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真恋姫無双幻夢伝 第八章8話『英雄の最期』

第八章ラスト。夷陵の戦いの後です。

2015-04-05 17:10:03 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2608   閲覧ユーザー数:2244

   真恋姫無双 幻夢伝 第八章 8話 『英雄の最期』

 

 

 蜀軍敗北。一刀はまだ知らない。

 彼は荊州を南に下っていた。お供の騎兵が遅れそうなぐらい、凄まじい速度で駆けていく。愛紗に教わった馬術が役に立っている。その愛紗を救うため、彼は休むことも知らずに、懸命に馬を走らせていた。

 数日が経ち、彼らはやっと武陵に到着した。武陵太守の傅士仁が驚いて出迎える。

 

「北郷様!なぜこのようなところに?」

「兵が足りないんだ。すぐに武陵の兵を集めて、援軍に向かってくれ!」

 

 一刀の言い方が悪かった。まるで“負けそうだ”と言わんばかりに、彼は必死に訴えてしまった。それを聞いた傅士仁の心に、別の思惑が生じる。

 

「……分かりました。すぐに準備を致します」

「頼む!俺はこれから零陵まで走るから、急いでくれ!」

 

と、城を出ようとした一刀を、傅士仁が引き止める。

 

「いやいや、御遣い様ご自身が行かずとも大丈夫です。私どもの方で伝令を仕立てます」

「でも、皆を説得しないと…」

「私は荊州南部の太守とは皆、昵懇の仲です。私を信頼してくれるでしょう。それに、北郷様はもう疲れすぎている」

 

 確かに、夜通し駆けてきた彼らの身体は限界だった。“疲れ”と聞いた途端に体が重くなる。

 

「……分かった。よろしくお願いする」

 

 その後、晩飯を御馳走になり、一刀はふらふらと寝室に向かった。そしてばたりと寝床に倒れると、すぐに瞼が落ちた。

 彼は眠りに落ちる前に、仲間のことを思いやる。

 

「…桃香…愛紗…みんな……待っていてくれ…」

 

 やがて、寝息が聞こえてきた。傅士仁はゆっくりと寝室に入ると、一刀の身体を揺さぶった。彼は起きない。食事に混ぜた薬が効いているようだ。

 

「これで明日一日は起きない」

 

 傅士仁は部下に指示を出す。

 

「すぐに夷陵の戦況を調べろ。どちらが勝っているか、調べるのだ」

 

 

 

 

 

 

 無数の死体が転がっている。血だまりは冷えて固まり、夷陵の大地をどす黒く汚していた。

 これらの死体をまず片づけるのは、ここらの住民である。戦場として故郷を荒らされた恨みから、彼らは死体から金目のものを漁っていた。そして裸同然となった死体を、烏やオオカミなど、野生動物が食べる。それが1週間も続いているが、死体は一向に減らない。

 アキラは、まだこの戦場にいた。

 部下思いの彼は、防具から自軍の兵士と判断して、それを荷台に運んでいた。凪たち数百の兵士が志願して残り、彼を手伝っている。遺体を回収して、それを火葬し、遺灰を汝南に送ることの繰り返しが続いていた。

 その彼らの元に、沙和が駆けてきた。

 

「隊長!」

「沙和、そんなに走ったらだめだ。傷に響くぞ」

 

と、凪に叱られるが、走るのを止めない。鈴々と戦って負傷した頭の包帯が痛々しい。しかしそれを蝶結びにして遊んでいるのは、衣服にこだわりのある彼女らしかった。

 彼の傍に来た彼女は、息を整えないうちに報告した。

 

「て、天の御遣いが、捕まったの!!」

「なにっ?!」

「なんだって?!」

 

 アキラたちは江陵城へとすぐに向かった。夷陵の敗戦後に開城した江陵には、華琳たちが呉との協議や荊州の統治方針を決めるために駐在していた。

 華琳自身が出迎える。

 

「いらっしゃい、アキラ。回収は順調かしら?」

「そんなことより、北郷一刀が捕まったというのは、本当か?!」

「ええ、武陵太守の傅士仁が降伏の手土産に持ってきたのよ。あんな男でも褒めてやらないといけないのよ。嫌になるわ」

「それで、どこにいるんだ?!」

 

 華琳は、あせらないで、とアキラに微笑んだ。

 

「今はここの牢獄よ。あなたが来てから、処分を決めようと思っていたの」

 

 

 

 

 

 

 愛紗は引き立てられ、暗い廊下を進んで行く。ふらふらした足取りで手や足の枷を引きずりながら、城の中庭の広場に連れてこさせられた。処刑場だと思った。

 

(これで、おしまいか)

 

 そう思っていた愛紗は顔を上げると、はっと目を見開く。夷陵の敗戦を聞いて以来、初めて彼女の顔に生気が灯った。

 

「ご主人様!星!」

「愛紗!」

「お主!無事だったか!」

 

 愛紗は看守を力いっぱいに振り払うと、跳ねるようにして一刀の元に向かい、その体にすり寄った。後ろにつけられた手枷が邪魔で、抱き合うことは出来ない。広場の真ん中で座り込んだ3人は、寄り添い合い、涙を浮かべる。

 

「申しわけ…申しわけございません……ご主人様…」

「いいんだ。愛紗が無事なら、それで」

「良かった…本当に、良かった」

 

 彼らは再会を喜び合う。その彼らに近づいてくる影があった。一刀たちはそれに気が付くと、殺気のこもった目で睨み付ける。

 

「俺たちをどうするつもりだ!李靖!曹操!」

 

 一刀が、こちらを見下ろすアキラと華琳に怒鳴った。彼らの後ろには、春蘭と凪が立っている。

 アキラは、看守たちを下げると、冷酷に告げた。

 

「お前達を許すことは出来ない。特に北郷一刀、自分がどうなるか、見当がついているだろう」

「うっ……」

 

 一刀の顔が青ざめる。ここで恐怖を覚えないのは、よほど剛腹か、頭のねじが足りないものだけだろう。彼の反応はむしろ冷静な方だった。

 愛紗と星の方が彼以上に狼狽して、一刀の前に出てきて懇願する。

 

「今回の戦いは私が原因だ!いや、そもそも天の御遣いであるご主人様に頼ろうと、桃香さまに提案したのも、私だ!ご主人様は巻き込まれただけだ!」

「それを言うなら私も同罪だ!だいたい主は人を殺せない御仁!多くの兵士を殺してきた私を斬ってくれ!主に罪はない!頼む!」

 

 2人は頭を下げた。枷を付けた状態での謝罪は、惨めなものだった。それでも、華琳は伝える。

 

「大将はすべての責任を負う。そうでしょ、北郷一刀?」

 

 一刀はうつむいたまま黙りこみ、やがて小さく頷いた。愛紗と星の顔が絶望に染まり、泣き崩れた。

 一刀はふたたび顔を持ち上げ、弱々しい声で尋ねた。

 

「なあ」

「なんだ?」

「俺の、俺たちの夢は、間違っていなかった。俺たちが正義だったはずだ。なのに、なんで!こんなことに!」

 

 アキラは静かに答えた。それは、彼がずっと一刀に言いたかったことだった。

 

「……正義っていうのは一つだけじゃないさ。人間1人1人、犬にだって正義は存在する。それが受け入れられるかどうかは、別にしてな」

「俺たちの正義は、受け入れられなかったって言うのか?!」

「そうじゃない。お前たちは立派に国を作ったじゃないか。それが証拠だ」

「じゃあ、なぜ…」

 

 アキラは空を見上げた。白い雲が漂っている。

 

「運、かもな。もっと言えば、運を引き寄せる力だ。違いはそれだけさ」

「………」

「俺に運が無かったら、そこに座っていたのは俺だっただろう」

 

 一刀はがっくりと頭を下ろした。“運”と言われたことが慰めの言葉のように聞こえ、それだけに悔しかった。

 

「ちくしょう…ちくしょう……」

 

 一刀の目から涙がこぼれ、地面をぽたりぽたりと濡らした。

 その時だった。急に一刀の身体が輝きだし、彼の身体は光の粒になっていくではないか。アキラや華琳、愛紗たち、そして一刀本人も、なにが起こったのか理解できなかった。

 

「なんだ?!なんだよ、これ?!」

 

 一刀が叫ぶ。だが、彼の身体はだんだんと薄くなっていく。それを見ていると、彼がどうなるのか、ここにいた全員が予想できた。

 

(ゲームオーバーだ)

 

 アキラは、直感的に、そう思った。彼の他の3人は、目を丸くしてその光景を見つめていた。愛紗と星も呆然として見ているしかなかった。

 

「くそっ、止まれ!」

 

 地面にのた打ち回る彼の身体は、もう透けるまでになっていた。服だけが消えずに浮き出ている。

 一刀は泣き叫んだ。

 

「やめろ!俺は世界を救いに来たんだ!こんなところで終わりたくない!」

「い、いやだ!俺には仲間がいる!俺はみんなを助けないといけないんだ!」

「消えるな…消えるなよ…!俺はみんなと会いたい!みんなと一緒に暮らしたい!」

 

 アキラは最後に伝えた。

 

「さらばだ。もう1人の俺よ」

「いやだああああああああああああ!!!」

 

 彼の断末魔が響く。その時、突風が駆け抜け、砂が舞う。アキラたちが目を開けた時には、彼の姿はどこにもなかった。服だけがふわりと地面に横たわる。

 

「ご主人…さま……?」

 

 愛紗に答える人はいない。彼の白い学生服だけが、かすかに、風に動いているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、愛紗と星は彼の服を持って、白帝城に帰ってきた。“一刀が天に帰った”ことへの証人として帰した方が、桃香たちに精神的な衝撃を与えると判断したためだ。

 案の定、城門で2人を出迎えた桃香たちは、悲鳴と嗚咽を上げた。

 

「ご主人様!」

「うわあああああ!」

 

 桃香は彼の服に顔をうずめ、鈴々は声を上げて泣いた。朱里と雛里は地面に座り込んで泣きだし、紫苑は泣きじゃくる璃々を抱きしめながら涙をこぼす。美以たちも大声で泣き叫び、白蓮もまた、地面に手をついて涙をこぼす。その光景を見ていた愛紗と星が唇を噛んでなにかを堪えていた。

 その一方で、頭に血を上らせている者もいた。涙を流しながら怒鳴り散らす。

 

「弔い合戦じゃ!今すぐ敵に攻め込む!」

「お館の仇をとる!」

 

 走り出そうとした桔梗と焔耶を、翠と蒲公英が止めた。

 

「邪魔をする気か!」

「もう終わったんだよ!これ以上戦ったって、ご主人様は帰ってこない!」

「翠!悔しくねえのかよ!」

「悔しいに決まっているじゃない!でも、ご主人様は言っていた。『復讐はいけないこと』だって」

「そうだね……」

 

 桃香に全員の視線が集まる。服から顔を上げた彼女は、目を真っ赤にしていた。

 愛紗が気づかう。

 

「桃香さま……」

「愛紗ちゃん、戻ってきてくれてありがとう。私は、大丈夫だから」

 

 桃香はスッと息を吸う。山の冷えた空気が頭を覚めさせる。そして彼女は、この数日間で決めたことを、伝えた。

 

「私たちの戦いは、終わりました。これ以上は戦えません。魏に降伏します」

 

 再び嗚咽が上がった。今度は桔梗や焔耶も、地面を叩いて泣いている。

 その時、一陣の風が吹いた。しっかり持っていたはず一刀の服が、桃香の懐から舞い上がる。

 

「待って!」

 

 白い服が飛んでいく。彼女たちは泣くことを止めて、見上げる。そして空に吸い込まれていくように、彼女たちの視界から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 その服は風に乗っていく。そして高い山の頂上付近に落ち、太い腕がそれを拾う。山を覆う雲の中に、彼らの特徴的な影がうっすらと浮かんだ。

 

「あーあ、終わっちまったな」

 

と、その1人の華佗が言った。頭の後ろに手を組んで、まるでイタズラがばれた子供のように途方に暮れていた。

 もう1人が服を持ちながら、うふふ、と笑みをこぼす。

 

「ちょっと遊びすぎちゃったわね。いいわぁ、やるじゃないの。こういう無駄な努力をする坊やって、あたし、好きよ」

「おいおい、あんたの計画は全部おしゃかになったんだぞ。賭けも台無しだ。俺もあんたも現実世界の命が危ないっていうのに、よく笑っていられるな」

「ふふふ……」

 

 貂蝉は笑い続ける。目が笑っていない。華佗は思わず震えた。

 

「あんた、なにを考えているんだ」

 

 貂蝉はその服を投げ捨てた。また風に乗って飛んでいく。

 

「悪い子には、お仕置きしてあげないと」

 

 白い服は飛んでいく。北へ、北へと。

 

 

 

 

 


 
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