新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第043話「決戦前の日常」
一刀達が長安にて重昌と合流し、まずは次期荊州の当主である劉琦が同盟者として、影村に挨拶に来ていた。
「影村殿に致しましては、ご機嫌の方が大変宜しいようで」
「それは勿論。貴君との同盟、ますます深まり。この影村言葉も出ない。先日父君殿が賊の矢にて倒れたとの報が入ったが、今は息災か?」
「えぇ。今は元気に走り回れる程です」
「そうか。しかし怒ることがあればまた病魔は巣食い出すであろうから、くれぐれも注意を促して下さい」
「かしこまり申した。今夜にでも父に自重を促す手紙を書き、明日に遣いをやりたいと思います」
「そうして下さい」
二人は礼式に乗っ取って互いに頭を下げ、全ての作法を終えると、重昌より”よし”との声が聞こえ、小龍はそのまま椅子にへたり込んだ。
「ああ、やっと終わりました」
「よく出来たな小龍。外交での礼法はもう十分だろう」
「でもお父様からはこんなこと一度も習いませんでしたよ?」
彼女のそんな一言を聞くと、重昌は頭を抱えたくなった。
重昌の見立てでも、小龍の見た目は小さい。それに加えて彼女は病弱である為、白龍は自身の屋敷にて大事に育て、彼女はあまり世間を知らずに育てられた。
また重昌が初めて小龍の教育を任された時、彼女は今程口も達者ではなく、もっと大人しく、一刀の話によると、箱入り時代はもっと酷かったらしい。
しかし箱入り娘とはいえ、白龍も彼なりに小龍に英才教育を施していたのか、礼儀作法の初歩や、政治、戦術関係に関しては強く。後はそれを使う場を設ける事だけであった。
小龍の一度も習わなかったと言うのは、恐らくは実践にての使い道のことだろう。
「とりあえず、白龍の件は判った。呉と事を構えるのだから、私からも自重し慎重に戦うように言っていたと伝えてくれ」
「わかりました」
「とりあえず、今日はゆっくり休むといい。何かあれば一刀君にでも相談してくれ」
小龍は小さい体を、片手精一杯で伸ばして返事をし、そのまま部屋を出て行った。
彼女の姿が見えなくなるのを確認すると、重昌は自らの執務室に移動し、彼が指を鳴らした瞬間、思春が部屋に参上していた。
「報告せよ」
「はっ。劉表殿の体調は倒れる前に比べると、完全に回復している様ですが、ただ……」
「……ただ?」
「元気になった噂からは、人と距離を取る様になったとか。しかし私が見た限り、それ程気になった様子は無く。不気味な程体調が回復しておりました」
その報告を聞き、重昌は少し右の拳を顎に当てるような仕草をすると、再び話を戻した。
「荊州の様子はどうだ」
「劉表殿が倒れられた報を聞いた時、一時は近隣の豪族達の暴動も予感されましたが、劉備達客将が上手く抑えました」
「ほう……お前たちは動かなかった……何もしなかったと……?」
片膝を付き、頭を垂れている思春に重昌の顔は見えなかったが、恐らく今の彼は自らを睨んでいるのだろう感じをした。
何故なら、彼女の肩には何か冷たいモノが感じると共に、背中に向けても鋭い悪寒を感じたからだ。
下手なことを言えば、自分の首が撥ねられる。
思春はなるべく動揺を隠しながら重昌の問いに答える。
「はっ!我らと劉表殿は同盟を組んでまだ間も無く、下手に政治的介入を行えば逆に荊州の民が動揺するので、手を出しませんでした」
「……それは誰の指示だ?よもや一刀などと言うのではあるまいな」
頭を垂れる先に見えるのは床。
彼女の視線に僅かに入り込んだ彼が履いている足袋が見えたということは、既に重昌は自分が顔を上げた瞬間にそこにいる事を意味する。
ヒシヒシと伝わる気を間近に受けながら、彼女はどう答えるべきか悩んだ。
声を聴く限り重昌は苛立ちを含んでいる。
だが自分たちは一刀の判断を信じていたのだ。何もやましいことなどなく、逆に重昌は荊州の同盟については一刀に一任すると言っている。
「北郷……いや、天城殿の指示で間違いありません」
一拍間を置きつつ、彼女が答えると、重昌は思春に
「それでいい」
重昌はそう言って立ち上がると、執務室の椅子にドカリと腰かけ、ひじ掛けに腕を休ませた。
「まずは座れ」
明後日の方向を眺めながら言う重昌の言を、思春は素直に受け入れて、執務机の前の来客者用の椅子に腰は付けない様に座る。
「いいか思春。お前も一刀と
今の状態だったら、戦場において二人の身に何かあった時、動揺したお前も敵に刺されかねない。『自分を守れない者が他の者を護れるわけがない』。言っている意味が分かるな?」
「………はい。以降精進致します」
「よし。ならば茶でも入れるか。良い茶の葉が入ったのだよ」
「あ、それならば自分が!」
「いいから私に任せなさい」
「で、ですが!」
「……君は私の茶が飲めないのか」
推して推されて最後にはこの言葉。
飲み会の上司と部下の会話の様に聞こえるのだが、空気は完全に違うものである。
一般的な飲みの席であれば、上司の言葉は所謂絡み言葉。
だが重昌のこの問いは、彼は本気で落ち込んでいる。
「飲め飲め」ではなく「飲んでくれないのですか?」なので、完全に弱気なのだ。
先程の緊張張りつめた空気は何処へやら。結局思春は自身が根負けして、自らの主の主にお茶組みをさせることになったのだ。
「入ったぞ。玉露茶だ」
重昌お手製の丸い茶器の中に輝く黄緑色の透明の液体。そもそも玉露茶は三国志の時代にはなく、その起源は日本の1835年にあたる。
そんな色のお茶など見たこともなく、ましてやこの時代、茶とは大変高価な物であり、隠密を主とする思春が茶にありつくことなど滅多にない。
茶器に入った黄金色を見ると、彼女は飲むことが忍びなくなっていた。
「うん、上出来だ。流石に手間暇かけた甲斐があったものだ……ってどうした思春。飲まないのか?」
「い、いえ!自分の様なものがこの様な高価な物を飲むなどと……」
明らかに委縮している彼女に重昌は大きなため息を吐き、彼は「命令だ。飲め」っと施す。
彼女も命令に逆らうわけにはいかず、熱い茶をゆっくりと飲むと、途端に「旨い」と呟いてしまい、それを見た重昌はニヤリと頬を歪ませる。
「そうだろうそうだろう。それは私が煎茶に改良を加えた物だからな。そもそも玉露茶は製造法上の分類としては煎茶の一種で――」
こうして重昌のお茶に対するウンチクは半刻程続き、思春も最終的に生半可な返事となり、重昌がイキイキする度に思春は疲れていった。
「さて、私のウンチク語りが夜にならないうちに私の要件を済まさなければ。まずはどうだ。茶を飲んで少しは落ち着いたか?」
「あ、それはとても……」
先程の重昌のウンチクの影響で、既にそのまえの怒られたことなど軽くなってしまったのか、逆に落ち着いて思春は重昌の話に耳を傾けた。
「飲みながらでいいから答えてくれよ。荊州の暴動を事前に抑えたのは客将達と言っていたが、具体的に誰が主に行っていた?」
「はっ。行っていた将は主に関羽であり、彼女は部下の周倉・王甫を用いて巧みに暴動寸前の民を収めて行きました」
「……周倉と王甫。その二人は一体何者だ?」
「元黄巾党で、劉備の荊州入りの際に関羽に付き従ったとか……」
重昌は湯呑茶器を持ったまま固まり、何か考え事をすると、残っている茶を一気に飲み干し、思春に向かい合って、自身の耳の近くで指を動かし顔を近づける様に促す。
思春は顔を重昌に近づけると、彼は小さな声で彼女に呟いた。
「甘寧。帰ってきてもらって何だが、もう一働きしてもらう」
自身の事を真名ではなく名前で呼ばれたところで、仕事であると察し彼女も真剣になる。
「信廉にも知らせ、隠密部隊総動員で、一週間で荊州の状況を調べつくせるだけ調べつくして来い」
「一週間……ですか……?」
「金は惜しまない。とにかく、民衆の劉表殿に対しての。劉備に対しての。また次代の劉琦の評価諸々調べつくして来い。もう一度言う。金は惜しまない」
「はっ!!」
甘寧は返事をすると直ぐに重昌の部屋より消えていなくなった。
【不味いな。これは最悪のケースも想定してこれからの事を行わないと洒落にならないぞ】
彼はおもむろに執務机から紙と筆と墨を取り出し、そのまま筆を進めた。
筆を走らせて、書き直すこと数度。
重昌は使用人に紅音と葵を呼びに行かせ、暫くの後、彼女がやって来る。
「
「一体何のことでしょうか?」
執務室にて彼女が参上すると、二人は何処か浮かれ気分であった。
語ってはいないが、葵は義兄妹でありながら重昌の事を想っており、既にそういったことも済ませている。
つまり葵は重昌とは義兄妹でもあり、彼女は彼の側室でもある。
彼女達が浮かれ気分であるのは、直接の呼び出しで何かあるのかと楽しみで仕方のない表情の表れであるからだが、彼の目を見た瞬間身が引き締まった。
どこからどう見ようとも、これから逢引きに出かける者の雰囲気ではないからだ。
「皇甫嵩・馬騰。お前たちを呼び出したのは他でもない。急ぎある要件を頼みたいからだ」
机に両肘を付き、両手を絡めて視線を自分たちに向け、さらに自分達の事を名で呼ぶ重昌の反応を見る限り、彼は妻として自分達を呼び出したのではなく、部下として呼び出したことが判る。
「承知しました」
「それで、どういったご命令でしょうか?」
直ぐに二人は足並みを揃えて、背筋を伸ばす。
「まず馬騰。お前は今すぐ西涼に飛んで、五胡のこれからの動向を確かめろ」
「五胡ですか?」
「そうだ。攻めてこないに越したことは無いが、少し状況が状況になれば、奴らは一気に攻め寄せて来るかも知れん。ウチの軍で西涼の事を一番熟知しているのはお前だ。奴らが攻めてくれば追い散らし、何もしなければ睨みを利かせておけ」
「御意」
「皇甫嵩。お前は私の遣いとして、陛下にこの手紙を届けてくれ」
そう言いながら重昌は彼女に一つの手紙を渡す。
「これは?」
「なあに、只の手紙だ。簡略すると『陛下お元気ですか?』っと書かれた手紙だ。いいか。決して気は張らず、”余計なことも考えず”にいつもの様に陛下の様子を窺うようにお渡ししろ。いいな」
何故彼が『余計なこと』を強調したのか判らなかったが、そういうのであれば、何も考えずいつもの様に渡すだけであるのである。
「畏まりました。いつもの様に陛下の機嫌を伺いつつ、いつもの様に渡して参ります」
彼は頷くと、執務室にもう一つ椅子を用意して、二人を座らせた。
また茶を入れ直し、二人に茶を振る舞った。
「私の予感では、今回荊州での孫策と劉表の戦いで孫策に軍配が挙がり、劉表殿がいなくなったとしたら。恐らく我々は窮地に追い込まれると思う」
普段は強気な皮肉屋である重昌よりそんなセリフが出た瞬間、二人は一瞬戸惑いを見せて、彼に尋ねた。
「な、何故です?それはどういうことですか?」
「それはなってみないことには判らないが、今回二人を呼んだのはそういった状況を少しでも緩和させる為に行うことだ。失敗しても劉表殿さえ勝てばどうってことは無いが、逆に劉表殿が敗れた状態でこの布石が失敗していれば、私達は滅ぶことになる」
その一言で二人は驚嘆の表情を隠せなくなる。
理由さえ判ってはいないが、未来を見通す程の千里眼を持つ自分達の主の言を信じれば、今先程与えられた使命は失敗出来ない件のようだ。
二人は共に頷き、重昌の言を忘れぬようにこの使命を果たす誓いを自身に立てる。
「さて、もうすっかり夕方だな。二人の出立は明後日にするとして、どうだ葵・紅音。今から街に何か食べに行くか?」
二人は真名を呼ばれると、先程の浮かれ気分を取り戻し、揃って頷きお供することを了承する。
三人は街に繰り出し、手頃な酒屋にて摘みや酒を注文し、先程の張りつめた雰囲気とは逆に上機嫌で談笑し、お腹と心を満たして帰路に経った。
その晩。
三人は揃って長安の影村邸にて、風呂に入ることにした。
城にも大きな風呂はあるが、毎日沸かすと水の使用量が馬鹿にならないので、週に3日のペースでしか沸かさないのだ。
ちなみに1日は女性、1日は男性、1日は時間制となっている。
しかし影村邸には城程は大きくは無いが、5人ほどの人数なら十分に入れる風呂があり、よくそれで仕事の疲れを癒しているとか。
影村邸に着くと、玄関にて恋歌と柑奈が重昌達を出迎えてくれた。
「お帰りなさい、重昌。今日は紅音ちゃん達と一緒なのね」
「こ、これは奥方様」
「どうも
紅音はまさか恋歌がそのまま出迎えていることが想像出来なかったのか、そのまま畏まってしまうが、葵はフランクにいつもの雰囲気で挨拶を済ませる。
柑奈は重昌の着物の羽織を預かり、重昌はそのまま二人を自宅へと上げる。
「柑奈。もう二人とも風呂は済ませたのか?」
「はい。申し訳ありません。本来一家の主が風呂一番と決まっていますのに……」
「気にするな気にするな。そんなしきたりより、私は柑奈達が健康でいてくれる方が嬉しい」
彼は柑奈の頭を撫でながら言うと、彼女は頬を赤く染めて恥ずかしく俯いてしまった。
「それじゃあ、葵・紅音ちゃん。重昌の背中を流してあげて下さいな」
呆気らかんと話す恋歌の言を二人ともふと考えてしまい、完全に認識した時には、葵はほほうと呟き、紅音に関しては真っ赤に顔を染めながら勢いよく後退み壁に当たってしまう。
「な、ななな、何をいきなり!!どうして私達が!?」
「だって重昌の両足は義足なんですもの。風呂にそのまま入れば義足は錆びちゃうし、それに義足無しじゃ重昌も動き辛いでしょう?だから貴方達に入れてもらえれば思ったのだけれども」
「任されました、恋
葵は腕を(ついでに胸も)重昌の腕に絡ませて、直ぐにでも風呂場に向かおうとする。
「あらら。紅音ぇ~、いいのぉ?私と重
葵のムフフと笑う顔にムッと来たのか、紅音も二人を追って風呂場に向かい、それを微笑ましく見ている恋歌と柑奈であった。
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今回文章は少し少なめです。
次の展開が結構重要と思ったので。
気長に読んでくれれば幸いです。
それではどうぞ。
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