story59 決着
「・・・・・・」
斑鳩は身体に鈍いが、冷たい感覚がして意識を戻す。
(一体、何が・・・・・・)
次第に冷たい感覚が上へと上がっていき、胸辺りまで来たのを感じると、それによって煮え滾っていた怒りも収まり、次第に事を思い出す。
あの時レーヴェは崖から滑り落ち、少しして車体が傾いたかと思うと一回転し、車内が掻き回されて意識を失った。
「・・・・・・」
周りを見ても、他の乗員の姿は無かった。
(逃げやがったか。まぁ、当然か)
少なからず斑鳩に恨みを持つ者、恐れを持つ者は少なくも無いだろうと、斑鳩は考えていた。
この機会を利用し、斑鳩には死んでもらうつもりなのだろう。
(いいさ。どうせこのまま助かったって、黒森峰の敗北は決定的だろう)
無線傍受で耳に入ってきた黒森峰の被撃破車輌数は、E-100を含めても片手で数える程度しか残ってないはず。
性能は上であっても、臨機応変能力が黒森峰より遥かに高い大洗であれば、同等の力を発揮させる。
(それに・・・・・・私に待っているのは、敗北者としての烙印、か)
斑鳩家の厳しさは一族の者である焔はよく知る。勝てば官軍。負ければ賊軍。そういう世界だ。敗者には厳しい現実が待っている。
(別に悔いは無い・・・・・・)
水位が首まで上がって来たが、斑鳩は動こうとはしなかった。いや、動こうにも動けない状況だ。
如月には屈辱的な事を受けて激昂したが、それが相手の思うつぼとなり、あそこで勝敗は決していた。
(そういや、どっかの偉人が言ってたな・・・・・・『怒りは愚行に始まり、悔恨に終わる』。まさに私の事だな)
別に悔いは無いが、確かに激昂した事で周りが見えなくなり、仕舞いには横腹を見せびらかせるなど、愚かな行為を取った。
「・・・・・・」
斑鳩は目を閉じ、完全に水に沈み、最後の時を待つのだった。
しかしその直後、レーヴェのハッチが開き、光が注ぐ。
(・・・・・・?)
斑鳩は目を開けて上を見ると、そこには予想もしない人物が目に映り、内部に入って自分の腕を掴む。
斑鳩は幻を見ているのかと、内心で呟いた。
なぜなら、そこには如月の姿があったからだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
時は少し遡る。
「・・・・・・」
如月は沈んでいくレーヴェを見つめる。
斑鳩がこのまま水死するのも時間の問題だった。
だが、相手はあの斑鳩。助けた所で、何の得がある?
むしろ恩を仇で返しかねない。そんなやつを助ける意味など・・・・
「・・・・・・」
だが、目の前で一つの命が失われようとしている。それを放って置けるのか?
斑鳩の言う通り、それはただの偽善者と呼ばれるかもしれない。
かと言って、目の前で助けられるはずの命を助けなければ、見ていながらも助けず、見殺した事になる。
「・・・・・・」
しかし、如月は思い悩むも、余計な考えを振り払い、自分の素直な気持ちに従った。
如月はすぐに五式から出ると、車体後部に向かう。
「っ!」
左腕から激痛が走るも、歯を食いしばって耐え、ロープを手にする。
「如月さん、何を!?」
早瀬達も車体後部に来て身体にロープを巻きつける如月を見る。
「いいか。合図をしたら全員で引っ張ってくれ」
と、如月はロープを早瀬達に渡す。
「・・・・如月さん」
「やはり、見捨てる事は出来んさ。それが憎む相手でも、な」
「・・・・・・」
如月は五式の車体後部から飛び降りると、激しく凸凹している斜面を僅かな安定した足場を飛び移りながら下りて行く。
「如月さん・・・・」
「・・・・・・」
斜面の安定した足場を次々と飛び移って下りていくのを早瀬達はただ見つめていた。
「・・・・やっぱり、如月さんは、こうじゃないとね」
「だね」
早瀬が呟くと、坂本も縦に頷く。
「ぼっとしている暇は無いよ。ロープを固定しないと」
「う、うん!」
「了解っと!」
三人はすぐにロープを五式の砲身にロープを巻きつけて固定する。
「翔・・・・」
「・・・・・・」
その様子を見ていた神楽と中須賀は、息を呑む。
「憎む相手でも、人間である事に変わりは無い、か」
そう呟くと、深くゆっくりと息を付く。
「早乙女流も、仲間を大切にしているとは言っても、残酷な判断を下さす事もある」
「・・・・・・」
「でも、翔は早乙女流でなければ、斑鳩流でもない。その表れかしら」
「・・・・・・」
「っ!」
如月は順調に足場を転々とジャンプして渡って行ったが、途中で足を滑らせ、斜面に強く身体のあちこちを打ち付けながら転がり、最後に出っ張った岩に左腕を強く打ちつける。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
意識が飛びそうになるぐらいの激痛が走るも、根性で意識を繋ぎ止め、歯を食いしばる。
「う、ぐぅぅぅ・・・・」
視界が一瞬ぶれるも、額から太い筋に血を流しつつ、既に砲塔の半分が沈んで陸からかなり離れた所まで流されているレーヴェに向かって川へ飛び込む。
激痛がする中、やせ我慢して激流の中泳いでレーヴェに辿り着き。ハッチを開けて車内に入る。
斑鳩は驚いたかのような表情を浮かべるも、如月は彼女の腕を持って出ようとするも、大量の水が入り込んで押し込まれて戻される。
「っ!」
如月は斑鳩を引っ張って川に沈んだレーヴェから脱出すると、ロープを強く引っ張る。
「っ!引っ張れ!!」
掴んでいたロープが引っ張られ、早瀬達は一斉にロープを引っ張る。
すると激流の中、如月と斑鳩が浮かび上がり、斑鳩を激痛がする中左腕で抱え、右手でロープを掴む。
「な、何を・・・・!」
「今は黙ってろ!」
焔が言いそうになるも、如月は黙らせつつロープを伝って陸へ向かう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
残った黒森峰の戦車の一斉砲撃を受け、ポルシェティーガーとフェルディナントは限界が迫っていた。
ティーガーⅠとE-100以外のティーガーⅡ二輌とヤークトパンター一輌から放たれる砲弾が的確に二輌の軟らかい箇所に着弾していく。
「もう、ダメか」
煙幕弾も撃ちつくしたフェルディナントには、もう攻撃手段が無い。
向こうも残弾がもうほとんど無いと言うのに、砲撃を続けている。
今でも二輌が守る入り口の先では両校のフラッグ車が激闘を繰り広げているので、すぐにでも援護に行きたい気持ちは分かる。
かと言っても、簡単に通すわけには行かない。
ティーガーⅡ二輌とヤークトパンターが一斉に放った砲弾がフェルディナントの車体下部に集中して着弾し、エンジンから黒煙が上がると、次の瞬間更に大量の黒煙が上がって戦闘室天板から白旗が揚がる。
直後にポルシェティーガーから砲弾が放たれてティーガーⅡの履帯に着弾させて破壊するが、その直後に一斉に砲弾が放たれ、ターレットリンクに集中して直撃する。
そしてポルシェティーガーの各所から黒煙が上がり、砲塔から白旗が揚がる。
『大洗女子学園!ポルシェティーガー、フェルディナント。走行不能!!』
アナウンスが流れて、会場に緊張が走る。
「突撃!中央広場に急げ!」
前面真っ黒のティーガーⅡに乗る逸見は行動可能のヤークトパンターと共に広場に向かおうとするも、当然の問題が待ち構えている。
「ポルシェティーガーとフェルディナントが邪魔で通れません!!」
完全に二輌によって入り口が塞がれており、強引に退かす事も出来ない。
「回収車急いで!!」
そうは言うが、恐らく今頃撃破された戦車の回収に手間取っており、特に用水路に落ちた105ミリ砲搭載型ティーガーⅡと、マウスの回収に手間取っているはず。
『ゆっくりしてもいいよ~』
と、自動車部と整備部のメンバーは気だるい感じで呟いた。
四式が砲弾を放ってE-100の砲塔側面に着弾するも、火花を散らして弾かれる。
E-100は四式に狙いを定め、轟音と共に砲弾を放つ。
放たれた砲弾は四式の極めて至近に着弾し、車体が一瞬持ち上がり、衝撃で履帯が外れて地面を削りつつ動きを止める。
「くそっ!」
砲塔を旋回してE-100に向けると、オイ車が砲弾を放つも、E-100の車体側面の曲面に着弾して弾かれる。
「このぉぉぉぉぉぉ!!」
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
と、四式に狙いを付けるE-100の反対側から九七式が全速力で突っ込んでくると、そのままE-100の車体に体当たりをする。
直後に零距離で砲弾を放つも、火花と甲高い音と共に弾かれる。
「やっぱりデスカー!!」
金剛がそう叫ぶ間にも、E-100は九七式を無視し、四式に向け砲弾を放つ。
砲弾は四式の砲身を潰して砲塔正面に着弾し、その衝撃で車体が浮かび上がって吹き飛ばされ、家屋に突っ込む。
横転して黒煙を上げ、砲塔から白旗が揚がる。
「四式ガ!」
「このぉぉぉぉ!!」
「っ!」
榛名はすぐに砲弾を装填し、霧島が引き金を引いて砲弾を放つも、E-100に着弾して弾かれる。
E-100は九七式を無視し、オイ車へと砲塔と共に車体を向ける。
「撃てぇっ!!」
双海(姉)が叫び、オイ車から砲弾が放たれるも、E-100の砲塔正面横に着弾するも弾かれる。
直後にオイ車の副砲と九七式の主砲から砲弾が放たれるも、火花を散らして弾かれる。
「くっ・・・・」
次弾を装填する間も無く、E-100から放たれた砲弾がオイ車の砲塔正面に着弾し、その衝撃で主砲身が歪む。
E-100の後ろに回り込んだ九七式が車体後部へ砲弾を放つも、火花を散らして弾かれる。
「Nooooooooo!!!!」
金剛が悔し紛れに叫ぶが、その直後にE-100の主砲から砲弾が放たれ、先ほど着弾したオイ車の砲塔正面に着弾し、少しして砲塔から白旗が揚がる。
「そんな・・・・」
「オイ車が・・・・」
「・・・・ワタシタチのジョーカーが」
「くっ・・・・」
九七式の車内で重い空気が流れる中、九七式を無視してE-100は超信地旋回してそこから離れていく。
「またワタシタチは無視デスカー」
「くぅ・・・・」
「・・・・どちらにしても、我々にはもうどうする事も出来ません」
頭が冷えていつも通りになった霧島はメガネのフレームを持って上に上げる。
「でも、時間は大いに稼げました。これなら――――」
しかし榛名が言い終える前に、右へと路地を曲がったE-100は、その直後に車体後部に砲弾が直撃し、エンジンルームが爆発する。
『っ!?』
金剛たちが目を見開いていると、E-100の砲塔から白旗が揚がる。
そしてE-100が曲がった反対側の路地から、十二糎砲戦車が曲がり角から相変わらずアンバランスなその姿を現した。
「・・・・ふっ・・・・一発あれば、十分だったな」
十二糎砲戦車の車内では、最後の一発を撃ち終え、深くため息の様に吐く篠原が背もたれにもたれかかる。
ネズミチームとタカチームと合流しようと急ぎ市街地に向かい、ちょうど曲がろうとしていたE-100を発見し、狙いを定めて最後の徹甲弾を放ち、砲弾は一直線にE-100の排気管根元に着弾するとそのままエンジンを撃ち抜いた。
「でも、これで本当に弾切れね」
「あぁ。だが、我々の目的は果たした」
「そうですね」
「はい!」
そのままキツネチームはタカチームと合流し、中央広場へと急行した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
如月は陸に上がり、焔を引き上げてうつ伏せにすると更に来る左腕の激痛に如月は表情を歪め、焔は大量に飲み込んだ水を吐き出す。
「っ・・・・!」
痛みは更に増し、腕から血が滲み出て来て額からも出てくる。
呼吸を整えて何とか痛みを和らげようとすると、焔は仰向けになる。
「・・・・どういう、つもり、だ」
「何が、だ」
痛みを堪えつつ、焔に顔を向ける。
「なぜ、私を助けたんだ。お前は、私が憎いんじゃ、ないのか・・・・」
呼吸を整えつつ、焔は如月を睨む。
「・・・・あぁそうさ。お前の言う通りだよ」
怒りの篭った声で焔に言葉を飛ばす。
「私はお前が憎いさ・・・・っ!今までお前達がやってきたことを思い出せば腹が煮え返る。それにお前はみほに、一生癒える事の無い心の傷を負わせたんだからな!」
激痛に耐えながらも、如月は焔に怒りをぶつける。
「・・・・なら、なぜ・・・・憎いのに、助けたんだ」
「・・・・だが、もしお前を見捨てたりすれば・・・・・・私は一生後悔する事になる」
「・・・・・・」
わけが分からない、と焔は内心で呟く。
「救える命を救わなかった。それが、どれほど重いものになるか。お前には分からないだろうな」
「・・・・・・」
「それに、だ。人の命を助けるのに、理由はいらないだろう」
「理由、か」
「ふん」と焔は軽く鼻で笑う。
「それが敵であっても、か?」
「あぁ。戦争ならばこの行為は味方を危険に晒すだろうが、戦車道は戦争じゃない」
「・・・・・・」
焔は深くゆっくりと息を吐き、大の字になる。
「お前は・・・・甘いな」
「褒め言葉だと、受け取っておこう」
如月もうつ伏せになって倒れ、空を見つめる。
「・・・・・・負けたよ」
と、吹っ切れたかのように焔は余計な事を言わず、潔く負けを認めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「前進!!」
西住は冷泉に指示を出し、Ⅳ号が走り出すと同時にまほのティーガーⅠも走り出す。
「グロリアーナの時は失敗したけど・・・・・・今度は必ず!」
Ⅳ号はティーガーⅠの周囲を回り、ティーガーⅠも超信地旋回しつつⅣ号を追い掛ける。
冷泉は右の履帯の速度を上げて強引に砲塔ごと旋回し、正面をティーガーⅠに向ける。
「撃てっ!」
西住の号令と共にⅣ号の主砲から砲弾が放たれ、ティーガーⅠの車体正面隅に着弾させた。
「撃てっ!」
まほも号令を出し、ティーガーⅠの主砲から砲弾が放たれるが、Ⅳ号がギリギリまで引き付けてかわし、砲塔のシュルツェンが吹き飛ぶ。
その直後に全速力でⅣ号を走らせ、ティーガーⅠの後ろに回り込もうとすると、ティーガーⅠもまた車体と砲塔を旋回させつつⅣ号を追尾する。
しかし強引且つ無理な機動でⅣ号の履帯は途中で外れるも、勢いは止まらずティーガーⅠの車体後部へと回り込み、二輌の主砲が向かい合った瞬間、同時に砲弾が放たれる。
黒煙が二輌を包み込む中、ゆっくりと煙が晴れて二輌の姿が現れる。
Ⅳ号は車体左を抉られ、ティーガーⅠは排気口を見事に撃ち抜かれていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
両車輌のキューポラからみほは頭を出し、まほは上半身を出していたが、何かを察してか、目を瞑る。
そして黒煙が晴れると―――――
―――――ティーガーⅠの車体後部より白旗が揚がっていた。
『黒森峰フラッグ車!走行不能!よって・・・・・・大洗女子学園の勝利!!』
アナウンスで大洗の勝利が発せられると、観客席では歓喜の声や拍手が盛大に発せられた。
そして、大洗女子学園の優勝が確定した。
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『戦車道』・・・・・・伝統的な文化であり世界中で女子の嗜みとして受け継がれてきたもので、礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育成することを目指した武芸。そんな戦車道の世界大会が日本で行われるようになり、大洗女子学園で廃止となった戦車道が復活する。
戦車道で深い傷を負い、遠ざけられていた『如月翔』もまた、仲間達と共に駆ける。