No.750873

ALO~妖精郷の黄昏~ 第56話 三日月湾の戦い

本郷 刃さん

第56話です。
今回はウンディーネ領での戦いになります。

どうぞ・・・。

2015-01-12 14:18:55 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5373   閲覧ユーザー数:5020

 

 

 

 

第56話 三日月湾の戦い

 

 

 

 

 

 

 

No Side

 

――ウンディーネ領・三日月湾

 

ウンディーネ領の主都といえば、その眼前に三日月型の湾があることが特徴といえる。

その三日月湾内部に巨体を誇る2体が居り、互いに距離を取って睨み合っている。

 

1体は〈Leviathan the Sea Lord(リヴァイアサン・ザ・シー・ロード)〉、海の王であり、神々に協力する者でもある。

鎧に身を包み、その手には三叉槍を持ち、ウンディーネ領の主都を守るかのように、その傍に布陣している。

もう1体は〈Kraken the Abyss Lord(クラーケン・ザ・アビス・ロード)〉、深淵の王であり、神々を憎む海の魔物である。

蛸のような、烏賊のような、それらの海の生物のような姿をしており、

主都を攻めるかのように三日月湾内部の入り口付近に布陣している。

 

リヴァイアサンの後ろには主都があり、それを守るように彼の眷属である鎧を纏った男女の人魚達(NPC)やプレイヤー達がいる。

クラーケンは侵入した三日月湾の入り口付近に居り、彼に付き従う水棲型のモンスター達が前方にて布陣する。

既に2体の前方である三日月湾中部では大規模な戦闘が起こっており、オーディン軍であるNPCやプレイヤー達が、

ロキ軍の水棲型モンスターを相手に戦闘を行っている。

 

当初はリヴァイアサンとクラーケンも戦闘していたが、互いに回避行動を取る内に完全に湾内へと進入した。

その間だけで両者共に7本だったHPゲージが6本となったが、現在はそれぞれが動きを見せず、精々が反撃を行う程度である。

加えて、オーディン軍とロキ軍による戦いは激しく、あちこちで水柱や爆発が発生し、武器が交わる音が聞こえる。

さらに、三日月湾の北東部でも別の戦闘が行われている。

海側から海道を通ってきたロキ軍とウンディーネ領主であるアリア率いる主都の迎撃部隊の戦いだ。

 

水の場を舞台とした戦いの始まりである。

 

 

 

三日月湾の北東部、湾の外に繋がる海底の道がある海上に布陣しているロキ軍プレイヤー達は、

ウンディーネ領内であるこの三日月湾に侵入した時から戦闘を続けている。

海道だけでなく、空中や陸路を突破して来たプレイヤーも加わり、

ロキ軍の部隊はレイドパーティーを3つは構成できるほどの数になっている。

 

そのプレイヤー達に的確な指示を送り、戦場を動かしていくのが小柄なウンディーネの少女である。

 

「右翼は突出し過ぎない程度に前に出るのです! 左翼、右翼に続けて僅かに前進しつつ、中央の掩護を行うのです!

 中央は徐々に隙間を作らずに下がるのですぞ! 後衛は中央へ掩護攻撃と回復を展開するのです!」

 

彼女の名は『ミケ』、上記の通り種族はウンディーネであり、髪は緑がかった水色で小さなバックツインテール、

瞳の色は青、体型は小学生ほどの子供の姿で八重歯が特徴的だ。

右手には1匹の蛇が巻きついている装飾が為された古代級武器(エンシェントウェポン)の杖『アスクレピオス』を持っている。

服は紐で前を留めるタイプの白いシャツでショートパンツを穿き、体を覆うほどの刺繍が施された白と水色のコートを纏い、

頭にはパンダの刺繍がある昭和頃の黒い学生帽を被っている。

(『恋姫』シリーズの陳宮(音々音)の姿)

 

“戦場は生き物のようである”、似たような姿は見せてもまったく同じ姿にはならず、

人数が1人、動きが1つ、指示が1つ変わるだけで戦場は千変万化する。

そんな戦場で彼女は相手の動きに合わせて味方に指示を出し、戦場をあらゆる形に、様々な色に変化させる。

ミケは4人ほどの小さなギルドに所属し、人数は少なくとも一応サブマスターの役職に就いている。

小さいながらも彼女達のギルドはそれなりの実力があり、クエストのクリア率が高い。

それは彼女達の結束と、そしてミケ自身の采配などを含めた手腕にある。

 

「っ、釣れたのです! 中央はさらに下がりつつ反撃! 両翼は中央へ詰めながら攻撃するのですぞ!

 無理に攻める必要は無いのです、敵の反撃が濃くなれば陣形を変えて守りに徹するのですぞ! ミケも掩護するのです!」

 

中央の下がり方を敢えて完全な逃亡に見せていないため、完全な“釣り野伏せ”とは言えないが、

それでも後退していく前衛部隊を追う敵は喰いつき、左右の部隊を動かすことで包囲して殲滅していく。

さらにミケは愛用の古代級武器の杖、アスクレピオスを翳し、詠唱を行い、

広範囲回復魔法を使用して味方を一斉に回復させていく。

軍師や参謀として、さらに掩護型メイジとしての高い能力がミケにはあるのだ。

 

「覚悟ぉっ!」

「むっ…!」

 

そこでその能力を厄介だと判断した敵からは当然ながら狙われ、上手く掻い潜ってきたプレイヤーが彼女に強襲を仕掛ける。

だが、そうは問屋が卸さない、それを許すはずもなく、味方が敵の剣を受け止めた。

 

「指揮官クラスの守りががら空きなわけないだろ」

 

刀を持ったウンディーネの青年が剣を受け止め、さらに右の拳を相手の腹部に押しつける。

突如として衝撃が奔り、相手のプレイヤーは吹き飛ばされていった。

 

「助かったのです、トキヤ殿」

「いやいや、無事で何よりだ」

 

ミケを助けた者の名は『トキヤ』、種族は同じくウンディーネである。青い髪に猫のような目付きが特徴的。

シャツに黒いズボンを穿き、黒のロングコートを纏う服装。

左手には魔力付与の効果を与える刀『無明』を持っている。

(『ブラックキャット』のトレイン・ハートネットの姿)

 

「んで、順調かい?」

 

同じタイミングでウンディーネ領に侵入したトキヤはミケに状況を訊ねる。

 

「いまのところは順調ですぞ……このまま警戒しつつ守りを優先すれば、の話ですが」

「なるほど。スプリガン領からのウンディーネ領とレプラコーン領への侵攻部隊や個人でこっち側(ロキ軍)に入った奴らはともかく、

 それ以外の部隊やプレイヤーはキリトやスプリガン領主殿の徹底した指示に従っているからな。

 余程のことがない限りは大丈夫だろ」

 

現在の状況を判断したトキヤだが、指示を行う側のミケの反応は違っていた。

 

「その油断は良くないのですぞ。

 敵は勿論、味方も異常因子(イレギュラー)と考えて戦うようにと、キリト殿が口を酸っぱくして仰っていたのです。

 ミケ達に失敗は許されないのですから…」

「そうだな……なら、俺も少しばかり前に出るぜ。

 いまは防戦だが、できるだけ相手の戦力を削いでおくに越したことはないからな」

「了解したのです。ミケも自分の守りに集中するのですぞ」

「お互い頑張ろうぜ。じゃ、行ってくる!」

 

トキヤは翅を高速で動かし、前方で戦う味方の掩護に向かった。

 

 

 

 

一方、ミケやトキヤ達のロキ軍が居る場所の正面に布陣するオーディン軍のウンディーネ部隊、

そして最終防衛拠点である央都アルンから派遣されたオーディン軍の部隊が展開している。

その部隊は分割されており、半分はリヴァイアサンと共にMobを相手に戦い、もう半分がウンディーネ部隊と共に行動している。

そのオーディン軍を指揮しているのはウンディーネ領主であるアリアだ。

 

「ダメージを負った人を守りながら後退して回復に努めてください、ここで陣形を立て直す必要があります!

 主都の近辺まで後退し、陣形を防衛主体に置き換えます!」

 

オーディン軍は先程の“釣り野伏せ”もどきによってそれなりの損害を受けた。

前衛部隊は半数が敗北して拠点である主都に戻され、後衛部隊でさえもロキ軍の遠隔波状攻撃により戦力を削られた。

 

アリアは歯痒い思いをしていた。

まさか相手が本当の戦争のような策を弄してくるなど、夢にも思っていなかったからだ。

以前までのALOにおける領地戦で領土を賭けての大規模な戦闘は確かにあり、作戦を行使することも確かにあった。

だが、それは囮を用いた別働隊の奇襲だとか、魔法を行使した程度のものであり、

これほどのレイドを動かしての戦術を受けたことはない。

領主である自分が、1プレイヤーの指示1つでここまでやられるなど、彼女でなくとも思えないだろうが。

 

「(相手は指示に従うことを徹底しているけれど、こちらは精々が私やレイドリーダーに従う程度…。

  連携は取れても、それは全部隊どころか1レイドですら出来ていない…。

  スプリガンに関しては自由人が多いとはいえグランディの一声で従うでしょうけど、

  それ以外の種族も多い混成部隊でこれほどの一体感……やはり、キリトさんの指示でしょうか…?)」

 

アリアは考えながら推測する、その推測は間違いではない。

先程のミケとトキヤの会話からもある通り、スプリガンの者達はグランディによって指示を出す者に従うように徹底され、

特定の指示を受けた者達や集団での戦闘を任された者達はキリトの“頼み”を聞き、

その上で指示を徹底して聞くことを受け入れている。

好き勝手に動いているとすれば、それはキリトの意思を汲み取ることが出来る者、

特に何も考えていない者、自分の欲望に忠実な者などにわかれるはずだ。

 

「(あの戦い方をしたあとでこちらに攻め続けないところを見ると積極的に攻撃は仕掛けてこないはず。

  だけど、適度な攻撃は行い、それでいて可能な限り消耗しないように防衛を主体に置いている…。

  あちらの狙いが分からない以上、こちらは下手に攻めることはできませんね…)」

 

とはいえ、アリア自身も冷静に状況を見極めている。

自分達に大きなダメージを与えたにも関わらず、

相手はこれ以上の積極的な攻撃は行わずに距離を置いて防御陣を敷き、遠隔攻撃を行い始めた。

執拗な攻撃はなく、様子見や守りが主体と思われる相手の戦い方は侵攻側であるにも関わらず不自然なのだ。

だが、それ故に手出しが出来ないのも事実である。

 

「まったく、厄介な相手ですね……下手に攻めず、私達は守りに集中しましょう!

 なにせ、私達が行っているのは防衛戦なのですから!」

 

彼女の言葉を聞き、オーディン軍のプレイヤーはハッとした。

そうだ、自分達は防衛側であり、防衛拠点を守りながら敵のボスを全滅させることが目的である。

戦いという言葉から、自分達からも攻めることを思い込んでしまったが、本来の役目は守りにある。

そうと思い出せればプレイヤー達の動きは速く、回復を済ませると反撃に遠隔攻撃を行い、

相手の動きに応じて迎撃する程度になった。

 

「(これで態勢は整え直すことが出来ましたね…。

  人相手の戦術を多くは持ち合わせていない以上、こうなっては臨機応変に対応するしかありませんか…。

  ふぅ、私に何も言わずに1人で決めてしまうなど、恨みますよ……グランディ…)」

 

アリアは指揮を行いつつ、これからのことを考えていた。

まぁなによりも、恋人が自分へ何も告げずに行動し、クエストとはいえ敵対するのが気に入らないだけなのかもしれない。

スプリガンとウンディーネを中心とした混成部隊のロキ軍とウンディーネを中心としたオーディン軍、

この両軍の戦いは睨みあいと僅かなぶつかり合いのみで時間を消費していき、

リヴァイアサンとクラーケンが睨みあう湾部も主にNPCとプレイヤーがMobを相手取るという、

キリの無い消耗戦で時間を消費していった。

 

 

 

 

――数十分後・2時59分

 

それぞれの戦いが時間の消費という形で進行していき、ついにその時間が訪れることになった。

1分という小さな、僅かな時間の経過、それは2体の巨大なボスを動かす報せとなる。

反撃のみで大きく動かなかったリヴァイアサンとクラーケン、彼らが動き出す。

 

「深淵の王よ、我らの縁もここまでとし、決着をつけるぞ!」

「望むところだ、海の王よぉっ! 貴様の眷属ごとぉ、藻屑としてくれるわぁっ!」

 

主都の前で反撃していたリヴァイアサンは三叉槍を構えて進みだし、

三日月湾の入り口に布陣していたクラーケンも一気に前に出た。

2体は戦場の中央に到達し、戦闘を始めた。

 

リヴァイアサンは三叉槍を振り回してクラーケンに突き刺し、

対するクラーケンは自身の腕を鞭のように動かしてリヴァイアサンに叩きつけるように攻撃する。

その2体に続くようにリヴァイアサン側の人魚のNPCとプレイヤー達、

そしてクラーケン側のMob達がそれぞれ前に出て一層大規模な戦闘へ移り変わった。

 

「憎き神々の手先になった貴様などぉっ、もはや友であるはずもないっ!」

「お互いに相容れない存在になった以上、それも止むを得まい…!」

 

無数の触腕を一斉に、時には交互に叩きつけていくことでダメージを与えていくクラーケン。

リヴァイアサンも対抗するように三叉槍による連続突きを行い、さらには空いている腕で殴り掛かる。

海上における2体のボスの戦いは凄まじく、一挙手一投足の度に大きな波が立ち、周囲にも影響を及ぼしていく。

だがNPCとプレイヤー、Mobはその影響を物ともせずに戦い続け、次々と互いにHPが0になって消滅していく。

とはいえ、どちらも数が多いため、絶え間なく援軍として再度ぶつかり合い、また消えていく。

 

「ぬぅぅぅんっ!」

「グォォォッ!? だが、貴様も喰らえぃっ!」

 

リヴァイアサンが槍を振り回して叩きつけ、一度槍を引かせると力を込めた強力な突きを繰り出す。

それがクラーケンの頭に突き刺さることで大きなダメージになるも、彼もただやられるばかりではなく、

触腕を激しく叩きつけたあとでそれらをリヴァイアサンに絡みつかせて巻きついた。

触腕にある吸盤には当然ながら鋭い棘があり、それによって相手のHPを削っていく。

さらには突き刺さる槍を物ともせずにリヴァイアサンの体に鋭い歯を立てた。

互いにダメージを負いながらも離れることはせず、接近戦の状態で戦い続ける。

 

「むぅっ…!」

「ちぃっ…!」

 

しかし、さすがにこのままでは不味いと判断されたのか、互いに武器と腕を引くと一度距離を取った。

だがこの2体、戦い方は近距離戦だけではない。ボスらしく、遠距離での攻撃も可能である。

 

リヴァイアサンは槍を掲げるとそこから海龍を作り出し、クラーケンに向けて放った。

対し、クラーケンは口を開くとそこから大量の水を吐き出した。

レーザーのように駆け抜ける水の龍、巨大な砲弾のように突き進む水の弾丸、2つがぶつかると爆発し、周囲に衝撃波が奔った。

 

互いの一撃一撃が重い為、ダメージ量もかなりのものであり、HPゲージに至っては減少が激しい。

両者共に6本のHPが5本目の半分以下にまでなっている。

さらに、リヴァイアサン側のNPCとプレイヤー達はクラーケンに向けて、

クラーケン側のMob達はリヴァイアサンに向けて攻撃を仕掛ける。

 

「この程度!」

「小賢しいわぁっ!」

 

リヴァイアサンは三叉槍を大きく振るい、水棲型のMob達を叩き潰した。

クラーケンは触腕を自在に振り回すことでNPCの人魚やプレイヤー達を弾き飛ばす。

混戦、乱戦、この状況を表す言葉などいくらでもあるだろうが、言葉通りとしかいえない。

彼らの戦いもまだまだ続いていく。

 

 

 

「あちらは随分と激しい戦いのようなのです……ですが、こちらの戦略目的は変わらないのです。

 左翼と右翼、中央前衛部隊に掩護攻撃を! 中央後衛は前衛の回復を最優先! 前衛は回復を気にせずに徹底抗戦なのですぞ!」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

 

ミケはリヴァイアサンとクラーケンの戦いを横目で確認した後、別段気にした様子も見せず、自身の役割を行っていく。

そこへ、当初ともに行動していたトキヤが戻ってきた。

 

「お疲れさん。気取られた様子は?」

「ご苦労様なのです、トキヤ殿。気取られてはいないですが、間違いなく怪しんでいるはずなのですぞ。

 まぁ相手はウンディーネの領主、全容は無理でも怪しむことくらい出来なければ領主はこなせていないはずなのです」

 

ミケの応えにトキヤはそれもそうだと思う。

旧ALOは同盟こそあれど、種族による領地の闘争が行われていた。

真正面から相手を叩き潰すだけが戦いではないため、当然ながら策を弄し、逆に策を看破して打ち破らなければならない。

そういった経験を積まれた者が領主や幹部を任せられているわけで、アリアも相手の考えが読み取れない為に注意している。

 

「そういうトキヤ殿は前線で随分と暴れていたみたいですね? ここからでも良く分かるくらいに敵が吹き飛んでいたのですが…」

「いやいや、俺くらいじゃアレが限界だよ。キリトとかになると、な…無茶苦茶だよな?」

「……キリト殿達のレベルになるとこう言うのは難ですが、人間業ではないと判断するしかないのですぞ…」

 

別方面で暴れているであろう、リーダー格の青年の姿を思い浮かべて2人は苦笑した。

とはいえ、ミケの言う通りトキヤの戦闘能力もそれなりに高い。

現実世界における体術をVR世界で再現し、それに刀の戦い方を合わせて戦う。

また、魔法も行使できるので彼は魔法剣士としての位に居る。

現に、ミケの言ったように先程までトキヤが戦っていたところでは斬撃と衝撃と雷が駆け抜け、敵が言葉通りに宙を舞っていた。

間違いなく、上位クラスのプレイヤーでなければ出来ない戦いだと、それだけで判断できるだろう。

 

「ともかく、ミケ達はその時(・・・)まで大人しくするのです。トキヤ殿も次の段階まではしばし休憩するのですぞ」

「そうさせてもらうぜ。次の段階が目的だからな…」

 

2人は言葉を区切り、各々の役目を果たすべく戦場を見極めることに徹底し始めた。

 

 

 

「(ボスが戦い出したにも関わらず、こちら側では動きに大きな変化はないですね…。

  しかし、こちらの攻撃に対して徹底した抗戦を始めているという変化は出ましたか。

  主都を目的とした侵攻であるのに積極的な侵攻は未だに行わない、目的は援軍なのでしょうか?)」

 

ミケとトキヤの2人が話している一方で、アリアもまた指示を出しながら思考を続けている。

未だに相手の狙いが判明していないが、彼女は少しずつ違和感を捉えていた。

 

「(援軍だとしても、海道を通ってきているプレイヤー達は少ない。

 《ウォーターブレッシング》の魔法を使えるのはウンディーネのみ、ウンディーネの数はそれほど多くはないはず。

 ならば海道からのこれ以上の援軍は少ないはずですね。陸路の方はどうでしょうか?)

 スプリガン領からの侵攻はどうなっていますか?」

 

アリアは気になったところを連絡員に訊ねる。

 

「報告ではアルン側は防衛戦を維持していますが、中央が少し押され気味だそうです」

「そうですか……っ? 海側はどうなっていますか?」

「えっと、海側はバハムートとこちらの部隊の迎撃で大きな被害はないですね。

 当初こそプレイヤーが攻めていたようですが、海道を通るプレイヤー達だったのでしょうか?」

「そうですね、その線が一番濃いようですが…。

 (本当にそれだけかは分かりませんが、他の可能性も考慮しておいた方が良さそうですね)」

 

連絡員の答えを聞き、あらゆる状況に対応しなければならないと考えた。

しかし、既に相手の“策”という刃は刻一刻と喉元に突きつけられつつあった。

 

 

 

 

リヴァイアサン方面軍とクラーケン方面軍、三日月湾上部のオーディン軍とロキ軍の戦いから数十分後。

 

リヴァイアサンとクラーケンのHPは既に限界値と言っていい状態まで減少していた。

なにせ、互いにHPゲージが1本となっているのだから。

 

「ぬぅらぁぁぁっ!」

「オォォォォォッ!」

 

リヴァイアサンもクラーケンも、己の身に水を纏わせて様々な攻撃を仕掛けていく。

リヴァイアサンは槍を自由自在に振り回し、時には肉体を駆使し、水の魔法や技を行使して攻撃する。

クラーケンは触腕と腕、口の中の鋭い歯、そして多様な水のブレスを使いわけて攻撃している。

形態変化状態であるため、HPの減少速度は低下しているがそれも時間の問題だろう。

 

また、傍で戦うNPCとプレイヤー、Mobの戦いにも決着がつこうとしていた。

リヴァイアサンの眷属である人魚のNPCはほぼ壊滅し、プレイヤーとクラーケンの眷属である水棲型Mobによる戦いとなっていた。

Mobの数は当初の半数以下に減少しているものの、もはやプレイヤーで守ることが難しくなっていた。

その理由は、三日月湾北部の戦闘が関係しており、それはロキ軍の侵攻によって戦力を割かざるを得なくなったからだ。

仮に全ての部隊がここに展開できていれば、間違いなく戦線は保つことができただろう。

 

そして、この2体の戦いにも決着がつく…。

 

「深淵の王よ、さらばだ…!」

「がぁぁぁぁぁっ!?……ぐ、くくっ…きさ、ま……だけは、道連れじゃっ!」

「ぬっ、ぐぉぉぉぉぉっ!?」

 

リヴァイアサンが三叉槍をクラーケンの口に目掛けて突き刺し、そのまま頭ごと貫いた。

しかし、クラーケンも最後の意地ということか、槍に刺されながら前進し、リヴァイアサンを噛み砕いた。

互いにHPは0になり、ポリゴン片の爆発の後に消滅していった。

 

 

 

「リヴァイアサンとクラーケンが逝ったのです! 皆様方、雌伏の時はここまで……一気に攻勢に出るのです!」

「「「「「「「「「「おぉっ!」」」」」」」」」」

 

敵と味方、2体のボスが消滅したことを合図としたかのように、ミケは行動するようにと指示を出した。

言葉の直後、三日月湾の北部である森の中から大部隊のプレイヤーが現れた、その多くはスプリガンである。

彼らはお得意の《隠蔽(ハイディング)》スキルと幻影魔法を利用し、その姿を隠していたのだ。

移動経路はアリアが疑問に感じていた海側のエリアであり、海道を進まずに急ぎながら隠れつつ進軍していたわけである。

時間までに全ての部隊が揃うのを待ち、虎視眈々と状況を窺っていたが、その必要が無くなった。

 

「敵部隊を殲滅しながらその奥、目標である主都を落とすのですぞ!

 相手の援軍が来る可能性も考慮して、迅速に陥落させますぞ!」

 

ロキ軍のプレイヤー達は一斉に空中を駆け抜けていく。

武器を持ち、魔法や矢を放ち、敵を打ち倒していく。

その中でトキヤは拳を振るっていた。

 

「はぁっ!」

 

トキヤが力強く握った拳が1人の妖精の腹部に当たるとかなりの衝撃が発生し、相手を吹き飛ばした。

続けざまに近場の相手に接近すると再び拳を成し、相手の頭部を打ち、その衝撃で相手は体勢を一気に崩す。

その隙を突いて左手の刀を使用し、相手を斬り裂く。

 

直後、彼の背後から敵が迫ったが体を回転させながら躱しつつ詠唱を行い、逆に相手の背後に回って魔法を放つ。

雷系の魔法を受けた相手は空中で麻痺(スタン)し、そこへ止めの一撃というべく強烈な肘撃を叩き込んで倒した。

彼の得意とする戦法は八極拳と刀、短い詠唱の魔法を組み合わせたものである。

 

「喰らえ!」

「おっと、近距離だけだと思うなよ!」

 

遠距離から弓を射かけられたがそれを難無く回避し、ある魔法を発動した。

それは使用者が極めて少ない雷系の強化魔法であり、

自身のHPを一定時間削り続けることで最速クラスでの戦闘を可能とするものだ。

それを発動し、牽制にと雷系魔法を発動しつつ高速で接近、鞘に収めていた刀を瞬時に抜刀して敵を葬った。

このような無茶な戦闘だが、これも彼を表す戦闘方法であり、彼はいままでのようにこれからもこれで戦い続けるだろう。

 

「そこ、逃がさないのですぞ!」

 

その時、彼から距離を取ろうとしていた周囲の敵妖精達が一斉に捕縛された。

見ればそれは《流水縛鎖(アクアバインド)》であり、単体ではなく複数を対象にしようしている。

単体は強力だが、複数対象になればその効果は弱まるがその様子が見えない。

これは捕縛系の魔法を熟知しているミケ自身のスキルと愛用している杖の効果とも言える。

 

「さらにこれも受けてみるのです!」

 

続けて詠唱して使用するのは支援魔法の1つで相手のステータスを低下させるもの。

それで動きを封じられた相手を仕留めるのは彼だ。

 

「ナイスフォロー!」

 

トキヤは強化魔法が切れる前に動きだし、捕縛されている相手を順に斬りつけて倒していった。

彼の、彼女の周りでも続々とロキ軍がオーディン軍を倒し、相手の陣形を崩壊させていく。

もはや戦況は見えてしまった。

 

 

 

「どうやら、ここまでのようですね…。

 (私の見通しが甘すぎたということでしょうか。

  キリトさんのこの戦いへの思い入れも強いようですし、グランディもそれを汲み取ったのですね…)」

 

アリアはウンディーネ領を守りきれないことを悟った。

三日月湾内の戦闘はプレイヤーとMobの戦闘で既にプレイヤー達は後退を余儀なくされており、Mob達は主都に攻撃している。

自分達の相手も多くが間を抜けて主都へ攻撃を行い、陥落するのはあと僅かだと理解した。

自身に責任を感じつつ不甲斐ない思いをしているが、いまはそれどころではない。

 

「敵を倒しながら後退します! 主都は放棄し、相手を可能な限り倒してください! 無理だと判断したら一目散に撤退を!

 結晶を使っても構いません! 結晶がない人はアルン方面の洞窟へ向けて退避してください!

 第一目的であるクラーケンは倒しました、撤退を優先してください!」

 

味方に撤退の指示を出すアリア。周囲のプレイヤー達は悔しげな表情でそれに従いつつ、攻撃も行う。

デスペナルティを恐れずに戦うのもいいが、防衛側の目的であるボスの討伐は果たされた。

ならば、アルンに居るボス達を倒すことに集中した方がいいのも事実だ。

 

「良い判断なのです、さすがはアリア殿ですぞ」

「……今回はしてやられましたが、このままアルンのボス討伐に向かわせていただきます」

「ええ、是非ともそうしてもらうのです」

「それは、どういう…」

「これ以上の問答は無しだ、アリアさん。仲間や部下が待ってるぜ。

 どうしても知りたいなら、全部終わった後にグランディの旦那にでも聴けばいいさ」

「それもそうですね……では、有り難く退かせていただきますね」

 

これ以上は無駄だと判断し、アリアは微笑を浮かべてからその場を退き、仲間や部下を引き連れてウンディーネ領から撤退した。

 

程なくして、ウンディーネ領の主都は陥落し、重要な防衛拠点が1つ陥落することになった。

この戦いは後に『三日月湾の戦い』と呼ばれるようになる。

 

No Side Out

 

 

To be continued……

 

 

 

 

 

あとがき

 

まずは1日とはいえ投稿が遅れたことを心より謝罪させていただきます、申し訳ないです・・・。

 

一応言い訳をさせていただくと少しばかり風邪を引いてしまいましたものでして。

 

鼻水と鼻づまり、くしゃみと咳と喉の痛み、頭痛が止まらなかったもので執筆が遅れました。

 

寒い季節だと結構あることなのでもしかしたら今後もこういうことがあるかもしれないことだけはご理解ください。

 

まぁ実際にこれまでもあったのですが、投稿日と被らなかったりしたので問題無かったんですがね。

 

さて、今回の話を読んで察していただけかと思いますが、一応自分の口からも説明します。

 

今回の話は今までの黄昏編の大規模戦闘は異なり、戦術的かつ戦略的なものにしました。

 

上手く書けているかは自身がないですが、個人的には戦闘描写よりも個々の思考を含めた戦術などの方が書きやすいのです。

 

他にもこれまでの話がかなりというか、ほとんど同じ展開でしたからね、少し趣向を変えてみたのです。

 

楽しんでいただけていれば幸いに思います。

 

咳と喉の痛みがまだ治まっていませんが、次回はなるべく日曜日に投稿できるように心がけます。

 

それではまた・・・。

 

 

 

 


 
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