No.745898

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫✝無双二次創作 38

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。

2014-12-25 20:55:21 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:6449   閲覧ユーザー数:4661

 

 虚が借り受けている療養用の邸宅は、五つの小殿が渡り廊下で繋がった、平屋御殿である。季衣と流琉を彼女たちの宿泊宅へ送り届けた後、虚は杖を突きつき、夕闇の中を帰って来た。

「やあ、ただいま。戻ったよ」

 董卓のもとより派遣された侍女に、玄関で声を掛ける。

「おかえりなさいませ。お客様がお見えですよ」

 怜悧でよく気が付くものの、いま一歩愛想に欠けるその侍女は、短くそれだけ言って屋敷の奥を見遣った。

「客? もう日暮れだろう。誰だ」

「もっとも愛しいおなごを思い浮かべてくださいませ……とだけ言いつかっております」

「ずいぶんらしくない物言いだな。……こりゃ、相当怒らせたか」

「大人しくご養生なさっていないことに、酷くご機嫌を損ねていらっしゃる様子で」

「華佗がもう面会謝絶は終わりだと言っていたんだ」

「外出の許可が出たわけではないでしょう。拡大解釈が過ぎると、あのお方はお冠のようでした」

「……う。まあ、それはそうだが」

 履き物を脱ぎながら表情を歪めると、侍女はくすくすと笑いながら、虚の手からそっと優しく赤い杖を取り上げた。

「曹操軍の悪鬼殿も、おなごには弱いのですね」

「それは違う。ウチの女性陣が強すぎるんだ」

「ふふっ。お客様は払暁殿でお待ちです」

 もっとも東に位置する小殿が払暁殿である。虚が療養の間、寝起きに使っていた建物であった。

 侍女の手伝いを受けながら身体を拭き、着替えを済ませた虚は、牡丹園で買ってきた牡丹饅頭をとっさの手土産に、重い心持で宵口の渡り廊下を進む。

(饅頭じゃ、機嫌は取れそうにないが……)

 中庭では日没を待っていた夜の虫たちが鳴き始めている。橋の掛かった小池に赤魚の姿はなく、岩に生した緑苔の影も黄昏の薄闇煙りに沈みつつあった。

 

 払暁殿に歩み入り、寝室へ足を向けると、戸が開いていることに気が付く。覗き込んだ先には、こちらに背を向けて座る小さな影があった。

 ゆるく癖の掛かった長髪は、その色素の淡さゆえに、微小な夕月の光の中でも、燦然と輝いて見えた。

 虚の足音は彼女にも聞こえているだろう。

 だが、幼い女神はすねたような背姿で黙っている。

「風。――戻ったよ」

「……」

「文のひとつでもくれていたなら、今日は出掛けずに、きみを待っていたんだが」

「……」

 なお返事のない風の傍へ足を運ぶ。寝台のすぐ傍である。隣に腰掛けて顔を覗きこもうとすると、ぷいとそっぽを向かれてしまった。

「その、悪かったよ、風」

「……何がですか」

「え」

「何を悪いとお思いなのですか」

 膝の上で小さな両手をきゅっと握り、風が尋ねて来る。

「外出には、そうだな……護衛くらい付けるべきだった、かな。万徳を呼ぶとか」

 季衣や流琉とのデートそのものを否定したくなかった虚は、折衷的な答えで風の理解を得ようとする。

「お兄さんは何も分かっていないのです」

 肩を抱いて引き寄せると、風は抵抗せずに、頭をこちらの胸に預けてきた。

「戦場でなくとも、独断専行は許さないのですよ」

「悪かった」

「文のひとつでも送って欲しかったのは、風の方なのです」

 かぼそい声で拗ねた後、風は虚の腰に手を回して、「無事でよかった」と泣いた。種々の要素を考察すれば、独断行動中の虚が無事であることは、風には容易く分かったはずである。

 だが、問題はそこにはないのだろう。

 万が一、何かあったら。愛するがゆえに嵌りこんでしまう、そんな不安の闇に、この少女も苛まれていたのだ。

 彼女が泣きやみ、目を拭うまで、虚はずっと腕の中にいとしいその相手を抱え続けていた。

「お兄さん」

 鼻をすすり、気を取り直した少女が虚の手を握る。

「……何だ」

 

「洛陽と陳留の連絡路は確保したのですよ」

 

 睦みながら、ふたりは己が軍師であることを忘れてはいない。

 虚と呂布との闘いから十日が経ったということは、すわなち、曹操と董卓の同盟から十日が経ったということであり、そして同じ時間を掛けて、反董卓連合が侵攻に向けて支度を進めているということでもある。

「これで虎牢関と汜水関に人員を割く必要がなくなった」

 ふたつの関は洛陽の東に位置し、その先に榮陽、官渡、陳留が位置している。これら、洛陽から東への一帯を曹操・董卓同盟が掌握したため、東北地方である河北を拠点とする袁紹は、最短路をとって洛陽に接近するために、まず曹操の支配地を攻略する必要が生じたわけである。

 

 

 

                               幽州:公孫瓉

 

涼州:馬騰

 ↓

 ↓

 ↓        ←―――――――――――――――― 冀州:袁紹

 ↓       ↓                   ↑

 ↓ ←―――――                     ←――――――――

 ↓                                    ↑

長安(潼関・函谷関) 洛陽:董卓(虎牢関・汜水関)陳留:曹操     徐州:劉備

 ↑                                    ↑

 ↑                                    ↑

  ←――――――――――――――   ←………… 揚州:袁術・孫堅 ――→

                 ↑

               荊州:劉表

 

  益州:劉焉

 

 

 

 

「最終的な反董卓連合の面子は知れたか」

「袁紹、袁術、孫堅、馬騰、公孫瓉、劉表、以下有象無象、なのです」

「劉備は参加しなかったのか」

 唸るように虚は息をつく。

「今回は中立を貫くようなのですよ。徐州の地固めで戦どころではないのでしょう。どの勢力に対しても領地通行権を認めると言っているのです」

「そうすると、袁紹と袁術は徐州経由で合流できるというわけか。だが、陳留方向から攻めてくるとは思えない」

 曹操の陳留を仮に落としたとしても、その後に汜水関と虎牢関が待ち構えているのだ。物資と士気を十分に維持できるとは思わない。そうすると、反董卓連合が陳留を経由し、汜水関、虎牢関のルートを進むことはない。

「風は、先に長安を落としに掛かるのではないかと踏んでいるのです」

「だろうな。馬騰と劉表が南北から長安を攻め落とす。その後、袁紹他、連合諸侯が長安入りし、西側から洛陽へ侵攻。そうすれば、陳留も、汜水関も、虎牢関も相手にせずに済む」

「となると、袁術さんは荊州に入って、劉表の後ろをついて行くという手もあるのです」

「いずれ、長安攻防戦が天王山だな」

「てんのうざん?」

「ん? ああ、すまない。勝負の分け目ってことだよ」

 風が山崎の戦いを知っているはずもない、と虚は小さく笑んで補足する。

「董卓さんは長安を落とされたくないと思うのですよ」

「俺としては、長安に連合勢力が揃ったところで一網打尽にしたいんだがな」

「多分、袁紹さんはそれを避けるために……というか、自分の軍勢を傷付けないために、長安の陥落は馬騰さんと劉表さんにお任せしたいのではないでしょうか」

「自軍は洛陽戦のために温存するか……」

 となると、悩みどころは、長安攻防戦にどれだけの兵を投入するのか。そして、誰の旗を掲げて戦うのかである。

「袁本初を獲るのは、華琳であって欲しいものだ」

「では、馬騰、劉表の相手は董卓さんの軍勢にお願いするのですか?」

「それでは華琳の評判が下がる。美味しいところを掠め盗ったのが、あからさまに分かってしまうじゃないか」

「やはり長安には、曹董連合軍を派遣することになるのです。馬騰さん、劉表さんを相手にする第一陣も、袁紹さん、袁術さんを相手にする第二陣も」

「董卓側との打ち合わせは進んでいるのか?」

「賈詡さんとは少しお話をしたのです。ただ、公式な軍議は――お兄さんを交えて、と」

 ゆっくりと息を吐いて、虚は一度、風の髪に唇を寄せた。

「軍議の前に、絵を描いておきたいな。俺と、風と、桂花と、神里、そして」

「稟ちゃん、ですね」

 さすがに十日が過ぎている。風も虚が連れてきた郭嘉とはもう再会を果たしたらしい。

「お兄さん」

「ん?」

「……どうして、そこに華琳さまを加えないのですか」

 少女の問いは、虚の予想した通りの箇所へ鋭く切り込んできた。

「華琳は今、どうしている」

「陳留との連絡を取られる合間に、帝や劉協殿下、董卓さんたちと会談を」

「俺のことについて、何か言っていたか」

「風は、何も聞いていないのです」

「――そうか」

 面会謝絶が解かれたのは、今日のことだ。その解禁の事実を、華琳がいまだ知らないということもあり得る。あるいは、彼女からの呼び出しがないことがその証しなのかもしれない。

(だが――俺の方から出向くべきか、否か)

 虚は沈思する。

 己が今読み切れずにいるのは、覇王・曹孟徳の思慮か、それとも華琳というひとりの少女の心中か。

 否、彼女がそのどちらをもって自分と相対しようとしているか、なのだろう。

(一筆書いて届けさせるか)

 この先、徐々に虚の役割は失われていくだろう。虚はそのことを予感している。そしてその役割の減少とともに、虚という存在そのものが費消され、摩耗していくことも自覚している。

 身体の方はすでに、傷んで衰えて行くばかりだ。立て続けの戦闘のツケが確実に、重く両肩へ降り積もっている。呂布はもちろん、いまでは春蘭や孫堅にも敵わないだろう。

(徹するだけだな。俺にできるのは)

 あくまで従僕。あくまで走狗。

 華琳がどのようなあり方でこちらに臨もうとも、黒い軍師の形は変わらない。

 伏して伺い、命を受けて、ただ駆ける。悪鬼で羅刹の魔性、虚。

(そうだ)

 すべてくれてやってしまったのだった。自分の中に満ちていたものは、すべてあの華奢な覇王にくれてやったのだ。

 いまの己に残っているのは、空洞だけ。薄皮一枚に包まれた、洞(うろ)のような自我だけだ。

 正直に告白するなら、軍師虚は願っている。

 

 覇王の覇道の成就と。そして、脆弱な己の滅亡を望んでいる。

 

 かつて身を置いていた天と呼ばれるあの世界で、自分が壊してきたものに、微かな思いを馳せる。

(ああ、俺は)

 きっと、滅茶苦茶に突き進んで、めくらめっぽう傷付いて、滅多矢鱈にこの身を汚して、生の実感を噛み締めながら、駆け抜ける加速度の中で燃え尽きてしまいたいのだ。だから、何かのために、何かを目指して、ひた駆けることを止められない。

 いまの虚を突き動かしているのは、多分、磨滅への憧れだった。終わりの見えない戦乱と謀略の日々の中で、完膚なきまでに擦り減ってしまいたい。

 外殻を失えば、虚は虚ですらなくなる。空洞は輪郭に包まれているからこそ、空洞なのだ。

(俺の愛する者たちが)

 みんな、各々の幸せを掴んだのと同時に、

(俺は)

 

 消えてしまう気がする。

 

 そんな気がするのだ。

 虚が滅亡に憧れるのは、その結末の到来を、当然の運命だと知っているからなのかもしれない。

(いずれ、消えるんだ)

 そんな、記憶にまで成らない思念の欠片のようなものが、脳裏に引っ掛かっている。

 その違和感に気が付いたのは、多分、呂布との死闘の最中だったのではないか。隣り合わせの死を感じながら、虚は、それとは別のところにある異質な消滅の気配を言いようもなく察知していた。本能の警告にも似たそれは、虚の胸の奥に響いて、小さな、正体不明の焦燥を生んでいた。

 だから思ってしまっているのだ。

 見えざる手に消されてしまうくらいなら、自分で自分を燃やして尽きる。愛する者たちのために、できることをすべてやり遂げる。そしてその後は、虚という偶像を砕いて薪となし、仲間たちの道を照らすかがり火となろう。

 いずれ――消えてしまうなら。

 そんなことを思っていると、風の顔が、いつのまにか目の前にあった。

「お兄さん」

 

「ん?」

 

「――好きです」

 

「俺もだよ」

 出し抜けな風の言葉の意図を、虚は何となく察した。多分、自分はいま、死兵のような顔をしているのだろう。

 風の言葉は、虚をこちら側につなぎ止めようとする、不器用な彼女の心の指先なのだ。

「好きです」

 また、風が言った。

「うん」

「風は。風は……」

「すまない」

 小さな身体を抱いて、虚は囁いた。

「お兄さん」

「何だ」

「連合との戦いには、出ないで欲しいのです」

 笑いを零して、虚は応じる。

「この身体じゃな」

「約束して下さい。もう、前線には出ないと」

「…………分かった」

 言ってから、虚は風を寝台へそっと横たえる。

「今日は……駄目なのです」

「香りで分かるよ。身を清めたばかりなんだろう? 夜、寝台の横で、そんな匂いを嗅がされたんじゃ、期待もするさ」

 ぷいと、恥じらった顔を背けた少女の首筋に顔を埋める。出会った当初は反応の読めない不思議な少女だった風も、ふたりきりのときは随分と分かりやすい顔をしてくれるようになった。

「ただ」

「……?」

「俺は誘ってくれていると思っていたんだけど――勘違いだったなら、止めておこうか」

 意地悪く笑ってやってから身を離すと、少女の小さな手が、服の胸元を摘まんでいた。

「意地悪さんにはこうなのですよ」

 胸を突かれ、虚の身体が寝台に転がる。そこへ、風がいそいそと跨ってきた。

「まったく。そんな身体になってもお兄さんは絶倫さんなのですねー?」

 焦らすように風が腰を前後に揺する。けれども、その動作はあまりに初心で不器用で、虚に快楽をもたらすには程遠い。しかし、それが愛おしかった。

「じゃあ、今日は風に頑張ってもらおうかな」

「余裕なのもいまだけなのです。すぐにごめんなさいと言わせてあげるのです」

「そうか。では――お手並み拝見」

 まだ一度肌を重ねただけのこの少女が、一体どのような賢明な姿を見せてくれることやら。

 心の中でほくそ笑みながら、虚はそっと、風の着物に手を伸ばす。

 

 自分が滅びる瞬間であっても、この少女のことだけは覚えていたい。己に唯一、甘えることを許してくれたこの少女のことだけは、摩耗によっても平らかにならぬほど、深く強く、胸の奥に刻み付けていたかった。

 

 

 

 

メリー!! クリt……スマスッ!!

 

 

ありむらです!

 

 

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます!!

 

 

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 今回も遅くなってしまって申し訳ない限りです。

 

 次回は流石に今回よりは早く上げたいなあと思っています。

 

 今度は……華琳の出番でしょうか。

 それから、そろそろ物語の方を動かしていきたいと思っています。

 

 

 では今回はこの辺で!

 

 毎度の応援、心から感謝しております!

 

 出張のために早起きされた方、お疲れ様でございます!

 

 最後に、みなさん、よいお年をお迎えくださいませませ! 

 

 ありむら!

 

 

 追記

 

 みなさまはどのような聖夜をお過ごしになられましたでしょうか?

 

 
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