11:30―――
~ゼンダー門 執務室前~
猟兵崩れらをゼンダー門に連行し、報告するためにゼクス中将の執務室にいるリィン達。そして、彼等とは別に……執務室前の壁に寄りかかっていたアスベルは近づいてくる気配を感じ、視線を向けると……書記官の制服に身を通した赤髪の人物―――帝国軍情報局特務大尉、レクター・アランドールがそこに姿を見せた。
「………ん?貴方は……」
「へぇ~、噂の“紫炎の剣聖”様と出くわすとはなァ。……いや、“知る者”ならではこそ、かな。」
「……その様子ですと、気付いているみたいですね。いや、“覚めた”というべきでしょうか。」
「クク、まぁな。……必要なら、ウチの情報を無制限で出してやってもいいぜぇ?それぐらいのコネはたくさんあるからな。」
「対価はルーシーさん対策ですか?」
「あ、うん。まぁ……だな。」
どうやら、レクターのほうもアスベルの存在が“転生者”であると解っているようだ。ただ、レクター自身はルーシーも“そのような存在”だということには気づいていない様であった。……それはそれで、何とも微笑ましいことなのだが。それはともかく、アスベルはレクターに問いかけた。
「というか、“子供達”の貴方が言う台詞ですか。」
「……オレは色々見てみてぇのさ。あらゆる壁を乗り越え、突破していくのを。あのオッサンには色々感謝してるのは事実だが、その楽しみはオッサン相手でも奪わせねぇよ。」
「“変わっても”そういった趣味は変わりませんよね、貴方は。」
人を試すやり方というか、“転生前”も色んな人を鍛えることに喜びを感じる類の人間。きっと、その被害を受けたであろうクローゼ、シオン、それに学園の人達。あとは特務支援課の人間……彼等に対しては同情を禁じ得ない。
「というか、クロスベルの方に行ってたんじゃないんですか?」
「耳に入るのが早いな……ま、お前さんの身辺絡みだよ。ああ、共和国の方には既に交渉を開始してる。あとはこっちがキッチリ引き受けてやるさ。あのオッサンには色々文句を言いてぇが。」
「……まぁ、ミリアムのほうは頑張ってくださいね。」
「サラッとひでぇな……オイ。後でぜってーオッサンに文句言ってやる……」
(……苦労してるんだなぁ、“一成先輩”も)
そうブツブツ言いながら執務室に入っていくレクターの後姿を見届けると……アスベルは頬をポリポリかきながら、苦笑を浮かべた。何かを知っているということは、それに対して色々考えることが多くなるのも事実であり、苦労が増えるのは当たり前の話だ。そういった意味では、余計な情報を知らないリィン達が羨ましく思ったりした。
交渉の結果、共和国側の被害が大きいことから実行犯の猟兵崩れを共和国軍に引き渡す形とし、本日12:00を以て互いの警戒態勢を同時解除することで合意に達した。到着から30分というスピード決着だが、帝国政府代表の“鉄血宰相”より『再来月の『通商会議』に向けて、余計な対立は避けたい』という意向を汲み、共和国側に花を持たせるようにして相手の怒りを宥めることとしたのだ。その辺りをサラッとやってのけるあたりは流石“かかし男(スケアクロウ)”と呼ばれるだけはあるのだろう。
ともあれ、なし崩し的ではあったが依頼の方も片付き……事態の収束を集落に連絡するようお願いをした後、リィン達A班のメンバーも集落に戻ることとなった。戻ってきた一同を集落の人達やグエンが出迎え、戦闘状態は回避されたと改めて報告した。丁度昼時なので、ウォーゼル家で昼食と相成った。
「そういえば、アスベル。報酬はどうなったの?」
「ああ、ソレ?何か実用的なものがないかお願いしたんだ。ミラとかでも問題は無いけれど、一応学生だからな。」
アリサにそのことを尋ねられ、アスベルはそう答えを返した。正直言って、遊撃士の時の報酬が只でさえ碌でもないのに星杯騎士の報酬も相まってかなりの額に膨れ上がっている。装備面に関しても特に支障はない。なので、何か実用的なアクセサリがないかお願いしたのだ。仮に自分が使わなくても、他の誰かに使ってもらうことはできるので問題は無い。
「それにしても、そなたたちには世話になってしまったな。何か礼をしたいところだが……」
「いえ、大したことはしていませんよ。」
「ええ。俺達にできる範囲の事をこなしただけですので。」
「いや、正直言って俺一人では成し得なかったことだと思う。俺からも礼を言わせてほしい。」
「ガイウスさん……」
今回の事に関しては、率直に言えばそうなのだろう。アスベルも今回ばかりは内心覚悟したほどだ。原作にはないイレギュラーが発生したとはいえ、何とか退けることが出来た。だが、“敵”となる人物が姿を見せた以上、それがどこまで通用するかは自分自身にも解らないことでもある。
午後の依頼は特になく、アスベルはラクリマ湖畔の桟橋にて釣りに興じていた。妹の影響と言えばそれまでだが、自分の剣術の師匠も“精神の鍛錬”の一環でやらされたことがある。すると、近づく気配―――それは、グエンの存在であった。それに気づきつつ尋ねた。
「アリサはいいのですか?折角の再会ですのに。」
「あの子は菓子作りの最中でな。それを邪魔しては野暮というものじゃろ。……中々の釣果であるな。」
「ぼちぼちですよ。」
中型の魚ぐらいまでは釣れているのだが、未だ大物とまでにはいっていなかった。それからすれば“ぼちぼち”である。それを聞いて笑みを零し、グエンはアスベルの隣に腰かけた。特に会話は無く静かにアスベルの釣りの様子を見るグエン……ふと、問いかけた。
「グエンさん……五年前にラインフォルトを離れた理由は……ラインフォルトに愛着を持っていたから……自分のモノづくりの根底を疑ってしまった……『列車砲』のことですよね。」
「うむ。アスベル君ならば列車砲の本来の使い方は解るであろう。」
「ええ。」
本来ならば鉄道という移動手段を用いた戦略兵器。レールのあるところしか走れないという欠点はあるが、それを補うだけの広大な射程範囲。自分の転生前の世界の核兵器のような抑止力的使い方が求められるものの一種。だが、ガレリア要塞に格納されている二門の列車砲はいわば“対拠点特化型長距離砲”もしくは“虐殺装置”と言っても差し支えない。
「俺も一応軍人の端くれですから、その使いようはよく知っています。」
「あれはただクロスベルの民を殺すだけのもの。人々の望む物を作り続けてきたワシにとって、それだけは唯一の『間違い』……そう思った。そこに娘が会長職を明け渡すよう言ってきたこと……アリサには申し訳ないが、それはチャンスだと思った。これを逃せば、『外』から見極めることも出来なくなるとな。」
「成程。」
間違いを正すには、何が原因であったのかを正確に知ること……その上で自分の娘に会長職が渡るということは天啓であった、とグエンは述べる。そして、副会長のバッツからのポストも全て蹴り、隠居という形でこの地に移り住んだ。
「きっと、当時のあの子がそれを知れば、間違いなく母親を責めただろう……まぁ、結果的にはそうなっているようじゃが。」
「互いに意地を張っているだけだと思いますけれどね。お互いに少し肩の力を抜けば、解決問題なのでしょうが……こればかりは、当人間の問題でしょうし。」
「手厳しいコメントじゃな。」
「俺に対して『必ず追い付く』と言ったんです。なら、それぐらいは自分で解決してもらわないと困りますよ。それ以外の障害は、必要に応じて取り除いてあげます。」
突き放すわけではない。その努力は並大抵では済まないこともアリサ自身解っていることだ。ならば、それを最低限支えてやることがパートナーとしての務めだ。必要以上の干渉は彼女のためにならないし、何よりアリサ自身がそこまで望もうとはしないだろう。
「フフ……アスベル君、何かと手のかかる孫娘じゃが、末永く宜しく頼むぞ。」
「……誠心誠意を以て、その言葉に応えられるよう頑張ります。」
「なら、曾孫は早めに頼むぞ。」
「……(やっぱ、この人(グエン)にしてあの人(イリーナ)ありだわ。)」
リベールを拠点に頑張っているであろう“あの一家”に目を付けられた“紅竜の重剣”程ではないにしろ、その気苦労が何となく解り、こればかりは同情したくなったアスベルであった。ふと、釣竿の引く力が強まったことにアスベルの目の色が変わり、竿をしっかり握って立ち上がると……魚の引く力が一瞬緩んだ隙を逃さずに
「とぉぉぉ、りゃあああぁぁぁっ!!」
「おおっ!?」
釣り上げたのは……普通のよりも3倍以上はあろうかという巨大なレインボウであった。無論、吐き出したのは大量のセピス……どうやら、ラクリマ湖のヌシではなく何らかの突然変異で巨大化したようだ。
「……せっかくだから、集落に持って行こうか。車で運んだ方がよいじゃろうな。」
「ですね。」
大きさ的に馬に乗せたら、その重みだけでへばる可能性があったのでグエンの運搬車で運ぶことにし、魚が傷まないよう最低限の処置をする。すると、そこにエプロン姿のアリサが姿を見せた。
「お祖父様、こんなところに……って、何この巨大な魚!?」
「アスベル君が釣ったんじゃよ。」
「お、アリサか。(……エプロン姿も様になってて可愛いな。)」
流石にこんなところで惚気たらアリサがグエンに弄られる羽目になるので、言いたいことは抑えつつ、完結に事のあらましを述べた。それを聞いたアリサがため息を吐いた。何故に?
集落に帰った後は、夕食の時間までリィンの鍛錬に付き合うこととなった。とはいえ、未だに踏み込みがたらないので、こちらが太刀を使う段階にまで到達していないが。
「まだやるか?」
「ああ、勿論だ!」
アスベルの本来の得物ではないにしろ、その棒術のキレはカシウス・ブライトに勝るとも劣らない……それでいて、八葉一刀流の技巧を用いてくるのだから、リィンもそのリーチには一苦労であった。斬り上げで対処しても、刃を持たない棒はそれ自身全てが持ち手であり、攻撃箇所にもなりうる……いとも簡単にそれをいなす。
「………」
ここまでは解り切っていたことだ。自分がここから成長するためには……リィンは精神を集中させ、石切り場で編み出した『龍焔の太刀』の感覚を思い出すように太刀を構え……その感覚を更に研ぎ澄ませる。これを感じ取ったアスベルは……棒を構える。そして、その棒を
「はあっ!!」
掌底で撃ち出し、寸分違うことなくリィンに向かっていく。その棒をリィンは何と“必要最小限の動き”のみでその棒を躱したのだ。これにはアスベルも笑みを零しつつ、自らの得物である太刀の持ち手に手を置く。そして、
「『龍焔の太刀』……はああっ!!」
「一の型が終の太刀、『焔群』!」
互いに放たれる技……膝をついたのは、リィンの方であった。アスベルのほうは息を整えつつも、内心は冷や汗ものであった。
(……何かを掴んだか。とはいえ、ここまで来るのに結構時間がかかったからな。)
あと0.1秒対応が遅ければ、リィンの方に軍配が上がっていた。それは喜ばしいことではあるが、この先を考えるとリィンにはもっと強くなって貰わねばならない。それは無論、アスベル自身も更なる高みを目指すことでもあるのだが。アスベルは太刀を鞘に納め、リィンの方を見やる。
「全く……流石だな。」
「大したことじゃないよ。まだまだ“未熟者”だからな。」
「いや、アスベルが“未熟者”なら、俺なんてもっと、のレベルなんだが……」
何処まで行っても、人間は万能という訳にはいかない。各々の才能というものがあり、それを十全に発揮するためには日々精進あるのみだ。それに、戦いにおける才能はあってもその他に関する才能はそれと別であり……人を纏める才覚だけでいえば、シオンやマリクといった連中の方が優れている。情報戦で言えば、リーゼロッテやセリカ、人を教える才覚ならばルドガー……と言った塩梅だ。羨ましく思いつつも、結局は自分にできる範囲で強くなっていくしかできないのだが。それに……
「まぁ、あまり気にするな。」
八葉一刀流の秘伝書の中に書かれたもの……八つの型各々の極致とも言える“八煌”。そして、それを実現させるための到達点が“神衣無縫(しんいむほう)”の境地。そこに至るためには、“無我”“百錬”“煥発”の三段階を踏んでいく必要があり、そのためには“動”と“静”の極致を同時に超えなければならない。“動”の『天帝』、“静”の『理』……その二つの極致を同時に越える方法は……まだアスベルにも解らないことであった。
空の軌跡もEVO化……なんでPS3じゃないんですかー!!(懇願)
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第62話 未熟者の定義