この作品は、主夫な武将とちょっと我儘な君主、そして最強の動物系武将による、ほのぼのアットホームストーリーである。
………訳がない。
『孫呉の王と龍の御子・Ⅱ~呂布誘拐~』
だだっ広い草原を、騎馬の一団が疾風の如く…というには少し遅いくらいの速さで駆けてゆく。
彼等の行き先は、只今反董卓連合軍と董卓軍が絶賛合戦中の地・虎牢関。
「ああ…いいお天気ですね。こんな日は籠に酒とつまみを入れてのんびりと散策でもしたい気分です」
「そうッスねぇ…」
これから戦地に赴くとは思えない発言をしているのは、この集団の長である龍の御子こと龍泰とその副官の浮葉(潘璋)。
「でもまさか建業に行くなり戦場に行かされるなんて思ってなかったッスよ」
「それだけ今回の戦の意義は大きいという事ですよ。これから始まるであろう群雄割拠の時代に先駆けて少しでも名をあげておかねばなりませんからね」
「はぁ…めんどくさいッスねそういうの」
「こらこら…まあ、私もそう思います」
そんな事を言っているうちに、地平の向こうに虎牢関が見えてきた。
「うわぁ。戦い始まってますよ。しかもあれ、どう見ても力押ししてるだけじゃないッスか」
「小手調べ…って言う勢いでもなく、本当に全力でぶつかってますねぇ。連合軍なんていっても烏合の衆でしょうに…」
丘の上で歩みを止め、戦場の様子を眺める一行。
風に『桜花村』と書かれた旗が揺れ、桜色が澄み渡るような青空に映える。
「あ、城門前の部隊が崩れましたッスよ」
「……妙ですね」
「え?」
「確かに劣勢ではありましたが、あの部隊が崩れるのにはまだ時間がかかったはず……何か思惑がありますね」
「あ、城門から出た部隊が後ろの部隊に突っ込んで行ったッスよ。えーと…あれは袁術の部隊みたいッスね」
「……そういうことですか。いやはや、世の中には奇特な方がいるものだ」
「はい?」
クスクスと笑う龍泰に、首を傾げる浮葉。
「何でもありませんよ…さて、そろそろ我々も行きましょうか」
方天戟を高く掲げる。
それを見た後続の兵達も武器を握りなおした。
彼等は皆、王老師の時代から武芸の教えを受けてきた桜花村の精鋭達だ。
村の者達は働き手が減ることも厭わず義勇兵を送り出した。
その恩に応えなくてはならない。
「では、桜花村騎兵隊参りましょう!!」
一方その頃の雪蓮はというと……。
「はああああああ!!」
「やああああああ!!」
「とりゃああああ!!」
「……………ふっ」
三人がかりの攻撃をただの一振りでいとも容易く弾かれる。
圧倒的。そんな言葉しか浮かばない相手の武に、雪蓮は肩で息をしながら引き攣った笑みを浮かべた。
雪蓮。その隣で同じように肩で息をしているのは劉備の家臣にして義妹・関羽。
さらにその隣にいるのが同じく劉備の義妹である張飛だ。
大陸屈指の猛者三人。それが赤子のようにあしらわれている。
相手は誰か?
言うまでも無い。
「……もうあきらめる」
そう、大陸最強と呼ばれる飛将軍・呂布。
「く…そうはいかん!!」
雌豹の如きしなやかさで飛び出した関羽。
並の武人ならばなすすべなく彼女の一撃にて両断されていただろう。
そう、並の武人ならば。
キィン
「く……」
あっさりと攻撃を弾かれ、関羽は再び呂布から距離をとる。
すでに戦の趨勢は連合軍側に傾いている。とはいえ、もしも呂布がこの輪から解き放たれ縦横無尽に暴れまわったら少なくとも甚大を覚悟せねばならないだろう。
戦を左右する一個の武。それは文字通りありえない武。
「どうしたものかしらねぇ……」
すでに三人の体力も限界に近い。対して呂布は息一つ乱れていない。
このままでは結果は火を見るよりも明らか。
その時だった。
「ああ、やっとみつけましたよ」
場違いに穏やかな声がした。
四人が声のした方を見ると、道士のような格好で方天戟を携えた優男が馬から降りているところだった(ちなみに四人も今は徒歩である)
「龍泰…どうしてここに?」
「ふむ…話すと長くなりますが、まああなたが風邪をひくまで頑張ったのも無駄ではなかったという事ですよ」
方天戟を肩に立て掛け、龍泰は拱手の礼をしながら雪蓮に言う。
「桜花村の龍飛雲。孫伯符殿の覇業の為身命を賭ける所存…私の仕官を認めて下さるでしょうか?」
「…ふ、勿論じゃない。風邪までひいたんだもの」
雪蓮の答えに、ふっと微笑み龍泰は頭を下げる。
「でも、どうして仕官する気になったの?」
「……少し探してみたくなったもので、私がこの世界に来た理由というものを」
「…そっか」
「はい」
「……あのーすまぬが全然話が見えんのだが」
ふと気づけば、見事なまでに置いてけぼりを食らっていた三人がこちらを凝視していた。
呂布にいたっては帰りたいなぁという雰囲気すら漂っている。
「まあ、要はこの人が私の家臣になったってことよ」
「龍泰、字を飛雲と申します。よろしくお願いします」
「あ、ご丁寧にどうも。私は関羽。字を雲長と申します」
「鈴々は張飛、字は翼徳なのだ」
「おや、ではお二人が劉備殿の……して、そちらの方は?」
龍泰が指し示す方を見て、つい彼のペースに乗せられていた関羽と張飛も慌てて身構える。
「……呂布」
短くそれだけ言った呂布に、龍泰は目を見開き。
「これはこれは…あなたがかの有名な呂布殿でしたか、してどうやら我が主君と刃を交えていらっしゃったようですが?」
「………」
答えることなく、呂布は方天画戟を肩に担ぐ。
戦闘時における彼女独特の構えだ。
膨れ上がった殺気に、ほうと感嘆の息をついて龍泰は小さく笑った。
「成程…この殺気流石は呂布殿。ふふ、初陣の良き手土産が出来ました」
流れるような動作で龍泰は方天戟の切っ先を呂布に向けた。
「ちょっと龍泰…呂布を甘く見ちゃだめよ」
「御安心を…油断も楽観視もしてはいません。ただ私は主への忠義の為。そして個人的な思惑の為に彼女を生け捕りにしたいのです」
「個人的な思惑?」
「……獣好きなんです。猫とか犬とか」
言われたことが解らず立ち尽くした雪蓮は次の瞬間、凄まじい脱力感に襲われる。
「…いや、誰しもそういうものはあるでしょう」
「まあ、確かに獣っぽいちゃぽいかもしれないけど……」
犬猫よりも猛獣の類に見えるとは雪蓮は言わないでおく。
「まあいずれにせよ…行きますよ呂布殿。主の為にもあなたをお持ち帰りさせていただきます」
一瞬、雪蓮は龍泰の頭上に鉈を持った少女を見た気がした。
「……よくわからないけど……来い」
呂布がそう言い終わった刹那、龍泰の体が揺れる。
「!!」
本能的に呂布は上半身を前に倒しながら後ろへ向かって右足を蹴りあげた。
「っと」
先程まで呂布の首があったところを方天戟の刃が通過し、右足に鈍い手ごたえがあった。
…ていうか殺す気満々な気がするのだが。
「流石…ですね」
呂布の足を左手で受け止め、龍泰は後ろに跳んで距離をとる。
見ていた三人には何が起こったのか一瞬解らなかった。
いや、龍泰が何をしたのかは解る。恐らく彼は軽功を使い呂布の頭上を瞬時に飛び越えたのだろう。(あ、そんな武侠映画みたいな事はよそでやれ何て言わないでください……)
「……ふっ」
繰り出される方天画戟の連撃。
始めは右からの横払い。次は突き。最後に振り落とし。
それらを龍泰は時にいなし、時にかわしながら避けて行く。
「リィヤアアアアアアアアアアア!!」
裂帛の気合と共に今度は龍泰の戟が繰り出された。
突きを主体として、隙あらば月牙(方天戟や方天画戟の横についている三日月状の刃)に呂布の得物をひっかけて奪わんとする。
全て捌くのは無理だと思ったのか、呂布は一歩後ろに退き渾身の力で龍泰の戟を払った。
キィン
弾かれた戟に引っ張られるようにくるりと回る龍泰の体。
無防備なその脇腹目掛けて一撃を加えようとした呂布だったが、違和感を感じ戟を地面に対して垂直に立て左半身を守った。
まさにその瞬間、龍泰の方天戟の柄が呂布の方天画戟の柄にぶつかる。
白蝋でできた方天戟の柄はそのまま大きくしなり、刃が呂布の背中めがけて襲いかかる。
咄嗟に呂布は身を捻り強烈なエルボーを方天戟の柄に叩き込んだ。
それにより方天戟は呂布に当たる寸前で弾かれ戻っていく。
「無茶をしますね…一歩間違えれば肘関節が砕けてましたよ」
再び距離を取り、呆れたように苦笑する龍泰。
だがその右腕は小刻みに震えていた。
呂布のエルボーの衝撃が戟を伝い、彼の右手を痺れさせたのだ。
対して呂布はあれほど激しい応酬にも関わらず、まったくダメージを受けた気配がない。
恐るべき呂布の武。
もはや人外魔境の域に達しそうな二人の戦いを、雪蓮は何と言ったら良いのか解らないという顔で見ていた。
隣を見れば、関羽と張飛も同じような顔をして苦笑いを浮かべている。
「…まあ、心強いと言えば心強いか」
とりあえず、そう思う事にした。
刃のみならず時に戟の後ろも織り交ぜながら息もつかせぬ連撃を放つ龍泰。
右腕はまだ痺れているが、遅れをとるほどではない。
いや、痺れているからこそ手数で押して行くしかないのだ。
それを呂布は方天画戟で確実に捌いていく。
高めから突き出された槍を撃ち落とし、時に背後に手を廻しながら右左と変幻自在に繰り出される槍を紙一重で交わし戟の柄で防ぎ、柄の震えを利用して繰り出される不可解な軌道の斬撃を払う。
どれほどそうしていたであろうか、遂に呂布の戟が龍泰の戟を弾き飛ばした。
「龍泰!!」
叫ぶ雪蓮。止めとばかりに戟を振り下ろす呂布、息を呑む関羽と張飛。
しかしそれは龍泰が蹴り上げた足元の槍に当たり、その槍を両断しながらも龍泰には僅かに届かなかった。
中央で真っ二つになった槍を両手に持ち、龍泰は距離をとる。
恐らくはそこらじゅうに倒れている雑兵の槍なのだろうが、龍泰にしてみればありがた武器に違いは無い。
左右の槍をクルクルと回しながら再び龍泰は連撃を放つ。
右の槍を振り下ろし、左の槍の石突を横に払う。今度は左の石突を上に振り上げ、右の槍で突く。
それをやはり呂布は全て捌いていく。
やがて槍が龍泰の技の負荷に耐えられなかったのか、二本同時に半ばで砕け散った。
「ふっ!」
砕けた槍の残骸を呂布に投げ、龍泰は今度はバク転をしながら間合いを取った。
その途中で回転しながら、落ちていた方天戟を手に取り身構える。
槍の残骸を払った呂布は、悠然と方天画戟を構えた。
未だに彼女の息は全く乱れていない。
「……呂布殿」
不意に龍泰が口を開いた。
「動物は好きですか?」
「……………ん」
呂布が頷いたのを見て、龍泰は相好を崩し。
「本当に…可愛いですねぇ……」
「…おまえも…好き?」
「ええ、大好きですよ……浮葉!!」
「了解ッス!!」
「!!?」
突然、呂布から三メートル程離れた所に横たわっていた死体がむくりと起き上った。
いやそれは死体ではない。四メートルを超える鉤鎌槍を持った浮葉だ。
浮葉の槍が呂布めがけて伸び、彼女の襟巻の裾に引っかかった。
ただそれだけ、それだけのことが呂布に一瞬の隙を作る。
それだけで充分だった。
すでに呂布は龍泰の必殺の間合いに入っているのだから。
地を蹴る龍泰。
彼の手からまるで生き物のように方天戟が伸びる。
襟巻をひっかけられたままの呂布は、それへの反応が一瞬遅れた。
呂布の体に吸い込まれる戟の穂先。
しかしそれは致命傷となるほど深くは無く、一寸にも満たない。
だがそれだけで呂布は弾かれたように飛ばされ地に落ちた。
それを見届け龍泰は方天戟をくるりと回し切っ先を天に向け、ふうと息を吐いた。
「龍泰!!」
駆けよってきた雪蓮に、丁寧に頭を下げる龍泰。
「龍泰。怪我はない?」
「幸いにも…正直、腕の一本くらいは覚悟していましたが……」
「…死んだの?呂布は」
「いえ、点穴を突き仮死状態に成っているだけです。すぐに目を覚ますでしょう」
かつて戦国の世にいた一人の暗殺者が使ったとされる究極の剣技『十歩一殺剣』。それを受け継ぎし者から代々伝えられ、王老師より龍泰に伝わったこの技、名付けて『五歩活殺刃』という。
「とりあえず、他の諸侯には呂布は討ったと知らせましょう。幸いな事に、証人にピッタリな人もいますからね」
龍泰に視線の先では、呂布の生死を確かめるべく彼女に駆け寄る関羽と張飛の姿があった。
「首は…まあ、一角の勇者として遺体は火にて葬したとでも言っておきましょうか」
「……随分と呂布にご執心ね」
拗ねたように言う雪蓮。
どうしてそのような事を言ってしまったのは彼女にも解らないが。
「まあ、何と言いますか……あれです、このような戦場であるからこそ『萌え』が大切かと」
「モエ?」
「……ただの妄言です。忘れてください」
浮葉に運ばれていく呂布を見ながら、気まずげに頭を掻く龍泰。
その姿を見て、不思議と心が温かくなるのを雪蓮は感じていた。
~続く~
後書き
どうもタタリ大佐です。
ヒャッハーやりたい放題だぁ!!とは別に思っていませんが、思われても仕方の無い今回の話。
いや、恋を仲間にしたいという発想はあったんですが、どうやって仲間にするかって言う段階でまず恋を確保しないといけない事に気づき……龍泰さん大ハッスル。もはや変態の一歩手前です。
まあ正直、強いオリキャラっていうのは扱いが難しいんですよね。特に帝記・北郷と違いこちらの作品は管理者とか出てきませんから、呂布クラス=最強になってしまい他の武将との戦いが一方的になりかねない。
一応、龍泰は強さで言うと愛紗以上恋未満の愛紗寄り。まあ、次作で書くつもりですが恋とは武術の相性で有利という事になっています。
それから、雪蓮何時の間に龍泰に惚れてんの?とお思いかもしれませんが、意外な事に一目惚れってことになっています。前話でどちらともとれるような書き方をした…つもりなんですがどうなんだろう……。
話は変わりますが明記しておくと、帝記・北郷は原作とはかけ離れた戦記モノ。こちらは原作の流れにオリジナル要素を加えながら送る武侠モノと言った感じです。
まあ、帝記・北郷に比べて作者もラフな感じで書いているので、あんまし真面目に読むような作品じゃないかもね。
さて、次回はあの人の登場です。では次作にて、再見(ツァイチェン)
PS:十歩一殺剣の起源が解った方、今度老酒でも一緒に飲みませんか?
次回予告(やっぱりする)
味噌汁…それは懐かしき日本の朝の味。
焼き魚と醤油…それは究極の懐古の味。
ふっくらご飯…もはや言うまでも無い。
主夫の織り成す朝の香りに誘われて。
あの男が家の垣根を越えて来る。
次回『孫呉の王と龍の御子・Ⅲ~味噌汁と天の御遣い~』
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やりたい放題上等な『孫呉の王と龍の御子』の続き
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