No.750967

悪い魔術師と良いドラゴン

youtasanさん

「マンジュとギルギス」と言う一次創作のお話です。直接ではないですが死人が出る描写があります。

2015-01-12 19:58:26 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:722   閲覧ユーザー数:721

 

 ある所に、二人の旅人がいた。

 

 片方は少年で、名前はマンジュ。

 見た目は十五歳前後、背は低く薄茶色の髪に深い青色の瞳を持つ。

 人間のような可愛らしい顔をしているが、頭には角が二本生えていて、尻からは炎を宿した大きな尻尾が垂れ下がっている。そして、両腕が蝙蝠のような翼になっている竜人だった。

 

 片方は青年で、名前はギルギス。

 見た目は二十歳前後、背は高く銀の髪に白い肌、氷のような澄んだ蒼い瞳を持つ。

 腰にはポーチがたくさんついた太いベルトを締めていて、右腿には大口径のリヴォルバーに似た魔法銃を下げている。

 人間のような整った顔をしているが、両手と両足は茶色い鱗のような皮膚に鋭く黒い爪が並び、猛禽のそれのようになっている。そして、背中に大きな真っ白い翼を持った鳥人だった。

 

 二人は、大きな三つの国がある大陸を、ある時は歩き、ある時は空を飛び旅をしていた。

 

 

 

 冬が終わり、春の気配が漂い始めた頃、二人はとある街へ入った。

 その街は、大陸にある三つ国のうち南西に位置する国の中でも、比較的発展した大きな街だった。

 

「いつ見ても、人がいっぱいだね」

「そうだな。もう少し減っても良いくらいだ」

 マンジュの感想に、ギルギスが皮肉めいた返事をする。

 この街に来るのは三度目。人口の多い街ではあるが、首都に近いためか亜人の姿は彼ら以外には見当たらない。周りの人間に奇異なものを見る目を向けられるのも、慣れたものであった。

 

 だから、彼らは向けられる視線が普段と少し違う事に、気付けなかった。

 

 

 他の街でそうするように、宿屋に一晩部屋を取り、何時ものように食堂で夕食を食べ、二人は部屋に戻った。

 

「なんだか疲れちゃったね」

「ああ……身体が重い」

 二人はのろのろと互いのベッドになだれ込む。

 マンジュはシーツに深く身体を埋め、ふうと息をついて隣を見ると、ギルギスは既に寝息を立てていた。

 ギルギスが眠っている事に、マンジュは少しだけ違和感を覚えた。彼はいつもどんな時でも、宿屋ではマンジュより後に眠る。

「あ、れ……なん、で……?」

 不思議に思い身体を起こそうとしても、何故だか妙に全身が重い。声も上手く出す事が出来ない。

 

 違和感が不安に変わり始めた頃に、鍵がかかっていたはずの部屋の扉がゆっくりと開けられた。

 

 

 部屋の中にぞろぞろと十人ほどの男性が入って来た。年齢は青年から老人までとばらけているが、みな平凡な一般人という装いをしている。

 彼らは手には縄と鉈、鍬、斧などそれぞれ大小の刃物を持ってきていた。

 

 宿屋の一室に刃物を持った男性が来ると言う異常な状況でも、ギルギスは眠ったままだった。

 この一連の流れで、頭の悪いマンジュでも何が起きたかは察しがついた。食事に何かを盛られたのだ。

 

 男達は黙ったままマンジュとギルギスの方に半々に分かれ、持っていた縄で縛り上げる。

 深く眠っていたギルギスは、あっさりと簀巻きにされてしまった。

「や、やめ……」

 マンジュは必死に抵抗しようとしたが、強烈な眠気と身体の重みで、ろくに動ないまま頭を押さえつけられる。

 結局、隣のベッドの上の友人と同じように、マンジュも簀巻きになった。

 

「ウェシルさん」

 男の一人がそう誰かの名を呼んだ。マンジュが必死に頭を動かすと、部屋の入り口に周りの男達とは少し様子の違う男性が立っていた。

 ウェシルと呼ばれたその男性は、ギルギスと同じくらいの年齢に見え、高級そうな生地を使った衣装を纏っている。腰には、儀礼用のような装飾が施された宝剣が下げられていた。

「確認する」

 彼はそう言うと、ベッドの上で縄に巻かれながら今だ眠るギルギスの顔へ近寄る。

 彼は指の腹でなぞるように、ギルギスの目蓋にそっと触れる。そして小さく何かを呟いた。

 

 閉じられた目蓋の下が、薄く青い光を少しの間だけ放った。”ギルギスの目を使った魔法だ”、とマンジュはその光景を見て理解する。

「本物だ、彼を連れて行こう」

 ウェシルは立ち上がってそう指示する。数名の男性は黙って頷くと、ギルギスを部屋の外へと運んでいった。

 

 その後、残った男達と部屋に残されたマンジュを見て、悲しむような表情で

「その子供は……申し訳無いが、後は頼む」

 と、それだけを言うとウェシルは部屋から出て行った。

 

 

「本当に、殺すのか……?」

「仕方ないだろう。この子がもし国や魔法連に事をばらしてしまったら、計画は失敗だ」

「でも、こんな幼い子を……」

 男達の遣り取りを、マンジュはぼんやりとした頭で聞いていた。これから自分は、殺される?

 

「ぎ、るぎす、も、ころすの……?」

 マンジュの口から漏れた言葉に、周りの男達は取り繕うように声をかける。

「……本当にすまないが、この街の未来の為なんだ」

「ぎるぎすを、ころしちゃうの……? そんな……」

 

「運が悪かっただけだ。お友達も、すぐにそっちに行くだろう。心配はしなくていい……だから」

 なだめ声をかけつつも、男達はそれぞれ持った刃物をマンジュへと向ける。

 

「そん、な、の……そ、んなの……やだ!!」

 

 

 

 

 

 

 ごとごとと定期的に揺れる木の板の上で、ギルギスは目を覚ました。

 重い頭が次第にはっきりとしてくると、自分の身体が縄で縛り上げられている事がわかった。

 なるべく冷静になるように努めて、回せる限界まで頭と首と目を動かす。幌の張られた馬車か何かの荷車の中で、同乗者は三人。

 ギルギスの一番近く、木箱に腰掛けていた若い男性が彼が目を覚ました事に気付いたのか、顔を向けて軽く頭を垂れる。

「このような事をしてしまい、申し訳無いと思っている。私は魔術師のウェシル、こちらが我が師の魔術師セティ」

 ウェシルが紹介するのと同時に、奥にいた老いた男性が会釈をする。

「そして魔術師エイシス」

 同じように、ウェシルの隣に座っていた妙齢の女性魔術師が深く礼をした。

「随分と礼儀正しい盗賊な事だな。……目的は、俺の瞳か」

「察しが良くて助かる。私達の目的の為に、あなたには協力をして貰う」

 

 

 ギルギスの種族の瞳は、非常に強力な魔法の触媒になる。

 特に彼らの瞳は、生きたまま触媒にするとこの世で最も強力な触媒となる。彼らの、命と引き換えに。

 

 それ故に彼の種族は人間に狩り尽くされた。絶滅寸前になった所でようやく、彼ら、ラピスラズールの瞳を狩り使う事の禁止令が発布された。

 今では彼らの目を使うのは、どんな魔法であっても死罪である。

 

 

 縛り上げただけで荷物も奪わず目隠しもしていないとすれば、この三人は端から最後には殺すつもりなのだろうと、ギルギスは察する。

「俺の目を使った事が明るみに出れば、お前達は死罪だ。それを分かっていてやったのか?」

「勿論、分かっている。この術式が成功するのであれば、私達の死罪など些細な問題だ」

「何をするつもりだ。この世界を支配でもするつもりか?」

「そんな馬鹿げた事では無い。私達は、この世界の、人の世の安寧を願っている」

 ギルギスのふっかけに、ウェシルはまるで大層な理想を掲げた政治家のような事を返す。

 

「その人の世の安寧と言うモノの為なら、亜人の命などどうでも良いと言う事か」

「そうだ。あなたの命一つで、優れた指導者が生き返るのであれば」

 

「……生き、返る?」

 ウェシルの放った思わぬ言葉に、ギルギスは目を大きく見開いた。

 

 

 

 

 

 

 爆発のような轟音と共に、荷車が大きく傾いた。

 荷車の一番入り口側の近くで縛り上げられていたギルギスは、傾いた勢いで荷車の外に放り出される。

 当然ながら受身を取る事が出来ず、放られるままに身体を大地に打ち付けられ、苦痛に声が漏れた。

 

 身体の痛みを堪え、なんとか目蓋を開き状況を確認しようとする。

 日の落ちた夜の世界に、炎に巻かれ狂う馬の姿があった。繋がれた荷車を引き摺り回し、痛みのまま暴れ回る。

 その炎の向こうに、何か大きな影があった。初めは大きな岩か木かと思ったが、それは生き物の形をしていた。

 ぞくり、とギルギスの身体の芯に恐怖が走る。それは、巨大なドラゴンだった。

 

「マン、ジュ?」

 姿かたちはまるで友人と違ったが、直感的に彼はそう思った。

 

 

 ふと気がつけば、荷車から逃げ出してきた魔術師達がギルギスの元へ駆け寄ってきていた。それを見て逃げようとしても、縄は今だしっかりと縛られていて、何も出来ない内に魔術師達に囲まれた。

「あの竜は?」

「おそらく、彼と一緒にいたあの子供だろうな。子供だからと侮っていたよ、こんな事になるなんて」

 セティの問いに、ウェシルは苦笑しながら返す。だが、彼らのその瞳に宿る決意は全く揺らいではいない。

「まだ馬車の方に気を取られているようだ。今のうちに彼を儀式の場に連れて行こう」

 ウェシルはそう言うと、魔術師達はギルギスの身体を持ち上げようとする。

「クソッ……離せ!」

「もう少ししたら、あなたを開放しますから」

 ギルギスはされるがままに運ばれた。視界の隅で、馬を食い殺しているドラゴンが見える。望みを賭け、ギルギスは出来る限りの声で叫ぶ。

「……マンジュ! マンジュ!!」

 

 ドラゴンがぴくりと反応をした。巨大な身体ごと、ぐるりと魔術師達の方向を向く。深い青色の竜の瞳が、ギルギスと三人の魔術師達を捉えた。

 ばさりと両翼を大きく羽ばたかせる。低く飛び立ったかと思うと、前方、魔術師達の方へ向けて滑り飛んだ。

 

 ドラゴンの両足の鋭い爪が迫り来る。それを見て、エイシスはすぐさまギルギスから手を離した。

「”守れ”!!」

 エイシスの左の薬指につけられた指輪が光り、薄く魔法の壁を作り出す。その直後、巨躯の爪がざりっと大きな音を立てて通り過ぎたが、竜の爪は魔法の壁を切り裂いただけだった。

「”貫け、槍”」

 続けて過ぎた先の竜に向けて、魔法の槍を喚びだす。

「私があの竜を引き付けます。あなたたちは術式の実行を最優先に」

「……すまない、エイシス」

 エイシスの言葉を受けて、ウェシルとセティは彼女を残して道を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 森の中に、そこだけ緑の無い開けた場所があった。

 そこは石畳に石柱が並び、石畳の上には巨大な魔法陣が描かれている。彼らの言う所の”儀式の場”だった。

 

 ギルギスは、魔法陣近くの石柱に縛り付けられていた。ウェシルとセティは、魔法陣の確認などの儀式の準備を行っている。

「なあ……あんたら」

 ギルギスが口を開く。返事も待たずに、言葉を続ける。

「死人が本当に蘇ると思っているのか」

 その言葉に、二人の手が止まる。

「……やってみなければわからない」

 ウェシルは、ただそれだけを返した。

 

 

 ごおっ、と巨大なものが頭上を通り過ぎた。

「ウェシル! 奴が来っ……」

 セティがそう伝える前に、彼はあっという間に火達磨になった。

「そんな! こんなに早く……」

 どすん、と巨体がウェシルの目の前に飛び降りた。竜の口が炎の色を纏う。

「っ!! ”守れ”!!」

 咄嗟にウェシルは腰の宝剣を抜き、魔法の壁を作り出す。しかし、その壁はドラゴンの炎を防ぎ切れなかった。

 隕石のような勢いで吐き出された火球は、魔法の壁をウェシルの右腕ごと消し飛ばした。

「ぐあっ!!」

 ウェシルは悲鳴をあげ、吹っ飛ばされるようにして倒れる。

 死にかけの魚に止めをさすように、片腕を無くしのたうち回るウェシルへ、ドラゴンは巨大な足を持ち上げた。

 

「マンジュ」

 ドラゴンの動きが、止まる。

「マンジュ。もう……いい。止めてくれ」

『でも』

 竜の口から、唸り声と共にヒトの声が漏れる。

「マンジュ。お願いだ、言う事を聞いてくれ」

『この人達は、ギルギスを殺そうとしたのに』

「いいんだ。もう、いいんだ。だから、頼む……止めてくれ」

『どうして……』

 

「どうして、そんな優しい事を言うの?」

 ギルギスの目の前で、小さな竜人はぼろぼろと涙を流しながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、マンジュ君。お手柄でしたね」

 眼鏡をかけた二十代前半の男は、晴れやかな青空と同じくらいの笑顔で、マンジュを褒め称えた。

「貴方達のお陰で、魔法連への反逆者を捕らえる事が出来ました。首謀者の三分の二は死んでしまいましたが、一人捕らえられただけでも充分です」

「皮肉はそれくらいにしたらどうだ」

 男の物言いに、ギルギスはじっとりとした視線を返す。

「う……ごめ、んなさい……」

 マンジュはギルギスの後ろで小さくなりながら謝った。竜に変身した際に衣服は破れて無くなってしまったのか、今はギルギスの上着を羽織らされている。

「皮肉ではありませんよ。本当に心からの感謝です」

 男は大仰な身振りで謝辞を述べたが、更にマンジュが背後で小さくなるだけだった。

 

 時間は翌日に進み、場所は儀式の場から街へと戻り、三人の目の前では多くの民が縄にかけられていた。

「随分な数の協力者が居たんだな」

「ええ、間接的なものも含めると街の人間の半分近くが関わっていたそうです。一年近く前から、貴方達が再び街に来るのを待ち構えていたそうですよ。いやはや、凄まじい執念です」

 街の人々が魔法連の兵士に連行されるのを眺めながら、ギルギスはふと呟いた。

「あいつらは……いや、この街の人達は、誰を蘇らせようとしたんだ?」

「この街の、前首長ですね。現在の首長とは正反対の、それはそれは素晴らしい首長でした」

「……そうか」

 連れて行かれる人々は、皆、怒りか後悔か、暗い表情で涙を流していた。

「なあ……死人を蘇らせる事は、本当に出来るのか?」

「出来ません」

「随分とはっきり言うんだな。もしかして、は無いのか?」

「ありません。仮に身体を再生できたとしても、それはその人ではないと言い切れるでしょう。ギルギスさんは、生き返らせたい人が居るのですか?」

「まさか」

 男の言葉にギルギスはふっと小さな笑みを返した。それを背後で丸くなりながら聞いていたマンジュが、おずおずと問い掛ける。

「ギルギス……オレ、悪いこと、した?」

 マンジュの問いにギルギスはほんの少し表情を固くしたが、後ろで縮こまるマンジュの頭をそっと撫でて言った。

「お前のお陰で俺の命は助かった。それでいいんだ、マンジュ」

 

 

 


 
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