真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ16 『曹魏の未来計画』
魏は盤石の体制となった。夷陵の戦いで蜀を屈服させた。荊州は江陵と武陵以北を魏が保有し、長沙など南部三郡を呉に渡すことで、呉も従属することになった。漢の皇帝もその配下も華琳に逆らう力を持たず、天下は華琳を中心に回る。
しかしながらこの地位に安住する危険性を、華琳はよく知っていた。ある日、彼女は重臣たちを集めて、一風変わった会議を開いた。
「今日は魏の未来を考えたいと思うわ」
冒頭で華琳はこう言った。秋蘭が手を上げて尋ねる。いつも司会役を務める桂花は、仕事の関係で遅刻していた。
「華琳様、確認したいのですが、“未来”とは、どの分野を示しますか?」
「全てよ、秋蘭。今まで私たちは、政治や軍事の分野に限って政策を行ってきたわ。それは十数年の効果を生み出すかもしれない。でも、それでは不十分。50年後、100年後を見据えた指針を定める時期に来たと、私は思うの」
華琳は机に座った臣下を見渡す。そして立ち上がると、大きく両手を広げて微笑んだ。
「さあ!文化、芸術、何でもいいわ。一世紀後を見通したあなたたちの意見を聞かせてちょうだい!」
「ではー、風からいきましょうー」
風が手を上げる。華琳が発言を許した。
「いいわ。どんどん意見をちょうだい」
風が話を始めた。
「私たちの子供を、どうしようかとー」
「はあ?」
立ち上がったまま、華琳は固まった。彼女自身でこの会議の流れを予想していたが、全く違う方向に脱線した。
「確かにその通りです。それは重要な問題ですね」
「稟、なにを言っているの?」
稟は、極めて真面目な顔で、華琳に向かって意見した。
「これは人材育成という面で、非常に有益な意見です。現在は多くの有能な後身が入ってきています。例えば、季衣や流琉たち」
全員の視線が2人に集中する。彼女たちは恥ずかしそうに肩をすぼめた。
「ですが、100年後は分かりません。水鏡女学院など私塾による教育は有名ですが、教育者の質に依存するところが大きく、永続的な効果は期待し過ぎでしょう」
「学校を国有化するとしても、まだ文字を読める人自体が少ないですからねー。かなりの費用がかかるかとー」
「国家の教育では教育内容の固定化も懸念されます。よほど上手く制度を定める必要があります」
稟、風、秋蘭の隙のない答弁が続く。まるで打合せしてきたような。
「そこでー、一番確実なのは、やっぱり自分自身で教育することかと思いますー」
と風が言って、華琳はやっと飲みこめた。彼女は腰を下ろして風を見た。
「つまり、自分で子供を作って、自分で教育した方がいいということ?」
「そうですよー」
ガタッと音を立てて、春蘭が立ち上がった。傍目から見ても、ガチガチに緊張している。
「そ、その前にだな、えーと、ま、まずは、夫を!見つけないとな!」
秋蘭がぼそぼそと助言する。
「…姉者、立ち上がらなくてもいい。それに、そんなに力を入れずともいいのだ……」
「おお!そうか!」
と、春蘭は会議中に響くほどの相づちをして座った。秋蘭が声をひそめた意味はまるでなくなってしまった。
秋蘭が、ゴホンと咳払いをして話を再開する。
「姉者の言う通り、私たちはまず結婚相手を見つけないとな」
「確かに……そういえば、華琳様もお子を作らないといけませんね。その前に、結婚相手を見つけないと」
「そうですねー。秋蘭さん、華琳さまにふさわしいお相手はご存知ですかー?」
「一人だけ心当たりがあるが…」
ここまで言われて、華琳が気付かないはずがない。華琳は苦笑いを浮かべて、このクサい芝居に参加した。
「アキラしかいないかもね」
「あー、そうですねー。お兄さんがいいですねー」
「実力も実績も兼ね備えています。ご身分も対等となれば、彼しかいないでしょう」
「朝廷はもはや口出しできまい。障害もないでしょう」
風、稟、秋蘭がまた口々に賛同する。華琳が乗ってくることも織り込み済みだったようだ。
この中で季衣が、机に身を乗り出して賛成した。
「兄ちゃんがいい!兄ちゃんがいいよ、華琳さま!」
「季衣!言い過ぎだよ。でもわたしも、兄様が結婚してくれるならいいかな、って」
「ま、まあ、私と互角に戦える男なんて他にいないからな。しかたないな!」
と、春蘭まで賛成してくる。打ち合わせたように棒読みではあったが。
華琳は、目の前の部下たちが愛らしく感じた。以前、破綻した結婚話をもう一度やり直そうとして、このような演技をしたのだろう。アキラへの感情を見透かされている恥ずかしさはあったが、華琳を向いて微笑んでいる部下たちは、真剣に華琳の幸せを考えているのだろう。彼女はそれを感じることが出来た。
その思いに応えよう。華琳は宣言した。
「わかったわ。アキラにまた結婚の話を打診しま…」
「ちょっと、待ったー!」
突然、声を上げて会議室に飛び込んできたのは、遅刻してきた桂花だった。
「華琳さまが男と結婚するなんてありえないわ!ありえない!ましてや、あんな男に!」
「いやいや、あれほどの人物はなかなかいないだろう。桂花だって、認めるところはあるだろう」
「確かに強いし、頭もそこそこ良いし、顔も整っている方かもしれない。でもね!あんな万年発情男なんて、私はゼッタイ!認めないわ!この間だって―」
と、秋蘭が反論しても聞く耳を持たず、桂花はアキラにされた“変態行為”について語り始めた。ただ、「廊下でぶつかって抱きしめられた」や「書類を取ろうとしたら手を重ねてきた」など、半分のろけではないかと思える話ばかりで、皆はだんだんとうんざりしてきた。
華琳が疲れた表情をして声をかける。
「桂花、あなたね…」
「とにかく!私はあの男が華琳さまと結婚するなんて、認めないんだから!華琳さまはいつも清潔であらせられて、ずっと私のお慕いするお姿なのよ。あんな男に汚されてたまるものですか!」
「………」
華琳は無言で立ち上がった。
「華琳さま?どちらに?」
「ちょっと、頭が痛くなっちゃって」
「ああ!それは大変です!すぐに看病の用意を…」
「大丈夫心配しなくていいあなたに迷惑かけたくないの………もし、私のことを思ってくれているのなら今日は家に籠って、私のために、必死に祈っていなさい」
と、早口で言った華琳の“お願い”に、桂花は「はい!」と大きな声で返事をした。そして彼女は、部屋を出ていく華琳の後ろにぴったりとついていった。
残されたのは、呆然と2人を見送った重臣たち。秋蘭が彼女たちに言った。
「……まずは、桂花にどうやって対処するか、決めようか」
会議場にいた全員が、力強く頷いた。
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次の章でラストです。これらの小ネタが最後の息抜きです。