No.751355

100年間の告白の前と後

さん

以前書いた『100年間の告白』の前日談と後日談。

2015-01-14 15:50:16 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1383   閲覧ユーザー数:1383

【前日談】

 

白澤が鬼灯と初めて出会ったのは、彼女がまだ子鬼の頃。友人の子鬼二人と一緒にいた。第一印象は『可愛い子だな』だった。大人になったら誰もが振り向く美人になるだろうと予測していた。

次に会ったのは和漢薬研究会の時だった。それ以前にも会っているのだが、彼は酒に酔っていてよく覚えていない。彼女を見た時、白澤はすぐにあの時の子鬼だと気付いた。予想通りの美人になっていて、女好きの白澤が声をかけないわけがなかった。

「やぁ、久し振りだね~。僕の事、覚えてる?」

いきなり声をかけられ、鬼灯は驚いていた。訝しげに首を傾げる様が、とても可愛らしかった。

「ほら、君がまだ幼かった頃、友達と神獣を探してたでしょ?」

白澤が言葉を重ねれば、彼女は頻(しき)りに頷いた。

「確かに、アレは貴男でしたね」

その節はお世話になりました。…とお辞儀をする鬼灯は、彼が誰か知ってはいても、あの時の神獣が彼である事は忘れていた。あれからかなりの年月が経っているのだ。仕方がないだろう。

「随分な美人さんになってたから、吃驚しちゃったよ。ねぇ君、名前は?この後、暇なら僕と何か食べに行かない?」

白澤は言った。いつも通りに。ソレを聞いた鬼灯の瞳が、氷のように冷たくなった。

「噂通りですね、白澤さん」

まさか私まで口説くとは思いませんでしたが…。…そう話す声も冷たくて、白澤の顔は笑みを作ったまま固まった。

「貴男、『女好き』で有名ですよ。女なら誰にでも声をかけるような淫獣に、私は興味ありません」

それではさようなら。…そう言い捨て去っていく彼女の後ろ姿を、白澤はポカンと見送った。

「…あの子、僕の事『淫獣』って言った?」

 

 

それからも、二人は話す機会はなくとも会う機会は頻繁にあった。

神と崇められ、利用され、傅(かしず)かれていた自分に唯一『淫獣』と言い放った鬼女。鬼灯は、白澤にとって気になる存在だった。

鬼灯は時が経つ程に有名になっていき、彼女の名も噂も白澤の耳に入るのはすぐだった。名前を知った時、彼女を呼びたいと思いはしたが、中々その機会はなかった。冷たい目を向けられ、『淫獣』と呼ばれた事が心に引っ掛かっていたのだ。

軈て、機会はやって来た。白澤と鬼灯が和漢親善競技大会の審判を勤めたのだ。鬼灯は綺麗に粧し込み、白澤は彼女に釘付けになった。しかし、彼女は相変わらず彼につれない。それでも、白澤は彼女と話したかった。

二人きりになり会話の機会が来たが、どう話せば良いのか何を話せば良いのか迷った。

そうして漸(ようや)く出た言葉が…

「賭けようか?」

賭けの結果は有耶無耶、鬼灯との仲は悪くなってしまったのだった。納得がいかなかった。自分が、女性とこんなに仲が悪くなるなんて予想外だ。

それでも彼女とは仲良くしたくて…

(ん~…どうすれば…)

うんうん唸りながら鬼灯を見詰めた。軈て白澤の視線に気付いたのか、彼女が振り返り彼を見る。

「さっきから何を牛みたいに唸ってるんですか?」

訝しげで、それ以上に苛立たしげな表情。

「そんなに賭けに勝てなかったのが悔しいんですか?」

「別に、そんなんじゃない」

予想外の事を言われ否定はしたものの、正直それ以上何を言えば良いのか分からなかった。眉間に刻まれた皺もそのまま。だからなのか、鬼灯の勘違いは進む。

「貴男、何億年と存在する神獣でしょう。いい歳してみっともない。大勢の人から崇められ敬われ、それに慣れてしまったのかもしれませんがね…」

ここまで言い、鬼灯は体の向きを白澤に向けた。まっすぐに彼を見詰める。

「私は、いくら神獣でも尊敬出来ない者を敬ったりしませんから。貴男はただのスケコマシの淫獣です」

それではさようなら。…鬼灯は、いつぞやと同じように去っていった。

白澤は微動だにしない。彼女に言われた事が、頭の中で谺する。

「【敬わない】って言った…僕を…」

鬼灯は、他の人とはかなり違う。あんな言葉を言われた事がなかった。

凛としていて、まっすぐに白澤を見、遠慮容赦なく彼に罵声を浴びせる鬼女。

「彼女の傍なら…僕は僕であれるかもしれない…」

もっと傍にいたい、話したい、もっと鬼灯を見ていたい。…そう、感じた。

白澤の鬼灯への気持ちが、恋となった瞬間である。

 

 * * *

 

白澤はどこか浮き足立っていた。と云うよりも、初めての感情を持て余してるとでも謂うのか…。

 

 

商売道具を背負い、衆合地獄を歩く。周囲には鬼女がたくさんいる。各々に様々な魅力があると思う。だが、鬼灯への恋心を自覚してからは彼女の顔ばかりが頭に浮かび、他の女性が色褪せて見える。と云うか、何も感じなくなったと謂うのが正しい。

 

 

ある店に目を止めた。其処は女性の装飾品が売られていて、衆合地獄に勤めている鬼女以外の女性も利用している。

女性客が多いその店に、白澤は躊躇なく入る。羞恥心などはいっさい無い。櫛や簪、帯などを見て回る。それ等の装飾品を見て想うのは、件の鬼女の事。

(鬼灯って黒や赤が似合うよなぁ)

大人っぽく、またどこか色気がある。地獄の色である黒は、地獄を愛する鬼灯にはピッタリである。ただ、濡羽色の髪に黒はないだろう。赤は彼女を鮮やかに彩るに違いない。白澤は、赤い簪を購入した。

店を出て何となく横を見ると、鬼灯を目にした。此処は衆合地獄で、手には一発で贈り物だと分かる装飾の施された箱。彼女はいつも通り顰め面で自分を淫獣呼ばわりするに違いない。それだけならまだ良いのだ。彼女が自分に構ってくれているうちは、好かれるよう努力する。

だが、白澤は物陰に隠れた。理由は、彼女が一人の男鬼と歩いているから。

 

 

男は金髪で、顔はまぁイケメンの部類には入るだろうと云った感じだ。鬼灯の表情は柔らかく、男は楽しそうに笑っている。

(…誰?)

『恋人』という単語が自然に浮かんで、胸に痛みを感じた。

二人は仲良く、白澤がさっきまでいた店に入っていく。気付かれないよう注意しながら店内を窺う。男鬼の金髪と、鬼灯の逆さ酸漿を背負った背中はすぐに見付かった。

仲良く陳列された品を眺める。商品を指さし、手に取り、首を横に振ったり縦に振ったりしている。軈て、一つの商品をレジに持っていく。

その後は、苦しすぎて見ていられなかった。早足で道をずんずん進む。

自分の店に帰り、装飾された箱を見て想い人の為に贈り物を買った事を思い出した。恋人のいる女性に惚れ、贈り物を買った自分が馬鹿に感じた。咄嗟に捨てたくなり手を伸ばしたが、自分の気持ちを否定するような気がしてどうしても捨てられなかった。

 

 

とはいえ、恋人のいる女性を想い続けるのは苦しかった。時々会う度に彼女に触れたくなり、あの男の事を思い出し嫉妬に身を焼かれるような想いを味わう。彼女への恋心を自覚したその時よりも一層、彼女を恋しく想った。

そんなある日、衆合地獄に仕事に行った時に、診察中の鬼女に言われた。

「恋を忘れるのは、新しい恋ですわ」

白澤は、恋心を自覚してから止めていた女遊びを再開した。しかし、いつまで経っても鬼灯を忘れられない。抱いている最中、ずっと鬼灯の顔が頭から離れない。女遊びをすればする程、彼女への想いは募る。

そしてついに、鬼灯に言われてしまった。

桃太郎に二人は親戚かと問われ、どんな関係なのか説明した。その時に、彼女ははっきりと「此奴が大嫌いなんです」と言った。鼻の奥がツン、とした。悲しくて涙が出そうだが、歯を食いしばって耐えた。

「僕だってお前なんか大嫌いだよ」

なんとかソレだけ言った。言った瞬間、胸を刺すような痛みを感じた気がした。誰もいなければすぐにでも泣けそうだった。

 

 

相手には恋人がいる上、自分は嫌われている…その事実が、白澤を益々女遊びに駆り立てた。そしてその姿が、鬼灯に嫌われる理由である事も気付いていた。

だが、それでも彼は止めなかった。半ば自棄になっていたのだ。彼女が手に入らないなら、新しい恋をして忘れたい。

でも、忘れられなかった。過去の宣言通りに白澤を神と敬わない姿勢が嬉しくて、心地好かった。薬の納期に訪れる度に、彼女を引き留めた。態(わざ)と薬を作るのを遅らせ待たせ、簡単な勝負事に興じる。嫌っている割に誘いに乗ってくれるのが唯一の救いだ。

 

 

ある日、衆合地獄で鬼灯の恋人と思われる金髪の男鬼を見た。彼の隣には、彼女と最も親しげに接していた鬼女がいる。お香という名の彼女と金髪の男は、親しげに話をしている。更に、男の頬が僅かに赤い事に気付いた。

(何で…彼奴、鬼灯の恋人じゃ…)

『遊び』という言葉が、頭をよぎった。自分だって散々女性と遊んでいるのだ。他の男だって遊んでいる者はいるだろう。

二人から目が離せず凝視していると、男はお香に手を振り、彼女から離れていった。その後の白澤の行動は速かった。すぐさまお香に近付く。

「你好、お香ちゃん」

内心を悟られないよう、ヘラヘラと笑い声をかける。

「あら、白澤様。こんにちは」

「さっき、男鬼といたよね?誰?」

言ってから、内心舌打ちしたくなった。もう少し自然に訊こうと思っていたのに性急過ぎた。どうやら苛立ちすぎたらしい。お香も突然の質問に目を丸くしている。

「あの人は、烏頭と謂います」

彼女は、驚きながらも教えてくれた。

「私の幼馴染ですの」

恋人だと言われたら無理矢理にでも鬼灯を手に入れようと思っていた為、安心すれば良いのか落ち込めば良いのか分からない。

「私と鬼灯様、それに烏頭さんの他にも蓬さんという方がいるのですが皆、幼馴染なんですよ」

共通する幼馴染…それならあれだけ親しいのも頷ける。ただ、お香と話している時の烏頭の顔の紅潮が気になった。

「彼奴やお香ちゃんは、どちらかと付き合ってたりするの?」

白澤の質問に、お香はクスリと笑った。

「いいえ、男女のお付き合いはしていませんよ。仲の良い、幼馴染です」

お香の答えに安心した。だが、それでも未だ鬼灯に想いは伝えられない。白澤はハッキリと言われたのだ、彼女に。『大嫌い』と。白澤も、彼女に合わせて嫌いと返してしまった。

おまけに、白澤は女遊びも再開してしまった。告白すれば、どんなフラれ方をするのか、恐ろしくて想像すら出来ない。

 

 

恋人だと思っていた烏頭がただの幼馴染だと知ってから、白澤の女遊びは徐々に少なくなった。

だって、誰の事も好きにならない。鬼灯を忘れるどころか想いは日に日に強くなり、彼の心に別の女性が入り込む隙などなかった。ただただ、虚しさだけが白澤を苛む。

その頃には既に女性を抱く気はなくなっていた。どうしても鬼灯を忘れられない。切れ長の目を持つ者、黒髪の者、鬼…そんな、どこかしら彼女に似た者を選んでしまっていた。そして、ふとした拍子に彼女の顔が浮かぶのだ。胸が軋む。心が叫ぶ。鬼灯が良い、鬼灯を抱きたい。

しかし食事には誘った。共に酒を飲み、食事を摂り、会話をする。じゃないと、恋心に押し潰されそうだった。鬼灯の『大嫌い』の言葉が、いつでも頭にあり、心がジクジクと痛む。

だというのに、鬼灯は彼にリリスを紹介した。すぐに携帯電話の番号を交換したのは、やはり自棄になっていたのだ。ただ、やはり性的な関係にはならなかった。他の女性と同じように、飲食とお喋りのみの関係。

リリスはそんな彼の様子に気付いたようで、指摘された。

「貴男、女好きで有名だけれど、好きな方がいらっしゃるでしょ?」

白澤の体は一瞬硬直し、次いで苦々しげな表情で頭を掻いた。

「…分かる?」

「分かっていたわ。初めて会った時から」

「そんな早く?」

予想外で目を丸くした。

「貴男を紹介された日、鬼灯様の背中を切なげに見ていたじゃない」

的確な指摘に、思わず眉を八の字にして弱々しく微笑んだ。

「でもね、僕は嫌われてるんだ…」

大嫌いって、言われちゃった…。…そう話す白澤は、とても悲しそうで、未だに鬼灯を想っているのだと分かる。

「だったら、好かれるように努力すれば良いじゃない」

リリスを見ると、彼女は楽しそうにニコニコと笑いながら助言した。

「本当に好きなら努力して、何度でも想いを伝えれば良いわ。私は、ダーリンに粘り強く迫られたから結婚したのよ」

そんなに上手くいくのだろうか?白澤には金棒で殴られる姿しか想像出来ない。ただ、『好かれるよう努力する』との助言は素直に頷ける。自分は、果たしてその努力をしただろうか?答えは『否』だ。

「ありがとう、リリスちゃん」

「どういたしまして」

 

 * * *

 

その後、白澤は中々鬼灯と話せずにいた。彼女が忙しくて、休日がない状態で、用がない日に桃源郷にいく暇など無いのだ。

一応、納期の日には来た。白澤はいつもの通り態と薬の完成を遅らせたのだが、その日は待つ時間もないらしく「完成したら配達して下さい」とだけ言って帰ってしまった。

言われた通り配達に行けば、彼女は机に齧り付き大量の紙と格闘していた。何の書類なのか気になるところだ。

そして配達に来た白澤への鬼灯の発言は「薬を机に置き、机に置いてあるお代を持って行って下さい」だった。顔を上げずに言った。ここまで来ると彼女の健康状態が心配だが、診察させて貰えなさそうだ。

結局白澤は、鬼灯の言う通りにするしかなかったのだった。

 

 

それから数日後、白澤は夕食にと入った酒場で閻魔大王に会った。

「白澤君、偶然だね」

「仕事はもう良いんですか?」

最後に見た鬼灯の様子を思えば、いつ悪鬼の表情で現れてもおかしくない。だが、白澤の質問に大王はにこやかに答えた。

「今日、やっと終わったんだよ。鬼灯君は終わった途端に昏倒したから、自室へ運んだ」

「そっか」

終わったと聞いてホッとした。だが、聞き逃せない言葉も聞いた。

「誰が運んだの?」

「ん?白澤君は知ってるかな?烏頭君って謂う、鬼灯君の幼馴染」

という事は、鬼灯を抱えたのだろうか?彼女の体に、触れたのだろうか?…思い至ってしまって、思考の泥沼に填まった上、グルグルと回されてる心地を味わった。

「あの二人、恋人じゃありませんよね?」

白澤が訊くと、大王が目を丸くした。

「そういう発想はなかったなぁ…。あぁでも、その手があったか」

「え?」

「儂、本格的に鬼灯君を結婚させようかな…」

閻魔大王の突然の発言に、白澤は体を硬くし、目を大きく見開いた。

 

◆◇■□

 

『100年間の告白 』に続く

【後日談】

 

夕食時、白澤はご機嫌だった。桃太郎は、己の師が鼻唄なんぞ歌いながら調理している様を、少し不気味そうに見ていた。

「あの…白澤様」

「ん?なあに?」

声をかけると、締まりのない声で返事があった。見るからに浮かれている。

「何か良い事でもあったんですか?」

「あぁ、うん。それがね…」

鍋の中をかき混ぜる手を止め、卓に肘をつけ両掌に顎を乗せる。

「やっと!僕の気持ちが鬼灯に届いたんだよ!」

とても嬉しそうだ。桃太郎は、白澤が鬼灯に恋をしていたのも彼女と約束をしていた事も知っていた。つまり…

「約束の日に、鬼灯さんに会ったんですね?」

「うん!」

「白澤様の様子を見るからに、晴れて恋人同士っすか?」

「うん!…うん?」

勢いよく頷き、すぐに首を傾げた。何やら引っ掛かる事があるようだ。

「どうしました?」

視線を上にあげ天井を見ながら考える体をとった白澤を不審に思い訊くと、彼は桃太郎に視線を移した。その表情は、少々困惑気味だった。

「僕達ってどんな約束してたっけ?」

「はぁ!?」

白澤の言葉が信じられず、思わず大きな声を出してしまった。ソレは仕方がない。あの約束は、白澤にとっては最も大切なモノの筈だ。それを忘れるなんて…

(ついに耄碌したか爺)

軽く失望した。

「【女遊びを止めて、仕事を真面目に勤め、その上で百年後に告白したら付き合う】…白澤様が俺に教えたんじゃないですか。それはもう耳に胝が出来る位!」

白い目を白澤に見せるが、彼はソレに気付いてないのかそれどころではないのか、視線には触れずに話し出した。

「いやそれがさ、約束の日に僕、告白したんだ。でもちょっと、告白の言葉が…」

「?」

白澤の言わんとしている事が分からず、桃太郎は眉間に皺を寄せた。白澤は、それを見ながら苦笑する。

「僕、『恋人になって』じゃなく【番になって】って言ったんだ」

白澤の言葉を整理する。

鬼灯の提示した約束は【お付き合いして差し上げますよ】だった。

しかし、百年後に白澤が伝えた言葉は【番になって】。

「随分性急ですね」

「あの日はかなりテンパってたしなぁ…。緊張のし過ぎで約束の微妙な違いとか吹っ飛んだし、本音が駄々漏れだった」

恥ずかしそうに頬を掻きながら言う白澤。

「で、告白は成功したと?」

「そ。天にも昇るような感覚って表現は、ああいう時に使うのかな?」

神獣の言葉とは思えぬ事を、白澤は言う。

「つまり、鬼灯さんは白澤さんの婚約者になったんですか?」

「うん。…う~ん…」

今度は困惑の表情で頭を掻く。

「そう…だと、思う。多分。鬼灯が分かっていて頷いてくれていたなら」

かなり曖昧だ。でも、白澤は困惑してはいても悲観はしていなかった。

「まぁ、たとえまだ恋人でも、ね。別れを告げられた訳じゃないし。またいつか求婚すれば良いだけだし」

ただ、桃太郎の発言で疑問に思ってしまい、自分のテンションを決めかねているのだ。

「気になるなら、電話してみたらどうですか?」

「うん。そうだね」

しかし、今の時間はどうだろうか?彼女は仕事中か?休憩中か?白澤の記憶が正しければ、まだ仕事中の筈だ。定時に終わる保証もない。

(やっぱメールかなぁ…でもなぁ…)

鬼灯の声を直接聞きたい。出来れば目の前で言って欲しい。

(呼び出しのメールで良いか)

白澤は懐から携帯電話を取り出した。

 

 

鬼灯は白澤に呼ばれ彼の店にいた。彼が桃太郎と共に作った夕食を食べている。白澤が中華料理を、桃太郎が和食を作り、鬼灯は各々を美味しそうに食べる。白澤は、自分も食べながらチラチラと彼女を見ていた。

「白澤さん、どうしました?」

「…ご飯、美味しい?」

「美味しいですよ」

どこか様子のおかしい白澤を訝しみながらも、素直に頷く。

「美味しいなら、良かった」

その言葉には、心が籠ってなかった。チラチラ、ソワソワ。心ここに有らずだ。

「結婚したら、毎日食べられますね」

「あ、うん、そうだね」

鬼灯が言うと、白澤は慌てたように返した。そんな彼に、思わず溜息。

「貴男、変ですよ。婚約解消のタイミングでも探ってるんですか?」

「は!? なんで?!」

予想の斜め上の発言に、思わず大きな音と声を出す。

「違うんですか?」

「いや、その前に僕等、婚約者で合ってるんだよね?」

鬼灯は目をパチパチと瞬き、俯いた。

「そう思っていたのは、私だけなんですね…」

「は!? いや、違うよ!ちょっと約束と微妙にズレたから分からなくなっただけだよ!」

寂しそうな鬼灯の様子に、白澤は慌てて弁解する。

「私は【付き合う】と言ったのに貴男は【番になって】と要求した事ですか?」

「うん…」

「眠る直前に思い出したんですけどね…。でもまぁ、初対面から今迄、実に千年以上の付き合いなんで良いかなと」

「じゃ、じゃあ…僕のお嫁さんになってくれるの?」

恐る恐る訊く白澤が、鬼灯には何だか可愛らしく見えてしまった。

「はい。宜しくお願いします」

ふんわりと微笑み頷くと、白澤は嬉しそうに笑った。

 

 * * *

 

婚約をすると、次にする事と云えば双方の親への挨拶だ。

白澤にも鬼灯にも遺伝上の親はいないが、彼にとっては天帝と西王母が、鬼灯にとっては閻魔大王が親代わりである。

 

 

「閻魔大王。私、結婚するんで寮を出ます」

「…え?」

鬼灯の唐突な話に、大王は咄嗟に反応出来ず間抜けな声を出した。しかし、すぐに約百年前に酒場で交わした会話を思い出した。

「結婚?白澤君とかい?」

「はい。大王が白澤さんに助言をしたと伺いました」

「いやいや、助言なんて確かな事は言ってないよ」

その節はお世話になりました。、と言うと、大王は胸の前で手を振った。彼は、『本人にキチンと想いを伝えるべきだ』と言っただけだ。大した事はないと自分では思っている。

「その白澤君は来ないのかい?」

「今日はちょうど薬の納期ですからね。準備が出来次第来るそうですよ」

「你好。鬼灯、閻魔大王」

二人で会話していたら、突然は以後から声をかけられた。話題になっていた白澤である。

「やぁ、白澤君。今、鬼灯君から聞いたよ。結婚するんだって?」

「はい。今日はその報告に来ました」

実に嬉しそうにニコニコと笑う。が、大王の目の前で立ち止まると、表情を引き締めた。

「僕は、鬼灯に傍にいて欲しい。鬼灯の隣にいたい。僕に、幸せそうに笑って欲しい。鬼灯も、僕を受け入れてくれました。だから、鬼灯を嫁に貰います」

白澤の真剣な眼差しを受け、大王は嬉しそうに笑った。

「白澤君、鬼灯君を宜しくね」

「はい」

白澤に見せた閻魔大王の表情は、まさに父親の顔だった。

 

 

女性にとって、恋人の親との対面は大抵緊張するものだ。鬼灯の精神は柔ではないが、何せ相手が相手だし、自分の生い立ちもある。白澤は、彼女が緊張しているのを感じていた。

「大丈夫だよ、鬼灯。二人は怖くないから」

「…はい」

鬼灯は相変わらず無表情だが、返事をする迄に少しの間があった事が、彼女が緊張している何よりの証である。

白澤は鬼灯の手をキュッと握ると、彼女も握り返す。顔の強張りも幾分和らいだ。白澤の行動は、鬼灯を確かに勇気付けたようだ。

 

 

軈(やが)て、一組の男女が白澤と鬼灯の目の前に現れる。天帝と西王母である。二人は姿勢を正した。

“その娘が、白澤が決めた嫁か?”

天帝の威厳ある声を聞き、鬼灯の体が強張る。隣で白澤が肯定する声も聞こえた。早く挨拶しなければと、鬼灯も口を開く。

“お久し振りです。私などの為にお時間を使って頂き、ありがとうございます”

“本当に久し振りねぇ。貴女の噂はいつも耳に入ってますのよ”

西王母が穏やかに言った。

“それは…どんな噂なのか存じませんが、お耳を汚してしまい…”

“いやいや、そんな悪い噂ではないぞ。其方(そなた)は見事に地獄を仕切っておられると聞いている。閻魔大王は実に有能な部下を持った。其方の生い立ちなどを考えると、簡単な道程ではなかったろう?”

本題の先端に触れ、愈々(いよいよ)鬼灯の緊張が増す。

“私の努力など皆、同じようになさるでしょう。今日はその…私と白澤さんの結婚を認めて頂きたく、お伺いしました”

ゆっくりと呼吸をする。手を誰かに握られた。今、隣にいるのは白澤だ。見れば、彼は此方(こちら)をまっすぐに見詰めていた。勇気付けるように彼女の手を握る力が強くなり、しっかりと頷く。

『鬼灯なら大丈夫』

そう、言ってくれている気がした。鬼灯の体の強張りが、解けた。やはり、彼は心強い。二人はまた、天帝と西王母に向き直る。

“私は、お二人の知っている通りの生い立ちです。とある村で召使いとして生活し、犧(いけにえ)として差し出されました。死後は鬼火が憑き鬼となりました。そんな賤しい身分の私を、白澤さんは愛して下さいました。私も、白澤さんを愛してます。この先、末永く共にありたいと思います。どうか、私達の結婚をお許し下さい”

言い切った。相手の返事を待っている時間が、こんなに長く感じる事などそうそうない。

“ふむ…。本当に、白澤で良いのか?その愚息が相当の女好きなのは、其方も知っているだろう?”

やはり、彼の女癖の悪さは二人も知っているらしい。だが、今の彼は以前と明らかに違う事を、鬼灯は知っている。

“確かに、白澤さんは多くの女性と浮き名を流しました。しかし、彼は私と約束し、その約束を守って下さいました。私に誠実に接して下さいました。だから、私は彼を信じます”

鬼灯は、しっかりとした、白澤への信頼が揺るがない事が分かる声で言った。更に、白澤も口を開く。

“僕は、鬼灯を愛しています。他の女性には興味ありません。彼女にずっと傍にいて欲しい。僕と一緒に笑って、子供が出来たら一緒に育てて、困難に直面したら一緒に乗り越えて…そんな人生を、鬼灯と共に歩みたい。だから、彼女と結婚します”

今迄の白澤とは思えぬ発言に、天帝も西王母も暫(しば)し何も言えなかった。軈て、沈黙し返事を待つ白澤と鬼灯に声をかけたのは、西王母だった。

“愛し合っているのなら、私に反対する理由はないわ”

その嬉しそうな声に、二人は顔を上げた。

“二人共、おめでとう”

ニコリと笑い言われ、二人はホッと息を吐いた。

“これからも仲良くな。鬼灯殿、我等の愚息を宜しく頼む”

“はい”

鬼灯はその言葉に、緊張が完全に解けた。安心し過ぎて、涙が出そうだった。

 

 * * *

 

「良かった…認めて貰えて…」

桃源郷にある『うさぎ漢方 極楽満月』。その店内で、鬼灯が心底安心したように言った。

「だから言ったでしょ。二人は優しいって」

白澤は労るように、鬼灯の背を擦ってくれる。それが心地好くて、彼女は彼に体を預けた。

「なんだか、夢みたいです」

「夢じゃないよ。でも、僕も同じ気持ちだ」

中国の神と、地獄の鬼。天と地ほども違う二人だ。それだけではない。

女好きな神と、潔癖な鬼。最初は、お互い好きになってくれるとは思わなかった。まるで奇跡のようで…でも、お互いを想うが故の結果だ。

「鬼灯、我爱你」

「我也爱」

白澤が鬼灯の頭を撫でる。彼を見るよう頼まれた気がして、彼女は顔を上げた。鬼灯の頬に手を添え、顔を近付ける。彼の意図を察し、彼女は瞼を閉じた。

白澤の唇が、鬼灯のソレに触れた。その口付けは、今迄で一番長かった。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択