六話
『コーキさん、さっきからどこにもいない…』
キョロキョロと周りを見ても、あの銀の装備に身を包んだ人影は見当たらない。先ほどまでは西風の旅団の人達に囲まれてたのに…
血で血を洗うような女の闘いの輪の中に、自身の求める人影は見受けられなかった。
思えば、カエデさんが現れてからというもの私の心はざわついていた。二人の関係はよく分からないけど凄く親密なのが分かる。友人の域を超えた、なにか特別な繋がりーーー
微笑ましいことだな、初めはそう思ってた。だけど、いつしかそれは私は心を蝕んで行った。後から後から真っ黒い感情が溢れてきて止まらない。
私は一体、どうしてしまったんだろう?
「苦しい、な…」
思いがけずに口から出た言葉。この時ミノリは、周りに人がいることを完全に忘れていた。
「なにが苦しいんだい?」
目の前にいたナズナさんが私の顔を覗き込んでいた。特徴的な狐耳をした綺麗な人だ。その瞳は、私を真っ直ぐ射抜いていた。
「さっきからボーッとしてたけど、なんかあったの?お姉さんで良ければ話を聞くよ?」
トウヤの笑みとはまた別の、大人の余裕を感じさせる落ち着いた笑みだった。その笑顔に、私は、わた、し、は…
「ナズナさぁん…」
自分の気持ちを抑えきれなくなった。溢れ出る感情に押し流されて自分の弱いところを、汚いところをさらけ出す。止めようとしても止まらない、そんな濁流となっていた。
「私は、カエデさんのこと嫌いじゃないのに、なんでか嫌なんです。コーキさんと一緒にいるのを見ると、胸の奥から黒いものが溢れてきて…いけないって分かってても、それでも止まらないんですっ。この、真っ黒な感情は……私は、どうしたらいいの…?」
これはミノリの感情が暴走したからなのだが、はたから見ればナズナが泣かせたようにしか見えない。真面目で控えめな印象のミノリと、かなりガサツなところのあるナズナ。なにかをしたとすればナズナの方に行くのは仕方のないことだった。
『いやいや、ちょっと待ってくれよ。まるでアタシが泣かせたみたいじゃないか。私は悩み聞いてあげただけだろぅ?なんで、こうなった…』
それからミノリが泣き止むまで、ナズナがギルドのメンバーに白眼視されていたのは言うまでもない。日頃の行いというのは大事だ、と思い知らされたのだった…
「すみませんでした、いきなり泣いたりして…」
真っ赤に目を腫らせたミノリが申し訳なさそうに謝罪する。ナズナの方も気にしてない、と返しそのことはとりあえず解決した。…いや、ギルメンの誤解も解かないといけないからまだ完全にではないのだが。
『本当、面倒なことになってるね。とにかく、この子の悩みは完全に《恋》なんだよねぇ…』
コーキと言い知れない関係のカエデの存在に嫉妬している…まぁ、中学生なら初めてでも仕方ないか。この子、そう言うの奥手そうだし。ん?そもそも嫉妬するのがおかしいのか?
…でも、コーキか。確かに顔もいいし頭もいいけど、あんな根暗のどこがいいのか……私には理解しかねるね、こりゃ。まぁ?恋は盲点っていうし、人それぞれだしね。私がとやかくいうことじゃないか。
「まぁ、いいさ。それで、ミノリはどうしたいんだい?コーキのこと」
その瞬間、ミノリの華奢な身体がビクリと震えた。その顔は幾分か血の気が引いている。…多分。自覚ないんだろうな、恋してるってことに。そっちの方が余計にタチが悪いっての。
心の中で毒づいても、何の意味もないことは分かっていた。そして、こういうのは自分で答えを出すのがベストだということも。だけど、この少女にたどり着けるのかどうか…
『どーしたもんかね?アタシが答えをいうのは簡単だけど、それじゃこの子のためにならないし…』
かと言ってこのままでいいわけがない。このまま放置しておけば、いつか必ず爆発する日が来てしまう。
それはダメだ。最悪、この子が壊れてしまうから。
じゃあ、私になにができるか?……やっぱり、これしかないか。
「ナズナさ…!?」
不安げな顔で見上げてくるミノリに有無を言わさぬよう、ギュッと抱きしめる。子供らしく、まだ成長しきっていない身体は私が思っている以上に細くて小さかった。この小さな身体で、いっぱいの苦しみと重圧に耐えてきたんだね…こんな細い身体に、辛いのもいっぱい溜め込んできたんだね…
年長者として私にできること。そんなもん、決まっていた。
「ほーら、そんな辛気臭い顔じゃアイツも心配するでしょうが。せっかく可愛らしい顔してんだ、笑ってりゃいいんだよ、子供みたいに。…答えを焦る必要はないんだよ。ゆっくり、自分だけの答えを見つけな」
その手触りのいい、サラサラした髪を優しく撫で付ける。ミノリからは再び嗚咽が漏れ始める。
「そうそう、今はお姉さんの胸を貸してあげるから。存分に泣きな。溜め込んだもん全部吐き出して、アイツの前に笑顔でいけるようにさ…」
これまで溜め込んでいた辛さも、苦しさも、全部を吐き出すまでミノリは泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、泣き明かした。
それからしばらくをそのままで過ごしていた時、ミノリが急に口を開いた。
「私は、今の自分がコーキさんにどういう気持ちを抱いているのか、それはよく分かりません」
だけど、と力強く否定する声音には先ほどまでの弱々しい感じは見受けられなかった。ミノリなりの答えを見つけられたのだろうか?
「コーキさんの隣は、私のものです。カエデさんにも、譲りませんから」
出された答え、それはあの控えめな少女とは思えない好戦的なもの。
『はは、女の子っていうのは恋をすれば綺麗になるっていうけど…』
ミノリの顔を、笑みを見て思う。この子は間違いなくーーー魔性だ。
『この子には綺麗とか可愛いとか、そういうのは似合わないね。怪しくも美しい…そんな感じだ』
ナズナは内心で思う。この少女がこれからどう変わっていくのかを、二人の、この場合は三人の行く末はどこに向かっているのかを。
『まったく、人を退屈させないよ。アンタらは…』
密かにほくそ笑んでいるナズナであった。
「あっ、コーキさん!」
遠くから歩いてくるコーキの姿を目ざとく見つけると、すぐさま駆け出した。あの控えめな少女をここまで変えるなんて…ね。
「アンタも大した男だよ、コーキ。こうやってどんだけ誑かしてきたんだか…」
楽しそうに会話するミノリを見ながら、ナズナはコーキをちゃかしていた。だが、その顔をすぐに真剣なそれに変わっていた。
「…あの子、ソウジに似たタイプだからね…コーキになんかあったら暴走しそうだ…」
別の場所で、トウヤに教えているであろう少年のことを思いながらナズナは呟いていた。ソウジロウは味方を傷つけられればその柔和な笑みは鳴りを潜め、その奥に眠る鬼が目を覚ます。純粋で無垢だからこそ、冷徹で無情になれた。
この前、ギルドのメンバーがいざこざに巻き込まれた際も相手の言い分も聞かずに切り捨てていた。そう、何も聞かずにだ。
その時は相手に非があったから良かったものの、逆の立場であったなら大変な事態になっていた。
そんな危うさを、ミノリは秘めていた。ううん、それ以上のものをミノリは抱えている。だからこそ見ていられなかった。その秘めたる才能がどう開花するのか。
「本当、アンタ次第だよ。ミノリは………」
自分の心配は杞憂であって欲しいと、そう願うようにナズナは呟いていた。
若輩者達の健全なる成長を祈るナズナであり、
「一応、私もまだ二十代なんだけどねぇ…置いてかれた気がしてならないよ…」
釈然としない気持ちのするナズナであった。
あとがき
あれ?思ってた以上にミノリが黒いような…?
ちょっとキャラ崩壊が激しい今日この頃……この話はどこに向かっているのか?
次回は再びオリキャラが……
そろそろキャラ紹介をしたほうがいいんですかね?
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相変わらず偏ったキャラしか出てきません。
もっと上手く回せるように頑張りたいです。
それではどうぞ!