数秒の思案を挟み、ようやく、頭の中が落ち着いてきた。
しがみ付く恋を撫でながら上体を起こし、ねねへと視線を向ける。
「ねね」
「は、はいっ!」
ビクンと体を震わせて、芝に正座するねね。
ねねは事ある毎に俺を罵倒し、嫌っていたはずだ。
まぁ、それも愛情の裏返しと記憶上の俺は受け取っていたが……今は俺を第二の主として慕っている。
前との対応の差に笑えてしまう。
「記憶、戻ってるんだろう?いつからだ」
恋に記憶を思い出させるため、俺の不意を突き恋にキスをさせたのだ。
ねねが既に記憶を取り戻している事は明白である。
「は、はい……一刀殿の意識が戻らず、介抱している時に……」
……なるほどな。
恋とキスする前、俺にねねと過ごした記憶はなかった。どうやら意識が無い方には記憶は蘇らないらしい。
いや、頭の奥底では既に記憶が戻っていたのかもしれない。今となっては確かめようもないが。
「ここに来てから、詠や銀華と話したのです。ねねの考え通り、一刀殿はまだねねたちの事を思い出していないとの事でした」
ねねにとっては好都合ではありますが……
続けてねねの小さな呟きが聞こえた。
こんなにも俺に対して殊勝なねねは、前の記憶に無い。
単純に恥ずかしいのだろう。まぁ、もう全て思い出してしまったが。
「それなんだが……どうやら、今ので全て思い出したらしい」
空いている手で頭をかく。
俺の言葉にねねは呆然とし、瞬く間に顔を赤く染めた。
「あ……え…な、なんですとー!!」
驚きからか立ち上がり、あぅあぅ唸るねね。今までの自分の行いを思い出しているんだろう。
どれもこれも、俺への好意を前面に押し出していたはずだ。
「ほら、お前も寂しかったんだろう?こっちこいよ」
空いている手を差し伸べる。
ねねは潤んだ瞳で俺の手をみると、眉を吊り上げた。
「う、うぬぼれるなです!お、お前何かいなくなっても全然寂しくなんか……寂しくなんか……」
声を掠れさせ、よろよろ近づくねね。
恐る恐る俺の手を掴んできた瞬間引き寄せ、呂布の隣に抱き込む。
「うぅ……ふぐっ……うぇええ~~ん」
ねねは懐に顔を寄せると、嗚咽を漏らし涙を流し始めた。
恋にもねねにも、他のみんなにも。とても残酷な事をしてしまった様だな。
鈴々への対応を思い出し、胸が痛む。
「し、失礼しますっ!!」
二人の気が済むまでこうしていようと頭を撫でていると、兵が一人、厳しい面持で駆け寄ってきた。
突如緊急招集がかけられた。
理由は恐らく、魏軍が攻め込んできたのだろう。
せっかく記憶が戻ったのにな。もう少しゆっくりしたかった。
玉座の間に着く。少し遅れて恋とねねも入ってきた。
桃香達は揃いも揃って沈痛な面持ちを浮かべていた。前と同様、相手の兵力の多さに辟易としているのだろう。
「来ましたか。すいません。もう一度ご報告お願いします」
朱里が俺達を見ると、薄汚れ、所々ボロボロの服装をした兵に説明を促した。
「はっ!北方の国境に突如、大軍団が出現!関所を攻め込み、我が国に雪崩込もうとしております!敵総兵数およそ五十万!地平線を埋め尽くすほどの人の波に、関所は為す術無く囲まれました!」
予想通り魏軍が攻め込んできた様だ。
兵数五十万。桃香の軍では天変地異でも起こらなければ勝てるはずのないものだ。
今回も、蜀へ逃げるしかないようだな。
「で、銀華はどうした」
ボロボロの兵へ問う。
銀華にはすぐに逃げろと言っていた。危険を冒すことはないはずだ。
俺の問に、何故か将たちの表情が歪む。
兵は苦渋に満ちた表情を浮かべ、しかし俺から目は背けず口を開く。
「華雄将軍は、この事をできる限り早く本国に伝えるため私を逃がし、関所に残りました!」
…………あ?
銀華が俺の指示に従わなかっただと?
「……華雄将軍が、これを」
兵が懐から竹簡をとりだす。
受け取る手が震える。動悸が激しい。銀華に限って、ありえるわけがないと自答する。
竹簡を紐解き、広げる。
『すまん。一刀、愛している。』
急いでいたんだろう。やけに乱雑に書かれていた。
ふざけるな。俺は認めない。
すまんだと?謝るくらいなら何故俺の言う事を聞かない。
お前が俺を愛しているなんて知っている。文字じゃなく、面と向かってお前の声で俺に伝えろ。
数秒だろうか。見ていた竹簡を懐にしまい、出口へ向かう。
「はわわ!北郷さん、どこへ向かう気ですか!?」
「決まってる。銀華の所だ」
歩みを止めず答える。
と、外へ出る前に、武器を構えた星が俺に立ち塞がった。
「どけ、星」
「ここで主を行かせる訳にはまいりません」
そうか、お前は俺の邪魔をする訳だな。
無言で二刀を抜き、構え相対する。星は強張った表情で額に汗を浮かべていた。
「ほほう、これが主の本気ですか。少々……私には荷が重いですな」
表情とは裏腹に、飄々としたセリフを吐く星。
「今の俺に手加減できる程の余裕は無い。さっさとどかないと、痛い目を……み…る……」
威圧するように言葉を放つが、途中首筋に衝撃を受けた。
体の自由が利かず、倒れこむ。視線を後ろに向けると、険しい顔をした恋が居た。
「……もう、ご主人様にはどこにも行かせない。……恋の見えるとこで……恋が守る」
何てこった。恋がこんな強行手段にでるとは予想していなかった。
恋はよくも悪くも純粋だ。前の記憶での別れの影響だろう。畜生……失態だ。
「銀華……」
脳裏に浮かぶ銀華の姿。
薄れ行く意識に必死に抗いながらも、視界は闇に包まれた。
23話 了
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今話は区切りの良いところで切りたかったので、かなり短いです。
ご了承くださいませ。
あ、小ネタは思いつかなかったんで無しで。