No.77971 真・恋姫無双~江東の花嫁~(壱七)minazukiさん 2009-06-08 16:25:06 投稿 / 全10ページ 総閲覧数:25633 閲覧ユーザー数:17762 |
(壱七)
「かかれ!」
祭の指令が飛ぶと同時にに呉軍の誇る水軍が曹魏軍の水軍に攻撃を始めた。
飛び交う矢の中を平然と突き進む呉軍の水軍。
体当たりをして乗り移り、水上戦が不慣れな曹魏軍の兵士を斬り伏せていく。
「我ら孫呉の力を見せてやるのじゃ」
自ら先頭に立って剣を振るう祭に立ち向かう曹魏軍の兵士だが、その槍さばきは力がまるで入っていなかった。
「なんじゃ、こやつ等」
あまりにも弱すぎる敵に呆れる祭。
「じゃが攻めてきたのなら叩き潰すまで」
まったくの手加減をする気もない祭は次々と曹魏軍の兵士をなぎ払っていく。
そしてその様子を海岸から見ていた雪蓮達。
「あらあら、曹操の水軍というのは数だけなのね」
雪蓮の指摘どおり、数倍の兵力の曹魏軍が一方的に押されていた。
数で勝っていても船の揺れによって思うように戦えないばかりか、戦う前に降伏をしてくる者もいた。
「これなら楽勝ですな」
桃香の後ろでその様子を見ていた趙雲の言葉に誰もがそう思っていたが二人、いや三人だけは違っていた。
雪蓮と冥琳、そして一刀の表情は緩むことはなかった。
「あれは様子見ね」
「様子見……ですか?」
桃香は雪蓮達の方を見ると笑っているように見えたが実は違っていた。
「さすがは曹操。まずは我らがどれほどのものか試しているってとこね」
「それともう一つ」
圧倒的な戦力に水軍の戦い方を自ら観察してその方法を得ようとしている。
「す、凄いですね……曹操さんって」
「そうね。だからあそこまで大きくなれたのよ」
負けて学ぶ。
そして次に戦う時は何倍にもなって襲ってくる。
「おそらく次は陣を構えて水軍の訓練をするよ」
一刀の言葉を聞いて雪蓮と冥琳は頷く。
「祭が戻ってくるわ」
一方的な勝利に酔いしれることなく祭の率いる軍はさっさと戦場を後にしていく。
「それでどうだった?」
戻ってきたばかりの祭を向かえ雪連達は質問をした。
「話にならん。あれが最強の軍団だとは到底思えぬものだったぞ」
呆れる祭だが一つだけ気になることを言った。
「じゃが策殿の予想通り、これは様子見であると同時にこちらの戦略を見抜いておる」
「戦略まで?」
呉蜀連合軍の基本的な戦略はこの赤壁で曹操と戦う。
「しかし、見抜いてなおここに来るなんてね」
「力で食い破るってことね」
そしてその真の意味を知っているだけに誰もが息を呑む。
「次はどうくるかしら」
「たぶん水上要塞を造ると思う」
それまで黙っていた一刀の発言に全員が視線を向ける。
「水上要塞?」
「うん。それを造って内で水軍の訓練をするんだ。そうすれば水上に慣れてあとは数に任せてくる」
「しかし、それでは時間もかかる上に遠征軍としては不利ではありませぬか?」
関羽のもっともな質問を一刀はあっさりと答えた。
「それだけの準備をしてきたとしたらどうする?」
「まさかそんなこと……」
途中まで言いかけて関羽は黙ってしまった。
「俺の知っている曹操は自分の国に屯田制を設けている。それは自国の民が安心して暮らせるのと同時に大軍を動かす時の備蓄になる。明命……周泰の報告では輸送物資が次々と送られてきているんだ」
それを記した書簡を関羽達に見せてまわす。
それを読んで愕然とする蜀の武将達。
呉蜀連合軍がこの赤壁に全力をぶつけているために曹魏軍も全力をぶつけられる。
そして豊かで広大な領土を持つ曹操だからこそできる持久戦。
「もし北郷殿の言うとおりならば今すぐ叩くべきでは?」
「それもダメだよ。向こうはこっちが動くのを待っているからね」
自分達から攻めれば船の揺れで勝てないが、その逆であれば船を動かすことなく迎撃できる。
「では我々はどうすればいいのですか?」
「何も……かな。今は好機を待つしかない」
一刀にとってこの戦いの全貌を知っているだけに焦っても仕方ない事だった。
「とにかく一刀の言うとおり、しばらくは睨みあいよ。ただし気の抜けない睨みあいだから十分に注意すること」
雪蓮が一刀の意見に賛同しているため誰も反論をしなかった。
それから数日後。
一刀の予想通りに曹魏軍側に巨大な要塞が完成した。
それを阻止しようと単独行動に出た蜀軍だがあっさりと追い返されてしまい、一刀の言ったことを目の当たりにした。
「申し訳ない」
関羽は頭を下げて一刀に謝罪をしてきた。
「気にしないでくれよ。こっちももっと分かりやすく言えばよかったんだけどね」
自分の弁論の無さに嘆く一刀。
本当ならばこちらから仕掛けることがなかっただけに、自分が天の御遣いだということに驕りを感じていた。
「い、いえ、あなたの言葉を信じていればこのようなことにはならなかったと思います」
自分の失敗を素直に認める関羽。
「私からももっと注意していればよかったんですけれど、すいませんでした一刀さん」
自分の軍をきちんと抑える事の出来なかったことに対して落ち込む桃香。
責めることではないと一刀は思い、それ以上の謝罪は無用とした。
その代わり、今できることを伝えた。
「なら今はゆっくり休んで傷を癒して欲しい。それと諸葛亮さんにこれを渡しておいてくれるかな?」
「わかりました」
何度も頭を下げる桃香を慰める一刀。
何とか頭を上げてもらい、桃香達が引き下がっていくのを見送った後、一刀はいつもの丘に行って前方に広がる光景を見下ろした。
「一刀」
「北郷殿」
「一刀さま」
雪蓮と冥琳、それに亞莎が揃ってやってきた。
「一刀の言うとおりになったわね」
「うん。でもそのせいで余計な犠牲を出してしまったよ」
自分がもっと理解できるように蜀軍の武将達に話しておけば出さなくていい犠牲だった。
「仕方ないわよ。誰だって完璧じゃあないんだから」
雪蓮の言葉に頷く一刀だがやはり表情は暗かった。
「それで次はどうすると思う?」
一刀はあえて自分から三人に質問をした。
今後、どうなるか知っている自分と知らない三人。
どう見てどう考えているかを知りたいと思った。
「私が曹操ならば一刀が言うようにあの要塞で訓練をして、万全になれば攻め込んでくるわね」
「冥琳はどう思う?」
「そうね。私なら陸路から陽動をかけつつ、こちらを動揺させるわ。その方が時間稼ぎにもなるしね」
それについて一刀は手を打ったので心配はない。
「亞莎ならどうする?」
「わ、私ですか!?」
いきなり自分にも話が回ってきて慌てる亜莎。
散々、悩んだ挙句、とりあえず何かを言わなければと自分なりの策を言った。
「わ、私ならここに間者を送り、そ、その情報を持ち帰ると思います」
亞莎の答えに内心では驚きながらもいいところを突いていると褒めた。
「一刀ならどうするの?」
雪蓮に同じ質問を返され、一刀は黙って前を見る。
「天の国の知識ならわかるんでしょう?曹操が何をしようとしているのが」
「まあね。でも一つだけわからないものがあるんだ」
「わからないもの?」
天の御遣いでもわからないことがあるのだと三人は思った。
「それは風だよ」
「風?」
空を見上げる三人。
そこに吹いているのは西北の風。
それがなぜ曹操が何をしようとしているのかと関係あるのか、三人は一刀の言葉を待った。
「風を味方につけていればどんな策も無駄に終わるってことだよ。それが俺の考えていることかな」
「風ねぇ……」
その言葉の意味がわからない三人。
だがそれを知る時、一刀の持つ天の知恵というものがどれほど凄いものかを改めて感じさせられることになる。
「とりあえず今は目の前の問題を片付けようか」
「問題とは?」
「曹操に水軍の訓練を任されている蔡瑁と張允って将軍をどうにかしないとね」
「そこまで知っているのですか?」
亞莎だけではなく雪蓮も冥琳も驚きを隠せないでいた。
「冥琳ならわかるだろう?」
そう言われ、冥琳は笑みを浮かべた。
一刀に言われるまでもなく冥琳はその二人を使って計略を仕掛けた。
まずはあからさまに二人からの裏切るという偽の書簡を紛れ込んでいる間者に見つけさせ持って帰らせる。
初めは疑っていた曹操だが、筆跡がほとんど似ており、また先の戦闘で敗北した二人も動揺が激しかったために裏切り者として処断した。
後でそれが呉蜀連合軍の計略だと気づいたときにはすでに遅かった。
そしてその報復として蔡和、蔡中を偽りの降伏者として連合軍に向かわせた。
「今のところは順調だね」
予想通りのことなので驚くこともない一刀と冥琳。
雪蓮も独自の勘というもので状況を理解していた。
蜀軍側でも諸葛亮と鳳統は気づいているようだが、一刀達の様子を見て今のところは誰にも話していなかった。
「水軍に慣れていた蔡瑁と張允がいなくなったとはいえ、あの水上要塞がある限りこちらから攻めるわけにもいかないわね」
「まったく手強い相手ね」
雪蓮の言葉に冥琳達も同感だった。
攻め込んでも勝てる保障はないと誰もがわかっており、特に蜀軍の武将達は嫌というほど思い知らされていた。
持久戦の構えすら見せ始めているために焦りもあったがそれを解消する方法も今は連合軍にはなかった。
「打つ手なしだなんてね」
呆れるように言う雪蓮だがそれは芝居かかっていた。
「一刀は何か考えがあるかしら?」
曹操の動きを正確によんでいるだけに期待感をこめられた視線が一刀に集中していく。
「今のところは何もないよ」
申し訳なさそうに答える一刀。
天の知恵に期待を持っていた蜀軍ばかりか蓮華達も残念そうにしていた。
そして彼が祭の方を見ていたことを冥琳は気づいた。
冥琳は一刀と祭の方を向いてこう言った。
「北郷殿、祭殿と共に用事を頼まれてもらえないかしら」
「え?」
「なに?」
二人は冥琳の突然の指令に驚く。
「どうも物資の輸送状況が悪いようなので見てきてほしいのよ」
それはあまりにも状況を無視していることだったが冥琳は平然としていた。
一刀は彼女を見るとわずかに頷いたのを見たため、それに従うことにした。
「兵は動かせないので二人で行ってもらうわ。祭殿もよろしいか?」
「前線から外されるのは癪じゃの」
不満を表す祭に冥琳は何度も頼む。
「補給を蔑ろにすればこの戦は負けます」
「他の者に行かせればよかろうに」
仮にも自分は呉の重鎮であることを忘れているのではないかと冥琳を睨む。
歴戦の武将の鋭い視線を感じながらも冥琳は怯まない。
「これは大都督としての命令だ。従ってもらいますぞ、黄蓋殿」
「仕方ない。大都督殿の命令に従うかの」
呆れるように言い残って祭は天幕を出て行く。
一刀も挨拶をして祭の後を追いかけていく。
「いいな~祭」
一人呑気なことを言う雪蓮を冥琳は咳払いをして注意を促す。
「天の知恵が役に立たないのであればいても仕方ないでしょう?それに老臣がいつまでもいられたら息苦しいわ」
「それは言いすぎじゃあないかしら?」
「いいえ、事実を言ったまでよ。さぁ、遊んでいる余裕はないのだから」
冥琳の言葉に全員が困惑するが、それを気にすることなく軍議を続ける冥琳は心の中で二人に願った。
(一刀ならきっと策を考えている)
それを実行させるのであれば自分が悪役になってもいいとまで考えていた。
だが誰にも気づかれないようにしなければならない。
そしてここからは自分が悪女になると決めた冥琳。
二人には冷たくあたり、いかにも憎んでいるかのような態度をとる必要があった。
全てが上手くいき、勝利を手にした後、あの二人からどのような罰をも甘んじて受けようと思った。
「さて、今後のことだが……」
何事もなかったかのように冥琳は軍議を再開させた。
天幕を出てから馬を借りて後方の輸送部隊を見に行く一刀と祭。
不機嫌そうな表情をして前を見据える祭に並んで一刀も馬を動かしていた。
「あ、あの祭さん」
「なんじゃ?」
「もしかして怒ってる?」
いくら大都督とはいえ年下である冥琳の命令に不満を感じるのは当然のことだった。
「さすがに少し頭にきたわ。あそこまで言う必要もなかろうに」
「そ、その……ごめん」
「うん?なぜ北郷が謝るのじゃ?」
まさか謝られるとは思わなかっただけに祭は一刀を見る。
「今だから言えるんだけど、これもれっきとした作戦なんだ」
「作戦?儂と北郷を後方にまわすのがか?」
「うん。だからこそ冥琳もあんな態度をとったんだよ」
言葉で交わすのではなくわずかな視線の交差だけで作り出した作戦を祭に話していく。
それは祭を驚かすものだったが、同時に納得もできた。
「なるほどの。なら儂もそれに付き合うかの」
「でもこの作戦は簡単なものじゃないんだ」
一刀の表情は辛そうにしていた。
成功させるには祭に多大な重荷を背負わせてしまうことが一刀からすれば決断を鈍らせていた。
「北郷……いや一刀」
優しさを含んだ祭の言葉。
「安心せい。儂ならどんなことでも耐えてみせる」
「で、でも……」
下手をすれば命を落としてしまう。
一刀の知っている赤壁の戦いでも祭、黄蓋は九死に一生を得るほど危なかった。
「俺は祭さんを失いたくない。こればかりはいくら天の知恵とはいえ、祭さんの命を保障できないんだ」
自分の作戦のせいで誰かが犠牲になることだけは一刀はしたくなかった。
そんな一刀に祭は笑みを浮かべる。
「その優しさだけで儂は十分じゃ」
「祭さん……」
「この戦いに勝つためには……その先にあるものを手に入れるためにはこの老体が必要なのじゃろう?」
戸惑いながらも最後には頷く一刀。
「なら儂はすすんでこの老体を捧げるぞ」
「命の保障はできないんだよ?それでもいいの?」
どこまでも祭を心配する一刀。
優しすぎる一刀に祭は思った。
(この男は女子(おなご)を大切にする優しい奴じゃな)
だからこそ雪蓮や蓮華、冥琳達がみな一刀を慕っている。
初めは天と呉の血をあわせるだけの存在だったがいつしか誰もが心から愛している人物になっていた。
それは祭も同じだった。
そして夜になり、夜営というには質素な小屋に馬を止め中で焚き火をした。
江南の温暖な気候とはいえ冬はそれなりに冷えていた。
携帯食を食べ、祭が隠し持っていた酒瓶を小屋の中にあった古い杯に注ぎ飲んでいく。
「それにしても本当に酒が好きなんだね」
「無論じゃ。策殿や権殿の母上であった堅殿とはよくこうして呑んだものじゃ」
遠く懐かしむように語る祭。
焚き火の明かりによって照らされる祭の穏やかで少し頬を紅くしている姿に一刀は見とれていた。
「一刀は策殿を愛しておるのか?」
「え?」
「今更何を驚く。あんな二人で仲良くしているのを見れば誰とて思うぞ?」
微笑ましい光景だと祭は言うがそれを見られている方は恥ずかしくなる。
「気づいておるのだろう?策殿の気持ちに」
「……うん」
普段の強さをまったく感じさせない一人の女性としての雪蓮を何度も見ている。
その度に、とても小覇王の異名が嘘ではないかと思うときもある。
そしてその二面性を持つ雪蓮を想う一刀。
「策殿は幸せ者じゃな。こんなにも想うてくれる男がいる」
「俺なんかじゃあ釣り合いなんかとれないんだけどね」
呉の王と一軍師では身分の差というものが大きすぎる。
男女平等の世界であればどれほどよかったことかと一刀は思った。
「一刀、人を好きになることに身分など不要ぞ。現に策殿はお主と添い遂げたいと思っておる」
「うん……」
「儂とて同じ気持ちじゃ」
「祭さん?」
焚き火に照らされる祭の笑みに身体が熱くなっていく一刀は自分の杯に残る酒を一気に呑み干す。
「儂とてお主の子を宿したいと思うておるぞ?冥琳の奴も何かと最近は積極的になっておるみたいだしの」
「見ていたの?」
「さあ、何のことやら」
とぼけてみせるが一刀は慌てる。
「一刀、一つだけ約束してくれるかの」
「約束?」
「儂は覚悟を持ってお主達の策にのる。だから手加減などするでないぞ」
「祭さん……」
「任せておけ。儂の一世一代の芝居を見せてやるわ」
祭の言葉に一刀は強く頷いた。
「それでこそ北郷一刀じゃ。よし、そうと決まればさっそく」
そう言って立ち上がり、祭は一刀の横座り直して、そして押し倒した。
「今日は策殿や冥琳のことを考えるなよ?」
「……はい」
無駄な抵抗をしても仕方なかった一刀は祭の覚悟を肌に感じながら、彼女だけを見た。
「……生き残るからの」
祭の声に何度も頷いて彼女を抱きしめた。
(座談)
水無月:というわけで赤壁編第三話。「苦肉の策」直前までの経緯でした~。
雪蓮 :あれって痛そうね。
水無月:大の男の大人でも気を失うか下手をしたら死んでしまうほどみたいですよ。
雪蓮 :怖いわね~。
冥琳 :そういえば赤壁編も今回で三話めね。
水無月:そうです~。次回は「苦肉の策」と突撃直前までですが、都合により今回と同じぐらいの長さになるかもしれません。
冥琳 :あまり長すぎると大変だから頑張ってまとめるのよ。
一刀 :ところでフラグ乱立してても大丈夫なのか?
水無月:何をおっしゃいます!呉の種様としては嬉しいでしょうが!(力説)
一刀 :うっ……。(雪蓮と冥琳の方を見る)
雪&冥:まぁ一刀だしね。
一刀 :シクシクシク……。(泣)
水無月:というわけで赤壁編第四話もよろしくお願いします♪
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赤壁編第三話。
開戦してほどなく、一刀と冥琳はある作戦を立てる。
そして祭に危険な作戦を明かした一刀に彼女は覚悟を決めます。
世に名高い「苦肉の策」までのお話です。