真恋姫無双 幻夢伝 第八章 1話 『仕組まれたストーリー』
「ようこそ、おいで下さいました。関羽将軍」
と、蒯越に歓待された愛紗は、馬上から形式的に笑みを返した。目の前には著名な襄陽の高い城壁がそびえる。城門の前では襄陽に駐在する臣下たちが勢ぞろいしていた。
髭と同じくらい白い息を吐きながら、蒯越は満面の笑みで彼女を歓迎し続ける。
「江陵からの長旅でお疲れでしょう。ささ、どうぞこちらへ。宴席を設けております」
「蒯越殿、先に状況を説明してはもらえないだろうか。曹操軍に急な動きがあったというから来たのだが」
「さようでしたな。その話も中でいたしましょう」
「はあ、分かりました」
彼女は少数の共と一緒に城門へと入っていく。彼女が進む道の両脇には、大勢の兵士が整列していた。彼女は目を動かして何かを探していた。
「蒯越殿、彼女たちの姿が見えませんが」
「彼女たち?ああ!彼女たちですか。中で待っているのでしょう。今日も寒いですからねえ」
「そうですか」
城門をくぐり抜けた彼女は、強烈な違和感を持った。城門の先には異様なほどの数の兵士がいた。彼女がバッと視線を上げると、城壁の上には多数の弓兵がこちらを見ている。
「蒯越!これは!?」
彼は何も言わずに、右手を上げた。城門が地鳴りを上げて閉まる。
「うわっ!?」
逃げ場を失った愛紗に対して、多数の兵士が網を投げる。いくつかは斬り捨てたものの、数が多すぎた。愛紗は網に絡まり、そのまま地面に引きずり下ろされた。
無情にも、彼女の供をしていた兵士は斬り殺されていく。何も出来ない彼女は下唇をかみしめ、城壁に掲げられた蜀の旗が、魏の旗にすげ替えられる様を、憎々しく見つめていた。
それから数日後、春蘭率いる魏軍が襄陽城に入った。蒯越たちが城門前で平伏している。そして彼らは春蘭に告げた。
「夏候惇将軍。帰参をお許しいただき、代表して感謝いたします。魏への忠誠の証しとして、この城と関羽の身柄をお渡しいたします。ご確認ください」
「………」
春蘭ははらわたが煮えくり返る気持ちを必死に抑えていた。彼らの主君の劉琦はすでに病死している。次に彼らが仕えるべき劉琮も先の反乱の折に追放された。彼らの裏切りは、我欲による恩賞目当てのものであることは、見え透いていた。
「あの、将軍?」
蒯越が、何も言わずにこちらを見つめる春蘭に、次の言葉を促す。彼女はこの恥知らずが!劉備に助けられた恩をあだで返しやがって!と言ってやりたかった。だが、感情を抑えて、粛々と入城するようにと、華琳に釘を刺されている。
春蘭は、自分の目の仇のことを気の毒に思った。
(関羽が可哀そうじゃないか)
春蘭は蒯越に、華琳の代理としての言葉を伝えた。
「ご苦労であった。この功績は後ほど評価する」
「………?」
手を取って喜ぶほどの感謝のされようを期待していた彼らは、馬から降りさえしない彼女の態度を不審に思った。と同時に、恐怖したのだろうか。蒯越は春蘭に近寄ると、ごまを擦るように次のことを伝えた。
「か、夏候惇将軍。実は、思わぬ“副産物”もありまして」
「なに?」
襄陽奪取と関羽捕縛の情報は、すぐにアキラの元に届いた。汝南城の執務室で、彼は渋い顔でこの報告を聞いた。
「隊長。関羽ほどの敵将を捕まえたのです。これは吉報かと」
「時期が悪すぎる」
アキラは凪に答えた。年の瀬が近くなったこの時期は、華北ではかなりの雪が降る。特に今年は例年よりも積雪量が多い。これによって魏軍の半数を占める冀州などの軍隊は動けない。圧倒的な国力を誇る魏でも、この状況は苦しい。
「華琳はなにをしているんだ?しかも荊州で戦うことになると、蜀と呉の連合もありうる。自分から相手の土俵に入っていくようなもんだろ?!」
「「隊長!」」
彼が感じた不吉な予測は、すぐに当たることになる。真桜と沙和が駆け込んできた。
「蜀が動いたの!」
「その数は、総勢15万」
「「15万?!」」
彼と凪が驚きの声を上げる。彼はその情報自体を疑った。
「バカを言うな!明らかにやつらの動員可能兵力を上回っている。誤報に違いない」
「それが、たくさんの農民が志願してきたって噂なの」
「ウチらやって、信じられへんよ!でも、ホンマの話やで!」
「そんな……」
凪が絶句する。この時の蜀の人口は70万前後と言われている。その5分の1強を兵士にさせた天の御遣いの力に、彼女は恐怖に近いものを感じた。
アキラは別のことを感じていた。なにかがおかしい。
(蜀や漢中の平定の際もそうだった。やつらに運が向きすぎている。少なくとも数年かかると見越していた蜀と漢中への侵攻を、わずか数か月で成し遂げた。神がかり的な…)
“神”という言葉が浮かんだ瞬間、彼の脳裏に華佗の言葉が蘇った。
『1つ忠告しておく。あの“ババア”は焦ってきている。……必ず介入してくるはずだ』
アキラが考え込んでいた時、新たに華雄と霞も部屋に飛び込んでくる。
「呉軍も動いたで!」
「その数は8万だ」
「は、8万?!どこにそんな余力があったんや!」
真桜が飛び上がって驚く。赤壁の時よりも大幅に多い。先ほどの蜀の情報が無ければ、また情報が間違っていると疑うところであった。
華雄が説明する。
「どうやら孫策時代には対立していた山越の異民族を取りこんだそうだ」
「それにしても、こんなに出陣しちゃうときっと国の中はからっぽなの」
「いったい何を考えているんだ?」
凪が疑問を呈した時、詠と音々音も姿を見せた。
「これで勢揃いね。魏軍の情報も来たわよ」
「こちらは20万人ですぞ。先鋒の夏候惇はすでに襄陽に到着しています」
「さすがに華琳も本気だな」
「それでどうするの?この隙に、呉に攻め込む?」
「いや…」
蓮華も馬鹿ではない。ある程度の備えはしているはずだ。それに、あの貂蝉が関わってきている。悪い方向に転べば、華琳の命が危ない。
その時、月と恋が部屋に入ってきた。
「アキラさん、お茶が入りましたけど…」
アキラは彼女が運んできたお盆からお茶をかっさらうと、それを一気に飲み干した。熱い液体が喉を通って行く。
アキラは決断した。
「荊州に向かう。華琳に合流して、蜀と呉の連合軍を打ち破る」
「率いていく数は?」
「3万だ」
「ボクたちが遠征できる部隊全て、ということね。分かったわ、すぐに準備する」
「頼むぞ」
アキラは彼女たち、そして自分自身に向けて、喝を入れた。
「全員、気合を入れろ!天下の趨勢を決める一大決戦となる。赤壁を越える戦いになるぞ!」
おう!!と声を上げて、彼女たちは部屋を飛び出していった。恋がアキラに尋ねる。
「どのくらい…かかるの?」
「分からない。だが、年は越さないと思う」
「分かった……えさを、じゅんびしてくる」
と言って、彼女が部屋を出ていった。部屋にはアキラと月だけが残っている。
アキラが見ると、月の表情は不安で一杯だった。彼は声をかける。
「安心しろ。留守を頼む。必ず戻ってくるから」
月は微笑んだ。しかし心配で押しつぶされそうな彼女の気持ちが、その表情に影となって現れてしまっている。それでも、彼女は気丈に振る舞うのだった。
「お待ちしています。温かいお茶を用意していますから」
彼女が去った後、アキラは1人で窓の外を眺めている。今にも雪が降りそうな曇天が広がっていた。
「これで最後だな」
確証は無い。しかし彼は自信を持って、このように断言したのだった。
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予定通り新章をスタートさせます。
いよいよ一刀との最終決戦です!
(追伸)
ラストまで目途がつきました。今後は土日に更新していきます。