邪教徒の組み合わせ交換とネット生活と依頼好・・・について書きました。
邪教徒の組み合わせ交換とネット生活と依頼好・・・についてですが、たとえば邪教にはまず元祖教祖がいますが、その元祖教祖の夫婦の組み合わせがまずあり、次にその子孫の夫婦やカップルの組み合わせがあると思います。
したがって、まともにきちんと邪教道の神の道を文字通りまっしぐらに行くとしたら、それらの組み合わせを守らないとならず現実社会では選ぶ楽しみが殆どないものだと思われます。あるいはこの間も書いたけど一部はどちらかだけが教祖にそっくりで片方はパートナータイプにまったく似ていない邪教徒もいるとは思いますが、どっちにしても、人数的にはどっちにも似ていないタイプの方がそれなのに―つまり根本的に組み合わせが合ってないのにという意味―そこの邪教にずっと関わり合っているとういう精神的にずぅずぅしさが元々あるわけだから、もちろん、性質的にもかなり不安定で気ままで我侭で利己的要素が強いと思われ、そういう人物だからやはり、普通はもらいづらいタイプをもらえたばかりでは気がすまず、その上といった状況にどこまでも常に挑戦したがるのだと思います。
つまりある組織やグループの中にいる場合ちょっと軌道から外れた形であっても他の部分、特に上司から見て態度が良いとか可愛げがあるなどで買われていて、組み合わせがそこの邪教では異質な部分があっても結構好かれていたりするということが言いたいのです。でもそれは現実社会の邪教の集いの場だけでの話であって実際はそういう奴の本心は常にどす黒くて本心はへびがとぐろを巻いている状態で、そのままの現状だけでは決して満足できず、一つ自分だけが特有な動きをして受け入れられると、あともう一つ、いえそれよりまたもう一つといつまでたっても自分本位な人間関係を築いて行こうとするのだと思います。邪教の本来の人間関係からはまったくそれた形の人間関係ばかり追い続け、日に日に増やして行きたいけれど―できれば全ての教祖―元祖、子供、孫含む―の交際相手を総なめしたい気持ちでいっぱいで、前回書いたような陰謀劇を繰り返していたのに違いないのです。
一人でもそんな形の人間関係を認めてもらえると、それだけでは気が収まらず、いい気になってもっともっとというタイプが邪教徒には非常に多い気がします。と、いうか実際は邪教徒と言うのは、前にも書いたけれどある人などは、皇室でアルバイトをするほど仕事が高品質で、従ってだからこそ日給とか時給が滅茶苦茶良いだろうから、基本お金持ちが多い宗教だと思うんですよ。だからこそ、そんな贅沢な我侭が許されていて、その代り邪教への奉納金を頑張ってくれみたいな、そもそも根本的に邪教徒いう物が宗教というよりは元々喜びの会的な本質の正体というのが現実だと思われるのですね。だからそういう風になって行ってしまっているのではないかと思うのです。
なので、邪教は宗教ではなく、―それはあくまでたてまえなのでしょう―酒池肉林熱愛乱舞が裏で常に暗躍している歓喜と至福の会だと思うのです。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
邪教徒の組み合わせ交換とネット生活と依頼好・・・について書きました。
文章練習中です。><