父を失い、姉を失い、母を失った。残されたものは何もない。
強いて挙げるとしたら、それは憎しみや怒り、悲しみだけだった。
右も左もわからない、知り合いもいない街で生活しなければならない。
不安もある。自分は、近いうちに死ぬかもしれない。そう思っていた。
それでも私は生きねばならない。母の最後の言葉を全うする為、仇を討つ為…
だが、現実は非情だった。
当時10歳だった私が独りで暮らしていくには、私は幼過ぎたのだ。
どこも、私を雇ってくれない。金がないから生活もできない。
飢えに体を蝕まれ、体力が減っていく。
悪事に手を染めようと考えた事もあるが、それを考える頃には、私の気力は底を尽きようとしていた。
もうダメだと思っていた。
きっと、自分は死ぬ。何も成せないまま。仇を討てないまま。
だが、父や姉や母に会えるなら、それもいいと思っていた。
あいつが私に手を差し伸べるまでは…
王異伝其三
7年前 王異10歳
気がつけば、私は寝台の上にいた。知らない寝台に知らない部屋。
だが、フカフカの寝台が温かくて、気持ち良くて、ここから出たくないと考えていた
「気がついた?」
ふと、どこかから声が聞こえた。私はその声に驚き、飛び起きた。
声のする方には、男の子が立っていた。歳は私と同じくらい。
まだまだ幼い顔立ちなのに、どこか大人びた雰囲気を感じさせる少年。
その子は、私の様子を見て微笑んでいた
士希「俺は司馬昭。この空き家を使ってるものだよ。君は?」
促され少し悩む。私はこの街に来て、母を失って、名を変えて生きていこうと考えていた。
復讐を果たすために、念のために趙の姓を棄てようと思っていたのだ。
趙姓を棄て、母の姓である王姓を名乗る。
本当に大事なのは真名だから、名を棄てる事に躊躇はなかった
だが、目の前のこの子は、私の復讐に関係ない。
それに、この状況を見るに、私はこの子に助けられたのだろう。
そんな子に、偽るのは気が引けていた
「私は…王異…」
だがそれでも、私は王異と名乗った。これが第一歩なのだろうと思った。
例え恩人だとしても、彼を騙し、趙英ではなく王異を名乗らなければならない。
10歳という節目で、趙英は母と共に死に、王異が生まれた。全ては、復讐の為に
士希「王異かぁ。よろしくね、王異。君、街の中で倒れてたんだけど、大丈夫?」
少しだけ罪悪感を覚えた。
こちらは騙しているのに、向こうは善意をぶつけてくる。少し、嫌になる
友紀「……君、どうして私を助けたの?」
士希「ん?倒れてるの見つけたら、普通助けない?」
それはどうだろうか?心配はすると思うが、実際に手を差し伸べるかどうかはわからない
友紀「わからない…けど、ありが…」
霰「うぉーっす!来たで士希ー!お!目ぇ覚めてるやん!
やっほー!うちは張虎っちゅうもんや!よろしゅうな!」
お礼を言おうとしたところで、訛りのある明るい子がやって来た
友紀「あ、えっと、よ、よろし…」
霰「それにしたもあんた、えらい可愛い子やなぁ!
こんな可愛い子が許昌におったなんて、ウチ全然知らんだわぁ!」
士希「はぁ?何言ってんだよ。この許昌には秋菜、蓮鏡、悠香、凪紗っていう天使が四人もいるじゃねぇか。確かにこの子も可愛いが、うちの妹達が一番だ!」
霰「シスコン乙!あんたなぁ、顔だけはええのに、そんな中身やで引かれんねんで?
ごめんなぁ。こいつ、こんなんやけど悪い奴やないで!」
何だかポンポンと喋られ、私が口を挟む暇はなかった。正直、戸惑った。よくわからない二人の掛け合い、中には悪口も含まれているのに、何故だか見ていて、楽しくなった
友紀「あははっ」
自然と笑みが漏れてしまう。すると二人が、私の顔を見て笑いあった
これが、士希と霰の出会いだった
私はこの日、この二人に保護され、二人が遊ぶ為に使っているという許昌の裏通りにある空き家に住むことになった。この空き家、子どもの遊び場である筈なのに、娯楽品だけじゃなく勉強道具や調理器具、調理場も充実しており、人一人が住むには十分過ぎるほど充実していた
それからの日々は、士希や霰について行く毎日だった。士希に生活する為のお金が無いと言えば、何処からか私でも出来る仕事を用意してくれて、霰が私を引っ張って行く。
二人とも武術にも精通していたので、一緒に訓練する事もあった。
生活に余裕が出てきたら、学校にも通った。霰は勉強が苦手だったようで、授業中はよく寝ていた。士希は勉強が得意だったようで、試験は上級生が相手だろうと、一番を取っていた。私自身も勉強は得意だし、嫌いじゃなかった。特に、士希や士希の家族が教えてくれる未来の知識は、とても興味深かった
楽しかった。ただただ、楽しかった。士希や霰、許昌で過ごす日々は、本当に楽しかった
そんな生活が三年。王異として生き始めて三年が経ち、許昌での生活に慣れ始めると、私に転機が訪れた
4年前 王異13歳
友紀「軍に?」
ある日、いつものように私が使わせてもらっている空き家に集まり、話していると、士希が突然報告を始めた
士希「あぁ。俺は俺の力を民の為に使いたい。自分の力で、誰かを助けたいと思っている」
士希は、私と会った時から、こういう考えの人間だと言うのはわかっていた。
自分より他人。助けられるから助ける。その為なら自分がどうなろうと知った事ではない。
親の影響もあるだろうが、これは間違いなく士希独自の人間性だろう。
知らない誰かの為に自分を犠牲にするなんて、並大抵ではない
霰「ちなみに、ウチも入るつもりやで。
もうじき許昌で入隊試験もあるさかい、ウチと士希は受けるつもりや」
霰は霰で、母親の影響が強いのか、自分の力を試したいと考えている。
霰自身も、誰かを助けたいという気持ちはもちろんあるだろうが、優先順位から言えば自分が一番。自分が振るった力で、ついでに誰かを救うという、武人らしい人間だ
士希「という訳だ。友紀、お前はどうする?」
その言葉に、私は悩む振りをする。答えは最初から決まっている。
私の当初の目的を果たす為に、私は軍に入る。
力と教養を身につけた今なら、この先生き残る事も、仇を追う事もできる。
だが、士希と霰はその事を知らない。
だから、私は悩む振りを見せ、自分はそのつもりはなかったと思わせた。
そして、長く溜めに溜め…
友紀「お前達が行くなら、私も行くよ。お前達以外に、居場所なんてないしな」
そう言うと、二人はニッと笑った。ズキリと、胸が痛んだ気がした
その数日後、許昌の城で大規模な試験があった。軍の兵士と文官の試験。
文官の試験は午前から、兵士の試験が午後からあった。私と士希は文官の試験も受けた。
その方が、仕事は増えるだろうが、人脈も築けて、活躍を示す機会も増えるだろうとの事だった。
文官の試験自体は他愛のない内容だった。
読み書きと基礎的な戦術論の試験。正直、士希と一緒に勉強していた内容の方が難しい。
試験時間の半分も使わないで終えた。それは士希も同じだったようで、外を見て暇そうにしていた。結果は、私と士希は揃って満点を叩き出し合格。満点を取った三人の内の一人となった。
ちなみに、最後の一人は甄姫と呼ばれる綺麗な女性だった。
妙に高飛車で、男を見下しているような態度だったが、それでも、それだけの能力を有している人物だった。
午後の兵士の試験で霰と合流し、三人で試験を受けた。
内容は簡単な体力試験と、現役の兵士との一騎打ち。
重要なのは体力試験の方で、一騎打ちに関して言えば、ちゃんと敵に向かってくるかどうか、それとその兵士達の訓練の一環でとあったらしい。
結果、試験を受けに来たほとんどの者が負けた。勝ったのは、私と士希と霰の三人だけ。
目立っていただろう。というか、そのまま三人で残りの兵士を相手にさせられた。
もちろんこれは制圧。ただ、最後に出てきた楽進将軍と夏侯惇将軍にはやられてしまったが。
あれはなしだ。あの時の実力では、負けるに決まっている。
それでも、私達三人は揃って合格し、隊長、将軍候補として見られていた
軍人になった後は、あの空き家を出て城の隊舎に住むことになった。
男性の多い職場ではあったが、女性も結構居て、居辛いということはなかった。
士希と霰は家から通っていたが、それでも、空き家に居た頃のように、定期的に集まっては、何てことのない会話をしたり、愚痴り合ったりしていた
生活…というより訓練はとても厳しかった。
私や士希や霰は慣れていたとは言え、他の新兵はよく吐いていた。
その時の同期に、何故お前達は平気なんだと聞かれたが、幼少の頃から鍛えられていたからとしか答えようがなかった。そんな私達でもキツイと感じるんだ。一般人は地獄なのだろう
兵士の訓練の傍ら、文官の仕事にも携わった。
簡単な書類仕事や資料整理が主だったが、収穫はあった
過去の、戦闘記録が保管されている所を発見した
父は魏の兵士だった。これを辿れば、いつか仇の名がわかるかもしれない。
そう思うと、私の心臓は早鐘を打っていた
3年前 王異14歳
入隊して一年が過ぎた頃、軍の上層部でとある話し合いがされていた
内容は、士希を隊長に置いた、若い人間のみで構成された精鋭遊撃部隊の試験的な設立
次代の三国を引っ張る人材の育成と経験の為の部隊を作るらしい。
かつての英雄もいつまでも現役でいられるわけじゃない。英雄に頼らず功績を挙げさせる。
そんな、親離れにも似た理由で作るらしい。
その隊長となるのが、13歳という若さで数々の戦果を挙げて来た士希だった。
兵士としても文官としても、上層部の士希の評価は異常に高く、満場一致で士希を隊長に推薦し、士希もそれに応じた
その翌日、士希から声を掛けられた。その新設部隊に、士希の補佐官として来てくれないかと言われた
理由は、私が士希と同じく万能型で、なおかつ信頼しているからと。
霰にも声を掛けるらしいが、あいつは兵士として招くらしい
断る理由はなかった。それに、嬉しかった。あいつの隣に立てる事が。
それが何故なのかは、わからなかったが
さらに数日が経ち、新設部隊、通称司馬昭隊が発足した。
士希を隊長に、私が副官、霰を一番槍に置き、軍師として甄姫を招き、さらに夏侯淵将軍の紹介で来てくれた璃々さんを部隊の顧問として起用する事になった。
部隊内幹部5人、その他若くて優秀な兵士25人、合計30人となる小隊が誕生した
期待されていたからか、司馬昭隊の待遇は異常なほど良かった。
専用の隊舎に豊富な資金、研究施設や資料館も自由に使っていいと言われた。
だが、それで誰かが怠ける何てことはなかった。誰もが自分の使命に責任を持ち、優秀な仲間達と共に切磋琢磨して、お互いを高め合っていた。
きっと、部隊としては理想的な雰囲気だったのだろう。
司馬昭隊は、少ない人員ながらも確実に力を付け、そしてどんどん功績を残していった
司馬昭隊の標語は「仲間を見捨てない」こと。
士希はこれまでの戦争の記録や被害状況を見て、兵士の損害がただの数字として、無感情に記されている事に疑問を感じていた。
「国の為に、あるいは大切なものの為に戦い、死んだいった兵士達にも、それぞれの物語があって、その中ではその人達が主役なんだ。死んだからって、脇役だった訳じゃない。兵士だって生きている。どんなに目立たなくても、消耗品のように扱っちゃいけない」
そう、士希は言っていた。あいつにとって、幹部だろうが部下だろうが、命の重さは平等で、そこに優劣はないと言っていた。隊長の務めは部下を生還させること。
だから士希は、部隊員全員が生き残れるように策を巡らせた。どんなに危険な任務でも、あいつはまず隊員が生き残る事を前提条件に作戦を立てていた。
その結果、一年経った今でも、部隊員は誰一人欠ける事なくやってこれた。
この戦果は、部隊を発足しようと言った上層部の人間ですら驚くほどだった。
ここまで優秀だとは思っていなかったらしい。
さらには、そんな私達の部隊を「奇跡の部隊」などと呼ぶ者も出てきた。
幾たびの戦場を越えて無傷。無敗ならまだしも無傷なのだ。
いくら一人一人が一騎当千級でも、それは確かに奇跡なのだろう
忙しい日々だった。訓練に追われ、任務に追われ、仕事に追われ…
いつしか、私の本来の目的すらも忘れてしまうほど、充実した日々だった。
士希について行きたい。士希と共に、生きていきたい。そう思い始めていた
だが、その奇跡も、とうとう打ち消される日が来てしまった
そして、私も士希も、幸せだった日々は終わりを迎えてしまった
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