「かんぱーい!」
とある家、とある部屋にて、女上司主催の後輩の昇格を祝う打ち上げが行われた。
上司は後輩の出世を心から喜んでいるが、当の本人は場の勢いと照れで縮こまり気味だった。
雰囲気が合わないのかぎこちない男性、同じく馴染めず何時抜けようか考えてる男性、そして逆に馴染んでいてこの場を一番楽しんでいる少年
その3人を含めた5人で祝っていた。
……一見ただの打ち上げのようであるが、皆が皆他とは違う所がある。
「一級神昇格おめでとう!険しい道のりを良く乗り越えました!」
「ど、ども……(照)」
……そう、彼ら彼女らは人間ではなく、精霊、神、天使、悪魔等の類である。
皆が皆永い時を生きる運命を持った者達であり、皆が皆、それぞれの務めで忙しい中、後輩を祝う為に集まったのである。
「しっかしお前がなぁ……パチモン中のパチモン、あの架空の世界の再現世界の一種のプログラムデータでしかなかったお前がなぁ……」
「その過程で様々なモノを失い、様々な辛いモノを見て来てそれでも乗り越えて来た……大した奴だよ」
祝われている後輩はそもそも架空の存在……を再現した仮想世界の住人だった。
彼はその世界の異常を正し、その仮想世界の在り方護る存在だった。
けれどその世界の正体は、今は亡き神々の過ちの隠蔽とその証拠となる親子の封印の維持の為にあったという事を知り、絶望した。
けれども彼は『本当の青い空を見たい』という想いを胸に、決死の覚悟で世界の脱出と封印された親子の解放を試み成し遂げた。
データであった彼は外の世界に出て直ぐ消えるさだめであったが、偶然通りがかった後の上司に救われ、一つの魂として生まれ変わった。
そして解放された家族の子供に助けてくれた恩と身体を貸してもらい、借り物の半人半神の身で神格を積む事になった。
それ以降、上司の在宅で居候をしており、それもあってか後輩は上司に頭が上がらない様子。
「……(ごっきゅごっきゅ」
「あ、こら!それお酒!お前にゃまだ早い!」
「僕、これでも何廻ぶんも生きてるから」
「いやいや殆ど寝ていたからノーカンだろそこは……」
「君が飲めなかった分飲みたいっ」
今、後輩の静止も無視して周囲の大人に負けじとお酒を飲んでいる少年こそ、封印されていた家族の一人である。
彼も彼で中々過酷な運命を送っており、人間の父、神の母の間に生まれた半人半神である。
父はおふれやお告げによる神々の謀略によって殺され、母はその怒りでその世界の人も神も皆殺しにしていったという。
少年はその時父同様封印の鍵として利用され、母は最後の一人と相打つ形で封印された。
今は神として転生して生き返った父と生き返らせた母と一緒に、親子仲睦まじく暮らしているとか。
「そんでさ……お前の願いってなんなん?」
けだるそうな男が後輩に質問した。
実は後輩は、一人前の神に成ったら上司からご褒美をもらう約束をされていた。
後輩は「え、いきなり!?」と驚くも、上司から興味津々な目をされて引くに引けなかった。
はぐらかしたり誤魔化したりで後にしようとしていたが、それは無理だなと諦め、ため息をついた
「えっと……一度だけ、人間として生きたい」
後輩のその願いに、周囲は驚いた。人間になるという事は、一時的にとはいえ神でなくなるという事になる。
人間への転生と言うのは神々にとっての罰として扱われている。それを自分から進んでやるというのだ、驚かざるを得ない。
「どうして?」と上司は聞いた。なんとなく察しはついてるけど、聞いてみたかった。
「俺さ……偽者じゃなくて作り物じゃなくてまがい物じゃなくて……神様として勤める前に、一度ちゃんと人生を送りたいんすよ」
……人間とは格上の存在であった彼らにとっては正気の沙汰ではない事だとしても、彼にとっては切実な願いだった。
仮想世界にいた時には生かされていた彼にとって、自分の意志で人生を生きられなかった彼にとって、それが一番大事な事だった。
自分の意志で人として人生を謳歌したい……その為に彼は、今まで頑張って来たのだ。
「……わかりました、何時が良いですか?」
「出来れば……今すぐに」
「本当にいいのですか?障害や生まれ育ちの問題、過酷な運命、性格の変異など、様々なハンデやリスクを背負う事になるかもしれません?」
「それでも良いのですか?」上司の問いに後輩は「ああ、終わったらちゃんと、神を務めていくよ」と答えた。
上司は「では今を楽しんだ後で」と言って、打ち上げを再開した、別れは楽しみ切った後の方が良いかなと彼も同意した。
皆が皆、別れのしんみりとした雰囲気を吹き飛ばすように笑い、踊り、歌い、楽しんだ。
暫しの別れを惜しむ様に、再会を誓うように、宴は夜明けまで続いていった……
そして翌日、上司や先輩、そして少年に見送られる中、後輩は人間の世界へと旅立った……
記憶は言うまでもなく、これまで溜めてきた神格や力、所持品、その他彼が居た証の全て、彼の一部が残されていた……
少年は彼が残した物を大切にしまい込み、彼が無事に帰れるようにして、自分の家族の元に帰っていった
上司は「戻ってきたらまた世話になるよ」という彼の言葉を胸に、彼が使っていた部屋を空けたまま、自分の神としての務めにとりかかった。
後輩がどんな人間となり、どんな人生を送り、終えて帰った後何を思うのか……それは神にすらわからない。
けれど彼は帰った後、上司の元に帰って行って、「ただいま」と言うのだろう、人間だった時の様々な出来事を土産話にして……
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