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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ二

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-05-12 16:48:52 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:2270   閲覧ユーザー数:1927

 

 

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ二

 

華旉伯元(かふはくげん) 真名・祉狼(しろう) 十四歳

 父:華陀元化 真名・駕医(がい) 母:北郷二刃子盾(ふたばしじゅん)

*北郷聖刀子修(まさとししゅう) 真名・輝琳(きりん)  十七歳

 父:北郷一刀 母:曹操孟徳 真名・華琳

孟興子度(もうこうしど) 真名・(こう) 十四歳

 父: 寇封(こうほう)(劉封)慇照(インテリ) 母:孟達子敬 真名・太白(たいはく)

 

 

尾張 清洲城下

 

「わたしの名前は貂蝉ちゃん♪見ての通り踊り子よん♪ウフ♪」

 

 清洲城下、目抜き通りの真ん中で、貂蝉はいつも通りのポーズでいつも通りの自己紹介をして、いつも通りに余計なウィンクをした。

 それを見た織田衆の反応はと言うと、和奏は明らかに嘔吐寸前、犬子は尻尾(?)を股の間に挟んで本物の犬の様に怯え、普段は飄々とした雛も顔が引きつり、麦穂は能面の様な笑顔を貼り付け冷や汗を浮かべ、結菜はパチパチと静電気の立てる音を鳴らし眉根を寄せ、ひよ子は顔面蒼白でいつ気を失ってもおかしくない状態だ。

 壬月は彼女たちと反対に『ほう』と感心した顔をしていて、織田家当主の久遠はと言うと。

 

「ふむ、これが傾奇者の装いを取り入れた『傾奇踊(かぶきおど)り』の踊り子か。見事な(かたぶ)きっぷりであるな♪」

 

 本物の傾奇者が聞いたら泣いて抗議をしそうな事を言って笑っていた。

 現在も周りを三十人の足軽が囲んでいて物々しいのだが、夕暮れ近くなった往来に久遠の笑い声が聞こえると町人たちも安全そうだと野次馬になって集まり出した。

 

「我が名は卑弥呼である。謎の巫女とでも言っておこう。」

 

 卑弥呼の名を聞いて久遠を初め織田衆の顔がピクリと反応した。

 それに気付かない祉狼は卑弥呼に素朴な疑問を口にする。

 

「何故『謎の』なんだ?卑弥呼は(やまと)に居た事があんだろう?華琳伯母さんも魏志倭人伝に名を載せたと言っていたから久遠たちも知っているんじゃ………ああ、俺達の世界の未来の国ではないからそこは違うのか?」

 

 祉狼の言葉に久遠たちが更に反応した。

 

「ではやはり其方(そなた)八幡神(やはたのかみ)の母に御家流を伝えたあの卑弥呼であるか!?」

 

 久遠が身を乗り出し、ヒーローを目にした子供の様な目で卑弥呼を見ている。

 

「むむむ、ここは御家流の伝わる外史であったか………まあ、今更隠しても仕方あるまい。確かに壱与(いよ)に技を伝えたのは私だ♪」

 

「(え〜?伝承では絶世の美女…)」

「(雛ちゃん!突っ込んじゃダメ!それは地獄の門を叩くのと同じよ。)」

 

 昴は自分の口に人差し指を当てるジェスチャーをしてみせた。

 師と上手に付き合う弟子の知恵だ。一刀たちからも教えて貰っていたが。

 しかし、雛と昴のやり取りに気付けない足軽や野次馬からザワザワと声が上がり始める。

 

「聞いたか?あの方は八幡(はちまん)さま縁の方だそうだぞ…」

「髪も角髪(みずら)を結っていらっしゃる…」

「田楽狭間の天人さまの次は八幡さまの降臨じゃ…」

「今川が殿様に勝てなかった訳だぎゃ♪」

「我ら尾張には神仏のご加護が有ったのだな♪」

 

 ざわめきはあっという間に広がり、歓喜の声を上げて拝み出す者まで現れ始めた。

 

「待つが良い!私は愛の下僕!崇められる様な者ではないわ!」

 

 卑弥呼が町人達に向かって言うと、町人のひとりから問い返される。

 

「あなた様が下僕ということは、天人さまはそんなに偉い神様なのですかっ!?」

 

「その通り♪ここに居る…」

「ここに居る華旉祉狼伯元が織田上総之久遠信長どのを助けに来た天の御遣いだ!」

 

 卑弥呼を遮って聖刀が町人に答えた。

 その言葉を信じた町人達、足軽達は揃って久遠の隣に居る祉狼を拝み始める。

 卑弥呼と貂蝉は驚き聖刀を見るが、聖刀が微笑んで頷くので二人も黙って頷き返した。

 

 

 

 

尾張 清洲城 評定の間

 

 祉狼達が戦国時代の日の本に来て三日が経過した。

 五人は清洲城に部屋を与えられ寝起きしている。

 久遠は自分の屋敷に住まわせるつもりでいたのだが、聖刀がさすがに女性二人だけの屋敷にこの五人が転がり込むのは拙いと思い辞退したのだ。

 久遠と結菜の婿となった祉狼は久遠の屋敷で暮らすのも良いかと考えもしたが、この日の本の常識を身につけさせないと不幸な未来が待っているのは間違いないと、聖刀は久遠と結菜に恨まれるのを覚悟で、清洲城に五人で暮らす決断を下した。

 久遠も今川との終戦処理をしなければならず、幸か不幸か祉狼達にかまけている時間がとれなかった。

 それも久遠が田楽狭間から戻った後に祉狼達と漢女二人の事を優先してしまったからだ。

戦後処理に疲れた久遠は、仕事から逃避する為に休憩時間で祉狼達をどうするかを考え、今その結果をこの評定で伝える。

 

「祉狼、お前の意を汲んで救護隊にしようと思うが、どうだ?」

 

 久遠が上段で隣に座る祉狼へ満面の笑顔を向けていた。

 祉狼は、聖刀が下段に居るのに自分が上段に居る事に少々違和感を覚え、本心では聖刀の下に居るべきと思っているのだが、当の聖刀に諭されて上段に上がっていた。

 しかし久遠の『救護隊』という言葉を聞き、上段下段などという事は頭から吹き飛んで顔を綻ばせた。

 

「ああ♪ありがとう、久遠♪俺は全身全霊を賭けて久遠の力になるぞ♪」

 

 祉狼の笑顔を見れて、久遠は疲れが癒されるのを感じていた。

 

「では祉狼隊は…」

「ゴットヴェイドー隊だ♪」

「………………………」

 

「ゴットヴェイドー隊だ♪」

 

 祉狼は笑顔だが絶対に譲る気はないと久遠は悟り頷いた。

 

「解った………以後、祉狼の隊はゴットヴェイドー隊と呼称する。」

 

 この三日、祉狼の為にこっそり特訓をして完璧な発音で『ゴットヴェイドー』と言う事が出来る様になっていた。

 

「旗指し物だが、その十字紋は少し手を加えられんか?」

 

 北郷の十字紋を使っているといつか島津から何か言ってくる可能性がある。

 それは決して楽しい話ではないだろうから今の内に対策をしておこうという事だ。

 

「うん?その方がいいのか?…………だったら赤十字にしていいか?」

「赤十字?祉狼もやはり大陸の者なのだな。派手な物を好む♪」

「いや、母さんの居た国では赤十字は『医』を表すと言っていたので、丁度いいだろう♪」

「ほほう♪未来の医療紋という訳か♪面白い、出来上がったら直ぐに我に見せてくれ♪」

 

「判った♪…………所でそういった物を作るには誰に頼めばいいんだ?」

 

「ふむ、そうであったな…………猿!入ってまいれ。」

 

 久遠は膝をパンとひとつ叩いて真正面の襖の向こうへ言葉を投げ掛けた。

 

「は、はいい!?」

 

 評定の間に入る事が出来ない身分のひよ子は廊下で控えていたのだが、突然入れと言われても恐れ多くて襖の陰でオロオロしてしまう。

 

「よい、今は特別だ♪」

 

 怖ず怖ずと入ってくるひよ子は全員の注目を集めて顔を真っ赤にしていた。

 そのまま部屋の(へり)(へり)、敷居に足が触れるギリギリに座ろうとするので、久遠が苦笑して手招きをする。

 

「そこではない、もっとこっちへ来い♪」

「は、はひっ!?」

 

 ひよ子は立ち上がって末席の辺りまで進み、座ろうとした所でまた久遠から声を掛けられた。

 

「そこでもない。我がよいと言うまでこっちに歩いて来い。」

「ひいぃん………」

 

 ひよ子は言われるがままに前へ進むが、涙目は焦点が定まらず、右手と右足が同時に出る始末である。

 

「もそっと♪」

「…………」

「うむ、そこでよいぞ♪」

 

 やっとお許しが出たと安堵して座ろうとした時、左手の視界ギリギリに壬月の笑顔が見えた。

 体の動きを止めたひよ子は引きつった笑顔のまま首だけ右に向けると、今度は麦穂の笑顔が目に入る。

 武士ではない自分が公式の場でこの様な場所に座るなど、想像するだけでも恐れ多いと考えるひよ子である。

 もう顔中に冷や汗を流して今にも気を失いそうだった。

 

「猿、今より小人頭を免じるので武士となれ。祉狼の下につき、功を上げよ。」

 

「……………………えっ?」

 

 まさかこんな形で武士に取り立てられるとは思っていなかったので、久遠の言った言葉を理解するのに時間が掛かった。

 しかし、ゆっくりとその意味が頭に染み込んで来ると、自然と顔が綻んで来る。

 

「………あ、ありがとうございますっ!!」

 

 ひよ子の喜ぶ顔を見て祉狼、昴、聖刀は久遠がこの子を出世させたのだと理解した。

 

「では猿、祉狼達に挨拶するがよい♪」

 

「はい♪私は木下藤吉郎ひよ子秀吉と申します♪祉狼さまのお役に立てるよう頑張りますので、何でもお申し付け下さい♪」

 

「「な・ん・で・も〜〜〜〜〜〜?」」

 

 貂蝉と卑弥呼が地獄の底から這い出る混沌の様な声でひよ子を威嚇した。

 

「ひいっ!」

 

「祉狼ちゃんのお手伝い~とかいって二人で納屋に閉じ込められてみたりなんかしちゃうつもりかしらあああぁぁあっ!」

「ぐぬぬぬぬぬ!そんな羨まけしからん事はこの卑弥呼の目の黒い内は許さぬぞおおぉぉおおっ!!」

 

 涙を流してポージングをする二人の肩を、聖刀がポンと叩いて微笑んだ。

 

「二人共、過保護だよ♪」

 

 その一言で貂蝉と卑弥呼はシュンと肩を落として静かになる。

 その隙に昴がひよ子に近寄り話し掛けた。

 

「ごめんね、ひよ子ちゃん。師匠達は頭に血が上ると見境が無くなるから……あ、私の事は昴ちゃんって呼んでね♪お友達になりましょう♪」

 

 見た目美少女の昴に微笑まれ安堵するひよ子だったが、直ぐに昴が少年である事と三若との対戦を思い出し曖昧な笑顔を返した。

 

「ああ、私の守備範囲からひよ子ちゃんは外れてるから安心して♪」

 

 三若以外の人との会話はまともだったので、ちょっと安心する。

 

「妹さんが居たら、是非紹介してね♪」

 

 昴の笑顔を見て、ひよ子の本能が妹の居る事を教えてはいけないと告げていた。

 

「え、ええと………………………」

「猿にも妹が居ると言っていたではないか。」

 

 無情にも久遠からその情報は伝えられてしまった。

 

「君にも妹が居るのか♪俺にも四つ違いの妹が居るんだ♪生意気でお転婆だけど可愛い奴でな♪」

「そうなんですか?って、も、ももも、申し訳ございません!久遠さまの旦那様に気安く!」

 

 上段の祉狼へ気軽に声を掛けてしまった事に、ひよ子は床に額を擦り付ける勢いで頭を下げて不敬を詫びた。

 

「そう畏まらないでくれ。久遠には悪いが、俺も聖刀兄さんもそういう態度を取られるのが苦手なんだ。だから顔を上げて♪」

 

 優しい言葉にひよ子が顔を上げると、祉狼の眩しい笑顔が有った。

 その人懐っこい笑顔に、この人に付いて行こうという気持ちが湧き上がって来る。

 

「は、はい!祉狼さまの方針に添える様に、五斗米道隊の一員として努力しますっ♪」

 

 ひよ子は心からの笑顔でそう返事をした。

 が、

 

「違うっ!ゴットヴェイドー隊だっ!!」

 

 ひよ子の目が点になった。

 

「ひよ子ちゃん、これは祉狼が親から受け継いだ伝統芸能だと思って、諦めて付き合ってあげて…………」

 

 昴が溜息混じりにひよ子の肩を叩いた。

 

 

 

 

清洲城下

 

 評定が終わり祉狼は早速『ゴットヴェイドー隊』を出動させた。

 病人や怪我人が居ないか見回ると同時に地理地形を覚え、更に隊員となったひよ子の能力も見極めようという訳である。

 

「それじゃあ俺はひよと呼んでいいのか?」

「はい♪それで私は祉狼さまの事をお頭って呼びますね♪」

「お頭?」

 

 ひよ子に他意は無いのはその真摯な目を見れば判る。

 

「その呼び方ってここでは一般的なのか?」

「え?そうですけど…………何か変です?」

「いや………まあ、結菜にも郷に入っては郷に従えと言われたしな。それでいいよ。」

「はい♪お頭♪」

 

 ひよ子の笑顔を見ていると自分の拘りなど些細な事だと思えた。

 聖刀と昴がクスクス笑っているのが気になったが。

 

「(祉狼、あんた救護隊の隊長って言うより山賊みたいね♪)」

「(昴、山賊は言い過ぎだよ。せめて侠と言ってあげなよ♪)」

 

 ひよ子に聞こえない様に、昴と聖刀が耳元で囁いた。

 

「侠か♪弱きを助け強きを挫く。父さんも黄巾党を懲らしめたと言っていたから、侠のお頭というのも悪くないかもな♪」

 

 祉狼は空気を読めずに大声で応えた。しかし、当のひよ子が言葉の意味を理解出来ずに首を捻っていた。

 

「あのぅ、お頭。西に向かって歩いてますけど、これからどこに行かれるんですか?」

「ああ、久遠に教えてもらった木曽川と長良川を見に行こうと思ってる。」

「木曽川と長良川ですか♪………………木曽川ですかあっ!?」

 

 ひよ子が目をむいて跳び上がった。

 

「三里はありますよっ?」

「三里?確か三十里くらいだった筈じゃ…………ああ、ここの一里は十里に相当するんだったな♪」

「三十里って(みやこ)を越えて堺まで行っちゃいますよ…………いや、そうじゃなくて、行って帰って来るだけでも三刻かかるんですよ?」

「別に急いでいる訳じゃないから大丈夫さ♪」

 

 爽やかに答えた祉狼に昴が突っ込む。

 

「バカ!ひよ子ちゃんの事を考えてあげなさいよ!うちの将軍達と一緒にしないのっ!」

「えっ?まさか香斗姉さんと同じくらいなのか!?」

「いや………さすがにあそこまでじゃないでしょ…………それより久遠さまが馬を貸してくれるって言ってたじゃない。私がちょっと戻って借りてくるわ。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!お殿さまからお借りするって!しかも一頭だけですよね!?それに乗るのってまさか…………」

 

「まさかも何も、今の話の流れでひよ子ちゃん以外に誰が乗るのよ。」

 

 ひよ子は想像した。

 祉狼、昴、聖刀、貂蝉、卑弥呼が歩く中、ひとり馬に乗る自分の姿を。

 しかも跨がる駒は久遠所有の尾張一の名馬。

 

「わ、私いまとっても歩きたい気分なのでご遠慮しますううぅぅうう!」

 

 

 

 

清洲西方 木曽川付近

 

 結局、全員で歩く事になり、三時間弱で木曽川近くまで来ていた。

 その間にひよ子から様々な情報を祉狼達は教えて貰っている。

 例えば大は現在の尾張と周辺諸国の関係、特に美濃との情勢から、小は定食屋のメニューと値段に至るまで。

 そしてひよ子も祉狼達の話を聞かせて貰っていた。

 今は貂蝉と卑弥呼の事が話題になっている。

 

「貂蝉さまと卑弥呼さまってお頭の生まれるそんな前からお頭のお父上とご一緒だったんですかぁ………」

「そうよ〜ん♪初めて出会った時から華陀ちゃんったら大胆だったわぁ〜ん♪ウフ❤」

「しかも御主人様に劣らず、とても立派で逞しかったぞ♪がっはっはっはっはっ♪」

「お二人から見ても逞しい方って……お頭と聖刀さまからは想像できないですねぇ……」

 

 ひよ子は祉狼と聖刀が将来マッチョになってしまうのかと心配になった。

 そんなひよ子の勘違いを昴は少し訂正する。

 

「陛下も先生も聖刀さまより少し線を太くした感じよ。師匠達みたいじゃないから安心して。聖刀さまはお母上の面影が有るから線が細く見えるのよね。」

「聖刀さまのお母上って、曹孟徳様ですよね?どんな方なんですか?」

「すごい美人で頭が良くて料理の腕が超一流で子供に優しいけど躾に厳しい人………」

 

 昴の声が小さくなって行くのでどうしたのかとひよ子が覗いて見ると顔面蒼白になっていた。

 

「怒るととっても恐ろしい人よ………昔怒られた時はオシッコ漏らしてガタガタ震えて声を上げる事も気を失う事も出来なかったわ…………」

 

 ひよ子はゴクリと生唾を飲み込む。

 世界は違っても曹孟徳は曹孟徳なのだと、妙に納得した。

 

「ひよ!これが木曽川か?」

 

 気が付けば木曽川の土手に到着しており、目の前には大きな川面が姿を見せていた。

 

「はい♪」

 

 美濃から尾張に流れる一番大きな川で、長良川と揖斐川と合わせて木曽三川呼ばれ、大雨で氾濫すれば大きな災害をもたらすが、ひよ子には尾張の重要な水運路という誇りがあった。

 

「へえ♪漢水くらいの川幅だね♪」

「そうですね、水量も同じくらい有りそうです。」

 

 聖刀と昴の会話が聞こえたひよ子は、祉狼にその意味を問い掛けた。

 

「あの、お頭。『かんすい』って川の名前ですか?」

「ああ、俺達の住んでいた都の近くを流れる川でな。」

「へえ、その川…」

「長江の支流で本流と比べると小さな川だ♪」

 

「………………………小さい………」

 

 大陸の雄大さを思い知らされたひよ子である。

 

「川幅は楼船も往来出来そうだけど、深さはどうかな?楼船で人員輸送に使えたら便利だよね♪」

「って言うか、輸送以外に使えませんよ。船戦なんかしたら真正面からのガチンコ勝負ですね。」

「双方轟沈する姿が目に浮かぶね。」

「楼船二隻がここで沈んだらちょっとした雨で氾濫必至ですよ………」

 

 聖刀と昴の会話にひよ子は言葉を失う。

 

「二人は直ぐにそんな話しをする………水がきれいだし、緑が美しくて俺はこの風景が大好きだな♪」

 

 祉狼が素直な感想を述べているのは顔を見れば判った。

 ひよ子は自分が褒められているみたいで嬉しくなり、その笑顔に見とれてしまう。

 

「所で、そろそろ昼飯にしないか?この景色を見ながら食べたら最高にうまいぞ♪」

 

「そうね♪それじゃあお弁当出すわね♪」

 

 昴は例の肩に掛けた麻袋から竹の皮に包まれた『中華ちまき』を取り出して全員に配った。

 

「はい、ひよ子ちゃん♪」

「あ、ありがとうございます………って、こんなにたくさん!?」

 

 昴はひよ子の手に五個六個とちまきを乗せていく。

 

「まあ、まずは食べてみて♪」

 

 受け取ったちまきに戸惑っていたが、全員が同じ数受け取っているので大人しく土手の草の上に座った。

 全員で車座になったのでひよ子はまた恐縮してしまう。

 

「「「「「「いただきます。」」」」」」

 

 手を合わせてから竹の皮を解く。

 ひよ子は姿を現したお米と具に目を輝かせ、他の五人が口を付けたのを確認してから齧り付いた。

 

「!!!!?」

 

 その味はひよ子が生まれてから今まで食べたどんなご馳走よりも美味しく、一口で夢の世界に飛ばされた。

 この中華ちまきを作ったのは聖刀だ。

 

「ひよ子ちゃ〜ん、大丈夫?」

 

 昴がひよ子の目の前で手の平を振るが、ちまきを咥えたまま動きが止まっている。

 

「聖刀兄さん、眞琳姉さん、華琳伯母さんの料理を初めて食べた人間によくある反応だ。心配ないだろ。愛紗伯母さんの料理でこの反応だとヤバいけどな♪」

 

 他の外史では改善の兆しの有る愛紗の料理も、祉狼達の知る愛紗の作る料理は炒飯以外全て殺人兵器である。

 この中華ちまきも愛紗が作ったのなら、この外史から豊臣秀吉が早々に退場していたに違いない。

 当然そんな事にはならず、ひよ子はきっかり三分後に意識を取り戻した。

 

 

 

 

「このちまき聖刀さまがお作りになったんですかっ!?」

 

「ひよ子ちゃんのお口に合ったみたいだね♪」

 

 ひよ子は受け取った六個のちまきをあっという間に食べきっていた。

 

「私こんな美味しい物、生まれて初めて食べましたっ!」

「ありがとう♪調味料が揃わなかったから心配だったんだ♪」

「あれ?そう言えばこのちまきの材料って清洲城に有った物ですよね?」

「久遠ちゃんが使っても良いって言ってくれたからね♪調味料もあそこに有った物を使わせて貰ったよ♪」

「い、いえ、別に私が管理している訳ではありませんから!………その、賄い方の人達が落ちこんでないかなぁと………」

「落ち込んではいなかったけど、作り方を教えてくれって迫られたよ♪」

「それは私からもお願いしますっ!」

 

 ひよ子が清洲城で今後出される振舞いを期待しているのは明らかだった。

 

「それよりもあのちまきの材料が全て城に有った物だと、ひよが気付いた事が俺は驚きだな。」

 

 祉狼はひよ子の記憶力を素直に賞賛する。

 

「勘定方の仕事をしていた時に見た納品の目録をたまたま覚えていただけですってばぁ!」

 

 ひよ子は祉狼に食い意地の張った人間だと思われたのではと、慌てて否定した。

 

「いや、これは本当に心強いぞ。何しろ俺達はここの薬の相場が判らないからな。」

 

 自分達は救護隊なのだから薬を数多く扱う事になる。

 薬は基本的に高い物だ。

 それ故に詐欺師も多く、目利きが必要となる。

 

「任せて下さい!そういう事には自信が有ります!…………腕っぷしはからっきしですけど………」

 

 苦笑いをするひよ子に祉狼は励ます様に答える。

 

「久遠もそれが解ってるからゴットヴェイドー隊に回してくれたんだろう。俺達は救護隊だから戦う事は無い筈だ。」

「え?戦わないって、それじゃあ手柄を立てられないじゃないですか!」

「そんな事はないぞ。戦で傷付いた仲間の命を救うのだって立派な手柄だ!救った相手からの感謝の気持ちは何よりも誇れると思わないか?」

 

 祉狼の燃える瞳にひよ子は感動を覚えた。

 

「はい!そうですね♪私もその方がたくさん仕事をできると思います!フンスッ!」

 

 ひよ子は拳を握って力強く応える。

 

「ははは♪期待してるよ、ひよ♪」

「はい!」

 

 この時、ひよ子は自分の前に新しい道が拓けた想いだった。

 

 

「こんクソだぎゃあっ!おまぁどえぐったろきゃぁあっ!!」

 

 

「ひいぃい!ごめんなさぁああいっ!」

 

 突然聞こえてきた怒鳴り声にひよ子が頭を抱えて踞る。

 祉狼達五人は怒鳴り声が聞こえて来た方向を見ると、少し上流に有る荷揚げ場で人夫の男衆が殴り合いの喧嘩を始めていた。

 

「あ〜ら、みんな元気ねぇ〜ん♪」

「うむ、道具を使わず拳だけとは天晴れである♪」

「男同士の取っ組み合いなんて面白くないわ。幼女同士の喧嘩なら私が間に入って蹴られまくってあげるんだけど♪」

「ははは♪昴はブレないね♪」

 

「そんな笑ってないで仲裁してくださいよぉ!」

 

「まあまあ♪ひよ、あの喧嘩なら止めるのは簡単だ。血の気の多い人間はたまにああやって発散する方がいいのさ♪」

 

「ええっ!?お頭まで!?」

 

 ひよ子は、戦嫌いで医者の祉狼が殴り合いの喧嘩も嫌いだと思い込んでいたので、この発言にはかなり驚いた。

 

「伯母さんや従姉妹にも血の気が多いのが揃ってたからな♪この程度なら子犬のじゃれ合いみたいなモノさ♪やり過ぎる前に止めはするよ♪」

 

 ひよ子がハラハラと見守る中、祉狼、聖刀、貂蝉、卑弥呼はスポーツ観戦でもする様に喧嘩を眺め、昴はひとり対岸の土手で遊ぶ三人の幼女をガン見して悦に入っていた。

 

「さて、そろそろか。」

 

 祉狼が立ち上がると他の四人ものんびりと立ち上がる。

 ひよ子も気を奮い立たせて後に続くが、貂蝉と卑弥呼の背中に視界を阻まれて喧嘩がどうなっているのか解らなくなってしまった。

 

「もう充分暴れたろう。その辺りで止めないと周りが迷惑するぞ!」

 

 祉狼の良く通る声に喧嘩をしていた男衆が反射的に怒鳴り返す。

 

「だましかっとれ!こんたあけ…………が………」

 

 日に焼けた諸肌に法被を羽織った褌姿の人夫が、言葉を詰まらせたのは祉狼を見たから………では無く、当然貂蝉と卑弥呼にびびったからである。

 

「「喧嘩両成敗♥」」

 

 ズゴゴゴという書き文字が見えそうな迫力で白い歯を見せて近寄る漢女に耐えられるのは、かの三熟女くらいだろう。

 

「ぎょひいいぃい!バケモンだぎゃああああああっ!!」

「どぁああれが木曽の河童ですってえぇええっ!尻子玉ぶっこ抜くわよおおぉぉぉおおおっ!!」

「竜宮の漢姫(おとひめ)と美を競ったこの卑弥呼をあの緑色の相撲馬鹿と一緒にするでないわあああぁぁあああっ!どすこぉおおおおいっ!!」

 

「ひよ子ちゃんには刺激が強いからこれ以上は見ない方がいいわよ♪」

 

 昴がひよ子の目蓋に手を当てて目隠しをする。

 真っ暗になった世界に「うっふ~ん」とか「あっは~ん」とか聞こえて来て、今晩夢でうなされそうなのでひよ子は自ら耳も塞いで数を数え、意識を外界から隔離した。

 しかし、十も数えないうちに目隠しが外され、再び開けた視界には男衆が全員のびて死屍累々の体で転がっていた。

 そこへひとりの少女を先頭にした二十人近い野武士が、土手を上流側から走ってやって来る。

 

「こらああああっ!喧嘩をしてるのはキャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

「あっ!ころちゃんっ!」

 

 貂蝉と卑弥呼に驚いて悲鳴を上げる少女にひよ子が気付いて声を掛けた。

 

「え!?ひよ?なんでひよが…………まさかひよ、食うに困って野盗に………」

「違うよっ!私、織田の殿様に認められて今日から武士になったんだよっ!」

「ええっ♪おめでとう!ひよ♪じゃあこの人達…いや、こちらの方達は?」

「えっと、まずこちらが私のお頭で華旉伯元さま。通称は祉狼さま♪織田久遠さまの旦那さまだよ♪」

 

 ひよ子がころちゃんと呼んだ少女の顔に冷や汗が浮かんだ。

 

「こ、これはとんだご無礼をいたしました!わ、わたくし蜂須賀小六正勝!通称転子ともうします!木曽、長良で川並衆の棟梁を務めさせていただいておりますっ!」

 

 慌てて跪き言上を述べる転子。

 

「堅苦しい挨拶は後だ!喧嘩の後は全員怪我の治療!そして最後に握手を交わして仲直りだっ♪」

 

 祉狼はマイペースだった。

 呆気に取られる転子を置き去りに、祉狼は手にした鍼を天に掲げる。

 

「はぁあああああああああああああぁぁぁぁぁああっ!

 我が身!我が鍼と一つとなりっ!

 一鍼胴体!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅!!」

 

 湧き上がる凰羅は誰の目にも映る程光り輝き、信心深い者達はその場で手を合わせ始めた。

 

「ゴットヴェイドオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 最高に昂まった氣圧が地に落ちた太陽を彷彿させる凰羅となる!

 

「元気にっ!なれえぇええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 

 天を(つんざ)く咆哮と共に解放された氣を鍼に込め、気絶している男衆に次々と打ち込んだ!

 

 数瞬の静寂。

 

『ぶっはあぁあっ!』

 

 倒れていた男衆が一斉に飛び起きて、自分に何が起きたのかと辺りに首を巡らした。

 

「い、今の………ああっ!ひよ!もしかしてこの方が田楽狭間の天人さまっ!?」

「うん、そうだよ♪祉狼さまだけじゃなくて、こちらの聖刀さまと昴さんもだよ♪それにこちらが貂蝉さまで、こちらがかの有名な」

 

 ひよ子はわざとひと呼吸おいた。

 

「卑弥呼さまだよぉお♪」

 

 ひよ子が得意気になって転子に紹介している後ろでは、祉狼が男衆と話をしていた。

 

「何処か痛い所は有るか?」

「………うんにゃ、どっこも痛ぇとこあれへん……持病の腰まで痛ぉのうなっとるがや……」

「おみゃあもかあ?うちは膝がようなっとるでよ!」

「うちは水虫が治っとる♪」

 

 祉狼は全員の話を聞いて、全員が完治しているのを確認すると満足気に頷いた。

 

「よし!それじゃあ握手をして仲直りだ♪」

『あくしゅ?』

 

 この時代の日の本にはまだ握手の概念が広まっていない。

 祉狼達の世界では一刀が広めたので、今ではかなり定着していた。

 

「いいか、こうやって相手の手を握って、『仲良くなりましょう』という簡単な儀式だ♪」

 

 人足の男は呆気に取られていたが、握られた手の平から祉狼の気持が伝わった気がして言葉の意味を理解した。

 

「憤怒ぅぅううううううっ!祉狼ちゃんに手を握ってもらえるなんてぇええっ!!」

「嫉ぃいいいいいい妬っ!私も祉狼ちゃんと握手がしたいぞぉおおおおおっ!!」

 

 ジェラシーに燃える貂蝉と卑弥呼は置いておいて、祉狼の『治療』を見ていた野次馬達から歓声が上がる。

 

「ゴットヴェイドーーーーー!」

 

 それは感激のあまりに出た魂の叫びだ。

 それに合わせて他からも声が上がり、あっと言う間にこの場の全員に波及した。

 

『ゴ ットヴェイドーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

 

 転子はまた呆気に取られ、ひよ子は自分のお頭がみんなに歓迎されて嬉しく誇らしく感じていた。

 聖刀は祉狼のこの日の本での最初の戦果に満足し、昴は幼なじみが久遠の評判を上げるのに役立って行けそうだと胸をなで下ろしていた。

 そして、当の祉狼はと言うと。

 

「みんな良い発音だぞっ♪」

 

 やっぱりマイペースだった。

 

 

 

 

「え!?川並衆が祉狼さまの救護隊の手助けをするんですか?」

 

 騒動が落ち着いた所で、転子と話をしている内にそんな話も出て来た。

 転子が『ゴットヴェイドー隊』と言わないのは既に散々訂正させられたからだ。

 どうやら尾張訛りのきつい方が発音は良い様である。

 

「むしろゴットヴェイドー隊が川並衆の手助けをすると言った方がいいかな?」

「ええと………それって……… 」

「今日みたいに喧嘩もあれば事故で怪我人が出る事もあるだろう?それに川並衆が関係している地域は広いから、そこで病人や怪我人が出たら直ぐ俺に知らせてくれるか、何だっ たら連れて来てほしい。」

「治して下さるんですかっ♪…………あ、でも、お金が………」

「金は要らない。医は仁術と言うだろう♪しかし、それで川並衆にも無償で手伝ってもらう事になるのが心苦しいが………」

「そんな!人助けなんですからお金なんて貰ったらバチがあたりますよっ!私達は知らせたり連れて行ったりするだけじゃないですか!実際に治して下さるのは祉狼さまなんですからっ!」

「じゃあ♪」

「はい♪この話…」

「ちょっとお待ちくだせぇ!」

 

 転子が了承しかけた所で川並衆のひとりが割り込んだ。

 

「その話、ご褒美として蜂須賀さまを仕官させてくれやせんか。」

「ちょ、ちょっと、何言って………」

「蜂須賀さま!昔から仕官するのが夢だって言ってたじゃないですか!」

「それはそうだけど………」

 

 転子はバツが悪くなって祉狼達をまともに見られなくなってしまった。

 

「ここでは仕官するのがそんなに難しいのか?」

 

 言ったのは祉狼だが、聖刀も昴も驚いた顔をしている。

 

「え?その、私は身分が低いですから……… 」

「ひよ、久遠もそう考えているのか? 」

「久遠さまならころちゃんを仕官させてくれますよ!何しろ私を武士に取り立てて下さったんですから!…………ただ、お城の他の方は………」

「そうか………久遠も改革したいんだろうな………よし!所属はこのゴットヴェイドー隊になるがいいか?」

「えええっ!?そんなに簡単に決めちゃって良いんですか!?」

「俺達の居た世界でも久遠の様に改革して、身分を問わず登用したのが曹孟徳、劉玄徳、孫仲謀だ。思春伯母さん、いや、甘興覇は江賊から将軍になったんだ。それにくらべれば川並衆は堅気なんだから全然問題ないだろう♪」

 

 転子は驚いた顔で祉狼の言葉を聞いていたが、途中で真剣な顔で思案し始め、頭を下げた。

 

「申し訳ありませんが、仕官の話は無しにしてください。」

 

「ええっ!?どうして!?ころちゃん!」

 

 ひよ子が転子の肩を掴んで正面から問い質した。

 

「ひよ………だって私はまだ祉狼さまのお役に立っていないんだよ♪」

 

 転子の答えに祉狼が頷く。

 

「そうか。ならころと川並衆が実績を上げたら改めて仕官の話をしよう。これならどうだ?」

 

「は、はい!その時は是非お願いします♪」

 

 こうしてゴットヴェイドー隊は川並衆と渡りを付け、協力関係を築いたのだった。

 

 

 

 

 ゴットヴェイドー隊が発足してから七日が経過した。

 その間にゴットヴェイドー隊は尾張のあちこちに出掛けて無償での治療を行ったり、薬草を集めたりしていた。

 そのお陰で祉狼は人々から『薬師如来の化身』と呼ばれる様になっていた。

 貂蝉と卑弥呼を見た人が『仁王様』と言う度に二人が暴れ出すという迷惑なおまけも付いていたが。

 そして今、祉狼達五人とひよ子は再び木曽川を訪れている。

 

「聖刀さま!文が!返事が届きました♪」

 

 土手を歩いていたら突然昴がそんな事を言い出したので、ひよ子は驚いて辺りを見回すが早馬どころか人が近付く気配も無い。

 昴に視線を戻すと、何やら肩に掛けた麻袋をゴソゴソやったかと思うと小さな水晶玉を取り出した。

 直径5cmくらいの手の平に乗るサイズで、光を明滅させブルブルと振動している。

 ひよ子は驚きもしたが、それ以上に好奇心が勝った。

 

「昴ちゃん!それって神通力!?」

「この水晶玉がね♪私が神通力を使える訳じゃなくて、この水晶玉自体に神通力が込められてるの。作ったのは吉祥さまで師匠が向こうで預かって持って来てくれたのよ♪」

 

「吉祥天様の神通力が宿った水晶玉っ!?」

 

 ひよ子は手を合わせて拝み始めてしまった。

 

「そこまで拝む物じゃないんだけど………ちょっと見て♪」

 

 昴が差し出した水晶玉を言われるままに覗いてみると

 

【メールが届いています     G—M〇IL】

 

 という文字が浮かび上がっていた。

 どうやら管輅はグー〇ルアカウントを持っている様である。

 

「ええと、内容は………」

 

 昴が水晶玉の表面を指で撫でると文字が変わった。

 

【聖刀へ  浮気したら許さない   妻一同より】

 

「だそうですよ、聖刀さま。」

「あはは♪信用無いねぇ♪」

 

 聖刀は頭に手を当てて苦笑いをした。

 

 次に出て来た文字は

 

【お兄ちゃんのバカ    三刃(みつば)

 

「あらら、三刃ちゃん拗ねちゃってるわよ………」

「困ったやつだ。事故なんだからしょうがないだろうに………」

 

 口ではそう言っても祉狼の顔は嬉しそうだ。

 

「あの、三刃さまってもしかしてお頭の妹様ですか?」

「うん、そう♪ちょっとツンデレで可愛いのよ♪」

 

【三人へ  頑張れ  父母一同】

 

「あの………これだけですか?」

「一回に送れる文字数に限界が有ってこれ以上は無理なんだ。」

「はあ………そういう物なんですか…………」

 

 ひよ子は『神様でもままならない事があるんだなぁ』とちょっとズレた感想を抱いていた。

 祉狼の後に昴が溜息交じりに補足を加える。

 

「送るのも受け取るのも数日開けないといけないし、しかもその間隔が不定期だからこっちも『無事生存』とか、『祉狼嫁二人出来る』とか重要な現状報告しかできないのよね。」

「ああ、それで妹様が拗ねてらっしゃるんですね。」

 

「三刃はいつまでも甘えん坊で困ってるよ♪」

 

 祉狼の言葉に昴とひよ子が今度は大きな溜息を吐いた。

 

「(何となく気が付いてたけど、お頭って朴念仁なんだね…………)」

「(不憫な三刃ちゃん………私がそばに居れば全力で八つ当たりを受けてあげるのに………)」

「(それもどうかと思うけど………)」

 

 この数日ですっかり仲良くなった昴とひよ子は気安い会話をする様になっていた。

 会話の内容はヒドい物だが。

 

 

 

 

 ゴットヴェイドー隊は木曽川の船着き場で転子と落合い、川並衆五人を連れて長良川との合流点へと船で移動した。

 そのまま長良川の川岸の様子を確認しながら上流へと進んで行く。

 

「凄いな…………こんなに綺麗な水の流れる川なのか………」

 

 祉狼、聖刀、昴の三人は長良川の清流に目を丸くして驚いていた。

 

「これに比べたら黄河は泥河だね♪」

「そんなになんですか?」

 

 聖刀の言葉に転子は興味を持って聞き返した。

 川並衆の棟梁としては噂に聞く大陸の黄河の事が気になる様だ。

 

「黄河の水は砂を多く含んでいてね。その名の通り水が黄色いんだよ♪」

「黄色い河ですか…………見てみたい様な見たくない様な………」

 

「川の水に血が混じっている………」

 

 祉狼が突然呟いた。

 転子、ひよ子、そして川並衆も川面に目を凝らすが、それらしい様子は見て取れない。

 

「水の匂いが変わった!上流で戦でもしているのか!?」

 

 祉狼は舳先から上流に目を凝らしても、川が蛇行しているので陸地に阻まれて見る事が出来ない。

 

「上流って……………きっと墨俣です!」

 

 転子は思い至り声を上げた。

 

「墨俣って…じゃあ、佐久間様が美濃勢に襲撃されてるってことっ!?」

 

 ひよ子も気が付いて慌て出す。

 墨俣では織田家家老佐久間出羽介右衛門尉信盛が美濃攻略の足掛かりとする砦を墨俣に築城する事になっていた。

 祉狼はひよ子や久遠から美濃との関係を教えて貰っていたが、墨俣築城は美濃に悟らせない為に極秘とされていたので聞かされていない。

 ひよ子は久遠の側仕えだったので知ってはいたが、先の理由で祉狼にも教える事が出来なかった。

 転子は川並衆の情報網で調べ上げたので状況を把握していたのだ。

 

「ころっ!川並衆を直ぐに集められるかっ!?」

 

「えっ!?加勢に向かわれるのですかっ!?」

 

「加勢じゃないっ!救援だっ!ひとりでも多く助け出したい!頼むっ!」

 

 祉狼に真正面から見つめられて転子はたじろぐ。

 しかし祉狼の瞳の中に悲しみの色が有るのに気付き、転子は頷いた。

 

「分かりました、祉狼さま。それでは直ぐに引き返して人を集めます!」

 

「頼む!それじゃあゴットヴェイドー隊は先に墨俣に向かう!」

 

「了解よん、祉狼ちゃん♪」

「心得たっ♪」

「まあ、しょうがないわね♪」

 

 貂蝉、卑弥呼、昴が頷く。

 

「聖刀兄さん!」

「解かっているよ、祉狼♪田楽狭間で我慢させたからね、今日はお前のやりたい様にやってごらん♪」

 

 聖刀も微笑んで頷いた。

 

「よしっ!行くぞ!ひよっ!」

「へ?ひゃあっ!!」

 

 祉狼はひよ子を船上でお姫様抱っこをすると川に向かって飛び出した。

 

「「「「「「!!!?」」」」」」

 

 転子と川並衆の驚きは声すら出ない。

 先ずは川に飛び込んだと思い驚き、次は祉狼がひよ子を抱いたまま水面に立っている事に驚いたのだから。

 正確には川面を流れていた木の葉の上に祉狼は立っていたのだ。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 祉狼が雄叫びを上げると足元から水しぶきを上げてジェットスキーの様に上流へと滑って行く。

 

「貂蝉師匠、宜しくお願いしますね。」

「しっかり掴まってるのよ~、昴ちゃ~ん♪」

 

 貂蝉は昴を背負って祉狼と同じ様に船から飛び出した。

 そして卑弥呼も貂蝉に続く。

 

「「とうっ!」」

 

 漢女二人も祉狼を追って川面を滑って行く。

 

「転子ちゃん。君も行かないかい?出来れば祉狼の活躍を見て欲しいんだけどな♪」

 

「え………でも………」

 

 転子は祉狼に川並衆を集めて欲しいと頼まれた。

 それを果たすのが自分の役目では無いのか?

 

「蜂須賀さま、行ってください!こっちは俺らがやります!直ぐにかき集めて墨俣に行ってみせますよ♪」

 

 川並衆の男達に後押しされて、転子は決断した。

 

「お願いします!私も墨俣に連れて行って下さい!」

 

 

 

 

墨俣

 

 墨俣ではひよ子が推測した通り、佐久間隊が稲葉山の美濃勢に襲撃を受けていた。

 佐久間信盛は幾度となく殿(しんがり)を任され『退き佐久間』という渾名を持っている古強者だ。

 その佐久間信盛でさえ墨俣築城は困難を極めていた。

 

「佐久間様!もうこれ以上は保ちませぬ!撤退致しましょう!」

 

 信盛は犬子曰く『佐久間のおばちゃん』で、桔梗によく似た雰囲気を持つ戦人の熟女だが、流石に部下の進言通り築城を諦めるしかないと苦虫を噛み潰した様な顔で決断する。

 

「やむを得ぬか…………」

 

 苦渋の決断を下す信盛が撤退の号令を下そうとした時、『ソレ』は現れた。

 

「祉狼ちゃんの露払いはああああああああああっ!!」

「わたしたちにおまかせよぉおおおおおぉぉおんっ!!」

 

 長良川から飛び出した二つの巨体に美濃勢、佐久間隊共にパニックに陥った。

 

「ぎゃあああっ!なんだあれはっ!」

「ば、化け物だっ!」

「鬼だっ!鬼が出たぞっ!」

 

「お兄さんじゃなく綺麗なお姉さんでしょうがあああああああっ!!」

「目の玉ひん剥いて良く見るがよいわぁああっ!!」

 

 貂蝉と卑弥呼の後ろにいる昴は『良く見たからこそではないですか?』とツッコミたいのを我慢して、ひよ子の為に安全地帯の確保に入った。

 

「織田の勇者よ!落ち着けいっ!この二人はお味方じゃ!」

 

 そうは言い切ったが、信盛は卑弥呼と貂蝉に面識が有った訳ではない。

 信盛は墨俣築城の為に田楽狭間にも参戦しておらず、その後の評定にも出席していない。

 しかし、書面で久遠が祉狼を婿とした事は知らされており、貂蝉と卑弥呼の事も情報としては知っていた。

 

「その神々しき姿を見よっ!正に阿吽の如き力強さをっ!儂らは神仏の加護を賜ったのじゃっ!」

 

 信盛の声に敵味方双方の動きが一瞬止まる。

 次の瞬間、美濃勢の足軽達が恐慌をきたして逃げ出し始め、佐久間隊は奮い立ち、逃げる美濃勢を追い立てた。

 

「仁王さまじゃ!仁王さまに勝てる訳がねえっ!」

「仁王さまに刃物向けたらバチが当たるぞっ!おらぁ地獄に行きたくねえっ!」

「逃げろー!逃げるんじゃあ!」

 

 美濃勢が潰走する中、ひとりの少女が必死にわめいている。

 

「きさまらそれでも美濃の強者かっ!相手は尾張の弱卒だぞっ!逃げるなっ!戦えっ!戦えぇえっ!」

 

 その少女は今回美濃勢の指揮をしていた斎藤飛騨だ。

 美濃勢の足軽達は誰も飛騨の言葉を聞いていない。

 佐久間信盛と斎藤飛騨の格の違いがはっきりと表れた。

 

「佐久間さま!ご無事ですかっ!」

 

 敵の撤退に内心安堵していた信盛に、ひよ子が駆け寄ってその安否を問い掛けた。

 

「うん?猿ではないか。何故貴様が………そうか武士になったのであったな♪」

 

「は、はい!それで……」

「貴女が佐久間出羽介さんか。俺は華旉伯元、通称は祉狼。怪我人の治療を始めさせてもらうが構わないな!」

 

 祉狼はここに来るまでに見た傷を負っている足軽達を一秒でも早く治療したくて、割り込む形で信盛に迫った。

 

(なるほど、この儒子が殿の婿殿か。真っ直ぐな目をしておる。吉法師の頃の殿を見ているようだわい♪)

 

「儂の通称は半羽(なかわ)じゃ。ひとりでも多く傷付いた者を救って下され、婿殿♪」

 

 信盛、いや、半羽はニカッと笑って祉狼に頷いた。

 

「おう♪任せてくれっ!」

「お頭!私も手伝います!」

 

 祉狼が踵を返して走り出すのをひよ子が追い掛ける。

 

 その時、弓弦の音が聞こえ、矢の風切り音がひよ子の背に迫った。

 

ドスッ!

 

「さ、佐久間さまっ!」

 

 佐久間隊の武士の声に祉狼とひよ子が振り返ると、仁王立ちをした半羽の腹に一本の矢が突き立っていた。

 

「はぁあーっはっはっは!猿を狙ったら古狸に当たったわ!」

 

 弓を射た斎藤飛騨は高笑いと共に馬で戦場から逃げ去って行く。

 そんな飛騨には構わず、ひよ子と祉狼は半羽に駆け戻った。

 

「佐久間さま!佐久間さまっ!どうして私なんか庇ったんですかっ!」

「猿は武士になったばかりじゃろう……いつもおっかあに楽をさせるんだと……笑っておったでは…ないか………漸く夢が叶うというのに……逆に悲しませる訳には……ゆかんじゃろ♪」

 

 

「……………ゴットヴェイドー隊……………集合っっ!!!」

 

 

 怒りに震え、奥歯を噛み締めていた祉狼が吠えた!

 

 その声に応え聖刀、昴、貂蝉、卑弥呼が祉狼の元に集まる。

 転子も聖刀と共にやって来たが、半羽に突き立った矢を見て内臓に達していると一目で判り絶望の表情を浮かべた。

 

「今から矢を引き抜くと同時に傷を塞ぐ!半羽さん、動くと(やじり)が内蔵を更に傷付けてしまうから立ったままやるぞ!麻沸散を使っている時間も無いからかなり痛いと思うが……」

 

「ふふ……覚悟の上の結果じゃ………上手く行かずとも恨みはせんよ………」

 

「絶対に死なせはしないっ!あんたが死んだらひよが責任を感じて心が押し潰されるぞっ!だから何が何でも生き延びると強く思えっ!!」

 

「くっ…………確かにそれでは絶対に死ねんな………」

 

 半羽は不敵に笑って見せた。

 

「貂蝉!卑弥呼!半羽さんを支えてくれ!昴は周囲の警戒を!聖刀兄さん!矢を抜くのは任せた!」

 

 全員が頷いたのを合図に、祉狼は金鍼を取り出し氣を練り上げる。

 

「はぁああああああああああああああああああああああああっ!!

我が金鍼に全ての力!賦して相成るこの一撃!俺達の全ての勇気!

この一撃に全てを賭けるっ!!

もっと輝けぇぇええっ!!

賦相成(ファイナル)五斗米道(ゴットヴェイド)ォォオオオオオオォォォォ!」

 

 聖刀が矢を引き抜く!

 半羽がその痛みに悲鳴を上げそうになるが、歯を食いしばって噛み殺した!

 

「元気にっ!!なれぇええええええええええええええええええっ!!!」

 

 矢が抜けきると同時に打ち込まれた金鍼から大量の氣を流し込み、病魔を滅して傷ついた内蔵を回復させ、皮膚の矢傷もあっと言う間に塞いでいく。

 矢の刺さっていた場所にまだ違和感は有るが、痛みも消えた自分の腹を見て半羽は呆然となった。

 

「……………こ、これは……………正に神の御技じゃ………」

 

 初めて祉狼の技を見る半羽もそうだが、ひよ子と転子も木曽川で見た時の何倍もの氣圧を受けて言葉が出ない。

 

「ふぅ………成功だ、半羽さん♪」

 

 祉狼の屈託のない笑顔に半羽は神を見た想いがした。

 

「祉狼、傷を負った人はまだまだ沢山居るよ。」

 

 聖刀に言われて祉狼は大きく頷いた。

 

「ひよ!ころ!手伝ってくれっ!」

「「はいっ!お頭っ!」」

 

 転子を加えて三人になったが、今度こそ負傷した佐久間隊の人達の下へ向かって走り出す。

 転子が祉狼を『お頭』と呼んだ事に、祉狼が気付かないまま。

 そんな従弟の後ろ姿を温かく見送った聖刀は、貂蝉と卑弥呼に振り返る。

 

「さてと………怪我人をここから運び出すより、ここに怪我人を寝かせられる建物を作った方が良いよね。丁度資材も有る事だし、貂蝉、卑弥呼、お願い出来るかな?」

「あらあらあら♪それは良い考えねえ、聖刀ちゃん♪」

「合点承知♪私達に任せておけ♪」

 

 

 

 斎藤飛騨は稲葉山の中腹辺りを城に戻る為に駆けていた。

 

「ひ、飛騨様!後ろを!墨俣をご覧下さいっ!」

「ああ?織田の奴らが白旗でも上げたか?」

 

 飛騨は文字通り一矢報いた事で気分を良くしており、自分が負けた事すら忘れている様である。

 そんな飛騨が振り返ると、それまでの上機嫌は一瞬で吹き飛んだ。

 

「な、何だあれはっ!!?」

 

 稲葉山から見下ろした墨俣に、なんと城が忽然と現れていたのだ。

 いや、その城はまだ完成していなかったが、飛騨の視界の中で見る見る内に完成へと近付いて行く。

 それは録画映像を高速再生しているかの如く、若しくは雨後の筍の様にニョキニョキとその姿を大きくしていった。

 

「ば、馬鹿な!こ、こんな事ある筈があるかっ!ま、まやかしだっ!まやかしに決まっているっ!!」

 

 飛騨がどんなに喚こうと、墨俣の城はあっと言う間に完成してしまった。

 そして、稲葉山城からもこの墨俣の城が完成する様子を望遠鏡で覗いていた者が居た。

 

「これが………田楽狭間に降り立った天人衆の力なのですか?………」

 

 望遠鏡から目を離し、誰となく呟くのは竹中半兵衛重治。通称、詩乃。

 

「この事を有りの侭に伝えたとして…………この城の愚人共が信じるかどうか………」

 

 

 

 

 

あとがき

 

自分は戦国†恋姫の中でひよ子と転子のコンビが一番のお気に入りです!

ひよころ可愛いなぁ♪ひよころ♪(*´Д`)ハァハァ

 

それはさて置き、これまでの設定の訂正がございます。

これまでは卑弥呼がお家流をヤマトタケルに伝えたとしてきましたが、今回お読み頂いた通り壱与に伝えた事に変更しました。

この方が時代的に合っているので面白いと思ったからです。

因みにこの外史では壱与は神功皇后と同一人物になっています。

 

そして内容ですが、

ゴットヴェイドーが大活躍!ついでに漢女も大暴れw

祉狼達は過去の世界から来ているし日本史の事も知らないので、剣丞の様に『歴史を替えてしまう』と悩む様な制約が一切有りませんから、今後も思うがままに突き進みますw

 

 

さて次回は詩乃救出、それと聖刀の料理話を結菜、ころ、一発屋とさせたいと思いますw

 

 

 


 
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