第五章~優しい国の代償・後編~
日はとうに沈み・・・、空は闇へと染め、星達が地上を照らす。
その地上にて、赤く染まっている所があった・・・。
その赤は、星達の光をかき消し、その暗く染まる闇夜さえも赤く染め上げる・・・。
誰かの悲鳴が夜の澄んだ空気を切り・・・。
誰かの泣き声が山々にまで届き、響く・・・。
虚しくも、誰にも届くことなく・・・。
次第に聞こえなくなっていく・・・。
そして残るは、絶望・・・。
その絶望は、いつしか憎しみへと変わっていった・・・。
「・・・・・・はっ!?」
全身汗で濡れているのが、分かる。
「またあの夢か・・・。」
苦虫を噛んだ気持ちになる。
どうやら少し休むつもりが、いつにの間にか眠っていたようだ。
「おにいちゃーん!」
後ろから、聞き馴れた声が聞こえてきた。
そういえば、今日は一緒に野菜を採りに行くって約束したっけな・・・。
「あれ、兄ちゃん。何か元気ないよ?」
「どうしたの?おなか痛いの?」
俺の前に、次々と子供達がやって来て、皆が俺の事を心配してくれる。
額の汗を手で拭い、心配をかけないよう皆に微笑みながら、
「俺は大丈夫だ。それより今日は皆で野菜を採りに行くんだろ?
さ、外に行くぞ!」
そう言って、子供達を率先するように、部屋を出ていく。
「ねぇ~、愛紗ちゃん?本当にこの辺りなの?」
馬の上で愛紗に問いかける桃香。
「はぁ・・・、確かにこの辺りのはずだと聞いているのですが・・・。」
ぶすくれる主の問いに、馬の上で困り果てる愛紗。
「にゃはは。お姉ちゃんはせっかちさんなのだ~。」
馬の上から、そんな姉達の姿を見て、からかう様に言う鈴々。
「え~・・・、だけど鈴々ちゃん。私達、さっきから同じ所をぐるぐる
回っている感じがするよ?」
「それって道に迷ったって事なのか、愛紗?」
「何でそこで私に聞くのだ?!」
「にゃはは~♪」
「でも、どうしよう・・・。このままだと、着く前に日が暮れちゃうね。」
蜀・成都から離れた森に続く道・・・。目的地へと未だ到着出来ず、右往左往
する蜀の王事、劉備とその忠臣、張飛と関羽の三人。太陽はすでに南中を過ぎ、傾き
始めていた。
そんな時、「劉備殿!」道の向こうから声と共に誰かが
馬に乗って近づいて来る・・・。
「んにゃ?誰か馬に乗ってやって来るのだ!」
「え、ああ!本当だ!おーーい!」
その人物に向かって、大きく手を振る桃香。
そんな桃香に気がついたのか、その人物は速度を上げる。
会話が出来る距離まで近づくと、馬の速度を下げ、桃香達の前で停止させる。
「やはり、劉備殿でありましたか。いやぁ・・・、いつまで待っても来て下さらない
ので、もしかしたらと思い、お迎えにあがった次第です。」
馬の上から降りた男は、蜀の王に対し、その場で礼を示す。
「廖化殿。・・・申し訳ない、自分がちゃんと行き先を分かっておれば、
そなたの手を煩わせることが無かっただろうに・・・。」
申し訳なさそうな顔で、愛紗は廖化に詫びを示す。
「いえ、関羽殿に非はありません。我々の存在を他の者から隠すためとはいえ、
あなた方までその対象にしている自分、廖化に非があるのですから。」
「いや、あなた方の立場を考えれば、それは至極当然事と理解しているつもりだ。
故に、そなたは気に病まないで頂きたい。」
「承知いたしました、関羽殿。ではここより先は、私が皆様方の案内と護衛、
両方の役を担いましょう。」
「おおーー!おっちゃん、かっこいいのだ!」
いつの間にか、馬から降りていた鈴々は両手を背がそりかえるまで上に
伸ばしながら言った。
「こ、こら鈴々!廖化殿に対して、失礼・・・。」
「あっ、ははははは!おっちゃんか~・・・。確かに張飛殿から
見たら自分はおっちゃんですかな~?」
愛紗の心配をよそに、大笑いする廖化。義妹の無礼に気を悪くされていない事に
少し安著する義姉。
「そうなのだ、おっちゃんなのだ~。にゃははは!!」
「だからといって、調子に乗るなー!!」
調子に乗る義妹に突っ込みを入れる義姉。
「あはは♪初めて会ったけど・・・、何か良い人みたいで良かった・・・。」
そんな賑やかな雰囲気を見ながら、心からそう思う桃香であった。
この男の名は廖化(りょうか)、字を元倹(がんけん)という。
彼が桃香達の前に現れたのには、当然理由がある。
それは彼が組織する『正和党』の拠点地へ、彼女達を連れて行くためである。
『正和党』・・・、この大陸の乱世が終結してしばらくしてから急激に伸びてきた武装
傭兵集団である。蜀内を中心に賊の土地の開墾から賊の討伐までとその活動範囲は広い。
しかし、この『正和党』は、蜀・呉・魏のいずれの国の組織にも属さない・・・、
いわゆる非公式組織、現在でいう「NPO(非営利団体)」「NGO(非政府組織)」がそれに
当たる。故にその組織の構成員のほとんどが民間人(蜀内に限らず他の二国出身の人間
もいる)である。元々は小さい組織であったが、彼の人望の厚さもあり、今では小国規模
の力を持つほどにまで成長した。彼らの活躍は、今や大陸全土にまで及び、民達からの
人気が高い。
しかし、その一方でその『正和党』の存在を危険視する意見も少なくはない。
それは蜀国内とて例外では無い。その大きな要因に、過去の黄巾党がおこした反乱が
寄与している。しかも、この廖化はこの黄巾党出身であることがその要因を大きくしている。
この『正和党』が近い将来、第二の黄巾党になるのでは、と。
その可能性を何としても回避せんと、桃香が立ちあがったのである。
そして今回、ようやく『正和党』と接触する機会を得られたため、彼等が活動拠点とする
場所へ向かう途中であった・・・。
「・・・ここ、ですか?」
正和党が拠点とする所なので、大きな洞窟の中とか。戦場に布陣するような天幕が
並んでいる様を想像していた桃香は廖化の案内によってたどり着いたその場所に少し困惑する。
「意外でしょう?ですが、ここが我々正和党の現在拠点地です。」
桃香の予想通りの反応に、廖化は答える。
「しかし、これはまるで・・・」
「まるで村なのだ~。」
そう、鈴々の言うとおり、そこは村そのものであった。人が生活する家々が普通に
建ち並び、人が道を歩き、子供が道端で遊ぶ。田や畑も存在し、それを耕す人の姿もあった。
それは間違いなく、村の姿そのものであった。
「あっははは・・・!まるでも何も、ここは正真正銘の村ですよ。」
「どういう事なのだ?」
「我々は、村の人達の御好意に甘え、そこで生活を成しているのです。
・・・最も、飯と寝床をただでという訳にはいかないので、我々は労働力を提供する
事で共に生活させて頂いているのです。」
「成程、木の葉を隠すなら森に隠せ。人を隠すなら・・・人が集まる場所、
という事ですか?」
「さすが、関羽殿。全く以てその通り。」
「うーん、鈴々よく分かんないけど、廖化のおっちゃんは賢いのだな~!」
「ほう。張飛殿にそう言って頂けるとは・・・これは皆に自慢が出来ますな!」
「おう、自慢するのだ~♪」
「全く、鈴々め・・・。」
鈴々を甘やかす傾向にある廖化と廖化の言葉に乗る鈴々を、少し呆れた様子で見る。
「もう~、愛紗ちゃんは少し真面目すぎだよ。廖化さんだって、私達が来た目的は
ちゃんと分かっているって。」
「そうだとは思いますが・・・。」
桃香達がここで為すべき事・・・、それは正和党が第二の黄巾党になるであろう、
その芽を除く事にある。その事は廖化自身が理解している事で、その上で桃香達を
自分達の拠点地に招き入れたのである。
しかし、今だ肝心な用件に行き着く気配がないこの状況に愛紗は内心、苛立ちを
覚えていた。実のところ、彼女自身、今回の考えに賛同しかねていた。彼女もまた
正和党の存在を危険視する者達の一人であったからである。だが、桃香の願いも
あて、愛紗を含め他の者達もその考えに承諾したのである。
そして、その考えとはずばり、正和党の蜀下への引き入れである。
自分達の手で正和党を管理する、悪く言えば、正和党に首輪付ける事で、彼等の
行動を制限し、反乱を起こせる状況にしない事でそれを防ごうと言うものである。
「さて・・・、では劉備殿。私の家へ向かいましょう。そこで・・・。」
そんな二人の様子に気づいたのか、廖化は桃香と愛紗に呼びかけ、最期の方を
はぐらかす。そろそろ本題に入りましょう、と言いたいだろう。
それをすぐに理解した二人は。
「はい。分かりました。」
桃香は二つ返事で返した。
「ん、あれは・・・?」
畑に出来た茄子を、子供達と一緒に収穫していると、ある光景がふと目に入る。
一人は廖化さんだけど、その後ろについて来ている三人の女・・・。
一瞬、廖化さんの・・・アレ?かと思ったが、その考えはすぐに否定出来た。
「・・・っ!?あいつは!」
どうして・・・、あいつがここに!
そういえば、前に廖化さんが言っていた。あの時は、何し来るかまでは教えて
くれなかったけど。
「兄ちゃん、どうかしたの?何か見えるの?」
「あ、あの人!何でここに来てるの?」
「すっげー!おいらはじめて見たぞー!」
俺の周りに子供達が集まって来る。こんな小さな村にあいつが来る事なんて
滅多に無いから、皆珍しがってあいつを見ている。
「一体何しに来たんだ・・・?」
ここ、廖化が利用する一軒の家。
正和党の首領にありながら、その家は他のそれと大差は無く、むしろ小屋と
いった方が正しいのかもしれない程、質素なものであった。
「・・・という事です。如何でしょうか?」
桃香は、自分達の要求を丁寧に廖化に伝えた。そして、少しの沈黙が続く。
「それは・・・我々に首輪を付け、暴走しないよう手元に置く・・・
そう言う事ですかな?」
沈黙を断つように、廖化は発言する。しかし、それは桃香が先程言った内容を
身も蓋も無い状態にした形で、内容を聞きなおすものであった。
「廖化殿!言葉を慎んでいただきたい!桃香様はあなた方の立場を考慮した
上で、最善の考えを進言しておられるのだぞ!」
廖化の不躾な発言に、怒りを露わにする愛紗。
先程まで、和気あいあいの雰囲気はすでにそこには存在しなかった。
そんな愛紗を見る鈴々は、ひどく居心地が悪い思いをしていた。
桃香達の目の前にいるは、気さくな廖化ではなく、正和党の頭領・廖化元倹であった。
「・・・申し訳ない、関羽殿。劉備殿がそのような事をつゆも思ってもおらぬ事は
重々承知していたのですが・・・。そのようにも解釈出来る内容であったもので。」
「・・・・・・。」
言葉を詰まらせる愛紗。彼女自身も廖化の解釈に誤りが無い事を理解していた。
「廖化さんの言う通りです・・・。」
「桃香様・・・!?」
「でも・・・、やっぱり皆さんの事が放って置く事はできません!」
「劉備殿・・・。」
「鈴々もほっとけないのだ!おっちゃん達が周りから嫌な目で見られるのは、嫌なのだ!」
桃香の言葉に、鈴々も続く。
「廖化さん達が、この国・・・大陸に暮らす人達のために頑張っているのに、力を持って
いるだけで存在が危険だとか、第二の黄巾党になるとか・・・、そんな理由であなた達を
潰すべきだと考えている人達がいる・・・。」
「・・・・・・。」
桃香の言葉を、黙って聞く廖化。
「でも・・・、それじゃ黄巾党の時と何も変わらない!乱を起こして、たくさんの人達を
悲しませたけど、きっとこの国の将来を思っての・・・。」
「・・・この国の将来を憂いて・・・」
桃香の言葉をさえぎり、言葉を続ける廖化。
「この国の将来を憂い、手に武器を持ち、漢王朝打倒に立ち上がった・・・。
最初、私もそう思っていました・・・、そう信じていた。だから私はあの時、黄巾党の元で
官軍と戦いました。」
昔話をするように、廖化は当時の事を語る。
「ですが、事実は違った・・・。それを知った時、私は・・・絶望しました。彼等は・・・
そんな気持ちの微塵も無かったのだ!」
彼の手に力が込められ、血が滲む。
「だからこそ、私は黄巾党を去りました。そして、私の意志に同調してくれた者達と共に
大陸を渡り歩きました・・・。力無き者たちの盾になるべくして!だがそれには、力が必要だった。
理不尽な暴力から人々を守るためには、それ相応の力が必要だった!だから正和党を立ち上げた。
私達の意志に同調し、共に闘ってくれる仲間を集めるために・・・!」
「廖化さん、あなたのその想い・・・私にもよく分かります!私も同じ思いなんです!
私もこの大陸で悲しんでいる人達を守るために戦ってきました。なら、一緒に歩む事は
出来るはずです。ですから・・・。」
再度、申し入れする桃香。だがその答えは・・・。
「流石は蜀の王様!奇麗事だけは一丁前だな!!」
「え!?」
「!?」
「んにゃ!?」
その言葉によって、遮られる。
桃香達は後ろを振り向く、そこには一人の少年と子供数人が立っていた。少年の視線は桃香を捉えていた。
その視線は、怒り憎しみが込められ、桃香は思わずひるんでしまう。
「姜維!」
「!?」
廖化の一言に、少年ははっとしたように、視線を桃香からずらす。
廖化の声に驚いたのか、そこにいた女の子一人が手に持っていた野菜達を
下に落としてしまい、涙目になってしまう。少年は、その子を慰めようと女の子を持ち上げ、
高い高いする。
「姜維・・・、お前はその子達を連れて長屋に戻れ。」
「わ、分かりました・・・。」
「あと、野菜もな。」
「はい。」
申し訳なさそうに、少年は子供達と一緒に、地面に散らばる野菜を拾い上げ、その場を去って行った。
「・・・申し訳ない、劉備殿。姜維が大変失礼な事を・・・。」
「い、いえ・・・。気になさらないで下さい。」
詫びを入れる廖化に対し、気になさらずにと桃香は言う。
「さて、先程の申し入れなのですが・・・。」
「はい。」
「残念ですが、お断り致します・・・。」
「「「っ!?」」」
先程まで熱く語っていた廖化の口から放たれる冷め切った言葉に、桃香達は驚く。
「なっ!?どうしてなのだ、廖化殿!何故、断るのですか?!」
自分に問い詰める愛紗に、廖化は答えた。
「あなた方と我々は・・・、共に歩む事は出来ない。何故ならば、正和党がここまで
成長できたのは党そのものが、何者にも縛られていないため。まるで・・・鎖などに
縛られない、地の果てまで自由に駆ける動物のように。」
「・・・つまり、鈴々たちといっしょにいると、おっちゃんたちは自由になれないって事なのか?」
少し悲しそうな顔で、鈴々は廖化に聞く。
「鈴々殿に言われると・・・心苦しいのですが、その通りです。」
「うにゃぁ・・・。」
「廖化さん・・・。」
申し訳なさそうに、鈴々の問いに答える。廖化の表情には苦の色で染まっているのが、桃香にも分かった。
「そして、あと一つ・・・。」
「・・・・・・。」
「いえ、何でもありません。・・・とにかく、劉備殿。今日の所は帰って頂きたい。」
「え・・・?」
「廖化殿!?」
突然の帰れと言われ、驚く桃香と愛紗。
「手前勝手は重々承知上。ですが、今日はこれ以上話し合っても進展は無いものかと。」
「・・・分かりました。」
「お姉ちゃん!」
「桃香様!」
「でも、廖化さん・・・、私はまたここに来ます。あなたも・・・少しだけでも構いません、考え直して
みて下さい。」
「・・・承知いたしました。では、途中までお送り致しましょう。」
「いえ、結構です。ご親切感謝いたします。」
廖化に深く頭を下げる桃香に廖化は困った様子で。
「劉備殿、お止め下さい。蜀の王であるあなたが私程度にそのような振る舞いは・・・。」
「いいえ、これが私の・・・劉玄徳のやり方ですから。」
頭をあげた桃香は、満面の笑みで返す。
「じゃあ、帰ろうか。二人とも。」
「・・・御意。」
「・・・わかったのだ。」
桃香の言葉に、渋々答える愛紗と鈴々。二人を連れて、家から出ようとした時、
「あ、そうだ・・・。」
何かを思い出したかのように、後ろにいる廖化の方に向き換える。
「何か?」
「先程の・・・彼の名前を教えてくれませんか?」
「・・・・・・。あやつの名は、『姜維(きょうい)』。れっきとした正和党の党員です。」
「分かりました・・・。ありがとうございます。」
そう言って、桃香は再び歩き始めた。
外はすでに日が傾き、日の先端が地平線へと沈みかけていた・・・。
その夜・・・。
「・・・すいませんでした、廖化さん。」
軽く頭を下げる姜維に、廖化は溜息をつく。
「謝るべき相手は・・・俺では無いだろう?」
「・・・・・・。」
彼の正論に言葉を失くす。
「今度・・・、劉備殿に直接謝罪しろよ。いいな?」
「あの人・・・、また来るでしょうか?」
「彼女の事だ、これでお終い、は無いだろう・・・。」
「そう・・ですか。」
苦虫を噛んだような、少し嫌そうな顔をする。
「来て欲しくない、か・・・?無論・・・俺も、お前が彼女をよく思っていない事は
分かっている。その・・・理由もな。だが、それはあくまで個人的な感情であり、
何より彼女を責めるのは筋違いのはずだ。」
「そんな事・・・、分かってますよ!でも、納得できるわけじゃないですか!」
廖化の言葉に、姜維は抵抗するように反論する。
「なら、どうすればお前は納得が出来る?劉備殿がお前の前で謝罪すればいいのか?」
「・・・・・!」
「そういう事では無いだろう?」
「・・・はい。」
「・・・まあいい。今日はもう休め。明日は、山に赴くのだろう?」
「はい、では・・・失礼します。」
そう言って、姜維は廖化の家から出ていく。
彼の姿が見えなくなるまで、廖化は彼の背中姿を追い続けた・・・。
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今日も学校の試験が終わり、少し余裕が出来た?(さ来週にまた試験www)感じのアンドレカンドレです。遅くなりましたが、第五章・後編を投稿します。こちらが第五章の本筋です。少し長めです。