No.768671

『舞い踊る季節の中で』 第167話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 袁紹軍を懐深くまで引き寄せ、多くの犠牲を出しながらも袁紹軍の補給路を見事に断つ事に成功した曹操軍だが、それでも真の力を取り戻した袁紹軍が依然と巨大な相手である事には変わりない。
 最早、後が無いとは言え今が最大の勝機。華琳達は此の勝機を掴む事が出来るのか?

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2015-04-03 20:48:53 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4189   閲覧ユーザー数:3292

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百陸拾漆(167)話 ~ 愁いし蘭が向けるは灰燼が舞いし戦渦 ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

【最近の悩み】

 

 夏、それは解放の象徴。

 夏、それは魅惑が踊る季節。

 と、良くある宣伝文句のような言葉が、何故か俺の脳裏を横切る。

 この世界に来て何度目かはともかく、俺にとって悩ましい季節がやってきたわけで、しかも何故か年々俺を悩ませる事が増えてきていたりする。

 ……と、真面目そうに悩んでは見せたものの、実際はそう問題になるほど大げさな話ではない。

 早い話が夏は暑い、暑いから薄着になるのは必然なわけでして。

 その真理とも言える事実は男と女で変わるわけもなく。

 そこに、無邪気さや無警戒さが罪だと思う時があっても良いじゃないかと思えてくる。

 何があったかというと……。

 午前中の忙しさのなか、どうせ僅かな時間だろうと諦めながらも、疲れた身体を畳の上で寝転がって休めていると。

 

「主様、主様、見てほしいのじゃ」

 

 そう声を上げながら美羽が俺に見せてきたのは、美羽が此まで荘園などで書き溜めた絵の一部を纏めたもの。

 色々と不器用なところが目立つ美羽だけど、美羽らしいと言えるつ才能の一つが絵だった。

 美羽は、元々袁家の老人と言われる連中から必要以上に知恵をつけないために学問を禁じられてはいたものの、その代わりに与えられていたのが紙と筆。

 連中からしたら子供の暇つぶし道具として与えていただけなのだろうけど、子供の頃から続ければそれなりに上手くなるわけで。俺はその美羽の才能を生かす事にした。主に農作物の記録として、この世界にはまだ概念として無い学問の礎として。

 だから、そこにはこれまでに荘園で扱ってきた作物の成長過程の絵と共に、七乃が書いたであろう育成の時期や手入れの手順や病気や虫害の対策方法が書かれて纏められている。

 むろん、学術書とするにはまだまだ項数は少なくデータも明らかに足りない。まだまだ観察日記の域は超えない程度の物。

 それでも少しずつではあるけど形になり始めてきたもの。

 美羽が自分の意志と力でもって形になさんとしてきているもの。

 美羽のやっている事が、何時か大陸中で役に立つ時が来るという俺の言葉を信じて。

 

「ああ、よく此処まで頑張ったね。

 まだまだこれからだけど、これは凄い事なんだよ」

 

 まだ何年も、いいや何十年も掛かるであろう仕事。

 それでも此処まで頑張った美羽を褒めたくて、励ましたくて、俺は美羽の頭を優しく撫でてやる。美羽の頑張りに応えるように笑顔を美羽へ向けようと……。

 

「……うっ」

 

 一瞬固まった後、思わず目をそらす。

 ……いや、……その、畳の上に寝転んでいる俺に合わせるかのように四つん這いで前屈みでいる美羽は、当然ながら此の暑くなり始めた此の季節は薄着で……、やはり子供体型なせいなのか、まだ必要ないせいなのか知らないけど、其処にすべきものをしていないわけで。

 ……その……、何というか、空気を取り入れやすくした胸元の開いた部分からしっかりと見えてしまったわけで。思わず鼻頭が熱くなる。

 いや、翡翠以上に発達していない胸とは知ってはいるけど、其処は正真正銘、年頃の女の娘の胸なわけで…………、其処に反応してしまうのは男の性というもの。例え未発達だろうと女の娘特有の柔らかな曲線と膨らみと、確かに主張する二つの突起。それが昼間の部屋に差し込んでくる光が美羽を覆う布越しにハッキリと映し出されていたりするわけで。

 ……それでも此処は美羽を褒めないといけない時、そう思いつつも今の体勢のまま美羽の方を再び見るのはその色々と不味いわけで…。かといって放っておきたくはないと言う訳の分からない状況に自ら追い込んだというか。

 

 

 

 

 

 そう言うわけで、相変わらず色々といっぱい、いっぱいなんですよ。

 七乃、頼みますから、そろそろ美羽にそう言うところを躾けてくれませんか?

 事故があってからでは遅いですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春蘭(夏侯惇)視点:

 

 

「数に怯むなっ!

 怪我など気合いで吹き飛ばせっ!」

 

がすっ!

 

 振るった七星餓狼の刃が袁紹の兵士の胸元を切り裂きながら、後方へと吹き飛ばして行く。

 本来なら一撃のもと絶命させるはずだったが、今の感触からして助かりはしないだろうが、苦しむ事は確か。

 殺すのならば一撃の下で、それが私の信条の一つ。

 相手を苦しませることなく、命を絶ってやるのが武人としてのせめてもの情け。

 むろん、世の中そのような事が出来る相手ばかりではないが、今のはそれが出来る相手だった。

 まだ慣れない片眼の距離感に小さく舌打ちをしながら、次の得物へと狙いを定める。

 せめてこの戦中に、この距離感を完全に掌握せねば。

 

「季衣、敵は必死だ! だか死兵ではない。

 その意味、分かるな!」

「はい、思い出させてあげれば良いんです。

 こんなふうに、 でぇやぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 季衣の放った巨大な鉄球が、敵兵士を纏めて薙ぎ払ってゆく。

 同時に、季衣から得物が離れたのを狙っていた敵兵士の矢が季衣を襲うが……あまいっ!

 

「そんなもの喰らわないよっ!」

 

 大鉄球と季衣を繋ぐ鎖と短棍が、その右手の動き一つで季衣を襲う矢を鎖が絡み落としてゆく。季衣が大鉄球を放つ時、その得物の鎖を全て使い切らずに手元に残してあるのはそのためのもの。だから季衣は遠距離だろうと近距離だろうと即座に対応できる。

 そして、それは敵兵士に自分達の攻撃が無駄だと思い知らしめさせれる。

 例え、それが僅かな兵士でしかなくともな。

 普段ならば、これを繰り返せば、敵軍の兵士を恐怖させ、恐慌状態に追い込む事が出来るのだが、あまりにも違いすぎる兵数の差が、それをさせない。

 兵数で圧倒的に勝っているという思い込みが、敵兵士を心の奥底で安心させ後退させないでいる。

 補給路を断たれ、数日中にでも我等が砦を落とさねば、勝ち目が無くなったという現実。

 城壁は崩れかけ、砦を守る城門は半壊し、あと少しという希望が、敵軍の将兵を掻き立てる。

 ……だが、必死なのは我等も同じ事。

 条件が同じならば、我等が負ける道理はない。

 

「い、いや〜! ちかづかないでぇ〜〜っ!」

 がっがっがっがっ!

 

 遠くに絹を切り裂く悲鳴と共に、思い鎧で身を固めた六人もの敵兵士が空高く舞い上がる。

 

「ゎ、私、男性の方が苦手なん、いやぁ〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 どががががががっ!!どががっ!!

 

 そして今度は十人以上のもの敵兵士が、先程の男達同様に空高く舞う。

 華琳様の従姉妹の一人である華憐が、得物である槌を使わずにそれを成した結果だとは、普通の人間は思わないだろうな。

 彼女の場合、その手にある槌は敵の攻撃を防ぐ盾でしかなく、攻撃は全て蹴撃。

 そう、必要以上にまで頑強な鎧に身を包んだ袁紹の敵兵士を、空高く舞い上がらせた正体は単純に華憐の脚力。

 ……もっとも彼女にしたら、そんな気はさらさら無く。得物はあくまで手に握る槌なのだろうが、同性同士の戦闘以外では、その得物を得物として使っている姿を見た事はない以上、彼女の戦い方はあの姿だと誰もがそう勘違いするのも仕方なき事。

 

「華憐、落ち着きなさい! 突っ込みすぎると囲まれるわよ!」

「こ、香憐〜、一人にしないって言ったじゃない」

「アンタがいつものように錯乱して勝手に突っ込んでいったのよっ!」

「そんなの必死だったから覚えてないもん」

「今度やったら、命令違反でぶち込むわよ」

「命令違反なら、香憐の方が多いじゃない」

「うるさいわねっ! って言うか後ろ!」

「へっ? いやっ〜〜〜〜〜っ! こないでぇぇぇ〜〜〜〜〜っ!」

 

 慌ただしい悲鳴と共に、再び空高く吹き上がる人柱。

 まったく戦の最中に何やっているのかと呆れつつも、私も負けてはいられない。

 我等が華琳様の戦は、守って勝利を得るのではなく、攻めて勝利を得なければならない。

 例え、今まで防戦一方だったとは言え、これだけは譲れない。

 何故なら華琳様を信じてついてきてくれる将兵や民に、見せてやらねばならない。

 覇王たられる、華琳様が目指す天下統一というものを。

 

「季衣、行くぞっ! ついてこい」

「はいっ」

 

 

 

 

 

【絵著者:金髪のグゥレイトゥ様】

【絵著者:金髪のグゥレイトゥ様】

【絵著者:金髪のグゥレイトゥ様】

【絵著者:金髪のグゥレイトゥ様】

秋蘭(夏侯淵)視点:

 

 

しゅっしゅっしゅっしゅっ!

 

「ふぅ……」

 

 防壁の上から一息に放った十一本の矢は、脳裏に描いたとおり袁紹の兵に吸い込まれるかのようにつき刺さって行く。

 既に何時かの稟の策など関係なしの攻撃は、確実に敵兵の命を奪う。

 絶命し梯子から落下する敵兵士の後には仲間の屍を盾にする者と、そして恐怖し怖じ気づく者。

 討ち取りやすいのは誰の目にも後者だろうな。……だが、私は敢えて前者に次の矢の狙いを定める。

 袁紹軍の補給拠点はおろか、補給路全てを同時に断つという桂花の策が成った今、小細工など最早意味を成さない。あるのは死にものぐるいのぶつかり合い。

 互いの全てを持って、勝敗の決着をつけるのみ。

 

「秋蘭様っ!」

かかんっ!

 

 砦を囲う防壁の下から空気を引き裂きながら飛んできた巨大な鉄塊、伝磁葉々(でんじようよう)が私を狙って飛来した敵兵の放った矢を弾いてゆく。

 城門や崩れた防壁の隙間を守る隊を率いる流琉が、私を狙う弓兵の気配に気がついての事なのだろう。

 

「助かった。感謝するぞ流琉」

「い、いえ、そんな私はただ」

「いや、流琉が周りを見ていてくれるからこそ、私も指揮に集中する事が出来ると言うもの」

 

 ……もっとも、今のは防がなくとも外れると分かっていたから放っておいた、というのは流琉の成長のためには黙っておいた方が良いだろうな。

 一流の弓兵が持つ鷹の目は、飛んでくる相手の弓矢の軌道を瞬時に見極める事も可能だが、兵種の違う流琉には、まだ理解しがたい事。

 弓兵は時には木々や岩陰に潜み、敵兵をギリギリまで引きつける。そんな時に、外れると判断した敵の弓矢に大げさに反応していては、潜んでいる意味が無くなってしまうし、敵兵を射る絶好の機会を失いかねない。このようになっ!

 

しゅしゅっ!

「ぐぉ」「ぎゃ」

 

 流琉の隙を狙っていたのだろう。

 此方に流琉の気が取られている処を狙って身を乗り出した敵の弓兵を、私の放った矢が寸分の狂いもなく身体の中へと吸い込まれてゆく。

 

「敵は必死だ。気を緩めば飲まれるぞ」

「は、はいっ」

 

 私の言葉に流琉は、それ以上気を逸らすことなく眼下の敵軍へと意識を向ける。 それでいて、周りに気を配る事を忘れていない事が気配で分かる。

 周りに気を配る時ですら、己を狙う敵意に注意を払う事を忘れない。まだまだ未熟だが、流琉はそれを自分の物にしようと必死でいてくれる。それで良い。その必死さと周りを気遣う優しさが彼女を生き残らせ大きく成長させてくれるに違いない。

 そして互いに互いを本当の意味で支え合えるようになってゆく。私と姉者のようにな。

 

「でぇぇ−−いっ!」

ど〜んっ!

どど〜んっ!

 

 聞き慣れた甲高い声と共に、堅い石で積み上げられた防壁が大きく揺れると共に、袁紹軍との激しい攻防の末に崩れた箇所から積み上げた大きな石が、また一つ転げ落ちてゆく。

 

「そ、(ふぅ)ちゃん、だ、だめだよ。防壁がくずれちゃう」

「なはは、ごめんごめん、次は気をつける。でぇいっ!」

 

 流琉と同じく、防壁を守る任に付いている双葉(ふたば)(王双)が一華(いちか)(曹真)の言葉に、素直に謝りながらも敵陣へ向かって勇猛果敢に駆けてゆく。その双葉と双葉の率いる部隊を守るかのように、一華の率いる部隊が防壁の上から次々と弓を射掛けてゆく。

 二人が率いるのは曹操軍の特務隊である虎豹騎。

 流琉と季衣が率いる親衛隊とはまた別の特殊な部隊。

 親衛隊を護りに特化した部隊とするのなら、虎豹騎は攻撃に特化した部隊。姉者や私達が率いる部隊とは違い少数精鋭の。そして、その意味するところは…。

 

「そ、双ちゃん危ない!」

「なんのっ!」

 

 一華の心配の声を余所に、双葉は同時に突き出される八つもの槍を、その小柄な身体を活かすかのように襲いかかる槍と槍との間へと滑り込ませる。

 その後はまさに一閃、季衣や流琉に負けない膂力を持つ双葉は、敵兵の握る槍ごと振り払い槍を振るった物だけでなく、すぐ後ろにいた敵兵士二人を更に巻き込んで吹き飛ばし地面へと叩き付ける。

 袁紹軍の兵士達が纏う頑丈な鎧も、地面に叩き付けられる分には、その防御力が逆に仇となる。

 その頑強さを生む鉄の多さ。つまり重さが地面に叩き付けられる勢いと共に敵兵士の身体に襲いかかるのだ。

 いくらその身を守る殻が頑丈であろうとも、その中身は軟らかい血肉。ならばその軟らかい肉を直接叩けば良いだけの事。

 双葉の得物である短棍の片先に巨大な鉄球を付けた錘はまさにうってつけの得物。ましてや双葉のそれは、ただでさえ強力な得物を左右の手に一つずつを持ち、軽々と振り回してみせる。

 

(いっ)ちゃんが居れば、アタシは天下無双! なんだからっ!」

 

 自らを鼓舞するかのように力強い言葉と共に振るわれる双錘は、その小さな身体から放たれたとは思えないほどに強力。

 その双葉の攻撃に晒された敵兵は、次々と文字通り後ろへと吹き飛ばされ。その結果、身を守るための重い鎧はより大きな巨大な鉄塊となって、後方の仲間へとに襲いかかる事になるのは、何とも皮肉な話だ。

 

「この餓鬼が、調子に乗るなっ!」

 

 見せ場とばかりに次々と力を振るう双葉の前に、更に数十名の配下を引き連れて敵軍の中を猛進する双葉の足を一人の敵将が持つ短鉾が止める。……いや、正確に言うならば、袁紹の将とその配下数名の攻撃がと言うべきだろう。だが配下の兵を巧く使っての攻撃ならば、それは中心となる将の腕前。少なくとも武力そのものはともかくとして、配下の兵を利用した攻防は双葉より遙かに各上の相手だというのは、今の一瞬の攻防だけでも理解できる。

 そして逆に双葉はと言えば……。

 

「ええい、雑魚の癖にアタシの邪魔をするなんて生意気だよっ!」

 

 と、一華に良いところを見せようと言う事もあるが、それ以上に武人としての我が強いところがある双葉は、数人程度の一般兵が増えたくらいならと双葉の配下の虎豹騎には邪魔をさせない事だけを命じ、一人で立ち向かおうとする。

 邪魔させぬように虎豹騎達を相手にしている兵士達以外、敵将が直接操る数人の配下の数すらも、こうなる事を計算して連れてきている事にも気がつかずに。

 

「とっとと、ふっとんじゃえっ!」

 

 空気を振るわせながら襲いかかる双葉の錘を、敵将の持つ短鉾で必死に受け止めながら、無理矢理にも前に踏み込んでゆく。攻撃は配下の兵に任せ、自分は一切の攻撃を捨てて防御に徹しながら踏み込む事で、双葉の苛立ちを募らせながら体勢を崩さんと狙う。

 普通であれば、それでも双葉に遙かに分がある攻防。

 だが、事実は双葉は敵将の狙い通り苛立ちを募らせてゆく。

 

 この程度の相手に、なんで手こずらなきゃいけないんだよっ!

 

 きっと双葉の事だ、そう心の中で思っているのだろうな。

 それだけの実力差があるが故の焦り、そしてその焦りが更に双葉の目と思考を曇らせてゆく。

 敵将の防御に徹した鉾が、配下への攻撃の芯をずらしている事に…。

 必要以上に頑強な一般兵の鎧が、芯をずらされた双葉の攻撃に吹き飛ばされる寸前で耐えている事に…。

 

「これならどうだぁっ!」

「ふはははははっ、こんな涼風のごとき攻撃が、虎豹騎たる将の放つ一撃かっ。

 ぬるい、ぬるすぎて欠伸が出るわっ!」

 

 敵将が狙うのは、双葉が焦るあまりに隙の大きな一撃を放つ事。

 いくら双葉が腕が立つ将だとは言っても、姉上ほどの突進力があるならともかく、今の双葉に其処までの力はまだない。ましてやあれだけ狡猾な将を相手に冷静さを欠いて勝つ事は難しい。そして、それほどの相手だからこそ、いくら文醜との一騎打ちに集中していたとはいえ、不意打ちで姉上の片眼を奪えたといえる。

 双葉達に加勢してやりたいところだが、あいにくと此方もこの場を守るのが手一杯。せいぜいが視界の片隅で戦況を見守る事しかできないの事が歯痒いし、姉上の片目の敵である麹義を討てずにこんなところで足止めを食っている事が悔しい。

 だが、それでも歯を食い縛りながらこの場に足を止め防衛に徹しているのは、華琳様の覇道のため。華琳様の目指す太平の世の中を手に入れるため。

 なにより圧倒的な戦力差のある袁紹軍を相手に、やっと互角近くにまで持ち込む事までに散っていった仲間や、今、怪我を押して堪え忍んでいるのでいる皆のため。

 可愛い妹分とは言え、そのために私や私の部隊に課せられた使命を放棄するわけにはいかない。

 華琳様の夢を、……いや我等の宿願のための道を途絶えさせるわけにはいかない。

 

「このぉっ!」

「馬鹿めっ!」

 

しゅっ!

 

 焦るあまりに不用意な大ぶり、とはいかなくとも、力を入れるあまりに鋭さを僅かに欠いた一撃を敵将である麹義はその僅かを見逃さなかった。

 いや、最初からそれを待っていたのだ、見逃すはずもない。 敵将である麹義にとって遙かに各上である双葉を討つ事の出来る数少ない手段。それを忍耐強く待っていたのだ。

 この場合、敵将たる麹義が見事なのであり、敵の狙い乗ってしまった双葉が未熟なだけ

にすぎない。

 そして例え無慈悲であろうとも、戦場では勝敗が全て。

 ……だが、双葉もまた覇王たる華琳様の将の一人。

 ましてや一華と共に虎豹騎を任せられている程の将。

 

「ぐぁっぁぁっ! ま、まけるもんかぁぁーーーーーっ!」

 

 麹義の放つ単槍をとっさに身体を横にずらした。

 ……いや、一撃を避けられないと理解した上で、更に一歩踏み込む事で、単槍の軌跡をを致命傷たる首筋から右肩へとずらし込む。

 それは、ただ攻撃を避わすためではない。

 むろん致命傷を避けるために右肩を犠牲にしたわけでもない。

 双葉が狙ったのはその遙か先。

 

ごすっ!

 

 双葉の右手に持つ巨大な錘は、双葉の右肩を突くために踏み込んだ麹義の頭部へと吸い込まれるかのように直撃する。 双葉の一撃をまともに頭部へと食らったのだ。首の骨が折れるとか言う以前におそらく即死だろう。なにせ、原形を留めていないのだからな。

 相手がどんな武人であろうと攻撃に移った瞬間は隙が生じるもの。敵将たる麹義はたしかに双葉の隙を誘い。その隙を敵ながら見事と言える程に捉えたであろう。

 だが、双葉はその先を行ったのだ。

 例え足を折られ、牙をもがれ、敵の鉾にその身を貫かれようとも、命途切れる最後の最後まで敵の喉笛を噛み千切る事を止めないのが虎豹騎。

 その虎豹騎を率いし将の一人である双葉が、それが出来ないわけがない。

 右腕を振り切れれば敵将を討てると判断した瞬間、敵の一撃を受ける事などに構わずに一撃を放った。

 そして一兵士ではなく将たるもの、其処で満足したりしない。

 将たるもの道を切り開かねばならない。死んで終わりではなく、そこから未来へ繋げてこそ初めて将たる資格がある。

 ……だが後で思えば、まだまだ甘い。いや、若いというべきだったのだろう。

 

「ふ、(ふぅ)ちゃん、…血が……、血が……」

「いかんっ、一華を止めろっ!」

 

 視界の端に一華の狼狽える様子が映るなり私は声を上げる。

 あれから多くの戦場を経験させたとはいえ、二人の武人として恵まれた才が、まだ幼い心を武人として成長させる事を阻害していたのだろう。

 

「うわぁぁっっ! (ふぅ)ちゃんを虐めるなぁぁーーーーーっ!」

「将軍落ち着いて」

「王双様は無事ですから」

「煩い、邪魔をするなっ!」

「ぐぁっ」

 

 幼い頃より共に暮らし、成長してきた双葉の血に平常心を失った一華が止める配下を無視して、崩れかけた城壁の上から飛び降りる。

 配下の虎豹騎達も仕方ないとばかりに、一瞬で覚悟を決めて自分達の将についてゆくが、これは不味い。

 双葉の事に頭に血が上った一華のことではない。

 普段は引っ込み思案な性格が表立ってはいるが、あれでも虎豹騎を率いる将。しかも双葉とは違い、虎豹騎の部隊を率いる将ではなく、虎豹騎全体を率いる師団長。

 ああなった双葉は其処等の雑兵や名も通っていない将がいくら束になっても敵ではない。それこそ、餓えた虎や豹の前に生肉を放り込むようなもの。両手に付けた巨大な鉤爪が敵の腹と喉笛を切り裂いて行くだろう。

 そして彼女の配下である虎豹騎とて敵陣形を大きく崩す事になることは疑いようがない。

 問題なのは……。

 

「第三班から第五班は崩れかけた壁の防衛に向かえっ!」

「其処の者、兵を五十ほど連れて大至急に秋蘭様の部隊と合流しなさい」

 

 私の指示とほとんど同時に稟の指示が此方にまで聞こえてくる。

 いや、敢えて聞こえるように指示を出したのだろう。

 双葉達の部隊だけではなく、一華を含む虎豹騎が前線に飛び出た事で、崩れかけた城壁周辺が一気に手薄になったのもまた事実。

 

「全員、群がる敵兵に向けて一斉射っ!

 息が続く限り射続けろっ!」

 

しゅしゅっしゅっ!

しゅしゅっしゅっ!

 

 矢筒の中身が一気に無くなってなくなるのも構わず矢を射続ける。

 次々と予備の矢筒を配下の兵から受け取りながら矢を放ち続け。私だけで二十以上もの空になった矢筒が堅い石畳の上に転がった頃。幸いな事に稟達の機転もあり、送り込んだ兵士達の体制が整うまでの間に、敵兵に一気に雪崩れ込まれる最悪な事態だけは防ぐ事が出来た。

 ………だが、戦況が不利になった事には違いない。

 お世辞にも残りの数に余裕があるとは言えない状況で一気に消耗した矢もそうだが、いくら一華と双葉が率いる虎豹騎が勇猛であろうとも、袁紹軍との兵数に差がありすぎるため、ごく一部の敵陣系を崩そうとも、全体的に見ればさほど支障がないのだ。それが袁紹軍の最大の強みでもある。

 しかもそんな状況下で、まだ陽が高いというにもかかわらず、彼女達の部隊が砦の防衛から抜けたのは拙すぎる。

 最早、虎豹騎は砦の防衛から切り離されたと見て良いだろう。

 いくら一華が冷静さを取り戻そうと、袁紹軍の膨大な兵数差を生かしたゴリ押しが、彼女達の師団を再び砦の防衛へと戻る事を阻んでしまうだろうし、袁紹軍の軍師もそれを許すほど馬鹿ではない。

 そして砦を守る我等にしても、彼女達が抜けた穴を埋めるために防衛が手薄になり、彼女達を再び砦内に迎え入れるだけの余裕がない。

 

「一瞬たりとも気を抜くなっ!

 気を抜けば飲まれるのは我等だ!

 なんとしても仲間が戻るこの砦を死守するのだっ!」

 

 兵士達に檄を飛ばしながら、伝令を走らせる。

 せめて今日一日、体勢を立て直すためになんとしても此処を死守せねばならない。

 そのためならば、残りの矢や投石用の石や油を使い切るつもりでなければ、この窮地を乗り切れないかもしれない。 いや、乗り切らねばならないっ!

 もうこの後はないのだ。いくらまだ許昌まで距離があるといっても、此処を落とされれば、我等に勝ち目はなくなる。

 あの男、天の御遣いの言葉ではないが、大軍を率いる袁紹軍の足枷となる地形は此の地が最期なのだ。

 

 

 

 まだか、まだなのかっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく


 
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