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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第六十二話

ムカミさん

第六十二話の投稿です。


孫家の動きを受けて、魏はどう動くのか。

2015-01-31 10:46:00 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5158   閲覧ユーザー数:3974

孫堅の急な動向の変化に方針の転換を余儀なくされてからおよそ20日。

 

この間の魏はまさに孫家の動きに方針を二転三転させられていた。

 

報告が入る度に孫家の行動の意図が霞に消え、先の読めないその行動に対応し切れずにいた。

 

樊城から襄陽へ、順調に荊州を攻めていたかと思いきや、突如反転して帰路につく。

 

それもまた途中で進路が逸れ、どういうわけか寿春へ向かう。

 

最終的には袁家に対して反旗を翻し、勢いのままにそれを取り込んでしまった。

 

それらの報告が短期間の内に間諜から怒涛のように齎されたとあれば、落ち着いた軍議を開くことも出来ない。

 

ようやく孫家の動きが治まってきた今、改めてその対応を検討すべく、軍師に華琳、一刀を加えたメンバーによる軍議が再び持たれていた。

 

 

 

 

 

「――――と、以上が孫堅の動きの全てになります。

 

 この時期に荊州に攻め入ろうとした意図は未だ不明ですが、結果だけ見ると孫堅は北に西に、大きく領土を拡げた形となりました。

 

 加えて孫堅は袁術、張勲両名をこの戦で生け捕り、そこを起点に袁家の軍をほとんどそっくりそのまま吸収。

 

 そのため、兵数だけを見れば、その数は膨れ上がっております」

 

間諜からの情報を一手に担う桂花から事のあらましが説明される。

 

ちょくちょく入ってくる情報は皆に伝えられてはいたが、纏めて一つの情報として聞くのはこれが初めての機会となる。

 

各自が現状を整理する意味も込めての再説明ということだった。

 

「やはり、いざこうなってしまうと、動きが読めずに静観に甘んじていたことが悔やまれますね……」

 

「それは仕方が無いだろう?華琳があそこで動くのを拒否したんだから」

 

「あら、それは当然のことよ。一刀も理解しているのでしょう?」

 

「……まぁな」

 

桂花がポツリと漏らした呟きに一刀が、そして華琳が応じる。

 

話す内容は初めに孫堅が荊州攻めに出たとの報告が入った直後の軍議でのこと。

 

そこではその時既に決まっていた孫家への侵攻をどうするかが議題に上っていた。

 

その場で誰からともなく出てきた案が、孫堅が出てガラ空きとなった建業を攻め落とす、というもの。

 

だが、それを華琳が認めなかった。

 

曰く、覇道を突き進む英傑の行動として火事場泥棒の真似事のような侵攻は相応しくない。

 

そう主張して譲らなかったのである。

 

確かに納得できる部分もある。だが建業がガラ空きとは言っても、防衛の為の部隊はちゃんと配置してあった。

 

だからこそ、そこまで特別に卑怯な手という訳でも無いように一刀には感じられたのだが、それでも国王が認めなければただの絵に描いた餅。

 

すぐに別の手の検討へと話が移り、最終的に様子見、それまでの方針は撤回、となったのであった。

 

その後もめまぐるしい動向の変動の前に、いくら策を立てようとしても対応が追い付かず、終わってみれば魏はずっと静観していた形となってしまったのだった。

 

「奇策……というわけでもなさそうだったな。一連の行動に一貫性が感じられない。

 

 もしかすると、反旗を翻したのは突発的な行動だったのか?」

 

「その可能性は高いかも知れませんね~。袁術さんは随分と好き勝手やっていたようですし、今回に至って何かしら我慢の限界となる出来事があったのかも知れません~」

 

「その突発的な行動だったという予想が当たっているのだとすれば、それをこれほど完璧に近い形で収める辺り、流石と言う他ありませんね」

 

「袁家が最初から最後までボロボロだったせいで孫堅の軍の現状の正確な戦力分析も不十分なのよね……

 

 桂花、せめて太史慈や程普の大凡の実力とかは分からなかったの?」

 

「そもそも、今回はその2人がほとんど戦闘していないらしいのよ。というよりも、将相手に戦闘らしい戦闘を行ったのが孫策だけ。

 

 その孫策にしても、十合と打ち合わず勝敗は決していたわけで。収集できる情報自体がほとんど無いような戦だったわ」

 

風が、稟が、零が、桂花が、聞けば聞くほどに進展しえない情報に溜息を吐く。

 

そんな澱みかけた空間に風を吹き入れたのは、誰あろう華琳だった。

 

「でも、これはこれで好機とも取れるとは思わないかしら?」

 

その言葉の意味を、一体何人が瞬時に理解出来たのか。

 

一時、議場は静寂に包まれる。

 

一刀も、華琳が言いたいことは何となく分かる。が、それを言葉通り好機と取っていいのか、そこを勘案する。

 

「……まあ、より難癖は付けやすくなったわよね。ただ、遅きに失するとボク達に対する麗羽みたくなってしまいかねないけれど」

 

いち早く結論を出したのは詠だった。

 

難癖、と彼女は言った。まさにその通りである。

 

もともとがかなりの言いがかりレベルの理由だったのが、多少見えやすくなっただけの話。

 

つまり、依然撤回した策を微修正して流用できるだろうということである。

 

但し、今度は孫堅の動きに注意しつつスピードも要する。

 

孫堅にこちらの動きを気付かれれば急襲に完全に失敗してアウト、孫堅が今回の件を世間に納得させ終えてしまっても攻め込む理由を奪われてこれまたアウト。

 

行うことは明々白々にして単純明快。だが、実行に漕ぎ着けるまでが非常に細い道という、なかなかに難しい策となっていた。

 

と、言ったところで、この場にいるのはいずれも後世に名を残すような大物ばかり。多少の難易度程度を理由に尻込むような軍師達では無い。

 

詠の発言を皮切りに口々に考察を出していくようになる。

 

「今のところ、孫堅に次の動きは見られないわ。洛陽に向けての使者の監視は特に気を配らせているから間違い無いわよ」

 

桂花がまだ時間の猶予があることを情報に添え。

 

「戦の終結直後は緊張や警戒を維持していても、少し時間を置けば誰しも緩むもの。

 

 かと言って時間を掛け過ぎてもあれなのだから……10日か遅くとも20日の後には気取られず許昌を出立出来れば、高い勝算が見込めるでしょうね」

 

零が策の効果を高めるギリギリのラインを提案する。

 

「袁術の兵にしても、取り込んだばかりの今であれば、兵数はともかく兵力として考えればその半分以下で考えていいでしょう。

 

 もともと総兵力は麗羽さんを軍ごと取り込んだ我々が上ではありましたし、その点での有利不利は覆ることは無いでしょう」

 

稟が大きな視点から意見を述べれば。

 

「将の数もそう問題は無いですよ~。むこうの新しい将は張勲さんだけですので~。

 

 旅をしていた時に目にしたことがありますが、春蘭様や菖蒲さんが負けることはまず無いでしょ~う」

 

風が細かい点を独自の見解を交えて補完する。

 

「結局孫家を攻めるでは無いですかっ!だからねねはずっと言っていたのですぞ!」

 

仕上げに音々音の無意識の焚き付けが入れば、流れは完全に出来上がっていた。

 

再び孫家攻めに向けて動き出す。

 

誰が口にせずとも皆にその意志は既にして固まっていたのだった。

 

だが、この場は仮にも軍議。決定事項は音に出して明確にしておかねばならない。

 

勿論、それを行うのはこの場にいる最高位、国王たる華琳である。

 

「ふふ。皆いい感じに覚悟が出来たみたいね?それでも、一応言っておくわ。

 

 皆、今一度思い出しなさい。私達は”今のこの大陸”を獲ろうとしていることを。苦難無くしてそれが成し遂げられることは有り得ないわ。

 

 差し当たり、今は孫家攻めの準備に各自尽力なさい。

 

 前回は運悪く水を差されてしまったけれど、こんなところで足踏みなどしていられないわよ」

 

『はっ』

 

武官や兵達のように部屋を震わせるような発声は無い。

 

しかし、だからといってその声に篭もる熱が低いなどということは決して無い。

 

彼女らの意志はさながら静かに揺らめく炎のように燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう今更だけれども……あんたの想定がまたまたズバリ、よ。今回は魏に取って悪い方向にしかならなかったけれど」

 

軍議後、時間差を設けて一刀と桂花が情報統括室に集っていた。

 

2人きりと言えどこの部屋の日常と化しており、前置きなど無しに桂花が本題から入る。

 

一刀も承知したもので、目で先を促した。

 

「樊城と襄陽、ここで孫堅と戦っていたのは、以前あんたが言っていたあの黄祖よ。

 

 間諜からの報告に依れば、一度孫堅の軍は軽く混乱に陥り、その際に黄祖の軍によって深く攻め込まれていたそうよ。遠目では判然とはしなかったそうだけど、孫堅が危うい局面もあったとの報告も。

 

 これ、あんたがくれてやった警告のせいで最大の敵が消えるどころか、より強大になっちゃったんじゃないの?」

 

今桂花も少し口にした通り、一刀は連合からの帰還劇の後、改めて桂花にだけ、華佗を通じて孫堅、孫策に出した警告を報告していた。

 

その時には溜め息こそ吐かれど、特に小言などは無かったのだが、魏にとっての危険度が徐々に浮き彫りになってきた今では異なる反応を示している。

 

当初から覚悟していた反応だけに、その言葉を甘んじて受けつつも用意してあった持論を展開する。

 

「それは勘弁してくれ。ほんの僅かとは言え一度は肩を並べてた戦ったのだし、何より孫堅の中に真の英傑を見た。

 

 そんな彼女の危地を知りながらそれを伝え得る機会を無下にすることは出来なかったんだ。

 

 あれ程の人物が無駄死になんてしたとあれば、それこそ勿体無い」

 

「まあ、あんたらしいと言えばあんたらしいのよね、そういうところは……

 

 でも、それなら尚更あんたは気合入れなさいよ?あんたの所為で華琳様の覇道が途切れることなんて、あってはならないわよ」

 

付き合いも長くなり、こういった現代人らしい一刀の考えも理解してくれている。

 

そのことに心中で感謝もしつつ、一刀も覚悟を語る。

 

「そこも分かっている。武人として彼女に尊敬の念はあっても、それが理由で手心を加える気なんて毛頭ない。

 

 いざとなれば、俺がこの手で斬るさ。何があろうともな」

 

「あんたが救っといてあんたが斬ってたんじゃあ、世話無いわね。

 

 偽善ここに極まれり、って感じかしら?」

 

「放っとけ。矛盾しているのは自分で分かっているよ」

 

桂花から浴びせられる毒舌も、当たっている分言い返せるものでも無い。

 

現代的な考え方を捨てきれないまま魏の臣としての生き方も貫く一刀は、未だに自己矛盾を抱え続けている。

 

それは自分で分かっていてもどうしようもない、心の奥底にある領域の問題。

 

故に、そこを突っ込まれた時はこのような受け答えしか出来ないでいた。

 

ひとまずこの話題から切り替えて話を進めるべき。そう考えて、一刀は次の話題を自分から切り出す。

 

「孫家を攻めるに当たって進軍経路の選定は終わっているのか?

 

 まだだったら黒衣隊の人員を少し多めに割いて調べに出すつもりだが」

 

「ああ、それなら問題無いわ。幸か不幸か、襄陽付近の街から孫堅を恐れて魏に逃げ込んできた奴らがいるのよ。

 

 で、そいつらが食い扶持を求めて魏軍に志願してきてたわけだけれど、襄陽から建業付近までの気付かれにくい経路を知っているらしいわ」

 

「それは……大丈夫なのか?」

 

「そこよ。勿論、罠の可能性も考慮するわ。だから、あんた達には2つ程指令を出すの。

 

 1つは、経路を聞き出したらまず黒衣隊員数人にそこが使えるかどうかを探ってきてもらう。

 

 それともう1つは、そいつらの監視よ。特に、許昌出立後は念入りに。

 

 あんたの懸念も分かるけれど、利用できるものは利用する。けれども決して油断はしない。その姿勢を崩すつもりは無いわ」

 

言葉に詰まることも、言葉を探す様子も、桂花には無かった。

 

それは桂花がその策を最善だと自身で確信している証左でもある。

 

そこまでの覚悟があるのならば情報の扱いは桂花に任せればいい。何と言っても、彼女は”情報統括室”の長なのだから。

 

自分はその下で武を持って対処すべき案件を片付ける。それでいい。

 

暫しの沈黙の間に、一刀の考えはその方向で纏まった。

 

いざとなれば、斬り伏せることにも問題は無いだろうとも考えたからだった。

 

「了解した。今回は事が事だ。旧来の隊員から特に能力の高い連中に指示を出しておくとしよう」

 

「ええ、頼んだわよ。こんなところかしらね。何か他に報告なりはある?」

 

「いや、こっちもこれ以上は無い。良くも悪くも、な」

 

「分かった。それじゃ、私はもう行くわ。零達と色々調整しないといけないし」

 

「ああ、お疲れ、桂花」

 

桂花は片手を上げることで返事に変え、部屋を出て行った。

 

部屋に一人残った一刀は最初の話題に考えを巡らせる。

 

また、歴史とは異なる結果が発生した。

 

但し、今度はかなり間接的ではあるが一刀も一枚噛んでいる……はずだ。

 

もう随分と前に伝えてもらった、たった一つだけの警告。

 

それが彼女、孫堅の生死を分けたのかどうか、今の一刀には知る術は無い。

 

だが、これもまたこの世界を考察するための重要な要素となるだろう。

 

新たな情報を自らのデータベースにしっかりと刻み込んでから、一刀も己の仕事をこなすべく部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、一刀さん。あの、今ちょっといいですか?」

 

廊下を歩いていると、月から声を掛けられる。

 

丁度黒衣隊への召集の伝令も終えたところで一刀には時間があった。

 

「ああ、大丈夫だ。何かあったのか、月?」

 

「えっと……もしかしたら、なのですが……」

 

「もしかしたら?よくわからないな。月自身のことじゃあ無いのか?」

 

「それは、はい。あ、それと、私では無くて詠ちゃんがそう言っていたので……」

 

要領を得ないこの場での月の説明では何もわからない。

 

ただ、何かが起こっている可能性を詠が指摘した。その一点は一刀も気になった。

 

「……詠は今何をしているか、分かるか?」

 

「あ、はい。実は私も今から詠ちゃんのところに向かう予定でしたので」

 

「分かった。俺も行こう。そこで今のことを話してくれないか?」

 

「は、はい!ありがとうございます、一刀さん!」

 

月のお願いを一刀が聞き入れたことに、満面の笑顔でお礼を口にする。

 

一刀は一刀で、当たり前のことだから、とだけで流した。

 

お互いに顔を見合わせて微笑んでから、月の先導で詠のいる部屋へと2人は向かっていった。

 

 

 

 

 

「あら、月……と一刀?2人してどうしたの?」

 

部屋で執務に励んでいた詠は、訪ねてきた人物の組み合わせに軽く片眉を持ち上げる。

 

この3人で話す機会は多々あれど、執務中に揃って尋ねたことは無いのでそれも当然ではあろう。

 

自分から言い出した手前、この詠の疑問には月自身が答える。

 

「あのね、詠ちゃん。詠ちゃんが前に言っていたこと、一刀さんにも聞いてもらっておいた方がいいんじゃないかと思って」

 

「前の……ああ、あのこと。確かに、ちょっと気になるとは言ったけれど、なら話すべきは桂花か華琳じゃない?」

 

「うん、普通はそうなんだけどね。でも、詠ちゃんでも些細な違和感程度だって言うわけだから……」

 

「ん……まあ、あの2人に話すにはちょっと漠然とし過ぎているし、個人的すぎることの感も否めないわね」

 

顎に手を当て、少し俯いた状態で考え込む詠。

 

話を聞く限りではそれほど心配することでもないのかもしれない。

 

しかし、詠が少しとは言え気になったということは軍師的な勘なり洞察力なりが警鐘を発したとも取れる。

 

詠は結局前者として取っていたようであるが、月は後者を心配している、と一刀はここまでをそう理解した。

 

そこで詠が結論を出すまでの間、一刀は黒衣隊で集めた魏陣営内の情報を脳裏で洗い直す。

 

あるいは謀反の気配を詠が敏感に感じ取った可能性も無きにしも非ずだからであった。

 

だが、一刀のそれが終わる前に詠が結論を出したようで、顎から手を放して顔を上げる。

 

そして月と一刀に向かって話し始めた。

 

「分かったわ、月。まあ、一刀なら少しは関わりがあることなのだし、一応話しておくわ。

 

 それで、一刀は月からどこまで聞いてるの?」

 

「いや、まだ何も聞いてないよ。詠でないとちゃんと説明が出来ない、とかで」

 

「そう。と言っても、ボクもちょっと引っ掛かった程度なのよね。だからあんまり深刻に捉えすぎないでね。

 

 その違和感を覚えたのは数日前、露天商区画を月と歩いていた時なの。そこで色々と見ていたのだけれど、近くの店主同士の会話が耳に入ってね。

 

 なんでも、連合の件があって以来、皇帝陛下が積極的に政に口を出すようになって、洛陽は月の統治の水準をどうにか落とさずにいられている、って」

 

「なんだ、いいことじゃないか。協も頑張っているみたいだな。そこに何か問題があるのか?」

 

「いいえ、引っ掛かったのはその次よ。彼らはその後こう言っていたの。

 

 治安が悪化したりしなかったのは良かったけれど、税が上がったのは少し痛い、って」

 

なるほど、と一刀も思う。

 

金に直結する話題は特に商人の間には広まりやすいし上がりやすい。そして何より共有されるものは情報も早い。

 

ただ、それは些細なものであっても同じことなので、一刀は慎重な意見を呈する。

 

「税が上がった、か。制度の維持にはどうしてもお金が掛かるし、それを管理する者が変われば制度の効率や掛かる費用までもが変わってくることはザラだ。

 

 もとは詠が管理していたんだろうけど、それが変わったことで制度維持の費用が上がってしまった、とかじゃないのか?

 

 暴税では無い限り問題は無いだろうし」

 

「この時期になっていきなり増税、そこにちょっと引っ掛かったの。

 

 本格的じゃない情報収集だから限界はあるけれど、それでも私の知る限りでは最近までは今までのやり方で通せていて、税も据え置きだったはずだし。

 

 それまで続けていたことに突然失敗するようなことも、あの子には考えられないわ」

 

あの時は仕方が無かったとはいえ、統治を途中で投げ出す形になってしまった洛陽の街。

 

その地のその後にはやはり個人的な関心があったようで、詠も日頃から気にかけていたようだ。

 

洛陽を離れるにあたり、詠は信を置ける武官と文官に諸々を引き継いだと言っていた。

 

そこを疑うことは無い。現に今日まで洛陽における問題らしい問題は報告に一切上がっていない。

 

それがここにきて噂に上るような事態、それもマイナス方向のものが起こった。

 

もしかしたら、新たな策を始めるために増税が為されたのかとも考えたが、そのような情報は得られていない。

 

それに、一刀の言う通り基本的には詠が様々の策を回していたとはいえ、そのすぐ下で補佐にあたっていた彼女達が今更になって策を回す資金が不足するような事態に陥るとは、詠には考えにくい。

 

洛陽を任せて残した者達を良く知っている詠だからこそ、感じ取れた違和なのだと言えた。

 

一刀は月と詠を連れて洛陽を出た当時の記憶を引っ張り出し、詠に尋ねる。

 

「確か、残した文官のまとめ役と策の引き継ぎを任せたのは李儒さん、だったよな?詠が認めているんだから能力に間違いは無いんだろう。

 

 ……詠の目から見た感じで、李儒さんは思考の方向性やその人間性に問題は無かったか?」

 

「ええ、問題無かったわ。いつも落ち着いた物腰で丁寧に仕事をこなしていたわね。

 

 頭の回転も速かったし、ボクが手を離せない時なんかに策を練ったりしてくれたのを見る限り頭の出来もかなり良くて、諸陣営の筆頭軍師と比べても遜色無いくらいよ」

 

「私も詠ちゃんと同じ考えです。一刀さんが善政だったと言って下さった洛陽の政策のいくつかも、彼女の献策から出来上がってますし」

 

詠に続くようにして月も李儒を高く評価していることを言い表す。

 

「ならその他の文官ではどうだった?例えば、李儒さんのすぐ下に付いていた者、とか」

 

「例え周りが良からぬことを考えたところで、あの子によって締め出されて終わりでしょうね。隠れて実行しようとしたところで、実を結ぶとは思えないわ」

 

詠にも月にも何かを考える様子も無く、それは純粋な評価だと感じられた。

 

「そうなってくるともう分からないな……」

 

ボソリとつぶやくように一刀が言う。

 

それは詠も思っていたことだった。

 

今の段階の情報では白とも黒とも言えない。

 

何より詠自身が言っていた通り、これは本格的に集めた情報では無い。

 

不確定要素が多々含まれている情報の、まだちょっとした噂程度の懸念。

 

確かにこれでは、魏という大きな国を動かすにおいて、いつも忙しい立場にある華琳や桂花に伝えるには弱過ぎるものであろう。

 

「まあ、これに関しては他より少し優先して情報を集めることにでもしておくわ。

 

 取り越し苦労かもしれないわけだしね」

 

「そうだな。俺も少し気にかけておこう。

 

 場合によっては協や弁の身も心配しなくてはいけないかも知れないからな」

 

結局、現段階での結論は変わらずじまい。

 

様子見ということで結論付けられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、良く頑張ってくれたわね。昨日の報告で遂に次の戦の準備が全て整ったことになるわ」

 

孫家攻め再決定の軍議から2週間弱。

 

この日の軍議の冒頭で、華琳はそう言った。

 

きっちり、零の提案した期限内。武官も文官もそれぞれ準備内容に変更があったのだが、見事に間に合わせた。それだけ意識を高めているのだろう。

 

華琳の言葉に、軍議の場は沸き立つのでは無く、ピンと張りつめた空気に支配される。

 

誰一人視線を逸らすことなく、一目で真剣味を感じ取れる瞳を華琳へと向けていた。

 

「桂花。むこうにこちらの動きを気取られている可能性は?」

 

「ここ十日ほど、間諜対策は普段の倍以上に手を入れておきました。甘寧か或いは周泰が足を運んでいない限り、問題はありません。

 

 その2名にしても、将である分、先の戦の事後処理等にかかっているはずですので、その可能性は非常に低いと思われます」

 

「そう。つまり、ここまでは至極順調、と。上出来ね」

 

ここで笑みを浮かべていた華琳の表情が切り替わる。

 

目尻と眉が上がり、口元はキュッと引き締まり、凛とした雰囲気が増す。

 

その堂々たる風格に恥じぬ意志の篭った声が響き、華琳の宣言が紡がれる。

 

「皆の者、時は来た!我等は2日の後、ここ許昌の地より出立する!

 

 今日と明日は英気を養い明後日以降に備えよ!皆の働き、期待しているわ」

 

『はっ!!』

 

ミリ秒と遅れず返された返事が空気を震わせる。

 

武官、文官関係なく、誰もが皆気合十分。

 

かつてない巨大な敵を前に、各々モチベーションを高く保っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだな、一刀。敵は孫家。随分前だが、一刀の言っていた華琳様の覇道に立ち塞がる2つの巨大な障害の内の一つ。

 

 あの時聞いた名とは君主が違うが、むしろより厄介だと見るべきなんだろうな」

 

軍議室を出てすぐ、秋蘭が一刀に声を掛けてくる。

 

様々な場面で、様々な人物の口から、この戦は大きな意味を持つと言われている。

 

秋蘭もそれをよく感じているのだろう。

 

華琳の旗揚げより連れ添ってきた側近として、やはり思うところが大きいのだと思われた。

 

「いつになく饒舌だな、秋蘭。秋蘭なら日を跨げば大丈夫だろうが、一応言っておくよ。

 

 あまり気負いすぎるなよ。気合を入れるのはいいことだが、それが空回りしては本末転倒だからな」

 

「む……いや、確かにそうだな。すまない、一刀。ありがとう」

 

秋蘭は目を瞑り、大きく一つ深呼吸する。

 

次に目を開いた時にはいつもの様に落ち着いた秋蘭の姿がそこにあった。

 

「それにしても、孫堅……やつの武力は結局底知れないまま、か。

 

 きっと、一刀と恋に任せるしかないのだろうな。心苦しい限りだが」

 

「そんなこと気にするなって。こういうのはやれる奴がやらなきゃならないのが自明の理なんだから。

 

 どんなやり方であろうとも、華琳の、そして魏の覇道を邪魔するもの、穢すものは排除する。

 

 その意気でいればいいんだから」

 

「ああ、そうだな……一刀が言うと説得力があるよ。なあ、隊長?」

 

「あはは……まあそれもやれる奴が、ってやつだよな。

 

 何にしても……この戦、勝つぞ、秋蘭」

 

「ああ」

 

不安は見せない。

 

一刀のそれは、今やあまりに大きな影響を及ぼすものとなってしまっているのだから。

 

秋蘭を相手にしても、それを貫く。

 

気の置けない仲だからこそ、士気に影響を与えたく無い。そんな配慮故に。

 

未だその武の全容が霧霞の向こうに隠されたままの孫堅への不安は、一刀だけの胸の内に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、一人の人物が建業に達していた。

 

「ふぅ、やっと着いた。随分遅くなってしまったな」

 

長旅で疲れたその身を、僅かばかりの休息を取って素早く癒やす。

 

そして、建業の城に視線を向け、小さく呟いた。

 

「さあ、あいつとの約束を果たそうか」

 

 

 

因果は巡り、新たな運命の歯車を回す。

 

次なる舞台は、建業の地。

 


 
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