No.74562

おにむす!②

オリジナルの続き物

2009-05-20 03:19:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1314   閲覧ユーザー数:1244

初めてその子に会った矢崎の印象はあまりいいものではなかった。

どんなに笑顔を向けても怯えた表情で双波の影に隠れてしまう。

腰までまっすぐ伸ばした長い黒髪、くりくりとした瞳はわずかに緑がかっている。

年相応に言えば美少女の部類に入るかもしれない。

「えっと、名前は?」

極力優しい声を心がけて問いかける。

が、白いワンピースの裾を握り閉め答えない。

「おい、どうするんだ?双波・・・さん」

「答えられる筈もありません、名前がないのですから」

「はぁ?」

そんな事が現代の日本においてありえるのか?

名前がないということは恐らく出生届けも出てないのだろう、公的には彼女は存在してないことになる。

「前に言ってた特殊な事情ってやつか・・・」

「それが全てではありませんが」

双波は眼鏡を中指でクイっとあげる。

「産みの親は何を考えてんだ?」

「まぁ、名前に関しては一任します」

(答えを避けたか)

矢崎はため息を一つつくと、しゃがみこんで子供の目線に合わせる。

「何はともあれ、今日からお前は俺の娘だ、よろしくな」

子供は伏目がちに小さくうなずく。

「いい子だ」

矢崎が頭を撫でようと手を伸ばすと子供はばっと距離を離す。

「どうした?」

「・・・だめ」

子供が更に怯えた様子で口を開いた。

「それもあなた達が乗り越えるべき壁ね」

そう言ったところで双波の携帯がなりだした。

「すまない」

双波はそう言って通話ボタンをおす。

「はい、お世話になっております」

そんな社交辞令を尻目に矢崎は子供に問いかける。

「名前、どうする?」

「・・・なんでもいい」

「それじゃ俺が困る、勝手に決めちまうぞ?」

「・・・好きにして」

随分と淡白な会話に矢崎は頭を抱えた。

「そうだな・・・、タマ、ミケ、モカ・・・」

「猫じゃない」

子供は矢崎の言葉を遮った。

(感情の起伏はあるみたいだな)

少しむくれた様子の子供に矢崎の警戒心が若干薄れた。

「悪かった、秋穂」

「それが、私の名前?」

「そうだ、ありがたく思えよ?」

「適当に決めたでしょ?」

秋穂はにやけそうになるのを必死に堪えていた。

「嬉しかったら笑ったっていいんだぞ?子供は素直が一番だ」

矢崎はニコッと笑って見せ、右手を差し出す。

「改めてよろしくな、秋穂」

「うん」

おずおずと秋穂も小さな右手を差し出す。

「とりあえず、一歩前進したようですね」

双波が満足そうに2人を見つめていた。


 
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