窓からの漏れ日に目を覚ます。軽く左腕が痺れていた。
視線を横に向けていると、俺の腕枕で寝ている銀華が居る。
昨晩は久しぶりの情事。俺も銀華も随分と乱れた。
「ん……ふぅ……」
寝返りを打ち吐息を漏らす銀華。
銀華は今日から北方の国境への警備にでる。
再会してすぐに……不運な事だ。いや、一日でも夜を共に過ごせただけましか。
また長く見れなくなる銀華の寝顔を、今はじっくり眺める事にした。
「……よし!そのまま待て!」
城壁の手前、銀華は多くの兵を従えさせは馬首をこちらに返した。
「見事にすれ違ってしまうとはな。だが、一度受けた任はしかとこなしてこよう」
「あぁ、それでいい」
銀華のこういう筋の通った所は好んでいる。
男と一緒に居たくて一度受けた任務を放棄するような女はいらん。
「愛紗……関羽には気をつけろ。あれは相当一刀を嫌っているぞ。武ならば一刀が上だろうが、そういう問題でもあるまい」
「確かにな。ここにいる間は仲良くしておくとするか」
銀華は俺の言葉に苦笑いを浮かべ小さく頷いた。
「銀華。分かっていると思うが、相対せずすぐに逃げろ」
表情が真面目なものに変わり、再び頷く。
銀華には俺の記憶の事は伝えている。元々麗羽達と居た時の記憶があるためか、理解が早かった。
近いうちに攻めてくるであろう魏軍。国境にいる兵のみで太刀打ちできる訳がない。
と、銀華が右手の手綱を離した。腕を伸ばし拳を向けてくる。
「また会おう。一刀」
意図を理解し、口元が緩む。
決死の覚悟で行くような任でもないだろうに。
だが、満更ではない。
「当たり前だ」
俺も右腕を伸ばし、銀華の拳に拳をぶつけた。
「あぁ居た居た!一刀ー!」
城へ戻るとすぐに猪々子が走り寄ってきた。
丁度いいな。後で会いに行こうかと思っていた。
「どうした」
「どうしたじゃないだろー?折角記憶が戻って一緒に居るんだから色々話そうぜ。斗詩も会いたがってたぞ?」
「昨日行けなかったのは悪かったが、色々あったんだ。お前達仕事は無いのか?」
戻ってくる最中に警邏をしている公孫讃に会った。睨まれたから無視したが。
劉備軍の将共は働いているはずだ。
「あたいと斗詩は今日は休み。元々みんなより仕事は少ないからな。麗羽様はあんなだし仕事何てしてないよ」
……確かに、麗羽に普通の仕事ができるとは思えないな。
「分かった。俺もまだ客人扱いで仕事も無いし、暇だから丁度いい」
「断られても無理矢理連れてったけどな。あぁでも今の一刀じゃ無理矢理じゃむりか。前の一刀だったらなぁ……」
斗詩含めてならともかく、猪々子だけなら今の俺は負ける気がしないな。
猪々子は、たはーと残念そうに息を吐きながら肩を落とした。
で、こいつらの部屋に来たんだが……
「あら、あなたは桃香さんに無礼を働いた野蛮人じゃありませんこと?」
「…………」
斗詩は猪々子とは別に俺を探しているのでまだ戻っていないらしい。
麗羽は不機嫌顔で部屋の椅子に座っていた。
まぁ、あの件に関しては俺に非がある。
野蛮人と言われるのも仕方が無いか。
「何とか言ったらどうですの。そもそもこの私の部屋に何の用があると……」
「一刀ー。麗羽様の小言も長そうだし、さっさと記憶戻しちゃってよ」
それもそうだな。椅子に座る麗羽に歩み寄る。
「い、猪々子は何を言って……ひっ」
顎を取り顔を見つめる。
端正な顔立ちだ。顔だけ見れば文句無しの美女何だろうが、性格に難が有りすぎる。
まぁ、記憶が戻れば少しは態度も柔らかくなるだろう。話はそれからだな。
徐々に無くなる麗羽との距離。そして、麗羽の唇に触れた。
眼を見開く麗羽。これで記憶が戻るはず。
数秒後、麗羽から離れる。さて、開口一番何が出るかな?
「いやぁあああああああ!!」
乾いた音と共に視線が横へ向く。続けて頬にじんわりと痛みが広がった。
視線を戻すと、麗羽は立ち上がり頬を紅色に染めこちらを睨んでいた。
「にに、荷物持ちの分際がこの私に何て事をしてくれますの!?」
荷物持ちか。思い出した様だな。
俺と麗羽は、恋仲だったわけじゃない。思い返してみると、麗羽達と一緒に居た俺にそういう相手は居なかった様だ。
つまり、記憶が戻っても麗羽にとって俺は荷物持ちでしかない。真名が許されていた分ある程度好感を持っていた様だが。この反応は当たり前か。
「殿方との接吻は初めてでしたのに……どう責任とってくれるんですの!?」
そう、当たり前の反応だ。だがじんわりと痛みが残る頬に、苛立ちが募る。
麗羽の知る俺だったら笑って許してただろうが、だからといって今の俺が許してやる道理は無い。
「猪々子。斗詩見つけて時間潰しててくれ。一刻(二時間ぐらい)程で戻ってこい」
「んあ?急にどうしたんだよ……ってうわっ!」
さっさと外に出ない猪々子を蹴り飛ばし扉を閉める。
「さて麗羽。責任、とってやるよ」
俺が振り向くと、部屋に残された麗羽はビクンと体を震わせた。
俺が近づくと共に麗羽は後ずさる。やがて麗羽が寝台に躓きそのまま座った。
「な、何をする気ですの……」
震える麗羽へ顔を寄せる。お互いの息がかかる距離だ。
麗羽の瞳には怯えと驚き。そして期待が見て取れた。
口角が吊り上る。満更でもないってか?
「言っただろ?責任をとるって」
言い終わると共に麗羽の唇を奪い、強引に寝台へ押し倒した。
「はひ……ぁ……あへぇ…………」
「う、うわぁ……」
「麗羽様……」
情事を終え椅子に座り茶を飲んでいると、猪々子と斗詩が帰ってきた。
二人は寝台の麗羽を見て絶句している。
麗羽は裸のまま俯せで膝を立て、真っ赤になった尻を突き上げたまま失神している。
時より全身を痙攣させぴくぴく動いているが、意識は戻らない。
「戻ったか。じゃ、話そうぜ」
「あ、あの、麗羽様は……」
斗詩が心配気に見つめ言う。相変わらず優しい奴だ。
「記憶を戻したら手を出してきたから躾けた。三発目くらいから良い声で鳴いてたよ。放っておけばそのうち戻ってくるんじゃないか?」
猪々子がおずおずと寝台へ近づいて行った。
麗羽の醜態を無言で眺めている。
「あ、はい……そうですか……」
何か諦めた様子で斗詩が椅子に座った。
斗詩は俺を数秒見つめた後、満面の笑みを浮かべた。
「こうやってまた会えて本当に良かったです……!」
目尻に溜まった涙を指で拭いながら続ける。
「記憶が戻って、一刀さんと戦って、本当はすごく辛かったんですけど……」
張飛が乱入する前、二人は不安気に顔を歪めながらも俺と相対していた。
立ち上がり、斗詩の横に立つ。
見上げる斗詩の頭を撫で、微笑む。
「俺もまた会えて嬉しいよ。辛い思いをさせてすまなかった」
今思えば、あそこのキスはこいつらに余計な心労を与えただけだったか。
六人の中で、斗詩と猪々子とは一番親交が深かったしなぁ。
斗詩は体を震わせた後、座ったまま縋り付くように抱き着いてきた。
急な出来事に驚くが、すぐに撫でる手を再開させる。
手持無沙汰で視線を猪々子へ向けると、麗羽の尻にツンツン触れ痙攣させ遊んでいた。
こいつは……猪々子に対する申し訳ない気持ちが一瞬で消えた。
「……あ、えっと……あたいも辛かったんだからな!」
俺の視線に気づくと、急いで振り向き誤魔化すように言った。
まぁ、気丈に振る舞ってはいたがこいつも辛そうだったな。
空いている手で手招きする。
頭に疑問符を浮かべながら猪々子が近づいてきたので、肩に手を回し引き寄せた。
「うわっぷ……何だよ一刀、恥ずかしいよ……」
これで記憶が戻ってないのは美羽と七乃だけか。いつか六人全員が顔を合わせられる日が来ればいいがなぁ。
それから斗詩が落ち着き離れ、三人が席に着き他愛ない話をした。
斗詩は、記憶についての大まかな話を銀華や星と話していたそうだ。猪々子は興味無かったらしく知らなかったらしいが。
『不安だったんです。一刀さんが、私の知ってる一刀さんじゃなかったらって。でも、いらない心配でした』
『あたいは不安何てなかったけどな。どんな性格してようと、一刀は一刀だし!』
二人とも満面の笑みでそう言っていた。
猪々子はともかく、斗詩の言葉。星や鈴々と似ていた。
似ていたが、不思議と苛立ちは浮かばず、受け入れることができた。
受け入れるとは、斗詩が知っている俺、つまりあの六人と旅した俺の記憶は今の『俺』の中にもある。それを含めて今の俺がいるのだから、と納得ができたのだ。
もし俺に蜀での記憶が蘇ったのなら、星や張飛などの言葉も受け入れることができるかもしれないな。
劉備軍へ来て数日が経った。非番の星を相手したり、仕事の無い麗羽と話したり、ねねに呂布の屋敷に招待され多くの動物達と戯れたりと暇はしていなかったが、いい加減客将の件で返答はないものかと考えていた。
と、部屋の扉が開かれる。
「一刀?起きてるの……ってうわぁ!」
詠が入ってきてすぐに出て行った。そういえば、この時代はノックの習慣がないんだよな。
俺は絶賛着替え中だった。
「ご、ごめん!着替え終ったら言ってもらえる?」
「あいよ」
詠ともゆっくり話したいと思っていたが、どうも仕事が忙しいらしい。
着替え終わり声をかけると、再び詠が入ってきた。
「悪かったわね」
唇をツンと尖らせて言う詠。未だに恥ずかしいらしく、頬は薄赤くなっていた。
生娘でもないだろうに、可愛い奴だ。
「気にしてない。それより何の用だ?」
「朱里……諸葛亮が呼んでるわ。客将の件について話が決まったみたい」
ようやくか。断られる事は無いと思うが……もしそうなったらここにはいられないな。
まぁ、そうなったら考えればいいか。
「わかった、政務室に向かえばいいんだな?」
「えぇ。道はわかるわよね?私は他に仕事があるから行くわ」
「あいよ……あぁ詠」
扉に手をかけたまま、詠が振り向く。
「今夜、空いてないか?」
俺の誘いに詠は数秒呆然としていたが、途端に顔を赤くし扉を乱暴に開けた。
「空いてないわよ馬鹿チ○コ!」
バタン!と強めに扉が閉められる。やれやれ、初心な反応だな。
「……仕事が終わったら、部屋に行くわ」
扉の前から聞こえる小さな声。
言葉を理解すると同時に、足音が去って行った。
頬が勝手に緩む。今日は楽しみだな。
「お待ちしてました」
政務室に入ると、諸葛亮が竹簡を置き視線を向けてきた。
今日は龐統はいないようだ。
「んじゃ、返答を聞かせてもらおうか」
「はい。客将のお話、是非お願いします」
ですが、と諸葛亮は続ける。
「やはり関羽将軍からの反対意見が強く、条件付きならば認めるとの事でした」
まぁ、俺を毛嫌いしている関羽なら当然か。
寧ろ条件付きでも認めた事が驚きだ。
「その条件とは?」
「北郷さんには、関羽将軍の副将として働いてもらう事になります。よろしいですか?」
何だと?
なるほどな、関羽自身が俺の監視人になるって事か。
やり辛いことこの上ないが、背に腹は代えられないか。
「構わない。が、うまくできるとは思えないな」
率直な感想を述べると、諸葛亮は悩ましげに俯いた。
「正直私もそう思います。ですが、関羽将軍はそれ以外ならば認めないと言うので……我が軍の現状、北郷さんの様な一線を越えた将が喉から手が出るほど欲しいんです。ですから、何とかうまくやっていただけると助かります」
客将の俺にその願いはおかしいだろう。
普通それは関羽に頼むべきじゃないのか?
「その心配は無い、朱里」
心の中で悪態ついていると、言葉と共に扉が開かれる。
視線を向けると、無表情でこちらを睨む関羽が居た。
「今は大人しくしている様だが、我が軍で好き勝手やれると思わないことだ」
いきなり喧嘩腰かよ。
ここに来てから、仕事が無いっていうから普通に過ごしていただけだろう。
俺が何か企んでるとでも思ってんのか?
諸葛亮に目を向けるが、関羽の闘気にあてられて怯えている。
「……ふんっ。付いて来い」
勢い良く踵返し部屋を後にする関羽。取り付く島もないとはこの事か。
溜め息を吐く。副将といってもせめて関羽じゃなかったらなぁ。
面倒な事になっちまった。
21話 了
「空いてないわよ馬鹿チ○コ!」(空いてないとは言っていない)
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俺は交互にupすると言ったな。
……あれは嘘だ。
いやしかし麗羽がいるとギャグっぽくなるのは何でだろう。
後今更ですが漢ルートは本編と同じらへんで終ってる感じです。
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