愛紗視点
私は本当に、何をしているのだろうか?
愛紗「クッ!」
恋「…ふわぁ…」
押しているのは間違いなく私なのに、目の前にいる恋は汗一つ流さず、それどころか欠伸をしながら捌いていた
対する私は、ただ防がれているだけだというのに、滝のように汗が流れ、息が上がり、ジワジワと焦ってしまっていた
私は一体…
恋「愛紗は、何のために戦っているの?」
愛紗「!?」
今まさに思っていた事を、恋に言い当てられ、動揺してしまった
愛紗「私は…ッ!?春蘭!?」
春蘭「愛紗!?何故貴様がここに居る!?」
愛紗「そっちこ…!?」
そうか、そういう事だったのか。
私達は恐らく、恋にここまで誘導されていたのだろう。
現に、私と春蘭の部隊の周りを、【晋】の人間が取り囲んでいる
華雄「お疲れだな、恋」
恋「華雄もお疲れ」
恋と華雄に挟まれ、私と春蘭は背中合わせで対峙する事になってしまった。
さらにそこへ…
詠「お疲れ様、恋、華雄」
詠…かつて賈詡と言う名で董卓軍の軍師を務めていた名士。
攻撃的な策が特徴的だと思っていたが…
詠「ん?あぁ、その顔だと、僕の策だと思った?違うわよ。僕は部隊を率いて来ただけ。策を講じたのは…」
音々音「私ですぞ」
詠の後ろからやって来たのは、秋蘭と共に許昌の内政に携わっている音々音だった
確かに、音々音の策なら頷ける。
音々音の傾向は用意の周到さにある。
確実性を追い求めた、詠とは対照的な守りの策。
誘導して、囲んで圧殺する。その策は、見事に成功したのだろう
詠「さて、無駄な抵抗はやめなさい。やったところで無意味でしょ?」
詠の言う通り、抵抗する事も、戦う事も無意味なのだ。
私達はご主人様達を救う為の時間稼ぎの為に戦い、【晋】はご主人様達を救う為に戦っている。
利害は一致しているのだ。ただ、やり方が違うだけで。
だから、ここで降伏すべきなのだ
そう、わかってはいるのだが…
春蘭「おい愛紗、貴様、まさかこのまま降る気でいるのか?」
愛紗「そういう春蘭こそ、まだ行けるよな?」
春蘭「当然だ!私を誰だと思っている?」
わかってはいても、このまま料理人なんぞに負けるなど、武人としての誇りが許さない!
詠「はぁ…ホント、武将ってバカばっかよね。そんな誇り、捨ててしまった方が絶対いいのに」
音々音「こう言うのは、死んでも直らないと思いますぞ。だから恋殿、そして華雄。この二人を懲らしめてやってください」
詠や音々音の言う事が全面的に正しい。それはわかっていても、やはり私達はバカなんだ
久しくなかった戦うという感情が、この騒動で蘇ってしまったのだ
華雄「承知した。今日の私は、負ける理由が一切ないのでな、全力で叩かせてもらうさ」
恋「ん。早く終わらせてあげる」
武を極限まで極めた二人の雰囲気がガラリと変わり、冷や汗が流れる。
だが、その汗さえも、また心地いい
負けは重々承知!だが、抗わせてもらう!でなければ、武人としての名折れだ!
咲夜視点
咲夜「愛紗と春蘭、まんまと誘導されたな」
これであの二強は封じ込められた。あの二人が伏兵で攻めるところまでは読んでいたが、何処から来るかはわからなかった。咲希の報告があってこその、完全無力化というところだろう
とは言え、兵数的には向こうが上だし、月の砲撃や二強の無力化など、こちらが押しているように見えても、実際はこちらの方が遥かに劣勢だ。
長期戦になればなるほど、追い詰められていく。
だから速度重視の速攻戦だったのだが…
咲夜「参ったな…咲希の奴はまだなのか…」
徐福の撃破と人質の救出。これが成功しなくては退くに退けない。
華琳達も私達が陽動だって事ぐらいは看破しているだろうし、ここを逃したら次のチャンスはない
流琉「咲夜さーん!無事ですかー?」
流琉がデカイヨーヨーぶん回し、兵士をぶっ飛ばしながら小走りでやって来た。
その表情はまるで、近所の連中に挨拶してるかの様に明るかった。
きっと、普段力が有り余っていて、それを解放する事に快感を得ているのだろう
咲夜「流琉か、ずいぶんご機嫌だな」
流琉「え!?そ、そうですか?」
どうやら気付いていなかったらしい。
流琉はカーッと顔を赤らめてモジモジとしていた。
結構クール系な見た目の流琉なので、今の姿はギャップを感じてとても愛らしい
ただ、モジモジとしつつも、兵士をぶっ飛ばす事を忘れない辺りは、いかがと思うが
咲夜「まだまだ余裕そうだな」
流琉「はい!この調子なら、一万人くらいはいけそうです!」
向こうの戦力は五万くらい。そのうちの一万は潰してくれるというのだから、頼もしい限りだよな。
現に、この会話を聞いていたであろう味方の兵士は表情を明るくし、敵兵は青ざめていた
咲夜「そうか。なら、私も後一万人、頑張って切り刻もうかな」
流琉「負けませんよ!」
なんの勝負だよ?なんて事は言わず、私と流琉はこの後も敵兵をぶっ飛ばし続けた
麗羽視点
戦況が随分と混沌してきましたわね
愛紗さんと春蘭さんの奇襲が読まれ、ほぼ無力化はされましたが、押しているのは間違いなくこちら。
数の差がありますもの。当然と言えば当然の結果ですわ
しかし…
麗羽「私達が押す理由が、どこにあるのかしら…?」
【晋】はただ救う為に来た。
私達がそれを邪魔している。
どちらが悪かと問われれば、間違いなくこちらが悪でしょう。
斗詩「麗羽様?」
斗詩が心配そうにこちらの表情を伺ってくる。
手に握られた巨大な槌を軽々と振り回し、敵兵を吹き飛ばしていく。
暗い表情のまま…
麗羽「斗詩…猪々子は無事でしょうか?」
斗詩「……きっと、大丈夫だと思いますよ。だって文ちゃんだもん。何があっても、いつもケロっと帰って来るのが文ちゃんです!」
きっと斗詩は、私に気を遣って言ってくれたのだろう。
無理に表情を作って大丈夫だなんて言う斗詩は、私に言ったのではなく、まるで自分に言い聞かせているかのように見えた
「そのとーりです!」
麗羽「ッ!?あなたは…」
ふと、明るい女性の声が聞こえた。
その声は、斗詩の家族で、私もよく知る子の声でした
悠里「あたし、参上!」
とう!なんて言う掛け声と共に、兵士の上に乗っていた悠里さんがこちらに降りてきた
まさか、ここまで走って来たと言うの?この乱戦の中、一人で?
なんてめちゃくちゃ…
悠里「姿を見るのは虎牢関振り、こうして話すのは、猪々子ちゃんが洛陽に行った日以来ですかね」
悠里さんが鉄の棒を肩に乗せて、ゆっくりとこちらに近付いて来た。
悠里さんは笑顔だったが、瞳からは怒りが見え隠れしていた
こんな明るい子でも、怒る事があるのですね
麗羽「お久しぶりですわね、悠里さん。あなたがここに来るのは、正直予想外でしたわ」
悠里「あは!姉さんが来ると思いました?残念!あたしでした!」
そう、来るとしたら咲夜さんかと思っていました。
あの方なら、何のおくびもなく私達を罵倒するでしょうからね
悠里「いやー!これでも気を使ってたんですけどねー。姉さんの命令で仕方なく来たんですよー!お二人の足止めを頼むってね!」
私達の、足止め?………ッ!?まさか!
私はサッと背後を振り返る。華琳さん達が居るはずの背後を。
まだ異常は見られない。だけど、嫌な予感は間違いなくあった
悠里「おー!流石麗羽さん!姉さんが地味に警戒してるだけあって、もう気付いちゃいましたか」
悠里さんは相も変わらず笑顔を崩さない。
そして瞳も、変わらず怒りを纏っていた
悠里「でも、行かせませんよ。その為に来たんですから。それと、ちょっとしたお仕置きも必要ですよね?あたし達の家族を危ない目に合わせたんですから」
麗羽「ッ!?斗詩!」
斗詩「は、はい!」
悠里さんの気迫に押され、私も斗詩も少し萎縮してしまう。それと同時に視界から消える悠里さんと対峙する為、私達は武器を構えた
悠里「少し、あたしと遊びましょうか。この戦いが終わる、それまでは」
大陸最速の彼女相手に、どれだけもてるのかしら?
華琳視点
華琳「麗羽に悠里が付いた?わかったわ」
伝令の報告を聞き、現状をまとめ始める。
春蘭と愛紗の奇襲は失敗に終わり、無力化されたが、状況自体は負けていない
負けていないが…
何かしら?この嫌な雰囲気は…
何か見落としている、そんな気がしてならない。
でも何を?
それにこの砂煙。恐らく人為的なもの。
こんな馬鹿げた事が出来るのは知る限りでも零士と月の二人。
こんな全体の見通しを悪くするなんて、向こうにも利が無いはずなのに、一体何をしようと…
華琳「風、あなたの意見が聞きたいわ。少しいいかし……?」
軍師陣がいる方向へ振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
風も、朱里も、雛里も、冥琳も、誰も…
そこでハッとなる。
この砂煙の意味、そして見落としていた存在の正体。
その二つの解を導き出した頃には、もう遅かった
華琳「いるんでしょ?氷華」
奇襲部隊。
それも、開幕からずっと見なかった氷華、雷蓮、風香の三つの部隊による奇襲。
この砂煙も、その部隊を隠す為の布石
氷華「ククク、流石に気付きますか。しかし、母上にしては遅かったのでは?」
母上、ね。ずいぶんと他人行儀な呼び方。いつもは母様と呼んでいたのに
華琳「遅いなんて事はないわよ。途中までは見事だったけれど、ここで見抜かれたのだもの。奇襲はね、最後まで相手に気取られず、事を済まして初めて成功なのよ。ここで私にバレて、武器を構えさせた時点で、あなたは失敗してるのよ」
大鎌、絶を持ち、氷華に向けて構える。
対する氷華も既に、柄の両側に刃が付いている両剣を構えていた
氷華「失敗?それは少し早計だと思われますよ。だって、あなたはここで、私に討たれるのだから」
華琳「大した自信ね、氷華。あなたのその態度、悪くは無いけれど慢心は身を滅ぼすわよ。それを、今ここで教えてあげるわ」
きっと、蓮華や桃香の所にも、同じ様に奇襲部隊が向かっているのだろう。
私と同じ様に、実の娘に。
こんな悪趣味な事を考えるのは、世界広しと言えど二人、咲夜か零士しかいないわね
全くあの二人は、ホントに厄介ね
氷華「世代交代の時間ですよ、母上。これからは、私達があなた達の座に座る」
華琳「言うじゃない。なら、是非とも越えてみなさい!まぁ、まだまだ越えられる訳にはいかないけれどね!」
霞視点
霞「ほっ!はっ!」
ウチが振るった偃月刀はことごとく躱されるか防がれる。
目の前の手練れが、上手いこといなしていっとる
霞「やー!あんたやるやん!」
「お前もな!」
目の前の女、盧俊義が二本の槍を持ち直して言った。
見た目は、あの短髪の華雄を長髪にしたみたいな感じの奴。
武力も華雄並のバケモン。
せやけど、目の前におるこいつはどうも、本気で戦っとるようには見えへんだ
なんや、事情がありそうな雰囲気やなぁ
霞「なぁ、あんた?なんで本気でヤらへんのや?」
盧俊義「む、わかるか?いや、悪いとは思うのだが、私も事情があって本気を出せないのだ」
霞「事情?なんや徐福に弱みでも握られてんのか?」
盧俊義「握られていると言えばそうだな。我らの大将、宋江は囚われの身だ。だから、な。足りないのだ」
霞「足りない?何がや」
盧俊義「下着だ」
なん…やと…?
盧俊義「大将の下着だ。汗で蒸れた、しっとり下着が足りないのだ」
そんな事を、槍を振り回しながら大真面目な顔で言う盧俊義に、ウチは戦慄を覚えた。
こいつは間違いない…
霞「わかるわ」
大物や
霞「ウチもな、最近ちょっと不足してんねん。だって、なんやここ最近の展開がえらい真面目なんやもん。そんな場面で凪…あぁ、あのあそこで張飛とやりおうとるベッピンなんやけどな。あの子の下着被らせてーなんて、よぉ言えへんやん。せやからウチもあんたの気持ちがよぉーわかるわ」
盧俊義「なんと!私以外にも被る者がいるとは!張遼と言ったな?貴殿とは良き友になれそうだ!」
霞「ウチもやで、盧俊義!この戦いが終わったら、お互い好きな子の下着被ろうな!」
盧俊義「もちろんだ!」
凪視点
凪「ッ!?」
いま、何か妙な寒気を感じたが、一体何だったのだろう?
目の前にいる張飛将軍の殺気?それも十分に考えられるが、何となく違う気がした。
そう、なんと言うか、邪な気配が…
鈴々「余所見なんて余裕じゃない!」
重く、荒々しく、剛烈な蛇矛の一撃が降ってくる。
私はそれを後ろに下がって回避し、直後にやって来た二撃目を片腕を盾にして受け止めた
凪「すみません、ちょっと別方向から身の危険の様なものを感じたので」
蛇矛を押し退け、開いたところに拳を打ち込む。
張飛将軍は咄嗟に、両手で持っていた蛇矛を片手で持ち、空いた片手で私の拳を受け止めた
張飛「それが余裕だって言ってるの!この程度の実力で私に集中しないなんて、どういうつもり!?」
とても、張飛将軍とは思えない言葉だった。
この方は優しくて、明るくて、思いやりがあって、とても強い方だった。
なのに…
凪「今のあなたは、とても見ていられませんからね」
なのに今は、見る影もなく衰弱し、怒りで我を見失い、憎悪と殺意のみで立っている様に見える
咲希の話では、娘の星彩を人質に取られているのだとか。
恐らく、それが原因で彼女をここまで追い詰めているのだろう
子を想う母の姿。
その気持ちの強さは痛い程よくわかるが、この姿を子どもに見せる訳にはいかないな
鈴々「凪に…お前に何がわかるの!?あの子を取られた私の気持ちがわかる?ご主人様も、星彩も守れなかった、私の気持ちがわかるの!?」
悲痛な叫び声だった。
あらゆる負の感情が込められている、そんな声だった
もし、私が張飛将軍の立場だとして、零士さんも凪紗も守れなかったら、きっと同じ様に荒れていたのかもしれない。
だから、わからなくはない。
それはとても辛くて、自分が無力で、自分を嫌いになってしまいそうで、とても暗い
鈴々「退いてよ、凪。後がつかえてるの。凪の次は【晋】、【晋】の次は徐福。あの徐福を、私の大切なものを奪った徐福を、殺しにいかないといけないの。だから、そこを退け!」
もはや、怒りだけで立ち動いている張飛将軍に、脅威は感じられなかった。
それと同時に思う。あぁ、この人を、ちゃんと止めて、救ってあげないとなと。
だけど、止める事は出来ても、救うのは私じゃない。
それはきっと…
凪「退きませんよ、張飛将軍。あなたはここで止める。そして、私達の子どもが、きっとあなたを救ってくれる」
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