獅子なる守護者 其ノ陸
「はあ…なるほど。つまりその子…咲良ちゃんはお前の義理の妹で、うちの桜ちゃんの心を癒すために友達として召喚したと…。そう言う訳で良いんだな?」
「ええ、その認識で間違ってませんよ」
おままごとで遊ぶ二人の『さくら』を横目に、雁夜とウルは食卓で話し合う。
ズズっとお茶を啜りながら答えるウルには嘘を吐いている様子も無い。
「全く…うちのサーヴァントは規格外すぎる。魔力供給が不要な上、新しく英霊を召喚するだって?…そんなサーヴァント、今までの聖杯戦争にだって絶対いなかったぞ…」
でも、と雁夜は思考する
―ウルは間違いなく破格のサーヴァントだ。魔力供給は不要、英霊を召喚できる、その上あのアーチャーにも臆さずに果敢に挑みかかっていける胆力だ。戦闘能力は今だ未知数だが、ステータスは十分。
これなら―
「時臣の奴だって―」
「マスター?どうしました?」
「っ、いや、何でも無い。…少し、ボーっとしてただけだ」
―なんてことを考えてるんだ、俺は…。時臣は仮にも桜ちゃんの父親で…葵さんの夫なんだ。
あいつを殺したら、葵さんが…凛ちゃんが…。
そして何より―桜ちゃんが悲しむ。
…でもこれは聖杯戦争だ。この戦争が終わったとき、生き残ってるのは俺なのか、時臣なのか。
それとも二人とも死んでいるのか、二人とも生き残っているのか―それはまだ、誰にも分からない。
「…マスター、ちょっと良いですか?」
「ん…どうした、ウル?」
突然神妙な顔をしたウルが雁夜に話しかける。
その余りにも真剣な顔つきに、雁夜は思考を止めて向き直った。
「他のサーヴァントの拠点を僕の使い魔が見つけました。どうしますか?」
「拠点?それなら夜まで待って、襲撃をかければ―待て、他のサーヴァント?どのサーヴァントなんだ?」
「―ライダーです」
ライダー。姿を現して早々にセイバーとランサー、二人のサーヴァントを勧誘した巨漢。
ウルは彼と同盟を組むことを進言していた。ならば―
「ライダーか。…なら今のうちに接触しよう。同盟を組むのに、早いに越したことはないからな」
「分かりました、では僕が行ってきます。マスターはこの家で待っていてください」
「え?何でだ?同盟を組むなら俺も顔を出した方が良いんじゃないか?」
「マスター…長距離の移動、大丈夫なんですか?」
あっ、と雁夜は声を上げる。
そう、雁夜は体内を蟲に食い荒らされていてボロボロなのだ。
ウルを召喚したときには、魔力回路の励起に耐え切れずに地面に伏していたくらいだ。
いくら回復力が高くても、一日やそこらで回復するものではない。
「いや、それでもだな。こういうのは信用が大事なんだ。経験上、こういう時は顔を出しておかないと後々に響く」
ジャーナリストとして、それなりに危険な橋を渡ってきた雁夜は信用が大事、と言うのを何よりも分かっていた。
それにライダー。あのサーヴァントは特にそう言うモノを好むタイプだというのも、ジャーナリストとして鍛えた観察眼が言っていたのだ。
「はあ…分かりました。じゃあマスター、ちょっと立ってください」
「…ああ、分かった」
ウルもそれなりに修羅場を踏んできている為、反論は出来なかった。
その代わりといわんばかりの提案だったが、雁夜にはウルが何がしたいのか全く分からない。
雁夜が食卓の横に立つと、ウルもその傍らに立つ。
そして雁夜の指にオレンジ色の宝石が付いた指輪を嵌めると、その手を自分のベルトのバックルに押し付けた。
すると―
《リカバー、ナウ》
「うわ、何だこれ!?魔法陣!?」
藍色の魔方陣が雁夜の足元から現れ、雁夜をスキャンするように上がった。
するとどうだろう、雁夜の体内にあった違和感や鈍痛がいきなり薄くなったのだ。
「体が軽くなった…。ウル、今のは一体?」
「回復魔法ですよ。でも、全快したわけじゃないので気をつけてくださいね。激しい運動や、魔術を行使しようとすれば傷が広がりますから」
「あ、ああ…分かった」
ともかく、これで雁夜も歩いて移動できるほどには回復した。
愛用のパーカーを羽織り、フードを被って醜く変形してしまった顔を隠す。
《ドレスアップ、ナウ》
ウルも魔法で当代風の衣装へ衣替えし、準備は完了。
さあ出かけようとした瞬間、ウルの腰へと衝撃が走る。
「ウル兄ちゃーん!どこ行くのー?」
「うっ、咲良…ちょっと外に、ね」
「あたしとさっちゃんも行くー!」
「うえぇ!?」
無邪気な笑顔でそう言われたウルは困惑する。
今から向かうのは曲がりなりにも(現在は、と言う但し書きが着くが)敵地だ。
そこに無防備な(一人は無防備とはいえないが)少女を二人も連れて行く、となると困惑するのも無理はないだろう。
「…良いんじゃないか?ウル」
「マスター!?」
「二人を此処に残していくのも心配だし…聖杯戦争に加えて、最近の冬木市は物騒だからな」
それは今朝のニュースで知った、連続児童誘拐殺傷事件のことを言っているのだろう。
確かに二人をこのまま残していくには不安がある。
その事件の犯人がただの一般人なら…咲良が撃退できるだろう。
しかし、この聖杯戦争が起きている土地で、この時期に起きた事件だ…。楽観視はできない。
可能性の話として、サーヴァントとマスターが『魂喰い』を行っているのかもしれない。
その場合、咲良一人で桜ちゃんを守りきれるかが心配なのだ。
「…分かりました。でも咲良、僕とマスターから離れちゃ駄目だよ?」
「うん!わかった!」
「じゃ、行こうか。二人ともはぐれない様に手を繋いでねー」
「分かった…。カリヤおじさん、手」
「お、おう。…向かうぞ。ウル」
「ええ、マスター」
ウル、咲良、桜、雁夜の順に手を繋いだ四人は、戦争中とは思えないほど和気藹々と敵陣地へ向かっていった。
★
―――時は少し遡る
ウェイバー・ベルベットとライダーが拠点としている民家、その玄関先で―
「………」
「………」
宅配便の配達員と、鎧のような物を身に着けた巨漢―ライダーが見詰め合っていた
「…あの、こちらはマッケンジー様のお宅で宜しいでしょうか?」
「うむ。それはここの家主の名前で相違ない」
「……えぇと、征服王イスカンダル様―っていらっしゃいますか?」
「余の事だが」
「…。ああ、ハイ。そうでしたか、アハハ…。あ、ここに受け取りのサイン、お願いします」
配達員は苦笑いになりつつも、自分の仕事を果たそうとする。
「署名か、宜しい。―では、確かに受け取ったぞ」
「毎度ありがとうございました。し―失礼します」
「うむ。大儀であった」
最後まで配達員は苦笑いだった。
ライダーは荷物を受け取り、のっそりと家へ戻っていく。
―その姿を見つめる、一対の『鷹の目』があることを知らずに。
そしてライダーは自身のマスターがいる二階へと歩を進める。
マスターと自身が使っている部屋、その中でマスター―ウェイバーと目が合った。
「おう、起きたか坊主」
「…オマエ…その格好で下に降りたのか?」
「案ずるな。家主の夫妻であれば、今朝は早くから外出中だ。だが二人の留守に荷物が届いたのでな。余が受け取りに出た」
「………その格好で、玄関に?」
「仕方あるまい。届け物を預かってきた使者を、ねぎらうことなく帰らせるわけにはいかんだろうが」
ウェイバーは頭痛を感じた。
配達員の口からは『この家には中世の鎧を着た巨漢のコスプレ好きがいる』とでも噂が流れるのだろう。
それが冗談で済まされるのを祈るしかない。
「あのな、別にオマエ宛の荷物じゃないんだから、ねぎらうとか何とか関係ないだろ」
「いや、受け取ってみたら余の荷物であった」
「………なに?」
ライダーが自慢げにドヤ顔で指をさす荷物の宛名欄を確かめる。
するとそこには間違いなく『征服王イスカンダル様宛』と大真面目に書いてあった。
「通信販売とやらを試してみたのだ。『月間ワールドミリタリー』の広告欄に、中々そそられる商品があったのでな」
「つ…通販…?オマエ、一体どこでそんな知識を手に入れたんだよ!」
「ん?その程度のこと、本やビデオの巻末にいつも載ってるではないか。端々まで検めれば歴然であるぞ」
「一体いつの間にポストに…っつーか!代金はどうしたんだよ!?」
「問題ない、ちゃんと代引きで申し込んだからな」
はっはっは、と豪快に笑いながらウェイバーの財布を布団のほうへと投げるライダー。
半泣きになりながらもウェイバーは中身を確かめるが、諭吉の数に変動はなく、何人かの野口が消えただけだったことに安堵する。
そのウェイバーを尻目に、ライダーは上機嫌で包装を解き、中に入っていた物を広げて確かめる。
「良し良し、気に入った!実物は写真で見るよりも一段とすばらしいな!」
「…Tシャツ?」
見てみると、XLサイズのプリントTシャツである。
胸には世界地図がプリントされており、その上には『アドミラブル大戦略IV』と刷ってあった。
「丁度良い。昨夜のセイバーを見てな、余も閃いたばかりだったのだ。当代風の衣装を着れば、実体化したまま町を出歩いたって文句はあるまい?」
そんな事を言いながら、ライダーは早速Tシャツに袖を通す。
「フハハ!この胸板に世界の全図を載せるとは!ウム!実に小気味良い!!」
「…あっそ」
このまま頭から布団を被り、二度目を決め込もうとしたウェイバーだったが、ライダーの次の行動に度肝を抜かれそれ所では無くなってしまった。
「では―いざ!!」
「待て!!オマエ今、どこに行こうとした!?」
「無論、町へだ!この征服王の新たなる威容を民草に見せ付ける!」
「外に出るのはもう良い!その前に―ズボンを穿け!!」
そうライダーは今Tシャツしか身に着けていない。
つまり『男の象徴』は丸出しなのだ。
「ん?ああ、脚絆か。そういえばこの国では皆が穿いておったっけかな。―――あれは、必須か?」
「必要不可欠だッ!!」
珍しく真剣な顔をしたと思ったら、この質問だ。
もはや二度目をしようと言う気はとうにに失せてしまったウェイバーだったが、そこに新たな胃痛の種が襲来する。
《ピーンポーン》
「…む、来客か?宜しい、ならば余がもてなして―」
「お前は引っ込んでろ!僕が出てくるからここで大人しくしてろ、良いな!?」
「…むぅ、仕方あるまい」
来客を告げるチャイムが鳴り響き、ウェイバーが応対しようと階下に降りる。
「(もしここの夫婦の知り合いだったら厄介だな…。そのときは魔術で暗示をかけなきゃな)はーい、今行きまーす」
いつでも暗示をかけられるように魔術回路を励起させつつ、ウェイバーは扉を開く。
「はい、どちら様です…か…」
開いたと同時に絶句する。
なぜなら―
「…どうも、ライダーのマスターさん」
「はじめましてー!」
「…はじめまし、て」
「…君がライダーのマスターか」
昨夜遭遇したサーヴァント―ガーディアンが二人の少女を肩に乗せて、マスターであろう男とともに玄関先にいたのだから。
Twitterで言っていた、ゼロ魔の方は少々お待ちください。
原作本を紛失していまして、ただ今捜索中です(^^;)
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第陸話 征服王と守護者―邂逅前