No.750813

『舞い踊る季節の中で』 第165話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 やっと一時の平和と心休まる家を手に入れた恋達。
 そんな一時の平和な生活を余所に、血で血を洗う熾烈な戦いが今なお起きている。
 自分達の全てを賭けた戦いを……。

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2015-01-12 09:37:20 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4314   閲覧ユーザー数:3274

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百陸拾伍話 ~ 誇り高き華が舞いしは金木犀の下 ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

【最近の悩み】

 

 夏、それは解放の象徴。

 夏、それは魅惑が踊る季節。

 と、良くある宣伝文句のような言葉が、何故か俺の脳裏を横切る。

 この世界に来て何度目かはともかく、俺にとって悩ましい季節がやってきたわけで、しかも何故か年々俺を悩ませる事が増えてきていたりする。

 ……と、真面目そうに悩んでは見せたものの、実際はそう大した事ではない。

 早い話が夏は暑い、暑いから薄着になるのは必然なわけでして。

 その真理とも言える事実は男と女で変わるわけもなく。

 

「一刀さん、此処どう思います?」

「え、いや、その、ごめんちょっと考え事をしていた」

 

 俺の言葉に、明命は仕方ないですねと溜め息を吐きながら、椅子に座る俺の横で広げた地図を指さしながら、もう一度丁寧に説明してくれるんだけど。

 その指差す服の横というか、明命の脇下から覗く光景ついつい目が行ってしまう。

 暑いせいもあるんだけど、自宅と言う事で流石の明命も警戒心が薄れているらしく。今日はいつものサラシを部屋に置いてきたのか所謂ノーブラ状態。つまりその……見えちゃうわけでして。

 うん、これが普通のサイズならば、服を持ち上げる存在感がそうなる事を防ぐのだろうけど。明命くらいの慎ましいサイズだと慎ましいが故に服との間に隙間が発生してしまいギリギリ見えるというか。見えそうで、見えないところがより好奇心が湧くというか。

 よし、今のは一瞬だけど見えた。しかも先端まで。

 って違うっ! 見ちゃ駄目なんだってばっ!

 幾ら明命とはそう言う関係にあるからと言っても、それはそれ。

 こう言う礼儀に反する事ばかりしていたら、嫌われるのは当然なわけだから、自重すべきだ。

 

 

 

 ……うん、一応は分かってはいるんですよ。

 だから、そう言う無防備さが眩しい季節だという事も分かってください。

 

 

 

 

 

 

華琳視点:

 

 

「今よ槌を落としなさいっ!」

 

 

 私の合図と共に城壁の上から、大の男が二人がかりで抱えるほどの太さもある巨木で出来た槌が勢いよく落とされる。

 落下して行く巨大な槌は、城壁に梯子を駆け上ってきている数人の敵兵士もろとも、下にいる十数人の兵士達を巻き込んで落下する。

 

ぎゃりぎゃりぎゃり。

 

 地面まで落下するやいなや、真桜の作った絡繰りを操り落下した槌に繋がった鎖が音を立てて巻き上げられてゆく。

 

「弓隊、射ち落としなさい!」

 

 私の命令が届くか届かないかの内に、既に弓兵は動いていたのだろう。

 巻き上げられる槌に飛び乗った勇敢な数人の敵兵を射ち抜いてゆく。

 

「ぐっ」「あぐっ!」「っ!」

 

 だけどそれと同時に、敵兵を射った此方側の弓兵にも苦悶の声が上がる。

 城壁の真下にいる敵兵士を射貫くために身体を乗り出したところを敵の弓兵に狙われたのでしょうね。

一人は即死、もう一人は肩を射貫かれただけ。そしてもう一人は首筋を狙われたのか血を流しているものの、あの程度の出血なら止血は間に合いそうね。

 

 今の戦闘で麗羽側の兵士十数人を戦闘不能にしたのに対して、此方の被害は三人、うち二人は弓兵としてはともかく戦線復帰は可能。

 籠城戦という此方に有利な条件を差し引いても、互いの兵の質は明らか。

 でも全体的な戦況をみるならば、一方的に押されていると言っていい。

 その理由は、麗羽が莫大な袁家の財力にものを言わせた装備を、一般兵の全てにさせていること。素早さと引き替えにした防御力が、弓矢などの此方の攻撃を限定的にさせ、流れ矢などをはじき返すだけの装備をしていること。

 別に私のところが装備をケチっているわけではないわ。むしろ余所よりもお金を掛けているつもりよ。麗羽のところが異常だというだけ。

 おかげで弓矢を放つにしろ、いちいち正確に狙わなければ無駄矢にしかならない。

 剣にしろ槍にしろ同じ事だし、相手の鎧に当たる度に刃が摩耗してゆくことは間違いない。そして、それを振るう兵士の心身は、それ以上に摩耗してゆく。

 何よりも、この馬鹿馬鹿しいと思えるほどの圧倒的な兵数差。

 つけいる隙などいくらでもあるというのに、ただ数が多い。それだけで此方の努力を嘲笑うように無意味にしてくれる。

 ……まったく兵法通りとは言え、此処までくると厄介よね。

 おまけに麗羽が袁家の愚物達を抑えたらしく、今まで比較的安全なところで戦っていた愚物達の手足も、新しい自分達の主に取り入るためというか、一緒に粛正を受けないために必死になって此方を責め立てているときている。

 

どん!どんっ!

 

「城門前の煩い連中を黙らせなさい!」

 

 城門に破城槌を打ち込む連中に、真桜の仕掛けを動かすように指示をする。

 

がこっ!

 

 だけど移動式の落下式巻き上げ槌は鈍い音と共に、大きく傾く。

 慌ただしく必死になって、傾いた真桜の仕掛けを立て直そうとする中、どうやら車軸の一つが折れたらしい事が喧噪の中で伝わってくる。

 

「たかだか四つうち一つが壊れただけや、気合い入れて持ち上げて動かしいやっ!」

 

 城門の向こうからそんな真桜の怒声が飛んでくる。

 その声に応えるかのように沙和の鍛えた兵士が疑問に思う間もなく、その指示通りに巨大な絡繰りの車輪の一つにならんと声を上げて持ち上げ始め。その兵士達に続くように、周りの兵士達は絡繰りを城門の方へと動かし始める。

 

「今よっ!

 その槌は現状の位置を保持し、城門に群がる敵兵士達を薙ぎ払ってゆきなさい」

 

 まずいわね。

 これで、城門より西側の防衛が手薄になってしまったわ。

 おそらく今のは整備不良ではなく、酷使しすぎによる摩耗によるもの。

 たかだか二月にも満たないとは言え、其処まで酷使しすぎるほど攻防が激しかったのは事実。

 おまけに、麗羽は攻城塔を態々完成させてきたようね。ああいうものを運び入れれないように湿地帯を渡った地にあるこの砦で陣を張ったというのに、荷車ではなく人海戦術でもって分解したものを運び込んだのね。忌々しい。

 視界に写る十もの攻城塔に、この疲弊した砦では三日も持たないことを悟る。

 

「伝令! 各隊に連絡、明日の夜陰に紛れてこの原武を破棄し後陣する。

 それから許昌の荀彧に伝えなさい。私達を見殺しにするつもりなのかとね!

 以上よ。行きなさいっ!」

「はっ!」

 

 私の指示に数人の伝令兵が掛け行くのを見送る間もなく、次の指示へと意識を向ける。

 

「大型努弓隊に連絡、火矢を敵攻城塔に集中。

 少しでもいいからアレの足を止めさせなさい」

 

 みんなが必死に戦っている。

 袁家の老人と言う名の鎖から解き放たれた麗羽を相手に。

 大陸で最大の勢力であると同時に、最凶の相手に圧倒的な戦力差に曝されてなおも、王である私を信じて死にものぐるいで戦ってくれている。

 春蘭、秋蘭はもちろんのこと、香燐(曹洪)や華憐(曹仁)。

 三羽鴉たる凪達や、虎豹騎を率いる一華(曹真)と双葉(王双)もそれぞれの配下達と共に必死に戦ってくれている。

 稟も風も皆を助けるように軍を指揮している。

 そして、許昌にいる荀彧も必死になって戦っているはずよ。

 伝令には、ああ伝えるように言ったものの、その事を疑うつもりは欠片もないわ。

 この圧倒的な不利な状況こそ、活路があるの。

 戦が長引けば長引くだけ、私達に状況は有利に働く。

 それでも、現状を伝えなければいけない。

 どれだけ苦境に立たされているかを伝えなければいけない。

 必死になりながらも不安に思う将兵の前で、策があってこその今の苦境だと知らしめるために。

 でもね、……このままでは本当にそうなりかねないのも事実。

 桂花、少しは明るい材料の一つぐらいを寄越すだけの気が回らないの?

 もう、本当に後が無くなってきているって言う事が、将兵にどれだけ不安にさせているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴里(諸葛誕)視点:

 

 

 

「……、……様、……誕様」

 

 白む視界の中を僕を呼ぶ声が聞こえる。

 ……聞こえるんだけど、頭の中を靄が掛かって、それが何を意味するのかよく分からない。

 ……こう言う時は、まずは状況を整理すべきよね。

 え〜と、僕は…・・そうそう諸葛誕で、え〜と、そうだ諸葛家の血を残すために従姉妹達とは違う勢力に仕えようと魏に来たんだった。

 上級文官としては大陸最難関と謂われる士官試験を余裕で受かって、下積みを終えたところを、中央の許昌ではれて上級文官としてのお役目を………。

 ……お役目…?

 

「……はっ! 僕、寝てた!?」

 

 其処まで思考が追いついたところで、僕の意識は一気に覚醒する。

 むろんこの僕だもん。不覚にも居眠りをしたとは言え、机に突っ伏して寝るという真似なんてしないわ。そんな痴態は死んだって晒したりしない。

 と言いつつ、口許から毀れ出ていた水滴……水滴よ、涎じゃないわ。とにかくそれを素早く拭き取りながら、僕を窮地から助け呼んでくれた声の主に振り向く。

 其処には、僕付きの中級文官である娘……紀順が礼儀正しく僕が拭き終わるまで視線を外してくれていた。

 

「いえ、深く熟考されていたようでしたので。御邪魔と思いましたがお声を掛けさせていただきました。

 それと私が知る限り四半刻の半分にも至っておりません」

 

 思いやりのある言葉と共に、とりあえずまだ痕跡の残る僕となるべく視線を合わせないようにしながら、僕の前の机に新たな竹簡の山を築き上げ。

 

「今、お茶を煎れさせます」

 

 うぅ〜、嬉しくなる言葉だよぉ。

 さすがは人妻ともなると、気配りが全然違うわよね。

 現に、今も近くの娘に濃い目のお茶を、とお願いしている言葉が微かに聞こえてくる。

 年下の僕の下にいる事を僻んだり拗ねたりせずに、自分の役割としてきっちり仕えてくれる。

 まぁ、以前に僕みたいな年下の人間に仕えるのって腹が立たない? と思い切って聞いた事があったけど…。

 

『私は自分というものを弁えているつもりです。それに今の地位ぐらいが一番融通も利きますし。

 ……あと、上級文官になると仕事が忙しく重圧になるため、行き遅れそうな気がしましたので。

 いえ、皆様がそうだと言う訳ではなく、私自身がそうなると判断しただけですよ。

 今はおかげさまで良き伴侶に恵まれましたが、やはり後々に子供を授ったのならば、そのための時間もほしいですので』

 

 ……あの時は言葉に詰まったわよね。

 実際、紀順の言うとおり、上級文官の女性は晩婚の人間が多いみたいだし、中には仕事に夢中になっているうちに気がついたら、貰い手が無くなっていた。と噂される人間もいるくらいだもの。

 実際、従姉妹で孫家に仕官している翡翠お姉ちゃんは、あの年になっても未だに浮いた話を聞かないし。僕の数少ない身内の中では、そういう噂になる筆頭候補だったりする。

 むろん、間違ってもこんな怖い事を口になんてしないけどね。お節介と言えるほど面倒見がよくて優しい人だけど、いったん敵に回したら容赦しない怖い人だもの。……しかも手段を選ばないときているし。

 ……まぁ一応、ごく最近それらしい話を本人からではなく、本当の意味での噂で聞いた事はあるんだけど、その内容があまりにも酷いので、流石にそれはないなと判断したんだよね。

 だって、年上は子持ちから、年下は年端もいかない娘にまで手を出すという、とんでもない女っ誑しと、よりにもよって結婚もせずに同棲しているという話だよ。しかも現在進行形で女っ誑しと言う、とんでも話。

 ないない。あの翡翠お姉ちゃんに限ってそれはない。年上はまだともかく、小さな娘に手を出すような男となんて絶対に有り得ない。だって、翡翠お姉ちゃんそう言う男を毛嫌いしていたもん。お互い両親を早くして亡くした朱里や真理(諸葛均)と一緒に僕をそう言う変態から守ってくれていたもの。

 実際噂半分だとしても、結婚もしないで同棲するだなんて真似を、あの翡翠お姉ちゃんがするとは思えないし。遠縁の叔父様や叔母様達が、そんなふしだらな真似を許すわけが無いもん。

 それに、この間の手紙にもそんなこと一言も書かれていなかったしね。どちらかというと、僕の心配ばかり書いてあったり、色々と生活に必要なものを送ってくれたりと、いつまでも僕を子供扱いしている。 その気持ちは嬉しいけど、そんなに生活に困ってないから、毎回送ってこなくてもいいのに。と思いつつも定期的に送ってくれるある書物や、今、孫呉で流行っているという下着には感謝しているんだけどね。

 

「さぁ、遅れを取り戻すぞぉ」

 

 余所事を考えながら、幾つかの竹簡や書簡を読み終えた僕は、小さい声でそんな掛け声と共に一気に筆を奔らせる。

 治水工事の進捗状況…うん、うんこれなら任せておいて良いわね。

 それと今季の税金の収入と使った金額の纏め。あちゃー、やっぱり大赤字か。仕方ないわよね、戦争やっているんだもん。 でも、これならもう少し何とかなるかな。戦争やっているから仕方ないなんて言い訳をして出来る努力をしないのは、無能以前に怠慢よね。そんなの僕の美学に反するんだから。

 とりあえず、こっちは国庫から少し出費してでも政策を進めないといけないわね。半年もすれば実りとなって取り戻せるし、逆に言えば放っておけば、半年後にはそれ以上に収入が減ることになりかねないもの。

 それと此方は……二ヶ月前の一件ね。うんうん、何とかなっているならよし、追加の予算は無しで今季は頑張りなさいと。

 これは……と、あれ?塩の価格が下がってる?

 う〜ん、半年前の価格に戻ったと言うべきかも知れないけど、さっきも言ったように今は戦争中だから、塩は上がり気味だったのよね。まぁ、気温が高くなってきて生産期に入ったからとも取れるんだけど、あれだけ大量に消費しているのに変よね?

 それよりも注意すべきなのは鉄が上がってる事よね。これも戦争をしているから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、想定していた上がり方よりも一割弱ほど上がっている。 益州の方でもドタバタがあったからその煽りかな? 涼州の方で戦の準備をしているという報告も受けているし。

 うーん、なんだろう? 許容範囲と言えば許容範囲なんだけど、なんか嫌な感じがするのよね。 とりあえず、この一件はしばらく保留かな。

 そんな感じで、竹簡の山を一気に二つ三つ片付けた頃、解こうとした竹簡の封に手が止まる。それは本来であれば真っ先に開いて処理しなければならないもので、【極特急】【特急】【至急】【普通】【後回し可】の五つに分類した竹簡書簡の山々の中でも、極特急の机に積まれていなければいけないもの。

 紀順にしては珍しい失敗ね。もっとも彼女もここ数ヶ月、まだまだ新婚一年目だというのに碌に家に帰る暇も無しで働き詰め。どれくらい忙しかったかというと、この僕が居眠りをするという失態をするくらいに忙しかったんだもの、ある意味仕方ないと言えば仕方ない事よね。幸いな事に数刻も経っていない今なら、何とかなるだろうと、封緘を解いて中を読むと………。

 

「……これで四通目か」

 

 仕方ない。上役でもある桂花に今は軽視すべき内容で対応不要と言われた内容だけど、流石にこれ以上は放ってはおけないか。

 僕は幾つかの最終決済用の竹簡と共に、紀順にすぐ戻るわとだけ言い残して席を立つ。

 

 

 

 

「うわぁ〜………」

 

 目的の部屋に入るなり、部屋の惨状に思わず驚きの声が毀れ出てしまう。

 書簡、竹簡、木簡、羊皮紙の山だけではなく、机の上所か床一面に足の踏み場がないくらい散乱している。

 昨日も凄かったけど、今日は更に輪を掛けて酷くなっている。 こういうのを本当の意味で足を踏み入れる隙間がないと言うのはこの事だろう。

 なにせ、床に散乱した其れ等の上に、新たな其れ等が積み重なっているため、つま先で邪魔な物をちょいちょいと動かして床面を出すことすら適わない状態。

 もし、この中を突き進めと言われれば、本当に其れ等を踏み越えて行くしか手がない。もっとも、そんなはしたない真似や危険な真似を僕はするつもりなんて無いけどね。

 

「っ!」

 

 うん、するつもりなんて無かったけど、前言取り消し。

 僕は躊躇せずに竹簡や木簡が散乱した床の上を駆ける。もっとも丸まった竹簡とかもあって足場が悪いから、普通に歩く速度と変わらないかも知れないけど、気持ちてきには駆けているつもり。

 

がしゃ、から、めき、ぴしっ。

 

 当然ながら騒々しい音がするけど、この際無視無視。これ、やっちゃったかなと言う音もした気がするけど、聞かなかったと言う事にしよう。

 そしてその騒々しい音もすぐに鳴り止むなり。

 

「桂花っ!桂花っ!」

 

 僕の甲高い声が部屋中に響き渡る。

 椅子から滑り落ちて床に倒れている桂花を抱き起こしながら、片手を鼻もと、そして首筋へ……、うん、とりあえず生きてはいるみたいね。

 まず寝かすにしても、もう少しまともな場所へ、そうだ長椅子があったはずだから。

 

「……げっ」

 

 床も壁も竹簡や木簡の山で元の部屋の面影が薄れているとは言え、家具の配置は変わっていないはず。そう思って長椅子があるべき場所に視線を向けてみれば、其処には机上に乗せ切れなくなったのか、竹簡や木簡が山となって積まれている。しかも、桂花を抱えて行くにはその道のりにも、当然ながら竹簡や木簡の山があるわけで……。

 

「ええ〜いっ、悩んでる場合じゃない。女は度胸っ」

 

がしょ、がしょ、ばきっ。

 

 再び騒々しい音を掻き立てながら、気絶している桂花を引きずって行く。

 うぅ、重いなぁ。(やつ)れたはずなのに、どうして気絶している人間というのはこうも重く感じるんだろう。まぁ実際、桂花の下半身は散乱する書簡とともに床を引きずっているから、その分余計に重くなっているのは確かなんだけどね。

 

「でぇいっ!」

がしゃがしゃがしゃん。

 

 気合い一発、長椅子の上に乗っていた邪魔な物を蹴り落とす。しょうがないじゃない。両手は桂花の身体を支えるのに塞がっちゃってるんだから。はしたないだの行儀悪いだのは、この際非常事態と言う事で無かったことにしておく。

 とりあえず、長椅子の上に桂花を、どっこいせっ。まずは上半身、そしてお尻、最後に足と。と、そうだそうだ。足下を適当な竹簡で上げておいて、胸元を少し解いて呼吸を楽に……よし、桂花には勝ってる。本当に本当の少しだけど。って、そんな事を気にしている場合じゃなかった。他の処も楽にさせて、それから、水、水っ。

 えーとこれは飲み水用か。ええい、これも仕方ない。っと、その前にこっちの湯飲みに移すだけ移しておいて、水差し中に手巾を突っ込んで、よく絞ってから桂花の額に置いてやる。

 

「……うぅ…」

「桂花? 大丈夫?」

 

 僕の介護のおかげと言うより、おそらく偶々なんだろう。さして時間も経たないうちに、桂花が目を覚ます。

 もっとも目が開いただけで、その緑色の瞳は焦点が合っておらず空を差している。やがて僕の時と同じように、だんだん状況を把握して行くというか思い出していったのか、百を数えないうちに…。

 

「いけないっ。こんな事をしている場合じゃ」

 

 そう叫ぶなり身体を起こそうとしたので、上半身が起きたところで、その反動を利用して、僕は桂花の方を押し込んで、もう一度長椅子に強引に寝かす。

 

「何するのよっ!」

「黙れ」

「んなっ!」

 

 文句を言う桂花に、僕はハッキリと命令する。

 幾ら上役だろうと、間違えているものは間違えている。

 とりあえず桂花が僕の言動に絶句しているうちに、次の手を打つ。

 

「とりあえず、服直したら?」

「え?えっ!? なっ、なっ、なっ、何で(はだ)けてるのよ!?」

 

 何んでって、そりゃあ僕が介護するために、身体を締め付けているだろう部分を楽にするために開けさせたり、半分脱がしたりしたからに決まっているじゃない。間違っても桂花が顔を真っ赤にさせているような意味は欠片もない。

 あいにくと僕はそういう気は今のところはない。まぁ気持ち良くさせてくれると言うのならありなのかも知れないけど、幸いなところに羞恥心が勝っているし、やっぱり血は残したいので、当分はそう言う気にはなれないかな。

 とにかく桂花が勘違いしながら、わたわたと身だしなみを整えているうちに僕はさっきよけて置いた湯飲みを取って。

 

「はい、まずは水でも飲んで心を落ち着かせよう」

「………ふんっ」

 

 その頃には、妙な勘違いは解けたのか、桂花は僕の態度に怒っている振りをしながら、勘違いした自分を誤魔化すためなのか、引ったくるように僕から湯飲みを奪い取る。

 こう言う態度が、きっと男の人には可愛く写るんだろうなぁと、一応参考にしておこうと心の中でしまっておきながら。急に起きたために桂花の額から床に落ちた手巾を拾い上げて、桂花の口許を拭いてやる。

 

「ちょっ、な、なにを?」

 

 桂花は抵抗するけど、この際無視。少なくても今の弱っている桂花なら僕でも力で勝てる。そして、口許から喉にかけて拭き終えた僕の手巾を見た桂花は、僕の上司に対して横暴とも言える言動を理解してくれる。

 僕が何を言いたいかを。……赤黒く汚れた白い手巾に。

 

「わかってるわよ。

 でもね、そんな場合じゃない事くらい貴女にだて分かっているはずよっ!」

「まぁ、そうなんだけどね。

 でも、桂花が倒れてたら、そんなのなんの意味も無いじゃない」

「そ、それは…」

 

 桂花だって本当は分かっているはず。

 幾ら倒れたり、吐血するまで無理をしたところで、答えを出せなければ、そんなものは自己満足で終わってしまうし、それこそ桂花の出す答えを待っている皆への裏切り行為でしかない事を。

 

「どんなに忙しくても必要最低限の睡眠を取ること。そうじゃなきゃ、まともに頭も働かなくなる。 稟が呉から持ち帰った書物に、確かそう書いてあったわよね。

 言われてみれば当たり前と言えば当たり前の事なんだけど。無理をしがちな人間が失敗する時は往々にして、そう言う間違った努力をした時に起きるものだともね。全くその通りだわと納得できる。

 いい、桂花。失敗したら、その責任を負うのは僕達だけじゃないんだよ」

 

 自分でこう言っといてなんだけど、僕だって桂花に偉そうな事を言えるほど睡眠時間なんて取っていない。それでも、桂花ほど無茶をしていないつもり。ううん、桂花のは無茶じゃなくて無謀って言うのよ。どちらかと言えば自殺行為に近い。

 ……でも。

 

「別に桂花に血を吐いて倒れてたからって、回復するまで身体を休めろと言うつもりはないわ。

 血を吐こうが、成し遂げた後に死んでしまおうが、この戦に負ける事は桂花にとって、死ぬより辛い事。……ううん、それ以上に桂花が自分を許せない事だって言うのは理解しているつもりだもん」

「ふん、分かっているなら良いわよ。

 それに免じて、この私への無礼はなかった事にしてあげるわ」

「そりゃ、どうも」

 

 感謝に聞こえない桂花の感謝の言葉を適当に聞き流しながら、改めて部屋を見渡すと、うん、何度見ても汚い。 よくよく見れば、脱ぎ散らかした下着らしき物まで書物の山の中に埋もれているのが見える。……多分仮眠を取った後に着替えたんだろうけど。時間が惜しくて、そのまま床に打ち捨てたんでしょうね。

 こう言っちゃなんだけど、こんな部屋で平気で寝起きするようになったら女として終わりじゃないのかなぁと思ったりもする。

 ……実際は血を吐いて倒れてただけなんだけど、それでも、この部屋の何処かで仮眠を取っていたんだよね?

 

「で、アンタが来たって事は私に用が合って来たって事でしょ」

 

 部屋の惨状にあきれかえっている僕に、桂花は流石にばつが悪そうに、とっとと用件を言いなさいよ。と言わんばかりに催促してきた事に、僕は本来の用件を思い出す。

 まずはお決まりごとと言うべき政務の確認を持ってきた書簡を……ああ、そうそう部屋の入り口に放ってきたんだった。桂花にまだ長椅子に休んでいるように言いながら拾いに戻る僕に……。

 

(まつりごと)ならアンタに任せたから良いようにやりなさい。印が必要なら、机の右の上から三つめの引き出しの中に入っているから、自由に使っても良いわよ」

 

 はい?

 今、この猫耳型被虐性症候群淫乱変態娘はなんと言った?

 あまりと言えばあまりの事に、僕は拾いかけた竹簡をもう一度床に落としてしまう。

 だってだって、そうでしょ?

 現在、魏は総力を挙げて袁紹との戦争のまっただ中。

 当然ながら王であられる華琳様も、前線でこの国の未来、ううん。この大陸の未来のために命をかけて奮闘中。

 従って、この国の最高権力は桂花が華琳様に委任されている訳で。その証したる印を僕の自由に使いなさいなんて言われたら、驚いて当然じゃない。

 もしかして疲労しすぎて頭がおかしくなったんでは? と一瞬思っちゃったりしたのを見抜かれたのか、それとも別の風に捉えられちゃったのか。

 

「か、勘違いしないでよね。私は此方に集中したいからそう言っているわけで、あくまで戦時特例として一時的な処置にすぎないわ。華琳様が無事に凱旋されれば、当然ながら不在期間中の政務に関しては監査がされるって事を忘れないでよね。

 ……まぁ、一時的になら任せても、アンタならそうは支障は出さないと信じてあげても良いと思っただけよ。

 別にアンタが責務の重みに耐えきれない。と言うのなら断ってくれても良いわよ。もしも其れで私が過労死したら、毎晩化けて、枕元に立ってあげるってだけだから」

 

 ……時々思うんだけど、桂花って何処まで素直じゃないんだろうと思いつつも、本当は凄く素直な娘なんじゃないかって思える。 桂花の悪態にも慣れてくると本当は何を言いたいか、結構素直に伝わってくるし、こういうのもある意味、素直だと言えるもの。

 だいたい化けて出るって言ったって、そんな事が出来るなら絶対言葉通りするわけがない。もしもそんな真似ができるなら、僕の処に恨み言を言いに来るなんて無駄な事などせずに、真っ先に華琳様に会いに行くに決まっている。 うん、これは絶対。

 

「僕としては、その方が面倒がないから楽で良いんだけど」

「な、なによ。にやにやと気持ち悪い顔をして」

「ひどっ!

 でもいいや。ただ、桂花が僕の事を信じてくれて嬉しいなと思っただけ」

「う、うるさいわね」

 

 うん、顔を軽く染めてそんな事を言う辺り、やっぱり言動は素直じゃない。

 多分天地がひっくり返ってもないだろうけど、もしも桂花が好きな理想な男の人が現れても、きっと死ぬまで素直な気持ちを口に出したりしないんだろうなぁ。

 もっとも、その前に、桂花のくねくねに屈折しまくった性格を理解できた上に、暴言の嵐に耐えられて、おまけに時折暴走しがちな桂花をきちんと抑える事ができ、且つそれでも桂花をまるごと受け入れられる馬鹿が付くほど寛容な男の人が、この世の中にいたならばって条件が付くけどね。……って、そんな事は今はどうでもいいや。

 

「ねぇ、其処まで大変なら、僕もこっちに加わろうか?」

「必要ないわ、邪魔だもの」

 

 ……うん、流石に今のはこの優しい僕でもムッと来た。

 別に桂花が僕を邪険にして言っているんじゃなくて、本当にそう判断したからそう口にしただけだって分かるだけに堪える。

 あの自尊心が高い桂花が、素直に僕を頼ってくれた事に嬉しく感じた後だけに、余計に悲しくなる。

 

「別に、アンタの能力を信用していないって訳じゃないわ。

 じゃなきゃ、華琳様にお預かりした全権を、一時的にとは言えアンタに任せたりしないわよ。

 やっと見えてきた処なの、あの性根の捻くれまくった性格の悪い妹の考えがね。

 幾ら探って考えても、見えてこなかった物がやっと見えてきたところなの。よくもまぁ、あんな性悪な妹に手を貸している奴の考えがね」

 

 アンタが人の性格が悪いとか、捻くれているとか言う?

 と思わず声に出そうになるのを必死に抑えながら、桂花の話に耳をかたむける。せっかく珍しくきちんと説明する気になっているのに、もしもここで口を挟もう物なら気分を害して、命令よとか言って問答無用に必要外の事まで色々押しつけてくるに決まっているもの。

 

「多分、癖からして沮授あたりだと思うんけど。

 だとしたら私が居た頃に比べてかなり成長したみたいね。

 とにかく、今までに調べた奴等の輜重隊の経路や一時的な保管場所には二つの癖があるのと幾つかの兆候が分かったの。

 きっと私の考えを見抜いて経路を複数考案した上で、運だけはやたらと良い袁紹に無作為に選んでもらっているって処でしょうね。

 まったく、あの意地の悪い妹らしいわ。きっと姉である私が、妹の策も見破れない愚かな姉だとほくそ笑んでいるに決まっているわ。

 袁紹と沮授の力も借りなければ、この私の目を此処まで欺く事なんて出来ないくせに生意気なのよ」

 

 まるで見てきた事のように言う桂花の言葉に賞賛する思いより、それだけ腐れ縁だったのねと呆れてきてしまうのは、僕の性格が捻くれているからとは考えたくないなぁ。

 桂花の決めつけるような言葉は、一つ間違えればとんでも無い過ちを生じかねないけど、桂花だってそのあたりは十分に自覚しているはず。だからこそ確証が持てるまで調べ尽くし続けたんだろうなぁ。

 まるで大熊猫のように目の周りに隈を作り、幽鬼のように頬が痩け顔色を蒼白させ、あげくに血を吐いて倒れる程までに自分を追い詰めてまで。

 

「だから、今は其処に余分な思考を混ぜたくないの。

 こういう言い方は癪に障るから好きじゃないんだけど。袁紹の処に居た私だからこそ、奴等の手の内が分かるの。

 アンタの能力はこの際、関係ないわ。アンタなら私の言っている事の意味、分かるでしょ」

 

 そう言う事なら、しかたないか。

 桂花の言うとおり、彼女の実家は袁紹の領地にあった訳だけど。 優秀な桂花も親の薦めもあって姉妹揃って袁家に仕官したものの。其処で袁紹と言うより袁家の老人達の醜悪さに、とっとと見切りをつけて華琳様の処に来た経歴を持つ。だけど、中にはこの桂花の経歴を危ぶむ者をいないわけではなかったのよね。

 そんな意見を持つ連中なんかは、華琳様が黙らせはしたものの、それで一度疑念を抱いた者が簡単に考えを改めれるわけもないわけで。

 でも逆に言うならば、この戦において桂花の経歴は凄い強みになるのも事実。

 結局、そんなものは桂花という人間を信じる事が出来るかどうかと言う問題でしかない。

 華琳様は臣下としての桂花を信頼し、この戦の要になる重要な役目を任せた。

 むろん、僕も普段の言動とか人間性とかはともかくとして、中原の覇者たる曹孟徳の臣下にして、筆頭軍師を勤める荀彧の忠誠心という意味では、何処までも信じられると確信している。

 …もっとも、偶にその忠誠心と言うか、華琳様を想うあまりに、その抑制しきれない感情が引き起こす暴走事故が度々起きたりするけどね。

 

「分かった。こっちの事は僕が全部任されたから、桂花はなんとしても華琳様を勝利に導いて差し上げなさい。例えその命が尽きてでもね。 そうなれば一つ上の席が空くから僕としては嬉しいし」

「勝手な事を言ってなさいっての。

 私はこんなところで道半ばに倒れたりしないわよ。

 絶対に華琳様が大陸をその手に収め、民に平和をもたらすそのお姿を目にするんだからっ!」

「なははっ。

 でも、その元気があるなら、当分の間は僕の昇進はないかな。残念」

 

 僕の軽口に、桂花が何時もの調子を少しだけ取り戻してくれる。

 体力も精神力も限界近くに感じるけど、今の桂花ならまだ当分は大丈夫。

 だって、目の光がさっきまでと全然違うから。

 己が魂が本当に何を望んでいるのかを思い出したから。

 ……でも、やっぱり保険は必要かな。

 僕は適当に空いている竹簡を散らかりまくっている桂花の執務机に無理矢理広げるなり、さらさらさらと筆を奔らせてから、さっそく預けられた印を使わせてもらう。

 華琳様から桂花に預けられた戦時特例用に作られた華琳様の代行印を。

 これで、これは正式な華琳様の代行印を持つ者の命令書となったわけで、其れを桂花に見せると。

 

「んなっ!?

 な、なによこれっ!」

「なにって、見てのとおりだけど」

「こ、こんなの無効よ。認めれるわけ無いでしょっ!」

「でも、華琳様の代行印付きの命令書には違いないわけで。

 まさか華琳様の命令に等しいこの命令に、背くとか言わないわよね?

 

 うん、さっそく僕の職権乱用ぶりに声を荒げる桂花。

 もっとも本気で職権乱用をしている訳じゃない。あくまで僕は僕なりにこの国の事を考えた上での命令書。 内容としてはごく短期間のもので次の五つ。

 

 

 

 一、尚書令、荀文若は盟主たる曹孟徳公が戦地より戻られるまで、日に最低二刻(四時間)の睡眠を取る事を命ずる。

 二、上記命令と当該者の執務執行に必要な健康を維持管理するために女官を一人就ける事。 管理者は同室内または部屋の外にて待機させ、命令が履行される事を監視および管理を行い。当該者はこの指示に逆らってはならない。

 三、管理者は上記命令を履行させるに必要と判断したのならば、如何なる場所であろうとも、当該者の手の届かない周りに複数の男性を並ばせる事が出来る。

 四、命令履行に必要な男性は、巨漢、筋肉質、上半身剝き出しの者が望ましいと思われるが、管理者の判断の下で該当者の身体的健康を保証する事を絶対条件とし、自由に自らの裁量の下で行う事を許す。

 五、これらの命令の執行にかぎり、当該者の意見および命令は聞かなくても良い

 

 

 

「まさか、大陸に曹孟徳様の第一の腹心として名を知らしめた荀文若たる者が、代行印とは言え、華琳様の命令に等しいこの命令を、男が嫌いだという個人的な嗜好で不服従するなんて言わないわよね。

 ましてや僕に代行印を預けると言った自分の言葉を、今更撤回するなんて真似も。

 華琳様が勝利するために、そして華琳様が大陸の覇者になるためには、桂花がこの先も必要だと僕が判断した上での命令なのだと理解しているのならね」

 

 だから僕は桂花にとどめを刺す。

 二の句もつけないように、桂花自身の言葉を利用してね。

 むろん、これでも手加減しているつもりだよ。

 だって、強制執行させるために男の人に絶対に桂花に触らせないような事を言葉を換えて命令してあるもの。

 あくまで男の人で桂花を取り囲むだけ。何十人もの筋肉の発達した兵士さんあたりに、上半身裸で桂花を取り囲ませるだけだよ。命令書にもあるけど、お触りは一切禁止でね。

 それでも想像するだけでむさ苦しい光景だもの。男の人に触れられる所か近くに来るだけでも悪言雑言を良い放ちまくるほど男嫌いで有名な桂花なら、鳥肌が立つほどの嫌な光景に違いないと思う。……うん、嫌悪感が増すように、その時は肌に油でも塗る用に指示しておこうと。

 

「そんな事をされて、もしも妊娠したらどうするのよっ!」

「するわけないじゃん」

「するわよっ!

 奴等の発した汚らわしい汗や息だけでも、十分汚されるわっ!

 男なんて万年発情期の獣以下のどうしようもない生き物なんだもの、それくらい出来たっておかしくないわよっ!」

 

 おかしいのはアンタの頭の中よ。と思わず突っ込みそうになるのをぐっと堪える。

 少なくとも、それくらいの事では子供なんて出来ないし。経験はないけどそう言う事をしなければ血を残す事は出来ない事ぐらい、そこいらの学のない童女だって知っている事だもの。

 まぁ、それくらい男の人を毛嫌いしている桂花だからこそ、この命令書は効果があると言えるんだけど。桂花も、まさかこの僕がこう言う手を使ってくるとは思わなかったでしょうね。だって、こういうのは僕のやり方じゃないもん。

 怖いから名前は出さないけど、昔から僕を妹のように可愛がってくれた姉のような人のやり口を模倣してみただけ。むろん、この僕が尊敬している人だから、そう言う手段ばかりを使っている訳じゃないけど、一度怒らせると平気でこう言う手を使ってくる怖い人でもあるんだけどね。

 

「嫌なら、きちんと最低限の体調管理を行えば良いだけのこと。

 そうすればこの部屋に男の人が態々入ってくる事はないし、むさい髭面の男の人が何十人も桂花を取り囲んで暑苦しい舞を踊る事もないわけだもの。

 もっとも、そういうのを見てみたいと言うのならば、話は別だけど」

「そんな汚らわしい光景を見たいと思うわけ無いじゃない。アンタ頭おかしいんじゃないのっ!

 分かったわよ。するわよ。きちんと管理すれば良いんでしょうが」

 

 なんか、アンタ絶対に碌な死に方しないわよ。とか相変わらず口汚く言ってはいるけど、桂花だって本当は分かっているはず。この命令書には何ら意味がない事をね。

 ただ桂花がまた無理をしすぎて倒れてしまわないように、見守ってくれる娘が待機してくれるだけだと言う事を。

 そうでなければ、桂花がこんな程度で引っ込むわけ無いもの。

 桂花自身も、自身が倒れるだなんて失態を起こして、これ以上時間を無駄にしないためにも、この命令書が有効な事を認めている証。

 でも、おかげで心配事が一つ減った。

 まだまだ桂花には倒れてもらうわけにはいかないのも事実だもの。

 さてと、桂花の事ですっかり後回しになっていたけど、そろそろ本題に入るかな。

 

「あと、華琳様から手紙がきてる」

「なんて?」

「桂花が想像したとおりの内容とだけ」

 

 僕の言葉に深い溜め息を吐きながらも、最初の手紙が来た時に指示は出したはずよね。とその翡翠色の目で文句を言ってくる。

 だから僕も返してやる。そんな事は承知で持ってきたのだと。これ以上返事を返さないのは華琳様達のためにも、……そして桂花自身のためにもならないと。

 

「幾ら不安に怯える将兵を安心するためだとしても、今は余分に動くべき時ではないわ。

 華琳様達が勝手に動くならともかく、この私の指示と分かるような行動は、袁紹達に余計な情報を与える事になりかねないもの。

 あの傲慢な妹や、馬鹿笑いばかりする楽天家の袁紹に、この私が手も足も出ずに必死に駆け回ったあげくに、自分達の手札を見つけらずにいる。と思わせておくべきなの」

 

 だから桂花は僕に……。ううん、おそらく自分をより強く納得させるために、己が考えを口にしてくれる。

 此方がそうであるように、袁紹の処にいる妹や沮授には、自分の考えや思考の癖は見抜かれている。策の読み合いでは負ける気はないけど、袁紹の強運が其れを阻害しているのだと。

 だから、袁紹の強運すら通用しにくいところまで戦を持って行く必要があるのだと。

 時間を掛け、領地を餌と代償に陣地深くまで誘い込ませ。袁紹の戦線を伸ばす必要性があるのだと。

 

「以前の私なら、袁紹の強運と成長した沮授の知恵を借りた馬鹿な妹に、まんまと裏をかき続けられたでしょうね。

 でも袁紹は…いいえ、袁家のあの老人達は致命的な失敗を犯したわ。

 袁紹に必要以上に力を持たせないために、妹と沮授を連合軍に参戦させなかったという失敗をね。

 あの男の考えた策に触れ、そしてその目で見る事をさせなかった。

 そして私はその事を知っているし、その後もあの男の考えたであろう策を調べさせれるだけ調べさせたわ」

 

 だから桂花はこの策の自信の根拠を僕に示す。

 

「あの愚かな妹の最大の敗因は、この私の成長を自分程度と同等と判断している事よ」

 

 連合軍の会議で華琳様がその秘匿している才能を見出し。それを証明するかのように、連合軍、孫呉の独立、そして先の孫呉との戦でその才覚を発揮して見せた天の御遣い。

 僕は噂のみで、その姿を見た事もないけど。男の人でありながら、華琳様が自ら敬意と尊敬するに値する人間だと認めたほどの人間。……そして同時に華琳様の覇道における最大の敵だとも。

 でもそれは同時に天の御遣いの存在が、桂花をより高みに上げたと言う事。しかも桂花の妹でもあるものの、あの巨大な袁家において筆頭軍師をつとめる程の才がある荀諶が読み違えるほどまでに。

 病的なまでに男嫌いで、男の人を嫌悪しているあの桂花の事だから、それを認めるような事は絶対に口になんてしないでしょうけどね。

 そして実際の言動ではどうあれ、そこまで自分に影響力をあった事を自ら認めざる得ないほど人間を、男の人だからと言う個人的な嗜好を理由に、その才能を認めないほど桂花は愚かではないわ。

 ……でも、それは理由であって答えではない。

 

「桂花の考えは分かったわ。その必要性もね。

 だからって、これ以上、華琳様の手紙を放っておく訳にはいかないのも事実だと思う」

「……そうね。分かったわ。紙と筆を持ってきてちょうだい」

 

 先程とは逆に、桂花が筆を奔らせて行く度に、今度は僕が驚かされる。

 驚くべき程の策が書かれているわけでもない。

 将兵を納得させるほどの言葉が書かれているわけでもなく。

 ましてや、今は自分を信じて耐えてほしいという趣旨の言葉にはほぼ遠い内容。

 

「そ、そんなものを送るつもりなの!?」

「当たり前よ。これ以上、こんなくだらない内容で邪魔をされるわけにはいかないもの」

「首を刎ねられても文句は言えないわよ」

「華琳様がそれが必要と判断されたのならば、こんな首、幾らでも華琳様に差し上げるわ。

 今は、そんな事よりも今を乗り切る事に全てを賭けるべき時」

 

 僕は唖然とする。

 桂花の言葉にではなく、ましてや手紙に内容にでもない。

 桂花が華琳様を通して見ているものに。

 華琳様ならば、この手紙の本当の意味を理解した上で、今、立たされている苦境を乗り切ってみせると確信している事に。

 

「琴里、これをこのまま私の返事として返しなさい。

 一応、忠告しておいてあげるけど。この件でアンタが私のために余分な気を回す必要も全くないわ。って言うかそんな事をしたらアンタを許したりしないって事、よく覚えておいて」

 

 そう僕に手渡してきた桂花の手紙の内容は、一言で言うならば糾弾。

 華琳様達が置かれている苦境など最初から覚悟の上での事ではなかったのかと。

 それを今更ガタガタ言う人間など、己が崇拝する華琳様などであるはずがないと。

 華琳様の名をかたる偽物ならば、とっとと死になさいと。

 覇王たる華琳様ならば、心から信じた家臣を最期の最期まで信じるはず。

 そして誇り高く高潔であられる華琳様だからこそ、家臣はその命全てを賭して夢を託すのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 こんにちは、そしてお久しぶり、筆者こと【うたまる】です。

 第165話 ~  誇り高き華が舞いしは金木犀の下  ~を此処にお送りしました。

 

 十数話ぶりのおまけ話はとりあえず放っておくとして、孫呉がとりあえず一件落着したので、話を魏へと移してみました。

 読者の皆様はもう忘れていたかも知れませんが、桃香達の益州攻略より前からひっそりと盛大に戦っていたんですよね。

 実際、恋姫†夢想本編中では、かなり端折ったあげくに簡単に終わってしまった一戦でしたが、この外史では一応少しだけ焦点を当てたいと思い、だいぶ話数が離れましたが、話の続きを描いてみました。

 その中でも対袁紹戦において、曹操が臣下である荀彧に手紙で一喝される有名なお話の裏事情をこの外史なりの視点で……約、五十話近くぶりに書き上げてみました。

 そしてそれにあたり、またもや金髪のグゥレイトゥ様の作品をお借りしました。氏にはいつもお世話になっており、この場にてお礼申し上げます。

 今後も魏勢は氏のオリキャラが増えて行く予定ですが、それはその日までのお楽しみと言う事で待っていただけたらと思います。

 ……それにしても、今回は一気に氏のキャラが名前だけ出てくる話だったかなぁ。琴里以外の視点はないですけど(汗

 

 

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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