「えっと……どゆこと?」
固まる。思考が上滑りして、考えがまとまらない。『ふつつか者ですが、今日からよろしくお願いします』。彼女はそう言ったように思う。その言い方じゃまるで、うちに今日から住むみたいじゃ……
「はい。ですから、今日から私がこの家に住むという――」
「ストーップ! 突然、自称妖精が家にやって来て、一方的に住み着くなんて、今時中学生でもそんな妄想しねぇっ!」
「そんな物語の根幹を揺るがすような発言を……これは現実ですよ?」
なお悪い……と口に出すことは躊躇われた。というか、ジッとこっちを見ている彼女の目が怖かった。これ以上はこの話題に触れてはいけない。そういうことだろう。
「わ、わかった。お前が携帯電話の妖精で、どーゆーわけか家まで乗り込んで来たことは確かに事実みたいだ」
「はい! それじゃあ……」
「事実だがっ、だからと言ってお前を家に住まわせる義理も俺にはない。これだって事実だろ?」
屹然と言い放つ。できるだけ彼女の食いつく隙などないように。彼女の大きな瞳が見開かれて、微かに揺れた。女の子はずるい。そんな表情をされたら、もう何も言えなくなってしまうじゃないか。心がほんの少しだけ、針に刺されたようにちくりと痛んだ。
「でも……行くところがないんです」
「携帯電話なんて、今時小学生でも持ってるじゃないか。捜そうと思えば幾らだって」
「あなたの携帯、随分使い込まれてますよね」
彼女の一言が、会話の流れをぶった切る。
「? まぁ、これでも中学ん時から使い続けてるからな」
物持ちが良いと言うか、貧乏性と言うか。確かに俺の携帯は、今時カメラ機能さえついていない旧型だ。中学の入学祝いで買ってもらってから、今やかれこれ八年の月日を共にしている。
「私はレナ。あなたの持ってる機種、LN‐106bの精なんです」
「範囲せまっ、携帯電話そのものの精じゃないんだ!?」
びっくりだ。そんなピンポイントに精霊が居るなんて思いもしなかった。
「はい。どんな小さな物にだって命が宿ってるんですよ。」
どこかで聞いたことのある台詞。
「それってそんな意味の言葉じゃねーから!」
いや、気のせいだった。日本語って自由だな、本当に。
「妖精が生まれるには、五年以上その物が人に使い続けられる必要があるんです。でも、カメラ機能が登場してから私を使ってくれるユーザーさんがごっそり減ってしまって……」
岩の上の人魚のように足を崩して泣き崩れる。今にもよよよ、なんて声が聞こえてきそうだ。
「確かにカメラ機能は便利だよな。俺もいい加減買い換えようかと……」
「はっ、早まらないで下さい。まだまだ頑張れますから使ってあげて! LN‐106bを人が、あなたを含めてもう二人しか居ないんです。このままじゃ私、消滅しちゃいます」
「しょうめつ……?」
きっとそう聞こえた。多分そう聞こえた。彼女は間違いなく、消滅すると言った。
「私たちは妖精と言うより日本のつくも神に近い存在なんです。つくも神と違って、一つのモノに一人憑くわけではないんですが。同じところは、憑く対象が無くなったら、存在理由まで失くなって、私たちの意識もろともこの世から亡くなってしまうこと」
消える、というのはどんな気持ちなんだろう。わからない、人は消滅しないからわからない。人のように墓を建てられることもなく、新しい機種に塗り変えられて人の心の中にも居られないのは、どんな気持ちなんだろう。言ってしまえば他人事だ。彼女が消滅してしまっても俺は何一つ困らないし、きっと出逢ったことすらすぐに忘れる。でも、
「君を、うちに住ませるだけでいいのか?」――遠い昔を幻視した――
嗚呼でも、きっと俺は甘いのだろう。彼女の瞳が、大きく見開かれる。ただし今度は笑顔と一緒にだ。
「はいっ! ありがとうございます」
最初に笑顔を花に例えた人を俺は尊けああかわいいなちくしょう。
しまった、モノローグに本音が。
「どうしたんですか? ぼーっとして」
よっぽどマヌケな顔をしていたのか。彼女が不思議な顔で俺を見つめていた。いや、俺より彼女は身長が低いから、これはただ見つめられたんじゃない。見上げられたのだ。上目使いで。ご存知ない破壊力だった。
「えっ、あっ、そうだ。うちに住むだけでいいのか? ただ居候すればいいってもんでもないんじゃ」
妖精のルールがどうなっているのかはわからないけれど、人と一緒に暮らせば消滅を免れるなら、世の中にはもっと妖精が溢れているはずだ。
「そうでした。一つでも善いことをやらなきゃならないんです」
「善いこと? どして?」
「えっと、私が妖精界から人間界に下りて来たのは、妖精から精霊にランクアップする為なんです」
精霊って、妖精の上位種なんだ。初めて知った。その上に精霊王様とか、精霊神様とか、大精霊神様とかが居るんだろうか。
「はい。私にもよくわからないんですが、沢山善いことをして多くの人に認められれば、消えずに済むよって神様が」
ラスボスっぽい名前が聞こえた。妖精の存在を認めといてなんだが、
「ほんとに居るんだ、神様って。どんな姿?」
神様。多分世界で一番有名で、世界で一番正体不明な人(?)の名前だ。好奇心がくすぐられた。
「私が会った神様は、大きな携帯電話の形をされてました。でも、別の姿だったという話も良く聞きますし、あの方は恐らく会う人によって姿を変えられるのかと。多分その姿まで」
なるほど。道理でほとんどの神様が人の形で、尚且つ世界中にいろんな神様が居るわけだ。
焦った声。
「うそっ、そんな、はやいっ!」
彼女の姿が不意にぼやけた。実感を失い、像が急速に薄まっていく。
「は? おい!」
手を伸ばす暇もなく、俺の前から彼女が掻き消えた。嘘だろ。何で? 脳裏に浮かぶ消滅の二文字。
慌てて自分の携帯電話を確認する。
――電池切れ――
「……をゐ。」
少女充電中。携帯電話のパイロットランプがオレンジ色に点灯する。
「ふぅ、助かりました」
三頭身にデフォルメされたレナが携帯の上に腰掛けていた。勿論サイズも携帯ストラップ並みになってだ。彼女曰く、省電力モードというものらしい。
「つまりあれか? お前はただそこに居るだけで俺の携帯の電池をガンガン消費してるってことか?」
「え~と……はい」
気まずそうな口調でレナが答える。時々ちらちらとこちらの様子を伺う辺り、言わなかったことに後ろめたさを感じているのだろう。妖精の原動力は、エーテルでもマナでもなく電力だった。コンセントを媒介して供給される、一月いくらのスーパーエネルギーだ。しかもその電力を俺の携帯から吸い上げているとくれば、眉間に皺も寄るってものだ。
「わかった。怒らないから、どのくらい電力を使うのか言ってごらん」
彼女に余計なプレッシャーを与えないようやんわりと問うた。俺だってやたら怒るのは本意じゃない。食べなきゃ生きて行けないのは、人間だって同じだから。
「あの……大きなサイズで、電池一本一時間ぐらいです」
「携帯できねーっ!」
流石に叫んだ。携帯の電池マークは三本。三時間も電池が持たない携帯電話じゃ、朝家を出て昼には電池が切れてることになる。今の時代にポケベルを持ち歩けというのか、彼女は。
「だっ、大丈夫です。私、今のサイズなら五時間くらいは持ちますから!」
それでも、辛いことには変わりないんだが。
「こうなっちまったら仕方ねえか。ちょっと出掛けるぞ」
一度いいよと言ったからには、今更出て行けとも言えないし。もっと建設的なことを考えた方がきっとお互いの為だ。
「出掛けるって、どこに行くんですか?」
携帯から充電コードを引っこ抜いて、レナの尻に敷かれた携帯を取り上げる。
「俺の通ってる大学だよ」
「大学……ですか」
「そ。一々家で充電してたんじゃ電気代も馬鹿になんねーからな。それに遭わせたい人も居るし」
「おかしいですよ今の変換!」
むぅ、見えないところを読むとは高等テクを。
「まぁまぁ、細かいとこは気にすんなって。ほら、行くぞ」
レナの襟首をつまんでバッグの中に放り込む。
「もがっ、む゛~」
バッグの中で滅茶苦茶に暴れるレナ。その様はどこか、携帯のバイブレーションを思い出して。彼女が携帯妖精であることを不意に納得した。
晩に雪が降ったから、今日は昨日より寒くなるだろう。壁に掛かったグレイのダウンを手に取る。
空は一面の青。見ているだけで爽快になれるような、抜けるような青空だった。
さぁ、行こうか。
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携帯妖精第二話です。
まさか続くとは。
パク……パロネタ多めなのは仕様です。ご了承ください。
やっぱコメディ向いてないわww