私は駿河消失の調査隊として、三河の松平家に身を寄せることになった……
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「葵殿。此度は我々調査隊へ格別のご配慮頂き、この権六、感謝の言葉もございません」
三河・岡崎城の評定の間には、上段に葵、下段には控えるように悠希。そして下段、葵の正面では壬月が頭を垂れていた。
「お顔を上げてください柴田殿。我ら松平としても、今回の件は非常に心を痛めています。剣丞さまを始め、鞠さまや剣丞隊の方々まで行方を晦ましてしまったのですから…」
眉をひそめ、沈痛な面持ちをする葵。
しかし、元、がつくのかは分からないが、配下の小波もいたはずなのだが、名前は出てこなかった。
「私どもと致しましても、協力は惜しみません。逗留中に不足があれば、遠慮なく仰って下さい」
「はっ。ありがたきお言葉。この柴田権六、消失の原因が掴めるよう、粉骨砕身努力いたします」
最初は協力的だった松平家だが、調査から戻ったある夜のことだった。
私に宛がわれた部屋で就寝していると…
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「誰だっ!?」
壬月は部屋の外に殺気を覚え、枕元の金剛罰斧を手に取った。
「さっすがは鬼柴田殿。寝ているうちに全てを済ませてしまおうと思っていたのですが、そうは問屋が卸さなかったようですねぇ?」
癪に障る言葉と共に障子が開かれる。
「悠希…」
松平の知恵袋。本多正信が多くの兵を引き連れて立っていた。
「これは…如何な存念か?」
「柴田殿。あなたの自由を奪わせて頂きます」
武人・柴田勝家の睨みも、余裕の笑みで柳のように受け流し、そう言い放つ。
「それは、葵殿も承知していることなのか?」
「殿のお考えと私の考えは常に一つです」
「……私が、大人しく従うとでも?」
「思いませんな。また、この程度の人数では、あなたを拘束することは不可能でしょう」
壬月から見える範囲で五十と少し。
部屋を囲んでる気配を含めても、百を超えるかどうかだろう。
この程度の数ならば、壬月を一瞬と抑えられない。
そんなことは悠希も百の承知だ。
「しかし、将を射んとすれば、まず馬から射よ……至言ですなぁ」
厭らしい笑みを浮かべながら、悠希がスッと片手を挙げる。
すると囲んでいた兵が真ん中から割れる。
そこに居たのは…
「――勝介っ!?」
壬月の部下、毛受勝介が組み敷かれていた。
「み、壬月さま……申し訳…ありません」
必死に抵抗したのだろう。唇の端が切れて、頬にあざも見受けられる。
「柴田殿に大人しく我々の言うことが聞き届けて頂けないのであれば、この者がどうなるか……分かっておりますな?」
「……下種が」
「なんとでも。我が殿の天下のため、すべては許されることでしょう」
悠希は手を広げて天を仰ぎ、まるで自らの行為に浸るかのように目を閉じる。
「世迷い言を…そのようなこと、我が殿や武田が黙ってはおるまい」
「ふっ…無知とは何とも愚かしく、罪深いものですな」
目を細く開けると、道端の塵でも見るような視線を壬月に投げる。
「…どういう意味だ?」
「あなたが知る必要はありませんよ。さぁ、柴田殿を特別なお部屋にご案内して差し上げなさい。牢獄という名の、ね」
こうして私は獄に繋がれた。
食事も与えられず、日も射さぬ座敷牢で、幾日ともつかぬ日々を過ごす羽目になった。
そんなある日、突如として柴田衆が私を救出に来たのだ。
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「壬月さまっ!!」
「……勝、介?お前たち、一体どうして…」
両脇を抱えられ、ようやく立ち上がる壬月。
かなり衰弱しているようだ。
「本多殿と榊原殿が協力して下さいました。いま三河は混乱しております。今のうちに壬月さまはお逃げ下さい!」
縛を解かれながら、壬月は簡単に事情を説明された。
部下たちは取り返した壬月の得物を差し出す。
普段は軽々と振るうそれも、今の壬月には重そうであった。
「とにかく外へ…外へお逃げ下さい!!」
「お前たちは、どうするのだ?」
「我々のことはご心配なく。壬月さまに拾って頂いたこの命。ここで…」
「いたぞーー!!」
三河兵が槍を手に手に向かってくる。
「早く!壬月さま、早くっ!!」
「くっ……すまぬ!」
目に熱いものを感じながらも、壬月は敵と愛しき同胞に背を向けて駆け出した。
岡崎城を出ると、部下の助言に沿い、ひたすら東へと向かった。
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その後、どうにか追っ手を振り切りながら三河を出ると、おかしな景色が広がっていた。
念のため山を越え、谷を越え、ここに辿りついた私は、体力の回復を図り、松平への復讐に備えていた、というわけだ。
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「なるほど…」
壬月さんの独白を聞き終えた俺たちの間には、何とも言えない雰囲気が漂っていた。
霞・風・凪の三人は具体的な人物像は結べないし、俺も史実の徳川家康しか知らない。
ただ、ただならぬ事態であったことは理解できた。
そんな中、
「葵のねーちゃん、やっぱ天下を狙ってやがったか」
人となりを知っている小夜叉からは、やっぱりな、という声。
元々野心家だったのだろうか?
「壬月。綾那と歌夜は?」
鞠ちゃんの口から新しく出てきた名を小夜叉に聞くと、本多忠勝と榊原康政だと言われた。
俺の記憶が正しければ、徳川家の重臣のはずだ。
「あぁ…勝介に聞いた話では、二人は私の処遇について、葵や悠希に事あるごとに異を唱えていたらしい。それが元で討伐軍が差し向けられたようなのだ。私が脱出できたのは、その混乱を突いてのことだった」
「そう、なの……」
俯く鞠ちゃんに、すまん、と声をかける壬月さん。
鞠ちゃんの落胆振りを見るに、その娘達とはかなり仲が良かったのだろう。
「最後に一つだけ。壬月さんが逃げてきた方角って…」
「ここより西方だ。かなり険しい山を越えてきた」
「ここより西、って言うと…」
「漢中、ですね」
凪がポツリと呟く。
「お兄さん。漢中にはどなたが行かれたか、覚えていますか~?」
「いや…蜀は俺の出発までに全部割り振りが決まってなかったんだ。南蛮に美以たち、涼州に翠とタンポポくらいしか決まってなかったはずだよ」
「ほんなら、帰って詠あたりに聞いたら分かるか?」
「そうだね」
壬月さんのおかげで、漢中にも足を伸ばすことが出来るようになる。
これで今後の方針は決まった。
「話はまとまったか?もう夜も更けた。快適、と言うわけではないが、一応寝所もある。明日は朝一で移動だろう?早く寝た方がよい」
「うん、そうしよう」
壬月さんの勧めで、今日は就寝することにした。
「ところで、みなに聞きたいのだが…」
「うん?」
「剣丞の伯父御である一刀は、やはり寝所を別にした方がよいのだろうか?」
「…………」
薄ら笑いで聞いてくる壬月さんに、俺は脱力を禁じえなかった。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、53本目です。
鬼の正体が分かり、その鬼に話を聞くことになった一刀たち。
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