、アレスは煉獄帝になったばかりでバタバタしており忙しそうなため、自分が面倒そうな相手を弾いているだけのようだ。

落ち着くまでは入口で踏ん張るつもりらしい。

 

「『ニオイ覚えたからまた荷物持ってきたときは顔パスでいーぞ!』とか言われてボクの職業なんだったっけって」

 

「もう運送業始めたらどうだ」

 

暇に任せて世界中を回りはじめたロビンなら可能ではあるが、自由気ままに動き回るのが良いのであって義務にはしたくない。

神秘の森の管理はどうなのかと問えば近くにある悪魔城の住人と交流があるため、軽くなら見てもらえるらしい。多少は空けても問題ないようだ。

「グリムさん完璧執事…」とぽつりと語る。

 

「今しばらくはアレスさんも忙しいみたいだけど同時にストレスも溜まってるみたいだから、…落ち着いたら珍しいお土産とか土産話持ってったら喜ぶんじゃないかな」

 

「え? あ、…おう!」

 

少しキョトンとした後、情報に気付いたのかクロムはへらっと笑って良い返事を返した。

「今」は無理だけともう少ししたら。「土産を持って」行けば平和的に会える。また、今度はちゃんと。

帰ったらマーリン誘って北に行こう土産と土産話を探しに。

あいつと行ったらつまらない旅にはならないだろう。

何かあるだろうか何があるだろうか。どんな人がいるだろうか。

世界はまだまだ広がっていく。

 

「じゃ、またな!」

 

次にやりたいことを思い描き、我慢出来なくなったのか弾けるような笑顔を浮かべクロムはふたりに別れを告げる。

「なんかスッキリした、ありがとう!あと茶と菓子美味かった!」

笑顔のままぶんぶん手を振ってクロムは駆け出した。

帰ったら、まずはそうだマーリンに連絡して、すぐ城に帰ろう。

帰ったら、王国のみんなにこう言うんだ。

 

「ただいま!」

 

って。いきなりいなくなってごめんなさいって。

さあ、おうちに帰ろう。

 

END

 

 

 

クロムが帰り残されたオロシとロビンはふうと軽く息を吐く。

これで落ち着くだろうかとロビンはぐっと伸びをした。

そんなロビンにオロシは扇で口元を隠しながら問う。

 

「あいつを此処に連れて来たのは本音を吐き出させるためか?」

 

「うん。ごめんね」

 

発見した際、クロムが濁った空気を纏っているのに気付き「このまま王国に渡しても良くない」と思って拉致ったらしい。

どうにも此処に来てからのロビンの言動が核心を突くかつかないか、探るような言動で。

本音を誘導するように言葉を操っていたのに気付いたオロシはバトンを受け取り畳み掛けたのだが合っていたらしい。

 

「余計な口出しして良かったのか?」

 

「あの王国が崩れると全体が崩れる可能性が高いからね。表立ってはやってないから大丈夫」

 

強固なようにみえて内部分裂しがちな脆い王国。故に些細なきっかけで崩れ始める。

やっぱ王国勤務ってストレス溜まるのかなと苦笑する。

 

「もしくはかなりの闇を抱えてるからその影響受けちゃってるとかかな?」

 

「闇?」

 

仮のハナシ、と前置きしロビンは語る。

もしも王国がアレスの事情を知った上で育成していたとしたら。魔界の者だと把握した上で囲っていたとしたら。

王国の脅威となりうる煉獄の力を削ぐために幼少のアレスを拉致していたとしたら。

 

「この場合だと、そのまま育てば王国の武力強化。今回みたいに覚醒しちゃっても『王国側を知っている煉獄のトップ』が完成する。…記憶があるなら友人がいるなら、煉獄は王国に攻撃しにくくなるよね」

 

幼少のアレス、つまりは未覚醒の煉獄帝を拉致するだけで、脅威がひとつ潰される。確かにリスクはあるがやらない手はない。

あの王国が、との反論もあるだろうが、あそこは清廉潔白な清く正しい王国、ではないとは思う。なんせあの地は闇に染まる輩が異常に多いのだから。

想像の域をでないのだけれど、ね。と再度ロビンは言葉を並べ小さく笑った。

 

「…あり得なくも、ないか。多数の平和を維持するために少量の犠牲は問わないという判断は、組織としてごく自然に浮かぶ」

 

「…その『多数の平和を維持するために少量の犠牲は問わない』って言う人で『少量の犠牲』側に自分を入れてるやつ見たことない」

 

嫌いだな、とロビンは目付きを鋭くさせた。

確かに全てを救うことは不可能だそれは理解出来る。しかしそれを言い切ってしまうのは、犠牲側に己を含まない思考はどうかと思う。

 

天使は言った。

「神の裁きを下す」「審判の時が訪れた」「理想のために」

 

ねえ、

君たちは

自分が裁きを下される側だとは思わないの?

審判される側だとは思わないの?

理想のために排除される側だとは思わないの?

 

ねえ

なんでさも当然のように

裁く側にいるの?

 

俯いたまま険しい顔になり少しばかり黒いオーラを発したロビンに気付き、オロシは無言でロビンの頭をぽんと叩く。

「悪いな」とひとこと漏らし、オロシは組織のトップの事情を話した。

 

「組織というものは簡単に残虐な思考になれる。部下は『命じられたから』責任なく残虐な事を行える。上司は『自分が手を汚さないから』平気で残虐な事を命じられる。…みんながやっているから平気になっていく」

 

トップが止められるならばまだ良いが、守るものがある場合トップは簡単に冷淡な命を下す。

守るものが大きければ大きいほど、冷血にならねばやっていけない。

 

「わかってるけどさ」

 

「上に立つとはそういうものだ。…今後あの地がどうなるかは煉獄帝がその覚悟をしているかどうかだな」

 

ふうとため息をつきつつオロシは南に目を向けた。先には件の王国がある。

何を守るかどこまで守るか、守るために何を犠牲にするか。

答えなんかない。

 

「…本当、『本当の正義なんてない』ね」

 

「何を持って『本当』とするか決めてから言え」

 

ぽつりと呟いたロビンをぺしんと叩き、オロシは扇を口元に運ぶ。

そのまま目を明後日の方向に向けつつこう言った。

 

「…次。出掛けるのは、何時だ?」

 

「へ? ああ、…月の真ん中くらいかな。準備もあるし」

 

そうかと少し弾んだ声を漏らし、オロシはパチンと扇を鳴らした。

珍しく機嫌がよさそうな雰囲気で踵を返し、ロビンの顔を見ずに「一服点ててやる来い」と誘った。

 

「愚痴りたいなら聞いてやってもいいぞ。あいつにやったみたく叩き潰してやるがな」

 

「御免被る」

 

呆れたように返事をしながら、ロビンはトンと跳ねるようにオロシの後に続いた。

 

世界の全てを知らないのに、いろいろ考えるのも阿呆らしい。

きちんと全てを見ていないのに、ギャーギャー騒ぐだなんておこがましい。

 

全てを見てからでも遅くはない

さあ廻ろうか世界を

さあ出会おうか新しい人に

 

世界は広いことを知った

風のように駆け抜けようと思った

おうちなんかに帰りたくない

 


 
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