No.775038

真恋姫無双幻夢伝 第九章6話『終わりの慟哭』

最後の戦い、決着

2015-05-03 17:10:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2324   閲覧ユーザー数:2124

   真恋姫無双 幻夢伝 第九章 6話 『終わりの慟哭』

 

 

 馬が駆ける音。気合が入ったかけ声。血が噴き出す音。そして、うめき声。これらすべて、人間側が出す音だ。一刀たちは何も言わない。何も感じない。ただ、襲いかかってくる。凪たちは、この一刀たちの真っただ中で、出口の見えない戦いを強いられていた。

 やつらを恐れた瞬間に、命を落とす。彼女たちは心を押し殺して、がむしゃらに戦うしかなかった。

 しかし、彼女たちは人間だ。最初は勢いよく敵中を突き進んでいたが、少しずつその足は衰え、とうとう部隊全体が立ち止まってしまった。恋も部下を守らないといけない。彼女たちは、やつらも攻撃の嵐を、固まって耐えしのぐ他なかった。

 

「くそっ!くそっ!」

 

 凪が剣を振り回す。もう疲れ切って、気弾は撃てない。脂汗がにじみ出て、目に染みてくる。

 その彼女の後ろに、1人の一刀が回り込んだ。そして彼女の背中を、剣で貫こうとしている。凪がその気配に気が付いたときには、もう遅かった。

 

「しまっ!?」

 

 一刀が動きだす。凪は思わず目をつむって、その衝撃を待った。

 ところが次の瞬間、一刀は、強烈な馬の体当たりに吹き飛ばされた。振り向いた凪の目の前にいたのは、真桜だった。無表情の彼女が、凪に近づいてくる。

 

「真桜か!すまない、たすか…」

 

 微笑もうとした凪の鼻に、真桜の頭突きが決まった。鼻頭を押さえる凪に、真桜は怒鳴り声を上げた。

 

「ドアホ!!勝手に行くな、このボケッ!」

「その通りなの!!」

 

 遅れてやってきた沙和も、彼女を叱りつける。沙和は、まだ痛がっている凪の鼻を強く引っ張る。

 

「い、いたい!いたい!」

「凪ちゃん死ぬとこだったの!こんなの、どうってことないの!」

 

 2人はそろって、凪に訴えた。

 

「ウチらだって、隊長を助けたいんや!凪だけちゃう!」

「私たち、ずっと一緒だったの!行くなら、ちゃんと言って!」

「お前たち……」

 

 昔から一緒にいた。ともに笑い、ともに泣き、ともに生きた。凪は、自分の半身ともいえる彼女たちを忘れていた自分を恥じた。

 

「すまなかった」

「「あ」」

 

 頭を下げる凪の鼻から、赤い血が垂れてきた。神妙に謝る彼女の姿との差に、真桜たちはふき出してしまった。

 

「あ、あかんわ。真面目に怒っとったのに、笑いが…」

「あははは!凪ちゃん、最高なの!」

「う、うるさい!お前たちがやったんだろ!」

 

 その間にも、彼女たちの隣を兵士たちが走っていく。さてと、と真桜が顔を戻して言った。

 

「ウチらも暴れるで!」

「こいつらぶっ潰して、隊長からご褒美もらうの!」

「さあ!先を急ぐぞ!」

 

 

 

 

 

 

 白い平原を進んでいく。アキラは、疲れ切った頭の中でそんなことを思いながら、馬を走らせていく。腕だけが機敏に動き、一刀たちを切り裂いていた。

 彼よりも先に、馬が限界を迎えた。前足を折って、倒れ込む。彼は空中に放り出されて地面に体を打ちつけたが、気力を振りしぼって立ち上がり、襲いかかってきた一刀の一人を、頭上から割った。

 足が動かない。一刀たちに取り囲まれ、息する間もなく襲いかかられる。剣筋が乱れ、やつらの攻撃も受けきれなくなってきた。1つ、また1つと、彼の体に傷が増えていく。

 それでも、彼は戦い続けた。仲間を信じて。

 

「しぶといわね」

 

 一刀の一人を斬ったアキラの前方から、白くないものが来た。白馬に乗った巨大な人影が挨拶してくる。

 

「こんにちは。元気かしら、アキラ」

「ちょう……せん…」

 

 貂蝉が、ぜーぜーと息を吐くアキラに、ウインクする。それを不快に思うほどの気力も、彼には残っていなかった。剣の重みに負けて、両腕がだらんと落ちる。

 しかしながら、そんな彼の姿を喜ぶはずの貂蝉の顔は、笑っていなかった。そして、つまらなそうにパチパチと拍手した。

 

「おめでとう。あなたたちは救われました」

「………?」

「左慈と于吉って名前だったかしら?それに華陀も。あの子たち、この世界をそのままネット上に移したのよ。完璧なプロテクトをかけたままね」

 

 貂蝉は、さも忌々しそうに、はあ~と長いため息をついた。

 

「これでこのバグが消えたら、ハッピーエンドね。わたしを含めた誰もが、この世界に干渉できなくなる。この世界のシステムも改良して、新しい魂が必要なくなったしね。もしかしたら、わたしよりも才能あったかも」

「そいつは…ハアハア……いいニュースだ…」

「わたしもおしまいだわ。あーあ、いやになるわぁ」

 

 何度もため息をもらす。そんな貂蝉の体が、バチバチと輝いた。その光に、アキラの目がくらむ。やがて現れたのは、車いすに乗った白髪の老婆だった。アキラは口角をあげた。

 

「なるほどな、それがお前の正体か」

「あら、悪い?満足に体を動かせないおばあちゃんだからこそ、あんな体を求めたのよ」

 

 華陀が“ババア”といった理由がよく分かった。アキラは背筋を伸ばして立つと、右手でつかんだ剣を彼女に向けた。

 

「俺たちの勝ちっていうことで、いいな」

「いいわよぉ。もう、どうでも」

 

 でもね、と貂蝉は言った。しわくちゃな顔で、笑みをこぼす。目は笑っていない。

 

「あなただけは許さないわ♡」

 

 突然、先ほどまで誰もいなかったはずの彼の後ろに、一刀が現れた。

 

「あっ!!」

 

 他の一刀たちと違って、強大な斧を振り上げている。アキラがふり向いた時には、その斧はすでに降ろされていた。

 彼は体をよじる。頭上を避けた斧は、彼の右腕に向かった。

 

「ぐわあああ!!!」

 

 彼の右腕が飛び、おびただしい量の血が噴き出す。貂蝉の笑い声が聞こえた。

 

「殺しなさい!」

 

 貂蝉の号令とともに、一刀たちが飛びかかっていく。

 アキラは、薄れゆく意識の中で、雲一つない空の青さが目に焼きついていた。

 

 

 

 

 

 

 だんだんと抵抗が激しくなっている。愛紗は奥へと駆けていく中で、そう感じていた。

 

「関羽!こっちなんか?!」

「分からない!でも、そんな気がする」

 

 霞にそう言った愛紗は、また1人斬った。一刀たちを斬るたびに、心がちくりと痛む。これはご主人様じゃない。そう割り切れない自分がいた。

 彼女はふと、顔を上げた。その場に立ち止る。

 

「何しとるんや!?」

 

 誰かが呼んでいる気がする。怒っている霞を気にすることもなく、彼女はきょろきょろと視線を動かした。

 視界の端が、かすかに光った。

 

「あれだ!」

「お、おい!?」

 

 愛紗は進んでいく。無我夢中で前に立ちふさがる一刀たちを斬っていく。彼女の視線は、ただ目標に向かって、まっすぐに伸びていた。

 そして、彼女はたどり着く。

 

「いた……」

 

 愛紗の目の前に、あの制服を着た一刀がいた。他の一刀が着ているのとは違う、透明になっていない、ご主人様の制服だ。

 その一刀は武器を持っていない。きょとんとした顔で愛紗を見ていた。

 彼の後ろから、分裂するように、武器を持った新しい一刀が姿を見せた。その瞬間も、彼は表情を変えず、愛紗を見続けている。

 これだ。愛紗は確信した。

 

「危ない!」

 

 しばらくその場に立ち止っていたのが、いけなかったのだろう。愛紗の背後に近寄っていた敵を、霞が排除した。しかしすぐに新たな敵が現れ、霞はとり囲まれてしまった。

 霞も、それが根幹だと気が付いた。

 

「そいつや!やれ、関羽!」

 

 愛紗は剣を振りあげる。だが、彼はまったく動かない。あの表情のまま、こちらを見つめてくる。

 彼女の心に、戸惑いが広がった。脳裏に、一刀たちを見ていた桃香の姿が思い浮かんだ。

 

「なにしとるんや?!はやく!」

「で、できない」

 

 霞は耳を疑った。剣を振りながら、愛紗に怒鳴る。

 

「ふざけとるんか!?そいつが敵の根源や!そいつを斬れば、すべてが終わる!」

「それでも!わたしは斬れない!斬れないんだ!」

 

 抵抗してこない彼を見ていると、一刀との思い出が克明に浮かんでくる。振り上げた剣を持つ彼女の腕が、小刻みに震える。彼女は、自分がもう、何をしたいのか分からなくなっていた。

 誰もが幸せに暮らせる世界。かつての一刀がそうだったように、目の前の彼が、その夢そのものに思えて仕方がなかった。

 

「世界はお前にかかっとるんや!」

「その世界とはなんだ?!ご主人様がいたからこそじゃないのか?!……くそっ、どうすればいいんだ!!」

 

 愛紗が叫ぶ。迷う。迷う。その間にも、彼女に敵が迫ってきていた。

 

「やれっ!!」

 

 愛紗の目からぼろぼろと涙がこぼれる。感情が爆発する。悲鳴を上げて逃げだしたい。愛紗は敵であるはずの彼を見つめたまま、全く動けない。

 そんな愛紗を救ったのは、一刀だった。彼女は目を見開く。

 

「あっ」

 

 目の前の一刀が笑った。彼女に微笑んだ。

 それを見た途端、彼女の震えが止まった。

 

「さよなら、ご主人様」

 

 彼女の剣が振り下ろされる。その刃は、彼の頭上から一直線に、彼を切り裂いた。

 その瞬間、戦場が悲鳴で震えた。

 

「な、なんや?!」

 

 すべての一刀たちが叫んでいる。その場に立って叫んでいる。その声の大きさと怖さに、全員が耳をふさぎ、目を閉じた。

 そして、突風が吹く。馬上から吹き飛ばされそうほどの強さに、彼女たちは必死に耐える。先ほどまで轟いていたあの声は、風にかき消されていく。

 やがて、風がおさまった。もう、一刀たちの姿はなかった。

 

「終わったんか…?」

 

 周囲を見渡しても、味方がちらほらといるばかり。霞は、夢でも見ていたような気分に襲われていた。

 愛紗は、馬をおりて、彼がいた場所にふらふらと歩いていく。そこには、真っ二つに裂かれた白い制服が、残されていた。彼女はその服を取り上げようとしたが、手に持った瞬間に、光の粒となって消えていく。

 

「ごしゅじんさま……うわああああ!!」

 

 愛紗は泣き叫び、膝から崩れ落ちた。

 勝利の余韻はない。誰もが唖然と立ち尽くす静かな大地に、彼女の慟哭は響くのであった。

 

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
5
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択