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主従が別れて降りるとき ~戦国恋姫 成長物語~

第2章 章人(1)

2015-05-29 19:03:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1087   閲覧ユーザー数:1019

8話 章人(5)

 

 

 

 

 

 

翌日、相変わらず章人にしごかれ疲労困憊の信長はまたも違和感に気づいた。陳情に来る者も少なければ仕事量も少ない。昨日まで自分がやっていた仕事はどこにいったのか、それを考える時間まであった。と、またも木下秀吉が一人で現れた。

 

「どうした?」

 

「その……。早坂殿のことなのですが……」

 

「何かあったのか?」

 

「待て、ひよ。我々にも聞かせよ」

 

「またお主らか……。何かあったのか?」

 

そう言って現れたのは柴田勝家と丹羽長秀だった。

 

「私のほうは仕事が減って素晴らしいことになりましたが、麦穂がですね……」

 

「また妙な噂が流れているのです。“うつけの君主も筆頭家老の鬼柴田も佞臣にとりこまれた”などと」

 

「章人を佞臣呼ばわりする奴がいるのか!?」

 

「はい……。それでどんな仕事をしているのか気になっているのです」

 

佞臣、とは、口先巧みに主君に取り入る悪の手先とでもいう意味である。

 

「その……。説明するより見たほうが早いので明日の朝、あの仕事部屋へ来ていただけますか?」

 

「しかし章人より先にこなければ意味がないではないか……」

 

「毎日和奏様たちと遠乗りしてから来ますので、私たちより早く来ることはないと思います」

 

「そうか」

 

 

翌日、また4人は章人の仕事部屋である家の前にきていた。

 

「2階は手つかずなので、来ることはないでしょうから、ここでずっと見ていれば大丈夫です。かなり汚いですが……」

 

「しかしひよ、お主までいなくなっても大丈夫なのか?」

 

「今日は休みをもらいましたので大丈夫です」

 

「来たぞ」

 

章人は変わらず、書類を片付けていた。何も変わらないと最初は思った。が、少し経つと人が現れた。一昨日まで信長のところを訪れていた文官であった。

 

「ひよ殿は今日は……?」

 

「体調不良で休みだよ。仮病かもしれんが、私も3日ほど休んでいたからな。そんなに強くは言えん」

 

「確かにそうですな。本日、目を通していただきたい書類はこちらです。」

 

「わかった。ところで今日はお前だけか?」

 

「そんな馬鹿なことあるはずがないではありませんか。もう皆並び始めておりますよ」

 

「全く……。頼られることに悪い気はせんが、久遠や麦穂のところに持って行ってくれたほうがありがたいんだがなあ……」

 

「お二方とも優秀ではありますが、“落としどころ”という意味では早坂殿に劣りますのでな。それで皆こちらへ来るのですよ。実際、早坂殿に書いていただいた書類だと何の問題もなく通ります。向こうに何度も持って行くより手間もないですから、ありがたい限りです」

 

「そのぶん私の仕事が増えると考えたことはあるのかね? え?」

 

「一瞬で終わるではありませんか。」

 

「そうかそうか。ならばお前も私の仕事を少し手伝っていけ」

 

「承知いたしました」

 

そのやりとりを聞いていた3人は呆然としていた。木下秀吉はこれが言いたかったのか……と理解した。そうして次々に訪れる者たちを裁き、裁き、裁き。そしてある2人が現れた。3人はその2人が誰なのか嫌になるほど知っていた。そう、利害対立でよく争いをしているものの、双方とも正しい言い分だけにどうしたものかと、いつも悩みの種だったのだ。章人がどう対応するのか見物だと思っていた。

 

案の定、双方の訴えを聞く間にもにらみ合い、反論を言い合う2人であった。

 

「大馬鹿者ども!! 貴様らのつまらん対立で他の連中の仕事が進まないということを考えたことはあるのか!? え!? 部署内で対立していてきちんとまとめられないとはどういう了見だ!! 完全に調整してから持ってこい!! その程度のこともできぬのなら貴様ら2人とも打ち首だ!! 尾張のこと、久遠のことをきちんと考えたことはあるのか!? こんなつまらん案件を二度と持ってくるな!!」

 

一喝。それだけで逃げていった。

 

「いやはや……。あの2人は久遠様たちですら対応に困っていたのですよ。それを一刀両断とは、さすがですな……」

 

「早坂殿ならば森一家も制御できるかもしれませんな」

 

「森一家?」

 

「ええ。森可成と森長可という親娘とそいつらが率いているゴロツキですよ。さすがに強盗などをするわけではないのですが、評定にも出ないような連中でして……」

 

「ほうほう。詳しく教えるのだ」

 

「教えるほどのものでもないのですが、とにかく戦好きで、家中で恐れていないのは久遠様と壬月様と麦穂様くらいですね……。“強者こそ正義”とでも言える世の中ですから、致し方ないのかもしれませぬが……。軍規も何も無視。邪魔するなら味方でも容赦なく殺すのです」

 

集まった文官は皆、口をそろえて森一家の悪口を言い合っていた。章人は黙って聞いているだけ。

 

「どうした?」

 

「いえ。昨日は我々が壬月様の悪口を言おうものなら怒っていたのに今日は黙って聞いておられるので驚いたのです」

 

「私が最も嫌う連中を教えてやろう。法を犯すゴロツキだよ。そして、軍規を守らぬクズなど軍に存在する価値もなし。心配するな。そのうち私が必ず正義の鉄槌を食らわせてやる」

 

「しかし……。いくら早坂殿が強いとはいえ、あの連中が素直に言うことを聞きますかね……?」

 

「『聞く』のではない。『聞かせる』のだ。それに、ゴロツキなんぞ死んだって誰も困らんだろう?」

 

「違いありませんな」

 

その場は笑いに包まれていた。聞いていた信長たちは背筋が凍った。章人は本気でそう言っている、と。

 

「さて、今日の仕事は終わりだな。私はこれから用がある。お前たちも持ち場に戻れ」

 

「は!! ちなみに、用とは?」

 

「犬子や和奏、雛たちに武術を教えて少し兵を鍛えてやろうと思ってな。頼まれたのだ」

 

「確かにあの3人が強くなれば未来は安泰ですな!」

 

そう言って章人と集まっていた文官たちはいなくなった。章人は去る前にちらりと天井を見ることを忘れなかった。

 

「奴め……。最初から気づいていたのか……?」

 

「どうなのでしょう。ところでひよさん。アレは昨日からなのですか?」

 

「麦穂様! 私に“さん”なんて恐れ多いです!! そうなんです……。昨日からなぜか陳情にたくさんの人が訪れて……」

 

「なるほど……。ところで久遠様、なにかお体の具合でも? あまり顔色が優れぬようですが……」

 

「いや、何でもない。大丈夫だ」

 

信長はそう言ったが、3人の目から見た信長はとても“大丈夫”そうには見えなかった。信長は城の自室に戻り、政務を早めに切り上げた。ある決意を胸に秘めて。

 

「あら久遠。早かったじゃない」

 

「うむ。章人は帰っているか?」

 

「部屋にいるわよ」

 

信長の様子にどこかおかしさを感じたものの、そう伝えた。

 

「章人、少々話がある」

 

「わかった」

 

そう言って信長が招いたのは、数日前に話をしたのと同じ場所。

 

「さて章人」

 

「待て。お入り」

 

章人がそう言うと、戸が開いて入ってきたのは帰蝶、柴田勝家、丹羽長秀の3人であった。

 

「お主ら……」

 

「なぜ気づかれたのかわからないけど、深刻な顔をして2人が来たんだもの。通さないわけにいかないでしょ」

 

「我は章人から色々と話を聞こうとしていただけだ。邪魔をするでない!」

 

「別に“愛の告白”でもなければ3人がいても差し支えはあるまい?」

 

「お主、もしや我が何を言おうとしているのか……?」

 

「想像はつく。だが、久遠。自分の言葉で伝えるのだ。それが一番大切なのだよ」

 

「そうか……。やはりお主にはかなわんな……。確かに、結菜や壬月、麦穂は居たほうがいたほうかもしれん。

 

我は章人に位を譲る」

 

「は……?」

 

「なりません! 久遠様、いったい何をお考えなのですか!?」

 

「早坂殿も早坂殿です! なぜ止めないのですか!?」

 

「理由は?」

 

帰蝶、柴田勝家、丹羽長秀が唖然としているなか、章人は淡々と理由を聞いた。

 

「我は家中を掌握するのにも相当の時間がかかった。未だに手を焼く者も多い。だがお主はどうだ。あっさりと皆の信頼を得て家中を掌握してしまったではないか。予想していたということは賛成なのだろう?」

 

「アンタ、まさか本気で賛成してるわけじゃないでしょうね?」

 

「いや。考えていた」

 

「何をだ?」

 

「“支えることの難しさ”とでも言うべきかね。私なりに手は打ってきたつもりだったが、悉く裏目に出たな」

 

その時、章人が考えていたのは千砂のことである。彼女は極力表に出ず、“黒子”に徹し、支える対象である自分を立てることに専念していた。そのことがいかに難しいか、それを痛感していたのだ。

 

「と、いうことは……?」

 

「無論、反対だ。それでも久遠が本気だというなら、それを公に告げる前に出奔するしかないだろうな」

 

丹羽長秀の問いにはそう答えた。

 

「何故だ!」

 

「殿はあくまで久遠、それが良いのだ。それに……。伊勢新九郎のようなことはしたくない」

 

伊勢新九郎。北条家の祖、いわゆる“北条早雲”のことである。

 

「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「何かな?」

 

「“手は打ってきたが悉く裏目に出た”とはどういう意味なのですか?」

 

「何というか……。私なりにやれることはやってきたのだが、それ以前の問題だったということだ」

 

「たとえば?」

 

「最初に久遠が私に何をしたか覚えているか? そう。頭を下げた。そして久遠は“内々”の集まりだけとはいえ、自分の隣に座らせた。挙げ句手合わせまでさせてしまった。最後は壬月だ。文官としても有能で自分の仕事はすべて任せるということをふれまわってしまった。筆頭の家老がだ。それを周りがどう受け取るか、ということを考えずにな。さすがにここまでいけばどうしようもなかった」

 

丹羽長秀の問いにそう答えると、唖然としたのは帰蝶もだった。

 

「アンタ、そんなところまで考えていたの!?」

 

「それが“危機管理”というものだ」

 

それで信長と柴田勝家も理解した。

 

この地で一番偉い人物である信長が頭を下げて迎えた。それはつまり「三顧の礼」を尽くして迎えた人物だということである。次にその状態で信長が自分の隣、つまり同格に扱うように部下に示した。この時点で、力関係は信長の下だが柴田勝家らの上である。それを証明したのが“手合わせ”これで信長配下の将との力関係が完璧に出てしまった。では書類は……ということなのだが、筆頭の家老である柴田勝家が「自分の仕事は押しつけた」と言ったために、文官もそれなら……と大挙して押し寄せたのだ。

 

「では、あの古い家を仕事場に選んだのも……?」

 

「ああ。手っ取り早く金がほしかったということもあるが、“原則”に従っただけだ」

 

「“原則”とは?」

 

「“主君の部屋に近い者ほど権力を持つ”という原則があってね。当たり前のことだが。久遠から一番近い部屋は壬月と麦穂だろう? それを考えれば、隅の汚い部屋でのんびり雑用をやっていれば皆、大きな政治力は持たないと考えると思ってそうしたのだが、どこかの筆頭家老のおかげで逆に陳情をやりやすい場所になってしまった」

 

「ちなみに、飲み歩いていたのは?」

 

「“金銭感覚”つまり、この地での一般的な物価を知り、私の悪い予想の裏をとり、酒をうんざりするほど飲み、仕事をためるためだ」

 

「悪い予想……とは?」

 

「雛たち3人が、「あの男は壬月様や麦穂様より強い」ということを言いふらしていないか、ということだよ。その当人がぼろ雑巾のような服を着ているとは思っていなかったようでな、あっさりしゃべってくれたわ」

 

「どうして仕事ためるのよ?」

 

「ひよに手っ取り早く私のことを理解させるためだ。あんな紙の処理だけで認めるのにはそれなりの時間がかかるだろうが、それでは話にならんしな。数日分たまったものをあっさり終わらせればすぐに認めるだろうと思ったのだよ」

 

 

丹羽長秀と帰蝶の問いにはそう答えた。柴田勝家は衝撃を受けていた。今の話を聞いている限り、最終的な引き金を引いたのは他ならぬ自分ではないか、と。それで信長がここまで追い詰められているというのなら、その責任の一端は自分が背負わなくてはならないと考えた。

 

「壬月」

 

「は、はい!」

 

「間違っても自刃しようなどとは思うなよ。結局のところ、此奴が優秀すぎるのが悪いだけではないか。我も馬鹿なことを考えるのは止めたわ。だが章人! なぜお主はこれほどの力を持つのだ? どこで学んだ?」

 

信長はそう告げた。これまで顔に出ていた迷いは消えていた。

 

「ありがとうございます」

 

「実体験だ。この世界でどうたとえれば良いかわからんが、要は“資産家”の家に生まれた。大商人と言ってもいいかもしれんな。しかし、所詮は商人。税金をぼったくられることに変わりはない。そこで、税金を減らすために資産を減らすことにした」

 

「金でも買ったのか?」

 

「いや、あんなもの安すぎて話にならん。わかりやすくいえば童子切安綱のような刀だな。あるいは絵や文章だ。ところが、家にはおいておけなかった。理由としては、保存するにはそれなりの環境と手入れが必要だからだ。そこで、“美術館”といってそれらを展示する施設を作ることにした。当時、いわゆる“評論家”という馬鹿どもには大批判を浴びたやり方だったが、実際に開いたら大盛況でね。減らしたはずの資産はさらに増えてしまった。そうするとそれを成しえた異才を商人共が放っておくはずもなく、そちらのほうにまで口を出す羽目になった。これが当たってね。最終的には実務者の会合にまで連れ出されることになってしまった」

 

章人は千砂と貴史という2人とともにその美術館をつくった。まず、障害者や高齢者への配慮としてバリアフリーの充実。そして音声で美術品を案内する機械。しかしそれより何より画期的だったのは、写真撮影や“模写”を許可して一つ一つの絵の前に大きな場所をとったことだった。指定された場所だけだが、もちろん、飲食自由。それらは旧来の美術館の形に縛られないものだったため、“識者”や“評論家”の大半は猛批判を繰り広げた。ところが実際に開館してみると、圧倒的な人気を集めていた。美大生や老人の中には1日中この美術館で過ごす者も多いほどであった。

 

「実務者の会合……というのは何だ?」

 

「そうだなあ……。近いものをあえてあげるとすれば、久遠や武田晴信、北条氏康、といった連中が一つの場所で話し合う場だな。行きたいか?」

 

「絶対に嫌だ!!」

 

「何故だ?」

 

「腹の探り合いばかりで楽しくないからに決まっておろう」

 

「そう。だが、そういうところへ放り込まれてくるとな、人間の嫌な部分もわかるし、自分の感情などを隠す方法もわかってくる。相手の反応を見ながら何を考えているのかを読んだりといったこともな」

 

「だからお主は……」

 

「うむ。その経験が役に立っているな。ありがたいのかありがたくないのかわからんがね。そうだな……。私の懸念についても伝えておこう。」

 

「懸念、というと、森一家ですか?」

 

「いや、そんな些細なものではない。私が先ほど言った美術館の話、当たり前だが私一人でやったものではない。そこには私が絶大な信頼を寄せる2人がいた。無論、他にも助けてくれた者はいたがね。」

 

「お主まさか?」

 

「察しがいいな、久遠。そう。そのうちの1人がこちらへ来ている。武田の地へ降り立った」

 

「武田だと!?」

 

「ああ」

 

「そやつも飛び抜けた能力を持っておるのか?」

 

「そうだ。武に関しては並みだろうよ。それなりにはできるがね。だが、それ以外は全てにおいて私を上回る。特に、誰かを支えるということに関してはすさまじい才能を持つ」

 

「早坂殿より、上……。その人物は男性なのですが、女性なのですか?」

 

「女だ」

 

「アンタの元に寝返るなんてことは……?」

 

「天地がひっくり返ってもあり得んな。一番の怖さは“何をしてくるかわからない”ところにある」

 

「そやつはお主のかつての部下なのであろう? なぜわからんのだ」

 

「かつては私もそう思われていた。が、その意味はよくわかっていなかった。今なら嫌になるほどわかる。巨大な権力を後ろ盾にしているから、どんな手でも打てる。そう言いたいのだとな」

 

「では、対抗策は?」

 

「考えないことだ。疑心暗鬼になって無駄なことを考えて思考の邪魔になるだけだからな。越後の長尾景虎がなんとか止めてくれるだろうから、それに期待して我々は美濃制圧に力を尽くすしかない」

 

「美濃、か……。」

 

最後に章人が告げると皆は苦々しくその言葉を繰り返した。

 

「どうすればいい?」

 

「どう、とは?」

 

「とぼけるな! これだけ頭のいいお主のことだ。何も案が浮かんでいないとは言わせんぞ!」

 

「さんざん話は聞いている。文官共からもな。ただ、最初に墨俣への築城を提案したのは誰なのだ? 確かにできれば素晴らしい地ではあるが、あんな困難な地にやろうとは普通は考えぬだろう?」

 

「ひよさんですよ」

 

「なるほど。ならば私からひよに色々と聞いてみるとしよう。何の計算もなくそんな突拍子もない案を提案するとも思えぬのでな」

 

章人は無論、墨俣一夜城の逸話くらいは知っていた。しかし、それには木下秀吉の協力が不可欠だろうと思っていたため、あえて言わないことにしたのだ。

 

「そうだな。今日は色々すまなかった。壬月、麦穂。これからも支えてくれ」

 

「は!」

 

信長は重臣2人にそう告げた。それで、場には章人と信長と帰蝶の3人が残った。

 

「結菜」

 

ふと、帰蝶が呟いた。

 

「真名か?」

 

「そうよ。久遠が降りようとしたのを巧妙に止めたんだから、私からも何かお礼しなくちゃと思ったの! ありがたく受け取りなさい!」

 

「そういうことにしておこう」

 

軽く笑うと、食事をして寝た。


 
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