これは剣丞と一刀が杯を交わすより少し前のお話。
剣丞たちが洛陽に戻ってきた時まで、時計の針は戻る。
――――――
――――
――
見間違えるはずが無い。
ただ、俺が知ってる顔より少し若い…
「一刀、伯父さん……」
一瞬のような、一時間のような、そんな不思議な時間、見つめ合う俺と伯父さん。
そこへ…
「う~~♪」
という声と共に、空から少女が降りてきた。
と思ったら、矢庭に若い伯父さんに抱きついた。
「あ、あぁ…うん、沙和と真桜は見つかったよ。ありがとうな、小波」
「うぅ♪」
そう言う伯父さんに甘える少女。まさか…
「こ、小波?」
「?」
こっちに振り返る少女。
服装も髪形も違うが、間違えるはずがない。
俺の大事な人、小波その人だ。
「小波!!どうして、ここに…」
俺を視界に捕らえた小波の目は、これでもかというほど、大きく見開かれる。
「ぁ…………ご……ご、主人…さ、ま……」
「あぁ…それより良かった、無事だったんだね。いったい今まで…」
「あ――――」
どこに居たんだ?
そう続けようとした俺の目の前で、小波は身体から全ての力が抜けたように崩れる。
「「小波っ!!」」
そんな小波を支えたのは…
「あ…」
間近にいた伯父さんだった。
「凪!今すぐ華佗を呼んできてくれ!今なら一葉たちの部屋にいるはずだ。沙和と真桜は小波を寝かせる部屋の準備を!」
「はっ!」「はいなの!」「了解や!」
小波を抱きかかえながら、テキパキと指示を出す一刀伯父さん。
そんな姿に少しだけ…
――――嫉妬した。
………………
…………
……
「はぁ…」
口からは溜息しか出ない。
目の前のベッドでは、小波が規則的な寝息を立てて眠っている。
――
――――
――――――
華佗と名乗る医者から聞かされた事実は衝撃的なものだった。
「記憶喪失!?」
「あぁ。どうやら誤って黄河に落ちたらしく、その衝撃で記憶を失ってしまったと思われる」
前に鞠と見た大きな河。多分あれが黄河だったのだろう。
小波と連絡が途切れた地点とも一致する。
何らかの事情で黄河に流されて倒れていたところを、一刀伯父さんたちに助けられ、今まで保護されていたらしい。
「先日、湖衣という小波を見知ったものが来て、ようやく出自が分かり、そして、何故か一刀にやたら懐いている原因も分かった、という訳だ」
「そう、だったんですか……」
小波は記憶を失くしたと同時に、幼児退行も併発しており、普段の小波からは考えられないが、伯父さんにベッタリ甘えていたらしい。
それもどうやら、俺と伯父さんを勘違いしてのことだったのでは、との見立てなのだ。
「勘違いだと分かってから、一刀はなるべく小波と近付き過ぎないようには努力していたようだ。
そして、いずれ君に会ったら、小波の記憶が戻ったら、二人に謝りたい、とも言っていた」
一瞬だったからよく覚えてないけど、確かに最初抱きついた小波を、伯父さんからは抱きとめていなかったようにも思う。
そんな伯父さんは、今この場にはいない。
この部屋に連れてきてくれたのも凪姉ちゃんだった。
もしかしたら、俺の黒い視線に気付かれてしまったのかもしれない。
恥ずかしい…
情けない…
そんな言葉が頭に渦巻く中、ここは任せていいな?という華佗さんの言葉に、無意識のうちに頷いていた。
――――――
――――
――
「はぁ~~~……」
何度目か分からない溜息をつく。
ちょっと小波を抱きかかえてカッコ良かったからって、小波を助けてくれた恩人に、俺たち兄妹を助けてくれた人生の大恩人に、一瞬とはいえ、あらぬ思いを抱いてしまった。
「……みっともないったらありゃしないっ」
情けなさが口をついて出る。
「うぅ…………ん………」
身をよじらせる小波。
起こしちゃったかな?
慌てて小波の顔を覗き込むと、瞼が少し震えた後、ゆっくりと開かれた。
「小波…?」
「……ご主人、様?」
まだトロンとした寝ぼけ眼といった感じの、焦点が合ってない目をしている。
「小波。俺のことが分かるか?」
「??何を、仰って……ご主人様は、ご主人さ……ま……」
徐々に焦点が俺の目に合ってくる。
そしてピタリと合ったその瞬間、それは驚愕の表情へと変わり、
「きゃああぁぁぁああぁぁぁぁ~~~~~!!!」
という悲鳴を残すと、風のように姿を消してしまった。
「こ、小波!?」
ちょっ!?いきなり消えるって忍者かよっ!
いや、忍者だけど!
「小波~!?お~~い!小波~~?」
「………………」
なんとなく天井裏に居そうな気がするんだけど…
「あ、そうだ」
胸ポケットに忍ばせている、しばらく使っていなかった小波のお守りに触れる。
小波のお家流、句伝無量を使わせてもらうことにした。
『小波。聞こえてるよね?』
『――――っ!』
『いいよ。直接顔を合わせづらいならそのままでも。記憶は戻ったんだね?』
『……はい』
返事が返ってくる。
『よかった。それで、記憶を失っていた間のことは…』
『ああぁぁああぁーー………』
何とも言えない悲鳴をあげる小波。
『…覚えてるんだね?』
『~~~……わ、私…一刀さまに…ご主人様の伯父様に、あ…あんなことや、こんなことまで……あ、あぁぁぁ~~~……』
頭を抱えながら悶える様子が目に浮かぶ。
『ま、まぁ、記憶を失くしてたんだし、仕方がないよ…』
あはは、と乾いた笑い。
小波を抱きしめる伯父さんを見て、少し嫉妬したのは秘密だ。
『あ!い、いえ!!勘違いなさらないで下さいご主人様!!操は…操は捧げてはおりませぬので!!』
『うんっ!?あ、そう…ふ~ん、そっか。そうなんだ……』
『はぁっ!!?…ぅ、ぁぁああぁぁぁ……』
また自爆したと自己嫌悪モードに突入する小波。
……ちょっと安心したことも内緒の秘密だ。
『うん。それはうん、よかった。で!話は変わるけど、小波が連絡できなくなったときのことは覚えてる?』
『あ、はい!その、あの……お話しするのもお恥ずかしいのですが…』
――
――――
――――――
あれは、大きな河に差し掛かったときのことでした……
「これは…越えるのは難儀しそうだな。まずはこの近辺を探索するか」
そう考えた私は川沿いに探索をしていたところ、怪しげな集団を見つけたので、近くの木の上に隠れて様子を窺うことにしました。
「何か手がかりは見つかったか!?」
「いや、こっちはダメだ」
(何かを探しているのか?)
白い頭巾に白い外套を着た、見るからに怪しい集団でしたので、もう少し注視する事にしたのです。
「何でもいい。とにかく居場所を特定しろ。北郷一刀か、新田剣丞のな!」
(――っ!?新田剣丞だと?)
ご主人様の名前が聞こえ、思わず身を乗り出してしまったのがいけませんでした。
「あっ…」
懐から零れ落ちたのは、ご主人様から頂いた木彫りでした。
「あーーーーっ!!」
――――――
――――
――
『河のほうへと落ちていくそれを追い、枝を飛び降りたのが、最後の記憶です』
『…………』
小波失踪の真実は、なんとも呆気ないものだった。
『はぁ~~……小波、大事にしてくれるのはありがたいけど、そんな物のために身を危険に晒すのはやめ…』
「そんなものではありませんっ!!」
突然、小波が目の前に現れる。
「そんなものでは……ないのです…」
俺を見るその瞳には、悲しみの色が広がっていた。
「私がご主人様から頂いた、最初の品なのです。ご主人様にとっては、何の価値も無いものかもしれませんが……私にとっては、命に比する、品なのです…」
小波の瞳から涙が溢れて、頬を伝った。
……バカだ。俺って奴は、本当にバカだ。
今日は改めて、つくづくそう思わされる日だ。
「ごめん。俺が悪かったよ、小波」
申し訳ないという気持ちと、ありがとうという気持ちを込め、小波を抱きしめる。
「ご主人様…」
「そんなもの、って言ったのは取り消す。俺も、小波にあげた最初のものを小波が大事にしてくれているのはすごく嬉しい。
それでもやっぱり、小波が危険な目に合うのは反対だ。小波からの連絡が途絶えて、俺や皆がどれだけ心配したか、分かるだろ?」
「…はい」
「小波さえ側に居てくれれば、こうして抱きしめることも出来るし、もし小波が欲しいなら、また何か作ってあげることも出来る。
だから、まずは自分を第一に考えて欲しいんだ。これは、俺からのお願い」
「はい……申し訳、ありませんでした…」
俺の胸で静かに咽ぶ小波。
俺に出来ることは、小波が泣き止むまで優しく抱きしめるだけだった。
…………
……
「はっ!もも、申し訳ありませんでした!!」
ゴム仕掛けのように、突如として小波が離れる。
「お、おぅ?あー…落ち着いた?」
「は、はひっ!ももう、落ち着きました!」
とてもそうは見えないんだけど…
「そ、それより!ご主人様のお召し物を、汚してしまいませんでしたでしょうかっ!?」
「いや、全然。それに、小波の涙だったら大歓迎だよ」
「そそ、そんな……お、畏れ多いです…」
小波は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
こういういつもの小波も可愛いけど、洛陽に来てすぐに見た、伯父さんに甘えてるような小波も、なんか自然で魅力的に見えたんだよなぁ…
「その…もしよければさ、伯父さんにしてたように、もっと小波から積極的に甘えてくれても、いいんだよ?」
「そっ――――――」
ヒュッと風を切る音がし、
『そのようなこと、ご主人様に出来るわけがありませ~~~~ん………!!』
念話なのに、ドップラー効果で小波が遠くに逃げていくのが分かる。
「……いったい、どんなことをしてたんだろう?」
小波の記憶は戻ったけど、俺の胸にはモヤモヤが残ってしまった。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、47本目です。
前回と今回を使い、幕間の話を二つお伝えしたいと思います。
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