第5話 星夜
モノクロなセピア色の世界、統司の夢の中…
相変わらず、小さな巫女の姿がある
そしてふと統司は、その巫女にとても懐かしい雰囲気を感じていた
昔から知っている様な感覚、そして無意識に、誰かの面影と重ねている様な、そんな気もした
…、恐らく前回の夢からまた別の日であろう、纏う巫女の雰囲気からそんな気がした
巫女は立ち止まり、空を見上げる、空には綺麗な星空と月が輝いて浮かんでいた
巫女はその月を見て、静かに笑顔を浮かべる
やがて雲から現れた月の光が、巫女に射してくる
そしてほんの一瞬だが顔が見えた…気がした
アラームが鳴り、統司は静かに目が覚める
涙は流れていないものの、久しぶりの感覚が残っていた
愛おしい様な、胸が苦しく、悲しい気分に…
しばらくボーっとしていたが、統司は支度し学校へと向かう
あれから2週間…
先月の活動からすっかり立ち直り、部員の面々は普段通りの様子に戻っていた
完全に忘れた訳ではないが、統司もあの悲劇で悩む事は無くなった
特に蒼衣は、あれだけ複雑な表情をしていたのに関わらず、翌日には普段通りの様子に戻っていた
まるで一晩眠ったことで忘れてしまったかのような…
しかし、それが蒼衣の砕けた性格故の取り柄なのだろう
…そんな蒼衣の影響か、いつも一緒にいる統司と恵は、数日で普段通りの様子に戻った
その事は本当に礼を言わなければならない
…しかし よくよく考えると、蒼衣は翌日には確かに元の調子に戻ってはいたが、
あれから一週間の言動を思い返してみると、部活の事は一切話題に出していなかった
やはり顔には出さないが、蒼衣自信もかなり複雑な心境であったのだろう…
梅雨がもう少しで開けるころだろうか
少しずつ気温は上がっていき、連日高い湿度で、学生は暑さに汗を滲ませている
学校でも、暑さを気にしていない者と、暑さにうな垂れている者と一定の割合でいた
恐らく、田舎の方と都会の方で室内の環境が違うからであろう
統司は田舎の方に住居があるが、室内環境としては都会部と同じ者である為、暑さに少しだれていた
「…、暑いな…」
昼休みの教室…、統司は机に突っ伏しながら呟く
「うーす、ったく暑いよなー、こう蒸してるとまともに授業に集中出来ねぇっての」
藤盛が気だるそうに喋りながら近づく
藤盛は都会側に住んでいる為、この暑さにだれていた
「ってか…夏になってもその髪型なんだな、…暑くないのか?」
統司は机に突っ伏したまま藤盛の方へ顔を向ける
「あー…髪型は好きでやってるから、気にすんな、…ってか 今ってもう夏?」
『いや、夏じゃない?もうすぐ7月になるし』
そうやって喋っていると、恵と城乃咲が近づいてくる
「全く情けない、この程度の暑さで何うな垂れてるの?」
『そうだぞ、男ならもっとシャキッとしろー!』
恵と城乃咲が2人に喝を入れるが、藤盛が言い返す
「うるせー、都会の人間はそこまでタフじゃねーっての」
…と反論していたが、何とも情けない発言である
「…というかさっき、授業に集中とか言ってたけど、藤盛お前 まともに授業受けてる様子あんまりないんだが」
統司の指摘に藤盛はバツの悪そうな顔でごまかす
「あ~、いやー、俺はともかく、他の真面目な奴とか先生とかさー」
完全に目が泳いでいるが、その発言に恵が更に指摘する
「真面目だったら、暑くてもちゃんと授業聞いて、ノート取るわよ」
藤盛は反論する事をしなかった、授業中は大体寝てるか、文句を垂れながら仰いでるか、ともかく、授業を聞いていたとしても、ノートを取る様子はないからだ
「あ、ハイ、口答えしてスンマセンした…」
藤盛の様子はまるで教師にこってりと絞られた状態であった、まぁ見たことはないが。
「そうだ…統司君、お願いがあるんだけど…、統司君って機械に強い?」
恵は急に話始める、どうやら統司に用事があるようだ…機械絡みの
「ん?お願い?機械か…物にもよるけど、専門的な事はあんまり分からないよ?」
『多分大丈夫だと思う、…明日さ、お母さんが買ってきた大きなテレビとパソコンが届くから、そのお手伝いしてほしいの』
「なるほど、力仕事と接続ってことか」
『あ、いや、運ぶのは運送会社の人にやってもらうから、接続?の方お願いしたいんだ…だめかな?』
横で藤盛が「あ、なら俺がやる」とか言っているが、傍にいた城乃咲に一蹴されている
「うん、まぁそれ位ならたぶん大丈夫だと思う」
『ホント!?ありがとう統司君!』
「あ、いや、まだやったわけじゃないから、そんな…」
『いや、本当にありがとう、お母さん機械に弱いから、前に買ったばっかりのDVD壊したりした事もあって…』
そう言っていると、予鈴が鳴り響く
「とにかくありがとう、じゃあ戻るね」
『おう、明日な』
そして翌日
朝起きて着替えると、父がいない事に気付く
どうやら父も出かけているようだ
統司は家を出て2,3分歩き、北空宅に向かう
時間を見るがまだ10時である
「少し早かったかな…」
そう思いながら、北空宅のチャイムを鳴らす
…ピンポーン
「はーい!」
チャイムに気付いた恵が声を上げる
少しすると玄関のドアが開く
玄関から現れたのは、私服姿の恵だった
…かわいい、私服の恵を見て瞬間的にそう思い、統司はドキッとした
「あ、統司君おはよう。」
「お、おはよう。」
統司はまだ少しドキドキとしており、やや口ごもる
「さ、入って 入って」
そう言う恵に誘われるまま、家に上がりこむ
「お、お邪魔しまーす…」
玄関を見ると、恵と滴の他にもう一足があった、なにやら見覚えのある靴だ
「まぁリビングでくつろいでて」
そう言い、恵は統司をリビングに迎える
統司がリビングに向かうと、…そこには、統貴の姿があった
「あれ、父さん!?」
『おや、統司じゃないか、おはよう』
「…、おはよう。」
リビングへと案内した恵は、一人2階へと向かう、自分の部屋に向かったんだろうか
「…で、父さんがここにいるのは…、やっぱり頼まれたからか?」
『まぁね、滴さんに頼まれてね。』
ふと見ると、自分の家にあるものよりも巨大なテレビが、室内の角に狭そうに配置されている。
統貴はパソコンのセッティングをしていたが、奥のキッチンから滴が現れる
「おや、統司君じゃない、こんにちは」
『こんにちは、お邪魔しています』
「なんだ、恵も助けを頼んでいたのか、ごめんねぇ、せっかくだから、何もないけどくつろいでってね」
滴は統司に笑顔のままお詫びをする
「あ、いえ、自分から手助けに来たんでお構いなく」
そんなやり取りをしていると、統貴がパソコンから離れる
「ふぅ、とりあえず一段落かな」
そう言うと、リビングの椅子にゆっくりと座る
「あ、お疲れ様ー、どう?調子は」
『うん、今はちょっと放置かな、もう少ししたらまた始めるかな』
「そう、…じゃあ少し休憩ね、統司君もコーヒーで良い?」
『あ、はい有難うございます』
滴は背を向けたまま、右手をひらひらと「お構いなく」といった合図する
しばらくするとカップを4つ持ってくる
テーブルにカップを置いた後2階にいる恵に向かって声を上げる
「恵ー、コーヒー注いだから早く降りておいで―!」
少しすると、恵の返事をする声が聞こえる
「ごめんね、恵が待たせちゃって」
『あ、いえ大丈夫です』
そう言うと統司はカップに入ったコーヒーを一口飲む、熱いがなんだか甘さが強い
「そう言えば、君のこと恵から聞いてるよー?なんでも恵を助けたんだって?いやぁありがとうね、恵、あれでも活動中はボーっとしてる事があるから」
滴は突然に話を始める
「あ、いえ、危ないところを助けるのは当然ですよ」
恐らく鬼焚部の話をしているのだろう、…そう言えば父にはこの事を話していない、咲森先生に言われた事もあり、言わないでおいている
「おや、そうなんですか、初耳だ、コイツはあまり私に学校の様子を話したがらないんですよ。」
…ばれるのも時間の問題だろうか、心配になってきた
「そう言えば、面白い話があってね、君のお父さんと小母(おば)さん、小さい頃に、ここで一緒に遊んでた事があったんだよ。」
『へぇ、そうなんですか?』
「そう言えば統司にはこの事言ってないな、…そう、昔は“トウちゃん”って呼ばれててね、短い間だったけど一緒に河原や草原に行って遊んでたんだ」
『んで、小母さんが“シズ”って呼ばれてね、いやぁあの時のトウちゃんは可愛かったなぁ、いっつも私の側について、いつも笑顔で遊んでたねぇ』
「シズの相手は大変だったよ、いつも振りまわされて、女の子なのに男の子みたいに危ない道を通ったり、無茶な行動したりして、いつも驚かされてばかりだったよ、…こっちはいつもハラハラしていたなぁ」
…あれぇ?そうなの?
…確かそうだったよ
と、仲の良さを目の前で見せつけられている様に統司は思った。
…恵は一体何をしているのだろうか。
…少し時間は戻り、恵が2階に上がった後
部屋に戻り、扉に背もたれて「ふぅ」と息を吐く
私服姿の統司を見て、内心ドキッとしていた自分がいた
…昨日の帰り道、城乃咲と一緒に帰っていた時の事
恵と城乃咲は話しながら、統司の少し後ろを歩いていた
「そういや統司君が引っ越して来てから、なんだか微妙に明るくなったよね」
『?だれが?』
「恵が」
『え?…そうかなぁ?』
「うん、…まぁなんていうか、男に対しての対応が前と少しだけ変わったー…みたいな。」
『えぇ…そうなのかなぁ…?』
「あ、もしかしてメグ、統司君のこと好きになってるんじゃないかな」
『!! ーーー!!キノ!!何言ってんの!統司君そこにいるのに!!』
「あはは、やっぱり怒ったか、でもその反応あながち間違いじゃないかもね」
『もう!バカなこと言わないの』
「あはは…でもさ、好きってわけじゃなくても、内心 案外気になってたりするもんじゃないかな、…自分が気付いてないだけで」
『うーん、そうかなぁ…?確かに統司君は、お隣だし仲のいい友達だけど…、そう言う訳じゃない…かな』
そう言いながら統司の方をちらりと見る
…ちなみにその時統司は、イヤフォンをつけて音楽を聴いており、会話の内容を理解できる程に聞こえてはいなかった
…よし、部屋はちゃんと片付けて…
部屋のチェックを恵は念入りにしていると、タンスから寝間着がはみ出ているの見ると、顔を赤くしながらもすぐに仕舞う
そして鏡に映る自分の姿を見る
(…格好、大丈夫かなぁ? …あ、髪がちょっと乱れている)
外見の乱れを直していると、下から呼ぶ声がし、恵は返事をする
直ぐに向かおうとするが、再び部屋のチェックをする
…そしてまた僅かな部屋の乱れを見つけ、片づける
片づけをしているとハッと気付く
「私ってば何してるの、統司君待たせっぱなしじゃん、何を意識してるの…」
そう呟きながら部屋から出て1階へ向かう
恵が1階におりると、3人でなにやら話が盛り上がっていた
「…あ、恵か」
『ごめん統司くん、待たせちゃったね、じゃあ…私の部屋で』
それを聞くと、統貴もパソコンを見る
「どうやら僕の方も休憩終了の様だね」
統貴はそう呟くと再びパソコンへと向かう
恵の後に続いて、階段を上ろうとするが、恵がスカートであるのに気付き、統司はそそくさと恵と距離を詰める
そして恵の部屋に入る
…恵の部屋は綺麗に片づけてあり、自分の部屋と比べ、やはり女の子の部屋なんだなと感心する
「じゃあ…適当にくつろいで待ってて」
恵はそう言うと一階に降りてゆく
一人残された統司は、とりあえず座る事にした…正座で。
…落ち着かない
落ち着かない事から、統司は視線をきょろきょろと動かし、部屋の装飾を見る
だが統司はそこでハッ、と気付いた
そういえば女子の部屋に入るのは、これが初めてだということに
だがそう意識すると、心なしか更に緊張し、挙動もややおかしくなってしまっている
(っ、ど、どうやって“ここ”にいればいいんだ…?)
視線を動かしていると、机の上にノートパソコンが置かれている
直ぐ側に箱があるという事は、まだ手付かずの様だ
…しかし緊張からか、立ち上がれない。
足が痺れている訳ではない、だが空気が違うからか、
磁石の様に足がくっついている、立ち上がってはいけないような気がして
(…落ち着け、一体何だというのだ)
そう考えると、静かに深呼吸する
2度目の深呼吸の途中で扉が開き、統司は驚く
…足音に気付かないほど、緊張していたようだ
「お待たせ、…?どうしたの?」
『い、いや、なんでも』
恵はトレーを床に置き、ジュースの入ったコップを統司に差し出す
トレーの上には、先ほどのコーヒーのカップが置いてある
恵はカップを取り、コーヒーを飲み始める
…
…沈黙、それぞれ飲み物を飲む微かな音しかしない
…気まずい、統司は意を決して話始める
「あ、あのさ北空」
…話しかけた恵は、…視線がどっかに行っている
「北空…?」
『ふぇッ!?』
ようやく気付いたのか、慌てた様子で統司の顔を見る
「え、えーとなにかな?」
『あー、えーっと、あのパソコン』
そう言いながら机の方を指さす
「頼まれたのは、あれをすればいいのかな」
『え?あれ?』
「ほらその、パソコンの設定を」
「ああ、そうだね……よろしくお願いします」
切っ掛けができ、ようやく統司は立ち上がれた
そしてさくさくと箱の中身を取り出すと、ケーブル類を繋げ、設定を始める
「ああ、これ解説書、読んどいた方が良い」
そう言うと、統司は冊子を恵に手渡す
その時指先が触れて、お互い少しドキリとする
恵は解説書を読みながら、フッと何かが過ぎる
…恵は気付いた
何故部屋の片づけを一生懸命していたのか
無意識に察していたのだろうか、恵は初めて、男の人を自分の部屋に迎えていたのに
…なんだか気まずい、緊張が止まらない
解説書をひたすら読むが、頭に入ってこない
「あ、ゴメン、解説書ちょっと良いかな」
統司はもういつもの調子に戻っている
…パソコンの方に集中することで、意識しないようにしているからである
『え!?あ、うんゴメン』
邪魔してしまったように感じて、恵は謝ってしまう
統司は立ったまま解説書を読む
解説書が間に入り互いの顔が見えない状況である
(きゃーっ、統司君が目の前に、近いー!)
恵は顔を真っ赤にしており、統司に顔が見えないように後ろの方を見る
「…うん、ありがとう」
統司は解説書を恵に渡すが、恵の態度がよそよそしい
(…何かまずいことしちゃったかな…)
そう思うと、忘れようとした感覚が戻りそうになり、急いでパソコンのほうに集中する
…そして夕方
なんだかんだで仕事は終わり、もうお互いにいつもの様子に戻っていた
「それじゃあ帰るね、何かあったら呼んで、隣だから直ぐ向かうよ」
『あ、うん有難う、…あ、送るよ』
そう言うと2人で階段を下りる、リビングを見ると父はすでに帰ったようだ
階段を下りる音に気付き、滴が姿を見せる
「もう帰るのかい?じゃあまた遊びにおいでよ」
『あ、ハイ、お邪魔しました』
そう言いきる前に、滴は何かを思い出し、統司を呼び出す
「あ、そうだ、ちょっと言いたい事があるんだけど」
『?何でしょうか』
そう言い、滴の側によると、滴は統司の方に手を置き、穏やかな表情で話しかける
「この間の事は…残念だったね、でもあんまり深く考えないで、あんまり思い詰めても、良い事は一つもないから、…大―丈夫、そんなに気にせず気楽に頑張るといいさ、それに満月の時は皆強くなるから、ぶっちゃけ殺すつもりで戦っても、意識飛ばしちまえばどいつもこいつも明日にはピンピンしてるさ、あたしたちはそういうモンだからね」
滴はそう言うと笑って話し続ける
「安心して、お父さんには話してないから、何か困った事があったら、小母さんにも相談して、一人で溜めこんでもろくな事にならんしね、それに統司君には恵も含めて仲間がいるじゃない、…それじゃ、またおいで」
そう言うと、笑顔で手を振り送ってゆく
玄関を出ると、恵も話始める
「さっきお母さんが行った様に、私たちは大事な友達、困った事があったら、部活じゃなくても話して欲しい、辛い事は一人じゃなくて一緒に考えたいの…」
恵は心配そうな表情を浮かべるが、統司は笑みで返す
「…分かった、ありがとうな!大丈夫、これからも頑張るさ、それじゃあまたな」
「…うん!またね!」
そういい統司は自宅へと向かう
…正直、小母さんの言葉にとても助けられた
いつも通りに日々を過ごすほどに、立ち直っていたが、どこか活動に対して突っかかっていたものがあった
しかし小母さんの言葉と、恵の言葉がすうっと胸に入って染み込む
「俺たちは大事な、仲間、友達…か」
統司は複雑な気持ちに踏ん切りがつき、すっきりとした気分になる
…数日後
今日は満月の日であり、活動日である。
放課後になると、鬼焚部の部員はそれぞれの速度で、
部室へと集まる
部室へ集まると、“活動”までの時間を、それぞれ別の事をして時間をつぶす
今日はなかなか水内が来る気配がなく、淡々と時間が過ぎてゆく…
5時半頃、夏場は陽が高く、陽が落ちるの遅いが、
辺りを山に囲まれている神魅町は、もう夜へと変わろうとしている
黄昏時…
統司は音楽を聞きながら、窓から見える空の様子を眺めていた
黄昏時、昼と夜の境目であるこの時間に、妖怪が活発になり多くの妖怪が活動している…と、統司は以前耳にした事がある
もし鬼が、鬼人が妖怪に当てはまるのだとしたら、暴走するのがこの時間が多いのだろうか、それが鬼の一番強くなる満月の日ならば尚更…
そして時間は6時になる、辺りは陽が落ちて、微かに夕闇が見える程ですっかり暗くなっていた、
月雨が立ち上がったのをきっかけに、他の部員は帰る準備を始める
「今日は活動が無いみたいだから、そろそろ準備しよ?」
月雨は統司に向かって微笑みながら言う
「だが油断はするな、帰宅中や自宅にいる時でも暴走するものがいるかもしれん、今日はずっと活動中だと頭の中に入れておくんだ」
そう詩月は部員に釘を刺す
そして全員が準備を終えたころ、廊下から足音がする
その足音はこちらに向かっており、水内が活動終了の指示をすると思いきや、その音は足早であった
その事に部員皆が気付くのは、足音が鬼焚部のすぐ近くに来た所であり、間もなく扉が開く
「全員そろっているか、暴走した者が目撃された!場所は校舎裏側、目撃者によると林に向かって逃走したようだ、準備して直ぐに向かってくれ!」
水内は扉を開けるな否や、声をあげて部員に告げた
皆は既に、活動する覚悟ができていた
各々手早く身支度をし、ロッカーを開けに鞄を放り込み、武器を取り出す
統司はロッカーから木刀を取り出す
…そして一つの光景が過ぎる、前回の活動の粛清が…
やはりあの事が頭から離れる事は無かった
だが、ロッカーを閉める時にもう一つの事が過ぎる
(…大―丈夫、そんなに気にせず気楽に頑張るといいさ)
それは滴が言った言葉
統司はその言葉を思い出し、統司の顔つきが明るい表情に変わる
その様子を見た皆は、ホッとし、どこか頼もしさを感じた
水内もその様子を見て、ニヤリと微笑む
「よし、準備はできたか、それでは活動開始!」
水内の指示で、月雨を除いた部員全てが部室を飛び出す
「皆頑張って!」
月雨が後ろの方で鼓舞したのが聞こえた
玄関で手早く靴を履き替えると、少しバラついて裏門へと向かう
外は既に陽が沈み、辺りは暗くなっていた
既に教師が数人、裏門に来て門を開けていたようで、門は開いており、脇に教師が立っていた
蒼依は走りながらも、その数人の教師の中に、姉である静(しず)海(み)の姿を見かける
蒼依は走り去りながらも、姉に向かって親指を立ててポーズを決めてゆく
静海は、走り去る弟の姿を複雑な表情で見送るが、陸聖が最も遅れている事にクスッと笑い、凛々しくも笑顔でその背中を見守っていた
走り向かっていくと、路地の中央に揺らめく不審な人影が立っていた
まだ遠く、統司には 黒い人影のようなもの、としか判断できなかったが、走る音に気付いたのか、とてつもない速度で細道に入り、姿を消した
「恐らく奴だろう、全員散開!被害を出す前に接触し、決して逃がすな」
詩月はそう指示し、敵の後を追おうとするが
敵は、散開する前に元の路地に戻ってきて、右へ左へ姿を消す
しかし、路地を真っ直ぐ走って追っているのにも関わらず、対して距離が詰められる事が無い
…本当に異常な速度だ、誰しもがそう思った
やがて路地は細くなり、敵の後を追って曲がり角を曲がる
そして少し先には、街灯に照らされた敵の姿があった
敵の外見は、小さな少女の様だった、無論同じ制服を着ている為、高校生なのだろうが
…しかし少女は前屈みで腕を垂らし、まるで獣の様だった
「……エヘヘヘ?」
ニタァッと不気味に少女は笑う
「…ワタシヲ…オッテ?………アソブ?…タタカウ?…イジメル?」
言葉を発している様子から、多少理性の様なものは残っているようだ
「うっわ…敵って女かよ、まいったなー、女を傷つけるのは気が引けるなぁ…」
蒼衣はいつもの調子でおどけた発言をする
「そんなことを言っている場合か、被害を出す前にさっさと倒すぞ」
魁魅が棘のある言葉で蒼依に言い放つ
皆は武器を構え、動かずに様子を見る、またあの速度で逃げられては堪らない
そして統司が向かおうとすると、篠森が腕を上げ行方を遮る
「ここは私に任せて下さい」
そう淡々と告げると、敵の少女の前へと一歩出る
「…アソブ?…ハシル?……ワタシヲ…ミテル?」
敵は近付こうとしない意思を感じているのか、支離滅裂な単語を発し、不気味な笑みをしながらこちらを見続ける
僅かな沈黙…そして、後ろの方から異様な強い空気が流れ込む
背筋が凍る様な、それでいて生温かく蒸し暑く感じる様な、異様な空気
統司は数えるほどだが、この不愉快な感覚は強い印象を受けている
“鬼火だ”統司だけでなく部員の全てがそう思った
しかし、敵に鬼火を出す様子が無かった
皆が不思議に思ったと同時に、篠森は呟いた
「イグ・ニス、ファト・トゥス」
篠森の両手が突然、蒼く燃え上がる
…その様子に部員全てが驚く
篠森は後ろの様子を気にする事も無く、まるで作業の様に無表情のまま、腕を上げ人差し指を立てて、炎に指示をする
青色の二つの炎は両手を離れ、徐々に速度を増す
敵はその様子に不思議がる事も、避けようともせず、青い二つの鬼火は敵に衝突する
そして衝突した鬼火は一気に燃え上がり、少女の全身を青い炎で包み込む
「ィャアアアアアア!!」
敵はその炎に抗って暴れる
…この状況は全て篠森が起こしたことである
あれは鬼火であり、それを暴走もしていない意識のあるままの人が、己の意志で放った、これは驚かざるをえなかった
5月の活動の日、初めて篠森に会った時の出来事は、幻ではなく紛れも無く現実のものである事が、この事で証明された
…やがて炎が消えるが、消えたと同時に再び呟く
「ウィール・ウィスォプ」
篠森の両手が緑色に燃える
次は腕を振り回すように動かし、右手、左手と、炎を敵に向かって投げつける
間を開けて緑色の炎が敵に衝突し、継ぎ足される様に2度目の炎で敵は炎上する
「アアアアアアアア!!アツイ!!アツイヨオオオ!!」
少女の悲鳴が聞こえる
そして止めとばかりに篠森はもう一言
「…ジャック」
水を受け止めるように合わせた両手から、黄色い炎が現れる
そして両手の平を向けると、炎は容赦なく一直線に敵に向かう
「アアアアアアアアアアアアア!!!!!」
緑色の炎が消えたと同時に、間を開けず黄色い炎が敵に衝突し、耳をつんざく少女の悲鳴が聞こえる
だが敵は炎に包まれたまま背を向け走り出す
しかし敵が逃げ出して、直ぐに黄色い炎は消えてしまった
「俺たちも追うぞ」
詩月が皆に指示をし、異常な速度で直進する敵を追う
やがて路地から林が現れ、林によって行き止まりとなっていた
統司達は走って敵を追うが、敵は躊躇なく林の中へと飛び込んだ
それに続いて林の中に次々と飛び込んでゆくが、蒼衣は林の前で
速度を落とし、ゆっくりと飛びこむ
林の中を走ってゆくと、ぽっかりと空間が空いていた
月明かりの中、敵は中心でたたずんでいたが、空間の中に足を踏み入れたと同時に、敵は林の中に走ってゆく
敵は林の中をすごい速さで、取り囲むようにぐるぐると回っている
皆全力で走っていた為、詩月を除いた5人は息を荒げている
ガサガサガサガサと凄まじい音を立てながらグルグル回る敵
時折「キャハハハハ」と少女の不気味な笑いが恐怖心を掻き立てる
そしてゼエゼエと自分達の息の声
皆林の中を走る、敵の姿をその場で追う
「敵のテリトリーに誘い込まれた…と言う事か」
詩月が呟き、機会を窺う
集まっていた状態で、中心にいて仲間に囲まれていた統司は、何となく空を見上げた
空は晴れ渡っており、無数の星が輝いていた
…そしてこの膠着(こうちゃく)状態を破ったのは、篠森だった
無言のまま敵に向って走りだし、林の中に篠森の姿は消えた
しかし敵が止まる気配はなかった
それに続けて蒼依も、声を上げながら林に向かって走り出す
本当は固まっていた方が良いのだと分かっていたが、詩月もそれに乗じて林の中に走りこむ
恵や魁魅はそれにギョッとするが、息を飲み込むと、ほぼ同時に林に向かって走り出し、姿を消した
最後に残った統司は林に飛び込まず、視界に見つけた、この空間にある一つだけの通り道を走ってゆく
暗い林の中、林の中を走って近くを通る物音と、敵の不気味な笑い声が時折聞こえる
音や声の聞こえる位置に合わせ、統司は歩いて道を通ってゆく
何故か右に左に響き渡る不気味な笑い声に、統司はキョロキョロと辺りを振り返りながら進んでゆく
…そして、横を向き林を見たと同時に、突然強い既視感を感じた
まるでイメージが流れ込んでくる様な、立ち眩みに似た感覚に、統司は少しふらつく
不思議な事に既視感が記憶に残った
…これは、夢で見た光景?
そのイメージは、巫女がいつも歩いている林の中であった
…顔を上げると、林の出口が見え、統司は走って林から出る
統司が林から出たのに少し遅れて、横の林から、敵が飛び出て逃げ去る
敵が出てきた場所から篠森が飛び出して、敵を追い続ける
その様子を見ると、見失わないように統司は走って追いかける
そして後ろの方から、次々と部員が林から飛び出てくる、どうやら各々敵の姿を捉えて追っていたようだ
敵は、自分たちが通ってきた方向を遡って逃走する
途中で道を変えてはいるが、進んでいる方向は変わらない
…そして敵を追い、行きつく先は魁魅高等学校であった
敵は正門を抜け玄関へと向かう
部員は土足にも拘らず、校舎に上がって敵を追ってゆく
敵は階段を、まるで四本の足があるかのように、両手をついて駆け上がる
やがて途中で階段を上らず、廊下へと走ってゆく
…まずい、この場所は!
敵は外にいた時から、鬼焚部の部室に明かりがついている事に気付いていたのだろう
階段を登り切り廊下を向いた時には、部室から壮絶な物音が聞こえ
…明かりが点滅したように見えた時
ドォン!!という激しい物音、そして
…扉と共に少女が廊下の壁へと叩きつけられた
戦闘に立っていた統司から、走って少女の元へと向かう
…これはどういうことだ?
「…ギギ…ギ…、………。」
その姿は、敵であった少女であった
少女はうめき声を微かに上げると、ガクリと意識を失う
何事かと、統司は振り返って部室に向かおうと思った矢先に
「来ないで!!!!!」
月雨の強い叫び声が聞こえた
そして部室の中に目をやると…
部室の壊れて点滅している、微かな明かりに照らされた姿
…月雨の右腕が、異様に赤く肥大化し、座り込みながら左手で押さえていた
間もなく恵がやってきて、月雨の肩をさすってなだめる
月雨の右腕はビクビクと痙攣し、その大きさは月雨の胴ほどはあった、…まるで鬼の手の様だ
部室に足を踏み入れると、多少荒れてはいるが、そこまでひどい状況ではなかった
「つー、いったたた…」
扉のすぐ端で、水内が頭を押さえながら床に座る様に倒れていた
どうやら水内は少女に突き飛ばされて、頭を壁に打ち付けたようだ
やがて部員全員が部室に集結した
いつもの様にほんの少しだけ、最後に遅れてやってくる蒼衣は、この状況に「え?なに?…どういうこと?」と戸惑っていた
…少し時間が経つと、月雨の右腕は少しずつ小さくなっていき、元の色にも戻って行った
いつもの腕へと戻ると、左手で擦りながら笑顔で
「…えへへ、恥ずかしい所見せちゃったね、ごめんね」
だが本当に見られたくなかったのか、その笑顔はどこか作っているようにも見えた
手分けして荒れた部室を片付け、詩月は少女を担いで保健室に連れて行った
そして月雨は椅子に座って、ペットボトルのお茶をがぶ飲みする
そしてふぅ、と深く息を吐くと、微妙な笑顔で話し始める
「私ね、鬼央の…詩月君の次に鬼の血が強くてね、…でも皆みたいに力の制御が上手くなくて、満月の日は戦おうとすると、今みたいに力だけ暴走しちゃって、そんな事が何度もあって、…だから私は戦わないで皆の援護をしていたの」
普段から周囲に笑顔を振りまく月雨の口から、辛い出来事を聞いた面々はその空気から沈み込む…
「…え?何この空気、やだなあもう、そんな気を落とさないでって!…ほら、活動も終わったし、私もこの通り落ち着いてるし、さ、皆帰ろ?」
月雨の今まで通りの笑顔と元気な声に、空気はまた変わり、皆の顔も明るくなる
「うん、そうだね、…じゃあお疲れ様でした」
恵は、月雨に対し笑顔で返答する
そしてそれぞれ帰宅の準備をすると目の前のひしゃげた扉と壁を気にせず、共に部室を後にする
途中、篠森と月雨が別の方向へ向かおうとする
「あれ?先輩と篠森ちゃんはどうしたの?」
蒼依が疑問を問い掛ける
「私はちょっと保健室に…ね、やっぱりちょっと腕痛くてさぁ、なんて言うか筋肉痛みたいな」
『大丈夫ッスか本当に?』
「大丈―夫 大丈―夫!湿布でも張れば明日には治るさ!」
『…そっすか、んで、篠森』
蒼依が“篠森ちゃん”と言い終わる前に、篠森は返す
「ちゃん付けで呼ばないでください、不愉快です、気持ちが悪い」
蒼依の事を相当嫌っているのか、酷い言われようである
「…私はちょっと用事が、…まぁ忘れ物です」
『…そう、待ってようか?』
恵が笑顔で言うが、篠森は即答する
「いえ、お構いなく、…それに夜の校舎は、普段目に出来ない不思議な存在に出会える可能性がありますし…」
にやりと笑う篠森に、恵はすぐにオカルトな雰囲気を察知した
「そ、そう、…じゃあ夜道気をつけて、じゃあね」
そう言うと4人で玄関へと向かう
…夜の校舎、篠森は一人で歩く
そして渡り廊下を通りHR(ホームルーム)棟へと向かい、なぜか3年生の教室棟に入る
…そして一つの教室で立ち止まると、篠森はその扉に手をかける
教室は何故か鍵が開いており、暗闇の中に複数の人影があった
「ヨォ、遅かったな」
男の声が篠森に呼び掛ける
「…鬼焚部の活動があったから」
『まぁ仕方が無いんじゃないの?オツカレサマ』
篠森とは別に、少女の声がする
「…それで、彼の様子はどうだった」
どこか聞き覚えのある棘のある女の声、教卓に背を持たれている女の人影が、篠森に問う
「いえ、特に目立った行動は、…しかし只の人間にしてはかなり戦闘能力がある方です」
篠森は部活でいるときの様な、普段通りに淡々と返答する
「えぇ~つまんないの、…あ、そんでアイツの状態はどうだった?」
どこか気の抜けた口調の少年の声が、篠森に質問する
「えぇ、彼女は当初の様に、…それなりに適応し、落ち着いた理性を残したまま、暴走していました、…少し強化されている様な感じでしたが」
『ハハハッ!あれで少したぁ、末恐ろしいねェ、クククククッ、君にとってはその程度って事なのかい、ククク…』
笑いながら話す男の声
「…感づかれては、いないだろうな」
静かな声色の女性の声
「ええ、勿論、感づくほどの物は存在していない筈です、…私の力に少々驚いていた様子でしたが」
そう話す篠森は、気味が悪い微笑をしていた
「ハハッ!そりゃそうだァ、その力は、使い方は俺達が教えたモンだしなぁ、ククッ!」
『…ふむ、そうか、…報告ご苦労、引き続き活動の報告は続けてくれたまえ、…気付かれないようにな』
「えぇ?別にそこまで慎重にならなくてもいいんじゃないですか?どーせ気付きはしないですよぉ!気付いたところでどうにもならないっすよ、あいつ等は!」
『用心に越したことはない、少しは口を閉じたらどうだ…』
「…はぁ、すいませんね」
そんな会話の中、篠森は無関係といった様子で入口に向かう
「…失礼しました」
丁重にお辞儀をすると、扉を開け、教室を去る
「…んじゃあ、もう話は終わったようだし、俺も帰るかなっと、そんじゃあ失礼しまーすっ」
音を立てずに扉を開け、さっさと教室から立ち去る
そして少し間を空け、また一人動き出す
「…、失礼します」
静かな声色の女性が教室を去る
…そうして一人一人間を空けて教室を去り、やがて教室にはだれもいなくなった
…一方、帰宅途中の帰宅部の2年生4人
ふと、統司は歩きながら空を見上げた
先ほど見た空ではあるが、星の一つ一つが輝き、見事な満月が浮いている、満月を見ていると、なんだか安らいだ気分になる
「そういえば霧海ー、夏休みなんか予定って入ってんの?」
目前にある夏休みの予定を、蒼衣は統司に聞く
「いや、今のところ無いけど…」
『そんじゃさ、今度カラオケ行こうぜ!一日中ぶっ通しで』
蒼衣は高いテンションで言いながら、統司に肩を組む
「…おう、別に良いぜ」
統司もノリ良く、蒼依の誘いを快く引き受ける
「勿論、北空も一緒に行かないか?」
蒼衣は恵にもカラオケを誘ってみる
「う~ん、そうだね、考えてみる」
『うっし じゃあ決定、3人で夏休みにカラオケだ!』
蒼依が気分良く声を上げていると、横にいた魁魅が口を開く
「…待て、俺は誘うとはしないのか」
『…え、今なんつった?お前も…行くの?カラオケ?』
「何か不満か、俺がいて不都合でも?」
『ええ!?マジで、お前も来るの!?…いーや意外だと思ってさ、別に構わねぇぜ?…寧ろ、お前の歌う姿がどんなもんか楽しみだわ』
…そんな学生らしい、いつものやり取り
今日の活動は、多少荒れていたが平穏に終わった
しかし統司達 帰宅部は、篠森と共に何かを企む、未だ不穏な影の存在に誰一人気付いていない…
第5話 終
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鬼の人と血と月と 第5話 です。
この話の後、時系列は外伝1話へと続きます。