いつからだっただろう。
おそらく去年のクリスマス頃からだ。
ホワイトクリスマスが楽しみだったとはいえ、そんなものじゃ済まされないような豪雪に、この小さな村は孤立してしまった。
何かがあったはずなのに、何も覚えていない。
この不安な気持ちだけが残ったまま、ようやく春の気配が近づいてきていた。
部屋の窓から庭を見下ろす。末弟のウィルが、年の近いジェイムスと小屋から薪を運んでいる。もともと大人びた弟だけれど、去年の誕生日からは一段と大人びている。たまに話していても、まるで年上の兄弟と向かい合っているような感じがすることがある。
永久貸し出しのお墨付きを貰っているフルートを丁寧に磨き上げると、ケースに収める。このフルートも、不思議な出来事に関わっているきがして、いつも手にしてしまう。
「考え事しすぎると、ハゲるらしいぜ?」
ロビンが部屋に入ってくると、コートを掛けてベッドに倒れ込む。
「……どういう理屈だよ。あと、部屋に入る時はノックしろって言ってるだろ?」
「俺の部屋でもあるんだから」
「僕の部屋でもあるんだよ」
ロビンが大きく溜息をつくと、ベッドの脇にあるサイドテーブルから手紙を取り出す。昨日長兄のスティーブンから届いた手紙だ。
海軍軍人の長兄は、適当なタイミングで兄弟に手紙を出してくる。大抵は誕生日に送られてくるけれど、寄港した街でアメフトの試合を見たらしく、その関係でロビンに手紙を送ってきたのだ。
「スティーブ、次はいつ帰ってるかな?」
「……どうだろう。夏休みには帰ってくるかな」
また目線を窓の外に落とす。
まただ。また、あの目をしている。相手を通り越して、遠く、きっと恐ろしく遠くを見つめているような……。
「何?」
いつの間にかロビンが隣りに立つと、一緒に窓の下を見下ろす。
「……ウィル、少し変わったと思わないか?」
「変わったって? 昔から変わってるだろ?」
そうなんだ。昔からちょっと、変わっている。その雰囲気とか、……何かが。
「……わからないんだけど、去年の誕生日ぐらいから、変わったような気がするんだ。ウィルだけじゃない。僕たちの周りの何かが……」
「なにそれ? それで考え込んでたわけ?」
「っ、だって、心配だろ?」
「ちっとも!」
ロビンが興味を失ったようにまたベッドに倒れ込むと、仰向けになってスティーブンからの手紙を広げる。
窓辺から離れると、ロビンのベッドに腰掛ける。
「……話、聴いてくれるの? くれないの?」
「聴いてるよ? でも、ウィルのことだろ? 十一歳になって垢抜けたんだろ?」
「真剣に聴いてよ。僕は……」
いきなりロビンが起き上がると、不服そうな顔を向ける。
「ポール! 最近ウィルの事ばっかりだな。うちは兄弟が沢山いるんだぜ? 末っ子ばっかり贔屓するなよ!」
「ロビンっ、そんなことないよ」
「だいたい、うちは末っ子に甘いんだよ! スティーブだって、部屋を明け渡しちゃうし! 俺だって、あの部屋欲しかったんだ!」
「……ロビン?」
「去年のクリスマスだって、ウィルにはなんかわけわかんない物だったけど、送ってくるし。それなのに、知ってるか? スティーブの手紙、失くしたんだぜ? 甘すぎるだろ?」
あの時は洪水で家の中の物が沢山流されてしまったから、それを責めるのは少し可哀相だと思う。家中から泥や木切れを運び出すのに、大変だったのだ。
「……お前はウィルのことばっかりなんだよ。たまにはジェイムスの事でも考えてやれよ。かわいそうに、また太ったぜ? そうそう、メアリーもなんかちょっと肉付きが……」
ロビンが手紙を丁寧に封筒に戻すと、またサイドテーブルの上に乗せる。きっと、またしばらくしたら手に取って読み始めるんだろう。
「ロビンだって……」
「え?」
「ロビンだって、スティーブンの事ばっかりじゃないか。そんなに僕と一緒の部屋はイヤかい? そんなに部屋を替わりたかったなんて、知らなかったよ」
「あ、いや、そうじゃくて……」
「ウィルの事は、ずっと心配してるよ。でも、今もっと心配な事が出来た」
「……何?」
「ロビンが、僕を嫌いかもしれないって事実だよ」
自分と同じ顔が吃驚した顔で飛び起きると、僕の瞳を覗き込む。ロビンの空色に僕の空色が映り込むと、なんだか目の前が滲んでくる。
「だっ、ちょっ、待て! ポール! 考えすぎ! 考えすぎだってば! あぁ、もう! おんなじ作りしてるクセに、こういう所は正反対なんだから!」
双子で生まれてきたのに、僕とロビンとではいろいろな所が違う。体育会系な部分はロビンが、文科系なところは僕が受け持っている。気持ちの方も分担があるみたいだけれど、ロビンの方が、少し僕よりも大人だと思う。自分の頬を伝うものの感覚に、また自分の弱いところを見てしまう。
ロビンが困ったように頭を掻き毟ると、僕の肩を掴んでベッドの上に転がす。
眼鏡がずれてしまったのを直そうと腕を上げる。でもそれをロビンに止められて眼鏡が外され、手紙と同じサイドテーブルの上に乗せられる。
「……おんなじ顔で泣くな」
「……泣いてない」
「考えすぎ。頭使う担当だからって、いつも使えば良いってもんじゃないだろ?」
ロビンがふと目を細めると、唇に触れるぐらいのキスを落とす。
「……もう、子供じゃないんだから。そんなおまじない、利かないと思うけど」
「お前なぁ。……普通しないだろ、マウス トゥ マウスなんてさ」
「……しないね」
「俺が、お前を嫌うなんて、ありえないだろ? 俺達は特別なんだから」
「特別?」
ロビンがゴロリと隣りに転がると、僕の手を握り締める。
「俺達は双子だからさ。いつだって、俺はお前のことを思ってる」
「……うん」
「お前はどうなんだ? ……俺よりも、ウィルが大事?」
「そんな、比べられないよ。だって、大事な家族だから……。でも……」
ギュッと手を握り返すと、同じ空色を見つめる。
「……ロビンは特別だよ」
「……だろ?」
いつも、話が流れてしまう。
そういう風に、何かが動かしているのかもしれない。
(終)
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初のTDIR本「Old Ones」に載せた小説です。完売してしまったのでこちらに再掲載します。
TDIR1巻の「光の六つのしるし」後あたりの設定でロビン&ポールのSS。