No.756014

浅き夢見し月の後先 〜 魔法少女まどか★マギカ新編「叛逆の物語」後日談私家版 〜 9〜12章

DACAENESISさん

No.755823の続きです。起承転結で云えば、起が終わる辺りの4章となります。

2015-02-04 20:20:49 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:598   閲覧ユーザー数:598

 

9.鹿目まどかの場合:その3

 

 「まどか、先に降りてなさい」

 「はーい」

 コインパーキングから一区画離れた美容院へ。ママとパパがあんな感じだったから、普通に行けるのかどうかちょっと心配。パーカーを目深に被り、伊達メガネで目を隠す。ママの眼鏡は微妙に大きくてずり落ち気味になるのを、度々ブリッジの部分をくいっと持ち上げて直す。む、他の人が見たら頭良く見えそう。

 うん、気分はちょっとした芸能人みたい。

 

 かなり暖かくなってきた時期だけに、意図せずパーカーは目立つようで、チラチラと視線を感じる。問題はその視線につられて相手を覗きこまないように努力しなきゃいけないこと。さっき、ママが車から降りてこっちに歩いてきた直後に、道向かいの人に視線を向けたら目が合ったらしく、その場で硬直してそのままオモチャみたいに後ろにパタンと倒れちゃった。周りにいた人が騒ぎ出して119番に電話したみたい。

 「…まどか、なるべく下に顔を向けてて」

 「…うん、そうする」

 

 むー、温かいを通り越して熱い。でもパーカー着て行きなさいとパパが言ってくれたのは間違いなく良かった。

 視線をなるべく下にむけて、人の顔を見ないようにする。ショーウインドウのミラー越しに反射して見える人すら危なっかしいから、新しい服を着飾ったマネキンを見るのもちょっと難しい。それでも正面から歩いてきた人が立ち止まり、突然動かなくなるような気配を何度か感じる。ある人は突然意識を失ったらしく、一緒に歩いてた人に突然もたれ掛かってその場に崩折れちゃた。

 美容室まで行くのがこんなに大変なことになるとは思いもしなかった。これは急いでメガネ屋さん行かなきゃ。…そもそも、美容師さんが大丈夫なのかな?。

 

 「お待ちしておりました、鹿目様。本日はお嬢様のカットとお伺い致しておりますが」

 「…今の長さは気にしないで、普段通りね、普段通り」

 パーカーを脱いで、シートに座って目を瞑る。鏡越しに美容師さんの目を覗きこんで、刃物を持ったまま倒れられたら困っちゃうもんね。髪の毛を解いた感覚に、美容師さんの息を飲む感覚が重なる。

 突然、ふっと「円環の理」との接触感を感じた。何かあったのかな。

 

 しばらくして、ママとの話し声が聞こえてきた。

 「お客様、よろしいでしょうか。あの…」

 後ろでママと美容師の人は何か話をしている。美容師さんはひどく不安そうな声だ。怯えてるといってもいい。

 「…ご覧いただけますか」

 「あっ?!」

 「…こんな感じで、切れないんです。どう致しましょうか…?」

 

 「まどか、ちょっといい?」

 「どうしたのママ?」

 「これを見て頂戴」

 毛先に添えられたシザーが閉じる。しかし、本来なら切れ落ちるはずの毛先が残っている。まるでそこに髪の毛が存在しないかのように、シザーはすり抜けるのだ。

 「…困ったね」

 「これはどうにもならないの?」

 時間にして10秒ほどだろうか。先ほどの円環の理との接触感を思い出す。その万能感を。それを自分に適用する。そして…。

 「あっ!?」

 長かった髪の毛が、一瞬にしていつもどおりの長さに変わった。

 

 「何もしておりませんし、頂くわけには…」

 「いいからいいから、迷惑料だと思ってとっておいて」

 店外に出た途端に、怒ってるというよりもふくれっ面といった感じでママが言った。「出来るなら最初からやりなよ」

 「ごめんなさいママ、美容室のシートに座ったくらいの時にちょっと力が回復したの。理由は分からないんだけど」

 「それって目も出来ないの?」

 「やってみる」

 先程と同じように万能感を開放する。…目は難しいな。髪の毛と違って鏡で見たのをよく覚えてないよ。

 「…こんな感じ?」

 「あ、かなり戻ったね。これならカラコン要らないかな。そもそもあたしカラコン嫌いなのよ。目が悪くもないのに目になんか入れるのって嫌」

 「良かったー」ちょっと安堵した。…実はコンタクトを目に入れるのが怖かった、とは言えない。しかしちょっと残念なこともある。

 「ねえママ、折角だからメガネ屋さんで眼鏡作っていい?」

 「伊達メガネ、気に入ったの?」

 「へへー」

 「それあたしので大きいし、あんたならもうちょっと可愛いほうが似合うかな。…よし、決めた! 午後も会社休んでちょっと買い物に行きましょ! よく考えたら、年頃の娘と外で遊べるなんてそう無い訳。あんたが大人になったら尚更機会は無くなる訳だし」

 

10.美樹さやかと佐倉杏子の場合:その3

 

 ダッシュした後に気がついた。これは消失感だ。本来私のものじゃないはずのものを使っちゃったんだ。杏子が駆け寄ってなんか声をかけてきたが、今の私には聞き取れない。気持ちが杏子の言葉まで許容する余裕が無くなっている。

 「…んだのか?!」 ああ、転んだかって訊かれたのか。ともかく、ふらふらしながらも近くのベンチに腰掛け、頭のなかを整理しようとするが混乱していて纏まらない。ふと、脇を見ると杏子が心配そうにこっちを見てる。ああもう、尚更焦っちゃうじゃないの。そんなに心配そうな顔しないでよ。

 なにか喋りたさそうな杏子を制止して、深呼吸をして、今持ってる記憶と過去の記憶をより分けて、混乱しないように整理する。

 …よっしゃ、そこそこ思い出した。これは杏子に話して助けてもらわないといけないなぁ。

 

 「落ち着いたか?」

 「何とかね。…杏子、あのさ、実はこの熱って円環の理のパワーなんだよ。でね…」

 いきなり微妙な顔をされた。「何言ってんだこいつ」と「病気だから仕方ないのか」と「家に早く帰って薬飲ませて寝かせてやらないと」の3つが入り混じった表情だよ! あからさま過ぎだよ! もうちょっと隠せよ!

 「…あー、さやか、この間、本で読んだんだけど、熱が出ると記憶って混乱するらしくてな」

 「そうじゃないんだってば! いいから聞きなさいよっ! …あのね、とにかくそういう訳なの。で、あたしのこのパワーをまどかに返さなきゃいけないの」

 ますます微妙な顔つきになった。

 「ああもう! ちょっと手を貸しなさい!」

 杏子の右手を強引に両手で握り、体の中にあるイメージを杏子に送りつけると、みるみるうちに杏子の顔が真剣になる。事態の深刻さを悟ってくれたみたい。

 「なんだよこれ、これが『円環の理』の力だってのか? なんでさやかがこんなもん持ってるんだよ?」

 「…えっと、…?」 …しまった、肝心な所が思い出せてない。何でだったけか?

 「そもそもこれ、壊れてるじゃねえか」

 「いやぁ、実はね…、あたしがテンション上がったのって、これのパワーをほんのちょっと使っちゃったから、らしいんだよ」

 今度は可哀想な子を見るような目をされた。ええ分かってますとも、私ってホント馬鹿。

 杏子は溜息をついて、諦めたような声で言った。「で、えっと、誰だっけ、まどかちゃんにこれを渡せばいいのか?」

 「そう。今なら学校にいるでしょ、学校に行くよ」

 「…熱が落ち着いたら、ちゃんと説明しろよ。訳分かんねえままはやだぞ」

 

 教室前に付いた時はまだ授業中だったものの、しばらくして休み時間になったとたん、同級生のミヤちゃんがちょうど教室から出てきた。

 「あれ、さやっち、どしたの? 風邪引いて休みじゃないの?」

 「いや、病院行ってきたんだけど、ちょっと急ぎでまどかに用事があってさ。何処居る?」

 「まどかちゃんも風邪引いて休みだよ、今日」

 「「まじでー!?」」 ハモった。

 

 「で、どうするさやか?」

 学校を出た直後に杏子に訊かれた。熱のせいで幾分ふらつく体をみてるからか、言外に「もう薬飲んで寝なよ」という心配そうな感じが滲み出てる。でも、あたしはとにかく急いでまどかに会わなきゃいけないんだ。

 「まどかんちに行こう」

 

 「ごめんね、さやかちゃん。実は、まどかは今居ないんだ」 まどかのお父さんが申し訳なさそうに言った。

 「え?! 何でですか?!」

 「学校には風邪って言ってあるけど、実はママと出かけてるんだ。ママは午後には会社に行くって言ってたから、午後になったら戻ってくるよ。…しかしひどく顔が赤いね。風邪かな? 寝てたほうが良くないかい?」

 「ありがとうございます。お邪魔しました。すぐ寝かしつけます!」

 午後からまた来る、と言おうとした私に割りこむように杏子が返事をした。

 

11.巴マミと百江なぎさの場合:その3

 

 休み時間、美樹さんと佐倉さんに会うために二年生の教室へ向かう。ところが、美樹さん、佐倉さんの二人共姿が見えない。仕方なく、知り合いの女の子を呼び出して、二人は何処にいるか訊いてみた。

 「今日二人共お休みです。どっちかが風邪引いたとかで、お母さんが働いてるからもう一人が病院の付き添いと看病とか」

 「え、あんことさやっち、さっき見たよ?」別の子が言う。

 「なんでー?」「なんかまどかちゃんに会いに来たんだってさー」「でもまどかちゃんも今日休みじゃん」「だから何かがっかりして帰ったよ」

 …何となく気になったので、質問してみた。「ねえ、その『まどかちゃん』って誰?」

 「この間転校してきた帰国子女の子ですよ。ほら、『お嬢様』ご執心の子がいるって話、聞いてませんか?」

 「ああ、その子の事。少しだけ耳に入ってるわ」

 暁美さんはクラス内では「お嬢様」って言われてるのね。

 「ちっちゃ可愛いので、クラス内では『まどかちゃん』で通ってます。その子も今日風邪でお休みなんですよ」

 「そっか、ありがとう。またお茶を飲みに来てね」 魔法少女の集まり以外の時にね、と心のなかで付け加える。

 「ええ、是非」

 

 「まみまみ、おかえりー。ご執心の下級生はいたかい?」

 「今日、風邪で休みですって。がっかりよ」

 「なんだ、また下の教室行ってきたの? 年下好きだよねー、マミ」

 魔法少女になってからだいぶ経つだけに、誂われるのにも慣れてきたわね。…別に年下好きってわけじゃないんだけどなぁ。

 

 放課後、ベンチに腰掛けていたなぎさちゃんを見つけて隣りに座る。一人で来たことを訝っているようだ。

 「他のお姉さんたちは…、どうしたんですか?」

 「今日、二人共風邪引いてお休みなんですって」

 「え、お休みなんですか?」

 「そうなのよ。折角会わせてあげるって言ったのに、ごめんなさいね。二人の家に行ってもいいんだけど…、なぎさちゃんに風邪を移しちゃうかもしれないわね。二人が治って出てきたら会わせてあげましょうね」

 なぎさちゃんが真剣な顔をした。暫くした後、キッと顔を上げて、私を真っ直ぐ見据えて言った。

 「風邪が移ってもいいです。お姉ちゃんたちの家に行きたいです」

 「えっ? …でも」

 「これ、何か凄く急がなきゃいけないと思うんです。お願いします、マミお姉ちゃん!」

 なんかちょっと嬉しくなった。年下の子に頼りにされるって、やっぱり先輩冥利に尽きるわよね。

 …あれ? 私、この子に名前、教えてあげたっけ?

 

12.暁美ほむらの場合:その3

 

 二人は身動き取れないよう、ドールズに毛糸で縛り上げられている。私は、人差指と中指を揃え唇をつけた後、二人の首筋にその指先をつけた。しばらくして彼女たちの首筋に、私の紋章が浮かび上がる。魔女の口づけならぬ、「悪魔の口づけ」だ。

 「今まで送り返された子たちで知ってはいるでしょうけど、これで貴方達は私の命令に従うようになるわ。再び私に歯向かって来るようなことがあれば、その時は容赦しないわよ」

 これを聞いても、白い魔法少女はまるで無表情だ。見た目からは、敗北感を感じているのかどうなのかすら判然としない。対して黒い魔法少女は怒りを露わにして、むくれた表情を隠そうともしない。服装といい、本当に対照的な二人だわ、と今更ながらに思う。

 

 「インキュベーター!」 私は呼び出す。しばらくして、物陰からインキュベーターが現れた。

 「何の用だい?」

 「この二人をいつもの様に送り返すわ。フィールドを短時間の間、開いて頂戴」

 …刹那、私の意識がインキュベーターに移った隙を見逃すまいというように、黒い少女が白い少女を突き飛ばすようにして私に突進してきた。彼女の武装である鉤爪を使って拘束を解いたのだ。しかし、私は拘束したとはいえ彼女らに対して油断などしていなかった。大きく間合いをとって一言命令する。「止まりなさい」

 黒い魔法少女は、突然硬直し、つんのめるように前に転がり、倒れてそのまま動かなくなった。彼女の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 ゆっくりと近づき、私は諭すように話しかける。

 「言ったじゃない、貴方は既に私の支配下にあるの。つまらない考えなど起こすだけ無駄よ」

 苦悶の表情を浮かべながら、途切れ途切れにに黒い魔法少女は言った。「私を…支配する…の…は…君じゃ…ない…、織莉…子…だ」

 「あらそう、でも、ついでだからこれも覚えておくといいわ。魔女の支配者は昔から悪魔よ」 

 

 「…ところで悪魔さん、折角ですけれど、もしよろしければ、私を起こしてくれませんこと?」

 声がした方を見やると、白い魔法少女が横に倒れていた。黒い魔法少女に突き飛ばされて倒れたのだろうが、拘束されているせいで起き上がることが出来ないらしい。白いドレスの下でもぞもぞと蠢いているのは、下敷きになったらしいインキュベーターだろう。普段優雅な印象の彼女と、私に支配された今も超然とした態度を保とうとするインキュベーター、珍しい二人の無様な姿に思わず口元が緩んでしまった。

 「ふふ、私が手を下すまでもないわね。名前は確か…キリカさん、オリコさんを起こしてあげなさい」

 黒い魔法少女は、ばっと起き上がり、白い少女のところに駆けつけて助け起こした。幼く見える顔を涙でグシャグシャにしながら、白い少女に抱きつく。

 「うわああああん、織莉子、織莉子ぉぉぉぉ、大丈夫? 怪我をしてないかい? 大丈夫?」

 白い少女が、抱きついて泣く黒い少女を優しく慰める。

 「ええ、大丈夫よ。擦り傷一つ無いわ。ほらもう、大丈夫だから泣きやみなさい」

 二人を見た私は不意に思い出した、かつて「ソウルジェムの中」でまどかに慰められたことを。あの時のまどかの声と温かい体温、私の髪を編む彼女の細い指。その記憶は、追憶と微量の後悔となって、黒い魔法少女の鉤爪よりも遥かに深く、私の胸を刺し、抉る。

 しかし、繰り返す痛みというのは慣れを伴うものでもある。魔女化の時、まどかを円環の理から引き裂いた時、彼女を遠くから眺める時。この痛みは常に私と共にあったものだ。そして、痛みに慣れるということは、まどかへの想いを鈍らせることでもあるのかもしれないとも思う。かつて覚悟した魔女としての最期は、仲間である佐倉杏子と巴マミによる断罪と処刑だった。となれば、悪魔となった私の最期は、たぶん、痛みに慣れきった虚無の世界にあるのだろう。コキュートスに幽閉されたという悪魔のように。

 

 薄ぼんやりと思いに耽っていた私の耳に、二人の会話が飛び込んできた。

 「もういいわキリカ。やるだけのことはやったわ、帰りましょう」

 「…うん」

 今、黒い少女の目にあふれている涙は、白い少女への思いやりではなく、私への怒りの表出だ。黒い少女は納得はしていないのだろう。

 しかし、そんな黒い少女を伴って、白い魔法少女は帰っていった。一言、挨拶を残して。

 「ごきげんよう悪魔さん、またお会いしましょう。今度は円環の理達の前でね」

 

 彼女たちが編んでいた魔女の結界が消えると、私は屋上に居た。おそらく授業は始まってしまっているに違いない。

 「やれやれ、酷い目にあった」 インキュベーターがよたよたとフラつきながら歩いてきた。

 「いい気味ね。二人はもう帰ったのだし、さっさとフィールドを編み直しなさい」 私は、捨て台詞とは解っていても、美国織莉子の予言めいた帰りの挨拶が気に食わなかったのが隠せず、インキュベーターに悪態をついた。

 空を見上げると、フィールドの開かれた部分に、インキュベーターの手によって蜘蛛が巣を張るように新しい障壁が構築されていくのが見える。人の目には見えない、彼岸と此岸の間に渡された障壁だ。…おかしい。あれは…。

 あり得ないはずのものが目に入った。フィールドに接触した痕がある。極めて強大なパワーで接触した痕が。それも、内側から。

 「インキュベーター! あの接触痕は何?!」

 「ここの時間表現で言えば、今朝9時25分32秒、見滝原周辺から強大なエネルギーの表出があった。それによる障壁の破損だね」

 「見滝原の何処?!」

 「位置は不明。トレースするだけの人員を割く余裕はなかったしね」

 「私への報告が無かったわ」

 「報告の義務は求められていないよ」

 「…そう。改めて貴方達…、いや『それ』に『学習』させる必要があるようね。覚悟なさい」

 インキュベーターは青ざめた。本来有り得ないことではあるが、こう表現するしかない。「待ってくれ! これ以上高次システムに干渉しないでくれ! 今までの君の干渉で、僕らの本来の目的であるエントロピーを覆すエネルギーの回収に支障が出ているのは知っているだろう?!」

 しかし、彼らのそんな戯言など、私の心に響くはずもない。「知らないわ。ご自慢の能力で何とかしなさい」

 

 


 
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