話を聞いた時は耳を疑ったわ。
張勲らの達観した表情の中、一刀は儂に水軍を委ねる辞令を告げた。
いわば国の三割近い兵を管理する立場じゃ。
これまでの起用も理解し難かったが、此度の人事は最早狂ったとしか思えん。
儂にとっては都合がいい筈じゃのに、一刀が一人で居る時を見計らってこうして問い詰めておる。
お主は儂が此処にいる理由を分かっているではないか。
「一刀、どういう事じゃ。一体何を考えておる!」
興奮の収まらぬ儂とは対称的に、一刀の様子は普段と変わらぬ。
「俺は最も相応しい人に任せただけだよ。祭以外思いつかない」
「馬鹿者、お主は国を滅ぼす気か!どれ程の民がお主に希望を託しているのかが分からんのか!」
以前から思うておったが、一刀は己の事を軽く考え過ぎておる。
「お主の代わりなどおらんのじゃぞ、自分を大事にせい!」
感情の赴くままに説教をかますが、儂は何を言っとるのじゃろうのお。
危害を加える為に毒として陣営におる者が身を案じろと言う。
滑稽極まるわ。
「ありがとう、祭。心に留めて置くよ。同じ事は繰り返さないと決めてたのに、まだ甘えが残ってたかな」
同じ事を繰り返す?
それはお主が時折見せる寂しげな目をする事と関係しているのか。
「一刀、お主が皆を支えているように、皆もお主を支えてくれる。一人で背負い込むでない」
「・・・・」
言わずにおれんかったが、やはり返事はないのじゃな。
言った儂とて自身に跳ね返ってくる事じゃ。
死に場所を求め、お主を言い訳にしておる。
「祭、江南の地は今後荒れると思う。不測の事態が起きて俺に許可を取っていたら間に合わない事が出てくる筈だ。水軍なら素早い対応が出来るから歴戦の祭が適任なんだよ」
・・馬鹿者が、不測の事態等と取り繕いおって。
孫家に危機が訪れたら迷わず助けに行け、お主はそう言いたいのじゃろう。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第43話
「ここまでだ、痴れ者共が!」
本陣に強襲し反乱豪族の代表格である嬀覧と戴員を討ち取る。
これで反乱は鎮静に向かうだろう。
だが一つ気にかかる事がある、何故奴等から対峙した時に穏殿の名が出たのだ?
馬鹿共の言う事など聞くに値しないと耳を傾けなかったが、まあいい、後で捕えた者達を尋問してみるか。
今は何よりも優先すべき事がある。
急ぎ蓮華様の下に戻り、救援に来て下さった祭殿と相対する。
蓮華様や兵達には複雑な心境が表情に表れているな。
「此度の華国の援軍、当主孫伯符に代わり孫仲謀が心より御礼申し上げる」
「御言葉痛み入る。必ず華王にお伝えしましょう。では我等はこれで」
祭殿は早急に此処を離れたがっている様だが、そうはいかぬ、私も一刀と約束した事があるのだ。
江夏で一刀と祭殿の事で話した時に、
「思春、機会がある時は少しでも黄蓋殿と話してくれ。一人きりで考えさせたら思考が固まってしまうし、心にも負担を重ねすぎてしまうから」
「それは祭殿だけでなくお前もだ、少しは自覚しろ」
呆れながら交わした会話を思い出す。
「お待ちを。充分とは申しませんが御礼の席を御用意しております。もう幾許かのお時間を頂けたらとお願い申し上げます」
「そ、そうね。是非ともお時間を頂けないかしら」
蓮華様も私の意図を察され言葉を重ねられる。
断れない場を作られた祭殿は承知した。
華国兵を歓待する場は明命に任せ、我等は祭殿と話をする機会を得る。
「お猫様~、どうぞこれもこれもこれもお召し上がりください~」
「みいは猫ではないじょ」
「ふむ、海の幸には縁が無かったが美味い物じゃのお」
「はっ、いけません。烏賊を食べたらお猫様の腰が抜けてしまうのです」
「だから猫ではないのにゃー!」
「「「そうにゃ、そうにゃ」」」
隣からは賑やかな喧騒が聞こえるが、こちらは沈黙が場を支配している。
何を言えばいいのか蓮華様は迷われており、祭殿も口を開かれぬ。
・・埒があかぬな、切っ掛けを作るか。
「祭殿、あの者達は何者でしょうか?初めて見かけましたが」
「ああ、元劉璋臣下の厳顔将軍と、南蛮王孟獲にその子分達じゃ」
「何その顔触れ?訳分かんないよ」
小蓮様が我等の心を代弁される。
詳しく聞くと、華へ仕官にと向かう厳顔将軍が、知り合った南蛮王に連れていくよう懇願され、道程で以前に荊州の戦いで知己となった祭殿に挨拶に来た。
丁度出陣の準備をしていた祭殿は、厳顔将軍を取り立て従軍させたとの事。
「他国の将軍だった人と南蛮の王様が御遣いに会いに行くって事?招いてもいないのに?」
勢いの著しい華に人が集まるのは自然な事だろうが、やはり女か、あの種馬が。
「いや、それは違う。招いてはおらんが一刀は南蛮や他の諸外国にも外交を行っておる。次に明命を寄こした時に伝えるつもりじゃったが」
諸外国との外交?一刀はそんな事をしているのか?
亞莎が祭殿に質問する。
「ひょっとして、山越にもですか?」
「そうじゃ、孫家とも因縁少なからぬ山越にもじゃ。一刀が漢帝国を滅ぼし、そして真っ先に涼州を平定に向かったのは、諸外国との関係を一から構築する為なのじゃ」
「放てっ!」
俺の指示のもと、一斉に矢が放たれ敵に襲い掛かる。
馬防柵の障害や防衛に徹してる陣を突破してきた強さは流石だが、俺の首までは届かない。
勢いの弱まった相手に恋が親衛隊を率いて壊滅する。
敵将張横を討ち取る。
成宜、李堪にこれで三人目か。
「一刀殿、将を次々に討たれて敵の戦意は明らかに落ちてるのです。今こそ総攻撃に移る機なのです」
俺もそう思う、星と翠の軍と連動すれば一気に蹴散らせる。
ただ、今迄に少なくない死傷兵が双方に出てる、劉表軍や劉璋軍と違ってやはり涼州兵は強い。
「ねね、敵の心を降伏に揺さぶれないかな?俺の政策が向こうに背水の陣を敷かせてるから難しいとは思うけど」
元々俺に対して友好的では無い所に自治領を認めない俺の政策、彼等にとって俺は許し難い存在だろう。
降伏まで持っていくには相当追い詰めないと無理なのは分かる。
それでも出来る限り此方の、そして向こうの悲しみを減らしたい。
「お気持ちは分かるのです。では逆効果になる可能性も否めないのですが、涼州の今後の在り方を世に公表致しましょう。降伏は難しいのですが混乱の材料になります、それに乗じて敵将兵の士気を更に大きく下げて見せるのです」
ねねの進言を受け入れて、俺の心臓が落ち着かなくなる。
いよいよ俺の無茶な考えが世に伝わる事になる。
祭から聞かされる一刀の行動と考えは、私には想像すら出来ない事だった。
「涼州を平定したら、涼州西端の西平に別の新しい国を立ち上げる?」
華の建国書に五胡と融和を進めていくとあったけど、そんな事は記して無かったわ。
私の疑問に祭が答えてくれる。
「涼州は漢帝国の施策の為に羌族や氐族と延々と戦を続けてきた。じゃが長き戦いは人を複雑に絡み合わせ、双方の血を引く者が今では多数おる。その者達の国を興し、漢、いや華国と羌族や氐族との共存する未来を模索しようという腹積もりじゃ」
華、羌、氐の血が混ざり合った者達の国。
望まぬ血を受けた人達が差別を受けない国。
「それは独立国なの?」
「内政には不干渉じゃが、華国の貨幣を用いる事を援助する条件としてあげておる。既に羌族や氐族にも賛同する族長が多数出ており協力を申し出てきておる」
そこまで話が進んでいるの?
ちょっと待って、そもそも羌族や氐族が一刀を信用する理由がどこに、・・あっ!
「一刀が漢を滅ぼした事が信用を上げている?」
「その通りじゃ。これまで諸外国を蔑んでいた漢を滅ぼす事で、提案している事は本気だと示した。羌族や氐族だけではない。鮮卑、匈奴、羯、南蛮、山越などにも形は違うが新たな国交を提示しておる。既に一刀は大陸統一後の治世にも踏み出しておるのじゃ」
私は今が精一杯で先の事は考えれてない、おそらく大陸に生きる殆んどの人が。
一刀、貴方の考える平和とは漢が定めた国土だけではないのね。
「祭、山越にはどのように交渉してるの?」
「山岳地帯に住む山越には、山の麓に街を作る事を提案しておる。その街は山越の管理下とし、両国の交流の場としていきたいとな。感触は悪く無い」
私も山越との関係改善を姉様に進言していたわ。
江南の地は山越との戦が泥沼化してる。
交渉はしているけど、長年の遺恨が互いを信用出来なくしてるから話がまとまらなかった。
でも一刀は目に見える実績を作った、少なくとも歩み寄れる気持ちをさせる位には充分な行動を。
国土を割譲したり新たな国を興すなんて常識ではありえないけど、一刀なら必ず約束を守る。
先から私は胸の動悸が止まらない。
もし実現すれば、本当の意味で戦が無くなる。
絶対ではないけど、様々な困難が待ち受けてるだろうけど、憎しみや悲しみの連鎖を止められる可能性がある。
人が傷付けあわずに済む。
そんな世を私は見たい。
いえ、一刀と一緒に作り上げたい。
心が浮き立つ私を他所に、独り言のような言葉が祭の口から漏れる。
「じゃが当然反対する者がおる。国内外のあちこちにな。成し遂げる為に一刀はどれほどの血に塗れるのじゃろうな」
祭。
・・貴女は一人でずっと苦しんでいたのね。
そうよね、傍にいたら一刀の優しさが分からない訳ないわ。
戦なんて絶対望まないのに、それでも戦って全てを背負おうとする一刀を。
心に反していても貴女は孫家の為にと一刀を討つ、私達が止める様に言ってもきっと。
・。
・・させないわ。
もう私も迷わない、一刀や祭だけに重荷を背負わせない!
宴が終わって祭は長沙を離れた。
そして私も一歩を踏み出す。
「シャオ!」
「何?お姉ちゃん」
「私の書簡を一刀に届けてきて、・・それから迎えを出すまでは、そのまま一刀の所にいなさい」
いよいよ明日の総攻撃に向けて最後の確認なのです。
「星殿、翠殿への連絡は出来ておりますか?」
「大丈夫だ。降伏した者達から信頼出来る者を敵に潜らせて攻城の際に矢文を届けさせたが、返事の炊煙が指定通りの時刻と場所に立ち上がったからな」
馬軍には追撃しての掃討戦を任せるのです。
籠城で馬を休ませてますので、万全の状態で任せられるのです。
「風殿、兵への指示は」
「完了してますよー」
十面埋伏の計、凄い事を考えるのです。
涼州軍の立て直す間もなく瓦解していく様が容易に思い浮かぶのです。
「真桜殿、物資は揃っておりますか」
「計算では足りとるし、念の為の工夫も考えとるから問題無しや」
流石なのです、これで準備完了なのです。
明日は一刀殿を陣頭に、総攻撃をかけてこの戦を決めるのです。
国策を公表し流言を流した事で、涼州軍の士気は著しく下がりました。
戦意が高い敵将は馬玩と梁興の二人だけとの事、こいつらを潰せば勝利は疑いなしなのです。
時間をかければ迷っている者達を取り込む事も可能ですが、国策によって他の諸侯が違う動きを取る事もありえます。
可能な限り迅速に動いて、涼州外征を終わらせる事が肝要なのです。
華国の力を示し、かつ隙を見せない為に。
「主は天幕で政務か」
「やる事は山積みやからなあ、特に新しい国づくりに志願したもん達から色んな意見が届いとるし」
「計画に人や金は整いつつありますが、予定通りに進む事は無いでしょうねー」
予定では十万規模程の国を想定してます。
「援助期間の三年間でどこまで出来るかは、正直に言えば分からないのです。羌族や氐族の地からも移民を受け入れますし、平定した地からも希望する者はいるはずなのですから」
とは言っても、ねね達に不安はないのです。
国づくりの中心になる者達は華国で政務や軍務を経験していますし、やる気も満ち溢れているのです。
華国にとって人材を失う点は痛いのですが、
「ですが、きっと良い関係を築ける国が出来るのです。ねねは確信してるのです!」
「ああ、そうだな」
皆、こんな所にいた。
ご飯にするから一刀に頼まれて呼びに来たけど、何か話してる。
「それにしても、ねねがこれ程に優秀な軍師だったとはな。正直に言って驚いているぞ」
「星ちゃんの目は節穴ですねー」
「実は言うとウチもそうやったんや。堪忍な、ねね」
「いえ、当然なのです。ねねは自分の実力不足を恋殿にすがって虚勢を張ってましたから」
ねね?
「ここに詠がいたら筆頭軍師は詠なのです。風殿が客人でなかったら風殿なのです。ねねはまだまだ実力が足りないのです」
ねね、元気無いけど、元気ある?
「ですが逃げないのです、敵からも味方からも自分からも。軍師として考え続けて任を成し遂げて見せるのです。諦めたら、逃げたら駄目だと一刀殿から教わったのです」
「うん、ねねなら出来る」
「恋殿!」
ねね達が恋に気付いて、こっちに振り向く。
「みんな、ご飯」
「おお、すまんな、恋。呼びに来てくれたのか」
ねねが目の前に来る。
「恋殿、ねねはずっと恋殿の軍師と言い続けておりました。恋殿に甘えてたのです、ごめんなさいなのです」
そんな事ない、恋は嬉しかった。
「そんな勝手な事を言っておきながら、ねねは再度勝手な事を申し上げます。ねねは一刀殿の軍師として頑張るのです。恋殿の後ろを付いて行くのではなくて、横に並んで一緒に一刀殿を支えたいのです。・・お許しいただけないでしょうか?」
恋はねねを抱き締める。
「うん、これからもずっと一緒」
「・・恋殿、ありがとうございます。ウエ~ン」
胸がポカポカする。
ねねと出会ってから今が一番嬉しい。
戦う事しか知らなかった恋が、一刀と出会ってから知った事が一杯ある。
今のポカポカした気持ちも初めて知った。
一刀といる時のあったかい気持ちとも似てるけど、ちょっと違う?
よく分からない。
ご飯食べたら、一刀に聞いてみよう。
あれ、今度はドキドキしてる?
恋は、次に何を知るんだろう。
------------------------------------
あとがき
小次郎です、二ヶ月ぶりの投稿ですが忘れられてなかったら嬉しいです。
去年もゴールデンウィークなど存在しなかったのですが、やはり今年もそうでした、むしろ延長してました。(仕事変えようかな)
どうにか時間がとれてようやく書けました。
私は時々恋姫に出ていない人物の名を使ってますが、嬀覧と戴員は流石にマニアック過ぎると思います。
申し訳ありません、適役っぽいのを探すと丁度良かったもので。
書物では孫策、孫権の弟を殺害した者です。
今後も名だけ使う者は出ますのでご容赦ください。
次回はもう少し速く書けると思うので、また読んで頂けたらと思っています。
Tweet |
|
|
53
|
2
|
追加するフォルダを選択
孫家の救援に来た祭と蓮華達は再会する
遠くの地にいる一刀の行動の真意は